雷雨が叫び、一才の草木がない不毛の地にそびえる闇に染まった崩れかけの古城を眼前にして、一組の男女が迫り来る魔物と戦っていた。どうやら既にかなり長い間戦闘は続いたようで周囲には蛇の頭や山羊の顔をした異形の魔物や山のような大きさの竜の亡骸が冗談のように積まれている。その地獄の中で女は白い修道女の服を纏い、使い込まれ、歴戦の跡が残った杖を使いもう一人に先端にで輝く青い宝石から放たれる白光を浴びせている。それを受けている男はさまざまな色の返り血で濡れた黒い鎧を纏っているが、その装甲を感じさせないほどに身軽に動き、右手に握られた淡白な白銀の片手剣で次々と魔物の命を刈り取っていく。
そんな中で放たれた飛翔する斬撃を体の軸をずらして避けた修道服の女が男に話しかける。
「今日は絶好の死に日和じゃない?」
「いつもだけど縁起でもない事言うんじゃねえよ。サナ」
ため息をつきながら少し遠方からサナを狙った魔物の火球を左手に装着した盾で弾き、剣を投擲、完璧な軌道で飛んでいった剣は魔物の頭部を裂き、中身がぶちまけられる。
「全く。俺たちは2人なんだぞ。死に日和とか言うんじゃねぇ」
魔物の頭部を引き裂き、地面に突き刺さった剣が勇者の手に向かって飛来。それを器用にキャッチし、再度構える。
それを見たサナが頬を膨らませる。
「私はバフしかしてないんですけど。私これ必要かな?本当に何になら負けるのさ」
その様を見た勇者はもう一度大きなため息を吐くと。空から雲を裂きながら飛来した竜に対して剣先を向けてサナを説得し始める。
「はぁ、2.3万の軍に不意打ちとかされなければ何とかなる。でも、俺ヒール苦手なんだから生きてくれよ」
レンが何かをボソボソと唱えると剣先から黒い魔法陣が展開され、蕾が芽吹き、黒い薔薇が咲く。そしてその薔薇の花弁が落ちるとまるで意志を持ったかのように周囲を旋回。様子を見ていたオークの首を跳ね飛ばし、空から強襲をかけようとした竜の体をシュレッダーのように裂いていく。上空から赤黒い臓物が降る中で相変わらず握られた杖の先の宝石から白い光を繋いでいるサナが文句を垂れる。
「やっぱり私要らないじゃないじゃん」
「いやバフないとこの威力出ないって」
魔法陣を消して鞘に剣をしまったレンとサナが口喧嘩を始める。しかし、これは彼女たちにとっては日常でしかない。レンが基本的にその戦闘能力で圧倒し、戦闘を終わらせる。そして終わりがけにサナがまた回復の出番が無かったと愚痴をはく。こんな珍道中のような2人だが、実は、勇者のパーティーだった。と言ってもう過去の話だが。世界を滅ぼす魔王は既に彼女たちによって討伐されている。特に問題はなかった。3回ほど変身したがそれでもバフで強化されたレンに敵わなかった。今はリーダーであった魔王を殺されたことに怒り、世界中から集まってくる残党を処理していた。それももう済んだことだが。
「やっぱり準備しすぎでしょ。ギリギリで死ぬかもってハラハラ欲しくない?」
目を輝かせながら勇者の鎧の下からその表情を覗き込むサナ。それに対して勇者はあり得ないとでもいいたげの頭に手を当てる。
「いらんわ。死んだら終わりだぞ。俺は痛いの嫌だし、心配性だから絶対大丈夫って思えるまで準備するだわ。もう知ってるだろ。ほら、国に帰って褒美もらおう」
話にならんと踵を返して城に背を向けて歩き始める勇者の背を杖を持ったままサナが追いかける。
「ちょっと待ってよ」
レンが慎重すぎて最初は面倒だと思っていたサナもいつしかそれに慣れて受け入れていた。正直、最初の魔王の使いに最強の呪文をかまして跡形も残さず消したのは正直引いた。ただ、そこまで慎重なら一つだけ気になることがあった。レンはサナ以外のメンバーをパーティーに入れようとしなかった。人数が多い方が、戦いは有利に進むのは常識だ。これ程までに慎重なら仲間が操作されることも人質にされるデメリットも未然に防げたはずだった。
「一つ教えて。ずっと気になってたんだけど、このパーティーは何で私とレンだけなの」
足早に先を進む勇者に足が止まり、こちらを振り返る。
「それは、」
一瞬逡巡しレンは操作とかされた時にカバーできないしとお茶を濁す。
「レンならそんなこと起きないでしょ」
「それはそう。俺はそんなミスしない。でも2人で旅したかったんだよ。察せないか?」
鎧の下で何も見えないが、ずっと見てきた幼馴染の顔を忘れることはない。間違いなく、その顔はきっと熟れた桃のように、赤い。
ニヤニヤしながらレンに抱きつく。
「なーるほどね。ふーん。私のこと......」
「よし、ここまで来れば転移魔法使えるな」
あからさまに話を変えてレンが詠唱を始める。
「ちょっと?!......いいもんね。あっちで続きするもん」
地面に黒い魔法陣が描かれ、黒い花弁が噴き出す。黒い鎧の騎士の少年に抱き着く修道服の少女の姿がまるで少しずつ蛇口を開いたように増える花弁に消えていく。その後また蛇口を少しずつ閉めたように花弁が消えていくと目の前には見慣れた城壁があった。花が咲き誇り、穏やかな風が吹くこの眼前の景色はレンが勇者と告げられて初めて一緒に王に謁見した都市だった。私達のいた村とは全く違う景色と人々。それに圧倒されながらも、必死に私の前を歩くあの少し心配な背中はもうとても大きくなった。
「そういえば、返事。私もあなたの事、好きだよ」
言ってしまったと顔が熱くなる。思えば、私がきれいな花を探して森に行って魔物に襲われて、そんな私を見つけ出して魔物を倒してくれたあの日から彼は私の勇者で、私の想い人だった。だから彼が勇者に選ばれて村を離れる時にも真っ先に手を挙げた。親からは酷く反対されたけれど、今でもその選択に後悔はしていない。そんなことを思い出しながら、赤い顔を隠すかのように伏せて、私の勇者の返事を待つ。
「王様に会って、褒美をもらったら。一緒に村に帰ろう」
鎧の頭を外し、絵本の王子様のように私の前に跪いて手を差し伸べる。
「そして、私と結婚してくれませんか?」
泣きながら、その手を握る。やはり、レンの顔は熟れた桃のように真っ赤だった。でも、きっと私もあまり彼のことは言えないくらい顔が赤いだろう。
「うん。こちらこそ、よろしくお願いします」
その手を取ると彼はそのまま手の甲に口づけをする。あんな村の少年がキザなことするね、と笑うと。彼はやってみたかったんだとはにかんだ。
幸せば約束を交わしたのちに、まっすぐ都市へと向かう一本道を二人で歩く。まるで祝うかのように穏やかな風が正面から吹いていた。
戦闘中はずっとレンの横にいた私も少し、背伸びをしようとレンの横に並ぶ。 刹那、その一瞬を狙ったかのように。都市を囲む城壁で何かが光る。そしてそれが何かを理解する前に、レンの横に立つ、サナの胸を打ち抜いた。
「......え?」
状況が理解できず、口から血を溢してそのまま倒れこむサナを抱きかかえ、踵を返し背後に広がる森へと走る。そうはさせまいとその背後にある城壁が次々と光始める。だが、その光はレンを捉えることは出来なかった。そのままレンは大地を踏みしめ、獣のように走り始める。しかし、ここは何もない草原。森までは距離がある。限界を悟ったレンは正面に魔法で雪のような石の壁を作り、その陰に身を隠す。
「おい......なんで。回復してくれ。この薬草を使えば傷は塞がるだろ?」
胸の中で、瞳を開いたまま震えるサナの手に薬草を握らせるが、その薬草を使う事すらままならない。そのまま、修道服が赤く染まっていく。レンは震える手で回復魔法で必死にサナを治そうとするが、彼の回復魔法ではダメージに追いつかない。
「おい、嘘だろ。なんで、こんな」
そんなことをしている間に、大きな音がしたかと思うと大きな揺れと共に作った石の壁の一部が吹き飛ぶ。明らかに先程とは違う攻撃にこれ以上は壁が耐えられないと壁から転がり出ると、門から大量の兵士が流れ出てきている。各々がやハンマー等の得物をを持ち、後方には大砲を押す兵隊もいる。それがまるで、油を避ける水のように周囲を取り囲み始めていた。逃げ道を捜すが、既に森の方からも兵士が流れ出てきている。合わせれば3万人はくだらないだろう。
「なんで、なんでだよ!俺らは勇者だ。魔王を倒したんだぞ」
勘違いされているのかと思い、声を上げるが、その声も空しく。兵士は大砲に火をつけて放つ。爆音とともに放たれたそれをレンは抜いた剣先から放った魔法で空中でたたき落とす。
周囲を完全に取り囲まれた後、兵士の一人が魔法で作った拡声器を持って前に出てきた。
「反逆者2人に告ぐ、少し時間をやる。投降しろ。魔王を滅ぼす貴様らの力を国民は畏れ、お前たちを処刑することに決定した」
「は?」
余りの理不尽さに声が漏れる。だが、それでも何とか生きる為の選択肢を捜す。
「分かった。なら俺らはここから消えてどこか誰にも気づかれないような場所で暮らす。それなら問題ないだろ!」
しかしそれは意外な人に止められた。
「無駄だよ。レン」
後ろを振り返るとサナが立ち上がり、傍まで歩み寄ってきていた。胸の傷は塞がって入るが体力は万全ではないのだろう。息が荒い。そんなサナの手を取り優しく微笑む。
「なら、一緒に処刑されに行くか?」
一緒なら、それもアリだなと思っていた。しかし、血で汚れた口を袖で拭ったサナは不敵そうに笑う。
「ううん。そんなわけないじゃん。だからさ、私達の強さ。わからせてやろう」
ぼんやりとサナの持つ杖が光ったかと思うと光が先端に集まり、レンへと繋がる。
「そりゃそうだよな。俺たちは2人っきりで魔王を倒したんだ。こんなの余裕。あぁそう言えば、こんな日の事、なんていうんだっけか」
それを聞き、サナが笑う。そして、2人で息を合わせあの最高に縁起の悪い言葉を叫ぶ。
「「絶好の死に日和!」」