楽しみに続きを待っていただいた方々(いるか分かりませんが)に謝罪申し上げます。
……まぁ一時期エタるのを覚悟したこともあったんですけどね(大汗
とりあえずは続きを投稿できて微妙に安心できたといったところでしょうか。では、どうぞ。
「蓮太郎ー! 早くしないとおいて行くぞー!」
休日の昼下がり、太陽の光が照りつける街中に、元気良く活発な少女の声。
彼女の名は
ぴょんぴょん跳ねるその姿はまるで小さな兎。相も変わらずテンション高いな、と蓮太郎は目を細めた。
「ったく、んなこと言ってもよー延珠……お前は手ぶらかもしれんが、俺は見ての通りの両手塞がりだぞ? 少しは協力して分担して荷物を運ぼうとか思わないのか」
「妾の蓮太郎なら一人でも大丈夫だ! 男がこんなところでへこたれてどうする!」
「ちったぁ手伝えよ……」
案外夕暮れ時よりも人影が少なかったりする街路の中、両腕で抱えた紙袋を揺さぶりながら肩を落とす。同時に落とした視線の先にあるのは、紙袋に押し詰めたありったけの瑞々しい林檎。つい先刻ほど前に何の気まぐれか開催されていた『林檎詰め放題』の戦利品にして、本日の
日々家計を少ない私財でやりくりする蓮太郎にとって、詰め放題のワンフレーズは有無を言わさず心を揺れ動かし、問答無用で彼を魅了し惹き付けた。代金を先払いして人ごみに全速力で突っ込む蓮太郎―――まではよかった。
自我も放り投げて林檎の山に跳びかかるというのも如何なものかと問われるべく点ではあるが、問題は
延珠は置いていかれたことが不満だったのか、疲労困憊の蓮太郎に手を貸す仕草も見せない。あまり強い衝撃を与えると中身が零れ落ちてしまう故に走る訳にもいかず、にっちもさっちもいかなくなった蓮太郎は自宅までの辛抱だと観念した。
「……っとまぁ、この坂降りればすぐだしな」
「蓮太郎、落とすでないぞ? 妾と木更と蓮太郎の貴重な林檎が全て無駄になってしまうからな」
「分かってる分かってる、落とすかよ」
見下ろした坂は少し急だが、越えた先には愛しの我が家。かなりの距離を歩いて足が棒になりそう、と音を上げてしまいたい気持ちを抑えれば無事帰宅でき―――
「――う、わぁったぁ!?」
そんなはずがなかった。見事に完璧なフラグだった。
意気込んで一歩踏み出した足元にお約束展開で石ころが。下ることしか頭になかった蓮太郎が避けられることはなく、石を踏み付けて滑った片足につられて宙に向かって半回転。ギャグ漫画よろしくで後頭部をアスファルトに打ちつけ、目を白黒させながら即座に起き上がる。
散り散りに転がり落ちる赤い球体、まさかのフラグ回収に硬直する傍らの延珠、虚しく風に運ばれる空になった紙袋。
今から追いかけてももう遅い、拾ったところで所詮詰め放題の品、傷んで調理は難しくなる。一瞬にして雲散霧消したデザートの群れを眺めながら、溜息を
「『うわぁー』『如何にも安そうで無理に詰め込まれていたあとちょっとで傷みそうな林檎が大量に転がり落ちてくる』『栄養分が偏っているぞという神からの贈り物?』『それとも偽装した爆弾かな?』『落ちるものは拾ったほうがいいのかな?』」
突然の不気味な声に、我に返って目を凝らす。そこにはゆっくりと坂を上り、あまりに多過ぎて回収が不可能だった林檎を両腕に抱えた男がいた。
一瞬目を離した隙に、まるで落ちたことが
「『落ちた林檎を拾う』『堕ちた林檎を拾う』『手放した
それまで瞑目していた男は蓮太郎の五歩ほど前で足を止め、抱えた林檎を差し出すように持ち上げた。
「『それはともかく』『これは帰ってよく洗ったら』『まだ食べられるかもしれない』」
聞くだけで身震いする人間の域から逸した声。それとは裏腹に『優しさのようなもの』を感じたが、蓮太郎の手は男に届かない。毒でも入っているんじゃないだろうか、そんな根拠も可能性もない愚考を振り払い、軽く頭を下げて小刻みに震える両手を伸ばす。
「あー……ありがとう、助かったっつーか……助かった。でもあんた、よく全部取れたな」
「『いやいや!』『僕は取ってなんかいないんだぜ?』『ただの気まぐれと――あとは
「いや取ってないわけねぇだろ、他に誰もいなかっ―――?」
―――思考が、停止した。
男の容姿には突出した異様さがなく、跳ねた青黒い髪と学ランしか特徴として挙げられるものがないほど凡庸だ。大衆に紛れ込めば見分けがつかなくなる程度には平凡だった。
但し、あくまで容姿『だけ』を指すのであれば、だが。
男から漂うオーラ、人間性や才能をそのまま形にしたようなものが溢れ出ている。偉大なものでも名誉ある威風堂々とした毅然たる態度からの風格ではなく、不格好や荒唐無稽、才能の無さや欠点などの『負』がいっしょくたにごちゃまぜにされた気迫。あらゆる事態に物怖じそうにない『迫力の無い迫力』は、どこかで一度だけ体験したことがある。
十年前。
その単語から記憶が芋づる方式に引き起こされ、忘却していた恐怖の過去が脳裏を過った。是が非でも忘れてしまいたくなるようなあの光景の中、一人佇む男の姿を。
名前はそう、確か―――
「球磨川……禊ッ……!?」
「『やぁ、久しぶりだね』『「里見、蓮、太郎……」くんもとい蓮太郎ちゃん』『君と会える日を僕は体感で十億年ほど待ち侘びたよ!』」
不自然に、鷹揚に両手を掲げる。思いだしたばかりの男と重なり、蓮太郎は蒼白になりながら瞠目した。
立ち振る舞い、五歳児でも感じ取れる凶悪で醜悪な恐怖、何から何まで一つも変わっていない。あれから様々な苦難を乗り越えてきた蓮太郎の記憶は新しいものばかりを取りこんだために思い起こす余地も皆無だったが、こうも変わり映えのない姿に面前と向かえば嫌でも思い出す。
十年前の面影どころか記憶から切り取ったように不変の面持ちだが、戦慄した理由はそれだけではない。――思い出せなかったのだ。ガストレアより危険だと警戒しておきながら、月日の経過で球磨川自体を忘却していた。今ここで出会っていなければ、明日も思い出すことなく小さな平和に浸っていたのだろう。
既に脳内から今昔の「助けてくれた」などというプラスな印象は消滅し、眼前の老いも若返りもしていない男に意識を鷲掴みにされていた。
一歩でも退けば存在ごと抹消される。全てが終わってしまうような未知で摩訶不思議な感覚に、身動ぎすることすら許されない。
「『やーだなぁそんなに固くなることないじゃないか』『自己紹介し合った仲なんだからさ』『ところで君の隣にいるその子は「呪われた子供たち」の一人だよね?』」
球磨川が延珠を見るなり角度を変え、つかつかと歩み寄る。困惑を通り越して軽く仰け反っている延珠の真上にゆらゆらと首をもたげると、見下すように視線ごと首を落とした。
一連の動作につられて延珠が顔を上げ、尻込みしてぎょろりと光る両眼と向き合う。
「『君は見たところイニシエーターとかそういう戦闘を強いられる働きをしているね。もしもイニシエーターなら可哀想に』『一時期は神のなんちゃらとか崇められ』『勘違いだったら手の平返して悪魔だとか化け物だとか罵られ』『一般人よりも下に扱われ』『運が悪ければ路上で射殺され』『生き延びても自由な道はない生き地獄』『辛いんだろうねぇ、相棒に引き取られるまで保管されて敵意むき出しの人間の中で狂った同世代と一緒に出せ出せと暴れるのは』『何が辛いってそんなお馬鹿な自分を省みるその時こそがだよね』」
「ッ……!?」
「『大方きみもそんなんだったんだろう』『よかったねーそこのおにーさんがむかえにきてくれて』『今は立派に普通の生活送れる程度の身なりはしてるもんね』『街中じゃあ暴露されたら通報ではいおしまいなサドンデスライフだけど』『他に苦しむ同世代の子なんか無視して自分だけ幸せになれて本当に良かった良かった』」
饒舌で途切れることの無い言葉の嵐が降り注ぐ。勢いが衰えることを知らない異常な言い回しの罵りに圧倒され、延珠は心ここにあらずといったふうに半ば放心気味だ。
初対面で最初の挨拶がこの有り様、一世代分の怨念を晴らしても晴らし切れない悪の行為。許容できなくなった蓮太郎は力任せに球磨川の胸倉を掴んで引き寄せた。
「ッ……てめぇ……!」
「『あは!』『という冗談でしたー!』『さっき警戒した時一瞬だけ目が赤くなったからそうかなって思っただけで、この子のことは何一つ知らないよー』『構え方とかで戦うんだーへーみたいな勘だっただけだし他意はない』『この子には何の恨みも妬みも嫉みも無いナッシング皆無だから安心しておくれよ』」
言い終えるや否や、学ランをひっ捕らえた握り拳からするりといともあっさり抜け出す。表面上の喜怒哀楽が激しいその面持ちはまるで道化師。それ以外に譬えようのないほど単語が適応していた。
「『ところでだけど十年前のきみとはぜーんぜん違うわけだし聞こうかな』『君の大切なあの人たちは元気にしてるかい?』」
「あの人たち……? お前、木更さんや先生を知ってるのかよ……!?」
「『いや』『僕はその人たちに会ったどころか名前も知らなかったよ』」
球磨川はあっけらかんとして考える素振りをしながら空を仰ぎ、上を向いた姿勢から頭を振り下ろすようにして――今度は、蓮太郎よりもほんの少し低い目線で、鼻先が触れ合う真ん前の至近距離でにこりと微笑んだ。
「『だけどそっか』『きみの大切な人は木更って名前の人と先生って慕った名で呼ばれる人なんだ』『おぼえとこーっと』」
つい、と球磨川が顔を離し、蓮太郎は己の失言を自覚した。これでは相手の期待を裏切ることなく典型的な台詞を返し、鎌を掛けられたとも気付かずに弄ばれただけではないか。
「『―――とかなんとか思ってるだろうけど全然まったくこれっぽっちも気にしなくていいよ』『仕方ないさ、初対面なんてからかってからかわれての騙しが一番生きる場所なんだから』『そんなことで恥じるくらいなら過去の自分を恥じよう!』『人間前を向いて明日に向かって生きようぜ!』」
くるりと踵を返して両手でサムズアップする背に絶句した。
言う事は尤もだが、態度と声音が全てを台無しにしている。妙に独特な喋り方やお互いなんの得にもならない言葉攻め、その全てが現実の良いも悪いもいっしょくたにかきまぜて
ワナワナと体を震わせる蓮太郎に、片足を軸に半回転して再び向き直った球磨川がポン、と手を打つ。
「『と』『そうだったそうだった遊んでいる場合じゃないや』『今日はきみに用事があって来たんだよ』」
「用事……だと?」
詰まる所あまりにもあっけない十年を経ての再開は、意図的に図られたということになる。
会話の流れで何をされるか分かったもんじゃないと警戒する蓮太郎。球磨川は静聴を促し、くるくると人差し指を回す。
「『そうそう用事用事』『ちょっーと近頃街中に侵入するガストレアの数が増えてきてるんだよねー』『そこでだけど!』」
弄ぶように小さく円を描いていた人差し指が天に突き付けられ、なめらかな動きで蓮太郎の目線の高さに向けられた。
が、瞬きもしない内に腕から引っ込められ、顎に当てられる。
「『…………』『あーなんだっけ』『ごめん忘れちゃったみたい!』『今日中に考えて葉書で送るから』」
「はぁ?」
思わずずっこけそうになった。球磨川が面白がるだけの嫌悪なムードから脱したと安堵した矢先にこれである。
ペースを乱され続けて苦渋の表情を浮かべ始めた蓮太郎を見て、球磨川はけろりと笑って肩を竦ませた。
「『まぁ特に用事なんて無かったんだけどね』『ただ単にきみが青春を謳歌してるかどうかを確認しに来ただけで』『
支離滅裂で意味不明な言葉に頷くこともできない。そもそも、この場に於いて延珠は一度も喋ってなどいないのに。
勝手に現れて、勝手に喋って、勝手に忘れて、全て球磨川禊の一人劇。相槌を打つ余裕もなく、延珠も蓮太郎も流されるままに流されているだけである。
球磨川は踵を返し、今度こそ坂とは逆方向の平坦な路地を歩き始める。
「『ま』『一連の流れが挨拶だと受け取っておくれよ』『僕はきみに僕を思い出させる為に今日会っただけだしさ』『これで布石は完了任務終了お疲れ御苦労!』『あとはその時になるのを待つだけさ―――』」
「『んじゃ』『また明日とか!』」
過ぎ去って行く得体の知れない恐怖に、蓮太郎はただただ茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。
嵐のように現れて、嵐のように去って行った男――球磨川禊。
この日この時の傍目から見れば不可解極まりないやり取りが、長い長い
話の構成に淀みがあったり行き詰ったりもあって更新が停止していましたが、踏ん切りもついたので再開できると思われます。
久しぶりの執筆ゆえに自分でも「大丈夫か?」と自信なさげですので、おかしな点等ありましたらご報告頂けると幸いです。
……あれ? 蓮太郎ってこんなんだっけ?
……んん? 球磨川ってこんなキャラだったっけ?
とか途中で思いましたけど気にしない。もし今回が変でもきっと次回から通常運転ですからきっと(汗
あと最近色々と