負完全『ルーザー・ブレット』   作:蘭花

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無理のない範囲での投稿(同日)


6『小学生も鬼ごっこで使うよね』

 運命の巡り合わせを信じるかと聞かれれば、答えはノーだ。

 数多の人々が生きる世界で特定の人物との出会いを『運命』と称するなどおこがましい。幾つもの出会いと別れを繰り返すヒトという生物は、定められた運命などなく偶然の連鎖を生きている。偶然など存在せず全ては必然、などと豪語する者もいるが、それは大きな間違いだ――と、里見蓮太郎は今まで運命という言葉を信じたことはなかった。

 

 しかし今だけは、運命の巡り合わせを信じても良い。しかしそれは蓮太郎にとって全くといっていいほど良い意味合いでは無く、むしろマイナスな意味でその言葉を信じざるを得なかった。

 

「フフフ、元気だったかい里見くん。我が新しき友よ」

「『やあ数日ぶりだね蓮太郎ちゃん。』『僕に会えてそんなに嬉しいのかい?』」

「てめぇら……どっから入ってきやがった!」

 

 奇妙な仮面を付けた長身の男、蛭子影胤。

 凡庸な見た目に狂気を孕んだ男、球磨川禊。

 

 出会った日も場所も違えど、蓮太郎はどちらのことも最悪な印象をもって憶えている。しかも猟奇的、或いは狂気的な雰囲気をこれでもかと溢れさせる二人を見る限り、互いに何らかの形で繋がっている関係と見た方が良いだろう。今まで知り合った中で最凶最悪な二人が手を組んだと考えると悪寒が止まらない。

 そんな人物たちと、よりによって国家機密の情報すら関わってくる場での邂逅。ある意味運命の巡り合わせといっても過言ではない。

 

「『特に何か難しいことはやってないよ』『そう、それこそ正々堂々と正面から、真っ向から』『妨げになるものを全部退けて僕らはここまでやってきたんだ』『長く苦しい戦いだったよ……その証拠に、ほら』」

 

 球磨川が一人でべらべらと力説しながら部屋の入り口の方を指差す。まるでとある昼下がり、公園の木に止まった小鳥を眺めるかのような動作に一同が振り返るが、そこには何もいない。

 

 ――否、人らしい人がいないだけで、入り口には二つの死体が転がっていた。音もなく命が散った跡をその場に全員が驚愕し、そんなことはお構いなしに蓮太郎と木更の脇を一人の少女が通り過ぎていく。

 ウェーブがかった青い短髪にフリル付きの黒いワンピース。腰の後ろに交差して差された二本の小太刀はしっかりと鞘に収められ、紅く両眼が光る幼い顔立ちには赤い液体が付着している。

 何事もなくのんびりと快晴の空の下、公園を散歩するかのごとく少女は歩いていく。「うんしょっと」と手をつき上げ、難儀しながら卓の上にのぼり、少女は影胤の横にきてスカートをつまんでお辞儀をした。

 

「蛭子小比奈、十歳」

「私のイニシエーターだ。先程自己紹介してくれた阿武隈久代は彼、球磨川君のイニシエーターだよ」

 

 イニシエーター、と少し前に名乗った阿武隈久代に続いて影胤が口にした言葉に蓮太郎は違和感を覚える。傍らの蛭子小比奈がイニシエーターならば彼はプロモーター、つまり民警ということだ。

 そして当たり前のように席についていた久代と球磨川も、同じく民警ということになる。彼らからは民間を警備するような雰囲気は全く見られないが。

 

「パパ、みんな見てる。恥ずかしいから、斬っていい? あいつもテッポウこっち向けてるよ、斬っていい?」

「よしよし、だがまだ駄目だ。我慢なさい」

「今はやめときなよ小比奈。あとで相手してあげるからさ」

「本当? 久代、斬られてくれるの? ねえ、斬られてくれる?」

「いや斬られるのは勘弁かな。それは球磨川が――いや、あとでね。うん」

 

 欲望を制止されて一瞬涙目になる小比奈だが、隣の久代が肩に手を置いてフォローすると顔色を明るくする。懐いた子犬のようにすりすりと久代に頭を擦りつけており、とても心を許していることが良く分かった。鞘から滴る血、顔や服にこびり付いた返り血さえなければ、その光景も微笑ましいものだっただろうに。ついでに場所と空気と会話内容も悪いせいで、暖かい気持ちで見守ることのできないやり取りだった。

 球磨川は一人取り残されたように肩を竦め、涼しい顔をしている。

 

「『まったくこれだから小さい子っていうのは。空気くらい読んでほしいものだよね』『今日は七星の遺産を頂戴するためにエントリーに来ただけなんだから』『そういうのは本当、後でやってほしいよ』」

「……七星の、遺産? なんだよそれ」

「おやおや、君たちは本当に事前情報なしで依頼を受けさせられようとしていたんだね、可哀想に。君らが言うジュラルミンケースの中身のことだよ」

 

 銃を構えたまま蓮太郎が問うと、影胤が憐憫にも似た感情を混ぜた回答をする。若干侮蔑も入り混じっているような口調は何を企んでいるのだろうか。

 

「昨日、お前があの部屋にいたのは」

「うんその通り。私も感染源ガストレアを追って部屋に入ったんだが、肝心のガストレアはいなくなるし、ぐずぐずしてたら警官隊が突入してくるしね。びっくりしたから殺しちゃった。ヒヒ、ヒヒヒヒヒ」

 

 仮面をおさえてくぐもった低い笑い声を出す影胤。蓮太郎は先日の出来事を思い出す。

 感染源ガストレアを追跡して入ったマンションの一室、警官隊が惨たらしく殺戮され、荒れに荒れた部屋の中には影胤が佇んでいた。思わせぶりな物言いとやけに友好的な口調、それらを全てぶち壊す猟奇的発言。彼の印象が最悪な理由はまさにその出来事である。

 影胤は大きく両手を広げ、卓の上で回転した。

 

「諸君ッ、ルールの確認をしようじゃないか! 感染源ガストレアの体内に巻き込まれているであろう、七星の遺産。我々と君たち、どちらがそれを先に手に入れられるか――掛け金(ベット)は君たちの命でいかがかな?」

「――黙って聞いていればごちゃごちゃと、うるせぇんだよ。要約するとてめぇがここで死ねばいいんだろ?」

 

 意気揚々に宣言する影胤に、それまで無言だったドクロのスカーフェイス男、伊熊(いくま)将監(しょうげん)が痺れを切らして動く。瞬時に彼の姿が消失し、バスタードソードを片手に影胤の懐に潜り込んでいた。

 

「ぶった斬れろや」

 

 手にした巨剣が旋風を纏って振られ、下から上に回避のしようがない一撃が放たれる。迅速な動作、流石はプロの民警といったところか。影胤の体は成す術なく左右に真っ二つに引き裂かれる――と思えたが。

 バチィッ、という雷鳴音が弾け、将監の巨剣があさっての方向へ吹き飛ばされる。ほんの一瞬、僅かにだが二人の間に迸った青白い燐光――それが原因なのか。

 

「なっ――」

「ヒヒ、ざーんねん!」

 

 不可解な現象を前に冷静な判断ができたのか、将監は舌打ちをこぼして後退。仮面の奥でケラケラと笑う影胤に集まっていた社長やプロモーターが自衛用のピストルの引き金を引いた。

 一点に放たれる集中砲火。ありとあらゆる角度から発砲音が鳴り響き、再び雷鳴音が轟く。一瞬にしか見えなかったものの正体が今度ははっきりと視界に映しだされる。

 

 影胤や小比奈の周囲を覆うのは、ドーム状のバリアだ。

 彼を中心に展開されるバリアは迫りくる銃弾を全て捉え、勢いを完全に殺して空中で停止させ、お返しと言わんばかりに打ち込まれた方角へ正確に反射する。

 跳ね返る銃弾の擦過音、同時に幾重にも連なる絶叫、悲鳴が耳朶を打つ。迸る鮮血が質素な模様だった室内を鮮やかに彩り、死と無機質のコントラストが地獄に似た惨状を演出する。

 悲鳴や絶叫、血は運悪く返される跳弾に直撃した人々のものだ。蓮太郎は自身の頬を掠めていった死の一撃に身を強張らせ、銃を構えたままの姿勢で停止していた。

 

「斥力フィールドだ。私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいる」

「『影胤ちゃんはすぐそうやって仮名文字を使いたがるんだから』『そういう無駄に格好良い響きが許されるのは熱血バトル漫画か週刊少年ジャンプだけって相場が決まってるんだぜ?』」

「君がそれを言うのかい、球磨川君。ネーミングセンスには惚れ込んでいるが同類みたいなものじゃないかね?」

 

 広がる絶望の景色を前に、異常者二人組は声音を変えず楽しげに会話している。

 明らかな離れ業をやってのけた影胤と存在そのものが異質な球磨川。どちらかだけでも十分なインパクトと狂気があるのに、二人が揃えばどんな場所だって地獄と化すだろう。特に出番もなく暇を持て余している少女二人は退屈そうに談話しているが、こんな状況で驚きもしない精神はやはり異常だ。

 

「『便利だよねバリアって。小学生も鬼ごっこで使うよね』『僕なんて』『この程度のことしか(・・・・・・・・・)できないのに』」

 

 欠伸を漏らして球磨川の片手が頭上に掲げられ、動かすのも気だるげに振り下ろされる。

 

 ――刹那、地獄に終止符が打たれた。

 

 跳弾に対して既に死んでいる者、致命傷を負った者、辛うじて回避した者、無傷の者、射撃の嵐に参加しなかった者――様々な状態の者たちが、その場にいる全員が、皆平等に。一切の不公平や不平不満を許さぬとばかりに、仲良く生命に止めを刺される。

 方法は至って単純。全員が凶器と化した巨大な螺子で胸を貫かれたのだ。心臓をぶれることなく刺しぬいたそれに、誰もが喘ぐ暇もなく倒れ伏す。影胤も小比奈も久代も、モニター越しにしか参加していなかった聖天子でさえも――たった一人、球磨川禊という男を取り除いて、一瞬のうちに絶命させられた。

 

 一度腕を振り下ろした程度で馬鹿げていると、思考する隙も与えずに蓮太郎の意識は深い闇の中に堕ち

 

「『大嘘憑き(オールフィクション)』」

 

 ――ることはない。

 訳も分からず周囲を見渡すと、信じ難いことに誰一人として命を落としていなかった。影胤のバリアによる反射で死んだ者も、螺子で貫かれた者たちも、五体満足で傷一つ負わずに生きている。

 まるで、全てはくだらない嘘だったと嘲笑われるかのように。

 

「『君たちの絶命を』『死を』『なかったことにした』」

 

 ただ一人、球磨川禊だけが不気味で狂った笑みを浮かべている。口角を吊り上げて三日月の弧を描き、腐りに腐った瞳を薄暗い室内の中揺らしていた。

 首をコキコキと鳴らす影胤も困ったように息を吐く。

 

「手品を披露するのは構わないがね。我々を巻き込むのはやめてくれないかい」

「『え?』『僕何かした?』『やだなぁ影胤ちゃんったら、夢でも見てたんじゃないのー?』」

 

 次の言葉は、影胤でも小比奈でも久代でも聖天子でも、斬り掛かってきた将監でもなく蓮太郎に向けられたものだった。

 

「『――何も起きなかったじゃないか』『そうだろ?』」

 

 背筋に百足が這いずりまわるような怖気と悪寒が訪れる。

 言動が微塵も理解出来ない、出来る気がしない、否、そもそもしたくない。影胤でさえ良心的に見えてしまうほどの人物、異常以上(いか)の何か。十年前にも数日前にも感じた恐ろしさは、身の毛もよだつ危機感は、全て正しかったのだ。

 

「随分場を狂わされてしまったが、名乗らせていただこう、里見くん。私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

 仕切り直して名乗られた言葉に、部屋のあちこちからどよめきが走る。死んだという錯覚を体感したばかりで、未だに正気を取り戻せていない者もいるようだ。話がまるで頭に入っていない。

 蓮太郎がちらと球磨川の方を一瞥すると、嬉しそうに首を傾げられた。

 

「『僕? 僕は名乗るほどの者でもないよ』『ついに運命のイニシエーターを見つけた混沌よりも這い寄るマイナス』『IP序列マイナス一三位のプロモーター、“負完全”の球磨川禊――』

『名前だけでも憶えて帰ってね』」

 

 人類に敵対する四人の異常者たち。

 計り知れない実力と狂気、得体の知れない人間性を持ち併せた最凶にして災悪のコンビ。

 

 成す術もなく絶望を塗りつけられた人々は、迫りくる地獄に恐怖し、怖れ慄き、希望を失う。ガストレア、失われた子供たち――そんな存在すら置き去りにして死を叩き付けてくる。

 彼らは歴史の闇よりもずっと深く、ただただ真っ黒に、愉快に嗤っていた。

 

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