気がつくと、ぷしゅうと気が抜ける音と共に、二枚扉が閉まっていく光景が目に入る。
ここは何処だったか。あぁ、そうだ。電車の中だ。肩に掛けたカバンをもぞもぞと調整させながら目を擦る。
ふと、どこまで来たのか気になって、車窓を覗き込む。
列車の外には、母なる青い
さて、この旅について語る前に自己紹介をしなければならない。
しかし、特に自身について語る事もないし、プライバシーが希薄になったこのご時世の中、敢えて自身のことを『少年A』と呼称したい。
少年Aは高校生である。名前はあるが教える気はない。
目前に迫った卒業を控えて、ぼんやりとした日々を送っていた。特に何をすることがないが、さりとて何かしたいと悶々とした日々を送っていた。
がこん、と意識が揺り戻される。
思わず振りむくと、車掌が逆の運転席目掛けてすったかすったかと駆け足している。さすが雑誌に載るような名物だ。と少し身を乗り出す。
この光景には理由がある。ここから先はスイッチバックの区画になるからだ。
仕方もないだろう。なんせ38万km程の距離を昇っていくのだ。かの箱根電鉄のような急勾配に対するケアが必要となる。
地表から新聞紙を42回折り曲げた距離へと、列車はどんどんと登っていく。
シートベルト着用のアナウンスが流れ始めた。そろそろ無重力区間になる。子どもがはしゃぐのを横目にいそいそとシートベルトの準備をしなくてはならない。
さて、成層圏を抜けて、いよいよ銀河が目の前に広がり始めた。星々が遠くで輝き、後方には地球がどんどんと遠くなる。
位相が変わる度に変化する景色がふわり、とした昂揚感を運んできては、それを嚥下し消化していく。
チップ化が進む世の中に逆行して買ってもらったスマートフォンを思わず握りしめた。
さて、この少年Aが月から地球への連絡車両『カンパネルラ』に搭乗している訳について、そろそろ話そうと思う。
とはいえ、なんてことはない。月へ行こうと言い出したのは遥か昔であり、それを研究の粋を結集して実現したのは1969年のアポロ11号。(当時は8日とちょっと掛けて月へ行っていたというので驚きだ)
そしてそれを羨んだのかどうか、2020年代には民間の月面旅行が提唱されていた。まずは世界の好事家たちが宇宙へと舞い上がり、そして、その行為がだんだんと民間へと馴染んでいき、ついには市販のお茶の懸賞になるくらいまで月面旅行が一般化していったのだ。
そんな500mlのペットボトルの懸賞を何の気なしに応募し、何万分の一の確率を経て、卒業の間際に今まで一人旅行すらしてこなかった少年Aが、月への日帰り旅行としゃれこんでいるのである。
厳重に気密されたドアが今一度、ぷしゅうと音を鳴らす。ぴろんぴろんと降車を促す音が鳴り、そして閉まる。
ネットで見たことがないような駅名、そして光景が目の前に広がっている事に少しばかりの不安が募る。特急なのだからまず間違えないのだが、握りしめた半券と、月面への降車経路を映す液晶画面で右往左往している。
そんな間にも地球の重力圏を離脱し、惑星が取り囲む線路を銀河鉄道は進んでいった。いくつかのデブリを抜け、不定期に切り替わる進路を抜けた先。ようやく見えてくるものがあった。灰色の地表と、そこを覆うように人類が開発を続けビル群がぽつりぽつりと並ぶ場所。
そこは月面であった。
少年Aもまた偉大なる一歩を踏み出す時がきたのだ。
みるみるうちに列車は減速し、定刻よりも少し早い時間(当たり前の事だが時差はあるし、磁場、自転周期の関係で誤差は出る事くらいは常識だ)新第三ターミナルへと到着した。
各惑星への乗り継ぎ、また帰還便のアナウンスが構内を行きかう中、電光掲示板に描かれた『ようこそ月へ。ここは人類が初めて踏み入れた異星の地』とありきたりな観光名所の文言をカメラに収める。(とはいえ、チップ体内蔵高画素カメラなどではないただの端末内蔵カメラであることをここに明記しておく。あれは学生の身には高いのだ)
パシャ、という音を聞くや否や、異郷の地であることをシャッター音と共に、昂揚感を噛みしめる。
散々、オゾンの香りだの、銃で撃った後の香りだの、挙句の果てにラズベリーの香りだのと色々と言われてきた宇宙の香りを胸いっぱいに吸い込むと、どれとも言えない紅茶の様な新しい香りに出会った。
旅に、来たのだ。
さて、パッケージ化されたツアーの旅程はとても短いとすら感じた。
あまりにスタンダートで期待したものではないともいえる。1/6の重力なんて、流行りのノングラ(ご存知だとは思うがノン・グラヴィティスポーツの事)に比べれば、自由の無さに呆れてしまう程だったし、かつて『静かの基地』と呼ばれた着陸場所は動画投稿者や、SNSで散々見慣れた光景だ。今更見たところで再確認の意味合いにしかならない。その筈だった。
けれど、その光景、体験は少年Aにとって自身の力と意思によって到達したものであって、それは一生抱え続ける、かけがえのない鮮明な記憶となり少年Aに焼き付いたのであった。
18歳の秋。『僕』は一人で月へと到達した。
『これは人類にとってとても小さい一歩だが、僕にとっては偉大なる一歩だ』そんな事を思いながら、ふわりふわりと(これは比喩ではなく重力の問題)ツアーの列に追従し月を回る。
昼の宇宙食(とはいえこれは比喩だ。僕はカツカレーを食べた)後に、月面の博物館を回遊する。
かつて、日本にも展示経験のある月の石(そんなものこの地表にはゴロゴロしてそうなものだが)。アポロ11号特集。月面基地の成り立ち。そして、宇宙人とは何かという解説まで多数である。
その中でふと、目に留まったのは小さい展示コーナー、地球との比較であった。
月に比べ4倍もの大きさを誇る地球。いまはその大きさがあまりにも遠く、偉大なものに見え、ミュージアムステーションの外へと視線を向けてしまう。
ぽっかりと漆黒の宇宙に穴を開けるように浮かぶかの星を見て、これ程までに郷愁の念が搔き立てられるとは全くもって思いもよらなかった。
青い星には今も両親がいて、友人がいて、学校がある。
日常が果てしなく遠くになってしまった事を実感し、つい言葉を零す。
「こんなにも……遠いのか」
特急電車にして3時間強の距離。けれど、38万km離れてしまった故郷へと向けた言葉が、月の重力でふわり、と浮かんで消えていった。
博物館回遊も、静かな海への見学も含め日帰りのツアーは滞りなく終わり、現地解散となる。
お土産コーナーに立ち寄ると、どこでも見たようなディスプレイと、世界的に有名なありふれたものがずらりと並べられこちらを圧迫していた。
普段こんな場所など一顧だにしない少年Aではあったが、今回は大枚をはたき、小さな電子オルゴールと箱菓子をいくつか購入した。
普段は無駄だ無駄だと切り捨てたものだけに、新鮮であった。
暫くして、帰りの列車が到着する。
お土産含め重たくなった身体と、昂揚したままの軽い気分を引きずって、深くシートに身体を預けた。
もうすぐこの旅も終わりを迎える。しみじみとした気分に浸っていると、だんだんと周囲に人が増えて来ては、喋り声や缶ビールを開栓する音が聞こえて来る。
その程よい騒音の中、少年Aはずっと駅名標を眺めていた。
程なくして扉が閉まり、列車が動き始めた。地球へと帰っていくのだ。
いつか、この光景を思い出したとき、きっと僕は涙することになる。
夜半の景色。慣れぬ特急券を手に握りしめながら、見知らぬ寂しさに出会ったことを。
ぼうっと車窓に浮かんでは消えていく、名前すら知らぬ星達の煌々とした灯火を。
そして、この光景を忘れてしまわぬように、音楽で耳に蓋をしたことを。
月面が遠のいていく中で、『fly me to the moon』をリピートする。
アポロ11号にも詰め込まれた音楽の一つ。初めて月に到達した人類の夢の足跡。
──私を月に連れていって。
──どんな春が来るのかな。
「木星も、火星も……それに地球も」
あぁ、帰ったらどんなことを話そうか。新鮮な体験のことも、この空気も、興味深かった事も、どんな言葉で話せばいいのだろうか。
涙が出てしまう程に自身を突き動かす、この嬉しさや淋しさは、どう語れば伝わるのだろうか。
列車の揺れが心地よいリズムとなってきた。歌が音楽になり、言葉が記号となり、だんだんと意味が混濁する。
揺蕩う意識の中で、名残惜しむように外を見る。
こんな大冒険をした後だというのに、地球は青いままであった。
意識を手放してどれほど経ったのか、気が付くと、終着駅のアナウンスが流れていた。
もぞもぞと身体を動かして、不要になった半券を見つめ、そっと大切にカバンの中にしまい込んだ。
駅に降り立ってみると、やっぱり人は多く、煩雑なままだ。夜に沈んでいても昼間のように明るい。ただの地球の日常だ。
一般化された月への小旅行など、猥雑な人混みの中では日常の一コマでしかない。
けれど、踏み出してみてよかったと思う。
間違いなくそれは、少年にとっての偉大なる一歩なのだから。
本日もまた太平なり。変わらず天気は晴れたままであり、月は頭上にぼんやりと輝いている。静かな海は凪いで、ありふれた日々を送るのには丁度良い日和である。
今、旅を躊躇する者たちよ。今日という日は普通であり、そして旅日和なのだ。
などと、少しばかり分かったような戯言で口を聞いてみようと思う、今日この頃だ。
帰路の途中、秋の夜の肌寒さが身に染み、耐え兼ねたので自販機でホットコーヒー缶を購入する。
相変わらず無骨でそっけない風貌と、絶え間なく行き来う世の中に攫われてしまうような、微かでチープな珈琲豆の香り。
じんわりというには、あまりにも粗暴な缶の熱さを持て余しながら口をつける。
「にがっ……」
苦くて不味いその液体からは、少しばかり『大人』の味がした。