『ボクっ娘クーデレ幼馴染みは最強の三属性』教の信者です。信仰よろしくお願いします。
「結婚してくれ」
「断る」
通算100回目になる告白はあえなく散った。
「仕方がない……腹を切る」
「ここボクの部屋なんだけど」
「結婚できないならせめて血痕だけでも残そうかなって……」
「物騒だし血なまぐさい」
用意しておいた果物ナイフが奪われる。
あぁ……あれうちの台所から借りてきたやつなのに。
「ついでになんか切ってきてあげるよ。なにがいい」
「……りんご」
「はいはい、いつものね」
少しすると綺麗に8等分されたりんごがお皿に乗ってやってくる。
しかも大好きなウサギさんカットでだ。
俺の好みをちゃんとわかってくれている。
「……すき。結婚して」
「泣きながら食べるなんて器用な真似するなよ……」
その日のりんごは少しだけしょっぱい味がした。
「俺の籍に入ってくれ」
「変化球で来たね」
婚姻届けを役場でもらってきた。
既に俺の欄には名前と印鑑まで記入済みだ。
「ここに名前と印鑑を押すだけで将来がバラ色で約束されるんだ。押さない手はないだろう?」
「そのバラ色ってもしかしてブラックローズってオチじゃないかな」
「ブラックだけにお先真っ暗ってか!失礼な!」
「ボクは夜道を歩くような迂闊な真似はしない主義なんでね」
漫画から目も離さない。
こちらは真剣な話をしているというのに!
「だが安心しろっ、その心配はないぞ!」
「なにその自信……そういうことはもう少しマシな将来設計を立ててからにしなよ」
「さっきお前は言ったな『夜道を歩く様な迂闊な真似はしない』と」
「言ったね」
「お前の隣には俺が居るから暴漢に襲われる心配はない!」
「隣にいるじゃん暴漢」
なにっ。
一体どこに居るんだ!?
左右を振り返ってみても誰もいない。
「おかしなことばかりいう奴だな」
「まさかキミにその台詞を言われる日が来るとは思ってなかったよ……」
「じゃあこれに記入してくれるんだな?」
「思考の飛躍がおかしい」
記入済みの婚姻届けがぶんどられる。
あぁ……せっかく手描きしたのに。
「こんなものが君の手元にあると思うだけでボクの精神に異常をきたす。悪いけどこれはボクが預からせてもらうよ」
「そんなっ。それを手に入れるために役場のお姉さんに一時間頭を下げ続けたのに!」
また役場の地べたを一時間もなめ続けるのはごめんだ。
周囲からの冷たい視線は今でも脳裏に焼き付いている。
「…………………まったく。どうりで今日は来るのが遅いと思った。そんなことをしている時間があるなら早くボクの部屋に来ればいいのに」
「うん? なにか言ったか?」
「なにも?」
そういって俺からぶんどった婚姻届けはクリアファイルの中に入れられ、鍵付きの机の引き出しの中に閉まわれてしまう。
カチっと閉まる鍵の音が聞こえた。
「俺のために毎日味噌汁を作ってくれ」
「作ってるじゃん、既に」
ズズっ、と味噌汁を啜る。
あぁ……うまい。体の芯に染み渡るようだ。
「この鮭の塩焼きも、この玉子焼きも、このきゅうりの浅漬けも! すべてが最高にうまい!」
「そりゃあどうも。ズズッ……あ、ほんとだ美味しい。さすがボク」
「最高の調味料は愛情とも言うしな」
「ぶーっ!!」
顔面にかかった味噌汁がアツゥイ!
制服に着替えるのが朝食後で助かった。
「ゲホゲホ……っ」
「大丈夫か? 味噌汁掛けられた俺が言うのもなんだけど」
「だ、だいじょうぶだからっ」
「そうか? それならいいんだけど」
布巾を探してきて床上を綺麗にする。
あれだけ盛大に噴き出したのにテーブルの上にはほぼ飛び散っていない。何故ならほとんどが俺の顔面に炸裂したからだ。
「うーんそれにしてもうまい。俺が同じ様に作ってもこうはならないだろうな」
この絶妙な塩加減。
この絶妙な柔らかさ。
そしてこの絶妙な歯ごたえ。
どれを取っても俺の好みどストレートだ。三球三振待ったなし。
そうこうしていると洗面所から帰ってきた。
「……まだ食べるの?」
「当然。お前の作ったものを残したりするもんか」
「そ、そっか」
なによりうまいしな。
「……? どうした、いきなりニヤニヤしはじめて」
「はあっ!? ニヤニヤなんてしてないけど!?」
「いや表情筋表情筋」
「どこもおかしくないですけど!?」
手鏡を渡そうとしたら両手であっちょんぷりけをやり始めた。何年前のネタだそれ。
「ど、どうだ。これでもニヤけてるって言い張るか?」
「その顔もかわいいな」
「ッ~~~~!!!!」
あ、こらテーブルに頭を叩きつけるな!
お前の顔に傷がついたら誰が責任取ると思ってるんだ!
…………あ、俺か。
「と に か く !食べ終わったら水に漬けといてよ!」
「おいーっす」
顔を真っ赤にして怒ったまま出て行ってしまった。
「ズズッ……うめー」
毎日飲みてえな~この味噌汁。
「比翼連理って言葉知ってるか?」
「なるつもりはないよ」
「まだ何も言ってないどころか質問段階なのに…っ」
書籍のページをめくりながら聞き流される。
これが俗にいう馬の耳に念仏という状態だろうか。
「『比翼連理』雄と雌、片方ずつしか翼のない鳥が体を寄せ合うことで他のどんな鳥よりも高く飛ぶことができる。って話でしょ」
「そうだ。俺たちならなれると思わないか」
「思わないね」
「即答!?」
ぺらりとページが捲られる。
「ボクだけならともかくキミが隣にいる程度でなにかが変わると思うかい?」
「ちなみに俺の学年順位は7位だ」
「ボクは1位だけどね」
ぺらりぺらりとページが捲られる。
さっきまでよりも早いだと!?
「でもお前って運動神経悪いじゃん」
ぴくっと指先が跳ねる。
ページを捲る手が止まった。
かと思えば本自体が閉じられて机に強めに叩きつけられる。
「はーっ?運動神経が良い人間の方が優秀だとでもいうんですか?ここ進学校ですけど?あなたの頭は俵を幾つ持ち上げたかで優劣の決まる体育会系高校の応援団ですかぁーっ?道理でやたら腕の筋肉がついてると思ったよ。寝転がっている人の身体を持ち上げていきなり重量上げ始めたかと思ったら見た目よりも意外と広い背中の上に寝転がせて腕立て伏せ始めたりするなとおもったけどそうかそんなに俵を持ち上げたいなら田舎の爺ちゃん家の稲刈りシーズンにタダ働きの奴隷として送り込んでやるよ覚悟しろよお前!?」
「三行で頼む」
「運動神経とかクソくらえ
大事なのは頭の良さ
美味しいお米待ってる」
「待って、いつの間にか今度の秋の三連休の予定埋められた?」
フーっ、と一息つくと再び本を開いてページを捲り始める。
……こいつが読書してる姿ってどうしてこんなに絵になるのかねえ。
「ね、ねえ新城君」
「うん? どないした?」
「空風さんなんか凄い怒ってたけど、大丈夫?」
隣の席の佐藤君が恐る恐る聞いてくる。
「無問題。こいつが運動アンチなのは今に始まったことじゃないから」
「でもなんか俵がどうとか稲刈りがどうとかって」
「毎年この時期になるとこいつの爺ちゃんの家に駆り出されるんだ。お爺ちゃんもお婆ちゃんも優しいし、美味しいお米貰えるからいいけどさ」
「そ、そうなんだ……」
さて佐藤君との楽しい会話も終わったし。今しばらくこいつの顔でも眺めていよう。
あ、風で髪が前にかかった。
それを視線一つ動かすことなく左手でそっと耳の後ろにまで持っていく。
絵になるなー。映えるなー。
「み、みんな~~~!! 新城君は空風さんのお爺さんやお婆さんまでもが認める関係なんだって!」
『きゃあ~~~~~~!!!』
『ギャア~~~~~~!!!』
「お前の人生を半分くれ!かわりに俺の人生も半分やるから!」
「ボクの人生はあげないけどキミの人生は全部貰ってあげるよ」
「等価交換の原則は!?」
そう突っ込むと鼻で笑われた。
どうやらこいつの前では錬金術の世界では揺るぎのない等価交換の原則すら歪まされるらしい。
「だいたいキミの人生とボクの人生の価値が等価だと思われていたのが侵害だね」
「じゃあ俺の人生の価値ってどれくらいよ」
「うーん、昆布一枚?」
「やっす!? お得家用パックでももうちょっと価値あるぞ!」
「じゃあ俵ひとつ分」
「そのネタは昨日やった!」
ケラケラと笑う彼女にさすがの俺も怒った。
「ふんっそこまで言うならお前の人生なんて欲しくないやい」
「へえ……」
そう言って鞄の中からあるものを取り出す。
「どうだ。これがなにかわかるか?」
「可愛らしい便箋にハート型の封。おそらく恋文……というやつかな?」
「その通り! 見ての通り俺だってラブレターの一つや二つ貰えるくらいには選びたい放題なんだぜ!」
「あ、ちなみにそれ今朝ボクが入れたやつ」
「なにっ」
急いで中を確認する。
そこには女の子らしいかわいい丸文字と♡などがあしらわれた俺への赤裸々な告白が綴られていた。
差出人の名前は書かれていない。きっとウブで恥ずかしがり屋な子が想いだけでも伝えようとしてくれたのだと思っていた。
「その恋文さ、いい匂いするでしょ」
「スンスン、確かにするな。これは柑橘系か…?」
「はいそんな恋文をこうしてライターの火で炙ると」
待て待て待て待て待て。
顔色ひとつ変えずにラブレターに火を近づける。
するとピンクの紙の中に文字が浮かび上がってくる。紙が焦げたのとは少し違う、変色反応だ。
そこには可愛らしい丸文字を塗り潰すかの如くデカデカと。
『ボ ク だ よ !』
という憎たらしくも達筆な文字が浮かび上がってきた。
「うわああああああああ!!!」
初めてだったんだラブレターをもらったのなんて。
胸がドキドキした。
心がキュンキュンした。
「ちくしょう……ちくしょう……」
折れた。
俺の中でなにかがポッキリ倒れた。
もう立ち上がれない。
そう思っていたらポスっと頭を抱き寄せられる。
「よしよし辛かったね、酷い人間もいるもんだね」
「お前やんけぇ…………」
「そ、ボクは酷い女だよ。そんなボクを好きになったキミも酷い男というわけさ」
「どういうわけだよ…………」
抜け出したいのに抜け出せない。
ポッキリと折れてしまった心と人肌の心地よさが抜け出す気力を奪い去っていく。
もうこのままでいいんじゃないかなと。
「そういうわけだからさ。キミは分相応にボクの奴隷としてこれからも未来永劫ボクを面白おかしく笑わせておくれよ」
「誰が奴隷だ…だれ……が……」
胸の中が心地よくていつの間にか眠ってしまっていた。
「……寝たか? 寝たな?」
すっかり寝落ちしてしまった頭をクシャクシャと丸める。
重い。いつの間にか随分と大きくなったものだ。
「少し前までボクの方が大きかったっていうのにさ」
眠り込んだのを確認してから枕へ寄せる。これならそうそう起きることもあるまい。
「さてとそれじゃあさっさと処分するか」
さっき奴が恋文を取り出したカバン。
その隣に寄り添うように置かれた自分のカバンを引きずり中に手を突っ込む。
「ふん、今日だけで3つか。最近少しずつ多くなってきたな」
どれどれと中身を払拭する。
「『この前の球技大会の活躍が格好良かったです』『図書館で届かない本を取ってくれてありがとうございました、一緒に歴史について語り合えたのは大切な思い出です』『相変わらずいい身体をしてるな、女子空手部に顔を出せ』まったく、いつの間にこんなに誑かしたんだか……」
一通だけ恋文なのか果し状なのかわからなかったがとりあえずお断りの方向でいいだろう。
机の中から簡素な便箋を取り出し、筆記体を真似て返事を書く。
こうして恋文なんてものに頼るからいけないのだ。好きだというなら堂々と自分の言葉で直接伝えるべきだろう。
「まったく。ボクという本命がいながら他の女にも気を振りまくんだから。この娘たちにとっては君こそ酷い男というものだよ」
などと優越感に浸っていると筆は面白いように滑っていく。あっという間に書き終えてしまった。
「よし、これは明日の早朝にでも下駄箱に仕込んでおくか」
三枚も書いたのは久しぶりなので少し眠くなった。
「まったく図体ばかりデカくなりやがって……」
人のベッドを7割も占領するデカブツに恨み節を吐きながら隙間に体をねじり込む。
まあ枕は柔らかいのに限るが硬い枕もたまには良いだろう。
「……キミを手放す気は毛頭ないから安心してくれよ。キミはボクの大事な……だいじ……な…………」
その日はとても良い夢が見れた。
今度は抱き枕にでもさせてもらおう。
(読み見返してみて)たしかに面白い…だけどこれクーデレかな。いやクーデレだけど……ん?……あれ?これクーデレなのか?