[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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10 - 1206/01/24 紺碧に泣いた一月

1206/01/24(火)

 

意を決して来た海都は前に来た時よりも幾分か様相が変わっていた。

私が訪れたのは一応戦時中ということもあって観光客その他はあまりいなかったけれど、現在は通行が容易になったおかげで人の波が増えている。

 

海都の陸の玄関である中央広場では平民向けの店が大きな商いを始めたようで、ちらりと見たらなかなかに繁盛しているようだった。帝都にあるクライスト商会が資本元であることから、元々が貴族中心であった海都がカイエン公逮捕により揺らいでいると見て切り込みにきたと見える。

血統主義の濃い街とはいえ、帝都・クロスベルに次いで人口が多いし加えて貿易都市だ。カイエン公爵家のお膝元とはいえ街は貴族だけで回っているワケじゃない。貴族の邸宅はもちろん、海港で働く平民も多くいることから経営さえ間違えなければ成功するだろう。

たしかトールズの一年下の人が常務取締役に就任してからこういった動きが活発になっているのだったか。時流を見るのが上手い。

 

今回は港の方にある宿酒場を借りることにして、荷物を置き次第またぞろバイクに跨り郊外にある屋敷の方へ向かった。目当ての方はおそらく北方戦役に駆り出されていただろうけれど、もう既に帰国している筈だ。

 

 

 

 

「お待たせしました」

「いえ、こちらこそ突然だというのに時間をとって頂きありがとうございます」

 

訪れたヴェンデット伯爵家には幸運にもシャロナさん──あのパンタグリュエルで私の護衛騎士に任じられ、十二月末に私を帝都まで送ってくれた高潔な方──は在邸しており、直ぐに応接間へと案内された。

お茶と菓子を出されたのちに人払いをされて、しんと静かになった部屋でふたり。

 

「その節は本当にお世話になりました」

「ご無事であったようで何よりです。そして蒼の騎士殿に関しましては、女神様へ祈りを」

「ありがとうございます」

 

やはり連合軍を結成していた面々にはクロウの死は告げられていたようで、説明することもなく済んでよかったとほっと心の中で一息つく。まぁあれだけ旗頭にあげられ 戦場のジョーカーとして暴れ回っていたのだから、ぷつりとその噂が途切れている現状で推測は出来るだろうけれど。

 

「シャロナさんの方もご無事でよかったです。北方での戦、お疲れさまでした」

 

淹れられた紅茶にミルクを垂らし掻き混ぜてから口にすると、シャロナさんはほんの僅かにだけ口の端を歪めた。

 

「お気遣いはありがたいのですが……あれは到底戦と呼べるようなものではありませんでした。武勲として誇れるものではないでしょう」

 

リィンくんも似たようなことを言っていた。

確かに情報を集めた限りではラマールとサザーラントの領邦軍をルグィン将軍とバルディアス准将が指揮し、あの機甲兵もふんだんに配備され、ものの三日で首府ハリアスクが包囲されたと聞いている。

塩の杭による疲弊で外貨を求め傭兵家業をし、その果てにあのケルディックでの焼き討ちを(その先のことまで考えたら到底リスクとメリットが噛み合っていない依頼であるというのに)受けた北の猟兵が庇護する土地。無論損害賠償など払えるわけもなく、装備等々の面からしても熟練の軍に対してまともな抵抗が出来るわけもなく、それは『蹂躙』と表現しても差し支えのないものだったと。

 

「シャロナさん。よかったら、その話を詳しく聞かせては貰えませんか。ご予定があれば後日でも構いませんから」

 

行けたのに行かなかった自分がそれを望むなど、と思わないではないけれどあの場の最前線にいた人から直接話を聞ける機会を逃すことはない。リィンくんも戦列に加わってはいたとはいえ、切り札としてで前線で首府包囲に参加していた様子はなく、またどうやら騎神の中で意識を失ってしまったと聞いた。軍人として甘いところも加えて考えるならその辺の情報源としてはすこし疑問があるというか。日や場所が悪かったのもあるけれど。

 

「……ええ、そうですね。貴女はあの戦を知る権利と、義務があるでしょう」

 

軽いため息と共にシャロナさんは北方戦役について語り始めてくれた。

 

 

 

 

七耀暦1205年11月03日、帝国政府はノーザンブリア自治州に対して宣戦布告をし同日の早朝に報復戦争を仕掛けた。主力となったのはルグィン将軍が率いるラマール領邦軍に、バルディアス准将が総司令となるサザーラント領邦軍。

ノーザンブリア自治州と帝国を繋ぐドニエプル門はバルディアス准将が動かす機甲兵が難なく突破し、黄金の将軍機と百体におよぶ機甲兵隊が通過を果たした。

各地の領邦軍存続と引き換えにノーザンブリア侵攻を了承した両指揮官の戦意は高かったろうと思う。なんせこの戦で帝国正規軍はほぼ動いておらず、例の鉄血宰相殿の懐刀であるところの二人が所属する鉄道憲兵隊並びに帝国軍情報局は殆ど後方支援に徹していたというのだから、その覚悟たるや如何程のものかと分かるわけで。

 

06日、最新鋭の機甲兵と主力戦車を惜しみなく投入した領邦軍を止めることは叶わず、小都市などを制圧しながら領邦軍は首府ハリアスクの包囲を完了。わずか三日でそれだというのだから、この段階で雌雄は決したと見てもいいほどで。

しかし北の猟兵は大型人形兵器を市街地にも関わらず大量に稼働させ、損害賠償請求を拒んだ時のように徹底抗戦の意志を見せた。内戦の時から各地でたまに報告されていた兵器。おそらく結社が関連していると見られるそれ。

今でも内戦の影響かはたまた結社の実験のせいか各地ではぐれ人形兵器が見られるらしい。……まだ出会ったことはないけれど、もし見つけたら一体確保してルーレにいるジャッカス氏に持っていったらいいお土産になるかもしれない。ちょっと考えてみよう。

 

それに対し(市街地戦を嫌ったのか)武力解決を望まなかったルグィン将軍は交渉期間として一週間を用意した。軍人に対しては情け容赦などないお方ではあろうけれど、市民を巻き込むことを是としないその考えは領民を大切にしている背景が伺える。覚悟が決まっていない相手に手をかけることはつまらないという考えかもしれないけれど。

その中で帝国政府も交渉に奔走したようだけれどしかしその甲斐もなく。

 

12日、灰の騎神に搭乗したリィンくんに加え、サラ元教官を始めとした高位遊撃士、そして鉄道憲兵隊の精鋭数名などが議事堂を占拠する猟兵団との直接交渉・拘束及び人形兵器の破壊を行うために市内への潜入が決定。

けれどもその時、市街地に展開していた人形兵器が暴走し市民を攻撃し始め、その場にいた戦力はそちらへの対応を急がざるを得ず、議事堂への突入は叶わなかった。幸運だったことといえば、市民への被害が極めて軽微で抑えられたことぐらいで。

どうやらリィンくんが何らかの能力……私と違いあの異能と呼べるだろう部類のそれを暴走させ三日間の昏睡に陥ったのはこのタイミングとなるらしい。

 

そうして、来たる13日。交渉期限は切れたとルグィン将軍の機甲師団がハリアスクへ進軍・襲撃を開始。太陽が天辺となる正午、州議会が行われる政の中心地である議事堂制圧を完了させた。

それが、北方戦役と呼ばれる戦の直接の終わり。

 

その後も帝国政府高官が現地入りして戦後交渉が始まって、遊撃士協会・七耀教会・共和国等々からの異議・非難はあれど猟兵団に頼り切っていたノーザンブリア自治州がもはや抵抗など出来るワケもなく。

30日に帰属決定、12月23日に皇帝陛下の詔を以って正式に併合し、帝国領ノーザンブリア州は成立となった。

 

 

 

 

「────以上が、私の話せるおおよその流れとなります」

 

実際には半月にも満たないその戦の開始と終了を語り終えたシャロナさんはごくりと水を飲み、一息をつく。帝国側のものの見方とはいえ、自治州側の抵抗があまりにも薄すぎる話だった。それほどまでに戦力差は圧倒的だったことが伺える。

 

「戦と呼べるものではない、という言葉がすこしは伝わったかと思います」

「……そう、ですね」

「なにせ、あまりにも話にならなすぎて猟兵団側の死者も少なかったそうですよ」

 

肩を竦めるように苦笑され、気を抜いたのかソファに背を預ける姿が見えた。

 

「機甲兵から見下ろす、道中の市民の方々の恐怖の表情は今でも脳裏に焼き付いています。たとえ自治州の経済を支えていたのが猟兵団だったとしても、訓練も行っていない一般人にあのような顔をさせる選択を勝手にしていいわけがない」

 

自治州議会を置き政を議会と市民に任せるのなら、賠償請求に対して議会が紛糾しようともその決定を待つべきだったとシャロナさんははっきりと言う。手足に徹しきれず己の判断で勝手に動くのならそれは切除すべき悪だと。

 

「彼らは元々公国正規軍であり、塩の杭事件で公国から亡命した大公のことを最終的に非難する立場にありましたが、しかし彼らがあの時にしたのは確かに自治州を、そこに住む人々を見捨てることと同義でした。私たちは鏖殺しながら首府へ向かい、ノーザンブリアを文字通り血の海にすることだって出来たのです。それが行われなかったのはただ一重に、将軍閣下のお考えに他なりません」

「確かに、見せしめとして町一つを破壊する択もあったでしょうしね。もちろん、その行為は猟兵団が頑なになるため悪手と判断、という側面もあったでしょうが」

 

加えるならば、シャロナさんの様子から見てルグィン将軍の指揮下において略奪行為は行われていないと分かる。傭兵に限らず、敵国内にある都市・拠点を襲い物資補給をするのはよくあることだ。三日で首府の包囲網が完成したとなれば補給線も長くなりきらず、また現地民の遺恨を買うような真似はこれからを考えたらいい手とは到底言えない。

それもこれも将軍の行き届いた統制の為せる技の結果ではあるけれど。

 

「……自治州陥落のための尖兵となったことに対し、我らも思うところがないわけではありません。領邦軍存続のために帝国政府と行った交渉の落とし所が、そこで泥を被ることであった故に行ったまでですから。しかし、実際に働いた責をなかったことには出来ません」

 

毅然と自身の行いをそう表現するシャロナさんは貴族然としており、まさしく人の上に立つ方なのだと改めて思い知った。市民は基本的に保護すべき対象であり、それを事故などではなく危機に陥れるのは為政者や軍部のやるべきことではないと断言するその姿は"貴族の義務"という言葉を体現するかのようだ。

 

「ただひとつよかったと思えたのは……戦後に首府で現地待機をしていた際に、帝国領となったことで復興の芽があるかもしれない、と話していた方々を複数見たことくらいですね」

「ああ、なるほど」

「無論、それまで塩害による解決策のない貧困をどうにかしようと奔走していた北の猟兵解散に関して、複雑な感情は抱いているでしょうが。……いえ、矛盾かもしれませんが、そうであって欲しいという私の願いですね、これは」

 

そう話を締めくくり、シャロナさんはまた深いため息を吐いた。

土地を守っていた組織を完膚なきまでに握りつぶす行為は、尊厳破壊とも似ているところがある。英雄を地に落とした悪逆非道とも見えるかもしれない。それを理解しながら進軍し、果たすということの精神疲労は今の私には到底計り知れない。

 

「ありがとうございます。その、思い出したくないことだったかもしれませんが、現地で戦った方から直接お話を聞かせていただき本当によかったと思いました」

「何かお役に立てたのなら幸いです」

 

ふっと、出会ってから今までで初めてやわらかな表情が落とされる。

 

「ところで、セリ殿。この後はお昼もどうです? そしてよければ手合わせなども。今度はお互いに自分の得物を使って」

「それは……願ってもないことですが、いいんですか?」

 

正直、剣を使ったとしてもシャロナさんの鍛錬になるとは思えないのだけれど。私との力量の差はもう明らかであったし、やるとすれば稽古のような様相を呈してしまうのではないかと。

 

「騎士剣術のみを使う相手ばかりと戦うとは限りませんからね。それに、この一年で貴女もお強くなったでしょう?」

 

胸を貸してやるから遠慮なくかかって来い、ということだ。ここまで挑発されて受けないというのはトールズの名が廃る。

 

「ええ、それでは喜んで」

 

郊外に出るからとバイクに積み込んできて正解だった。

まぁ、それはそれとして昼食も楽しみではあるけれど。

 

 

 

 

「そういえばヒエリアさんに公都で会いましたよ」

「おや。元気そうでしたか?」

「ええと、まあ、取り敢えず働き口はあったようですけども。お屋敷以外で」

「こちらも情勢が落ち着きましたし、彼女にその意思があれば呼び戻したいところですが」

「ああ、それはたぶん喜ぶと思います」

 

 

 

 

1206/01/26(木)

 

軟骨のピアス穴が安定していないこともあってなるべく試合は傷を作らないよう立ち回りたかったけれどそんな甘い相手でもなく、散々コテンパンにのされてしまった。一応足などの遠いところにならピンポイントに回復魔法をかけられるようにはなっているけれど、肩や腕ともなればそうも行かない。

久しぶりに完全な格上と試合ったせいで身体がバキバキになって、昨日はまともに探索できずに終わってしまった。

今日は例のガラス工房へ行くとしよう。

 

部屋を出て階下へ降りていくと今日も港湾作業員の方々で店はあふれていて、昨日通りカウンターに席を取るとおかみさんがメニューを渡してくれた。

 

「おはよう。一昨日と昨日はくたくただったみたいだけど、今日は元気そうだね」

「あはは、その節はご心配おかけしました」

「飲んだくれて酔い潰れる男どもよりはかわいいもんだったよ」

 

階下に降りればご飯が頼めるという宿酒場は本当にありがたい。一応野外炊爨出来る装備はあるけれど街にいるのなら土地モノを食べるというのも重要だ。

 

「さ、今日は何にするんだい」

 

朗らかな声に気分がつられながら、それじゃあ……、とメニューを見ながら朝食を頼んだ。

 

 

 

 

美味しいご飯で英気を養い、港湾区から北東の方へ坂道を上っていく。軽快な石畳に彩られた道はやっぱり綺麗で、基本的に石造りの碧を基調とした街並みは優美そのものである。

お肉の屋台のお腹が空いてしまいそうな香りを横目に足を動かせば直ぐに目当ての工房が見えてきた。シュトラウス工房。扉を開けると硝子特有の綺麗な音と共に出迎えられ、カウンター奥に職人さんたちの姿が見える。

以前来た時とは多少品揃えが違っているけれど、やっぱり綺麗なものばかりだ。

 

静かに店内をあるいていると、カウンター横の小さなショウケースの中に目当ての色が見つかった。『バルアレス海シリーズ』と銘打たれたそれはいろいろな土地から見た時のバルアレス海の色をモチーフとした硝子アクセサリーで、もちろんその中にピアスも。

思わず自分の左耳にあるそれを外して見比べてみると、うん。

 

「それ、ジュライ・ブルーですよね」

 

私が店のものと見比べていると、カウンターにいた若い男性がそう言葉を落とす。

 

「はい、みたいですね。貰い物だったので、別の工房の方から聞いてようやく知りました」

「別の工房……というとフラム工房とかですかね?」

「ああいえ、海都のではなく公都の職人さんから聴いたので」

「公都の! それはまた遠くからいらしてくださって……」

 

いろいろな青が収められているショウケースは、ぎゅっとバルアレス海を閉じ込めているようでとてもきらきらと輝いている。海都から見たら紺碧に見える海も、ジュライから見たら少し明度が上がって緑が混ざり、マルヴァ海岸から見やれば全体的に水色に近い色になるらしい。

土地ごとの海を大切にして作られた硝子細工。

 

「今日は右耳のものをお買い求めに来られたんですか?」

「ああ、いえ。海シリーズって他にどんなものがあるんだろうと気になって。あとは本当にこれがジュライ・ブルーと呼ばれるものなのかと確かめたくて」

「なるほど。ええ、間違いないと思いますよ。海シリーズを考案し作っている私が保証します」

 

にこりと笑顔で言われた言葉は一瞬びっくりしてしまったけれど、製作をされている方のお墨付きも貰えるなら本当にそうなんだろうと思う。

 

「ありがとうございます。こちらは現地に行かれて作られたんですか?」

「はい。最初は坂道を下った先で見える紺碧を表現したいと思ったところから始まり、そこから沿海州を旅したりもしました」

「……ジュライにも?」

「もちろんです。いろいろ複雑な土地ではありますが、その地でしか見ることのできない色を何とか届けられないかと作ったのがこちらのシリーズで、お土産としても好評なんです」

 

それはとてもよくわかる。帝国は海のない土地の方が多く、この硝子アクセサリーを持って帰れば、こんな色がずうっと向こうまで続いている土地があるんだよ、と思い出を共有出来るからだ。視覚情報というのはとても強い。

 

「素敵ですね」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 

しかしこうして並んでいるのを見るとひとつ自分のものも欲しくなってきてしまう。だけどブレスレットと指輪は問題外で、アンクレットもブーツの加減が変わってしまいそうだし、ネックレスは管理証とかち合ってしまう。

 

「……これはストラップですか?」

「そうですね。鍵などに付けられる方が多いみたいです」

 

グレーの光沢のある組紐が付けられたそれは、グィンさんが作ってくれたトールズの透かし彫りや前にアンが根付と呼称していたものに酷似している形で、これならARCUSIIや鞄につけていてもいいかもしれない、と思案する。買うとしたら、やっぱりジュライ・ブルーかな。オルビア・ブルーとかもすごく綺麗だけど。

 

「それじゃあ、このストラップ型のジュライ・ブルーをひとつください」

「はい、ありがとうございます。お選びになりますか?」

「あ、それじゃあお願いします」

 

宝石と同じで硝子細工も一つとして同じものはなく、気に入ったものを選ばせてくれるというのはありがたい。

左耳にピアスを付け直し、男性が奥の方からジュエリートレイへいくつか載せてカウンターに乗せてくれる。どれがいいかな。

 

「光の加減とかでも表情が変わりますから、持って頂いても構いませんよ」

 

お言葉に甘えて組紐部分をつまみ光に透かしてみた。光が中に入り、硝子のなかできらりきらりと複雑に反射して、その姿は幻惑的といってもいい。

────あ、これだ。あの臨海公園から見たすごく綺麗な色が確かにここに内包されている。

 

「こちらを、お願いします」

「お土産かご自宅か、ラッピングなどはいかが致しましょう」

「自分用なので、このまま持って帰ります」

 

わかりました、と簡易な茶色い小袋に入れてもらい、精算を済ませてお礼を言って踵を返した。

さて、どの戦術オーブメントにつけようかな。やっぱりいつも見るって言ったらARCUSIIだけど、壊れないようにってなると旧型になるだろうか。

迷うなぁ、なんて浮かれる心で工房のドアを開けて外に出たところで、どん、と自分にしては珍しく人にぶつかってしまった。いや、気を抜きすぎだろう自分!

ともかく、怪我はさせていないようでお互い軽い謝罪でその場を離れることに。よかったとホッと胸を撫で下ろしてまた歩き出した。

 

 

 

 

街を歩きながら、そういえば歓楽都市がこの近くにあるんだったか、とバイクもあるしいろんな情報が集まりそうだと足を伸ばしてみることにした。

バイクで一時間半ほどかっ飛ばしていくと峡谷の先に街が見えてくる。おそらく夜の街なんだろうけど、昼間も見ておいて損はないだろう。街の入り口から少し離れた岩場の影にバイクを隠して降りた。

 

街へ入るとそれほど活気はない……というよりどこか気怠げな雰囲気に包まれている。夜が本番であるのなら昼間である今は逆に真夜中といったところなんだろうか。

広場中央にある噴水の右手にはラクウェル駅があり、ジュライへ向かった時は乗り換えで外を見ることはしなかったけれどこんな外観だったのだなと写真を撮る。

 

「おや、おねえさん観光? 俺が写真撮ってあげようか?」

「ありがとうございます、ですが特に必要ありません」

 

客引きだろう方もこんな昼間からご苦労なことだ、と思いながら丁重に断りをいれつつ取り敢えずはメインとなる通りの方を歩いていく。

さすがに昼も近くとなればべろべろに酔っ払った人が道端で寝ているなんてことはないけれど、物理的には乾いた空気なのにどこかじんわりと重いものがあるのは盛り場周辺特有の雰囲気だな、と心の中で頷いてしまう。クロスベルも裏通りや歓楽街がちょっとこんな風だった。もう少し治安は良かったけれど。

 

赤い煉瓦の道をのんびり辿っていくと、ホテルに小歌劇場に大きな会員制カジノに高級クラブなどなどが立ち並んでいて、夜となり街に灯りがついたらさぞ賑やかだろうことが見てとれた。

帝都・海都・ジュライといった主要都市への結節点であることからストレス発散をさせる場所として発展したようだけれど、鉄道開通時に更にその方向で手が入れられたのだとか。

 

そういえば高級クラブの一つであるノイエ=ブランは確か赤い星座が資本元であったのに去年辺りに売却されたという噂も聞いた。結構大きな資金源だったろうに、と思わないではないけれどクロスベルがああなったことが関係しているのかもしれない。確か向こうにも支店を出していた筈だし、尻尾を掴まれるのを嫌がったのかな。

 

いろいろと裏で動いているなあ、と嘆息しつつ路地の方へ入ると、小さな星杯の紋章が掲げられている建物が目に入った。………………まさかこの小さいのがラクウェルの教会、とか?街の規模と教会規模がまるで釣り合っていないように思えてしまうけれど、治安のことを考えるとそこまで信仰深い人々ばかりではない、ということなのかも。

一応お祈りだけはしていこう、と中へ入ると人の気配も少なく、おそらく司祭さまとシスターの方が一人ずつ、といったところで。

 

司祭さまに会釈をしてから長椅子に座り、両手を組む。

空におわします我らが女神さま。今のところ道程に曇りがありませんことを喜ばしく思います。どうかこれからも困難に打ち克てるよう見守っていてください。

 

静かに祈りを捧げ、紫を基調としたステンドグラスで描かれている女神さまの似姿を見上げてすこしだけ笑う。いつか女神さまに背中を向けようというのに、こういう祈りを止めることができないというのは馬鹿げているかもしれない。

だけど、それでも、女神さまに背くことと、今までとこれからの自分の信仰を蔑ろにすることはイコールではないと、勝手ながら考えている。信仰の膜で自らの心を覆うことは、大切だと思うから。

 

「随分熱心に祈られていらっしゃいましたが……旅の方ですか?」

 

若い司祭さまに話しかけられ、そうです、と短く肯定する。

 

「やはりそうですか。ラクウェル礼拝堂はあまり地元の方はいらっしゃらないので……」

 

あはは、とくたびれたように笑顔が引き攣っている。

なるほど。おそらく来るといえば博打で一発デカいのが当たりますようにとか、有り金全部スってしまったどうしようとか、そういったギャンブル関係の話ばかりが舞い込んできているのだろうことはなんとなく伝わってきてしまった。

 

「何か変わるきっかけがあるといいですね」

 

さすがに他領にある教会の運営の話には乗れないけれど、そういう土地もあるんだなぁ、と内心ですこし驚いてしまったところがある。わりと行く先々が信仰厚い場所ばかりだったというかどこにいっても七耀教会の礼拝堂があるのが当たり前だったしなぁ、と帝国の文武両道質実剛健な気風を考えるとラクウェルはすこし毛色が異なるかもしれない。

まぁでも交通の要衝ともなればいろいろな文化の流入にあらゆる衝突が起こるもので、そういう特異なスポットになるというのはわかる話だけれど。

 

それから軽い世間話をして礼拝堂を後にし、それからもぶらぶらと街の中を見て回った。

古物商のお爺さんとすこし西と東の情報を交換したり、大衆食堂で軽いおやつを食べたり、一応カジノの会員証を作ってすこし中で遊んでみたり。きっとクロウがここにいたらもっといろんなことを教えてくれたんだろうな、なんてことを考えてしまったりもした。

 

 

 

 

にわかに街が起き始め、暫く見て回っていたけれど夜が更け切る前には出ようとバイクのところへ戻ると、道のはずれ……ちょうどバイク付近に人の気配が一つ。咄嗟に武器を抜けるよう警戒しながら近付いていくと、相棒の横には短い金髪の男の子が立っていた。

 

「そこで何をしているの」

 

私の接近に気が付いていただろうにその声でようやくこちらを向いた彼は、ほんの少しだけクロウに似ているような気がした。髪色も肌の色もまるで違うのに、纏う雰囲気が、本当に僅かだけ。悪ぶっていそうとか、ピアスをしているからとか、そういう理由かもしれないけれど。

 

「お。これオネーサンの? 随分とイカすじゃねえの」

「それはありがとう。でも人のものに勝手に触らないでくれる?」

「触っちゃいねえよ。ただ見慣れねえものがあったら警戒はすんだろ」

 

それはまぁ確かに。

枯れ草が多く舗装した道から外れたら砂利ばかりとはいえ、見る人が見れば何かが道から外れて通っていったことには気がつくだろう。観察眼の鋭い子だ。

 

「そいつ導力バイクってやつだろ? まだ発売してねえ筈だけど」

「ちょっとしたツテがあってね」

 

会話をしながら座席を開けて荷物を押し込み、そのまま跨って導力を巡らす。

 

「言っても仕方がないと思うけど、子供が夜の街で遊んでないで帰りなよ」

「ハッ、どこぞの口うるせえシスターみたいなこと言いやがって」

 

不良少年……ではあるのだろうけれど、そのシスターをどうこうしようという気はない辺り何か一本気はあるのだろう。

ま、旅先で知らない子供に説教をする趣味はないし、いいか、とハンドルを回して、それじゃあね、とラクウェルと海都を繋ぐラングドック峡谷道を走らせていった。

 

バイクで街道を通過しているとポツポツと雨が降ってきたので雨具でも被ろうかと一瞬考えたものの、いや雨足が強くなる雨に帰ればいいかとそのまま走らせていく。

峡谷からは抜けているので完全に舗装された道はぬかるむこともない。

 

雨といえば学院生時代は片手が塞がるなんとも不便な雨具を使っていたなと思い出すと同時に、その不自由さで君と歩くのが楽しかったなと感じていた自分がいたのも事実で。

まったくしょうがない思い出だと甘く痛む胸に笑いをこぼしながら、ハンドルを切り損わないよう細心の注意でもってバイクは突き進んでいった。

 

 

 

 

船員宿酒場ミランダの横にある荷物置き場にバイクを置いて店の中へ入ると、あらまあ、とおかみさんがタオルを持って駆け寄ってきてくれる。

 

「こんな雨の中、どこまで行ってたのさ」

「ラクウェルの方まで行ってたんですけど……帰り道で降られちゃいましたね」

 

手を挟む余地もなくわしゃわしゃと力強い手にされるがままになっていたところで、あれ、と違和感を覚えた。

 

「おや、左耳のピアスは外しちゃったのかい?」

「────」

 

ああ、そう、そうだ。他人に頭を拭かれているのに軟骨はともかくとして耳たぶに引っかかりが一切なかった。ひやっとする背筋を押し殺しながら震える手で耳たぶを触ると、そこにある筈のものが、ない。落とした。どこで。どのタイミングで?

硝子工房を出た時は確かにあった。まさか会話しながらだったからキャッチをしっかり嵌め損なってた?その後もしばらく街を歩いたし、もしバイクで走っている時に落ちたのなら速度が乗ってて草むらに入ってしまっているかもしれない。いや、ともかく。

 

タオルを直ぐさま外しておかみさんに、ありがとうございました、と押し付けるように返し、私はその足で店を出た。制止を求める声に応えてなんかいられない。

だって、あれは、あれだけは、私はなくしてはいけなかったのに────!

 

 

 

 

雨が降る街の中で、今日歩いたところを全部探していく。硝子工房はもうとうに閉まっていたから扉の前などをARCUSのライトで照らしながら探したけれど見つからない。

石畳の間やベンチの下とかもくまなく見ていくけれど、ちかりと光ったものは全てゴミだった。

 

どうしよう。どうしようどうしよう。身に付けなければ良かったのか。でもずっとクロウのことを覚えていたいって、その願いのためにあれはとても都合がよかった!毎朝の鏡の前で、蒼と銀の三連が強く心に刻み込んでくる。私の愛した人は確かにいたんだと。

そもそもネジ式で嵌めるボディピアスが落ちるなんてこと殆どないと思っていたし、日常生活で外すことなんてほぼないから嵌め方が悪かったのかといえばそうかもしれない。事実どれだけ跳んで駆けてを繰り返しても今まで落ちることなんてなかったし、クロウが長く身に付けていたことも証左になる。

つまりあの瞬間の私が悪かった。

 

しかしいま自責をしたってどうにもならない。それでピアスが見つかるならいくらでも己を殴るけれどそんなことをしたって無意味だ。

ばしゃりばしゃりと港湾区から北通り、住宅街の路地裏を通って商業中央区へ。膝をついた時にどれだけ水で濡れようとももうどうでもいい。どうせ全身ずぶ濡れだし、ピアスが見つかる以上に大事なことなんて今はない。

 

夜もかなり更けているせいか街はしんと静かで、雨の音ですべてが支配されている広場から見える海は大層暗く、どうにも恐ろしく感じてしまった。感情というのは厄介だ。最初に来た時はあれだけ綺麗に見えていたのに。

……いや、でも海は人を生かしも殺しもする。恐ろしい方が正しいのではないか、なんて思考がよぎったところで頭を振った。そんなことを考えている場合じゃない。今はとにかく、街の中の可能性を潰していくのが肝要だ。

 

朝が来たら外へ出て探さないと。

光り物が好きな魔獣に持って行かれでもしたらもう見つかりっこないのだから。

 

 

 

 

雨で濡れているのに汗だくのような気持ちで道を辿っていったら、貴族街の方まで来てしまった。今日はこっちの方は軽く流しただけであまりいなかっただろうし、可能性としては低いと思うけれど……と備え付けのベンチの下を覗いたりしていたら、人が通り過ぎていく。

雨の中で傘も刺さずにベンチの下を除く人間は正直通報されても文句は言えないような気がしたけれど、別に疚しいことは何一つしていないと心を強く持つ。

 

「……あなた、そこで何をしていらっしゃいますの?」

 

不審者に声をかけてはいけないと誰かに習わなかったのだろうか、と思いつつ声を無視することも出来ず顔を上げると、白い優美な傘の下にある顔はどこかで見たことがあるような女性だった。相手もそう思ったのか一瞬固まり、ローランド先輩?、と言うので私の記憶は間違っていなかったようだと立ち上がりながら頷く。

 

「ええと……フロラルド家の、ヴィンセント氏の妹さん、でしたっけ?」

「フェリスと申します。いえ、それより……なんですのその格好」

「……探し物をしているだけで、害はないので放っておいて頂けると大変ありがたく」

 

言いながらここにはないようだと踵を返すと、がつり、手を掴まれる。前から思っていたけれど私は相手が女性だと手をつかまれることが多すぎやしないか!?たぶん概ね警戒対象から外れているんだろうけれど!

心の中でそう叫んでいるうちにずるずると引っ張られ始めてしまい混乱する。

 

「えっ、あっ、あのっ」

 

抵抗しようとしたけれどどうにも力が入らない。

 

「先輩が本気を出せば私の細腕なんて簡単に外せると思いますが?」

 

それはそうだと思う。どう足掻いたって彼女がただの力比べで私に勝てることはないに等しいのに。ねえ、どうして。

 

「気付いていらっしゃらないかもしれませんが、随分と身体が冷えています。そのような身体で探したって、見つかるものも見つからないでしょう」

 

呆れたような声音が次々と耳に届く。咎められる言葉に感情がぐちゃぐちゃになっていく。

 

でも、だって、わたし、なくしたらいけないものをなくしてしまったのに。

あれだけは最期までもっていくつもりのものだったのに。

じゃあわたしはどうしたらよかったの。ねむれない夜をすごせばよかったの?

 

泣いたってどうにもならないと強く保っていた心は、その叱責で簡単に瓦解してしまった。

 

 

 

 

フェリスさんの手から離され、メイドさん二人にあれよあれよと風呂に入れられてしまい、湯船に突っ込まれたところで抵抗する気はもうとうに絶えていた。いや、たぶん手首を掴まれた時から、その意識は失せていたのかもしれない。

じわりじわりと温度も感じなかった指先がひりひりと痛んでくる。湯温が熱すぎやしないだろうかと脱衣所近くにいるメイドさんに話しかけたら、適温より些かぬるめでございます、とぴしゃり斬り捨てられてしまった。かなしい。

 

そろそろもうあがろうかと湯船から体を出すと、まだですね、とスッと入ってきたメイドさんに肩まで浸かるよう指示されることを何回か繰り返し、30分ほど浸かっていたところで上がることが許された。と思ったら髪を洗い、体を洗い、そうしてようやく。

元々着ていた服は洗濯されているのか見当たらず、用意されていた衣服に腕を通しぽてぽてとメイドさんについて歩いていくと瀟洒な部屋に通された。

 

そこで中央の応接セットのソファ片方に座らされ、髪の毛を乾かされ始める。次いでホットミルクまで出されてしまったので諦めてされるがままにちびちび飲んでいると部屋の外からぱたぱたと急いだ足音。それが誰なのかもう記憶してしまっている私は顔を上げて音の主を待つ。

けれど、コンコン、と律儀にノックがされたので入室を了承し扉が開かれると、もちろんそこに立っているのはフェリスさんだった。

 

「ああ、顔色戻ってきましたわね」

 

私の対面に座ってきたフェリスさんは本当にホッとしたようにそう言うものだから、たぶんものすごく心配をかけてしまったのだろうな、ということだけわかった。

 

「……あの、ごめん、なさい」

「いえ、こちらこそ。もしかしなくても、左耳のピアスを探されていたんですのよね?」

 

問われたので正直に頷くと、来歴を考えればそれも仕方のないことだとは思います、と慰められた。でも、こんな風に誰かに迷惑をかけるつもりではなかったのに。

 

「宿の方には使いを行かせましたから、今日はこのまま泊まっていってください」

「……ありがとう」

 

お風呂に放り込まれる前に訊かれていたのはそういう意味だったのか、と今更頭に浸透する。駄目だ、思考が働いていない。こんな状態で今まで動いていたのかと自分の愚かさに頭を抱えたくなる。フェリスさんが怒るのも道理だ。

 

「それにしても、探し物よくわかりましたね。フェリスさん、交流ありましたっけ?」

「……お二方ともあまり交流がなかったとはいえ、あの方が左耳に派手にピアスをつけていたというのは記憶にありましたから」

 

フロラルド家のご長男であるヴィンセントとは、私は本当に折り合いが悪く学院生活上で徹底的に避けていた故に妹さんであるフェリスさんとも話したことは殆どなかった。クロウもあまり関わる立場ではなかったろう。

とはいえ、私もクロウも学院だといろんな意味で有名人だったからさもありなんだ。

 

「どこで落とされた可能性があるかはわかりますか?」

「……それが海都をぶらついてたのと、バイク……ええと」

「去年辺りに先輩たちが技術棟に置いていたものでしたらわかります」

「そう、それに乗ってラクウェルまで行ったりしていたから」

 

個人が通常一日で行える行動圏じゃありませんわね、とフェリスさんがため息を吐く。

そう。バイクがあるから私の行動は大幅に融通が利くようになったけれど、こういう場合にはとても弱い。

 

「とはいえ、やはりひとつひとつ潰していかないと埒があかないことは明白でしょう」

 

側に控えていたメイドの方が海都の地図、そして海都の周辺地図を机に広げる。

 

「覚えている限りで構いませんから、ルートを地図に書き込めます? 私たちも手伝います」

「……え、いや、手伝ってもらう理由がない、でしょう?」

 

ペンを差し出されて思わずそう言ってしまうと、直接の理由は確かにありませんわ、とフェリスさんは頷いた。けれどペンは退かれない。

 

「私は、あの十月末……いいえ、十一月に士官学院にいました。先輩は覚えていらっしゃらないかと思いますが、あの蒼の騎士人形が先輩を連れていくその場に居合わせていたのです」

 

そうだっただろうか。いまいちちょっと血が足りていなかったせいか記憶が曖昧なのだけれど、まぁここで嘘をつく必要もないしそうなのだろうと相槌をうつ。

 

「あの後、パトリックさんともお話ししていましたが、もっと私たちが正しく貴族として行動を起こしていたら、あのような条件を成立させずとも良かったのではないかと」

 

つまりこれは贖罪。

個人的な考えとしては、クロウのことだから貴族といえど学院生程度なら舌先で丸め込むぐらいわけないと思うけど。情報があまりにも乏しいあの状態で交渉は無理だったろう。手札として使えるカードがあまりにも少なすぎたし、クロウにとって私というカードはあまりに強すぎた。

 

「それに、あのような愚行を許してしまったのも到底許されることではないでしょう」

 

あのような。おそらく意図してまるい表現が使われているけれど、それでもヒュッと息が詰まるような気がした。

 

「……思い出させるようなことを、本当に申し訳ありません。謝罪を受け取る必要も、許しを与える必要もありません。ただ、私には理由があると言うことを知っていただけたらと」

 

フェリスさんの声は、言葉は、とても真っ直ぐで、どこか眩しいぐらいだった。

思考を整えるために深呼吸をひとつだけして、私は差し出されていたペンを受け取る。どこかほっとしたような表情を見て、これで彼女の心が軽くなるならいいけど、と思いながら地図へ指を走らせていった。

 

 

 

 

1206/01/27(金)

 

こっそり出て行ったら承知致しませんから、と言いつけられたものの結局よく眠れずに迎えてしまった朝。

洗顔のために鏡を見て、自分の耳に蒼がないことをまざまざと思い知る。

そして昨日の今日だというのに見事に綺麗にされ乾かされた自分の服を着用し、しっかりと組紐で髪を纏めた。それから饗応の間では気分が休まらないだろうからという気遣いで部屋に運んでもらった朝食を食べ、フェリスさんとどの辺りをどう動いていくのか昨日決めたことを最終確認して行動開始を。

 

幸いなことに雨は上がっていて昨日の夜よりはずっと探しやすい。

工房はまだ開いている時間じゃないけれど、開店時間になったら絶対に行くとして……自分があれからどういう行動をどのようなステップで行ったのか思い出しながら、道の隅から隅まで見ていく。ありそうなところだけじゃない。たとえなさそうでも、極小の確率があるのなら。

そして一応立ち寄った教会やお店の方にも届けられていないか確認しつつだけれど、めぼしい情報は得られなかった。

 

そうこうしているうちに陽が昇りきり、そろそろシュトラウス工房が開いている時間だと走っていく。

正直今ある可能性の中で一番高いのはあそこだけれど、それでもなかったらどうしよう。外に出て、あんな小さなものを探すだなんてイストミアの森からドリアード・ティアを探すようなものだ。

代わりとなるものはきっとあるだろうけれど、それじゃあ意味がない。あれじゃないと。

 

荒ぐ息を多少整えてから工房の扉を開けると、昨日と同じように職人さんが奥にいて、いらっしゃいませ、と若い男性が顔を上げた瞬間、あっ、という表情になった。

 

「お客さん、落とし物しませんでしたか!?」

 

────落とし物。まさか。

急く心臓を押さえてカウンターへ駆け寄ると、透明な小袋に入ったピアスが渡される。それはまさしく私がこの一年弱ずっと旅を共にしていた色、見間違えるはずもない。金具の小さな傷もぴったりおんなじで。

 

「昨日、店の前で見つけたんです。キャッチも運良く転がっていて……初期作品で見覚えがあったのでもしかしたらと思って」

 

そうして、このピアスを大切に保護してくれていた。

ぼろ、と思わず涙がこぼれ、私はまたぐしゃぐしゃになってしまった。

 

 

 

 

慌てふためく職人さん──ルーサーさんに奥へ通されお茶を出され、とりあえずこれだけはとフェリスさんに連絡を取り終えた。

 

「……すみません、大変取り乱してしまって」

「いえ、そんなになるほど大切なものを見つけるお手伝いが出来てよかったです」

 

ず、と洟をすこしすすってお茶を飲む。あったかい。

 

「……亡くなった恋人の形見なんです。ジュライ出身だったんですが、亡くなった後にとある方からジュライ・ブルーなんじゃないかと言われて」

「それを昨日確かめに来られたんですね」

「はい」

 

ジュライの海をずっと耳につけていた君のことを知りたくて、ここまで来た。

 

「ジュライの方がそれをつけてくださっていた、というのは私にとってとても嬉しいことです。お話をしてくださりありがとうございます」

 

バルアレス海シリーズを作った職人として、その土地への敬意を持った上で作り上げたという自負はあっただろうけれど、事実それが伝わっているかどうかというのはまた別の話だ。

こんな私の情けないミスがルーサーさんの自信になったのなら少しは救われる。

 

会話が一段落つき、小袋からピアスを取り出す。消毒もしてくれていたようなので、このままつけていっても問題はないだろう。

ピアスのキャッチを回すと問題なくまわり、一応嵌め直すと綺麗にぴたりと収まった。

 

「ネジ式のピアスは通常取れるものではありませんし、落下で本体・キャッチ共に壊れているといったことはなかったです。おそらく昨日はちょっと手早くつけられた為かうまくついていなかったんじゃないかと」

 

船員さんでピアスを付けられている方もいますが皆さん長く付けていらっしゃいますね、とフォローが入る。

丁寧にきちんと装着したら問題ない、ということだ。ふ、と息を整えてまたピアスを左耳に嵌め、用意してもらった鏡で確認しつつすこし引っ張ったりして問題ないようだと胸を撫で下ろした。

 

「お似合いですよ」

「ありがとうございます。本当に助かりました」

 

丁寧に丁寧に頭を下げ、シュトラウス工房を後にする。フェリスさんのところにも行かないとな、と北通りの坂道を上っていき暫くすると商業区の中央広場に出た。

 

碧のオンディーヌ像の側ですこし立ち止まり、眼下に広がる海の輝きにすこし目が眩みそうな気がする。

 

ずっと君の影と一緒にいて、形見をひとつ無くしただけであれほど取り乱して、たぶんこれから暫くはずっとそうなんだと思う。何年か、十何年かはわからないけれど、いつかモノは壊れてしまうからその時に諦めがつくような心境になっていたらと。

君といられた時間はこれからの人生のことを考えたら本当に短く、一瞬の出来事のような時間だった。それでも私はずっと覚えていたい。何があっても。

 

「いろんなお土産話を持っていくから、待っててね」

 

蒼いピアスに触れながらそう呟いた私の言葉は風にさらわれ、誰に届くこともなく散っていった。




【序章 あとがき】

元々わかってはいたことですが、延々と暗い話になりました。
しかしオリ主は終わりのその日を願いながらこれからを歩むことを決めつつも、今のところは『生きること』自体を諦めてはいません。
原作通りに1205年の話を飛ばすことも考えましたが、そうしてしまうと何故彼女がそういう立場にいるのか・何を考えているのか、というのが大変わかりづらくなると思い書かせてもらった次第です。物語の立ち位置としては1203年とおなじということですね。
作中ではオリ主がガイウスから想いを寄せられていますが、三角関係(含む円満三角)にならないことは再度改めてここに。たぶん彼の想いについてはクロウは夏至祭の時に気が付いていただろうけれど。

そんなこんなで、あとは1206年だけとなりました。
これまたキツいし延々と暗い話になりそうですが、よろしければお付き合いいただけたら幸いです。
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