1206/06/17(土) 夕方
「領邦会議近くだというのに猟兵団を大きく動かしている……となると」
「貴族の家ではないじゃろう。情勢的に批難される方が多かろうて」
貴族であれば致命的な傷になり得るような真似をこんな時期にすまい。質屋の顔を持つ情報屋、マッケンロー氏の言葉に私も頷く。
今は海都近郊の歓楽都市ラクウェルに到着しここ最近の話を聞かせてもらっているところだけれど、よくもまぁこれだけぽんぽんときな臭い話が出てくるものだ。高位猟兵団が暫く活動出来るだけの資金が動き、且つ赤い星座や西風をラクウェルで姿を再度見かけるようになっただなんてとんでもない案件が動いているようにしか見えない。
「……ノイエ=ブランを去年のうちに赤い星座は売り払っていますし、ラクウェルに近寄ることは少なくなっていたようですが」
「バカンスにしては街に連れてくる団員も少ないようでな」
高級クラブであるノイエ=ブランは猟兵団の貴重な表舞台にいる資金源であっただろうに、それをあっさりと手放し身軽になった高位猟兵団の赤い星座は今はどこにいるのだろう。話に出てきた紅の戦鬼ことシャーリィ・オルランドは結社身喰らう蛇に所属したという話だし、どこかに身を潜める選択をしたということなのか……しかしそうであるというのならこうも堂々と姿を表しているというのも不思議な話で。
元々歓楽都市という性質上荒くれが集まりやすくはあるものの、猟兵同士がはち合わせても金にならない行為をするような愚か者ではない。そんなのは猟兵崩れどころか傭兵崩れだ。それでも赤い星座が裏にいるクラブが存在している、というだけで一定の秩序は存在しているも同然だった。誰だってあんなところに目をつけられるような真似をしたくはない。
しかし現在、赤い星座はクラブ経営から手を引いている。
「ありがとうございます。いろいろ確認出来て助かりました」
色をつけて多めに支払うと、まいどあり、と笑い声を漏らしながら氏はそれをさらっていく。
「そういえば昼間に灰色の騎士殿が来ておったの」
「へえ。もしや若い方たちも一緒でした?」
「殆ど尻にカラをつけたひよこじゃったの。ヒッヒッヒ」
追加で情報を出してもらえたけれど、まぁおおむね予想通りだ。というか、これやっぱり私が何者なのか知られてるんだろうなぁ。トールズという結びつきを理解していなければここでリィンくんのことを出す意味がないのだから。
「《
「あは、精々ご期待に応えられるよう頑張りますよ」
笑って手を振りながら質屋を後にする。
なんというか、人脈が必須となる情報屋という立場的に私のような年齢の人間は少ないようで、どうも孫のように可愛がられる傾向があるような気がする。いや自意識過剰などではなく。……まぁ、若いのが無茶して火傷するところまでエンターテイメントなのかもしれないが。
次にラクウェルでも大きなカジノ、アリーシャへ以前作っておいた会員証を見せて入り、ざっと店の中を把握する。ポーカー、ブラックジャック、ルーレット、スロット。前と同じくおおよそ代表的なギャンブルは網羅されている。カウンターで現金をチップに換え、どれにしようかな、と見定めるふりをしながら奥へ進んでいくと────いた。
ルーレットに興じる背中が大きく開いた扇状的なドレスを身に纏う女性。その横に金髪の男性もいるがあくまで私の目当ては女性の方だ。
「黒の28」
明るい色のスーツを着用し髪を後ろへ撫で付けたディーラーが玉を投げた瞬間、目線・指の力・投げ方・速度・落下タイミングなどを瞬時に計算してゲームに参加する。女性の方は、あら、と楽しげに微笑み親の総取りである0を挟むように黒の2へベットした。果たして。
「────黒の28。お見事でございます」
「フフ、やっぱりそっちに乗るべきだったかしら」
ディーラーの方のクセなどはわからなかったためかなりシンプルに賭けたけれどどうやら勝利を掴み、既に卓にいたその人の興味を引くことには成功したらしい。
しかしちっとも残念そうな風情を見せず笑う女性は、私の感覚が間違っていなければ在野の魔女であるマージョリーさんその人だ。そう、私とおなじ体質を持ち、それを楽しんでいるという噂の。ずっと話がしてみたかった。
「フレデリク、私と彼女の飲み物を取って来てくれるかしら。私はワインを。貴方は?」
「バイクで来ているので、モクテルであれば何でも」
マージョリーさんが横にいた男性に頼むので、私も(すこしはしたないけれど相手の目を見て僅かに意識操作をしながら)注文をした。
カウンターから戻ってくるまでの時間を稼ぎたかったのだ。
「はい!」
マージョリーさんが頼んだからか、それとも強く効きすぎたのか、男性は嬉しそうにバーカウンターの方へ一目散に向かっていく。彼女はといえば近くのソファに座り、その横を叩かれたので大人しく座ることにした。
「貴方ね、最近あの方が可愛がっているというのは」
「まぁ、可愛がってもらっている自覚はありますよ」
人の子でしかなくまた里の者でもない私に、人の理の外で生きている筈のロゼ殿は本当に良くしてくれている。たとえローランド家への恩義を感じてくださっているにしても、それを担っていた人々はとうに女神さまの元へ行っているというのに。申し訳ないほどだ。
「それで、何が訊きたいの?」
マージョリーさんが微笑んだかと思えばゆっくり外界の音が遠ざかり、気付かれない程度の遮音と認識阻害の結界が張られたことに気がつく。魔女と呼ばれる方々はこんなことまで出来るのか。
「……」
会ったら、許されるなら、いろいろ訊きたいことはあった。自覚したのはいつなのか、辛くはなかったのか、どうしてそう明るく向き合っていられるのか、制御訓練をどうしていたのか。だけどそんな過去のことを質問して傷を舐め合うために私はここにいるのではない。
「自分の体質を強化するために、今でも行なっている訓練は、ありますか?」
これはロゼ殿には訊けなかった。というより、もう課されるモノをこなしていくだけで精一杯だったというか。宿屋の女将であるライザさんの言葉を借りるなら遠慮なく使い続けることが一番の近道なのだろうけれど。
「そうねぇ」
思案顔になったマージョリーさんは、するり、とソファについてた私の手……いや、正確にいうならば指に己のそれを絡ませてきた。びくりと身体が反応する。
「人に触られるのは苦手かしら」
「……得意では、ない、です」
だけど振り払うことだけはしなかった。ぞわぞわとマージョリーさんの指先から何かが伝わってくるのがわかり、それを受け入れる、ように、心を落ち着かせていく。
「そう、だから貴方は、非接触時でもあれだけのことが出来るのね」
「……先ほどのディーラーの方や、飲み物を取りに行ってくれた男性に対してですか?」
ゆっくり頷かれた次の瞬間、吸い込まれそうなほど深みのある翠耀石の瞳に私の芯が捉えられた。一瞬だけ脳髄が痺れるような快感が流し込まれ、思わず目を見開くと、それでもマージョリーさんは涼やかに笑う。
「私と同じなら、きっと貴方はきっといろんな男性に"触れられる"ことがあったでしょう」
「……はい」
「触れるということは、許されなければしてはいけない行為なの。そして許されるということは、心の奥深くまで入れる第一関門をその時点で突破している」
つまり、非接触時にあれだけ出来るのなら、接触したらその効果は計り知れないということだ。……今更だけれど、大昔にアンと接続が切れた時に大幅な精神振動が起きたのは私の体質もあったのかもしれないなぁ、とすこし反省した。
「けれどこれは諸刃の剣でもある。私たちは簡単に人をその気にさせてしまう。触れるということは触れさせることでもあり、許されるということは許すことでもある。心の中を覗くのはとても、とても怖いことよ」
幼い子供に言い含めるかのようなわかりやすさを重視した表現だったけれど、だからこそ常に意識していなければいけないことなのだと。
「────肝に、銘じます」
そっと指先が離れ、先ほどまでの鼓動が嘘のように頭の中へ静寂が訪れる。
今まで自覚的に人と触れ合うことを避けていた。だけど自分がこの世界で生き、この能力を最大限活用していくつもりなら見極めて使っていく必要があるということ。それは時に下卑た視線に晒されることもあるだろう。それでも。私はここで生きていくと決めたのだ。
「ええ、楽しみにしているわ。何かあったら連絡を頂戴」
ウィンクを貰いながら結界が解除され、胸元から出てきた一枚のカードを渡される。どうやらマージョリーさんの連絡先のようだ。ありがとうございます、と相手の紅く彩られた綺麗な指先へ僅かに絡め、ソファから立ち上がった。
「あれ、もう帰られるんですか?」
ちょうど飲み物を持ってきてくれた男性は、今の今まで私たちが見当たらなかっただろうにその不自然さに気が付かない。否、カジノの誰も気付いてはいないだろう。私たちはそういったことが出来てしまう。それもやはり、おそろしいことだ。悪用しようと思ったら無限に出来てしまう。
「はい。マージョリーさんとはとても意義深い話をさせてもらえて、大変名残惜しいですがすみません。モクテルの方はそちらで飲んでいただけたら」
それでも私たちは己の魂を裏切ることはせず、自分の力と向き合っていくことを選んだ。これから進むのは決して光の道ではないけれど、だからこそ。
なんて格好つけてカジノを出て夜風に誘われるまま暫く歩き、路地口で壁に寄りかかって蹲る。
あっっっぶなかった。マージョリーさんから流された"快"という感情、自分が男の体を持っていたら確実に性的興奮が目に見える形になっていたのではないかというほどだった。
だというのに、指先が離れた途端消え失せて、私が抱いたと錯覚したそれは植え付けられた偽物だというのもしっかり教えてくれた。
「────よかった」
クロウが私を好きになってくれたのは、私がクロウを好きになって、その感情が無意識に流れ込んで作用したわけじゃないということだ。別に疑っていたとかではないけれど可能性が一つ潰せるならそれは喜ばしい。私はクロウが好きだし、クロウも私を好いてくれていたと、そう確信できる証拠がまたひとつ増えただけ。それだけで前を向いて、死ぬために生きていける。
じっと自分の掌を眺め、強く握る。
魔女であるマージョリーさんには及ばないだろうけれど、それでもコントロール出来ればあれぐらいは出来るようになるという示唆に他ならない。人に触れるのはこわい。触れられるのだって、こわい。だけど強くなれるなら。私の知りたいことに近付けるのなら、迷う時間は勿体無い。
いろいろ調えゆっくり立ち上がって再度ラクウェルの気配に手を伸ばすと、知り合いらしき気配が三つほど増えている。そのうちの二つはどうやら私の知らない気配一つと共にこちらへ向かってきているようだけれど。
「────ゼノさんにレオニダスさん。内戦ぶりですね」
振り向いた視界に映るは黒革の胸元に碧い風切鳥の刺繍が入った揃いのジャケット着用の男性三人組。もちろん知っている顔が二人ほど。
「おお、セリの嬢ちゃんやないか!」
「久しいな。元気そうで何よりだ」
「私もお二方がご無事で嬉しいです」
お互いふわふわとしながらも決して馴れ合うわけでもない挨拶を終えたところで後ろにいる大柄な男性を見遣る。古木のような泰然とした雰囲気がありながらも、しかし現役で動けるのだとわかる筋肉をしている。けれど、それにしては妙だ。
「……もしかして、そちらは」
「おう、初めましてだな。俺はルトガーってもんだ。コイツらが世話になったのかい」
ルトガー。ルトガー・クラウゼル。
西ゼムリア大陸において、赤い星座と対を成すと言われていた最強の猟兵団・西風の旅団の団長の名と同じものだ。その猟兵団がどうして解散したのかというのはもう誰もが知っている故に『団長の名』を継ぐ誰かが現れたのか、と一瞬思った。
しかし違う。そうではない。
「いえいえ、昔ゼノさんに稽古をつけて頂いていたので、むしろこちらが」
「ほう、コイツがねぇ。大したもんだ」
それはゼノさんの無茶振りについていけたのか、という話なんだろうことはなんとなくわかってしまった。いやでも当時からわかってはいたけれど、だいぶ手加減されていたというか、あらゆるものが見透かされていたと思うので、正直そこまで大してはいないんじゃないかなぁ。なんて。
「いや〜、それにしてもますます別嬪さんになったなあ」
「ありがとうございます」
ゼノさんのは軽口だとわかるからにこりと受け流しておく。そうして色眼鏡の向こうで確かに目が細められたのがわかった。
「それにその左耳、エグくてええね」
「似合います?」
「いや全然」
見せつけるように髪を耳にかけて問うたのに、そんな返しをされてしまい思わず笑う。そういうところが私はゼノさん好きなんだよなぁ。くだらないお世辞を言わない。さっきのだって冗談ではあれど心にも思っていない声音ではなかった。
「はっきり言いますね」
「蒼のはともかく上のはもうあれやろ、意地と執念が見えるで」
「敵いませんね。仰る通り、忘れられる時までこのままです、たぶん」
忘れられる時まで、なんて。馬鹿な話だ。
鏡を見るたびに、ガラスに映る自分を確認するたびに、クロウのことを思い出す。だからつまり忘れてやる気なんてさらさらないのに。それでもいつか、忘れられるんじゃないかって、矛盾を抱えて生きている。
「ま、大切にしたりや」
「そのつもりですよ」
そんな風に笑って会話は切り上がり、三人は私がさっきまでいたカジノへ堂々と入っていくのを見送った。そうしてまたずるずると路地の壁に背をついてしゃがみ込み、息を深く吐く。
────あり得ないなんてことは、あり得ない。
確かに一度死んだと見られていた人間が舞台に上がってくる、というのは前にも遭遇したことはある。けれど『死者が生者の顔をして街を闊歩している』なんて事態に直面するなんてことがあるだろうか。しかもあんな、流暢に受け答えまで可能な状態で。
私が私でなければそもそも死んだということ自体が虚偽だったのでは、と理解してしまうぐらいだ。だけどあれは確かに死んでいた。まるで生きている人間のように見せながらも、しかしあの身体は決して生きてはいなかった。
一体それは何を意味するのだろう。
「あの、お水を買ってきましょうか?」
涼やかな声が落ちてきて、あぁこの街でうずくまっていたら酔っ払いに見えるよな、と顔を上げたところで互いに、あっ、という顔になった。クレアさんだ。とはいえこの街だと制服では浮くからなのか鉄道憲兵隊服ではなく、胸下までのジャケットにサマーニットでスカートという完全なる私服ではあるのだけれど。
「いえ、すみません。ちょっと驚いたことがあっただけで」
お尻をはたきながら立ち上がると、クレアさんが不思議そうに小首を傾げる。
「……セリさんでも驚くことってあるんですね」
「私をなんだと思ってるんですか」
「レクターさんからは、未来予知でもしてるのかと思うくらいだ、と聞いていたので」
「それ、あの人にだけは言われたくないですねえ」
「フフ、たしかに」
天性の勘を持ち、あらゆる交渉ごとを秘密裏に成功させている情報局の特務少佐にそんな評価をされているだなんて涙が出てしまう。それこそあの人のあらゆる物事に対する事象予測が未来予知レベルだろうと思う時だってあるのに。皮肉か。
「それで、クレアさんはお仕事ですか?」
「ああ、いえ、息抜きに遊びに来たんです」
笑いながらクレアさんはそう言うけれど、まぁ嘘だな、と内心で頷いた。
確かにラクウェルは酒場にカジノにクラブに小歌劇場が所狭しと並び、文武両道質実剛健を尊ぶ帝国にしては珍しく享楽に全振りしている街ではあるけれども。そんな風に息抜きが出来る程度に器用なら、私と会うたびにすこし辛そうな顔をするワケがあるまい。
真面目な方だ。とても。うっかりしたら自分さえ壊してしまいかねないほどに。
「そうですか。あ、カジノで遊ばれるならそこのアリーシャは後回しの方がいいですよ。ちょっと珍しい方が来て混雑していたので」
「わかりました。ありがとうございます」
一応の警告というより伝達だけして、クレアさんと別れ表通りの坂を下っていく。
領邦会議の近辺で猟兵が集まってきていたりドンパチをやっているというのはもう十二分にきな臭いものだけれど、さてはてどこに持ち込もうかなぁ、なんて考えながらよく知った気配を感知しつつも今日は疲れたのでそのままラクウェルを後にした。
ログナー侯爵家から誰が出るのかと思ったけど、帰国間に合ったんだ。よかったよかった。
宿の部屋に着いて装備の軽いメンテナンスをし終えたところでARCUSIIに通信が入り、映像ごと応答する。
珍しい方だなと思いつつも現状の海都近郊の状況を見れば根回しをしているのだろう。貴族界隈というのは武力だけではどうにもならず、故にその場に立ち続けているそのことそのものがこの方の強さの証明だ。
「こちらセリ・ローランドです。いかがされましたか、ルグィン伯爵閣下」
『何、すこしきな臭さを感じてな。保険をかけておこうと』
「なるほど。では私は何をすれば?」
『領邦会議中、何某か起きた際に海上要塞にいるウォレスと連携して欲しい。話は通してある』
「わかりました。何か不測の事態が起きた場合、バルディアス准将の指揮下に入りましょう」
とはいえ、閣下がわざわざ私のような外部にまで声をかけるということは何かしらが必ず起きると踏んでいる。故にほぼ決定事項のようなものだ。
『情報屋だというのに子飼いのようなことをやらせてすまないな』
本当に申し訳なさそうに仰るので、私は軽く笑う。
「閣下、お言葉ですが、私は閣下がどう考えておられようと恩義を感じています」
『……』
「ですがそれ以上に、閣下の在り方に憧れを抱いているのです。憧れた方に声をかけてもらえるという栄誉にどうか私を浸らせてください」
教官に誘ってもらえたことは、正直本当に嬉しかった。あの方の目に止まることが出来ていたのだと。ただあの戦艦で一瞬だけ会話をしただけの小娘を覚えていてくださっただけでなく、私の武力を認めていただけていただなんて、どれほど得難い幸福だったのか。きっと閣下には伝わらない。否、伝える気はない。
私は私の剣にコンプレックスなどはないけれど、それでも武門として剣を修めている方々が眩しくないわけではない。閣下も、ラウラさんも、リィンくんも、色は違えどガイウスくんも。
けれど教官という職は私が歩んでいい道ではないと断った。だから今こそ。保険にしていいと思ってもらえたならこの力を存分にふるおう。
『……熱烈な告白をされてしまったな。どこかの騎士殿が夢に現れなければいいのだが』
「あは、閣下のところに現れたら私のところへ来るよう言ってください。怒っておきますから」
二人で笑い合い、そうして通信が終わり静けさが落ちる。暗くなった画面にピアスの光が反射し、それに軽く頷いてからシャワーを浴びるために立ち上がった。
1206/06/18(日) 夕方
昨日までに得た情報と導力ネット上のコミュニテイで他の情報屋とやりとりしつつまとめていき、息抜きとして宿から出た正面にある港湾地区の石塀に肘をついてバルアレス海を臨む形で思考を巡らせているところだ。
元々帝国にはかなりの数の猟兵団が入国を果たしているというのはもう随分前からわかっていたことだけれど、特に今月頭からラングドック峡谷の方で二つの猟兵団がドンパチをやっていたという話が確定事項。
いくら貴族派の力が削がれたとはいえ統合軍のお膝元であり、未だ影響力の強い土地だというのを理解していないなんてことはないだろうに、どういった狙いなのかは不明瞭だ。そもそも猟兵というのは基本的に『契約戦闘』を行う組織であり、猟兵団同士で抗争をするには何かしらの雇い主の存在があって然るべきだというのに、そういった背景情報が一切落ちていないというのは不思議な話だと表現しても差し支えないだろう。
十月戦役は正直なところ対立組織が分かりやすかったし、何が裏で暗躍していたとしても政府側も貴族側も双方ともに崩れないという地力があったことは確かだ。実際人形兵器が裏に流され……二年前のガレリア要塞襲撃に使用されていた事実もあるけれど、それはそれとして別に対処出来ていた。
しかし今年の四月、五月にあった神機騒動は結社の実験であることは確定していて、それなら六月に何かしら起きると予想するのも間違いじゃない筈。四月は例のハーメルの悲劇が起きた時期で霊的な場としての活性化、五月は視察団来訪によるクロスベルという都市の高まり、であるのなら六月は────間違いなく領邦会議と夏至祭を催す海都で何らかの異変が起きる。
だから星見の塔を見つけた時みたいに霊脈の中心点を重点的に調べることもしているわけだけれど……この辺調査が物凄く難しいんだよなぁ。
都市部はかなり人の出入りが激しくノイズが多くて潜りづらく、海上要塞は軍事施設だから許可を得て入るのなんて難しいし、ブリオニア島にはノルドと同じような巨像があるらしいけれど夏至祭の準備で湾内への一般侵入は制限されていた。一応エイボン丘陵とラングドック渓谷は視てきたけれどそこまで不審な感覚はなかった。そもそもエイボンの方はイストミアと繋がっているので何かあればそちらにいる方々が気がつくだろう。
とはいえ、今までのことを考えると都市部は考えづらく、海上要塞も今はバルディアス准将が詰めていることを考えると除いてよく、となると大本命はブリオニア島ではなかろうかとアタリはつけられるもので。というか今日、沖合の方から強い力を感じたからたぶんそう。
トールズ第二分校は予想通り特別実習でこっちに来ているみたいだし、昨日は避けてしまったけど接触を図ってもいいかな。……もしかしたら、リィンくんを望んで各地で事を起こしている可能性がある気もするし。
騎神にとてもよく似た神機という存在。
帝国が最初に認識したのはクロスベル独立国騒動の時にガレリア要塞を半壊させた機体だけれど、本当にあれと同系統のものなのかはわからない。しかし人智を超え、今の技術では到底再現が不可能な事象を引き起こしているという点では似通っているとも言える。
そろそろ日暮れに差し掛かるということもあって人が多くなってきたので、私も篝火を受け取りに歩き出した。
三日ほど前。
「すみません、急な話だとはわかっているんですが……港湾篝火に参加する権利ってどこからか融通出来たりしませんか?」
「……あぁ、なるほど」
ラマール州へまっすぐ向かい、ようやく到着した海都で予期せぬ出来事にぶち当たり、動揺しながら何とかヴェンデット伯爵家──内戦終結時に私の護衛をしてくれた騎士のシャロナさんに面会のアポイントメントを取り応接間へ案内され今に至る。
港湾篝火。
海都で行われる夏至祭の夕刻を彩る灯りの催し物で、今までは外部の人間も事前申し込みさえすれば参加出来たのだけれど去年は海上要塞で閣下が籠城していたこともあって夏至祭自体が中止となり、今年は領邦会議と被ってしまった関係もあって警備強化で地元の人間以外参加出来ない通達がされたのだ。
それで諦めればよかったというのに、ラマール州の貴族というコネが頭によぎってしまったから藁にも縋り付く思いでこちらに来た。
「構いませんよ。伯爵家としてすこし多めに枠を頂いていますし、私の自由に出来るものがまだありますので一枠お譲りしますね」
嘆願という心持ちで来たというのにあまりにもあっさりと承諾され思わず、いいんですか?、と訊ねてしまった。
「無粋を承知で申しますが、蒼の騎士殿への弔意と見受けられましたので」
蒼の騎士。その言葉に指先が僅かに反応する。貴族連合軍で英雄のように扱われていた証であるその称号はいつか風化してくれるのだろうか。
「亡くなられたことが、一人の武人として非常にもったいないと思っていたのです。故に、可能であれば私のその思いも共に海へ捧げていただければと」
「────はい、必ず。ご快諾ありがとうございます」
クロウの死を悼んで、地元の方にとって大切な社交の材料になるであろう港湾篝火の一枠をこんな一般人に譲ってくださった思いを棄てるなどしないと心の中で誓う。
シャロナさんは、頼みます、と柔和に微笑みながら書類にサインをしてくれた。
そうして夏至祭当日。夜。
「はい、火傷しないよう気を付けてくださいね」
港湾地区の階段を下り、普段は船でいっぱいになる桟橋が今日は船が退けられたくさんの人で賑わっている。招待状となる書類を案内の方に見せ、奥で蝋燭を紙で囲んだちいさな舟を受け取り桟橋の方へ進んでいく。
まだ陽は沈みきっていないけれど多くの篝火が海に手放され、ゆらゆらと揺れて風景を形作っている。周りの人は親子や兄弟で楽しそうに流しているグループもいれば、祈りに手を組み瞼を下ろしている人もいて、この篝火たちはいろいろな人の想いを乗せて海の大精霊とその娘さんである碧のオンディーヌへ届くとされているのだろう。
私も膝をついて篝火を水面にそっと放し、ちいさく息を吐く。両手を絡め、額を預ける。
────どうか、あなたに。あなたたちに、安らかなねむりがありますように。
それがどれだけ傲慢な願いか解っているけれど、それでも私は祈りを捧げた。きっと今日はそんな願いも許される日だと思ったから。
ぎゅ、と唇を引き縛り、祈りを終え立ち上がって踵を返す。まだまだ流そうと待っている人が多い。邪魔にならないようやることが終わったならさっさと波止場から離れよう。
通りへ上がる階段を進み、宿泊先の船員酒場の前に出ている屋台でジンジャーエールを買う。ただのエールも美味しそうだったけれど、いつ何があるかわからない以上アルコールは控えるべきだ。
「観光かい?」
「はい。海都の夏至祭はずっと来たいと思っていたので。これだけ多くの篝火、もう少ししたらもっと見事な光景になりますね」
楽しそうな声が、空気が、まるで怖いことなどないかのように充満している。……海都はあの内戦の頃も平和だった。オーレリア将軍が籠城したこともあったけれど、それだって要塞方面での出来事だ。
貴族都市ということもあってこのご時世で危機感が薄いというのはそれはそれで問題があるかもしれないけれど、平和を享受する人々がいなければこの風景はつくられない。都市は貴族だけで出来てはいないのだから。
「風景を眺めるなら教会地区の公園をオススメするよ。遠景が綺麗に見えるはずさ」
「なるほど。ではそちらにも行ってみます」
「いい夜を!」
屋台の方に勧められた通りの方向へカップを片手に道を歩いていく。
そういえばクロウはお酒が好きだったけれど、ブランデーとかウイスキーばかりでエールを飲んでいる姿は見たことがなかったことを思い出した。まぁ価格帯として、あの船の主の好みとして、単に常備されていなかっただけかもしれないし、そもそも常温保存の棚に置いておけるものでもないから、取り出しやすさの観点とかでそうなった可能性もある。
……うん。お墓に花を持って行くのは気が進まないから、お酒を持って行くというのはアリかもしれない。だって君と盃を交わす日はもう来ないのだから、それぐらい。
「サラ教官に相談してみようかな」
昨日ラクウェルへリィンくんと一緒に来ていたみたいだし、今回でなくともわりとどこかでばったりひょっこり会える気がするし、なんて。
街の喧騒ですこし浮つく気分のままに教会地区にたどり着く。教会が中央にあって貴族邸宅も多いからか意外と人は少なく、階段から降りる張り出した形の小さな公園の手すりに両肘を預けた。遠くの方、紺碧の海に浮かぶ篝火がゆらゆらと沖合に流されていくのが見える。
海都の夏至祭は確か課外活動でルズウェルに向かう列車の中でトワが教えてくれたのだっけ。あれから三年。まさかこんな気持ちでここにいるとは思わなかったけど感慨深くはある。
く、と残っていたカップの中身を飲み干し、炭酸が喉を通っていく刺激を終わらせる。感傷に浸るのは取り敢えずこれでやめにしようと、そう思った時、忘れる筈のない足音が近づいて来た。
「先輩っ」
慌てたような声、伸ばされる手。思わず回避して確認すると、そこには白いコートを着て度数の入っていないだろう伊達眼鏡をつけたリィンくんがいた。
「あっ、すみ、ません。……泣いているのかと」
小声で付け足された理由に一瞬止まり、それから思わず私は笑ってしまった。
いくらここが海都だからって泣くようなことがあるだろうか。そりゃあ多少感傷的になってしまうような夜ではあったけれど、それでももう表立って泣くほど感情があふれることなんてない。
「ふ、ふふ……ご、ごめんごめん……いや、でも……ふふっ」
「そんなに笑うところですか」
「いやー、笑うでしょ。ちいさな子供じゃないんだし、もう大丈夫だよ」
両親を亡くした後は、それはそれはもうずうっと塞ぎ込んでいたけれど、それでも叔母さん叔父さんのお陰で何とか外に出かけられるようになった。その痛みが今の私を強くしてくれているし、一年半も経っているのだからそこまで心配しないでほしいというのが本音である。
それにしてもよっぽど慌ててくれたのか、彼の後ろにトールズ第二分校の制服を着た男女五人がようやく追いついて来た。
「さ、そんなことより後ろの生徒さんたちを紹介してくれたりしないかな?」
「あっ、そうですね」
すこし教官然とした顔つきとなり、内心でまた笑いを落としたところでリィンくんが横にズレながら後ろへ振り向く。そこにいる生徒さんたちは以前のVII組と負けず劣らず、多種多様な背景を持つ人たちばかりだ。
薄いローズのような髪色のクロスベルから来た女の子。元情報局所属でお互い面識はあれど言葉を交わしたことはない黒兎さん。あのヴァンダール流に連なる双剣士の男の子。ラクウェル出身であそこの若者集団のトップを張っていた悪童。そうして、この土地にいるのがあまりにもしっくりきすぎる貴族の少女。
「こちらは俺の先輩で、俺よりも前にARCUSの試験運用に携わっていた人なんだ」
「初めまして、セリ・ローランドです。そっちの君とは話したことがあるね?」
「ハッ、まさかこんなカタチで会うとは思わなかったがなぁ」
金茶の短髪に紫耀の瞳。うん、やっぱり前にラクウェルへ行った際にバイクに興味を示していた子だ。アッシュ・カーバイドくんというらしい。
そこから順番に名前を教えてもらい、ユウナ・クロフォードさん、アルティナ・オライオンさん、クルト・ヴァンダールくん。頭に名前を書き留めていき、最後に翠耀石のような髪の少女が名前を告げてくれた。
ミュゼ・イーグレット。イーグレット伯爵家。それが何を意味するのか。ピンとくる人間は一瞬で理解するだろう。だから私はミヒュトさんに言ったことを内心で撤回した。学生の身でありながらも彼女がここにいるということはすなわち、今年の領邦会議の鍵を握るつもりがあるのだと、そう。
だけどそれをここで明かす意味はない。にこりとお互い笑い、挨拶をするにとどめた。
「それにしても先輩、演習地読んでたんですか?」
「まぁ十中八九こっちの警備に駆り出されるだろうなー、とは思ってたよ。流れ的に」
分校の演習に託けてリィン・シュバルツァーをこの地に派遣すれば自動的に灰の騎神が配備されるのだから、そんなの利用しない手はない。どうであっても政府側もこの領邦会議を守りたいとは考えているだろうし、導き出されるものとしてはそう的外れでも当てずっぽうでもない。
「相変わらず政府に振り回されてるねえ」
「……それでも、これは好きで選んだ道ですから」
苦笑するリィンくんの背中を軽く叩き、頑張ってると思うよ、と小声で労う。
「そうだ。アンゼリカ先輩が公爵家城館にいますし、もしよかったら」
「領邦会議でピリピリしてる警備を刺激することないし、気持ちだけ受け取っておくよ」
そうしてこれから街を見て回るという彼らと別れ、私は明日に備えはやめに寝ることにした。
「それにしてもセリさんも随分綺麗な人だったけど、まさか……!」
「ふふ、確かに凛とした顔立ちの方でしたね。教官はああいった方がお好きなのでしょうか」
「中々スミに置けねぇよなぁ」
「仲は良さそうではあったけど、邪推する話でもないような」
「……容姿が特に優れている部類である、という判断が下されている方というのは事実ですが、しかしあの方に限って言えば教官との関係は見たままかと思われます」
「へ? 珍しいわね、アルがそんなこと言うの」
「以前、すこしだけ、見る機会がありましたので。機密事項ですが」
「って、気になる終わり方しないでよー!」