[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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17 - 06/19 その蒼を知っているか

1206/06/19(月)

 

目覚めは唐突な砲撃音と共に訪れた。

即座に跳ね起き出撃の準備を調え階段を下ると慌てた様子のおかみさんが外へ出ることを止めてくる。経営者としては二重丸の対応だ。しかし。

 

「ごめんなさい、ミランダさん。私どうしても行かなければならない場所があるんです」

 

怯えるよりも前に宿泊客の安全を確保しようとするその頼り甲斐のある両肩に手を添え、目を見て真っ直ぐそう言い放つ。ここで押し問答なんてしていられない。閣下から依頼された通りに私はバルディアス准将のところへ向かわなければ。

そうして酒場を飛び出した瞬間、目の前で灯台が崩壊する。ガラガラと音を立てて瓦礫が海面へ波止場へ落ちていく光景に背筋が凍った。

砲撃音の聞こえてくる方角、距離、弾道……いくらなんでもスペックがおかしすぎる。こんな性能を持つ兵器を騎神・神機を除いたら私はひとつしか知らない。

 

「────っ」

 

まさか列車砲を奪われただなんてそんな愚かなことがあるだろうか!けれどアラゴン鉱山がバラッド侯の命令でずうっと稼働していたという話もあったことから極秘事項として建造されていたと推測するには容易い。

しかし幸い今の海都にはハイアームズ侯爵閣下が来られている。バラッド侯がどれほど貴族選民思考であっても人民のことを考えてくださる高位貴族の方がいらっしゃるというのは心強い。私はあの方がどれだけ高潔かこの身で知っている。

 

「ミランダさん、直ぐに避難誘導指示が下されるはずです。あなたはそちらに従ってください」

「……どうしても行くんだね」

「はい」

「それじゃあ、必ず帰っておいで。美味しいご飯を用意しておくから」

 

それは、戦へ向かう人々を見続けた人の覚悟をしていた。

そうだ。バルアレス海にはしばしば海賊が現れ、護衛船団という形で海の猟兵が商船を守っていた歴史がある。港湾地区にあるこの店──ミランダさんはそういった船団の人たちを何度も見送っていたのだろう。時には帰ってこないこともあったろう。それでもここに居続けることを選んだ方。

 

「わかりました。お腹を空かせて戻ってきます」

 

そう告げ、一瞬だけ迷ってから、ぎゅっと、ミランダさんを落ち着けるように抱きしめて背中を叩き私はバイクへ走り出した。

 

 

 

 

「バルディアス准将、お忙しいところ唐突な通信失礼致します! セリ・ローランドと申します」

 

昨晩閣下から送られてきていた番号へヘッドセットをつけたまま通信を試み、バイクを走らせる。このような混乱の中で本当に多忙を極めるだろうに通信はつながり落ち着いた男性の声が耳元で聞こえ始めた。

 

『閣下から協力者のことは聞いている。貴殿は今どこに?』

「ただいま海都をバイクで出発し、東の街道を通過中です。海上要塞へ向かうか、このままラングドックへ向かうかの指示をお願い致します」

『……統合地方軍は全軍峡谷方面への出兵命令が下された』

 

歯噛みをするような声音で准将に告げられ、それがあの暫定統括者のバラッド侯による無茶……というより戦を知らない人間による指揮だというのは明らかだった。全軍出撃だなんて敵襲があるにもかかわらずラマール州最大の砦を空っぽにする指揮官がどこにいるというのか!

 

『故に多少なりとも準備に時間がかかる。その為先行して峡谷の様子を探ってもらいたい』

「了解致しました。ラングドックへ急行します」

『単身で非常に危険な任務となる。風と女神の加護を』

「ありがとうございます。閣下たちも……ご武運を」

 

互いの無事を祈り通信を終了させる。幸いまだ海上要塞とラクウェルへの分岐路に差し掛かっていなかったので、思い切りアクセルをふかし街道を走り抜けた。

 

 

 

 

道中バイクと馬の蹄だろう跡が出現し始め、分校の方からも人手が出されているのを確認し更に速度を上げる。避難誘導がされているラクウェルの街中でさえもバイクのまま突っ切り、北ラングドック峡谷道へ抜け砲撃音が聴こえる険しい道へ辿り着く。

すると二台のバイクに二頭の馬。白馬の方は見覚えがないけれど、黒毛の方は──彼も私に気が付いたのか砲撃音に怯むことなく寄ってくる。

 

「君のご主人も来ているの? それなら心強いな」

 

間違いなくガイウスくんの馬だ。ほんの少ししか会ったことのない私のことを覚えていてくれるだなんて賢い子。お互い額を軽く預け彼の見た情景を少しだけ分けてもらい、首を撫でて私も峡谷内へ足を踏み入れると、入口から足回りが強化されたという新型列車砲が丘の上に鎮座しているのが確認出来た。

そしてそう遠くない場所から剣戟と銃撃の音が交差している。ガイウスくん、アン、サラ教官、リィンくん、ユーシスくん、ミリアムさんがこちらに駆けつけてきているようで、私は猟兵たちが向こうに引きつけられている間に脇から奥地の方へ。どうせ軍隊が入れる道を模索するのも自分の役目だし、これぐらいは許してもらおう。

ARCUSIIを操作し通信をかけて再度ポーチへ。ヘッドセットからつながる音が聞こえ現状、すなわち列車砲四基の稼働を確認、分校教官であるリィン・シュバルツァー率いる六人が北の猟兵と交戦開始というものだ。

 

『それはありがたい。こちらも今向かっている』

「加えて赤い星座も展開しているようですね。基本的な通り道は確保されていますが……」

『どうかしたか?』

「北の猟兵が伝え聞いていたより少ないな、と」

 

無論帝国に報復しようという面子が集まらなかった、という可能性もあるだろうが、しかしそもそも彼らは最初から帝国へ弓を引いている。首府が陥され、帰る場所もなくただ死地を定めるための戦にしかなり得ないからといってそこで離脱するようなことがあるだろうか。

もしそこで得物を手放すならもっと前の段階で膝をついている。

 

『……本隊が別にいる可能性か』

「はい。可能であれば准将殿にはお戻り頂きたいところですが、そうもいかないのですよね」

『あぁ。統合地方軍に対するバラッド侯の発言力は絶大だ。風前の灯火となったこの軍はなんとか存続しているという今、暫定統括者の命令には背くことは叶わない』

 

頭の命令に従えない手足はむしろ害となるというのは軍人としてよく知っている方だからこその言葉。そしてそれはもう、敵の狙いが海上要塞で陽動だというのを理解した上で本丸を明け渡さなければならないことに忸怩たる思いをも抱いている声だった。しかしたとえ罠だとしても今なお砲撃を海都へ降らせ続ける列車砲を捨て置くこともできないのは確かで。

 

「────っ」

 

瞬間、殺気を覚え咄嗟に回避する。つい先ほどまで立っていた場所には銃痕が発生し、追撃から逃れるように、射線を切るように岩影を伝っていく。ひとところに留まるのは危ない。だけど誘導されているのもわかる、わかるけれどお互いに最善手を取るという理解があってこその誘導だ。それでも殺られてやる気は一切ない!

絶え間なく動く射手地点からおおまかな位置を予想し渾身の霊絡干渉を行い、たったカンマ数秒の猶予だったとしても相手のリズムを崩すのには十分な時間を稼ぎ小銃を一発撃ち込んでから次の岩陰へ飛び込んだ。

 

「アハハハハッ! お姉さんやるじゃん! ぜひ種明かしして欲しいなぁ!」

 

細心の注意を払いながら声の主を見やれば、赤い長い髪を風に遊ばせホルターネックの扇状的な衣装を身に纏った女性──血染めのシャーリィが得物を手にして崖の上で笑っている。脇に展開している赤い星座の部隊も洒落にならない練度の人間たちだ。

だけど────もう十分時間は稼いだろう。

 

「先輩!?」

「なるほど、あたしたちの脇を抜けていったのはキミだったのね」

「無論私は気が付いていたさ。セリの気配を逃す筈もない。一昨日もだが」

 

バタバタと北の猟兵たちを蹴散らしたリィンくんたちが追いついてきて、一部は会うや否や余裕のある言葉をかましてくれる。しかしアンは久しぶりだというのにあまりにもいつも通りだし、私の気配に聡すぎるのもどうかと思うけれどまぁいい。じゃれあっている場合ではない。

 

「中隊クラスが来てるんだ……」

 

深刻な顔でミリアムさんが崖の上を見据え苦々しそうに呟く。もしかしたら情報局所属の彼女が一番この場での戦力差を把握しているのかもしれない。

 

「あはは! 紫電のお姉さんは数年前にやり合ったし、妖精とも愉しませてもらったから、今回も期待させてもらおうかな……?」

 

高らかな笑い声だというのに、刺さる殺気はあまりにも冷たく鋭い。これが最強と呼ばれる猟兵の中隊長であり結社・身喰らう蛇の執行者ということなのか。

 

「アンタとじゃれ合いに来たんじゃないんだけどね……」

「ふむ、猛獣タイプか。これはこれで悪くないが」

「って、自分の好みかどうか考えてる場合か!」

 

うんざりしたような教官の声に被せてアンがとんちきなことを言うもので思わずツッコミを入れてしまった。するとに私に向かってウィンクをしてきたので取り敢えずはたき落としておく。

 

「ったく、何ジャレてやがる!!!」

 

そこに弛緩しかけた空気をピシャリと嗜める真っ直ぐな声が割って入ってきた。

声の方向を見れば高位遊撃士の男性二名。私もお世話になったことがあるトヴァルさんに、リベールでの活躍が名高い重剣を担ぐクロスナーさん。二人の登場にリィンくんと教官が嬉しそうな声をあげる。

 

「悪い、厄介な連中に邪魔されて遅くなった!」

「チッ……! だがもう追いついて来やがったか!」

 

その言葉にぞわりと背中が粟立った。この感覚────!瞬間的に気配感知を極力遮断する。

 

「あはは、鬼ゴッコも終わりかな?」

「俺たちを撒くとはなかなかやるみたいだが……へぇ」

 

思った通り崖の上には虚の窓を持つ劫炎殿と、赤色のスーツを丁寧に着こなした見知らぬ少年が立っている。

結社の執行者三名に赤い星座の一個中隊、そして北の猟兵が相手だなんてさすがに多勢に無勢がすぎる。特に劫炎殿は本気を出したら世界そのものにヒビが入りかねない存在だ。そんな人を本気にさせずにしかし突破しなければいけないだなんてそんな無茶な条件があるだろうか。

歯噛みした瞬間、機甲兵の音が聞こえ始め、その奥から遅れて軍靴の音も続いている。

 

「とにかく、朝から状況が変わった! この場は俺たちに任せとけ!」

「赤い星座はともかく、北の猟兵本隊は別の場所だ! 鉄機隊や白い神機と同じくな!」

 

遊撃士であるお二方の言葉、それに准将の懸念も合わさったらそれは海上要塞陥落と同義になる。バラッド侯の私兵が代わりに詰めていたという話だけれど、鉄機隊に神機、それに死地を選ぶための人間というのは時にとんでもない力を出し尽くす。きっと歯など立たない。

 

「第II分校、加勢させてもらう!」

 

ミハイル少佐とオルランドさんが先陣を切りながら歩兵としてか随伴する戦術科の生徒、そして後ろには最新鋭の機甲兵機体まで。そうして、更に。

 

「我らもいるぞ! 統合地方軍、ウォレス・バルディアスがお相手する!」

 

空色の外套の裾を靡かせた声が率いる、白い制服に身を包んだ統合軍が峡谷内へ走り込んできた。

 

「シュバルツァー、サラ殿にユーシス殿。そして閣下からお預かりしたセリ殿も。列車砲は誓ってこちらが食い止める。代わりにどうか────愚かなる統括者が引き受け風前の灯となった本丸を頼みたい!」

「────やはり本命はジュノーか!」

 

同じ貴族であるからか腹の底から慟哭するユーシスくんの叫びと共に、私は直ぐさま武器を構えつつもバルディアス准将に駆け寄った。

 

「私も海上要塞へ向かうべきなのですか?」

 

私一人でなら攻撃の隙間を縫って列車砲を一つずつ無力化していくことも可能なのではなかろうかと、ちらり、何らかの超常の力によって運ばれた崖の上にある列車砲に視線をやってから、気配を感じで目線だけ動かせば劫炎殿と目が合う。────っ。

ずくりと頭の中が蠢くようなそれは、ほんとうにわたしがみていいものなのか。

 

「ああ、問題ない。貴殿は情報屋で斥候だ。暗殺は職務ではないだろう。それに、アレと浅からぬ縁がありそうだ」

「……縁はありませんが、微妙に動きづらいのは確かですね」

 

劫炎殿が私に興味があるとはいえ手を抜くなんてことは全く想像も出来ようもないし、また私が変なことをすれば感知される可能性も高い。奇襲の策が取れないのなら私がこちらにいて出来る仕事などそう大してないと言っても過言ではない。

 

「分かりました、その命をしかと胸にこの場を離脱します」

「ああ。────これより作戦開始! 四基の列車砲を停止する! 風と女神の加護を!」

 

バルディアス准将の号令に合わせ統合地方軍、そして第II分校、遊撃士の方々も交戦を開始するため走り出し、私は戦域を離脱する。そうして同じ判断を下したリィンくんたちも踵を返し着た道を戻るために走り始めた。

────そこでどんな出会いが待ち構えているかも知らずに。

 

 

 

 

急行する中でリィンくんの担当クラスの生徒たちも合流し、激しい戦闘の音が近付いて来る。辿り着いた海上要塞は至る所から黒煙が上がり、門前に待機させられていた装甲車はひしゃげ、外壁上に取り付けられた砲門も全てが破壊し尽くされている姿が見えた。

 

「……完全に陥ちたようだな」

 

現状を端的に表現するユーシスくん。砦の中央にあったラマール州の紋章は見る影もなく、代わりに取り付けられているのは帝国貴族のものではない。そしてはたはたと赤地に白と銀を基調とした旗がどこか物悲しく海風に揺られている。

 

「外壁に取り付けられているのは身喰らう蛇の紋章。そしてもう一つは……」

「見覚えがあるね。ノーザンブリアの古い紋章だったか」

 

リィンくんの言葉を継ぐようにアンが答える。ついこの間まで存在していたノーザンブリア自治州ではなく、28年前にあった塩の杭による異変で滅びたノーザンブリア大公国だった頃の国旗。革命で大半が燃やされたと聞いていたけれど、綺麗な状態で残っているものもあったようだ。

その執念に思うところがないわけではないが、しかし、それ以上に、私は、海上要塞へ続く橋の上に展開している部隊に目を奪われていた。

 

西風の旅団の三人。予想の範囲内だ。その後ろに、ここ最近ラングドックで北の猟兵とやり合っていたニーズヘッグ。これも別にいい。政府の依頼を受けて戦っていたんだろう。けれど、西風の横にいる仮面をつけた、一房長い銀髪を持つ、蒼衣の、男。

バイクのスタンドを立てて降りるもその存在から目が離せない。

 

だけど目の前で会話は当たり前のように進行していく。西風のこと、ニーズヘッグのこと、結社の実験のこと。興味深い話をしているとは分かっているのに、全く頭に入ってこない。

しかし分校特務科の彼らはともかく、リィンくんたちにすら動揺が見られないのは────ああ、そうか。バーニーズで卓を囲んだ時、みんなが飲み込んだのはこのことだ。私にあの男の存在を知らせまいと、そう、示し合わせたのだ。

いや、恨んでなどいない。私だって友人の恋人に似た存在がいたからといっておいそれと口に出来るわけがない。分かっている。ただの気のせいかもしれないと。そう。

 

────でも。

おそろしいほど、うるさいほど、壊れそうなほど、魂が叫んでいる。

そんなことはあり得ないで欲しいと。あり得ていいわけがないと。

それでも視界内にいる蒼衣に身を包んだ仮面の男は私の愛しい人に非常に良く似ている。

あまりにも、馬鹿馬鹿しいほどに。

 

「フフ……そこまで見抜いていたとはな」

 

結社の行動は破壊工作ではなく、場を整え神機を用いた決戦の舞台を用意することなんじゃないかと指摘したリィンくんの言葉に、仮面の男が反応する。その、こえ。

体型も、身長も、髪型髪色はおろか声さえも、似ているだなんて。誰がそうではないと言おうとも私が見間違える筈も、聞き違える筈もない。それを忘れられるほどの年月なんて経っちゃいない。絶望の鐘の音が頭の中でこだまする。

 

「ま、今回の対戦相手はオレらとこっちの兄ちゃんでな」

 

ゼノさんが喋りながら私に視線を送ってくる。それに気が付かないほど愚鈍であれればよかったのに。ぎゅっと口を引き縛り、は、と乾いた吐息を落とす。

 

曰く、この実験の場は先に到着していた彼らが先行する権利があるという主張。

そして屋上に見える銀鎧に身を包んだ女性に挑めるのは"将"の肩書きを背負える者のみだと。それはあの女性が真に今も勇名を残す槍の聖女であるのなら、戦場に対する礼儀は必要だ。それだけの人間が合間見えなければいけない。

それに足る器を持つ人間は私たちの中にはいないだろうという指摘は、正当なものだった。

この戦を邪魔するというのならお前らを前菜がわりにしてやると武器を構えられる。猟兵の中でも高位の者は黒い闘気を顕現させるとはいうけれど。そうした存在と目の前で相対するというのは初めての経験だ。肌がざわつき、うっかりすれば逃げ出してしまいたくなるような。

 

『ならばその"将"、私が務めさせてもらおうか!』

 

瞬間、至極楽しそうな声が上空から降ってくる。

声に釣られ空を見るとルグィン伯爵家所有の将官用飛行艦が、装甲車が薙ぎ払われた関係でぽっかりと空いていた待機場へ滑り込んでくる。その甲板から跳び私たちと彼らの間に降り立つは銀の髪を靡かせ、ラマール州の紫を肩に纏いしオーレリア・ルグィン伯爵閣下その人だった。

かつての海上要塞の主人。それにより要塞が歓喜に打ち震えたのがわかる。ようやくお戻りになったのだと。今まで何度も代替わりをしているだろうにそれでも今代の主人はルグィン閣下以外認められていないようだ。

 

「おいおい、来るなんて聞いてへんで」

「……なるほど。まごうことなき"将"か」

「アンタが有名な羅刹さんかい。どんな化物かと思ったがとんでもなく佳い女じゃねぇか」

「フフ、私も貴殿の名は存じている。西風の猟兵王────とうに死んだと聞かされていたがこうして見えることが出来て光栄だ」

 

西風の三人の言葉に対し、ルグィン閣下────否、ルグィン将軍はゆるりと笑う。

 

「では、そこを退いてもらおうか?」

 

悠然とした所作で大剣を突きつけ、何でもないかのように告げるその言葉の力強さにぐっと前を向いた。ルグィン将軍の前で、へこたれてなんていられない。

それにあの蒼衣の男は……感知間違いでなければ、猟兵王であるクラウゼル氏とおなじモノだ。私の求めるあの人じゃない。そもそもそうであっていい筈がない。だから否定しよう。この身を以て。私自身の意志で。

 

「……そいつはスジが通らないんじゃねえか?」

「"筋"ならある」

 

武器を構えたまま猟兵王は興味深そうに将軍の次の句を待つ。

 

「退いたとはいえ、かつての我が居城。託した右腕の留守を狙っての占拠、見過ごすわけにはいかぬ。……ましてや己が戦での仇、受けての結果なら尚更であろう」

 

ノーザンブリア自治州を攻め落とした尖兵。それを率いたのは誰かと問われたら誰もがルグィン将軍だと答える。しかし北の猟兵たちは将軍を派遣した帝国政府ではなくあくまで実働隊に牙を剥いた……剥かざるを得なかったというのはあまりにもかなしい。

 

「下がるがよい、部外者よ! さもなくば私が相手となろう!」

 

黄金の闘気が将軍の身体から迸る。二つ名の由来となったそれは高潔さを可視化したらこうなのではないかと思う程のものだった。しかしそれを前にしてクラウゼル氏は笑う。まるでこのやりとりさえも心地が良いものかのように。

 

「ま、そりゃあ、大義名分も使命感もありはするんだろうが……正直に言えよ。何よりもあそこの"聖女"さんと闘り合いたくてたまらないってな」

「否定はすまい」

「ま、美人に譲るのは悪くねぇ。紫電の嬢ちゃんもいるし、今回だけはサービスだ」

 

猟兵王のその言葉を皮切りに西風含めニーズヘッグ、蒼衣の男も臨戦体勢を解除する。

蒼衣が抜いていたのは金の双銃。双刃剣とは似ても似つかない武器だけれど、それでも、銃が得物だというのは何となくわかる気がした。というより、そちらの方が私にとっては馴染み深い。

 

そうして海上要塞への唯一の陸路である橋を明け渡すために団体がこちらへ向かってくる。だからつい、私たちの間を通っていく西風の二人へ視線を送ってしまった。

 

「……ゼノさん、レオニダスさん、知っていらっしゃいましたね?」

「はは、堪忍な。守秘義務あるもんやし」

「我らには我らの目的があるということだ」

 

まぁそれはわかるけれども、こちらの心境も理解してもらえるだろうので恨み言の一つぐらい言わせてほしいというだけだ。実際に怒っているとかではなく。

そんな会話の中、我関せずといった風情で蒼衣の男も歩いていく……と思われたのが私のすぐ横で足を止めた。見上げた時の感覚も気味が悪いほど全く同じそれは、仮面の奥にある瞳の色すら似通っていた。紅耀石よりすこし暗い、頭の奥がじんと痺れるような色。

 

「俺に何か用でもあるのか」

「……いや、かつての知り合いに似ているなって思っていただけだよ。不作法すまないね?」

「そうか」

 

似ているなんて生易しい言葉では到底表現しきれないけれど、今はいくつか組み立てられた仮説を検証するターンじゃない。

 

「しかし、相手は至高にして伝説。配下は精強で死兵どももいる。そこの羅刹はともかく、貴様らがどこまで通用するか……高見の見物をさせてもらおうか」

 

私から視線を外してこちら側全体へ挑発とも取れる言葉を落とし、リィンくんが代表してそれを受け取ったのを境に男は静かに歩いていく。じわりと背中に汗が伝ったような気がした。咥内に溜まった唾液を飲み込んだところで、ぽん、と大きな手がふたつ、私の背中をたたく。

見ればアンとガイウスくんで、二人とも……いや、煌魔城の出来事を知る全員が心配そうな目でこちらを見ていた。

 

「……ありがとう、でも私は大丈夫。────死体愛好癖も人形趣味もないよ」

 

たとえあれが本当にクロウの身体であろうとも、優先すべき事項がここにはある。

ルグィン将軍は目の前で噂の聖女に挑めるこの千載一遇にふつふつと闘気を高め笑っているし、飛行艦に同乗していたシュミット博士はここから例の神機を観察するつもりのようで護衛は必要なかろう。

何より私自身が、将軍と聖女殿がぶつかる様をこの目で見たい。

 

そうしてお互いの認識のすり合わせが開始された。

閣下と博士はトワから連絡をもらって駆けつけてくださったらしく、現状把握の説明は必要ないそうだ。そしてVII組としてここにいるということを改めて将軍に宣言したリィンくんに対し、共同戦線という形で構わないと了承をされる。なんて贅沢な話だろうかと思ったけれど閣下がそれでいいというのなら私に異論はない。

 

「時が惜しい。攻略を開始しましょう」

 

リィンくんの言葉で私たちは要塞へと続く橋を走り始めた。

 

 

 

 

ジュノー海上要塞。

旧貴族連合軍最大の拠点であり、内部はとんでもない広さとなっている。加えて攻め込まれた際への防御機構として二手に分かれて攻略することでようやく制圧の糸口が掴めるといった仕掛けがあるのだそう。

橋で一度に突入出来る数を制限し、内部で更に分断を余儀なくされるというのは、なるほど、嫌がらせにとても特化したカラクリだ。

故に現場指揮権を持つリィンくんの指示に従い主攻副攻に分かれることとなり、私は特務科VII組のサポートとしてアンと一緒に副攻組に入った。基本的に攻略が遅くならない程度に彼らに任せるというか、そもそも私とアンが本気を出したら敵を殆ど無視して通過出来てしまうのでそれはまぁ、意味がないよなと。

 

……それにしても、入口に配置されていた幻獣とプレロマ草を一蹴した将軍、物凄く格好良かったなぁ。私たちが複数人連携して戦う存在を薙ぎ払い余興とまで言い切るだなんて。

 

「いやはや、想像以上だな」

「そうだね」

 

人形兵器による破壊で瓦礫が至る所に落ちる広い廊下を走りながら、話しかけてきたアンに同意する。前を行くは新VII組。荒削りではあるけれど五人全員がお互いの役割を理解し着実に敵を屠り進んでいく。

 

「ちょっとばかし火力偏重だけどバランスは悪くない」

 

出身的には密偵担当だろうアルティナさんも戦術殻がいるおかげで隠れるというよりは真正面から叩き潰すといった戦闘スタイルで、元々のVII組もそうだったけれど斥候担当というのは穴になりがちである。

それでもミュゼさんの目端が利いた隙のない射撃で奇襲的なものは潰せているし、手数がいるなら火力偏重も悪い手じゃない。私のこのスタイルはソロだから磨かざるを得なかったところもあるのだし。

 

「そこまで上から目線でモノを言うんならお手並拝見させてもらおうじゃねぇか」

 

レンジや隊列との兼ね合いで最後尾にいたアッシュくんが私たちを煽ってくる。二人で顔を見合わせ、他の四人が構わなければいいよ、と頷いた。

 

「実力を見せてもらえたら連携も取りやすくなって助かります」

 

タイプは違えどおなじ双剣士であるクルトくんがいの一番に反応してくれたので、これはもしや期待されていたのかな、と口の端が上がる。他の三人からも特に問題はないようなのでアンとアイコンタクトをしてARCUSIIの戦術リンクを接続。

 

「久々だからって遅れないでよ」

「はは、誰に物を言っているんだ」

 

互いに笑って、廊下を走るギアを上げた。ARCUSIIで向上させた身体能力は新VII組全員を置き去りにしてしまったけれど、まぁ見せろと言うのだから追いついてくるだろう。

 

「そこの角曲がって3アージュ先に小型人形兵器三体」

「後ろを取ってくれ」

「あいよー」

 

アンが先行し相手がそちらへ意識を向けたところで軽く跳躍し壁を足場にして方向転換、展開する兵器の背後から基盤を狙って突き刺し最小手で無力化する。そんなことを続けながら走り抜けていたところで一際大きな部屋の前で立ち止まった。中にちょっと大きいのがいるなぁ。

 

「少しだけ追いつくの待とうか。これじゃ意味がないし」

「そうだな。しかし、随分と腕を上げたものだ」

「あは、アンもね。絶対にここに踏み込んでくれるって分かってるから心強いよ」

 

お互いのクセを知り尽くした相手と共闘できたのはどれぐらいぶりだろう。本当に楽しい。

もし叶うなら、私たち1203年組と、リィンくんたち1204年組、そして新しく出来上がりつつある1206年組のチーム対抗戦的なものをやってみたくもある。

こちらは少しばかり人数が足りないけれど、まぁ先輩というハンデとしてはいいかもしれない。1206年組はともかく、1204年組にはそんなもの要らない気もするけれど。

 

「あ、追いついてきたね」

 

廊下の向こうから五人が走り込んでくるのを認め、この時間で追いついてくるなら大したモノだよ、と褒めようかと思ったけれどそれは侮辱になりかねないなと言葉を引っ込める。

 

「ば、バケモンかよ……」

「仔猫ちゃんたちの参考にはなったかな?」

「いや出来ませんて!」

「あはは、だよねぇ」

 

アンと私が久しぶりの共闘が嬉しくて嬉しくてすこしはしゃいでしまったのは確かなので、この先の大型人形兵器との戦闘を見てもらうとしよう。

 

「それじゃあ、そこのデカブツ倒してくるから今度はしっかり見といてね」

「えっ」

 

機械といえど導力駆動であれば霊力による干渉は可能だけれど、今回それは使わない。単純な技量だけで破壊する。一人なら多少手こずる相手でも、アンがいれば障害にもなりやしない。

扉を開け放ち二人で突貫する。

 

「あは、こっちこっち」

 

まずは挑発戦技をぶち込んで相手の自動判断機構を私に固定し、その間にアンが背後を取りかつてよりずぅっと重くなった拳を存分に叩き込んでいく。ここまでの小型機械は殆ど掌底とその余波で壊れてしまっていたから、今の彼女の力量をこの目できちんと見られるのは十分な収穫だ。

 

「この大きさの割には精度が高いけれど、正直まだまだだね?」

 

大きな体躯を駆け上がり肩の駆動部を穿ってまず一つ破壊し落とす。

自分の体の上にいる私を捕まえようと残った腕で懸命にこちらを追いかけるけれど関節が急に移動でもしない限り捕まえることは叶わない。稼働的死角というやつだ。そういう意味では触手系幻獣の方が厄介とも言える。

 

地面にいるアンの構えが見えたので誘導しながら地面へ降りたところで必殺の戦技が繰り出される。東方に伝わる幻獣──龍を闘気として纏い、空中から繰り出される蹴りはいかに大型兵器といえど耐え切れるわけもなく、一部融解したそれは直ぐに機能停止した。

 

「さ、行こうか」

 

扉付近でこちらを観戦してくれていた特務科の面々に声をかけ、私たちは海上要塞が難攻不落たる理由の一つである主攻側へ作用する仕掛けを稼働させ先へ進んでいった。

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