1206/06/19(月)
人形兵器以外にも猟兵や猟獣とも交戦するようになり、特務科に所属する彼らの雰囲気も変わっていく。自分達がしているのは間違いなく人間同士の諍いであり、戦なのだと。人型の相手と戦う訓練はもちろんしているだろうけれど、訓練と実践は異なる。
相手はこちらを殺しに来ているがこちらは相手を殺すつもりはない……だけど、いつか殺さなければいけない日がくるかもしれない。こういう機会でもなければ在学中にその覚悟を刻み込むことはなかっただろう。特に、己の意思とはすこし外れた形で入学したユウナさんは。
他の面々は武術として剣を修めることを目指していたり、街の自警団としてゴロツキと戦っていたり、情報局で密偵をやっていたり……人の上に立つということは多くの命を掌握することだと知っていようから。
階段を昇り進んでいくと扉を開いた先が外回廊となっている場所へ出る。とうに破壊された対空砲が並ぶ中で、再度大型人形兵器の気配も感知する。だけどここは私たちの出る幕ではない。こちらが求められているのはあくまでサポートだ。
「
「ハッ、スクラップにしてやんぜ!」
アルティナさんの索敵にアッシュくんが、しかし隊列を乱さぬよう先行して走り出す。
ここまでの彼らの戦いぶりを見ていたらいろいろ小さな言い合いのようなことは多かったけれどそれでも自分の命を相手に預け、相手の命を預かるということの大切さを既に知っているのがありありと伝わってきて感心するばかりだ。
アルティナさんの黒い戦術殻──クラウ=ソラスから放たれる熱戦は人形兵器の関節を融かし、クルトくんがその作り出された弱点を的確に突き、ユウナさんは近接と中距離を臨機応変に変更して敵を撹乱し、ミュゼさんがそれでも敵が放とうとした戦技を阻止した上で、最終的にARCUSIIの号令により能力を底上げした重たい一撃でアッシュくんがすべてを破壊する。
「フフ、先ほどの戦闘をきちんと見てくれていたみたいだ」
「うん。相手に上手く行動させない、っていうのは大事だよね」
機械相手には関係ないかもしれないけれど、気持ちよく行動出来ない、というのは大変フラストレーションが溜まるものだ。その苛立ちは更に行動ミスに繋がり勝率がぐんと跳ね上がる。
そして強敵を倒したことに浮かれず次の屋内へ戻る扉を見据えるその強さ。リィンくんは教官としてちゃんと出来ているのか悩んでいそうな雰囲気だったけれど、とてもきちんと向き合っているからこその結果だと思う。
……この場に彼がいないのが残念だけれど、彼がいないからこそこうもしっかりした姿を見せられているというのはありそうだなとも。だってリィンくん過保護だし(主攻副攻のチーム分けで特務科の彼らだけで副攻に進みたいと宣言した際、心配しすぎて要である自分も副攻に入ろうとしたのだから否定は出来まい)。
とはいえ危なっかしいところがないわけではないけれどその為に私たちがいるのだと処理をしつつ主攻側から解かれる仕掛けを突破したところで、左手に似たような廊下が併設されている場所に出た。
既に向こう側には主攻組が到着しており、二台同時に仕掛けを動かす必要があるので待機させてしまっていたらしい。急いでスイッチを起動しお互い欄干に駆け寄る。
「助かった、B班!」
特に心配するような面子ではないと分かってはいるものの、それでも一旦顔が見られたのは嬉しい誤算だ。まぁその嬉しさはリィン──教官には及ばないだろうけれど。
「フフ、このさきも何度か道が交わる。そちらも油断せずに進むことだ」
「はい!」
ルグィン将軍の激励に背筋を伸ばし、こちらも走り出した。
扉を抜けるとまた外に出たようで朝陽が白い要塞を眩しく照らしている。大きな階段に差し掛かったところで見上げた天守に白い神機が悠然と佇んでいるのが見え、その威容に喉が些か引き攣るのを感じた。
「かつてガレリア要塞を消滅させたタイプαの後継機、ですね」
「見たところ、すぐに動く気配は無さそうですけど……」
「何にせよ、あのまま放っておくわけにはいかないだろうね」
この場に於いての敵の姿を改めて心に刻み、緩んだ速度戻していく。階段を昇り細かに展開し迫撃砲の影に隠れている小型人形兵器にも気を払い迎撃!
「ハッ、調子こかれる前にガラクタにしてやるまでだろ。"灰色の騎士"様よりも前になぁ?」
「……僕たちB班の役割を忘れているんじゃないだろうな?」
にやりとアッシュくんが笑って武器を持つ手に力を入れたところへクルトくんが間髪入れずに副攻としての役割を問いただす。そもそも天守へ先に到着するのは主攻組であり、副攻組は主攻が天守へ辿り着くルートを拓くのが役目となる。
けれど担当教官を出し抜きたいという思いは面白いモノだと心の中で頷いた。
「そうは言ってもあのスカしたカッコ付け野郎を出し抜ける絶好のチャンスだろうが?」
「……一応、あの人なりに考えての事だと思う……けど、確かにいつもいつも自分だけで何とかしようとするのは納得いかないというか……!」
「まあ、多少は同意です」
今にも地団駄を踏みそうなユウナさんの苛立ちにアルティナさんが静かに頷く。
いろいろ好き勝手言われてるなぁ、リィンくん。まぁ自己犠牲精神が過ぎるというのは私も気になるところではあるので黙っておこう。なんせパンタグリュエルに招待された時、下手を打てば殺される可能性だってあったのに言われるままに単身で乗り込んで来たこともあったし(そんな行為をクロウが許しはしなかったとは、思うけれど)。
「教官は十分すぎるほど良くやってくれていると思うが」
「仕方ありませんよ。時に厳しく、時に優しく、さりげない配慮と真摯さに溢れながら自らの身は顧みない朴念仁ぶり。そんな所を見せられてしまったら女子としてキュンとしちゃいますから♡」
「って、一緒にしないでよ!?」
ミュゼさんの言葉に、それって若干クロウに通じるところもありそうだなー、と昔の自分の感情を想起させられてほんの少しだけ顔が熱くなる。いや真摯という点からは程遠い男ではあったけれど。
「フフ、誰のことを思い出しているのやら」
「……君のそういう目端の利くところ苦手だなぁ」
大まかに捉えれば貴族然としているところを見せはしないけれど、それでも貴族社会で(女性にちょっかいを出す故に多少睨まれようとも)弾き出されることなく生きてこられる程度には培われた観察眼は今もなお健在のようだ。
「あっ、そうそう、セリさんって本当に教官と何も関係ないんですか!?」
「んんっ」
いきなりこちらへ矛先が向いて変な声が出てしまった。
えっ、いや、リィンくんと私が?天地が間違ってもないと思うけれど。
「うーん、と、リィンくんはいい後輩だと思うよ?」
おそらく恋愛的な意味で訊かれているのだろうけれど、訊かれる理由がわからないのでそう返しておく。別に男女が一緒にいたらそういう関係に発展しなければならないわけでもないし、特に仲がいいところを見せたわけでもない……と思うのだけれど。
「むしろセリが淫らに関係する教官といえばトワの方だろうね♡」
「へえ、パイセンと同類ってことかよ」
「いやないから」
アンとアッシュくんの会話にツッコミを入れながら、脳裏に思い浮かぶは蒼と銀。この先に誰かとそういった意味で縁を結ぶことがたとえあったとしても、そこにリィンくんがいることは絶対にない。それだけは言い切れる。
「……私にはもう大好きな恋人がいるから、心配しなくていいよ」
「へっ、あ、そうなんですか! すみません!」
「まぁ随分遠くにいて暫く会えてないからパートナー持ちに見えなくても仕方がないかも」
「セリ」
アンが嗜めるように鋭く私の名前を呼ぶものだから、私は困ったように笑ってしまった。
クロウに関してだけは、私はきっと後ろを向いている。それを怒ってくれる友人が一人でもいるというのは幸せなことなんだと思う。だけどそれでも、これを手放すわけにはいかないんだ。
そんな気の抜けた会話の真横を砲弾が通過していき、海面へ大きな音を立てて落ちる。ラングドック峡谷に展開する列車砲の発射間隔も砲手が慣れたせいか短くなっているようで、距離感覚にも慣れたらもう手がつけられなくなってしまう。
「時が惜しい……先を急ごう!」
「うん! VII組B班、急行!」
その号令に全員走る速度を上げ、雛鳥が育っていく様をこんな特等席で見るのは胸が躍る出来事であり、情報屋になる決断をする前だったら彼らを見守る未来もあり得たのかな、なんて存在し得なかった未来に思いを馳せてしまった。たらればに意味なんてないのにね。
外回廊を進んでいくと上回廊と交差する広場に差し掛かり、白を基調とした中型人形兵器が虚空から顕われる。
「鉄機隊の専用機スレイプニル……最新鋭の機体のようです」
「ハッ、次から次へと見世物小屋かっつーの……!」
しかし中型と言っても要塞内に展開していた大型とは比較しようもないほど精巧に作られているのを理解してしまい、咄嗟に霊力干渉を仕掛けてしまった。
────うつくしく丁寧に造られているモノは導力の経路が淀みなく、だからこそ抵抗値も少ない。そもそも人形兵器へ干渉を仕掛けてくる外部勢力のことなど想定外なのだろうと思うほどにスムーズに、入り、込めて。だから。
「────」
今日、もう何度目かわからない『あり得ないで欲しいこと』にぶち当たってしまい、その精神動揺を引き金として回路が暴走。逆走。操作不能。神機を動かすために擬似霊場としているこの場の霊力を集めて稼働していたスレイプニルは内部でめちゃくちゃに暴れる力を逃すために両機共に停止し、そうして。
「っ下がってください──クラウ=ソラス……!」
「AиэлФЯ」
ほんの僅かな予兆を見逃さなかったアルティナさんがクラウ=ソラスの防護障壁を張り、二機のスレイプニル爆発から私たちを守ってくれた。黒煙を上げながらパーツを四散させぶすぶすと鉄屑と化したそれを、臨戦態勢を整えていた特務科の面々はぽかんと見ている。
どしゃりと膝をついて震える私の肩に、細長い指がそっと問いかけるように触れてきた。
「……セリ、あれはキミがやったのかい?」
「た、ぶん、そう、だと思う」
辛うじて出せた声はみっともなく慄いていたから、むしろ泣き始めなかっただけ重畳だ。それでも心の中はずっと叫び続けている。
信じたくない。信じたくない。気付きたくなかった。干渉なんて仕掛けなければよかった!
だけど私には視えてしまったのだ。鉄機隊────結社に連なる部隊が動かす兵器の根本開発の部分に"彼"が関わっていることに。今の話じゃない。とても昔の話だ。だけどそれでも見過ごすことなんて到底許されない。
でも、気が付いたのがアンじゃなくて、よかったとも、思ったのだ。だって二人は私たちよりずっと古い友人だから。むしろただの私の勘違いであればいい。
「ハァ? ンなこと出来んのかよ!」
「強敵と渡り合わずには済みましたが……」
「いいえ、まだです」
暴発させたスレイプニルに次ぐ敵襲を予知するかのようなミュゼさんの声に矢が飛来し、それをみんなで退ける。辛うじて片膝だけ上げられたから迎撃は出来たけれど弾いた剣を持つ手がじんと痺れた。とんでもない……でも今ので頭が冷静になった。今は目の前に集中しよう。
「チッ、そう簡単には問屋が卸さないってか?」
「我等の気配に気付くとはな。いやしかしそうこなくては」
上回廊にハルバードを持つ赤髪の女性に弓をつがえる青髪の女性、まるで対をなすような風態の二人が現れた。剛毅と魔弓の二つ名を持つ鉄機隊に所属する方々のようで、さすがにこの戦力で相手するとなれば誰かはただでは済まない。
「またあったわね、VII組の子たち。こんな所まで乗り込んでくるとは思わなかったけど」
「灰色の騎士の加護なくしてこの死地を乗り越えるつもりか?」
庇護されるべき側だろうという明らかな挑発に、しかし特務科の彼らの瞳に火がついた。
「ハッ、抜かしやがれ」
「教官が居なくとも、鍛えられた心がなくなるわけじゃないさ」
「実力差は明白……ですが譲れぬ一線もあります」
「あたしたちだって成長してるんだから!」
「ええ、ですからそこを退いてもらいます」
臆せず武器を構える姿に脳が揺さぶられるような衝撃を受けた気がする。
嗚呼、リィンくん。君が悪戦苦闘しながら歩いてきて辿り着いた先で雛鳥に見せていた姿はこうして次の世代に受け継がれているよ。誰も彼も諦めていない。それが、本当に眩しい。
「では私もVII組の先輩として、泰斗の使い手として、挑ませてもらおうか」
アンの空気を読んだ上での空気を読まないウインクに笑いを零しながら、自分もしっかと立ち上がって武器を改めて握り構えた。
「そうだね。先達として情けない姿は長々と見せていられないや」
私たちの闘志が萎えていないことが殊の外お気に召したのか、上回廊にいる鉄機隊の二人はひどく楽しそうに口の端を持ち上げる。
「意気や良し。ならば全力で応えるまでだ」
「主攻到着までの間、せいぜい楽しませて頂戴ね?」
余裕を体現した着地を皮切りに戦闘の火蓋が切って落とされた。
ミュゼさんの射線とクルトくんの切り込みで追い込んだ地点へ、すかさずアッシュくんが破壊斧を振るうけれど致命傷には至らない。こちらの攻撃も当たらないわけではないのだけれど微妙にやりづらい相手だというのは確かだ。
「見事だ」
「思った以上に楽しませてくれたわね」
まだまだ余裕そうな相手にこちら側に苛立ちが募っていく。そうした一瞬の膠着状態に上回廊に新しい影が現れた。栗色の髪の毛を編み込んだ三つ編みできれいにまとめ、揃いの鎧を着用した小柄な女性。パンタグリュエルでたまに見かけていた方のような気がする。
「まったく、何を遊んでいるんですの!? 敵主力を迎え撃つ前にこんな所で暇つぶしとは!」
しかしいの一番に発されたのは自身の仲間に対しての怒り。つまり遊んでいなければ私たちを一蹴することなど出来得るのは当たり前ということなわけで、断言されたことが癇に障らないと言ったら嘘になる。けれど感情を怒りで満たしていい場合ではない。
「神速ですか。厄介ですね」
「確かポンコツなくせにやたらと速かったっけ……っ」
「だ、誰がポンコツですか! 雛鳥の分際で生意気な……!」
そんな戯れのような会話の最中でも相手に隙など一切なく、また私たちと対峙していた剛毅と魔弓が短距離転位を果たし神速の後ろへと並ぶ。劫炎殿がやった時も思ったけれど、単騎で空間転位出来るのは(何かカラクリがあるにせよ)あまりにも戦術的に羨ましすぎる。
「ここは星洸陣で一気に片付けますわよ……!」
至極真面目な鉄機隊筆頭隊士殿が合流してくれたおかげで、油断という名の付け入る隙を消されてしまったようだ。
そして三人を頂点にし金色に光る星洸陣とやらは、ARCUSIIが持つ戦術リンクの二者間でのみ繋げ合えるという問題点を既に解消し切ったものだった。技術としては全くの別物かもしれない。けれど、そう戦えるのならどれだけ戦術の幅が広がるだろうかとこんな場でも考えずにはいられない。
ARCUSシリーズの何歩も先にあるとてもうつくしい黄金の陣は、私の脳裏に焼きついた。
しかし、それに奪われた意識の外から緋い斬撃が飛び込み、白い戦術殻が三人の間をすり抜け体勢を乱すことで星洸陣とやらも崩れ、そこに追い討ちかのように鋭い射撃が撃ち込まれる。
この猛攻は……!
「────間に合ったか」
「ハァイ、お邪魔するわよ♡」
回廊下にいた私たちが見上げると、上回廊が繋がっていた中央の建物から主攻組が勢揃いしていた。こんな窮地の場面で来るだなんて、いやはやこの難攻不落と謳われた海上要塞もにくい構造をしているものだ。
「ここは俺たちに任せてくれ! お互いもう一息だ。無事、天守閣で合流しよう!」
鉄機隊の三人を牽制する形でリィンくんが構えたまま前に進み出、激励を飛ばしてくる。それに対し逡巡の暇などないと全員で即座に了承し上回廊の下を駆け抜けることにした。
「あ、梯子はアンが先頭固定で……一応男性陣も先に昇ってもらおうかな。一応ね」
「何だって!? 可愛い仔猫ちゃんたちのスカートの中を守るのも私の役目じゃないか!」
「スカートの中……って! アンゼリカさん!」
「ふふ、さすがはアンゼリカお姉様♡」
「私が同行している時点で痴漢行為を許すわけがないんだよなぁ」
「……それにしても教官たち、大丈夫かなぁ」
緊張感が削がれるようなやり取りをしつつ屋内に再度入り、降ってきた高さを今度は稼ぐかのように四角い螺旋階段を駆け昇っていくとユウナさんが心配そうに呟く。
「何、あの面子の心配をする方が不遜というものだろう。憂う表情は悪いものではないがね」
アンが励ますように軽口を叩きながらウインクをかますので、後半はともかく前半は同意だよ、と私も言葉を添えた。
それに北の猟兵は帝国政府ではなく、ノーザンブリア州侵攻の指揮官であったルグィン将軍を最終的な仇として認識しているからこそこの海上要塞に攻め入っている筈で、その将軍と剣を交わす機会をお膳立てしたとも言える結社側が戦功を掠め取るような真似をするだろうか。
そして空間転位を果たせるということは神速と呼ばれた彼女は私たちの背後を取ることだって出来たのにそれをしなかった。何か本人の中に戦の倫理観というものがあって然るべき行動であり、そこから導き出される結論として本気の本気でぶつかり合うことはまずないだろう。
「ハッ、あんなところでくたばんならそれまでだってことだろうがよ」
「憎まれ口叩いてはいるけれど、負けるなんて思ってないんじゃないか?」
「アッシュさんは素直じゃありませんからね」
というか、なかった。
十数秒程度で戦闘の様子もなく三人の気配が消えたから間違いない。まぁそれを察知出来ることを知られるのは面倒だから言わないでおこう。いやスレイプニルを爆破したのを見られている以上今更な気も、しなくもないけれど。
……情報共有を渋る味方は味方面した敵だが、情報屋ってのはそうやってあたかも味方に見える形で立ち回る生き物だと教えられた。精神が摩耗していく職業だとつくづく思う。
「ところで、先ほどのスレイプニル爆発について聞かせてもらえるのでしょうか」
それについて考えていたのかずっと黙っていたアルティナさんがそっと声をかけてきた。
自分が完全黙秘さえすれば他からバレることはないと思う反面、しかし私の失態で彼らの命を危険に晒した謝罪説明は必要だろうとも分かっている。どこまで話したものだか。
「……結論から話すとあれは暴発であり、意図してああなったわけではなく、また私の意思で自由に爆発させることが可能なわけじゃないよ」
嘘ではない。条件が揃ってしまったが故の結果であり、次にあれの同型機と対峙した時に可能かと問われたらその場になってみないとわからないという煮え切らない返答になってしまう。
「つまり今後もあり得るということですか?」
「私が手を出さなければ普通に戦えると思うから、その点については大丈夫」
クルトさんの懸念は尤もなもので、だからこそ断言しておく。
近付くだけで干渉するわけじゃないし、そもそもコントロールが乱れたのだってあの人形兵器の根底にある設計開発思想に触れてしまったが故の動揺のせいだ。
それがただの私の妄想であればいいとは今でも願っているけれど、ああした形で取得した情報が間違いだったことが今までただの一度もないというのが私を絶望に突き落とし続けている。
「それが何で起きたのかってのは、どこぞの教官よろしく話す気はねェみたいだな」
咎めるようなアッシュくんの言葉を受け入れ、私は沈黙を選んだ。────ところへ、可憐な笑い声が割って入ってくる。
「駄目ですよ、アッシュさん。女性はミステリアスな方が魅力的なんですから」
「ンな理由で殺されてたまるか」
うんざりした声音でほんの僅かに走る速度を上げたアッシュくんから視線を動かしミュゼさんを見ると、(この年齢の……少女を言って差し支えのない相手に対して不適当な気もするが)妖艶と表現するしかない笑みがこちらへ向けられていた。
「少しくらい秘密を持っている方が教官も振り向いてくれると思いませんか?」
その言葉は、私が彼女のことを知っていることを見透かしていて、尚且つ私がどういった人間であるのかも分かっているのではないかと思うもので、背中に汗が一筋伝った気がする。そのうえ自分が相手の深部に踏み込んでいると理解しているかのような紫耀の瞳はどこか懐かしい。
「そう、かもしれませんね。……ありがとうございます」
だから、乾いた声で短くお礼を言うので精一杯だった。
道中、バラッド侯と彼が従える私兵二人が鉄機隊によるものと見られる結界に閉じ込められている部屋に遭遇したけれど、結局解除することは叶わないだろうとその場での救出を諦めて先へ急ぐことを決めた。
どうせもう北の猟兵も鉄機隊も彼らに興味を示すことはないわけで、邪魔だからああして拘束しているだけだ。数々の所業を鑑みれば多少業腹ではあれど積極的に死んで欲しいと思うこともない。そう考えるだけ無駄だと思わされる人物だった。
天守閣へ続く道の最後と思しき装置を動かし、跳ね橋として上がっていた回廊が繋がる。こちらは向こうより些か低い位置だったので、ルグィン将軍の言葉通り主攻側が先に到着するのだろう。
薄靄が急激に立ち込めていくなか階段を駆け上がっていく途中で頂上にある二組から闘気が膨れ上がったのがわかり、急く感情を抑えつけて特務科と一緒に昇っていく。
そうして見えたのは────。
この時代の、この場にいなければ到底立ち会うことは叶わなかった舞台。
しかし歴史上あり得るはずのない闘い。
現代の生きる伝説、アルゼイドとヴァンダールの二流派を修めし黄金の羅刹。
中世にその名を轟かせた伝説、獅子戦役で皇帝をその座へ導いた槍の聖女。
末端といえど戦場に身を置く者として、その二人が戦う様をこの目で追うことが出来るだなんてどれほどの栄誉だろうか。
その戦いに踏み入っていい道理などない。外野の私たちがしていいのはただひたすらに祈ることだけで。……こんな時に祈る先がないというのはとても心細くはあるけれど、それでも私はルグィン────いや、オーレリア将軍をずっとずっと信じている。
貴族連合軍というクロワール・ド・カイエンが興した反政府を掲げる最中にいながらも貴方の高潔さは疑うべくもなかった。咎を拭うための北方に対する尖兵となった時も略奪行為を一切許しはしなかった。分校校長という職に座ることになった後も放任主義のように見えてとても細かやかに学院の運営を気にかけていらっしゃる。
無論、気高さも、武人としての強さも、槍の聖女殿が持っていないとは全く思わない。この闘いがそこで優劣がつくものではないとわかっている。
それでも、この戦いの行く末を誰に祈るのかと問われたら私はオーレリア・ルグィン閣下その人に祈ろう。この想いがすこしでもあなたの力となり、古の名へ辿りつけますようにと。
「────とどめだ! 王技・剣乱舞踏!」
オーレリア閣下の繰り出した戦技はしかと槍の聖女へ届き、鋼の鎧を身につけたその方が膝をついたことへ既に戦闘不能にさせられていた鉄機隊の三名はその事に驚愕の表情を見せた。
まさかここまでの戦闘を"生身の人間"が行えるだなんて思ってもみなかった。
「これが、武の至境……」
「帝国史に残ってもおかしくないほどだね……」
クルトくんとアンの呟きはこの場全員の心を表している。しかしこの闘いは歴史に残らない。結社が介入しているということはつまりそういうこと。とても残念に思える反面、この場にいるものだけが共有出来るという優越感も多少なりともある。それほどまでに得難い経験をさせてもらった。
「……正直、驚きました。今の貴女は、かつての私よりも強い」
賞賛を口にしながら立ち上がり、騎兵槍を左腕に携えるその人はゆっくり微笑んだ。まるで自分を超える存在が現れてくれたのが本当に嬉しいかのよう。
「悔しいですが認めざるを得ませんね」
「嬉しい言葉だが、存命時の貴女より齢は重ねているからな。そして……私が届けるのはここまでということか」
オーレリア閣下が肩に持ち上げていた真紅の宝剣を下ろし、一歩退く。
「ええ──ここから先は《巨イナル一》に関わりし者の領域」
《巨イナル一》。そのものずばりの聞き覚えは、リィンくんが学院生であった頃のVII組たちが三月……私が泣き崩れていたあの日に夢幻回廊という地精によって作られし場所が開き、その最奥で起きた出来事の中にそのような言葉があったと聞いている。
巨いなる騎士と同じ単語を冠するそれはおそらく騎神や……ノルドやブリオニア島にいる騎士像にまつわる何かなのだろうとは容易に予測がつく。
「灰の起動者、リィン・シュバルツァー。そして準起動者たちよ。────覚悟はいいですね?」
槍の聖女……否、鋼の聖女は今代の騎神に関わる人々を見据え静かに問いかけた。それに対し拳を掲げるリィンくんを誰も止めるはずもなく、彼は高らかに叫ぶ。
「来い────灰の騎神、ヴァリマール!」
同時に天守で待機状態で佇んでいた白い神機に霊力が巡っていくのがわかった。これが正真正銘、今回の騒動の最後の戦いだ。
天守へ滑り込んできた灰の騎神にリィンくんが、そしてブースターで短時間飛翔を果たした機甲兵二体に特務科が乗り込んだところで戦術リンクのような光がVII組全員に広がっていく。
「……すこし妬けてしまうね」
その光景を眺めていたアンが私へこっそり苦笑混じりに言ってきた。
「そうだね、やっぱり羨ましいや」
私は蒼の騎神のそういった対象にはなれなかったことを思い出す。クロウはただそこにいてくれるだけで力になったと言っていてくれたけれど、戦術的に力を貸せたならと今でも思わないではない。……いや、あそこでクロウのことを決して是とは出来ない以上、貸せる力なぞありようもないのはわかっているけれど。
「だが後輩がああも立派になっているのは快哉の極みだろう」
役目を終えた閣下が、ほんの少しだけ戦場に心を残しつつも己の出番ではないと退いてこちらへやってきた。
「一部は教官も混ざっていますけどね」
「それも善き縁の結果だ」
鷹揚に頷く姿に、そっとまた心臓が早くなる。
「オーレリア閣下」
「どうした」
「この戦場へ呼んでいただき、ありがとうございました」
閣下の言葉がなければたかだか一介の情報屋に過ぎない自分こんな渦中に突っ込んでいくこともなく、そもそも許可されることもなかっただろう。どこかしらで民間人は下がっていろと言われるのがオチだ。
「それはこちらの台詞だろう。貴殿がいてくれて助かった」
「あぁ、斥候は全体の消耗を抑えるとはよく言ったものだ。久しぶりに強くそう思うよ」
「二人にそう評価してもらえたなら何よりです」
加えてこれからの行動指針を決める決定的な遭遇も起きてしまった。"アレ"が何であるのかというのは私こそは暴かなければならないだろう。同時に調べなくちゃいけないことも視えてしまったことだし。これから先は更に忙しくなる。
「さぁ、では行く末を見届けようではないか」
閣下の言葉に戦場へ意識を戻し、そうして────。
1206/06/21(水) 朝
湖を臨む宿場町、ミルサンテ。
湖畔に建てられた白樺亭の二階テラス席で朝陽煌めく湖が見え、その清々しい光景は霧けぶるレグラムとはまた違った趣のある町になる。鉄道が通っているのにとても落ち着いていて、今日向かう先を考えるとこれが最後の休憩だ。ざわめく心は決意を鈍らせる。
「結局、神機の実験が何であるのか、という問いには答えてもらえなかったな」
私の旅路に勝手についてきて隣の部屋を借り、あろうことか朝食まで同じテーブルに運ばせて呑気にパンを千切っているアンがそう呟いた。
あの騎神と神機の決着がついた後、銀の騎神が現れたり、その騎神が神機を完膚なきまでに破壊したり、領邦会議の最終日がつつがなく終わったり、私は私で宿酒場のミランダさんに顔を見せたりなどいろいろごたごたがありつつも、一先ずの収拾はついた。
ガイウスくんと二人で話すこともあったけれど、急ぐ依頼があるからと出てきたのは申し訳なかったかなとは、ちょっとだけ。でも髪紐をつけているだけであんな……嬉しそうにする後輩を前にして何を言えばいいというのか。
「……で、ありもしない約束をでっち上げてまで私の旅についてきた理由は?」
「人聞きが悪いな。後から発生しただけさ」
人はそれをでっちあげたと言うのではなかろうか。
ため息を吐きながらあっさり仕上げられたフィッシュカレーに口をつける。
「何、君が行おうとしている事に私も加担させてもらおうと思ってね」
昨日は休む暇もなく海都をバイクで出発し、本当に夜遅くここへ到着したものだからアンの思考を開示されたのは今が初めてだ。
「加担、ね。まるで私が悪事を働くみたいな言い種じゃないか」
「クロウに会いにいくんだろう?」
その言葉にカレーを掬おうとした匙が止まる。目の前にいる人物の目を見遣ればあの頃より更に強くなった空色の瞳がそこにあった。
「そしてその体が事実そこにあるのか、あるいはそれが事実クロウであるのか、検分する」
「……」
「私が知るセリ・ローランドという人間はあの男を見たら必ずそうすると確信していた」
アンのその指摘は寸分とも間違っていない。故に沈黙を以て肯定した。
「けれどね、私には不可解なことが一つある」
朝食についてきた珈琲を口に運び、思った以上に熱かったのかすこし顔を歪めて冷ましていく姿はそれこそ可愛らしいのに。投げつけられる言葉は鋭さの一言に尽きる。
「スレイプニル爆発のことだ。後輩たちを危険に晒すような動揺をセリがしたというのは奇妙な話だな、と」
「何それ。私でも動揺ぐらいするよ」
「恋人がテロリストであった以上に驚くようなことなどそうそうないだろう」
どうやら私のメンタルは随分と鍛えられているという評価を貰っているようだ。
「で、ここから私が得た情報を渡したいと思う。といっても大したことではないんだがね」
苦笑しながら頬杖をつき、目線が下に落ちる。アンにしては珍しい仕草だ。よっぽど言うこと……いや、そうであると事実を認めることをし難いとでもいうかのような。
「私たちの知る人間に、技術行脚で各国を回っていた男がいるだろう?」
「それは……うん、もちろん」
アンの切り出し方に、ざわざわと低木の影で何かが這い回っているかのような焦燥感が募っていく。まさか。そんな。
「そいつは共和国に赴きハミルトン博士を訪ねたが研究が忙しくて会えなかった、と」
机に置かれた手が震えるのが見えて、そっと手を伸ばし指先を掠めさせたら、泣きそうな顔で私の手を掴んできた。苦しい心が流れ込んでくる。
「だがね。元々博士はお忙しく共和国から既に離れていたし、そもそも────ジョルジュの訪問記録はどこにもなかったんだ。共和国へ入った痕跡すらもなく、ぷつりと途切れている」
「……情報の、出どころは」
アンが確証のない状態でそんなことを言うとは思っていなかったけれど、それでも。問いかけさせて欲しかった。
俯いていた顔がゆっくりと上がり、笑いそこない崩れた表情が露わになる。
「言ってなかったが私の泰斗流の師匠は、現CID──カルバード中央情報省の室長なんだ」
まさかのコネ。しかしそこからの共和国内部の情報なら誰が掴むよりも確度が高い話だ。帝国と共和国の関係を考えたら多少無理があっても通せると思ったのかもしれないけれど、詰めが甘かったとしか言いようがない。ジョルジュであれば彼女の師匠がそうであることなんてとうに知っていたろうから。
……いや、現状を考えれば個人間であろうとも連絡が取れていないと踏んだ可能性もある。となると単に運が悪かったのか。相手も、こちらも。
「そう……そこまで分かっているなら私も話すね」
スレイプニルに干渉した際、地精改め黒の工房の人間としてかつての人形兵器に携わっていた幼いジョルジュらしき人物が視えてしまったことを洗いざらい伝えると、ぎゅうっと、掴まれた指先に爪が食い込んできた。
そういえば、クロウの葬儀を手配してくれたのも、蒼の騎神を軍に引き渡す際に技術者として同行していたのも、ジョルジュだった。いま思えば確実にその時点では私たちの敵だったのだ。もしかしたらもっとずっと前から。
「食べ終わったら行こう。……空の女神には怒られてしまうだろうが」
「あは、それなら私のことは心配しなくていいよ。もう女神さまとは訣別し終えたから」
驚いた表情のアンににこりと笑いかけ、安心させるようにいつかトワへ話した自分の誓いを話す事にした。
誰に話すこともないと思っていたのに結局こうなってしまうのだから、いつもの面子には嘘がつけないんだよなぁ、なんて皮肉を内心で呟いてしまう。1203年ARCUSチームの男性陣はどっちもやばい奴だったなんて一周回って笑い話にしかならないな、とも。
「そういえば、出立前にガイウス君と何やらいい雰囲気だったじゃないか」
「いやそういう艶っぽい話では全くないから」
「フフ、そう思ってるのはセリの方だけかもしれないよ?」
「ないない。……ないと、思う、うん」
「ある反応じゃないか!」
「……ノルドでの開戦を阻止したからそのお礼を言われただけだって」
「彼ならセリを任せてもいいかもしれないがやはり私を倒してからにしろと言うべきか」
「人の話を聞け君は私の保護者か!」
────深夜、ヒンメル霊園。
入口でバイクを停め、それぞれ調達した道具を持って静かに慣れ親しんだ道を歩いていく。奥の奥、見咎められることが少ない湖が臨める場所に用意された墓。
今は誰もおらず、しんと静かな風だけが吹いている。
お互い語る言葉はもうないと、土の上に乗せられた重い重い石板を慎重に退かしてシャベルを構える。ざくりざくりと土を掘り現れた箱は綺麗なもので、中で腐敗が始まっているはずの何かがあるようには到底思えなかった。
顔を見合わせ釘で打ちつけられた蓋を取り外した棺の中には、埋めた当時ままの"うつくしい顔をした男"が眠っていた。気温からして死蝋化しているということもなく、土の匂いしかしないそれは生物の亡骸ではないと断言出来る。
そっと、布の中で眠る"それ"に手を触れ霊絡走査をしてみれば、人形である確信を得てしまった。瞬間、腑が煮え繰り返るほどの怒りを得た己に気が付く。ようやくこの人は自分の復讐心から解放されて、故郷ではなくとも確かな眠りにつけた筈だったのに。それを邪魔した存在を私は永劫許すことはない。
私が荒く首を振るとアンも顔の付け根あたりに手を伸ばし歯噛みする。
「骨格や関節までも再現した精巧なダミー、というわけか」
「う、ん────」
肯きかけたところで一瞬だけ速く、その場にいなかった筈の気配に気が付き振り返った。
「気付いちゃったんだね?」
白い作業コートを着た、体格の良い男。頭にはゴーグルを嵌めた栗色の髪の毛。現れないで欲しかった。だけど二人でとうに覚悟していたことだ。
じり、と後退り、一瞬の隙をついて崖の方へと飛び出した。アンと決めていたのだ。何か横槍が……アクシデントがあったなら、必ずどちらかが生き残るようにしようと。そうでなければ一緒に来た意味がないと。
急ではあるけれど確かな斜面を下って距離を取る事に成功したと思った────瞬間。
「────っ!?」
突如身体のコントロールが覚束なくなり、繊細なバランスで下っていた斜面からすっ転び頭から落ちる事になった。これは、この感覚は、あの古代遺物に頭を弄られた時の────!
とりあえずとんでもない角度で落ちたと言うのに奇跡的に首が折れなかった事に感謝する。今の私は何に対して感謝すれば良いのかはわからないけれど。
銃声が崖上から聴こえてきたのを受けて上手く動かない身体を、それでも気力で何とか動かし、体勢を整えつつポーチを両手でまさぐる。
とりあえずどうにかARCUSIIで通信が出来ないかと試みたものの、端末は既に私の入力を受け付けなくなっていた。嗚呼、そういえば。変なタイミングでARCUSIIの操作が上手くいかなくなって、メンテナンスを頼んだじゃないか。これを見越してバックドアを作っていたか、そもそもその時に仕込まれたか。どちらにせよ結果はこのザマである。
ARCUSシリーズは使用者の精神に深く結びつく。つまりプログラムすれば精神干渉を引き起こし身体動作異常を押し付ける事だって可能というわけだ。
「驚いたな、まだ生きてるのかい」
じゃり、と目の前に現れた男────ジョルジュは、銃を片手に携えている。
「……あん、は」
痺れ呂律の回らない口で問いかけると、銃口が私に向けられた。
「殺したよ」
感情の籠らない、冷えてすらいない声。さっきの銃声が何を意味するのかわからないお前じゃないだろうと言われているような。であるのなら、私も殺されるのだろう。けれどそれだけは決して受け入れるわけにはいかなかった。
女神さまに訣別を宣言するのも、中身が人形であったとしても墓暴きという暴挙を敢行するのも、煉獄へ行くには十分な愚行だろうとは思う。それでも。可能性を上げられる一手を逃すわけにはいかないのだ。
は、と息を吐く。腕を、もう少しで、動かせるからあとちょっと時間を稼ぎたい。
「……煉獄、への、みやげに……おし、えて」
問いかける自分は果たして笑っているのだろうか。泣いているのだろうか。それすらももうわからない。
「最初から────"そう"だったの?」
あの日々はすべて嘘だったのかと。
「……あぁ、そうさ」
無意識なのか非常に人間らしい表情を浮かべて、それがどういう感情であるかなんて今の私には探ろうとしないでももう分かってしまう。だけど、それを真実としたいなら、最後の最後のお願いを受け入れてあげようじゃないか。
返答にふっと笑い、内戦の頃にそれだけはすまいと誓っていた小さな銃を握りしめる。
そうして口腔に招き入れ響いた銃声は、一体誰のものだったのか。