[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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断章
19 - 06/28 仮面を着けし者


1206/06/28(水) Side:Georges

 

「銅のゲオルグ」

 

先日から戦列に加わった、翠の短い上着に鍛えられた身体の線が露わになる人工筋肉機能がついたタイツを身に纏った一人がそう声をかけてくる。後頭部で揺れる青い紐が時折所在なさげにしているような気がするけれど、所詮それは感傷にすぎない。

 

「どうかしたかい」

「黒のアルベリヒ様から賜った指示に関して、少し確認しておきたいのです。貴方なら大体のことを把握しているでしょう?」

「なるほど。どういった疑問が?」

 

中空に浮かべた地図を指差しながら細かにされていく質問ひとつひとつに答えていき、こういう勤勉なところは昔から変わっていないなと感じてしまう。

 

境界侵犯────そう呼ばれる体質を持っているらしい彼女は、始末をしろと言われた言葉に反して役に立つと説き伏せ生体ごとここに運び込んだ際、僕を叱責しかけた工房長がそれ以上に興味を引かれたのか一度引き取られていった。

 

「それと、この黒の工房は地中深くにあると聞いていますが、出るのはともかく戻るにはどうしたら良いのかと」

「それなら右のリストコムから連絡をくれたらこちらで回収するよ」

 

そうして何をしたのかは詳しいことはわからないけれど、とにかく彼女は霊脈に侵入しそれを整えることも、乱すことも自身の意思で出来るように改造されたのだ。人工異能とでも呼ぶべきそれは、元来彼女が持っていたモノを増幅させたに過ぎないにせよ脳や身体に多大な影響を与えていることは想像に難くない。

 

「ありがとうございます。助かりました」

「……工房長からの依頼は、苦しくはないかい」

 

無様にもそう問いかけると、翠を主とした仮面の奥できょとんとされる。どうしてそんな質問をされるのか理解出来ないといった感情がありありと伝わってきた。

 

「むしろ感謝していますよ。私に才を見出し、重要な任につけてくれたのですから」

 

それが今の彼女にとって事実であるというのは、僕も、わかっている。分かっているけれどそんなことを問いかけてしまったのは贖罪なのか何なのか。わからない。

 

「どうにもおかしなことを訊きますね。どうかされたのですか?」

「いや、気にしないでくれ────翠のアダルウォルファ」

「……わかりました。貴方がそう言うのであれば、そのように」

 

ちいさく頭を下げぱたぱたと廊下を駆けて行くのと入れ替わりで、今度は紅色の人物が訪ねてきた。平素より身体のラインが出ている翠の後ろ姿をちゃっかり目線で追いかけながらこちらに歩いてくるのは、仮面さえなければいつも通りの君にしか見えない。

 

「やはり彼女の引き締まった腰から脚にかけてのラインはうつくしいの一言に尽きるね」

 

言動さえもいつも通り……というより普段抑えていたストッパーが外れているのかあの個体に対しても遠慮がなくなっている。これに関しては盛大に舌打ちする姿を見たこともあるので自分に湧き上がる申し訳ないという気持ちを受け入れる事にしている。

 

「紅のロスヴァイセ、そんなことを言いにきたわけじゃないだろ」

「もちろん」

 

こちらはこちらで仕事を与えられており、それに関する細かな注意点などの確認に来たらしく失敗のないように補足説明を加えさせてもらう。

暫く交わした僕の言葉に満足したのか、紅く長い袖を翻して颯爽と去っていく背中を見送り椅子に深く腰掛けた。

 

死体はともかく、生体の記憶改竄……と言うよりも人格干渉は下手にいじくると精神崩壊を招き、使い物にならなく成りやすい。その点で言えば両方とも尖った意味でやり易かった。

紅のロスヴァイセの元になった人物は自我値が異常なほどに高く、仮面で制御してこちらの命令を聞くようには出来たものの、ああしたセクハラ発言を止めることは出来なかった。むしろ倫理観が抑制されてるおかげで強くなってしまったまである。

対して翠のアダルウォルファの元になった人物は、前述の境界侵犯の影響が色濃く出てしまった。暴きやすく、また暴かれやすいというのはつまり認識を弄りやすいということでもある。元々真面目な性格というのも災いしたのか、今や工房長に心酔しているといっても過言じゃない。

 

……殺せれば、よかったのかもしれない。

そうしたら彼女たちはこんな儀式に加担させられることなく、女神とやらの御許に向かうことが出来た筈だった。それだけの善行をしている。僕やクロウと違って、彼女たちは陽の光の下を歩ける立場だったから。

それでも、使い道があるからと工房長を説得し、こうして働かせて。だというのにその姿を見るたびに、言葉を交わすたびに、僕がしていることは自己満足で煉獄に落としている以外の何物でもないのかもしれないと感じる。

 

矛盾だ。とてつもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

1206/07/01(土)

 

「お、久しぶりやなー」

 

工房……というより基地と表現した方が正しいのではないかと思う建物の共有区画へ足を踏み入れると、人間用の娯楽設備に併設された応接エリアから能天気な声が聞こえてきた。明らかに私に対する指向性があるけれど、さてどうしよう。

蒼のジークフリードとは違い一応まだ生体であるため、こういった設備で食物と水分の摂取が必要だと言うのは極めて効率が悪いと言わざるを得ない。さっさと摂取してさっさと待機に戻りたいけれど……銅のゲオルグからも内部で出会った相手とは親しくしておいた方がいいよ、と言われているし推奨行動は果たしておこうか。

 

「どうかしましたか、ゼノ」

「知った顔がいたら話しかけたいやんか。いや顔は隠れとるけども」

 

わっはっは、と何が楽しいのかわからないが黒の工房に雇われている西風の旅団は待機状態のようで、机の上にあるものから推察するにカードゲームに興じているようだ。

 

「それはなんですか?」

 

見たことは、ある。以前の私が街角や本屋のプレイスペースなどで、子供に限らず大人までもが遊んでいた遊戯に近い。とはいえ旅から旅への根無草の自分がそういった他人と関わらなければ遊べないゲームをやる機会など終ぞなかった。

まぁ、カードゲームを遊んでしまうとかつての楽しかった思い出が想起されて辛い、という何とも人間らしい感情動揺が起こり得ると言うのも理由の一つではあったが。

 

「これはヴァンテージ・マスターズというものだ」

 

ゼノの対面で相手をしていたレオニダスが静かな声で教えてくれたので、後で検索しておくワードとして脳内に登録しておこう、と頷いたところで西風の団長であるクラウゼルがソファを……もっと具体的に表現するならば自身の横を軽く叩いた。座れというジェスチャーだ。

 

「何故?」

「いや何、気になるんなら盤面をレクチャーしてやろうと思ってよ」

 

その提案に暫し考え、出した結論から首を横に振る。

 

「随分興味深そうに見てたってのに、いいのかい?」

「貴方は葉巻を吸うでしょう? 隠密任務が多い私が近付くのは支障をきたす可能性がある」

 

理由を隠すこともないとはっきり告げたら、数秒の沈黙が落ちた後、笑いの洪水が起きる。

クラウゼルとゼノはともかくとして、冷静沈着なレオニダスさえも笑っているというのはどういうことか。そこまで変な発言をしたつもりはないのだけれど。

 

「ま、まさか……、ふはっ、年頃の娘さんみたいなこと言われとる団長を見るとはなぁ」

「オレも吃驚しちまったなぁ」

「まあ、彼女を誘えばどこかの騎士殿がまた黙ってはいないだろう」

 

レオニダスの出した単語に、再度また首を傾げる羽目になった。どこかの騎士殿?また?

 

「あぁ、パンタグリュエルん時のは笑ってしもうたな」

「何だよ、オレにも教えてくれよ」

 

パンタグリュエル乗艦時。まぁ彼らが以前の私と騎士とやらに関する何某かを見たと言うのであればもちろんその時期ではあろうが。

 

「艦橋から見えた甲板で騎神の掌に乗っていた彼女を見てゼノが軽口を叩いた際、近くにいた蒼の騎士殿が殺気を飛ばしながら牽制してきたことが」

「ええ脚しとるやんってちーっとばかし褒めただけやのに」

「なるほどねぇ。ま、好きな女が他の男にンな目で見られたら黙ってる方が男じゃねえだろ」

「然り」

 

楽しそうに話されるそれに、該当する思い出……否、記録のような記憶は確かにある。私が今の私になるずっと前、恋人だったクロウ・アームブラストが甲板へ急いで降りてきた時があった。当時は騎神の掌に乗っていることに対して苦言を呈されたからそれで慌てていたのだろうと理解していたけれど、こちらの知らないところでそのような背景が発生していたと。

なるほど。しかし。

 

「それは今の私とは関係のないものです。私の身は黒のアルベリヒ様に捧げました。かの方から賜った任務遂行に害があると私が判断しただけです」

 

静かに真実を告げる。誰が怒ろうとも、怒らなかろうとも、私は私の意思で誘いを断ったのだ。どこぞの騎士とやらの持ち物のように扱われるのは本意ではない。

 

「あぁ、でも貴方が手合わせをしてくれると言うのなら別ですが」

 

クラウゼルの大木のような色の瞳を見つめながら腰に帯びた剣の柄を撫でたところ、一切気配が張り詰める様子もなく今度はこちらが笑ってしまった。私の挑発などそよ風に等しいのだろう。

 

「……と、言うには私の刃は未熟ですね。失礼しました」

「お? 望むなら稽古をつけてやっても構わねえぜ?」

「よしておきましょう。離れ離れになっている貴方の娘さんに悪いですから」

 

西風の団長の名は、ルトガー・クラウゼル。リィン・シュバルツァーが所属していたトールズ221期VII組に同じファミリーネームの少女がいる。猟兵上がりのフィー・クラウゼル。ゼノやレオニダスから彼女の話をねだられたこともあった。血の繋がりはないらしいが、それでも家族たり得ることを以前の私は知っている。

 

「へぇ、フィーのことも知ってるのかい」

「そうですね、ちょうど貴方の知らない時期が私の知っている彼女になります」

 

トールズ士官学院時代。掛け値なしにとてもしあわせだった頃。当時憂いていたことなど今となっては瑣末なもので、この身を大切にしてくれる家族がいて、友人がいて、自分が誰かを愛することが出来ると知って、相手も私を受け入れてくれたと錯覚していた時期。

愚鈍で蒙昧で無知故に光差す道を歩くことに何の疑問もなく笑っていた。

────けれどそれも既に遠い過去の話だ。語ることは出来ようが、我が事のように話すのは難しいかもしれない。

 

「そいつは興味深いな。今度一杯付き合ってくれや」

「……構いませんよ。ほんの少し禁煙してもらうことにはなりますが」

 

とはいえ求められたなら話すことぐらいは厭わない。

結局どれもこれも今の自分には関係のないものであることに違いはないのだから、気楽なものだ。

 

 

 

 

1206/07/07(金)

 

転位された先、帝都に張り巡らされた地下通路にて静かに霊脈へ干渉する。本来であれば大森林などの樹木がある環境の方が相性がいいのだけれど致し方ない。

苔むした煉瓦が、アノール河の水流が、地下墓所に埋葬された人々が、すべての隙間を駆け抜けていく風が、周囲で起きていること・かつて起きたことをこの身に教えてくれる。

 

「────へぇ」

 

霊脈走査をしていくと、以前地下通路の調査でも見た竜の亡骸を通過した。1204年のARCUS試験運用組のレポートにも書かれていたそれは、しかし確証がなかったため記録し祈るだけ祈って通り過ぎた記録がある。しかし今であれば竜の記憶にすらアクセス出来てしまった。

 

帝国の歴史書に語られるは900年ほど前、暗黒竜と呼ばれる魔を従えし竜が帝都を瘴気で包み込んだという話が伝わっている。かの竜は100年後に皇帝ヘクトルにより討伐され、竜の血を浴びた皇帝は命を落としたがその尊い犠牲で以て旧都から再度帝都へ中央が戻った、というのは日曜学校で習うレベルのこと。

概ね間違いではない。が、時の皇帝はアルノールの血を使い緋の騎神を起動し、竜の亡骸はそれとの死闘によって作られた。だが竜も絶命の瞬間にその血で緋を呪い、以降あの紅の十二月末に見た禍々しいものに成り果ててしまった、というのが具体的な顛末となる。

他にも地精と共にあった聖獣に障りが出てしまったり、不幸なことはたくさん起きていた。

 

そういった経緯で暗黒竜の骸は誰に葬られることもなく放置されていたのだ。

竜の寝所が屋内であったのか、あるいは呪いを避けるために周りに構造物が建てられたのか、そういった細かい部分についてはノイズが多く上手くは視えなかったが、とにかく風雨による崩壊も出来ず、数百年、ひとりで。

もちろん呪いの根源たる骸に近付くなど度し難いほどの愚行ではあるが、それでも1204年時点では単なる骸と成り果てていたのも確かで。骸が口伝として伝わり誰かが丁寧に埋葬していたら死後に二度も三度も利用されることなどなかったろうにとは思わないではない。

 

とはいえ、もう祈る神を持たない私にはどうすることも出来ないのだが。

 

 

 

 

竜のことはさておいて、じわり、じわり。帝都の霊脈に乗っかって感覚を伸ばしていく。

かつての自分であれば帝都の霊脈に侵入するだなんてローゼリアに稽古をつけてもらった後でさえも自殺行為に等しかった。それほどまでに人口の多い土地で潜るというのは情報流入が捌く速度に比べて速く、溺れ死ぬ危険性が高い。

だけど今なら。

黒のアルベリヒ様に施してもらった肉体改造は私の思考をクリアにする。情報処理が追いついて、いまや視覚聴覚までもが接続可能になった。まぁ儀式進行中の上に大規模な霊脈の上に立っているが故の芸当ではあるが。

 

それによりどうやら共和国の鼠が不躾にもこの土地へ入り込んでいるのが視えた。ARCUSとはまた異なる技術の戦術導力器によるものか、気配は掴みづらくはあれど見失うほどじゃない。

生きている人間を視覚的に騙すことはできても霊脈を謀ることは現在の人間の到達地点では未だ難しく、そもそも感知することすらままならないので当分そちらの技術は伸びることはない……と思う。霊子情報の全解析が終わろうものなら道筋は出来るだろうが。

 

ヘッドセットから通信機を起動しベースにいる銅のゲオルグに接続する。

 

「こちら翠のアダルウォルファ。現在帝都の霊脈侵入の任務中ですが、地下通路各所に────ハーキュリーズが来ているようです。およそ80名ほど。対処しますか?」

 

ちょうど部隊名が拾えたのでこれ幸いと伝える。共和国の諜報・破壊工作を専門とした特殊部隊の名前だったか。それがこんな時期に来ているということは夏至祭を機に観光客を装って入国し情報収集、あわよくば破壊活動まで行いたいとかそういう魂胆かもしれない。

 

『……本来であれば想定外の誘因となる存在は排除対象だけど、時期が時期だからそのままにしてもいいだろう。彼らが捕まろうと、贄になろうとどちらでも構わない』

「わかりました。ではそのように」

 

軽いステップを踏み、来るべき時に発芽するように仕込みを果たす。

帝都は大規模なひとつの霊脈上にあるため、中央部の方が楽ではあるが最悪どこでもいいから接続さえ出来たら端から端まで走り抜けることが出来るのは構造的欠陥だ。守護の結界を張るにも都合はいいのだろうけれど、あいにく今の皇族にはかつてのドライケルス帝のように魔女がついているわけじゃない。

 

プレロマ草。神の力を名前に冠する植物。

七耀脈の真上であれば自生する可能性はあるものの植物としては生命力が弱く他に淘汰され既に文献上にのみ存在するものだったそれは、霊的な場の構築とそれが過ぎた結果空間すらも破壊する特性を持ち、本来起こり得ない現象の引き起こしや幻獣の召喚をするとされている。

そのような植物を、帝都の地下通路のあちこちに。散歩するかの如く埋めていく。霊脈を食んで通じてどんどん増えていくだろう。きっとその光景は、綺麗に違いない。

 

 

 

 

1206/07/10(月)

 

「……こんなところで何をしている」

 

近付いてくる気配に気が付いていなかったわけではないけれど、特に何があるでもないと気にしないでいたら相手の方から話しかけてきた。

蒼のジークフリード。とうに生きてはいない身体を使っているから食物を摂取する必要はなく、睡眠も不要で、何十時間でも連続稼働することが出来る夢のような肉体を持っている。羨ましい。その肉体があればどれほど貢献出来るだろうか。とはいえ自己転位が出来るわけでもない自分はこうした待機時間が作られてしまうのだけれど。

 

「ここは多くの武器を作り、秘密裏に出荷してその戦闘データを取得しているのですよね? そんな通常見ることが叶わなかった武器がこうも並んでいるのは面白いな、と」

 

倉庫の透明なコンテナに納められた武器群は言ってしまえば美術館のような荘厳さがあり、機能を突き詰めたらうつくしいというのは本当だとまざまざと感じさせられる。一部は見た目では使い方すらわからないようなものまで。

それに今の私には居住区は生体反応が多すぎてすこし疲れてしまうから、こうした誰もいない、機械だけが稼働している倉庫に避難してくるというのは理に適っているのだ。

……だというのに。

 

「貴方も一緒に見る必要はありませんよ、蒼のジークフリード」

「何、俺も武器を見るのは嫌いじゃない」

 

私が肘をついている柵に腰横を預けて隣に佇む影に声をかければ頓珍漢な返答。

貴方が嫌いであろうとなかろうとどうでもよく、私の平穏な時間を邪魔しないで欲しい、そう告げるべき筈なのに。倉庫の暗い光に照らされた蒼衣はどこか腑に落ちるカラーリングで、どうしてか隣にいられても不快ではない。かつての感情がそうさせるのだろうか。

否、生体反応がない死体であり気配感知に引っかからないからという方がまだ納得出来る。

 

「……貴方といい、紅のロスヴァイセといい、暇人ですね」

 

紅のロスヴァイセも何かと私に絡んでくる。つい先日なんて背中から抱きしめられそのまま太腿辺りを撫でられたので思わず剣を抜いてしまった。工房内で私情戦闘などしようものなら黒のアルベリヒ様にお叱りを喰らうかもしれないというのに。

 

「そうかもしれないな」

 

ふっと、表情が動くことなど私が見ている限り滅多になかった相手はしかしそれでも確かに口元を動かした。それがどうして起きたのか。

以前の私の恋人であった男の肉体を再利用したのが蒼のジークフリードであり、つまり蒼のジークフリードにとってはかつての恋人の肉体が目の前にあることになる。それが何か感情表出に繋がったのだろうか。仮にそうであるならばそれはバグだ。私たちの間にはもう何もない。

 

「時に翠のアダルウォルファ。貴様はVII組とやらではないのだな」

 

妙な雰囲気を払拭するかのような質問に、えぇ、と頷く。

 

「彼らとそれなりに関係のある立場ではあったようですが、VII組……リィン・シュバルツァーを軸とする流れにはいません」

 

かつての自分は彼を羨む感情を否定しようとして、可能な限り善き先達であろうとしていた。愚かな話だ。自分の感情を否定し続けるなんて何の得にもならない。嫌いなら嫌いだと言えばよかったのに。そうでなくとも関わらない選択なんて幾らでも出来たろうにと。

それでもわたしは、彼の近くにいるあの人を、守りたいと傷付かないで欲しいと願っていた。だから最初から採算など度外視で手を貸していた。彼女は今、どうしているだろうか。翠のアダルウォルファとなったことに恨みなどはないが、友人三名が消えたことなど気にせず彼女のこれからが安寧であればいいとは思うのだ。

 

「むしろ、貴方の方が彼らには近いでしょう?」

 

揶揄を込めた私の言葉に蒼のジークフリードは怪訝そうな顔をする。

 

「何を言っているのかわからないが、俺には過去がないものでな。とりあえず目覚めさせてもらった恩としてここで手伝いをしているだけだ。退屈なのもあるが」

 

肩を竦めるその姿に、声に、嘘などなく、私は暫し閉口してしまった。

 

「────あなたは」

「蒼のジークフリード、ここにいたのかい」

 

再度口を開いたところで廊下へ繋がる扉から銅のゲオルグが現れ、蒼のジークフリードは私と会話していたことなどまるでなかったかのようにそのままそちらへ向かっていく。パシュッ、と扉は二人を通過させて閉まり、願っていた通りの静寂が戻ってきた。

 

私には、過去の記録がある。思い出そうとすると他人の過去を参照しているような感覚に襲われるが、それでも以前の自分が体験したことだという自覚は存在するものだ。同時期に加工された紅のロスヴァイセもおそらく似た状態だと推察出来る。

しかし蒼のジークフリードにはそれらすらない。己の元が何者かも知らず、ただ騎神の起動者としてこの世にあり続けている。────なら、どうして任務でもないのに私に話しかけてきたのか。

 

ぐるぐるとどうしようもない感情が渦巻く吐き気を、私は自分で止めることは出来なかった。

 

 

 

 

1206/07/15(土)

 

「待機、ですか」

「うん」

 

紅のロスヴァイセと共に呼ばれて銅のゲオルグに告げられたのは、18日の黒キ星杯起動の際は行動隊に組み込まれず黒の工房にいろというお達しだった。

 

「迎撃する相手はかつての君たちと縁深いからね」

 

つまり私たちが相手に引きずられてかつての自分へ戻ることになり得るということなのか。まぁ裏切り者は更に裏切る可能性があるわけで、事態を懸念するというのは正しいことではある。正しくはあると思うので理解はするけれど納得出来るかと言えば別の話だ。出来ずともそもそも許可がなければここから出ることすら叶わないのだが。

ラマール州とノルティア州の境にある樹々育たぬ不毛なる山岳地帯、グレイボーン連峰の地下1000アージュに出入り口もなくこの工房は存在している。地精とはよく言ったもので、酸素供給などがされていなければ羸弱なこの生体は死んでいるような環境だ。

 

「それにかなり大規模な霊脈震動が起きるから君には辛いだろう。今日までよく頑張ってくれたと工房長も褒めておいでだったよ」

 

黒のアルベリヒ様が。嬉しい…………筈なのに、何だか妙なわだかまりが腹の奥に形成されていくのを少しずつ感じている。私の、この感情は何に起因するものなのだろうかと。

……ううん、考えてはいけない。黒のアルベリヒ様が私に才を見出し、才を操る術を与えてくれたのは確かなのだから。わたしにはそれだけあればいい。

 

 

 

 

1206/07/18(火)

 

平素、私にとってはノイズの多い環境であっても客観視をした時に特段煩いわけでもない工房は、しかし今日は特にいろいろな稼働音や生体気配がなく、輪をかけて静かになっている。

もし緊急出動になってもいいように転移ゲート近くのエントランスで膝を抱えて座りぼんやりしながら今日起こされるもの、そして帝国そのものについて思いを巡らせていた。

 

今日は黒キ星杯を起動させ、聖地ごと封印された堕落せし大地の聖獣────黒の聖獣を目覚めさせたのち、根源たる虚無の剣によって討伐することで巨イナル黄昏は開始する。

帝国に蔓延している呪いを逆に逆手にとって世界を掌握するという試みらしい。それを先導しているのが黒の工房……というより、黒の工房を取り込んだ鉄血宰相であるというのはつい最近知った。

 

かつて敵対しており、記憶があれば手を貸すことは絶対にないだろう蒼のジークフリードが駆り出されているということは、過去がないという言に嘘はないのかもしれないともすこし。

ただ、完全なる消去をされているというよりは意識した状態での記憶領域へのアクセスが出来ていないということなんじゃないかという推測をしている。

一応あれがクロウ・アームブラストの肉体ではないという可能性も残ってはいるが、蒼の騎神が寄り添っていることからしてその線は消していい。それに、銅のゲオルグが死体を持ち出しているのは確定しているのだから。

 

根源たる虚無の剣(Originator zero)──略して、Oz。人造人間であるミリアム・オライオンとアルティナ・オライオンが冠する型番号。この作戦では最終型であるアルティナ・オライオンを使用する予定であり、つまり彼女は聖獣を殺すために死ぬ。

それを、私は看過した。いや、黒のアルベリヒ様に創り出されたものがその使命を全うするのは間違いではないのに。それでもこれで本当によかったんだろうかと己の裡が囁いてくる。

 

此度の作戦の要となる、帝国の呪い。

発端は女神から地上が賜った七至宝のうち二つが人間たちによって争うことになり、両者がぶつかり合い、弾け飛んだ戦の終焉だ。

大地と焔を体現していた至宝による壮絶な相克はひとつの力ある《鋼》を生み出した。至宝二つの力で錬成されたそれは到底人間に扱えるものではなく、人々はその鋼を大地と魔女と聖獣の力で以て七つに分割し、騎神を拵え封印を選択した。

だけど歪んでしまったそれは既に災厄とも呼ぶべきものであり、不安定な力は呪いとして帝国に根付いていってしまった。

 

「……帝国では、他の国では起こり得ないレベルの歴史的愚行が散見される、か」

 

その最たる例といえば14年前のハーメル村の話になる。

噂に聞いて調べようとしたらアランドールが直々に止めてきた理由も今であれば理解出来る。まさか本当に、リベール王国へ攻め込む口実として政府に属する人間が村を一つ壊滅させていたとは。通常、法治国家の人間であればまず己の倫理観で実行しようなどとは思わず、実利的な意味でも露呈した時に失うものが多すぎる。

工房のアーカイブに保存されていたものがあの話を裏付けてくれた。

 

正直馬鹿馬鹿しいと一蹴しそうなものだ。

だが帝都に接続した私は暗黒竜の記憶にも潜りあれが突如"発生"したものだというのを理解してしまっている。通常見えない呪いは人の営みによって固まり、凝りとして顕在化したのだと。

 

だから、不安定な帝国の呪いをいっそ安定化させてしまえばいいという、暴力的であろうとも何かしら動く案には一種の納得をしている。なんせかつての私が抱いていた……夢と表現しても差し支えのないほど大層な目標は、帝国を解体し理解することだった。

エレボニアという国の成り立ち、その中身で蠢いているモノ、暗躍する存在。それらを知った上で強制力のある呪いを御しようというのは、わかるような気がしてしまうのだ。

だけどそれは更なる闘争を招くというのもわかっている。少女の命を捧げ、大陸に住まう大勢の人が死ぬというのも推測出来ているのに。

 

「────?」

 

帝国ではしばしば致命的な愚行により人民が焔に巻かれる出来事が起きているというのは、これから起きる戦争もそれに含まれるのではないか?

……黒の工房の人間であるからといって呪いから逃げられると決まっているわけでもなく。

 

私は、また間違えたのだろうか。

 

 

 

 

そうして作戦や、帝国や、……蒼のジークフリードのことなど、いろいろ考え続けエントランスで膝を抱えたままでいたら、私の気配を辿ってきたのか紅のロスヴァイセも現れた。

私の了解を得ることもなく広いこの場所できっちりこちらの隣に座ってくるものだからそっと離れようと、して、辛うじて言語化出来ていた疑問を問うことにする。

 

「……紅のロスヴァイセ」

「うん? 君が私に話しかけてくるとは珍しいね、何かあったのかい?」

 

私が避けている理由など明らかなのだからそんなことを言う自覚がある時点で対応してもらえないだろうか、と強めのため息を吐きつつ言葉を続けた。

 

「貴方は、こうなる前の己を、覚えていますか?」

 

かつて私はセリ・ローランドという存在であった。紅のロスヴァイセはアンゼリカ・ログナーという名前を持っていた。銅のゲオルグは多少違うとしてもジョルジュ・ノームというカバーで己を隠していた。全員が全員、善良であろうとしていた、そういった時代のこと。

私の問いかけに対し肩に回そうとしてきた腕を取りやめ、ふむ、と思案声が落とされる。

 

「覚えている、というよりは記憶している、といった方が正しいかもしれない。この頭の中には数々の日々あり、その中にかつての君である人間の影もあるが、それらは遠き日……いや、他人の記録を見ているような、そんな遠さと共にある」

 

的確な表現だ。私の感覚と寸分の狂いもない。

 

「なるほど、ありがとうございます。……であればおそらく、彼も」

 

蒼のジークフリードは己に過去などないと口にしていたが、真実そうであるのなら私に構う必要などない。生者から死者、死者から不死者という人格の断絶が何度か行われているが故に私たちよりもその傾向が強く、記憶などの参照が出来なくなっているだけなのではないかという推測がより強固なものになる。

というより、何かが内側から作用しているのでなければあのような行動に説明がつかない。

 

「蒼と会話をした時に何か?」

「いいえ、何も。今の私と、今のあれは、何も関係がない。それでいい。その筈なんです」

 

膝を抱える腕に顔をうずめれば、かちゃりと左耳で僅かに音が鳴る。

蒼のジークフリードのことを自分とは関係がないと言いつつ、後生大事に、この身となった状態でも手放せないピアスというのは自分を棚上げしている証拠だ。どうしてこんなものも捨てられないのか。私のこの身体は既に黒のアルベルヒ様のものだというのに。

まるで、こんな、それこそ所有印のような。

 

随分と考えていた帝国の未来と、今日の作戦と、黒のアルベリヒ様への疑念と、自分自身への信頼の出来なさと、銅のゲオルグに紅のロスヴァイセ、更には蒼のジークフリードのことで、あたまがぐちゃぐちゃになっていく。

 

「────くだらないことに時間を取らせました。申し訳ありません」

 

どうにも今の自分はおかしい。

そのことを自覚して立ち上がり、リストコムを確認しても特に出番はなさそうだと足早に自室として宛てがわれた場所に向かうことにした。




これが上がった日の夕方頃には活動報告に紅のロスヴァイセと翠のアダルウォルファの衣装設定を載せているかと思います。
よければどうぞ。
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