[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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20 - 07/25 蒼と翠

1206/07/25(火)

 

あのクソッタレな帝都の夏至祭、もとい黒キ星杯起動から一週間が過ぎた。

 

俺を不死者として起こした黒の工房は結社から離反し鉄血の野郎についちゃいたが、結社も結社で自分達の計画遂行を優先し鉄血と手を組むことを選び、一週間前の騒動ではほぼ全面抗争のような様相を呈していた。とはいえ、工房結社本校VS分校+αなんざ戦いにもなんねえ。

 

そんな中で必死こいて開けた穴から星杯に乗り込んできたリィン達は最奥にたどり着いたってのに、宰相と結社のお膳立てよろしく最悪のスイッチを入れるに至る。

黒の工房が手がけた人造人間Ozシリーズ────根源たる虚無の剣となるべく創られた白兎と黒兎は、白兎……つまり姉面した方のガキンチョが黒兎を庇い命を対価にその身を剣へと変貌させ、ミリアムの死によって暴走した灰の騎神がその剣を握り黒の聖獣を殺したことで。

結果、巨イナル黄昏は無事に発動しクソ野郎の思惑通りってわけだ。

 

最奥にたどり着いてた新VII組たちは星杯が消滅する前にとりあえず脱出はしたようだが、あいつらの教官殿は狂気に飲まれ複数の騎神で取り押さえないとならねえほどに暴れ狂った末、今は黒の工房の奥の奥で鎖に繋がれてる。灰の騎神と終末の剣とは離されて。

 

「……貴方は本当に、呆れるぐらいリィン・シュバルツァーがお好きなんですね」

「そう見えるかよ」

「そうとしか見えませんよ」

 

穢れた騎神と剣が飾られる中央ジャンクションで佇む俺に声をかけてきたのは、トレイにミルクと茹でたささみ肉とブロッコリーを乗せ、丈が短い翠の上着に身体のラインがあからさまなタイツに身を包んだ女。左耳にはご丁寧に銀の三連のピアスに蒼いスタッドだ。顔は翠に金の縁取りがされた仮面で覆われてて見えやしないが、こいつがそうであることなんざどれだけ鈍くたってわかるもんだろ。

 

だけどそいつはよくわかんねえことを宣いながら俺の脇を通り過ぎ、奥へと進んでいく。ここから先は武器庫や製造ラインに繋がって、最奥にヤツがいる。任意転位が出来ないせいで徒歩で行くみたいだ。

まぁ暇だしな、と着いていき魔導障壁で護られた扉を何個か抜け、次第に鎖と呻き声が反響し始めた先の終着点。トレイを持つそいつは禍々しい気配に一切たじろぐことなく開け、何事もないかのように入っていく。嘆息しつつ部屋の境目で扉の開閉を邪魔する形で壁に肩を預けた。

 

「食事の経口摂取を推奨します、セリーヌ」

「……放っておいてよ。アタシがただの猫じゃないことはわかってるでしょ」

 

狂気に飲み込まれた騎神内に同乗してたせいで一緒にこんなとこまで連れてこられ、それだから暴れるリィンを鎮める役を半ば強制的に担わされて、寝ることもままならねえだろうにそれでも気丈にクロネコは言い放つ。

 

「えぇ、ですから今日まで放っておきました。ですがこれ以上は看過できません」

 

ことりと床にトレイを置いたそいつはリィンの前で寝るように姿を落ち着けているクロネコ──セリーヌの首後ろを問答無用で掴み、そっとトレイの前まで移動させる。もう動く気力もないのかされるがままだが、食べ物を口にする気配もない。

 

「貴方が使い魔としての任を全う出来るだけの霊力が本当に供給されているのだとしたら、今頃貴方の主であるエマ・ミルスティンは仲間を連れてここに到達していることでしょう。それが為されていない時点で貴方は衰弱する一方です」

「……何よ、そんな仮面つけてるクセに心配なんかして」

 

弱るセリーヌの前に両膝をついたまま、そいつは数秒考えるようなそぶりを見せて口を開く。

 

「仲間が堕ち続けているのを見るのが辛いのであれば、私の手で楽にしましょうか?」

「は?」

 

思わず声が出ちまったのも仕方がねえと思う。どうしてそういう結論になるんだ!俺が言うもんじゃねえけど倫理観の塊だったろうが!いや使い魔を殺すのが倫理に反してんのかはわかんねぇけど生き物のカタチをしたもんを即断で殺せるようなヤツじゃなかっただろ。

 

「ソレを鎮める程度であれば今の私なら出来るでしょう。リィン・シュバルツァーに接続など気は進みませんが、貴方が望むのなら、かつての恩義をここで返してもいいと思っています」

 

疑問を抱いたのも束の間、嗚呼いまのコイツにとってはそれが誠意ある行動なんだと真っ直ぐな声で理解しちまった。変わり果てた仲間を見るのは辛かろうと、無意識下であっても本人がそう認識しているが故に。ま、直接訊いたら否定するんだろうが。

 

「アンタ、アタシたちとのことを覚えてるっていうの?」

「いいえ。知ってはいますが、覚えてはいません。ですがかつての私が貴方とエマ・ミルスティン、そして焔の魔女たちに良くしてもらったというのは厳然たる事実です」

 

腰に帯びている短いダガーを引き抜き、トレイの横に置く。

 

「だから貴方には選ぶ権利がある」

 

至極真っ当な選択肢を用意しているつもりなのかもしれないが、こんなん誤前提提示だ。

飯を食うかさもなければ死を選べだなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。それこそ導力代わりに霊脈から霊力を吸い上げてるこの工房でなら、生命維持程度の大気霊力を掠め取るくらいは出来んだろう。

それでたとえ生命維持に手一杯になってリィンの沈静化が出来なくなろうとも、今後に必要な駒が壊れないよう必要なら命じられたこいつがやるってのもわかるもんで。黒のアルベリヒからであれば異を唱えることもせずやり切れる。胸糞悪いことこの上ないが。

 

「……もう、分かったわよ」

 

しかし疲労で思考が回ってないのかクロネコは持ってこられた食事に口をつけ始める。それに頷いてダガーを腰に戻したそいつは綺麗な所作で一足に立ち上がる。

 

「ではそのように」

 

そうして扉際で見ていた俺に一瞥もくれずに出ていくもんだから、一瞬そのまま追いかけそうになって部屋の中へ肩越しに振り返った。

膝立ちを余儀なくされる形で両手足鎖に繋がれ、分校教官着任に合わせてきちんと新調したんだろう白いコートはボロに成り下がって、俺が生きてた頃に何度か見たのとおなじように髪は白く、肌色も悪いってのに不気味なほどに瞳だけが輝いて獲物を探し続けてやがる。人間の言葉を発することも出来やしない。

こんなん四六時中見せられたらそりゃ気も滅入るわな、と嘆息しつつ、俺もまた様子を見にくるぜ、と短い言葉を落として今度こそ足を動かし始めた。

 

暗いような、それでも光量は不思議と確保されてる奇妙な廊下を黙ったまま二人で歩いてく。規則的な歩行によって後頭部で揺れる見慣れない青い髪紐は、モノ自体は綺麗だっていうのにどこか気に入らない気配が纏わりついているような感覚も抱いて内心で首を傾げちまった。

 

「なぁ」

「どうかしましたか、蒼のジークフリード」

「お前あれ分かっててやったのか?」

 

俺の問いかけに対し、ちらりと仮面の奥の視線がこっちに向いたかと思ったらまた直ぐに前へ戻される。

 

「気付かれなくて重畳でした。ああでもしないと食べて頂けないと思ったので」

「まぁ……敵から出された食いもんをほいほい食うやつもいねえだろうしな」

「その警戒心が不要とは言いませんがね」

 

結局のところ、何だかんだ言ってもそれはセリーヌを案じてのことで、そういう端々にこいつのいう『かつての自分』の片鱗が見え隠れする。鉄血の野郎にいいように使われてたってのもだいぶヤバかったが、こっちもこっちで頭がおかしくなりそうだ。

 

「……お前、名前何てったか」

 

人気のないラウンジに差し掛かったところで足を止めて訊ねると、意外なことに向こうも進める歩を緩め、数歩先に行っちまったからか爪先を翻してきっちり俺の方に向く。

 

「翠のアダルウォルファです、蒼のジークフリード」

「あぁ、そうか……そうだったな」

 

アダルウォルファ(高潔なる女の狼)なんざ、随分と気取った名前つけやがって。蒼のジークフリードも紅のロスヴァイセも似たようなもんかも知れねえがそれにしたってピッタリすぎんだろ。誰だ名前つけた奴。

 

「本当に君を体現する名前だアダルウォルファ! 気高く清廉で美しい君に相応しい!」

 

そこへどこから現れたのか紅のロスヴァイセが……いやというかこれまんまゼリカだろと思わねえでもないが、それでもゼリカであった頃に辛うじて存在していた筈の自制心ってもんが丸々欠如したらしく嫌悪感を丸出しにするアダルウォルファに対しても容赦なく抱きつこうとしてやがる。

 

「必要最低限以上に接触をしないでください紅のロスヴァイセ」

 

後ろから抱きつかれかけたのに反応して咄嗟に反転したものの、微妙に力の入らない体勢になっちまって押し負けそうなアダルウォルファの背中にそっと近付く。

 

「私にとってはこれが必要最低限なわけだが!」

「折りますよ」

「おい、いい加減にしとけ。それはお前のもんじゃねぇぞ。ベタベタ触んな」

 

ぐい、とアダルウォルファの肩口に腕を回しロスヴァイセから引き離して威嚇する。それでも両手はロスヴァイセを拒むように使われてるんだから笑えるというか。

 

「お言葉ですが蒼のジークフリード、貴方のものでもありませんよ。私は────」

 

黒のアルベリヒ様のもの、と続くだろう言葉を顎を掴み上向かせて口で塞いでやった。普段ならある筈のない金属の感触がやたらめったらと際立って、そいつも癇に障った。

 

「……理解不能です、蒼のジークフリード」

「意味なんざ分かんなくていい」

 

驚いた表情をこれ幸いに、するりと空いてる方の手で髪紐を解いて握り締める。ハーフアップにされていた髪がぱさりと落ちて、多少伸びていようとも纏めてる時よりはずっと俺の記憶に近い姿になった。

だからより一層、お前のあの真っ直ぐな瞳が仮面の下でどんな風になってるのかと。

顎を掴んだ手の指を仮面の下へ滑らそうとした瞬間、ロスヴァイセに構っていた身体が、意識が、即座に全振りで俺に向けられて容赦のない上段蹴りが繰り出された。

 

「……っ」

「蒼のジークフリード、それは許されざることですよ」

「……悪かった、降参だ降参」

 

体勢が悪くなければほぼ確でぶち当てられていただろうそれは俺が知るよりずっと鋭くて、なんだかそれが無性に嬉しくなっちまう。俺が死んだ後も腐らずに歩んできていたんだと如実にわかるからだろうか。

 

「……ジークフリードのキスがよくて私の接触が許されない理由を訊いても?」

「別に蒼のジークフリードからのそれを私が許したわけではありません。貴方に構っていたが故に防御が出来なかったのを理解しているのですか?」

 

それは嘘だ。

鍛えられていたセリの反応速度・感応能力を更に極限まで引き上げた状態であるアダルウォルファが密着している俺の行動予測を出来ないはずもなく、本人が本当に拒否を選択するなら回避することなんて朝飯前と言ってもいい。

だから結局、仮面が取れた俺を頑なに蒼のジークフリードと呼ぶ一方で、お前の身体は俺をクロウ・アームブラストと認識して……つまり本人の意思で拒むことを選ばなかったんじゃねえかって、馬鹿みたいに考えちまう。

 

「ま、諦めるんだな」

「……じゃれてる暇があるならそこの蒼を連れて行っても構わないかな」

 

呆れた風情でラウンジにジョルジュが現れて俺を呼ぶもんだから、ロスヴァイセにはこのまま気ィ付けとけよ、と肩を叩いて言葉を落として、何か言われる前にさっさとジョルジュの後をついていくことにした。

 

 

 

 

「……ところでひとつ訊きたいことがあんだけどよ」

「彼女は人工筋肉としてあれを着用してるだけで別に僕が着せたわけでも僕の趣味でもないよ」

「話がはえー」

 

 

 

 

1206/08/01(火)

 

中央ジャンクションに悪趣味にも飾られた、穢で染まっちまってる灰の騎神と終末の剣をまたぞろ見上げて考えを巡らせる。

別に工房に対し「起こしてくれてありがとう」なんて感情は一切ねえし義理立てをする気もないしそもそもずっと働かせてたんだからそれでもうチャラにしろと思うわけだが、それでも騎神だけ持って出ればいいとは思っちゃいない。どうしても気にかかるヤツらがここには多すぎる。

 

「よぉ、ここにいたのか」

 

かけられた声に振り返ると、内戦の頃から意外にも行動を組まされてることが多かったペア────劫炎のマクバーンと鉄機隊のデュバリィが姿を現した。まぁ方ややる気がなく方ややる気がありすぎるもんで、組ませたくなる気持ちもわからんではないが。

 

「なんだ、アンタらか」

 

俺の言葉にデュバリィが、「なんだとは何ですか」と多少ムッとしたような表情をするもんで本当に真面目ちゃんだねえ、とからかいを落とすのは心の中だけにしておいた。

 

「すっかり記憶を取り戻したみてぇだな」

「ま、よりにもよってなタイミングではあったがな」

 

肩を竦めながら、それでも自分自身の意志で黄昏で行われる戦闘に参加することを選べるんだから今のアイツよりはマシな方だろう。現状じゃどこかで捨てられるように騎神の力を吸収されて終わるか、それともあの暴走で全てを喰らい尽くして世界を滅亡させるか。

選べるとしたらその程度のもんだ。

 

「そんで、そろそろ状況が動きそうだがお前さんはどうするんだ?」

 

帝国の呪いは急激に力を増し、夏至祭の際に『国家総動員法』をぶち上げた鉄血の野郎の思惑通り富国強兵という言葉すら生ぬるいほどに開戦の機運が高まった結果、ついさっき帝都で軍事パレードが行われるに至った。加えて現役復帰したヴァンダイク元帥が演説ののちに対共和国掃討作戦を発表し、劫炎の言う通り近いうちにこっちが動くことにもなるだろう。

 

「契約は切れ、ヤツらの駒として動く必要も無くなった……だったら蒼の乗り手としての役目を果たすだけだ。全てが終わるまでの短い間だがな」

 

黒の工房に叩き起こされた身だが、結局のところそれは黄昏で行う予定の全七騎揃えた騎神同士の戦い────相克のために蒼の起動者が必要だったってだけだ。七つに分けられた騎神は、戦いを経ることで一つに纏まっていく。それこそが目的の《巨イナル一》の錬成。

不死者というのは結局のところ摂理に反している存在であることに変わりはなく、その摂理

を侵す手伝いをしているのが黄昏という現象である以上、黄昏と相克が終わればお役御免というわけだ。それを分かった上で、俺は、蒼の騎神の乗り手として黄昏に挑む。

そこまでなら確実に俺は俺の意識をこの体で保っていられる。

 

「へぇ……?」

「貴方は……」

 

興味深そうに笑みを深くする男と、妙な悲痛さを感じ取ったのか怪訝そうに眉を顰める女は、感情の発露としてはまぁたぶんどっちも間違っちゃいない。

 

「ま、俺としてはむしろ好都合ってもんだ。祖父さんの弔い合戦のリベンジのチャンスだからな。────アンタをわざわざ楽しませるつもりはねぇが」

 

黒の騎神の起動者が鉄血の野郎ってんなら、相克を俺が勝ち進めていけば直接下す場面に行き着く。それならやる気も多少出るってもんだ。とはいえ騎神を半壊にでもされちゃ困るもんだから生身で戦いたがるマクバーンの要望には今回も応えるこた出来ねえ。

 

「そりゃ残念だ。ま、気が向いたら是非とも相手をしてくれよ」

 

得体の知れない何かが内側にいるそいつは、結局なんだかんだ無理矢理ことに及ぼうという気はない(というか相手にやる気がなけりゃ意味がないと思ってる)ようで、そのまま大雑把に腕を振りながら歩いて去っていった。

 

「まったくあの人は……」

 

その姿を見送りながらデュバリィが腕を組んで苦言のような呟きをこぼす。

 

「貴方も貴方です。どうしてそんな……」

「ハハ、惚れさせちまったかい? いや、主大好きっ子に可能性があるとすれば……」

 

チラッと鎖が響く部屋の方に視線をやると顔を真っ赤にして、「あり得ませんからっ!」と喚きが飛んできた。おうおう、図星なほど人はがなり立てるもんだよなぁ。

 

「まったく劫炎といい戦鬼の娘といい人のことをチョロインだの何だの好き勝手に!」

「いや、その通りじゃん」

 

更に憤慨を露わにして腕を振りまくるものだから面白くて笑っちまう。ほんっと、結社なんつー裏組織に属してるとは思えねえ愚直さというか。だからこそリィンに惹かれるところもあるんじゃねえか?これはガチで。

と、そんなギャグになりかけた雰囲気を払拭するように咳払いがされて場が引き締まる。

 

「それはともかく。"彼ら"のことは結局どうするんですの?」

 

彼ら。この場合に該当するのは俺が未だここにいる最たる理由のヤツらだ。

どっちにしろパンタグリュエルで話すなり見かけるなりして、真面目ちゃんなりに気にしてくれてんだろうことは分かる。分かるが、現状どうしようもねえ話でもある。

 

「あっちに関してはヤツ自身の問題だ。今の体たらくじゃ相手をする気にもなれねえがな」

 

怒りに飲み込まれ自分の中にある鬼の力とやらに振り回されてるヤツにかけてやる言葉も、してやれることも何にもねえ。あんな理性の欠片もない獣を相手するくらいならまだ搭乗したての青臭い一年坊主だった頃の方がマシってもんだ。

 

「もう一人は……ま、なるようにしかなんねえだろ」

 

翠のアダルウォルファであろうとしながらもセリ・ローランドという人間であったことを完全には捨てきれない不器用な女。そういうところもひっくるめて好きだって思っちまうんだから恋だの愛だのってのは恐ろしいもんだ。

 

……さてはて、どっちもどうにかなる都合のいい騒ぎが起きねえもんかね。

 

 

 

 

1206/08/09(水)

 

「お、朝帰り……って、なんかやたら疲れた顔してんな」

 

夜通し任務だったのか転位ゲートからラウンジに入ってきたアダルウォルファは、いつも通りしゃっきり立ってはいるもののどこか疲労が滲み出て隠しきれちゃいなかった。

 

「ああ……蒼のジークフリードですか」

 

ため息をつきながら水を一息に飲む姿に荒れてんなぁとぼんやり思う。

 

「まぁまぁ、何があったかわかんねえけどお兄さんが聴いてやろうか」

 

ぽんぽんと笑いながら自分が座るソファの隣を叩くと、ピリッ、と場の空気が一瞬にして緊張しやがった。おいおいおいおい、この感覚久しぶりだけど今度はどこが逆鱗だったんだ!

 

「年上面されるのは業腹ですがそう言うのなら聞いてもらいましょうか」

 

いや年上面も何も実際年上だろうがよ、と思ったのも束の間、ちょっと待てよ20歳で死んだわけで身体も中身もそこで止まってると考えたら……深掘りすんのは墓穴な気がするからよしておくとすっか!

 

そんなことを考えている間にどさりと腕を組み足をも組んで対面のソファに座られる。どうでもいいけどその格好と体勢で目の前に座られるとだいぶ際どさあるな。いや眼福だが他の男も見えるような状態なら散らさねえ自信ねえぞ。

 

「黄昏に合わせてここのところ各地の霊脈に侵入して回っているわけですが」

「らしいな」

「そこで例のVII組数名とはち合わせまして」

 

……昨日の行き先は確かノルド高原だったか。帝国の呪いは帝国内だけにきっちりとどまるものじゃねえのは確かだが、それでも隣で縁もあるとはいえ国外であるノルドは呪いが効きづらい。故に霊脈干渉のプロになっちまったアダルウォルファが出張ることになったんだろう。

 

「守護騎士であるガイウス・ウォーゼルは特に厄介ですね。焔の魔女たるエマ・ミルスティンがいなかったのは不幸中の幸いだったと思います」

「仮面が剥がされそうになっちまったか?」

 

VII組はどいつもこいつも俺を見たことがあるし、そもそも直接対峙してなくとも映像記録で共有はされてんだろう(海上要塞の時の様子を見るにこいつ──セリには隠されてたみたいだが)。その上で仮面をつけた姿を見れば何が起きたのか一目瞭然だ。

守護騎士第八位として、そんで好いた女の現状を把握して、動かねえのは男じゃない。

……あいつがセリに想いを淡くも寄せてるだなんておんなじ女を見てんだからとっくのとうに気付いちゃいたがそれでも隠そうとしてるもんを暴こうとする趣味も理由もなかったし、セリの目が俺に向いてて疑いようもないことが分かってた。だが今は違う。

 

「えぇ。結果論ですが髪紐がなくて助かりました。あれはノルドの物でしたから」

 

ノルドの物。それは、つまり。

 

「あの紐、ガイウスから貰ったってことか」

「……そうですね。正確に言えばセリ・ローランドが贈られたものです」

 

なるほど、あれがやたらと気になった理由も理解した。

七耀教会の星杯騎士……しかも階位持ちになったってことは聖痕持ちで桁外れの法術が使えるようになってんだろう。その状態で"通りやすい"あるいは"本人に縁があるもの"を身につけていたらそれこそそこから侵入されかねねえ。元来暴かれやすい体質だってのもある。

それを、された方がたぶん俺は動きやすかったんだろうと思う。こんなところから逃がして、助かって、そうしてVII組と行動を共にするっていうのが"正しい"道筋だ。生きてる人間を死んだヤツに縛り付けていい道理なんて何一つない。

 

それでも。

 

「ま、五体満足で戻って来られてんなら上々だろうが」

 

俺は強欲だから。それに目的のために手段を選ばず真面目にテロリストの首魁をやってた男が己に倫理観を問うなんて馬鹿馬鹿しすぎんだろ。今更だ。

 

「ええ、そうですね。ただ追跡を確実に撒こうと回収アンカー地点からだいぶ離れてしまったのでこんな時間の帰還になってしまいました」

 

くあ、と眠気でもれたあくびを隠す所作は見覚えのあるもので懐かしくなっちまう。

 

「とっとと寝ちまいな」

「そうします」

 

ホーム(だと思い込んでる場所)に無事帰ってきて一度落ち着いちまったせいか、さっきよりもどこかふにゃふにゃし始めたアダルウォルファが立ち上がるので左に立って一緒に着いていく。

どうかしたのかと視線で問われたもんだから、「送ってやろうかと思ってよ」と意図を話せば「……まぁ好きにしたらいいです」なんて返されたので言質を取ったことにした。

 

「そういやその左耳のピアスって」

 

送りついでに随分と気になってたことを軽く、何の気なしにという風情を装って訊ねたら一瞬止まってから、ああ、と短い言葉を落としてまた歩き出される。そっと髪を耳にかけ、見せつけるように指先で自身の耳を辿りながら。

 

「気になりますか? これは貴方がクロウ・アームブラストであった頃に着用していたものを以前の私が形見として貰い受けた物です」

 

銀色に光る三連に、ジュライの海を映した蒼。

それをどういった意味で自分の装飾品にしたのかなんて訊くまでもない。訊くまでもないが。

 

「ンなのつけてるってことはよ」

 

問いかけに対して軽い笑いがこぼされ、同時に肯きでさらりと耳にかけられた髪の毛がピアスの上に落ちはしたが、隙間から覗くようにそれは光を反射する。

 

「推察の通り、かつての私は亡き恋人への想いを断ち切れていなかったのでしょう」

 

俺のつけた傷は確かに残っちまってるんだと実感する。

 

「とはいえ、これは過去の私の感傷の形であり、蒼のジークフリードである貴方が気にすることではありません。今の私とも今の貴方とも関係のない品です。あまり気にしないで下さい」

 

まるで現在の自分には関係ないかのような言い分で伝えてくるお前は、それでも外すことを選ばない。自分は黒のアルベリヒの野郎の物だと宣いながら俺の痕跡を消せやしない。

たとえ仮面を被せられ、かつての自分と今の自分を切り分けていようとも。

 

それを愛だと思っちまうのは、ああ、実に愚かな話だ。

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