[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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22 - 08/18 連れて行くって決めた

1206/08/18(金)

 

オルディスの南にちょうど窪地で誰の目にも入らないところを見つけたもんだからオルディーネで降りると、「積もる話もあるでしょう」と街への偵察を買って出てくれたデュバリィは着替えて出て行き、俺はといえば爽やかな風に吹かれて胡座の間に乗せたアダルウォルファの目覚めを待っていた。

 

「珍しくお寝坊さんキメてやがるな」

「仕方あるまい。あれだけの人形兵器を操るとなれば、通常の人間なら廃人と化している」

 

別にこいつに最適化されてるわけでもないしな、と同意する。

 

境界侵犯。本来こいつが持つそれは、日常生活で支障をきたすにしてもそれほど問題になるもんじゃなかった。ただ魔女に接触し、それを伸ばす方向で鍛え上げ、その上でアルベリヒの野郎に見つかっちまったのが運の尽きだった。……いや、そもそもこいつの人生に幸運なんてものは殆ど転がり込んじゃいないのかもしれないが。

ともかく、魔女の技術の範疇で取り扱われるこの体質をあの野郎は知的好奇心から暴き、強化し、本人に自覚的に扱えるようにしやがった。工房は霊脈の上にあるから本人に霊力を操る素養が低くても霊力の補充を無限にすればある程度無茶も通しやすく、それ故に無茶をずっと身体に強いてあの場に居続けたんだ。

 

「……そんでもお前がリィンを殺そうとした時、救けて、って俺には聴こえたぜ」

 

隠れるのが得意なこいつが本気で殺ろうとしたんだ、あの場のリィン側の誰も彼もこいつの存在に気が付けちゃいなかったのも無理からぬ話なわけで。だってのにアダルウォルファとしてじゃなくセリ・ローランドとしてのこいつが声なき声で救けてと叫んでくれたおかげで察知して止められた。ロスヴァイセまで反応してたのは気に食わねえがよしとしよう。

まぁそれも境界侵犯故のミスだったんだろうとは思うが、心の奥底にはセリ・ローランドが確実に残ってると思えたのは僥倖だった。

実験のために一度殺されててもおかしくねえとは、思ってたからな。……ま、贄でも起動者でもないこいつが仮面の力を使ってもまるで生きているかのように行動することは出来ないだろうけどよ。しかしその仮面はどれだけ引っ張っても外れず、どういう原理でくっ付いたり外れたりするんだかと暗澹たる気持ちになった。

 

「……すこし霊力を補充してみるか」

 

まだまだ目覚める気配のないアダルウォルファに対してオルディーネがぽつりとこぼす。補充。まるでそんなARCUSのバッテリーみてえな。

 

「出来んのか?」

「正式ではないとはいえクロウが認めていることからおそらくは、だが」

 

俺の後ろにいたオルディーネがそっとセリの頭に指を当てるとほんの僅かに光があふれ、瞬間。

びくりと身体が動いて、「起きたか」と声をかける間も無く即座に俺の膝から退いて剣に手をかける。手負の獣のように膝をついて辺りの気配を窺っているのが丸わかりだ。

 

「……海都近郊ですか」

「おう、よくわかるな」

「馬鹿にしないでください」

 

霊脈に接続出来る以上、その土地がどこにあるのかくらい直ぐに分かるってか。にしてもいろいろ足りてねえだろうによくやろうと思うもんだ。俺と戦うにしても戦って下した後に場所を確認すべきじゃねえか。……いや、工房近くだったら救けを求められたかもしんねえからやっぱ正しい行動か。

 

「蒼のジークフリード……貴方は自分が何をしでかしたのか分かっているのですか!」

 

そこでとうとう双剣が抜かれ、頭を掻きながら立ち上がる。

 

「多少なりとも理解はしてるぜ。そして鉄血の選択を本来のお前が支持しないことも含めてな」

「……本来の私なぞもう存在しません。貴方は幻想を追っているに過ぎない」

 

そりゃ翠のアダルウォルファであるお前はそう言うよな。その顔で、その声で否定されんのはそれなりに辛いが、それでもこんなことに巻き込んだ責任の一端はあると思ってる。

左手を上げるとオルディーネが収納してた双刃剣が俺の手に現れた。馴染みのある重さは俺の裡に活力を与えてくれる。

 

「────いいぜ。アダルウォルファであることはちっと不服だが……相手してやるよ」

 

いつかの日、全身全霊真剣勝負で戦ってみたいと笑ってたお前の願いをここで叶えよう。どうせ俺を倒さなきゃそんな身体でどこにもいけねえんだしよ。

まぁ仮面をつけたまんまだってこともそうだし体調万全でもないってところも不満部分ではあるが、戦う人間が常に好条件で戦えるわけもないんだからタイミングが悪かったと思ってくれ。

相手も異論はないようで互いにくさはらを蹴り合った。

 

 

 

 

「……っ」

 

目元を辺りを容赦なく狙ってきやがったダガーを避け右手にスイッチした双刃剣でその胴体を薙ぐ。全く掠りもしねえで避けられはしたが、そもそも攻撃を当てられたら脆いと分かっているからこその避け方だ。体力をそっちに振りすぎてる。

しっかし、元来手数戦闘スタイルだったのが体質の強化と工房製の人工筋肉によって速度が跳ね上がりすぎてる。身体は人間であるこた変わりねえんだからそんな戦い方してたら保たねえだろ。

 

投げナイフを囮で投げられ全部落としたところで上空から体重全部乗せた双剣の攻撃が落ちてきて、重さは然程でもねえが上を向かざるを得ねえ攻撃に視界が眩まされる。くっそ、太陽の野郎そこにいるんじゃねえ!どっかいけ!

光源を的確に利用してきた相手を弾けばそのまま反動を利用され遠くに着地。しなやかな身体がタイツで露わになったそれは俺が知るよりも引き締まっていて、"ずっと戦ってきた人間"の体型だった。俺が死んでも、保護者がまた亡くなっても、前に進み続けてる。

そんな愚かなレベルで素直な人間を、きっとあのアルベリヒは壊れてもいいと改造したんだ。だからこいつはこんな無茶な戦い方をする。

 

今度は片手剣が振るわれ双刃剣の中心にある柄で受け止めると一瞬の膠着状態に陥った。

 

「────おいっ、お前本当にアルベリヒのやろうとしてることに賛同してんのかよ!」

「くどい! 私を見つけてくださった黒のアルベリヒ様の行いにどうして意見出来ようか!」

「だからって……世界を破滅させてどうしようってんだお前自身はよ!」

 

世界の破滅に反応したのか僅かに押し込んでくる力が緩んだのを見計らい腹を蹴ると思ったよりも吹っ飛び、身体の軽さに俺が驚いちまった。まさか身軽さを実現するために臓器抜かれてるとかねえよな!?

それでもアダルウォルファは無様に落ちるなんてこともなく再度の着地を果たす。

 

「それをあなたがいうのですか」

 

間髪入れず嘲るようにアダルウォルファが笑う。

まるで、それは────仮面の奥で泣いているかのように。

 

「わたしのせかいをこわした、あなたが……わたしの未来を今更憂うだなんて」

 

その言葉に動いてない心臓が凍るかと思った。

仲間であり恋人である俺は完膚なきまでに裏切り、罪を償うこともせず命を落とし、内戦の混乱で互いを大事に思っていた保護者を失わせ、そしてこいつの拠り所であるトワの命さえ見殺しにしようとした過去がある。

俺はアダルウォルファとセリを分けて考えちまってたが、それがもう間違いだったのかもしれない。俺が動いているという自然の摂理に反した状況を、蒼のジークフリードと規定することで、そして己を翠のアダルウォルファとすることで自分の心を守っていたんじゃないか?

 

「アダル、ウォルファ……」

「……詮なきことを言いました。忘れなさい」

 

忘れてください、ではなく命令形にまで口調が崩れているところで、もうギリギリなんだろうと悟った。じゃあ終わらせよう。

 

互いに飛び出し、双刃剣を右手で振り切った瞬間、小さな影はしゃがみ刃の軌道から紙一重で外れる。にやりとも笑わず片手剣を手放し俺の腹を両手で突こうとダガーに手を添えきったのが見え、体の影から左に一丁構えた銃で本体を捉えた。

それが、アダルウォルファにはきちんと認識出来ちまったんだろう。常人なら見えやしないそれに身体が反応しほぼほぼ反射的に回避行動へ移り、結果として。

 

「俺の、勝ちだ」

 

双刃剣を手放し打ち下ろした右手は綺麗に頭部へぶつかり、デュバリィの盾攻撃でも落ちなかった仮面は呆気なく────とすんと、草の軽い音と共に地面へ落ちた。

 

「……っだ、いじょうぶか!?」

 

思いっきりやらねえと駄目だと思ったから全力込めて殴ったが正直恋人の頭を殴りたいヤツなんていねえだろうが!と地面にうつ伏せに倒れたそいつを抱き起こそうと膝をつき手を伸ばしたら、ぱしんと上半身を起こそうとする動作と同時に手を弾かれる。これ、は……どっちだ?

 

「……ここ、は」

 

混乱と一緒に頭を押さえながら上半身が完全に持ち上げられる。

ぐっと両手を握り込んでその時を待つと、周囲を把握しようと振られた瞳が俺を捉え、驚いたように目が見開かれた。俺が惚れ込んじまった真っ直ぐな色の瞳。

 

「く、ろう……?」

「……おう、お前の大好きなクロウ君だぜ」

 

思わず軽口を叩きながら座って腕を広げれば、大きく見開かれてた瞳から一転してぐしゃりと表情が歪み、両手で顔を押さえて肩を震わせ始めた。

────嗚呼、そうか。俺はこいつが涙を流す時にいてやれなかった。俺の胸で泣く選択肢を取り上げ続けた結果がこれだ。健気に手のひらに涙を落とすその姿が居た堪れなくて、その肩ごと、頭ごと、両腕で抱き締める。

そうして一瞬止まった震えはより大きくなり、俺も正直泣きそうになったけどおなじもんはひとつも流れなかった。それは生きてる人間の特権なんだってことを、思い知らされた。

 

 

 

 

暫く、落ち着くよう頭や背中を軽くぽんぽんと軽く一定のリズムで叩きながらセリの体温を存分に抱きしめる。俺にはもう体温なんてもんはねえから、生きてる頃からそれなりにあった温度差もここにきて極まれりだな、と軽い苦笑を内心で落としちまった。

 

すると、ぐい、と胸板を押され身体が引き離される。

変なこと考えたのが伝わっちまったかね、とセリの顔を見るとそういうワケじゃなく、これからのことを考える時間が惜しいと、相も変わらず未来を見据えてる表情で愛しさがあふれた。ほんと、お前のそういうところ好きだよ。

だからひとつ憂いを消しておこうな。

 

「いろいろ積もる話もあるけどよ、まずは────オルディーネ」

「ああ」

 

俺たちの脇から膝をついたオルディーネがそっと手を差し出してきて、困惑するセリに頷くと俺の腕から抜け出して掌の上にちょこんと身体を預ける。でっけえ機体にちっせえ身体。散々見てきたし当時は何でだよって思ってたこの組み合わせも、こうしてみるといいもんだな、ってのは心の中にしまっておくことにした。

おず、と見上げたセリにオルディーネが額を合わせると淡く青い光が灯り────繋がった感覚に至る。俺と、オルディーネと、そしてセリ。

 

「え……っ?」

 

何が起きたのか理解してるだろうに理性では受け入れ難いのか、何度も困惑の声を落としながら下ろされオルディーネを見上げるセリをぎゅっと背中から抱きしめる。

 

「オルディーネと繋がってる感覚、わかんだろ?」

「わか、る、けど……なんで、どうして……」

 

霊力駆動の騎神を介するからか、より一層セリの感情が伝わってきて悪くねえなと笑った。

そんな中でオルディーネは膝をついたまま、「セリ」と名前を呼ぶ。

 

「起動者というのは歴史上、避けられぬ戦いに巻き込まれる。程度の違いはあれどそれは準起動者といえど同じだ。故にクロウはそなたを戦場へ連れていくつもりが以前は全くなかった」

 

当たり前だ。誰がこんなクソみてえな……前は具体的に何が起こるか分かってなかったとはいえ碌でもねえことが起きることは確定してる事象に恋人を関わらせたいと思うんだっつう。

つまり黄昏のことを起動者である俺は薄々と理解してたからあんな風に遠ざけてたわけだ。

 

「だが、ことここにおいて、それを定めた」

 

オルディーネの、ここからはお前の役目だろう、とでも言いたげな目配せに随分と人間らしく機微がわかるようになったもんだと場違いにも感嘆しちまう。そうだな、俺が告げるべきもんだ。

 

「セリ。俺と一緒にこの先へ行ってくれ」

 

それは呪いの言葉だったと思う。

仮に相克を蒼の騎神がすべて勝ち抜いて、巨イナル一を錬成して、その果てに何が起きるかなんて俺にもわかんねえし、たとえその規格外の力だとか呪いだとかを下そうが、どうであっても結局俺がこのまま存在し続ける理由はない。だから結局、死地を探す歩みになる。

これ以上縛り付けていいワケがねえと理性では理解しちゃいるが、それでもどこまでもこいつを手放せない愚かさまで引っくるめてクロウ・アームブラストという人間なんだ。

 

どくん、と跳ねたのは俺の感情だったのか、セリの心臓なのか。

 

「……本当に?」

 

セリを抱きしめる両腕にそっと細い指先が絡んでくる。

 

「あぁ、どこで果てるかわからねえ旅だけどな」

 

情けねえが本心だ。ここで謀っても意味がねえ。黒の工房のアーカイブでは蒼の騎神は過去の諍いでそれほど目立つ戦功を残せていたわけじゃないらしいしな。とはいえ、可能性がゼロじゃなきゃ何でもいい。

 

「……また勝手に、置いて行ったりしない?」

「しねえよ。こっからは容赦なく戦力として数えるし鍛えるからな」

 

オルディーネに準起動者はいない。いなかった。ヴィータさえもだ。それは結局のところ俺が誰も横に立たせたいと思っちゃいなかったことの証左なんだろう。

ヴァリマールの戦術リンクにも似たそれは煌魔城で存分に見せられて、憧れなかったとは、言わねえ。俺だってお前を"そう"出来たらって。でもしなかった。出来なかった。だけど今は違う。

 

「……自分一人で抱え込んだりしない?」

「善処はする」

 

どれだけ近くても、どれだけ遠くても、話せないことはある。それは、ありとあらゆることにおいて存在するものだ。それでも可能な限り開示したいとは思う。情報を共有出来ないヤツはどうであっても敵だ。俺は、お前を俺の味方にしたい。もうあんなこと言わせねえ。

 

腕から指が離れたかと思ったらぐるりと腕の中でセリが回転し、ぎゅっと抱きしめられる。

 

「仕方ないなぁ。じゃあ、ついて行ってあげる」

「────ああ、ありがとな」

 

涙が滲んだ声で、それでも気丈に言い切ってくれたお前に何度目かわからない感謝を落とした。

 

 

 

 

「とりあえずは話が纏まったようですわね」

 

それからお互いオルディーネが格納してくれてた市井に紛れ込める服に着替え、先にオルディスへ行っていたデュバリィと借りた宿屋の一室で合流する。

セリ曰くここはブイヤベースが美味いらしい。食いしんぼうか。いや食いしんぼうだったな。

 

「その節は大変ご迷惑をおかけしました」

「別に……成り行きですから構いませんわ」

 

素直にセリから頭を下げられ照れたのかふいっと顔を逸らすデュバリィに、そんな場合じゃないと分かりつつもすこし気が抜ける。ほんっといいヤツだよお前さんは。

 

「それで、どうするつもりなんですの?」

「リィンに言った通り、俺は俺の目的で相克に参加する。そんでブリオニア島で待つとも言っちまってるからな、取り敢えずぶつかるのは俺らになんだろ」

「ただ相克の性質を考えると、煌魔城の時のような前哨戦が必要になるよね。黄昏も完全に始動してるわけじゃないし、結構キツめにやらないと場が成立しないかも」

 

セリの指摘に肯く。煌魔城で騎神戦をする前に俺とヴィータが生身であいつらの相手をしたのには余興とかじゃなく、儀式的な意味が有った。

 

「おう。そいつに出来ればデュバリィも参加して欲しいんだが」

「……これ以上力を貸す理由はありませんが、ええ、でも、見届ける義務があるのでしょう」

 

鋼の聖女の臣下だったデュバリィは、黒の工房で叫んでた通り『世界滅亡の引き金に関わったこと』に納得していない……というより悔いている。大好きな主から暇をもらってまで自分の矜持を大事にしようとするその真っ直ぐさはほんと、信頼出来るっつうか。

 

「となると三人で迎え撃つ、でいいのかな」

「いいと思いますわ。貴方がいれば星洸陣の紛い物くらいは展開出来るでしょうし」

「マジかよ」

 

戦術リンクを繋げるとしたらさすがに俺とセリになんだろとは思ってたが、三人を一組にするなんてことが可能なら戦術の幅は倍以上に広がる。

 

「……いいんですか?」

「何がですの」

「その、前に触れさせてもらった時、あれは御三方全員の努力の結晶だと私は思えたので」

 

それを見よう見まねで展開するのは武人に対する愚弄なんじゃねえかと言うセリに、デュバリィはふん、と腕を組んで口を開いた。

 

「それを憂いて勝ち筋を逃すのであればとんだ見込みちがいですわね。わたくしたちが貴方の戦闘に対する誠実さを認めたから見せた、というのを理解していなかったんですの?」

 

そもそも数見しただけでで鉄機隊の強さの一因だろう星洸陣モドキを構築させられるって点でだいぶやべーと思うんだが、そういう自覚はねえんだなぁ。正直その自覚のなさはいつか他人を傷つけると思うんだがまぁこの場で指摘することでもねえか。

 

「それに武芸というのはおおよそ真似から入るものです。申し訳ないと思うのなら精進なさい」

「あ、ありがとうございます」

「なら明日は早々に霊窟を覗いて調査しつつ星洸陣モドキ────翠洸陣の確認だな」

 

モドキモドキと連呼するのもたりぃしテキトーに名前をつけたが特に異論は上がらなかった。

 

「今日はどうするんですの?」

「まぁ……そんな場合じゃねえかもだが休みでいいだろ。全員ずっと働き詰めだったしな」

 

遊撃士も真っ青の過酷労働環境だったぞあれ。別に俺は死んでるから霊力さえあれば疲労も何もねえし、ブリオニア島は陽霊窟がある観点から霊脈の真上に建造されてて体の稼働に問題が起こることもない……が、こいつらは生者だ。そういうワケにも行かねえ。

陽霊窟の調査も欠かせやしないが、セリがいる時点でそこまで時間のかかるもんでもないと踏めるのはだいぶでかいアドバンテージだ。

 

「そうですわね。わたくしも疲れましたし、別に取った部屋で休ませて貰います」

 

あふ、と珍しくあくびを見せたデュバリィは会話が終わったと見て部屋を出ていき、俺とセリの二人が残された。ベッドは二台で、二人で寝るには申し分ない部屋だ。

 

「……お前もシャワー浴びて仮眠取っとけよ。昨日の夜から寝てねえだろ」

 

気絶は睡眠に入らないと祖父さんの主治医が言ってた記憶がある。きちんとした寝具の中で体を休めることに意味があるんだと。オルディーネが霊力を多少補充したとはいえ肉体的疲労が取れるわけじゃなし、戦闘の要となるならなおのこと休んでもらわないと困る。

 

「うん」

 

それをセリも分かっているのか素直に備え付けの寝巻きを持ってシャワー室へ向かって……行ったと思ったらひょいっと戻ってきたから忘れもんか?、と首を傾げた。

 

「……その、クロウも一緒に寝てくれる? もちろんシャワー浴びてからでいいけど」

 

ベッドに入るんなら汚れは落とした方がいいに決まってるがそもそも眠る必要もねえし、セリがあったまってくるまったベッドに体温のない俺が潜り込んだらそれこそ風邪ひくかも知れねえ。温度のない空気の塊が毛布の中にあるのとおんなじだからだ。

────それに。

 

「ああ、シャワー浴びたらお前んとこ行くよ」

 

生きてない俺がお前に触れたらそれを実感させちまって悲しませるってわかってっから、寝顔を眺めるだけにとどめとくつもりだったんだがな。

 

俺の言葉に嬉しそうに頷いたセリを見送ってため息をつく。

あんな顔見せられちゃそんなことも言えねえっつの。

 

 

 

 

結局三時間ほどの仮眠で起き、セリの昼は部屋に持ってきてもらったブイヤベースで済ませ、街でも散策するか、と二人で宿を出た。

北通りの坂道を降りて行き港湾区に出ると懐かしい潮風が一つ吹いて去っていく。

 

「そうそう。今年の夏至祭で篝火を流したんだよね」

「ああ、あれか。何か願うことでもあったのか?」

「うん。君の魂がお祖父さんと一緒にあって、平穏でありますようにって」

 

思わず隣にいるヤツを見下ろすと、俺の視線に対して食えねえような表情を返してきやがる。そうしてほんの少し、数歩だけ足早に前へ出てくるりと振り返ったそいつは碧を背景にして、ピアスを反射させながら静かに、だけどどこか悲しそうに笑った。

俺の魂はどこにもなくて、ただただ地底の底に有ったもんで。そもそも女神とやらの下に行ってるだろう祖父さんの隣に俺が行けるとも思えねえけどな。

 

隣。自分で使ったワードに思考が引き摺られ、今の今まで訊けなかった疑問が浮かび上がる。

 

「……なあ、無粋なことを訊くようだけどよ」

「うん?」

「お前、恋人とか、いたりしねえのか」

 

ガイウスが恋人じゃねえのは分かったけど、でも他のやつがアプローチしてねえとは全く思ってねえし、むしろ正式なパートナーがもういるからこそアイツも諦めてるんじゃねえかって思わないではないっつうか。

 

「……クロウってたまーに馬鹿だよねえ」

「馬鹿って、お前なぁ」

 

別に横恋慕したいとは思ってねえし、俺じゃない誰かの横でお前が笑ってる未来があってくれって心の片隅の片隅の片隅で願ってたのも一応事実なんだよ。

俺の呆れた声は意に関さなかったのか、また歩き始めたセリを追いかけるように俺もついていく。

 

「まぁティルフィルに戻ってお見合いとか、デートとかたくさん誘われたりはしましたけどね」

 

故郷の名前を出されて、まぁ元締めが亡くなったんならその血筋であるお前に伴侶をあてがって跡を継いでほしいってのが街に住む人間の意見になるのは分かりやすい話だ。誰だって生活環境が激変するのは怖いし嫌だろ。それを一人の人間に押し付けようとすんのはクソだが。

 

「でも、恋人がいるような人間が後生大事にこんなピアスつけてると思う?」

 

ちょいちょい、と悪戯っぽい笑みと共に左耳へ髪がかけられ見せつけられる。

銀の三連に蒼のスタッド。生前俺がつけてたピアスたち。

 

「……わかん、ねえ、だろ。旦那がすげえ心広いとかよ」

「私、結婚を決めるような相手にそこまで不義理に見えるかなぁ」

 

のらりくらりと言い募りはするが結局決定的なことは言っちゃくれない。これ揶揄われてんのか?

 

「────なぁ、俺って、まだお前の恋人面していいのかって、話してんだけど」

 

抱きしめたりおんなじ部屋で寝たり、こいつの貞操観念を考えればそんなん言われなくたってわかるような話だけども、それでも俺は言葉が欲しかった。自分でも随分とめんどくせえヤツに成り下がったなと思わないではいられないが、それでも。

……一年半の断絶は、思ったよりも自分にとって大きいものだったんだろう。あらゆる既知の人間の変わりようにそれを実感せざるを得なかった。目の前のセリだけに限ったって身体つきも、表情も、態度も、何もかも大人びて、たまに諦めたように言葉を飲み込んで。全く知らないのに、反応だけは俺が知ってるお前で。

 

「あ、公園」

 

だけど俺の言葉に返答せず、いつの間にかついてた教会前の小さな公園へ数歩の階段をくだりセリが駆けていく。ため息をつきながら追いかけ、柵に肘をついて青い街並みを見渡す横顔の隣に。きらきらと瞳に太陽の光が当たってすげえ綺麗に見える。

やっぱあの仮面はこういうのを隠すから良くねえよな。

 

「さっきの話だけど」

「……」

「私、別れたつもりないよ?」

 

いや、そんなん俺もないっちゃないが。でも死んだら関係はご破産だろ。フツー。

 

「でも、そうだなぁ。二年弱放っておいた恋人に対して何か言うことがあるのでは?」

 

そのすこし意地の悪さが含まれた、だけどかわいい笑いに、自分が何を強請られてるのか理解して腰を抱き寄せ口元を耳に。誰にも、世界にも聴こえなくていいから。お前にだけ。

 

「────今も昔も、ずっと好きだぜ」

 

顔を見れば赤くなりつつ、私もだよ、なんてかぁいらしいこと言って抱きしめ返された。

嗚呼、まったく、ほんっとに敵わねえ。

 

 

 

 

そんな風に街を巡るデートみたいなもんをして、晩はデュバリィも呼んで作戦会議みたいなことをしつつ、二つあるベッドの一つは手付かずのまま俺たちは早々に寝台へ潜り込んだ。正面から抱きしめ合う形で。

 

「……相克が果たされたら、何があってもいろいろ変わっちゃうねえ」

「そうだな」

 

騎神同士の戦い。相克。それはつまり起動者同士の殺し合いだ。自分の霊力が枯渇するまで戦い、最終的に負けた騎神は勝った方に吸収されその力を譲渡する。つまり俺が勝てばリィンを殺すことになるし、俺が負けたら摂理通りに消えることになるっつう全方位胸糞の悪い話だ。

 

「万が一俺が負けても、リィンを殺したりすんなよ?」

「しないよ。倫理を天秤にかけた際に利が上回らないし」

 

上回ったらすんのかこいつ。……今のこいつだとしかねねえな。その辺はガイウスとかVII組頼りになりそうだ。

とはいえその通り、リィンを殺したって俺が勝ったことにはならねえし、リィンは帝国の呪いの贄に選ばれてる状態だから何らかの事象が重なって不死者として復活するだけだろう。あるいはもう、本人の預かり知らぬところで不死者になってる可能性すらある。意味がねえ。

仮にこいつがリィンを殺すと決めたなら自分が死ぬまで戦い続けるだろうから無駄死にだ。

 

「ま、利が有っても私にそんなことさせないで欲しいけど」

 

軽口の体を為しちゃいるが、悲痛な願いだってのはわかる。俺だってそんなことさせたいとは微塵も思わねえ。ただあのアダルウォルファの姿を見ちまったら約束して欲しくなっちまったんだよ。

 

「────セリ」

 

そっと、暗闇の中で輪郭を辿るように頬に手を滑らせると冷たさにか短い吐息が落ちて、指先を離そうとしたらあったけえ手が上から被さってきた。目は見えなくても視線が突き刺さる。

それに一瞬迷ってから、ええいままよとキスをした。お互い軽く開けた口から舌を絡めるけど、当たり前のように俺から唾液は出ない。ぬめる液体をセリから掠め取るようにしながら交わす口付けはどこか罪悪感と共に優越感も存在する。

狭いベッドで抱き寄せた背中のラインを辿ると顕著に反応されて精神的にグッときちまう。でも反応するところがねえんだよなぁ!残念なことにな!俺は死んでるので!

 

「ちょ……っと」

「んー?」

 

唇から離れて首筋に鼻先を埋めて鎖骨を齧り始めたところで制止を求める声が落ちてきて不服ながらも一応止める。

 

「ヤれる機能もないのにヤる気が……?」

「そんな俗っぽい言葉使えるようになったのかよお前」

 

いやまぁでも情報屋として生きることにしたってのは昼間に聞いたから、酒場とかに出入りする機会も増えて顔や性別で舐められないようにそこそこ口が悪くなったのは理解するけども。

 

「それは……別に、いいでしょ。とにかくシないから」

 

くるんと腕の中で背中を向けられちまって、機嫌損ねちまったなぁと思いながら抱き寄せる。ほんのりセリの体温が移ってきて多少はほかほかだろう。たぶん。

 

「……別に、クロウとしたくないわけじゃなくて……逆にその……絶対欲しくなる、から」

 

もごもごと言い訳を募りながら無意識なのか足を絡めてくる姿があんまりにも可愛くて可愛くて、なんで今の俺には男の機能がねえのかと心底嘆いちまった。

いや、もしあそこで俺が攻撃を引きつけてなかったら世界がやべーことになってこんな状況すら訪れなかった可能性が高いんだが。

 

「……俺ってば愛されてんなぁ」

「しみじみ言わないで欲しい」

 

前にしたのと全くおんなじやりとりを交換したところでお互い軽く笑い、狭くて寝返りもうてない状態でもすんやりと眠るセリを抱きしめながら俺はリィンとの対決に思いを馳せた。

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