[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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23 - 08/19 蒼と灰

1206/08/19(土)

 

予定通り朝方に宿を引き払い、迷彩状態になったオルディーネへ更にセリが認識阻害をかけ陸地から海上を突っ切りブリオニア島の波止場へ到着する。リィン達がいつ来ようとも島内で魔獣との戦闘が見込まれる+人目を気にしなくてもいいってことで全員戦闘全振りの格好になったわけだが、やっぱアダルウォルファの衣装ってエロすぎると思うんだよな。誰の趣味だよ。

 

「とりあえず霊窟の方は後回しにして、ぐるっと一周回りたいな」

「でしたら一先ず騎士像を目指しましょうか」

 

そういやブリオニア島にはノルドと似たような巨いなる騎士像があるんだったか、とデュバリィの言葉に二人で頷いて歩き始める。

 

「と言っても、マクバーンは抜け殻だと言っていましたから何もないかも知れませんが」

「劫炎殿が? ああ、それじゃあ本当に抜け殻なんでしょうね」

「は? お前あいつと知り合いなのかよ」

 

可能性としてあり得るのはパンタグリュエルで遭遇くらいだがあそこでンな信頼を寄せられるような交流してるワケがねえし謎すぎる。……あ、いや、待て。確かこいつクロスベルの星見の塔を独自で調査してたよな。完全にジークだった頃に遭遇しかけた記憶があるぞ。そっちか?

 

「一回クロスベルではち合わせた際にちょっとね」

「ちょっと?」

「詮索好きの男は嫌われますわよ」

「いや訊かれることに嫌気はないんですけど……なんというか、単純に説明しづらくて」

 

ううん、と悩みながらも向かってくる魔獣を斬り捨てる姿が凛々しくて、まぁ何か面倒なことがあるとかじゃねえならいいか、と納得して三人でいろいろ話しながら北上していった。

 

 

 

 

「さっきの滝、すごかった……自然の迫力……」

「あら、クロスベルに行ったのに大滝を見てないんですの?」

「あれも見事でしたね。でもなんか帝国って滝が見られる場所結構少ないような気が」

「そういやそうだな。山は多いが緩やかに川が繋がってる印象だわ」

「帝国で滝……といえばやはりガラ大滝とかでしょうか」

「ミルサンテのですね、宿から見ま……意外に滝見てますね、私」

「まぁそれでもさっきの滝が凄かったって感想が消えるワケじゃねえだろ」

 

 

「この集落は随分と寂れているようですが、どの辺りの時期のものなのでしょう」

「おそらく……700年ぐらい前の、暗黒時代末期みたいですね。国家間の闘争に疲れて海を渡って来た人々が、騎士像を護り手として崇め奉り、しかしとうの昔に廃れたようです」

「……通過しただけでそれがわかるなんて、とんだ研究者泣かせですわね」

「まぁ私の妄言かも知れませんし、物的証拠からの考察である考古学は大事ですよ」

「そうか、霊脈を通じての土地解析は他人が裏付け取れねえのか」

 

 

「にしても、ここの魔獣は虫に限らずでっけえな。一応人間が来ないワケじゃねえのに」

「同意ですわね。ただ節足動物系は図体が大きくとも少々歯ごたえがないというか」

「虫に限って言えばイストミアの方が大きいと思いますよ」

「いやそこ張り合うところかよ」

 

 

 

 

そんなこんなで翠洸陣の確認も兼ねつつ特に問題もなく辿りついた巨いなる騎士像は汐風を受けながら泰然とそこにある。周囲の安全を確保してから膝をつき、組んだ両手に額を預け祈りを捧げるような体勢を取るセリは、まるで教会のシスターのようにも見えた。

 

「────うん、やっぱりノルドと同じで何もないね。眠っているんじゃなく、ガワだけ」

「話が本当であれば焔と大地の至宝は融合し、騎神として七分割されているのでしたか」

「らしいな。与太話も大概にして欲しいが否定する材料がねえ」

「取り敢えず至宝同士の激突は有ったらしいけど……さすがに古すぎてよく視えはしないや」

 

大地の至宝・ロストゼウムと焔の至宝・アークルージュは、1200年前……つまり紀元頃にそれぞれを祀る人間どもの願いを聞き入れて相争い、その果てに《巨イナル一》という存在になった。古代ゼムリア文明の崩壊の引き金になった事象のひとつだろうことは想像に難くない。

 

「ま、そんじゃあ本命に突っ込むか」

「そうですわね」

 

騎士像の前を通過し、ぐるっとまた半周回る形で波止場に戻って陽霊窟の方に足を進めた。

 

五月頃までは小さな祭壇しかなかった広場に中規模の教会程度の建物が建っていて、だが地上にある見かけ全部に意味なんぞなく、内部は霊脈の中へもぐるように一本道の階段で地下へ続いてる。難なく開いた扉の中は温度を感じる筈もねえのにどこかひんやりしているような気がした。

 

「これは……霊脈が恐ろしいほど活性化していますのね」

「ああ、六月とは比べもんにならんくらいだな」

「よかった、常時これならとんでもない場所だなと思ってたところだよ」

 

世界を巻き込んだ闘争、相克。それらが関係していることは明らかで、来るべき時が来たと自分の本分が果たせることに歓喜しているようだとさえ。

 

「それにしても、霊窟ってどこもこんなつくりなのかな」

 

結構建築関係に興味を持つセリがきょろきょろしながら呟くもんで、そういやその辺を一応巡回魔女だった時期もあるヴィータから聞かされたこともあったなと思い出す。

 

「ダンジョンめいた構造になってるところもあるらしいぜ」

「へえ? 何がどうなってそういう違いがあるんだろう」

「霊窟はゼムリア石を抽出する場所として地精が建造したようですがここにはそういった設備はありませんでしたし、似た名前でも機能が異なっているのかも知れません」

 

なるほどな、と肯いたところで最下層に辿りついた。敵性体の気配もなく扉を開くと数ヶ月前に見た大広間が眼前に現れる。

 

海上要塞での結社による神機実験の際、ここを突き止めたガキンチョをとどめ置いたのを追いかけて来たVII組と遭遇した場所。あの時はこんなことになるとは思わなかったが、蒼の休眠場所に程近いここで待つことになるのは運命なのかもなと内心で笑いを落とした。

 

「セリ」

「任されましたっと」

 

広間の中央、つまりこの島の霊力的な基点で膝をつき霊脈に侵入し、解析を行い、励起する。

すると完全に覚醒したからか起動者に向けて情報がインストールされ始めた。

 

────七の相克とは終末世界の中でのみ行える騎神同士の讐し合い。

────闘争の薪で大きくなった炎で以て鉄となる騎神を溶かし巨イナル一を錬成する。

────そして起動者の命もまた、薪にすぎない。

 

「……巨大な力をこの次元に顕現させるには、世界を引き換えにしないといけないんだね」

 

俺と同じものを頭にぶち込まれたみたいで、セリが多少青ざめた表情で広間から膝を上げる。

 

「そんなものを人間一人に扱えるとも思えませんけど」

 

そしてセリを介して起動者でも準起動者でもないデュバリィにも情報は共有されたようで、ソツのない仕事をするこって、と内心で拍手しておいた。まぁ冗談抜きでこんな馬鹿馬鹿しい話を口に出して説明するなんてことはしたくねえ。

 

「だが鉄血の野郎は最終的に何を考えてるかはわかんねえけどそれを為そうとしてる」

「ええ。……そして我がマスターも起動者として協力をしている事実がありますわ」

 

デュバリィのその言葉にセリが首を傾げる。何か気が付いたのか?とアイコンタクトをするとさらに反対側へもう一度首を傾げあからさまな困惑の表現に俺の方が困っちまった。

 

「今更だけど、宰相の目的は本当に人類のステージを上げるためのものなのかな」

「と言いますと?」

「巨イナル一の錬成と引き換えに世界の殆どは闘争の火に巻かれて死地となる。これは文明の破壊と同等であり、人為的に大崩壊を起こしているのと同じです」

 

それは俺も気になっていた点だ。

もそも古代ゼムリア文明は現代じゃ及びもつかねえような技術で繁栄していたと言われてて、たまに女神からの贈り物と呼ばれるような古代遺物の存在がそれを裏付けているわけだが、そうじゃなくたって数々の時代で定期的に技術の断絶が起きていると思わざるを得ないような出土品も数多く存在する。

 

「それは……確かに」

「技術を継承する存在がいなくなればそれは車輪の再発明が必要になってしまいます。つまり技術の衰退であり、人間のステージをより高みに引き上げる以前の話ではないでしょうか」

「やっぱりお前もそこに違和感を覚えるかよ」

 

対する端的な肯きは全員に沈黙を落とさせた。

女神から人類に贈られた七つの至宝。内二つが関わっているこの騒動はとんでもない規模の話だ。それこそ────。

 

「破壊して創造だなんて、神にでもなる気なのでしょうか」

 

デュバリィのぼやきに二人で顔を上げる。ああ、そうだ。神から下賜された"力"は、一つじゃ足りないかも知れないが複数合わせれば天にだって届く武具になるかも知れねえ。

 

「神殺し……?」

 

現代の人間は基本的に女神を信奉している。そして女神が創り出したとされる至宝の存在に度々振り回され、しかしそのことに気が付けないような理が蔓延した中で、神からの解放はある意味で人類のステージをひとつ上げるという表現になり得るんじゃないか?

 

「あるいは、神殺しすらも可能な力で以て呪いを力付くで排除する、とか」

「さすがに荒療治すぎねえか」

「ですが1200年かけて力をつけた概念に対抗するには、それくらい必要なのかも知れません」

 

正直なところ、神殺しよりは呪いの排除の方が鋼の聖女が与している理由に納得が出来そうだと思っちまう。歴史はあんまり得意じゃねえが聖女リアンヌは教会から聖人の号を貰うくらいには敬虔な信徒だったんだろうし、工房で見かけたあの清廉さは今でもそうなんだろうと思わせるくらいの迫力はあった。デュバリィが心酔してたことも含めてな。

 

「……と言っても推測に推測重ねてるだけだかんな。取り敢えずオルディーネ呼ぶか」

「そうだね。伝わってはいると思うけど、どうせここが戦場になるわけだし」

 

左腕を上げ波止場にいた相棒を呼び出すと、距離の問題もあるだろうが霊脈が活性化しているおかげで大した消費もなく地下に招くことが出来た。

さて、そんじゃあとはあいつらがいつ来るかってところだな。

 

 

 

 

「────来たね」

 

体を休めるためにオルディーネに寄りかかって目を閉じていたセリが立ち上がり、装備の最終確認を始める。どうやら島に到着しただけみたいだが、まぁそう時間も経たずにこっちに来んだろ。

俺もデュバリィも陣形を整え待機してると、地上で蠢いてた気配が陽霊窟に入ってきた。そうして扉から現れたるは新旧VII組全員だ。おうおう、工房の時はバラバラだったからこうして見ると随分大所帯になったもんだと改めて。

いやしかし、白い髪に赤い眼で黒いコートなんつうのはちっとキメすぎじゃねえか?

 

「よく来たな。お早い到着と言いたいが、この状況を考えるとむしろ遅いくらいかもな」

 

のんびりしていられる時間もねえ状態だ。昨日を休みにあてたとはいえ一日が惜しいことに変わりはない。

 

「あれだけ露骨に言われたら来る以外の選択肢も無いだろう? 神速──いや、デュバリィさんも。わざわざ付き合ってくれたみたいで感謝するよ」

「き、気安く名前を呼ぶんじゃありませんわ! ただでさえ気が進まない場面に立ち会わなくてはならないのに調子が狂いますわね……」

 

リィンの天然たらしが発動したのに対してデュバリィは顔を赤くしながら顔を背け、しかしこれから行われることに表情を曇らせた。

 

「うん、それじゃあ説明の手間を省こうか」

 

デュバリィの発言で蔓延する疑問に対しセリが進み出て一瞬。爪先で二回地面を叩く。霊脈上であるが故に可能な強制介入・情報流入。それによって俺たちが黒の工房で得た情報や、霊窟から見せられたイメージを完全共有する。

ただの人間にとっちゃ頭が割れるように痛いかも知れねえが、まぁ我慢してもらいたいもんだ。仮にも黄昏に挑もうっていう灰の騎神の起動者と準起動者たちなんだからよ。

 

だけどそういった感覚に対してそれなりには耐性があるだろう委員長やガイウス、それにクロネコ辺りは痛ましげにセリを見ていたが、本人は静かに指先を唇に当てるだけだった。

 

「────そうか。これが、いま俺が……いや俺たちが感じている胸のざわめき、世界そのものと一体化したかのように苛まれる戦いの予感の正体、なんだな」

 

そうして膨大な情報の波を咀嚼し切ったのか、胸を押さえながらリィンが顔を歪め唸る。

 

「そんな……こんな、ことって……」

 

ユウナがアルティナと互いの体を支えるように戦慄きあい、その反応はいま着実に進みつつある《黄昏》とやらがどういった類のものなのかというのを如実に表していた。

 

「やっぱり、そういうことなのね」

 

鎮痛な面持ちでサラがため息を吐く。他に気が付いてただろう二人と一匹とは違い、単純に死人が出る戦場を駆け抜けてた記憶がこの大規模な讐し合いに気が付かせたんだろう。皮肉な話だ。

そうして大なり小なり新規情報にほぼ全員が混乱しているところへ、「恐らく」とガイウスが口を開き始めた。

 

「見立てとしては世界は"大釜"なのだろう。黄昏によってくべられた炎を極限まで大きくするための闘争は、規模が大きければ大きいほどいい……世界が実際に破壊出来ればなお」

「そう、大量破壊兵器が実際に建造され得るこの時代だからこそ七の相克は開始出来た」

 

セリの補足を挟みながら、よく通る声が教会の人間としてわかりやすく噛み砕いていく。説法も向いてる声だ。守護騎士じゃなくてもやっていけそうだと場違いにも考えちまう。だってそうだろ。

 

オーレリアが「全ては茶番というわけか」と表現していたが本当にその通りだ。かつて地上に住む存在──人間の都合で争った至宝が融合し、一であったものをこれまた人間の都合で分割したっていうのに、これを戻そうと言うのが茶番でなくてなんと言う。

 

「その戦火に包まれた"大釜"の中で元は一つだった七つの欠片が相争う。奪い合い、殺し合い、融け合うように交ざり合って……最後に新たなる"一"と成るために」

「錬成の概念……そういえば星杯で黒の工房はあらゆる技術を取り込んだと言っていましたね」

「東方に伝わるという蠱毒と呼ばれるものにも似ているな」

 

そしてそれに対する返答として鋼の聖女が「茶番と言うには悪辣すぎる」と返したのもそういった内実を知っていたからだろう。

 

ガイウスの説明に対し委員長とユーシスがそれぞれ自分の中にある単語に落とし込むが、まぁおそらく間違っちゃいない。強いモノだけが存在を許され、その頂点が一であるってだけだ。

その両方とある程度対峙したことのあるリィンはぐっと口の端を引き縛る。

 

「完全に思い当たるっていうツラをしてやがるな。無理もねえ。特にお前は起動者にして"贄"だ。"繋がってる"身としてはリアルに感じざるを得ねぇだろ」

 

言いながら左手に双刃剣を構えると、合わせて両脇にいた二人が自分の得物を構え臨戦体勢へと移った。双刃剣に双剣に剣盾ってのは前衛に偏りすぎてるが仕方ねえ。いざとなったら俺が中衛まで下がればいいしな。

 

「まさか、今ここでその相克を始めようっていうの……!?」

 

またもや驚いた風情でエリオットが叫ぶ。お前のそういう甘ちゃんなところわりと俺は好きだけどな、そんでも聞いてやれねえことはある。

 

「ヴィータじゃねえがある意味これはチャンスだ。世界大戦が始まっていない今なら地精どもの思惑も外すことが出来る。逆に帝国が共和国に仕掛けて戦争が始まっちまえば」

「"贄"である俺への強制力が働き、否応なく相克へ駆り立てられる……そういう事だな?」

「暴走するか、記憶を封鎖され使命に従うだけにされるか……どっちに転ぶかは分からんがな」

 

ある意味で、アダルウォルファがリィンを殺そうとしたのもそういう流れがあってこそだった可能性を考えないでもないが、あいつの殺意を俺が否定するわけにもいかねえ。さすがにセリがリィンに対して持つ感情の責任の一端を担ってないとは、俺自身思わないからだ。

 

「だったらこれは確かに最後の機会かもしれない。理性か記憶を奪われ、殺し合いに無理矢理参加させられる前に」

 

俺の言葉をしっかと受け取ったようで、リィンは一歩前に踏み出し腰に佩いていた太刀を鞘から抜き軽く構える。

 

「己の目で相克というものを確かめ、乗り越えられるか否かを見極める。八葉の剣士として、VII組みんなの仲間として、リィン・シュバルツァー自身として」

 

言葉ののち、太刀は真っ直ぐ俺へと突きつけられた。

 

「クロウ────お前の前に立てる、最後の」

 

ったく、なんつう眼でそんなことを言うんだっつうの。あんまり後輩らしいこと言ってくれんなよ。こっちは全然先輩らしいことなんざしてやれてねえってのに。

 

「しかしまずは煌魔城や結社の実験と同じく、"場"を暖める必要があるようです。助太刀三名を出しなさい」

「なんなら交代しながら全員でもいいよ?」

 

ヴン、と俺たち三人の間に翠に光る陣が構築され全員が繋がる。霊脈に侵入し終えてるセリと繋がるってことはつまり死角が無くなるも同然だ。生半可な刃は届かねえぞ。

 

「……先輩も了承の上なんですね」

 

展開された陣から察したらしいリィンの問いかけにセリは、「うん」と何に憚ることもなく肯定した。

 

「私だって後輩殺しをするクロウを見たいわけじゃないし世界の敵になりたいとも思ってはいないけれど、どうであれ煉獄へ行く覚悟はとうに決めてるからね。遅かれ早かれだよ」

 

煉獄。女神を信じてんだろうヤツから出るその言葉は、俺みたいな女神を見限った犯罪者が使うような意味合いよりよっぽど強い。

 

「わかりました。────ガイウス、エマ、ユーシス、まずは先鋒を頼む。新VII組も力を貸してもらうことになるから用意しておいてくれ!」

 

リィンの号令にVII組全員が武器を構え、思わず口の端が上がった。

 

「そんじゃ、一緒に踊るとしようじゃねえか。昏き深淵を覗き込むための終末のダンスを!」

 

 

 

 

まずはいの一番にセリが飛び出し挨拶と言わんばかりに委員長目掛けて攻撃を仕掛けるが騎士剣術──つまり誰ぞを守る前提の技術に特化したユーシスの氷の戦技によってそいつは阻まれる。まぁ広域攻撃が出来る相手が特定出来てんならそりゃ狙わない手はないわな。

 

その氷壁を蹴って跳び上がった着地地点を狩ろうというガイウスのことはデュバリィに任せ俺もリィンへ突っ込んでいく。

双刃剣は暗黒時代の武器だとはいうが、地精のダンジョンで見つけたこいつは攻守一体で俺の戦闘スタンスにばっちりハマってくれやがったあの時から俺の良き相棒だ。戦闘相手も経験値が積みづらい武器筆頭ってのもある────が。

 

「ハッ、さすがに受けられるようになってんのは嬉しいぜ!」

「当たり前だろ、何回見たと思ってるんだ!」

 

帝都地下、ザクセン鉱山、トリスタの街道、パンタグリュエル、煌魔城……おそらくこの世に生きてる人間で一番双刃剣の対処が分かってるヤツかもしれねえな。

こっちの刃をいなす形でぐるりと太刀を回転させこっちの切っ先を地面に落とすと同時に回転軸から突きを繰り出され、しかし横から飛んできたナイフが軌道を逸らす。

 

「……!」

 

セリの視界から完全に見えていない筈の投擲はしかし該当者から確実に飛んできてる。氷の乙女のように鏡面端末で跳弾計算してるとかそういう人間離れした技じゃねえが、全方位視界を認識して行動するってのは普段と脳の使い方がまるで違うからある意味じゃ似たようなものともいえる。

一旦背後へ跳ぶが息を整える暇なんて与えねえぞと斬撃戦技をぶっ放す。

 

「────ゼルエル・カノン!」

 

委員長の声が響いた瞬間、セリの頭上に紋様を纏った火球が現れ無慈悲にも地上を焼き尽くす。それでも陣は崩れない。つまり死んでない。それならどうにだってなる。

強く踏み出しこっちの陣形・思惑を読もうとしてたリィンの視界を遮るように攻撃を重ねていけば指示を出す暇もねえだろうがよ。

 

「遅いですわ!」

 

向こうでセリと一緒に三人まとめて相手してるデュバリィが神速の名に恥じない素早さで結界のような斬撃を繰り出し、その終わり際に投げナイフが重ねられるのが見える。脚や腕に似たような切り傷が見て取れるのは勘違いじゃねえだろう。

 

「……なぁ、おかしいと思わねえか」

「何がだ?」

 

互いに武器を構えながらも悠長にリィンに話しかけると訝しがりながらも律儀に返してくんだから真面目すぎるっつうんだよ。

 

「なんで俺たちのやりとりに邪魔が入らねえんだって」

「────!」

 

リィンが疑問に対し一瞬思考を回し始めちまったせいで生まれたほんの僅かな隙間にセリが突貫してくる。その背中をデュバリィが守る形となり、リィンは瞬間、俺とセリのどちらを防御するかで択を迫られ、緋い斬撃を飛ばしながら後退した。

それを敢えて受けながら、消火ついでに転がった────その隙間にナイフは投げられる。

 

「これ、は……」

「繋がった!」

 

セリの挑発戦技からの強制介入による動作停止に昏倒しねえ程度にダメージをぶち込もうとした瞬間、そいつは赤い二丁トンファーに遮られた。見えるは意志の強い緑の瞳。

 

「ここは私たちが!」

「ハッ、こんだけヤるならオレたちも混ぜろってんだ!」

「クラウ=ソラス、最初から全力モードでお願いします」

 

セリからのデバフを貰ってる三人が後ろに下がり新VII組の三人が前に出てくる。おうおう、教官を守ろうとすんのは健気だな!だけど年下だからって容赦は────。

 

「先輩!」

 

と、双刃剣を握り込んだところでリィンの悲痛な叫びが響き戦場が一旦停止した。

 

「こんな生き方、本当にいいんですか!?」

 

ナイフを投げられた時に誤って何か流入したのか胸元を押さえるリィンにセリは、構えていた剣を両方とも下ろし首を傾げる。表出した仕草は、どこかアダルウォルファにも見えるような気がした。

 

「リィンくんはいつもそう訊くね。残酷なほど、真っ直ぐに」

 

それはかつてのパンタグリュエルでのことを言ってるのか、本当のことは当人たち以外に解りゃしねえがそれでも会話は外野を置いて進行する。

 

「黄昏という世界を巻き込んだ騒動に、起動者でも魔女でも外にも通じていないただの一個人に何が出来る? 何も出来ないならせめて愛した人の最期によりそって、相手と自分の心を守ろうとすることは、そこまで君になじられなきゃいけないこと?」

 

寂しそうに笑うその声は、表情は、この場にいる全員を自分の感情に引きこみ、そうして。

 

「────ねぇ、教えてよ」

 

認識に一瞬のラグを作ったと同時に霊脈からのブーストで一足で近付いたように見えるセリに応戦するリィンの太刀は、やすやすとその細い腹を突き破った。赤い液体がだぱりとこぼれる。

 

リィン自身に"相手へ致命傷を与えない"技量がないなんてことはない。俺が死んだ後に起きたクロスベル戦役では騎神を操りながら共和国に人的被害が出ないよう立ち回るなんつう不器用に器用なことをやらかしてたって話だ。不殺を貫く武官なんて笑い話にもならねえ。それでもリィンはやり切った。

そしてソロで活動し続けてたセリの"致命傷を負わない"技術はピカイチだろうことは疑うべくもない。怪我を負うってことは行動不能への第一歩であり、行動不能は死と同義だ。

だっていうのに、今の光景はそのすべてから真っ向に矛盾する。

 

「先輩!?」

「……相克に挑むと言うのなら! 相手を殺す覚悟を身につけてから来るべきだ!」

 

焦燥を滲ませる声に対しリィンの襟を引っ掴んだセリは叫ぶ。

つまりその甘ちゃんな精神をぶっ壊す為に自分の身体を差し出したってわけだ。いや敵に塩を送ってる時点でどっちが甘ちゃんだよと嘆きたくなるが、それに呼応してか場が金色の光に包まれる。

 

「どうやら相克の準備が整ったみてえだが……どうするよ、リィン」

 

刀身を伝いこぼれる赤い血は今もリィンとセリの足元をばたばたと濡らして止まらない。それでも、殺し合いをするっていうのはこういうことだ。相手の血も誇りも技術も、そして亡骸さえ含む全部を踏み越えて行くしかねえ。

 

「────っもちろん、やるに決まってるだろ」

 

リィンの言葉を聞き届けたセリは自ら退避することで刀身を体から抜き、リィンを解放する。

いまだにこぼれる体液は、かつて俺たちがまだ一年だった頃に鉱山で戦った時を思い出させるかのようで、回復魔法をかけようと行動しかけたら強制停止を食らった。

見れば、要らないというジェスチャーをするセリをデュバリィが迎えに行くのが見えて、温存しろってことかよと笑ってオルディーネの元へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれ、さま、でした……デュバリィさん」

 

多少無茶をやった自覚はあるけれど、それでも必要だったろうと思う。死ぬつもりはないが、それでも相手を殺すという気概を持ってもらわなければこっちだって困る。相克が場の闘気を読み取るのなら尚更。

 

「……貴方は本当にこれでいいんですの?」

 

肩を借りながらなんとか壁にたどり着き、どしゃりと座り込む。

向こうのほうでエマさんとガイウスくんが心配そうな顔で術を構えようとしているのを、いいからいいから、と手で振っておく。一応今のところ敵同士なんだからその辺の線引きはしっかりしておいて欲しい。

は、と息を吐きながらARCUSIIのクオーツを入れ替え駆動を開始し、ティアラルを唱えて皮膚や臓器その他を簡易的につなげ血液の流出を止める。これで失血死だけはなくなった。

 

「いいも何も、もう、私に出来ることは……ないですから。それに、こういう役目なんです」

 

言葉を紡いでいると蒼の騎神と灰の騎神が相対し、互いに得物を構える。前にも見たことがある光景。

でも、すこしだけでも役に立てたんじゃないかと思う。クロチルダさんと戦術リンクを繋いでお互いのことが隅々までわかっているかのように戦う二人を後ろで見ていた頃よりは。

 

『……クロウ。相克が真に騎神同士の奪い合いであるのなら、起動者についてはどうなんだ?』

 

けれどリィンくんは戦いの前に消化しておきたいのか疑問を口にする。

 

『もちろん"贄"である俺もどうなるかは分からないが……さっきセリ先輩が"最期"と言ってたように、帝国の呪いに生かされている不死者であるお前は、負けたら』

 

────おそらく、使用済みの駒として盤面から排除されるだろう。だからこそ戦って、勝ち続けることを選んだ。その中でこの騒動をどうにか出来る手立てはないかと調べるつもりではあったにせよ、短い時間の中で共にいられる手段がそれだと私たちは認識していた。

 

『ま、そのあたりも最終的にはやってみなきゃ分からねぇだろ? 大体お前、闘り合う前からなに勝ったつもりでいやがるんだ。肚ァ括れや────後輩』

 

蒼の騎神が纏う闘気がより一層輝きを増す。

 

『"世界"の底が抜けようっていうこの状況で……終わっちまったヤツ相手にウダウダ足踏みしてる場合か!』

 

死人は死人だ。生者が気にかけることは許されど、過度に時間を使うことは結局浪費に他ならない。それでも私はそうすることを選んでいたし、クロウも理解していたからこそ、騒動を解く鍵となるリィンくんに発破をかける。まるで、そう、最後の最期まで先輩らしく。

 

『っ……! いいだろう──だが訂正してもらうぞ。俺たちの仲間で、先輩で、常に先を行っていたライバルを……そんな安い言葉で片付けたことを!』

『上等だ、掛かって来いや────リィン!』

 

蒼と灰の、正真正銘最後の戦いが始まった。

 

「……デュバリィさん」

「どうかしましたか?」

「黒の工房で……いえ、パンタグリュエルに居た頃から、ありがとう、ございました」

 

白銀の戦艦への乗艦時は、たまに見かけることはあれどお互い言葉を交わすことはなかった。むしろ高潔さを体現するこの人にとって、恋や愛に身をやつして武器を手放し続ける選択をした私は理解不能な存在だったろう。

それでも黒の工房では何かと気にかけてもらっていた記憶はあるし、何より星洸陣に触れる機会を貰えたのは私の人生にとってとても幸せな瞬間だったと思う。

そうして、こんな真っ直ぐな人を殺し合いのお膳立てに巻き込んでしまって。

 

「……わたくしは、別に貴方を憐れんでいるわけじゃありませんわ」

「あは、そんなことは思ってませんよ。……でも、ごめんなさい」

 

憐れみと表現するにはデュバリィさんが持つ光は強すぎる。この人はこの人自身の心に従って行動しているだなんて、分かり切った話だ。

 

「ただわたくしはマスターが選択したこの黄昏というものを見極めるために己の意思でここにいるのです。だから貴方が感謝する必要も、ましてや謝罪を行う必要も、ありません」

 

その強い言葉に、場違いにもふっと笑いがこぼれてしまう。愛する人から、お慕いする相手から離れてでも、自分の心に従い行動に移せるというのは何にも代え難い素質だ。私もそれだけ強ければ、どこかで何かが変わっていたのだろうか、なんて。それについてはもう結論づけているというのに。

 

蒼と灰は一進一退の攻防を続け、しかし覚悟を決めた灰の攻撃の方が僅かに蒼を上回っていくのが見え、ぎゅっと両手を握る。

 

「そう言い切れるデュバリィさんのこと、わたし、すごく好きですよ」

「な……っ、そんなことを言ってる場合ですか!」

 

本気なのに冗談だと取られてしまったのか怒られてしまい、硬く緊張する心がすこしだけほどけるのがわかった。ああ、デュバリィさんがここにいてくれてよかった。でなければきっと私はもう泣き出してしまっていただろう。

 

そうして────灰が弾き飛ばした双刃剣が大きな音を発てて私たちの横に突き刺さる。

ここは私が戦場から外れたと見做せるような場所だ。取りに来られるような距離じゃない。

 

「勝負アリ、ですわね」

 

見届け人として立ち上がったデュバリィさんがそう言葉を落とすと同時、蒼の騎神の輪郭がボヤけ始めた。相克の完了。霊窟もそれを認め、力は収束に至る。

膝をついたオルディーネの前に、核から出てきたクロウもまた同じように膝をついて出てきた。それはかつての再演のようで。

 

「なるほど……オルディーネの力と一緒に、今まで生かされてた俺の力も、灰に……。これを繰り返すことで────全ての、元凶たる……」

 

何もかも理解したかのように、だけど譫言のように呟くクロウに、お腹を押さえながらよろよろと近付いて膝をつく。ばたばたとエマさんとセリーヌさんが治癒の魔術を行使しようとするけれど、これは理であって怪我じゃない。意味が、ない。

 

「セリ……本当に悪いな……こんなくんだりまで連れてきて……」

「ううん……むしろ、ごめんね。傍にいることしか出来なくて」

 

二年前は涙が止まらなかったけれど今日はもう、覚悟していたから。だからせめて、笑顔で見送れたらと思う。君の最後の記憶の中で笑っていられたならそれは幸せだろうと。

 

「……お前には、それを一番……して、欲しいんだっつう……の……」

 

笑いながらも、自分の体を支えることも出来なくなったのか傾ぐ身体を受け止めると、もう既に身体の向こう側が透けていて、自分の手と床がクロウを透過して見える。重さも殆どない。

 

「……二度目の死なんざ格好、つきやしねえが……ま、俺の力はお前らに生きるし……お前らがいればアイツも大丈、夫、だろ……あと……」

「アンのことは私が何とかするよ。ジョルジュを殴るのも、トワへの説明も」

 

心配性な恋人の懸念を引き継ぐと、紅耀石よりすこし暗いわたしの大好きな瞳を細めて、ふっと笑う。

 

「延長戦に付き合わせて……ほんと、わる、か、った……甘ったれな、アイツ、を……よ、ろ……」

 

意識が朦朧としてきているのか言葉にも力がなくなっていき、特務科の子たちが懸命に声をかけ続けてくれる。

でも、もう、クロウはここまでずっと頑張ってきた人だ。死という安寧が訪れたと思ったら黒の工房なんていう組織に死体と魂を利用されて、だからここで消えられるなら、もうこれ以上振り回される心配もなくなる。それなら────。

 

「甘ったれはどっちだ!」

 

私の背後からそんな怒号が飛ばされ、感情を露わにした足取りで騎神から降りて来たリィンくんが私たちの傍に膝をつくと、もたれかかっているクロウの襟をさっきの私のように片手で引っ張り上げた。

 

「巫山戯るな!! クロウ・アームブラスト!!」

 

そのあんまりな行動に私は怒るべきだったのに、声の強さに思わず呆気に取られてしまう。

ここ最近の彼は、正直に言えば諦念に染まった瞳の色をしていたのに、いつからこんな色を持っていたのだろう。否。私が、見ようとしていなかっただけかもしれない。己の感情から目を逸らすために。

 

「世界の底が抜けかかってるこの状況で、自分だけ先に退場するつもりか!?」

 

瞬間、反応しかけた利き手を力のない手に絡め取られる。もちろん振り解こうするのなら思うよりも簡単だったけれど────この世界でいま一番大切にしたい人に請われてしまったら、そんなこと出来やしない。

ぼろりと、我慢していた涙がとうとうこぼれ落ちた。ねえ、どうして、きみは。

 

「まさか────?」

「……融合するはずの力を押しとどめ……いえ……っ」

「逆流させているの!?」

 

周囲の、特に術に詳しい三人の困惑した声でクロウと一緒に顔を上げると、ヴァリマールが剣を持たない左手をオルディーネに掲げ、収束に至る筈の力を、そう、明らかに拒絶している。

 

「何が相克だ……誰が受け取ってやるものか……! そんな事をするくらいなら生きて、生き延びるために足掻け!」

 

懇願するようにリィンくんが叫び、そうして、苦しそうにクロウの首元に頭を預けた。

 

「セリ先輩に、あんな……あんな覚悟をさせていいわけがないだろ……!」

 

リィンくんのその言葉に、ああ──私が煉獄へ堕ちるために決めた行動を視てしまったのか、と申し訳ない気分になった。クロウの下へ行くために、女神を見限り、そうして阻止されてしまったとはいえ自死を選んだという確かにあった結末を。

 

「だから戻ってこい────クロウ!」

 

瞬間、オルディーネを介してヴァリマールとクロウが繋がったのを感知した。戦術リンクではない、完全に異なる形のコンタクト。

理の否定……横紙破りと言ってもいいその行為は、嬉しいはずなのに結局、起動者と非起動者の間には超えられない溝があるというのを痛感してしまった。どうであっても共に生きるのではなく、寄り添う者という形でしか在れない。

そんなのとっくにわかっていたのに、駄目だなぁ、私は。先輩失格だ。

 

「はは、わがまま、やろー、が……」

 

私の心情を知ってか知らずか苦笑をこぼすクロウは"重い体"を私に預け瞼を下ろし、そうして別方向からもどさりと重量が被さってきて思わず見下ろした表情は────どちらも晴れやかなもので怒るに怒れなかった。

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