[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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25 - 08/20 友との再会

1206/08/20(日)

 

借りた管理小屋の片付けをして身支度を整えていると、着替え終わったクロウから肩を叩かれた。どうかしたのかと思って見やれば自分の左耳をつんつんするので、ああ、と上から外していく。

 

「蒼の方はそのままつけててくれや。通り名にしてくれたってのもあるが、似合ってるしな」

「……逆説的にフープは似合っていないと」

 

別に通り名にしていても別の蒼を当てがう選択肢も(一応は)あるので返却を求められるならそれでいいと思っていたのに、言われた言葉があんまりなので瞬間的に反応してしまった。

 

「別に自分でも似合ってるとは思ってねえだろ」

 

その指摘にゼノさんとのやりとりを思い出し、まぁ……ね、と煮え切らない言葉になる。言うほど無理してる感じ出てるのかな。自分じゃわからないものだ。

クロウはといえば拭いて渡したピアスをそのまま────二年ぶりなのにさしたる抵抗も見えずちゃかちゃかとつけていった。左の耳に、銀色の三連。見慣れた姿。

 

「意地みたいなものだったのは認めるよ」

「だろ」

 

忘れられるならそれでもいい、と言いながらボディピアスであるのをいいことに四六時中つけて、他者から与えられた物だとしても通り名にしてしまい、身元が確かな相手からのデートもお見合いも全部断って、故郷にいる理由の大半を整理してなくして、それで一体誰が誰を忘れたいと思っている?なんて。

 

「だからその意地は責任持って俺が貰い受けんだよ」

「……気障」

「そんでもそれに惚れてるのは?」

「セリ・ローランドさんですよーもー」

 

にやりと口角を上げる君は、少し髪と肌の色が落ちてはいるけれどやっぱりわたしが大好きになった姿にぴったり重なるもので、二の腕に頭を預けながら笑ってしまった。

端々に覚える差異に目を背けているとはいえ、君と笑い合える日がまた来るなんて思わなかったから。

 

 

 

 

「……あれが名物カップル、なるほど」

「アル、あれを参考にするのよくないと思うのよ」

「名物っつうかただのバカップルじゃねえか?」

「仲がいいにこしたことはないだろう」

「うふふ、あんなにあまい姿、素敵じゃありませんか。私も教官と、なんて♡」

 

 

 

 

そうして天の車とも呼ばれる星杯騎士団所属の守護騎士に一機渡されているという、霊子駆動の飛行艦メルカバに乗り込み私たちはブリオニア島を後にした。艦から供給される霊力で騎神と機甲兵を飛翔させているようで思ったより私の体に負担はない。取り敢えずの行動に支障はなさそうだ。

 

しかし無事に島を出ても一昨日……おそらく私たちが海都へ入った後に帝国各地の警戒が強化されたようで、いくら光学迷彩があるとはいえおいそれと帝国を回ることは出来ないようで、現時点で覗けるのは西部のごく一部なのだとか。

エリンの里に降りられるならマンドラゴラとか霊力回復を促進させてくれる材料を仕入れたいところだけれど……ロゼ殿にはち合ったら物凄く怒られそうだなと思わないでもない。こわい。

 

そうして今日はリィンくんを中心としたパーティが各地を調べにいくことになった。

私は内勤がほぼ確定しているので(現実逃避ではなく)オペレーターとしてコンソールに慣れたいとガイウスくんにお願いしたら、心配はされたものの無事に許可を得られたので向かって右側の操作盤に腰を据える。

霊子駆動で騎士団所有というのだからそれなりに古めかしいかと思ったらその正反対で、だいぶ最新鋭の機器を積んでいてそんな場合ではないというのに心が躍ってしまう。

そして霊力を無駄には出来ないのであまり多用は出来ないけれど、有機物無機物関係なく意識して触れたら"解ってしまう"という私の能力は危なっかしい反面、あまりにも反則技染みた能力だなぁとしみじみ感じた。

 

とはいえ感情が昂っていると相克の前哨戦でリィンくんに想念や思考が流れ込んだようなことも起きてしまうのでもっと上手く扱えなければならないのだけれど。

誰だってあんな、他人の感情を断りもなく流し込まれるなんて気持ち悪いだろうに。

 

キーボードを叩いて各地の今まで会ってきた中で特に信頼出来るだろう筋に発信元を偽装しながらコンタクトを取り、何かいい情報を買わせてもらえたらいいけど、と結局海上要塞以来連絡出来ていなかったトワに思いを馳せる。

ARCUSIIにつけていたトールズ校章を模したストラップもいつの間にか取れてしまっていたし、何とか無事な姿を早く見られるよう尽力すると改めて心に誓った。

 

 

 

 

暫く作業してから、あんまり根を詰めすぎても作業効率良くないな、と中座しラウンジへ飲み物を貰いに行くとクロウとリィンくんがVMをやっているのが見える。

 

「お疲れ様です、先輩」

「ん? うん、お疲れさま。二人はお茶してるのかな」

 

入ってすぐのところにある簡易厨房のようなカウンター席からユーシスくんとクルトくんに声をかけられ、香りのいい琥珀色の液体にすこしだけ首を傾げた。

 

「はい。母のブレンドティーで、紅茶がお好きとのことなのでユーシスさんに出してました」

「先輩もどうですか。爽やかで奥深い風味が絶品ですよ」

「じゃあ一杯ご馳走になろうかな」

 

空いていたユーシスくんの隣、角席に座ってカウンターに入るクルトくんを眺める。

普段は珈琲を飲むことが多いけれどパンタグリュエルにいた時は紅茶の方が多かったし、なかなかに口が肥えてしまった自覚はある……けど、確かに香りもいいしユーシスくんの太鼓判は信用しようと思ったのだ。

 

お母さまの趣味もあるのか慣れた手つきで淹れてもらった紅茶を一口。

 

「ん、美味しいねえ。ハーブが入ってるのかちょっとスッとする感覚があって飲みやすい」

「ええ、俺もそう思います」

 

同意してくれるユーシスくんは本当に美味しそうに飲むもので、そういえばご実家の味がハーブチャウダーだったな、とかつての特別実習中に判明したエピソードを思い出した。

 

「ありがとうございます、母もきっと喜んでくれるかと」

 

いろいろご家族とも離れて不安だろうに、それでも自然と他人を気遣えるVII組の子たちの人間性の高さに、見習わなきゃなぁと心の中で嘆息する。私なんて自分のことですぐにいっぱいっぱいになってしまう。

 

「そういえばクロウさんってVMやってなかったんですね」

「ああ、クロウが生きてる間に流行ってたのはブレードっていう北方発祥のゲームだったから」

 

カウンター内に入っていたユウナさんから振られた話題に該当方向を見ると、実戦もやってみよう、とルール説明やコンボの紹介などを終えたらしいリィンくんがクロウと試合を開始するのが見えた。

どうやらVMをやったことも見たこともない完全初心者……のフリをしているようだ。

 

「……悪い顔してるなぁ」

「というと、やったことがあるとか?」

 

クルトくんの言葉に、プレイ経験がないのは本当のことだと思うよ、とは一応肯定しておく。ただ西風面子がそれなりにハマっていたのでラウンジでプレイしている姿はちょくちょく見ていたし、クラウゼル氏は私にルールを教えてくれるぐらいには優しかったのでジークフリードに対してもそうだっただろうことは想像に難くない。

 

「ま、でも、彼が未だいたいけな後輩だと思っているなら痛い目をみたらいいよ」

 

ぽつりと三人にだけ聞こえる声量で呟くと全員首を傾げるので、ふふ、と笑って立ち上がる。

 

「勝負の行方を見てたらわかるんじゃないかな。紅茶ありがとう、ご馳走さまでした」

 

自分の感覚が二年弱もズレているだなんて、本人にとっては全く実感などないのだろう。

だけどそんなことはお構いなしに時間は進んでいるし、庇護者から離れた場所で戦争に武官として参加させられ灰色の騎士と崇められた彼は手早く大人にならなければならなかったのだ。

そう、彼がよく頑張っていることも、この状況を何とかしようとしているのも────クロウの現状を諦めていないことも、オルディーネと繋がっているからこそよく伝わってくる。憎むべきものなど何もないとも。だからこれは自分の問題だ。

 

「時間の経過は、君が思っているよりもずっと残酷だよ」

 

ラウンジからの階段を上がり廊下で一人呟いた心の内は、誰にも聴かれず空気へとけた。

 

 

 

 

そうして要請対応や各地の調査でサザーラント着陸を繰り返す中、メルカバの最新機器を使った哨戒に注力していたら個人メールの方に連絡が二通ほど入ってきていて文面を確認し驚く。

 

すぐさまロジーヌさんへ告げると喜びの色が浮かびかけたのも束の間、ぎゅっと表情を引き締め、リィンさんたちへ伝えましょう、と"騎士"然たる眼差しで言ってくれた。

私が知っていた彼女はたまに赴いていたトリスタの教会で女神さまへ奉仕する女学生の姿だったけれど、本来の職務はこっちの方だというのはそれを見て更に納得を深める。

 

そうしてロジーヌさんが連絡を入れたところちょうど要請対応の終わりだったらしく地上探索組を回収し、喫緊の案件について話し合うことになった。

 

 

 

 

「────その、疑うわけじゃないんだが、確かなんだな?」

 

捜索を始めてこんなに早く"らしき"人物の情報が上がってくることに違和感を覚えているのか、偽の情報を掴まされている懸念でリィンくんが念を押すように問うてくる。正しい。

 

「ええ、ラマール州都・海都オルディス、そちらにとある重要な方々が軟禁されているとの情報がありました。ですよね、セリさん」

「それなりに懇意にはしてる二人からの情報だし、私を売るパターンを考えたとしてもどこかしらで思考に意味が通らなくなるかな」

 

そもそも灰色の騎士と私が現時点で繋がっているという話は裏社会であっても表では出回り難い状況だし、宰相側が私をエサにリィンくんを捕まえたいのだとしてもやろうと思えば騎神同士が呼応すればいいし、そもそも黄昏の強制力とやらがあるのなら探し出す必要なんてない。

いろんな意味でちぐはぐになってしまうのでその線は捨てていいと私は判断した。

 

齎された情報は二つ。

一つ目は海都側から『公爵家城館にやんごとなきお方とそのお付きが軟禁されている』。

二つ目は歓楽都市側から『要人移送のような物々しい一団が通過、その中に背が低く白い制服の女性もいたように思える』と。

 

「……あと妄言になりかねないから黙っていたけど、リィンくんがトワと繋がった一瞬、私も彼女を捉えていてね。そこに皇妃殿下のお姿と……ラマールの紋章が掲げられた一室が見えたんだ」

 

情報源として自分以外が確認出来ないあやふやなもので指針を惑わせたくない、という行動原理を発動して黙っていたけれどここまでピースが嵌まるのであれば伝えてもいいのではないかと。

 

「どうかな?」

「先輩がそこまで保証するなら俺にとっては充分です。ありがとうございます」

 

情報が確定したのなら動く方向に舵を切るのだろう、といったところでミュゼさんが複雑そうな表情で街の名を呟く。

 

「ミュゼの故郷だったわね。前はあの偉そうな貴族のせいでグダグダな展開になったけど」

「バラッド侯か……前回の失態で暫定統括者からも外されていたが聞いた話だと、現在あの都市を統治しているのは」

「カール・レーグニッツ……という話だったな。トールズ関係者にVIPの軟禁……立場を考えれば知らないはずはない。何かしらの形で関わっているのは間違い無いだろう」

 

ユウナさんとクルトくんの言葉を引き継いだのはもちろんマキアスくんだった。鉄血宰相殿の盟友であったとされる政治家……現帝都知事だというのに戦争反対派であることが災いしたのか海都に飛ばされたその人の息子である彼は強く拳を握る。

 

「だがあの御仁が自らの意志で、というのは考え難いだろうがな」

 

改革派と貴族派は利権的に潰し合いをしていたとはいえ、当主代行を担っているユーシスくんからレーグニッツ知事の高潔さをその政策等から感じ取っていたとわかる言葉が出た。……場違いではあるけれどあの四月のナビゲーターを務めた先輩としては少し感慨深いものがある。

 

「次の目的地は決まったな。俺たちの大切なものを取り戻す、これをその第一歩にしよう。レーグニッツ知事との再会も含めて」

「……ありがとう、リィン。僕も肚を括るつもりだ。司法監察官として父さんの統治の正当性を確かめるためにも!」

 

その言葉に、身内が敵であるかもしれない、という状況が来るかもしれないことをきっと彼は何度となく考えていたんじゃないかと思った。だって司法監察官だなんて、政治家である父親とは真っ向から対峙するような職務だ。……いや、綺麗事を言えば同じ方向を見ているのだけれど所詮綺麗事に過ぎない。

 

「ま、海都方面なら俺も力になれんだろ。オルディーネ含めそれなりに縁があった街だしな」

「ふふ、私も公女として故郷の状況を確かめるためにも」

「故郷の今後にも関わりそうだ。オレも付き合わせてもらうぜ」

 

クロウにミュゼさんにアッシュくん。ラマール州近辺と繋がりのある面々が手を上げ、土地勘のある人たちがこれだけ揃っているなら安心だと心の中で強く頷いた。

 

「こちらもさっそく潜入ルートと決行日を詰めにかかるとしよう。やり残したことがあるなら今の内に片付けておいてくれ」

 

艦長であるガイウスくんの指示に全員で頷き、教会所属の人たちとオペレーターメンバーであらゆる事態への想定を開始した。

通常であれば潜入なんて一番役に立てるだろうに、残念すぎる。

 

 

 

 

スケジュールを確定し、リィンくんたち地上探索組も要請をこなし終え、明日への準備も含めエリンの里の様子を見に降りるという話が持ち上がった。里の中なら万が一倒れても危険はないと外出を許可されたためリィンくんたちに紛れそーっと南にある広場から北東にある月影亭へ抜けようと……した、ところで。

 

里の中央で缶蹴りで遊……霊力の流れ的には講義を兼ねているらしきロゼ殿とばっちりと目が合い、その鋭い瞳にヒュッと喉が狭まった私を指差してから静かにアトリエを示した。

いや、わたし、霊力の回復料理について教えてもらえないかってライザさんに交渉しに来ただけなんですけど……と目で訴える暇もなくロゼ殿は行ってしまう。

あああああ、と内心で頭を抱えても状況が良くなるわけでもなく、これを無視した方がより怖いと判断し、大人しくロゼ殿が普段住んでいていざという時は集会場や砦の役割を担うお屋敷の方へ歩を進めた。

 

コンコン、とドアノッカーで扉を叩いたけれど中にいる人の気配が動かない。さすがに家主の許可が(おそらく)出ているとはいえ勝手に入るのもなぁ、と悩んで立ち尽くしてしまったところで家屋側から引っ張られるような感覚。

ん、と思ったものの取り敢えず従っておこうと引っ張られるままに大きなテーブルが設置されている右手の部屋へ向かうと、月影亭のおかみさんであるライザさんに、薬師のアウラさん、そしてロゼ殿を抜けば一番古株の魔女であるダリエさんが揃っていた。

 

「あ、皆さんでお話し合い、ですか?」

 

ライザさんがこっちにいるからロゼ殿も教えてくれたのかな、と胸を撫で下ろし近付いていく。

 

「ええ、第一相克の結果はこちらにも届いているし、下手したら大崩壊に近い出来事が起きるかもしれないもの」

 

大崩壊。女神さまと人間の距離が近かった時代────すなわち神代ともいうべき1200年前にあった出来事。島でクロウやデュバリィさんと話したこともそう的外れだったわけでもないようでゾッとした。

 

「それに加え霊脈の乱れで転位石が使えなくなっていてねえ」

「みたいですね」

 

広場から里へ入る際、転位石が設置されている場所を通過するのだけれど淡く明滅を繰り返していたので整えようかと考えはしたが魔女の方の術式を知っているでもなし、余力があるでもなしでそのままにせざるを得なかった。

 

「それはそうと、随分と無茶をしたようじゃないか」

 

おや?

 

「そうねえ、軽く霊視しただけでも随分と霊絡がぼろぼろになって」

 

んん?

 

「だから基礎を教えて鍛える方が結果的によかっただろうと長には言ったというのに」

 

これはもしかして、怒られてこい、と言外に言われただけなのでは?

 

「……皆さん忙しいみたいなので出直してきますね!」

 

理解顔で拳を握り踵を返そうとした瞬間、ぐえっ、と変な声が出る。さっきの引っ張られる感覚を強くしたようなもので首元を掴まれたらしく、誰も立っていないことからやはり魔術の一種だと理解した。

 

「まぁまぁ一晩くらいゆっくりしてお行きよ。宿であるうちにならベッドはあるからさ」

「ふん、妖精の湯にでも浸かってその辛気臭いツラ何とかしな」

「それじゃあ取り敢えず、薬膳温泉宿泊のフルコースね?」

 

────結局、大人数がメルカバで寝るのは不可能ではないが戦闘を控えている以上不適当と判断され、全員エリンの里でお世話になることが決まった。決まってしまった。

 

 

 

 

「……マンドラゴラスープが五臓六腑に染み渡るほど美味しい……」

「全く、本当によくそんな身体で平気そうな顔をしてたもんだよ」

「アンタって隠すの上手すぎじゃない? エマもガイウスもアタシにも気付かせないなんて」

「それなりに霊視は得意になったと思ってたんだけど、まだまだ磨かなきゃ」

「オレも己の不甲斐なさを心に刻もう」

「まぁ近いから見えすぎ+引っ張られる懸念で意識的に視ないようにしてたろ。仕方ねえよ」

 

 

 

 

それから、一緒に温泉入りましょ、とユウナさんに誘われたのをどうやって断ったものかと悩んでいたらクロウが割って入ってきて、一番最後にデートさせろ温泉デート、なんて言葉で全員散らしたのはさすがだと思ってしまった。

人に肌を見せるのが得意ではないし、かといって大人数待たせるのも心苦しいというのを、全部自分のせいにしちまえと言葉なく笑うクロウのソツのなさに心臓がぎゅっとする。

 

そんな言葉に甘え脱衣所のシャワーで身体を洗い、黄昏の影響かすこし肌寒ささえある外気を湯着とサンダルで駆け抜けちゃぷりとお湯に。そこへ脱衣所に入らずそのままやって来たクロウが私へ背中を向け、積まれた縁石にどさりと座る。……見張りのてい、ということかもしれない。

 

「……靴とか濡れるよ?」

「乾くだろ」

 

短い返答に、そう、と返事をして深く温泉に浸かる。

別に、私もクロウもVII組の彼らが不躾に見てくるなんて行為をするとは全く……うん、これっぽっちも思ってはいない。だけど理性でどうにか出来るなら後輩の誘いに困る筈がないのだ。

剣がなく、服もなく、無防備であるということに対する一定の嫌悪感。私はきっとそれと一生付き合わなければならない。そしてそれを強めたのが自分であると理解しながらもこうして一緒にいることを選んでくれるクロウの、ある種のわがままを私は愛している。

 

じわり、じわり。

霊脈上にある霊力がとけた温泉……すなわち霊泉は指先から足先から私の身体を満たしていった。ほのかに光っているかのような偏光色を保つお湯を両手に汲んだり落としたり、手遊びをしながらゆらゆらとお湯の中で揺れる。

霊力が巡る霊絡がぼろぼろであるなんて自分の身体だからある程度は把握していたけれど、正直そこまでとは思っておらず甘く見ていた。とはいえ騎神と起動者のバックアップ霊力になることを止められはしなかったので命の危険はないと見ている。ある程度は残りの寿命と引き換えかもしれないけれど人間なんていつ死ぬのかわからないのだから大して変わりはない。

 

膝に肘をついたクロウの背中を眺めながら最期について考える。

諦めるなと彼らは言う。でも、諦めずに足掻いて、その結果どうにもならなかった時に傷付くのは自分だ。たとえあそこでもっと足掻いておけばと後悔が残るとしても受け入れて心の整理を二人でつけていくという選択を否定されたくはない。

むしろこんな時間があることは幸福だとさえ、思うのだから。

 

「そうだ。ひとつ言っておくけど、明日やそれ以降の戦闘で『オルディーネを呼ぶ必要がある』と判断したら遠慮しないでね。遠慮したら怒る。何とか私を謀ろうとしても怒る」

「……お前が怒ると怖えんだよなあ」

 

いつかの日、ドライケルス広場で一発ぶち込んだのを思い出されたのかクロウがお腹を軽くさする。そういえばあの時は手加減もあっただろうけれど、アダルウォルファの最後では容赦なく殴って来たなと気が付いた。

目的のために手段を選ばないところが変わってなくて安心すらある。クロウのしでかしたことを全肯定する訳では全くないけれど。

 

「私は、君の力になりたいという自分の欲望で、こうして回復行動に勤しんでいるんだよ」

 

だからクロウが自由に動けなければ現在の行動はすべて無為に帰する。まぁ押し付けだと言われたらそれまでだけれど。

 

「……わーってる。いつもあんがとな」

 

ちらりと振り向いたクロウが笑う。銀髪からより色を抜いた髪の向こうで紅色が細められるのを見て、嗚呼、あとどれだけその表情を見られるのか、と感情をぐしゃぐしゃにしながらしっかと心のシャッターを切った。

 

 

 

 

1206/08/21(月)

 

早朝、無事に全員寝坊することなくメルカバへ乗り込み、ラマール州領空へ光学迷彩を展開し突入を果たす。海都とラクウェルの中間にあり警備の隙間になっていたかつての分校演習地跡地へ着陸したのち、リィンくん・クロウ・マキアスくん・ミュゼさん・アッシュくんは海都へ出発した。

 

演習跡地とはいえ別に安全地帯であるというわけでもないので広域哨戒をしようかと考えはしたものの、さすがに本末転倒になりかねないので霊脈へ接続するだけにして艦内で大人しくしていることにする……が、休むというのが私の最優先任務だとは理解していてもぼーっとラウンジで座っているだけというのも落ち着かず。

でもブリッジに行ってもガイウスくんとロジーヌさんに追い出されるというか追い出されたし。艦長副艦長に逆らえるはずもなく。

 

そんなわけでラウンジの壁際の席でふんにゃりとけていたら向かいの席から珈琲が置かれ、同じものを置いた席にユウナさんが座ってきた。何かあったかな、と首を傾げたら、あの、と伺うような声。

 

「セリさんってクロウさんと恋人同士……なんですよね」

「え、あ、うん。一応そうだけど」

 

一応も何も恋人であるのに間違いはないのだけれどしかし死人を恋人と言っていいのかわからず妙な表現になってしまった。けれど気にした風もなくユウナさんは、うんうん、と力強く頷く。まぁいいか。

 

「それがどうかした?」

「あの陽霊窟でのやり取りといい、本当に愛し合っているお二人なんだなって伝わってきて」

「……もしや恋バナに巻き込まれかけているのかな、私は」

「そうです! クロウさんもいないので訊けるチャンスかなと」

 

ユウナさんが拳を握ると同時に他の席で息抜きをしていた……主に女性陣が何食わぬ顔で私たちの机の空いている席へ。待て待て待て待て。アリサさんとかラウラさんとかエマさんはちょっとわからないでもないけれどフィーさんとかサラ教官は絶対に面白がって来ているでしょう!?

だけど私の心を知ってか知らずか、がっちり席が埋まり、訓練室の方から一瞬だけ顔を覗かせたデュバリィさんが関わらないでおきましょうという表情で扉を閉めたのだけが救いだった。

 

「……えー、と。ミュゼさん以外から振られるの意外だったけど好きなんだ? そういう話」

「だって素敵じゃないですか、好きな人が自分を好きでいてくれるって」

「フフ、特にセリ先輩とクロウは本当に仲睦まじかったからな」

 

ラウラさんの言葉に、そんなにところ構わずいちゃついていた記憶はないんだけどなぁ、と思いはしたけれど結局私の主観でしかない。アッシュくんが表現していた通り空気の読めないバカップルだったのかもと今更ながらに不安になってきた。

 

「それで、その、駄目ですか?」

 

私の態度があまり歓迎していないことが伝わってしまい、眉尻を下げられながらユウナさんが問うてくる。うーん、話題を振って気分を紛らわせようとしてくれているのはわかるし、その厚意は無下にしたくないな。

 

「付き合うに至った経緯とかはちょっと、秘密にしておきたい、けど」

「そうですか……」

 

私はクロウとの思い出は心の宝箱に入れて一人で眺めていたい趣味があるようで、自分の精神状況を鑑みると誰かに開示したいとは微塵も思わなかった。でも。

 

「トワとかアンゼリカを交えた日常の話ならしてあげられるよ」

 

そういう賑やかな日々の大切な思い出であれば特に問題はない。

ようは誰かと私、という二人だけの思い出をそのままにしていたい、という話だ。だからトワと私、アンと私、ジョルジュと私、といったものでも話したくないと判断するものはある。クロウだと特に多いだけで。

 

「トワ教官とアンゼリカさん……あ、そうか」

「うん、トワとクロウとアンと……ジョルジュと、私は、リィンくんたちの特別実習の前身である特殊課外活動でARCUSの試験運用をしてたんだ」

 

1203年。まだたった三年、だけど遠く懐かしい日々。何も知らず、未来への展望に暗いものなど欠片もなかったあの頃。

 

「その時もサラ教官が担当してくださってたけど、まぁ概ね想像ついている通りというか」

「実習先で美味しいご飯とお酒飲んでたよね」

「ちょっと、フィー。内緒にしときなさいよ。それに君も言うようになったじゃない」

「多少は成長しましたからね」

 

教官のツッコミに、ふふ、とみんなで笑う。破天荒な教官殿、だけど私たちを確かに見守って来てくれた。感謝と呆れがないまぜになりつつ敬意を作り上げるというのはサラ教官ならではかもしれない。

 

「ユウナたちはARCUSIIの実践配備の一環よね。先輩にはARCUSIIや導力バイクのβテストにも参加してもらってるからそういう意味でも先輩なの」

「そっかぁ、いろんなところが繋がってるんですね」

 

アリサさんの補足に、私はただ便利に使わせてもらっていただけだけどね、と苦笑する。

 

「あとは、旧VII組が一年の頃の話もちょっと」

「あっ、それもぜひ聞きたいです」

 

ナビゲート役をさせられたり、レポートを読んだり、教官の代理で旧都まで飛んだり、ルーレまでバイクで爆走する二人を見送ったり、いろいろやることになったけど、彼らがこうした形で絆を紡いできているというのは本当に感慨深い以外の何物でもない。

 

「まぁ取り敢えず、私たち1203年組の話をしようか。本人たち……特に興味があるだろうリィンくんの許可が取れないところでピンポイントな話はフェアじゃないから」

 

そうして私は(いつの間にかユウナさんの後ろにいたアルティナさんにちょっとだけ笑いながら)、昔のことを話し始めた。

 

 

 

 

「────」

 

ゆっくり話し六月の猟兵崩れの話をし終えたところで、ぐ、と急激に身体の力が抜け始め壁に肩を預ける。外で待機していた蒼の騎神が機甲兵一体と一緒に転位して行った。

 

「騎神、ですね」

「う、ん。公爵家城館に呼ばれたみたい」

 

外の気配が消えたのを理解してかアルティナさんが呟いたそれに同意する。

これ、思ったより持っていかれるなぁ。霊絡を治療してもらっておいてよかったかもしれない。相克だとこれ以上に持っていかれるだろうから慣らし運転の判断をしてくれたのは助かる。本当にそういうところ好き。

 

目を閉じ、自分に命令する。

霊力を吸い上げるのに注力しろ。器として大きいわけじゃないんだから自分に蓄えるんじゃなく純粋にポンプとしての役目を果たせ。

 

は、と息を吐いた瞬間、とすん、と膝の上に何かあたたかいものが乗ってくる。ちらりと見ればセリーヌさんで、私が働かせている干渉力をそっと整えるように、導くように、力を貸してくれて多少呼吸が楽になった。

 

ありがとうと言うことすら出来なかったけれど、さらりと撫でた手で伝わった、だろうか。

 

 

 

 

「……意識が落ちてるわね。仮眠室へ連れて行きましょう。ガイウスにも伝えておくとして」

「では移動は私が────クラウ=ソラス」

「寝てるんじゃなくて気絶、だね。動かされて先輩が起きないなんてことないと思うし」

「それだけキツいということであろうな」

 

 

 

 

「────」

 

目を覚ましたら知らない天井だった。

さほど脆弱でもないと思うのに人生で何度目だこの起床、と眩む頭を押さえながら暗い部屋の中で起き上がり、枕元に置かれていたARCUSIIで時間を確認すると寝ていたのは案外と短く二時間ほどだったらしい。

おそらくメルカバの医務室まで運ばれたのだろうけれど、とARCUSIIを閉じたところで短い歩幅が何度も地面を蹴る気配を覚え心臓が跳ねた。鼓動が身体の中で反響する。自分の息遣いが耳の中で木霊する。

ぎゅ、とベッドのシーツを握りしめた瞬間、扉が開いて光が飛び込んできた。次いで見えるは小さな影──白い制服、タイトなスカート、大ぶりなリボンで留めた栗のようなふわふわの髪、そして……金糸雀のような綺麗な瞳。

 

「────セリちゃん!」

 

起きている私を視界に捉え、ぐしゃりと顔を歪ませ私の胸へ落ちてくるトワ。震える肩を抱き寄せ、そっと小さな頭を撫で、アダルウォルファであった時に考えていた『彼女が無事であるなら私のことなど忘れて幸福になってくれたらそれでいい』なんていう願いは叶いっこないのだと改めて思い知らされた。

その後ろからクロウと、アンがやってきてぱちりと部屋の灯りをつける。

 

「ばかばかばかばか、ずっと……ずっとずっとずっと、本当にいなくなっちゃったんじゃないかって思ってたんだからね……!」

 

心優しいトワの罵倒語彙の少なさに少しだけ笑いをこぼしつつ、前にあった時よりも痩せてるな、とより一層強く抱き締める。

 

「何も言わなくて、その挙句消えて裏切って倒れて……たくさん心労をかけて、ごめん」

「奇妙なほどにトワへ報告する気にならなかったのは私たちの不徳の致すところだ」

「そいつも黄昏の強制力、とやらなのかもしれねえな」

 

ミスを強制力に押しつけるというのはよろしくないことだと思うけれど、でも確かに私たちは掛け替えのないチームであって何かしらのアクションを起こす際に仲間へ報告するというのは身についていた筈だ。だというのにその基本に反して行動を起こしていた。

 

「アンもおかえり……あと、もう消えてしまった紅のロスヴァイセに最後の行いへの感謝を」

 

朧げな記憶の中であってもやたらと身体に触れられた感触は記憶にあるし許すつもりはないけれど、でももう消えてしまったロスヴァイセの所業だというのも事実で、アンゼリカ・ログナーである彼女は理性でそれを制御してくれている。そして私の凶刃をクロウと一緒に防いでくれたのがロスヴァイセであることもまた変わりはない。

 

「フフ、その言葉はしかと受け取っておこう」

 

アンのウインクを久しぶりにきちんと受け取り、ぐすぐすになっているトワがハンカチに涙を吸わせて私を見る。

 

「ただいま、そしておかえり、セリちゃん」

「おかえり、あとただいま。また会えて嬉しいよ、トワ」

 

ぎゅうっとお互いまた最後につよく抱き締めあったところでその手を借りながらラウンジまで移動し、結局アン側で何があったのかという実は私もよく知らない話をリィンくんたち含めてし始めた。

 

 

 

 

「ま、おおよその顛末はこんなところだろう。一応何かあった際に相手を見捨てても逃げるように話していたんだが」

「まさかARCUSIIに仕掛けられてるなんて思わなかったよね。用意周到というか」

「あ、そっか、バーニーズでご飯食べたあの日に……」

「でもその割にセリとゼリカを殺さなかったっつうのはまた何ともだな」

 

私に霊脈荒らしをさせていたとはいえ、元々転がり振って来たような駒なのだから殺したとて何の影響もなかったろうに。遅かれ早かれだ。

 

「朦朧とする意識の中で、『"悪夢"から目覚められるかは女神任せになってしまうだろう……すまない』なんて謝られたが、まぁ都合のいい妄想かもしれないね」

 

肩を竦めるアンは、しかしそれが現実であって欲しいとも思っている。だけど。

 

「ただ、カレイジャスに爆弾を仕掛け、オリヴァルト殿下やアルゼイド子爵にトヴァル殿、カレイジャス乗員を殺したのは間違いなく"彼"だ。全員でもう一度、というのはさすがに無理がある」

 

────大勢の人間を殺したテロリストであるクロウの恋人であることを選んだ私のような存在もいるけれど、やっぱりそれはどうしようもなく罪だ。無論許せなくとも傍にいることは可能……だとしても全員が辛い未来だと理解して選ばなければいけない。

 

「そうだな。オレの期限もあるこったし」

「ま、望み薄だよねえ」

 

クロウの言葉に同意すると、誰も彼も辛そうな顔をする。でも事実だ。それから目を背けるのは決して希望とは言わない。

 

「諦めちゃダメですよ……!」

 

だけどユウナさんはそれを口にした。現実逃避と紙一重のようなことを。

 

「クロウさんのことは……安っぽいことは言えません。でもジョルジュさんとの事は可能性はゼロじゃないですよね?」

「仲間を取り戻せる可能性が僅かにでもあるのだったら、希望を捨てる必要はないのでは?」

 

次いでクルトくんまで。その真っ直ぐさが今はあまりにも痛い。

 

「……そうだな。二年前に果たせなかった、先輩達を勢揃いさせる約束──クロウが戻った今、果たすチャンスかもしれません」

「え、そんな約束してたんだ」

 

……いや、そういえばクロウがリィンくんに手を掴まれながら何か謝っていたような。それか。

 

「まーだ覚えてんのかよ。律儀っつうか何つうか」

「あはは、トールズを奪還した夜に……先輩達を揃って卒業させたいって言ってくれたんだ」

「あの時はジョルジュもいたか……ああ、確かに、諦め切るには惜しすぎる提案だ」

 

アンの情があふれた言葉に、特務科の他の三名も進み出てきた。

 

「協力します。及ばずながら、わたしも」

「アンタらには借りを作りっぱなしだしな」

「一緒に頑張りましょう。アンゼリカお姉様たち」

 

そのひたむきさが一体どこから湧いてくるというのか。いや、でもそれがこの年齢特有の光というものなのかもしれない。何も根拠なんてないのに、心を預けてしまいたくなるような残酷なまでのやさしさは。

 

「────そうだね」

 

言葉と共に僅かに見せた寂しさをたたえた表情は直ぐに消え去り、アンはパシっと自分の掌と拳を合わせ不敵に笑う。

 

「今後は私も戦闘要員として遠慮なく頼ってくれたまえ。練り上げてきた功夫をあいつに届かせてやるためにもね」

「わたしも精一杯頑張らせてもらうよ」

 

ぐっと両の拳を握ったトワにこっそり元気を貰いながら、晩はゆっくりとも忙しく更けていった。

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