[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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27 - 08/23 五つの選択肢

1206/08/23(水)

 

結局、昨日は旧都潜入の手立てを整えるということから私の改造された云々は後回しになった。旧都は地下から入るということは難しいため地上からのアプローチになることは確定しており、更にはそこから城館奥まで辿り着くミッションになる。

 

故にハイアームズ侯爵閣下には後で謝罪をすることを心に誓い城館内の見取り図を思い出せる限り詳細に描き起こし詰めていく……筈だったが、おそらくいるだろう衛士隊を通常配置していくと隙がなくなるような有様だった。数を少なくしてシミュレーションしても仕方ないため、潜入してから手立てを構築するという運びになった。

 

以上のようなことを夜のブリーフィングで共有し、朝にもう一度確認しつつかつて分校の実習拠点として扱われた場所へと着陸した。元々鉄道憲兵隊の非常用路線周辺であるからかひと気が少ない場所が選ばれており、だからこういった作戦にも適しているというのは……皮肉なのか、あるいはそれすらも計算されているのだろうか、と多少背筋が寒くなる。

 

リィンくんたちを見送りラウンジで一息つくと、アンが珈琲を二人分持って私の前に座ってきた。片方は私の方へ。軽く感謝を述べて口にすると、まぁこれがまた見事に"アン好み"の味だ。酸味が強めで、だけどそれを手助けするかのようなしっかりとした苦さ。

珈琲の好みなんて千差万別で、他人の為に淹れようとして自分の好きな味ですらなくなるようならいっそ自分好みの味を淹れて渡すというのはある意味で理に適っているのかもしれない。……そういうところも好きだなって思うから、多分私って自分が思っているよりもアンのことが好きなんだろうな、なんて。絶対本人には言わないけれど。

 

「確認はこれからかな?」

「そうだね。仮面の後遺症と改造方面についてエマさんたちに確認してもらった後、法術でも診られるって」

「至れり尽くせりじゃないか」

 

フフ、と珈琲のマグを傾けながらアンが笑う。私が歓迎していないって分かっているのにこうやって笑うのだから私の友人は本当に大層性格がよろしい。

 

「セリ、準備が出来たわよ」

 

セリーヌさんに呼ばれ、はぁい、とのそり立ち上がり後をついていく。医務室だからラウンジの上、ブリッジと同じ階だ。階段を昇り医務室へ入るとそこには椅子に腰掛けたエマさんとガイウスくん、そして立ったまま壁に背中を預けているクロウ。

事前に言われていた通り靴を脱いで右のベッドへと寝転び目を閉じる。そっと手が取られ、エマさんとセリーヌさんの不思議な二重詠唱を聞きながら私は意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

委員長とクロネコがセリの精神────というよりおそらく魂と呼ばれるそれにふれる。

 

黒の工房製の仮面は、事前準備が必要とはいえ最終的に『登録された役割を果たす』という行動原理を植え付けられるとんでもないシロモンだ。幸いにしてゼリカは特に問題はなかったらしいが、本人の性質が後押しすることで言動・口調・倫理観などがハッキリと書き換えられていたこいつに関してはそう楽観的なことは言えねえという話になっている。

 

それにそもそもゼリカはそのままの流用だが、セリは……黒のアルベリヒの手を経ている。

人間内で稀に発現する《境界侵犯》という性質はおおよそ魔女の領分であり、生命体よりも無機物に力を入れていた地精の興味が向くものではなかった。だが人造生命体を創るに至った地精にとって、人工異能の発現はよりよい技術の発展に必要だったんだろうと理解しちまう。

そこへお誂え向きのような女が降って湧いたなら手を加えたくなるってのが研究者としての性なのかもしれねえ。いきなり0から1を作るんじゃなく、10を100にする方がずっと楽だから。

故に何の罪悪感も抱かずそうした。アルベリヒにとって理由なんてそれだけで十分で、試作だから壊れてもいいもんだと思って運用していた。それすらも有用なデータになると。

 

だが予想に反してセリという器は非常に強靭で、各地のデカめの霊脈へ潜るといった自殺行為を繰り返していたにもかかわらず人格が崩壊することなく今に至ってる。特に帝都の中央に沈むなんて馬鹿しかやらねえだろうってのに。

 

「────はい、ええ、大丈夫ですよ」

 

静かにセリと呼応していた委員長ちゃんがゆっくりと言い聞かせるように呟き、枕元で丸まっていたクロネコも、くあ、と大あくびをして身体を伸ばす。

 

「仮面の後遺症は特に問題ありません。改造の方も……多少は"調整"しましたが、先輩が認識されている以上の何かがあるようには見受けられませんでした」

 

とはいえ、魔術と法術じゃ視えるものも違うだろうと待機していたガイウスが委員長と位置を入れ替え、一瞬だけ躊躇するように指を止めてから、意を決した風情でその手を握った。

 

「────空の女神の名において聖別されし七耀、ここに在り。空の金耀、識の銀耀、その相克をもってこの者の魂魄の逕路を我に示したまえ」

 

厳かな声が医務室に響き渡り、ガイウスの背中に星杯で見せたような黄金に輝く翼のような光──聖痕が浮かび上がる。

 

「……委員長は、セリがああいった体質だってのは最初から分かってたのか?」

 

暫く状況は止まったまんまだろうと判断して声をかけるとガイウスを見ていた目が俺の方に向く。

分け知り顔で俺に解説をしてきたヴィータはセリ本人が認識してるよりもずっと前に会ってたわけだが、委員長とのファーストコンタクトはお互いの記憶にある通りだと聞いてる。だからこそ気になった。

 

「確証は、ありませんでした。私はまだ未熟でしたから。ただ初めて会った時から気になる方だったのは確かで……でも本来はその程度で済む体質だったかと思います」

 

その程度というには、傷つけられたもんが多すぎる。肉体、精神、尊厳。だがそれは(俺の感情を抜きにして)言ってしまえば所詮一個人が被るレベルの問題で、この世を揺るがせるもんじゃない。世界の敵になる素質なんか欠片もなかったってのに。

 

「戻せねえんだよな、たぶん」

「……はい」

 

改造とはすなわちつくり変えること。本来の機能へ単純に足したりしただけの事柄には使わない。根本に手を入れ、効率さを追求し組み換え、それを完成品とする。

《境界侵犯》なんて生ぬるい表現じゃなく、《境界破毀》とでも名付けたらいいのかとさえ。

 

「守りたいと思ってても俺の手が届く範疇の案件じゃねえな、もう」

 

そもそも俺は黄昏が終わったら消える身で、生者でありこれからの未来が存在するセリに対しそんなことを考えるなんてのは烏滸がましい。

 

「だとしても、クロウさんの隣を選んだのはセリ先輩の意志です」

 

咎めるような声に少しばかり驚いちまったが、ああ全くその通りだと頷く。

伸ばした手を引っ込めようとしたらむしろ突っ込んできて襟元を引っ掴んでくるようなヤツだ。

 

そんな会話をしたところでガイウスの背中に展開していた聖痕が薄れ空気へ溶けていった。

こぼれる深い吐息と共にガイウスの顔が上がり、ただちに対処しなければならないようなものは見当たらなかった、という結論が下される。

 

「工房長による改造と聞いて技術隠匿か精神危害などの為に時限的な何かを組み込んでいる可能性も探ったが大丈夫そうだ」

「そいつは何よりだ」

 

あの男ならやりかねねえ話だ。だがそもそもセリがここまで保つというのが計算外だった可能性もある。使い捨ての駒で、死んだら死んだで特に問題なかっただろうからな。

 

一仕事を終えたガイウスが立ち上がり、ここを頼みたい、とセリーヌに了承を得つつ俺と委員長に視線を寄越すもんだからそのまま連れ立っていけば甲板に出る。空を飛んじゃいないから軽い丘に囲まれた草はらに森、そして線路だけが見えた。

 

「オレは、この戦いが終わったら先輩はどこかしらに所属した方がいいと思っている」

「……そいつは教会が保護してくれるって話か?」

「先輩が望むのなら」

 

七耀教会星杯騎士団所属守護騎士第八位・絶空鳳翼が言い切るんだ。何があったってセリの実力に見合ったポストを用意するだろう。たとえ反対意見があったとしても本人の技量で黙らせられることまで加味して。

個人的にはあいつを政治闘争に巻き込まないで欲しいと思っちまうが、蝶よ花よと囲われることをヨシとするわけがねえからそこはもう仕方がない。

 

「私たち魔女も同意見です。改造を戻すことや完全な封印は出来なくとも、里に所属することで守れる範囲は広がるかと。……多少の不便と引き換えになるとは思いますが」

「方向が多少異なるとはいえ、それは教会所属となっても同様だな」

 

まぁたとえ完全な封印とやらが出来たとしてもセリはそれを選ばねえだろう。改造後の人工異能はともかく、生まれた頃から境界侵犯とは共にあった。

そいつはでけえデメリットを抱えてただろうが、あいつの類稀なる気配感知にも貢献してることは考えずともわかるこって。それを今更手放すだなんて選択が出来るわけもねえ。感覚器官をひとつ切除すると同義になる。

 

「ですが先輩の力は何の庇護下にもない個人が持つにはあまりにも危険過ぎます。……下手をしたら討伐対象にすらなり得るものです」

「だろうな」

 

セリが翠のアダルウォルファであった瞬間、確かにあいつは世界のすべてに仇なす存在だった。仮面が取れ、意識を取り戻し、俺を介して、世界の終わりを阻止するべく動いているリィンに力を貸しているからこそ見逃されているだけで。

 

「そして国家に所属するにはパワーバランスの問題も生じてしまうし、遊撃士という道を目指すには自身の命を賭けすぎる。あるいは……いや」

 

通常、個人で行える破壊活動にはどうしても上限が発生する。だがセリは単独行動、ましてや複雑な装備もなく、ある程度の条件が必要とはいえ自分の身一つで都市機能を壊すことだって出来ちまう。そんなのは、もう、もはや人間とは言えないんだろう。兵器だ。

澱む言葉の先に何が続いたのか。

 

「……わかった、俺が折を見て話しておく。教会でも、魔女の里でも、国家にしても、たとえそれらを蹴っ飛ばして独りで生きていくにしても、選択肢が確かに存在してるんだってな」

 

本人に常識・秩序・倫理観といったものが備わっているとしても、外部はそれに怯えちまう。だからこそどっかしらに所属しておけば『あれの手綱はあそこが握っている』と多少の安心を提供出来る。犬に首輪をつけるのと同じように。

俺の言葉に二人は頷き全員で艦内へ。ガイウスはブリッジに向かい、委員長は一瞬医務室へ向かいかけたのを階段の方へ踵を返した。その心遣いに内心で感謝しつつ医務室へ入ると、クロネコが脚の間を通って出て行く。

 

寝台の上ですやすや眠るセリ。とっくに魔術は解けてると思うんだが、身体が霊力の回復を優先してるのか起きる気配は微塵もない。だから椅子に座ってその手を取り、そっと静かに、ふれるだけのキスを落とす。

俺にそんな権利があるわけねえと分かりながら、ただひたすらに、あかるく幸福な未来がこいつの歩む道の先にあって欲しいなんていう馬鹿馬鹿しい願いと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

妙にすっきりした感覚を手に起きると、旧都方面の作戦も進んでおり仮拠点となる元遊撃士支部から連絡が入っていた。

曰くバラッド侯は完全な政府の傀儡となっており、衛士隊にほぼ軟禁されている状態であること。そして今回の目的だった関係者に関してはドレックノール要塞の方に連れていかれたという情報までもたらされた。

 

けれど重剣の名を持つA級遊撃士であるクロスナー氏が合流してくれた甲斐もあってか立案された作戦は通り……というよりも奪還しにくることまで見越して客人──アルフィン皇女殿下とリベール留学生ラッセルさんを招いたのだと。

リィンくんたちはクレイグ将軍とナイトハルト中佐が課した試練を見事撃ち破り、彼女たちを連れて帰ることに成功した。政府が走らせている近代における帝国最大規模の戦闘作戦によって最前線に将軍らが投入されるであろう、今回の失態と引き換えに。

 

 

 

 

「────殿下とティータを保護できたとはいえ、事態は悪くなる一方な気がするな」

 

夕方、自動操縦を起動しラウンジに全員が集合したところでラウラさんが腕を組みながら呟いた言葉にアルフィン殿下が、ええ、と小さく首肯する。

 

「例の精神汚染も軍だけでなく民間にも広がっていると聞きました。そんな中で徴兵された方々も各地の前線に送られつつある……ですが、わたくしが不在になったことは暫く公にはならないでしょう」

 

皇族、特に帝国の至宝と謳われたアルフィン殿下が行方不明であるという情報が公表された場合、軍はともかく民間に蔓延る戦争上等の空気は霧散してしまう可能性が高い。それを嫌って手配されないというのであればこちらとしては好都合だ。

 

「政府が走らせている大地の竜作戦……とてつもないもののようですが、対抗策も講じているとか?」

「千の陽炎作戦ですね。私たちが個別に動いている間にも準備は整いつつあります。今回、姫様はもちろん、ティータさんを解放できたのも重要な要素の一つとして働くかと……まだ詳しくは話せませんが」

 

かの領邦会議にて次期カイエン公に内定したミュゼ・イーグレットさん──否、ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン閣下は瞳を伏せて言う。何千何万もの要素を拾い上げ、世界大戦に関わることを決めた彼女の言葉は酷く重い。それを彼女自身も理解しているからこそ確定出来ない事柄を口に出すことを是としない。

 

「それじゃあ次の目標はエリゼさんを探すことかしら」

 

アリサさんの言葉に、そうだな、とマキアスくんの同意が総意を表す。

エリゼ・シュバルツァー。リィンくんの妹さんであり、アルフィン殿下の学友である彼女は女学院で身柄を拘束された時に離れ離れになってしまったらしい。リィンくんの身内であることからそう手荒な真似は受けていないだろうと推測は立てられるが、こちらの手の中にいない以上いざとなった時に人質として何かの択を迫られる可能性は非常に高い。

 

「エリゼは必ず探し出します。その為にもみんなの力を貸してほしい」

「元よりそのつもりだ」

 

リィンへ力を貸すことを厭う人間がここにいるわけないだろう、と言わんばかりのユーシスくんの発言に皆の心が改めて前へ向くのを感じた。

 

「ありがとう。その為にも明日は情報を集めつつ各地の哨戒活動だな」

 

本日は解散、と号令と共に思い思いのところへ散っていこうとしたところで、殿下にクロウが呼び止められているのが見える。……帝国の至宝と元テロリストというのもとんでもない組み合わせだな、とすこしハラハラしてしまい、カウンター席に座ってこっそり聞き耳を立ててしまう。

しかし他の人も同じなのか何気なく進路転換して会話が聞こえる位置に着々と陣取っていくのが手に取るようにわかってしまった。

 

「呼び止めてしまってごめんなさいね?」

「あー、いえ、別に。しかし皇女殿下が俺にどんな御用件で?」

 

クロウ自身もどういうシチュエーションなのか判断ついていないのか珍しく困惑声だ。表情が見られたらきっと可愛かったろうに。

 

「1204年の12月末、セドリックを助けて頂きありがとうございました、と」

「……別に礼を言われるようなことじゃねえよ。当人の気を病ませちまった気もするしな」

「それでもあの子が私にとって大切な弟であることは変わりませんから」

 

慈愛をこれでもかと含んだその声音を聴いたなら、鉄血の子供たちの一員となったセドリック殿下はどのような反応をするのだろうか。自国に仇なした政治犯にさえ謝辞を述べられる自身の姉を誇りと思うだろうか、それとも汚点だと罵るだろうか。

 

「ですが、もうひとつ言わなければいけないと思ってたこともあるんです」

「はあ」

 

まだ話が終わらないのかと言わんばかりの気の抜けた声に、帝国民ではないとはいえさすがにそれはどうなんだと後ろを向いた瞬間。

 

「愛した女性を、あのように鎖に繋いで監禁するのは如何なものかと思いますよ」

「「「監禁!?」」」

 

場に残っていた面々……のなかでも特務科の一部の人たちが私とクロウを驚愕の表情で見比べる。まぁクロウの恋人に該当するのこの中で一人だからね、仕方ないね。

しかしその寝耳に水だと言わんばかりの声に殿下がちいさく口を押さえ辺りを見回す。周囲に思ったよりも人が残っていたことと、まさか知らない人がいるだなんて思いもしなかったという可愛らしい表情だ。

 

「……えっ、あの……ごめん、なさい」

「……いや、まぁ、おう」

 

殿下の足元で蹲るように崩れ落ちるクロウがあまりにも可愛いと不憫のセットで、席から降りて私もしゃがみその背中を撫でる。クロウの身体感覚的にはついこの間のことだしより一層殿下の言葉が刺さる感覚は強いよね。絶対許しはしないけど。

 

「そう、実はわたしずっと気になってたんだ」

 

いつの間にかホットケーキを作ってもらって席についていたフィーさんが、誰かこの空気どうにかしろよ、という雰囲気の中で果敢にもそう発言した。

 

「気になるって、何が?」

 

君が話に乗るのかとエリオットくんが反応し、一切れ口に含みよく咀嚼して飲み込んだフィーさんは更に言葉を続ける。

 

「パンタグリュエルから脱出する時に得物の忠告を貰ったリィンが……『先輩をあんな風に部屋に押し込むのはやめておけ、いろんな所へ跳ね回ってる先輩が好きだったんだろ』みたいなこと叫んでたよね」

「ああ、記憶にあるな」

「クロウが『ええい、とっとと行っちまえお前ら!』と叫んでもいたか」

 

こう言う時だけ本当に息がぴったりのマキアスくんとユーシスくんが追撃をするものでますますクロウの背中は小さくなっていく。うーん、かわいい。

 

「あれってそういう意味だったんだ、って年単位の疑問がようやく解けた」

 

殿下へのフォローなのか無意識なのか、更なる爆弾発言と過去の掘り返しをし終えたフィーさんは満足げにホットケーキを口の中へ運んでいく。

 

「パイセン、ぴっちり黒タイツ以上にヤベー過去持ってんじゃねえか」

 

笑いが堪えられていないアッシュくんの声が最後の線を千切ったのか、うるせー!、と言いながらクロウが立ち上がった。

 

「惚れた女が戦争で死ぬかも知れねえ恐怖に勝てなかったんだよ! 笑うなら笑っとけ!」

 

いやその感情に対してみんななんやかんや言っているのではなく監禁という方法を取ったことに対してあーだこーだ言われているのではないかベクトルのミスリードは良くないよと思ったところで、ぐいっ、と肩に担ぎ上げられる。何故!?

 

「ちょ、まっ────助けてくださいデュバリィさん!」

「わたくしを巻き込まないで頂けます!?」

 

一人我関せずといった表情をしている人を見つけて救済の手を望んだもののあっけなく振り払われ、私はそのまま甲板の方へと無情にも連れて行かれてしまった。何故!!!!

 

 

 

 

夕方から始めたブリーフィングは夜の帳を落とすに至り、航行しているメルカバは巡回に引っかからないよう高高度を維持しているため夜の甲板は非常に気温が低い。にもかかわらずクロウは私を連れてきて、とすん、と下ろす。

 

「委員長とガイウスから結果は聞いたかよ」

 

すると昼間のことが話題にのぼり、ちょっとだけ驚いて言葉が詰まったものの素直に頷いた。

 

「戻すことは出来ないけど、妙な物は残ってないって」

「……よかったな」

「うん」

 

風が流れ、雲が流れ、星がよく見える。クロウはもう、宵風を寒がらない。

 

「────今のお前には、五つの選択肢がある」

「選択肢?」

「ああ。だがまず……自分が得ちまった力がとんでもないもんだって自覚はあるよな」

 

問いかけに、ああそういうことか、とほんの僅かに目を伏せた。

私が持っているこれは、壊せるものがあまりにも多すぎるし、大きすぎる。人工異能とはよくいったものだ。劫炎殿には全く及びはしないけれどそれでもその片鱗ぐらいには到達してしまった……つまり人間という器が持ち得る上限を、超過しているのだ。

 

「それは、わかってる、つもり」

 

だけど私は純粋な人間である両親から生まれている……筈だし、そんな力に耐えられるほどこの身体が強いとも思っていない。実のところ黄昏が終わった後に朽ちるなら仕方ないとは少し。

 

「だから二人から提案が来てる。教会に所属するか、魔女の庇護下に置かれるか」

 

教会────七耀教会。アルテリア法国を総本山とし、ゼムリア大陸の各地に多大なる影響を持つ組織。フリーの情報屋が望んだとしても一生手に入ることはない庇護といえる。もしかしたら隠された遺構へ正式な許可を得て入る機会は今よりずっと多く多くなるかもとさえ。

そしてエリンの里に住まうことが出来るなら故郷も近く、ある程度は落ち着いて暮らせることは容易に想像がつく。新しく勉強したっていいし、ユークレスさんのように外部に出る情報収集係を担えるなら今までの技術も活用できるだろう。

両方とも私の身に何か異変があっても適切な対処がしてもらえる可能性は高い。

 

「そんで、他には国家だな。帝国じゃなくたってどっかしらに亡命を希望したら誰かは助けてくれんだろ。それこそミュゼに頼んだらどうにかなると見ていいしな」

 

確かに大地の竜に対抗し得るとされている千の陽炎のフィクサーであり、各地へのコネを持つ彼女なら望めば渡りはつけてくれそうではある。そこで私がどんな待遇を受けるかさえも、彼女の掌を経由すればそれなりの条件はつけられるかも知れない。

 

「あとは……正直選択肢に挙げたくはねえが」

 

澱む言葉に首を傾げる。

 

「結社ってのも、目的によっちゃ悪くねえかもとは、思う」

 

思ってもみなかった言葉に、え、と端的な驚きが声に出てしまった。

 

「お前のその特異な体質を特異だとも思わず、人間離れした奴らと鍛錬することすら可能で、活動を考えれば遺跡だの古代遺物だのに触れる機会だって多いだろうよ」

 

その羅列だけ聞くと私にとってものすごく魅力的すぎる職場のように感じてしまうのも無理からぬ話ではなかろうか。

 

「ヴィータは今んところ結社から出奔してるみてえだが腐っても使徒の一人だ。お前をねじ込むくらいわけねえだろうし、あるいは銀の起動者……鋼の聖女に頼み込むことだってあながち不可能じゃねえと思ってる」

 

荒唐無稽に感じるかも知れないが繋がる道がないわけじゃないと言い募られ、それはそうかもしれない、と自分でも頷いた。

でもまさか、結社という選択肢を提示されるなんて思わなかった。ガイウスくんやエマさんからは絶対に……思いついていても出てこないような話で、クロウらしいなと思う。

 

「……ねえ、そんな豪華な選択肢たちの、一番最後って?」

 

私が問いかけると、クロウは苦しそうな、泣きそうな表情で口を閉じる。

結社を挙げたくはないと言ったけれど、勧められないとは言わなかった。

ひゅうひゅうと風が吹き、私は次の言葉を待つ。

 

「お前が……」

「うん」

「お前が、何もかも、ぜんぶをすてて、独りで生きていくことだ。公には死んだと見せかけ、それを誰にも知られず、一瞬たりとも気を抜かず────そしてすべてを壊さないように」

 

ああ、やっぱり。

全部の縁を自分から断ち切って、世界の敵と見做されないよう、この力をフルに使いながらひた隠れひっそりと生きていく。誰にも見つかってはいけない。存在が生きていることを悟られてはならない。ただの善良な人間として死ぬまでそれを続ける。

そうでなければ私はきっと、いつか殺される運命にある。世界の敵に回った実績が後押しする。

 

どれを選んでも何某かの不自由さは残る。でも生きるというのはそういうことでもあろう。

むしろ五つもあるということを喜ぶべきだ。有無を言わさずに殺されても文句は言えないようなことをしてしまったし、その力を持っていると自分でも理解している。していないという方がおかしいもので。

 

「クロウ」

 

愛しい人の名前を呼びながら冷えた頬に片手をすべらせ、体を寄せる。

まるで泣いているかのような表情だというのに涙はひとつも流れず、呼吸動作をしているかの如く上下する胸は鼓動を打つことはなく、私の髪を梳いてくれる手に温度は宿らない。

 

「……なんだよ」

 

生者が死者に心を砕きすぎてはいけない。であるのならば死者もまた生者に心を砕きすぎてはいけないのだと思う。その行為は境界を曖昧にし別の意味で世界に氾濫をもたらす可能性がある。

 

────だとしても。

愛しい人の名前を呼んで、呼んだその先に応答があるということがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。それが贅沢だと知ってしまった。だけどその贅沢に溺れられるほど与えられてしまう。私は本当にふたたびこの人がいない世界に戻れるのかと疑問を持ってしまうほどに。

 

「ありがとう。ちゃんと考えるね。自分の、これからのこと」

「おう。俺は傍にいてやれねえからな」

 

戻らなければ、いけないのだろうけれど。

 

 

 

 

それから、お互い感情を暫く冷やして甲板からラウンジへ戻るとガイウスくんとエマさんがカウンターにいたのでこれ幸いと近付いていく。

 

「二人とも、いろいろ真剣に考えてくれてありがとうね」

 

それだけで私とクロウが何を話したのか伝わっただろう。

 

「オレは当然のことをしているまでです」

「私もですよ」

 

そう直ぐに言い切れる高潔さがとても素敵だと思う。それに言葉だけでなく伴った実力もあって私はますます二人のことを好きになってしまう。

本当に教会か魔女の里のお世話になることを真剣に検討してもいいかも知れない。協力関係である現状から考えるに、関係が激悪でどちらか片方に所属したらもう一方とは自動的にお別れ、なんてこともあるまい。

 

「まだ私もいろいろあって決め切れる状態じゃないけど、もし決めたらよろしくね」

 

もちろんです、と笑ってくれた二人に軽く手を振ってアンやトワがのんびりしているところに合流する。私が会話をする短い間に向こうの方で散々さっきのことでか弄られてたクロウもくたくたの表情で私たちの方へ。

 

「ったく、今時の若いヤツはイジりの加減を知らねえ」

「セリにしたことを考えたらその程度で済んでいるのはむしろ御の字だろう」

「クロウが私にしたことで弄られても私の溜飲が下がるわけじゃないけどね」

「それはそうだよねえ」

 

だから私にしたことを考えようが考えまいがクロウが弄られたことは弄られたこと以上の意味は持たない。ま、必要以上に腫れ物扱いをされて痛ましい表情をされるよりはよっぽどマシか。

 

「そういえば気になってたんだけどさ」

 

海都の探索メンバーから話された一部始終でさすがに口を挟むべきじゃないと飲み込んだ話題を今更になって思い出した。話題としてはどうでもはよくないけれど重さとしては軽めなのでちょうどよかったともいう。

 

「公爵家城館への侵入経路が港湾地区に続く地下水道だったんだよね」

「おう、前公爵からヴィータが預かった鍵を、騎神に関することで訪れるかも、って渡されてそいつをオルディーネに格納してたから失くすこともなかったんだよな」

 

あっけらかんと伝えられる事実に、うう、と嘆いてふんにゃりと机に体を預けてしまう。

自分がこうなったことに後悔はないけれどそれでも地下水道なんて絶対に面白いところに私だって足を踏み入れたかった!

 

「ついでに言っておくとその地下水道にオルディーネの封印されてた場所はあるんだぜ」

「そんなん絶対に視たいじゃん! 地下道に騎神の遺構なんてさぁ!」

 

追加情報があまりに羨ましすぎて駄々を捏ねたくなってしまう。いやもう捏ねているも同然か。

 

「ああ、確かセリはそういう場所が好きだったか。ノルティアでのことも覚えているよ」

「あれ? でも旧都にそういう場所ってないよね」

 

トワの言葉に机に預けた体を起こしながら頷いて、だからこそなんだよ、と。

 

「旧都は水脈と地盤の関係でそういう地下にものが造りづらくてね、幸い平野だから街を造るのには困らなかったから旧都みたいな立派な都市が造られたわけなんだけれど」

 

暗黒竜に支配され死都と化した帝都から民を率いたアストリウス帝が築いた白亜の都。かつてあったとされる技術力でも造成が叶わなかったのであれば現代が太刀打ち出来る要素はない。

 

「でも帝都の地下遺構って冒険譚ではお馴染みでしょ?」

 

あまり小説とか物語に触れてきたわけではないけれど、それでも絵本の中や小話、寝物語でたくさんそれらは語られてきている。誰も全容を把握出来ていない地下世界、それはもはや迷宮のようだとさえ。

そういう意味ではあのアランドール殿の依頼は本当に……本っっっ当に楽しかったけれど時間が足りなかったのが悔やまれる。

 

「なるほど、物語に触れて憧れたのだな。分かるよ。私も家の庭を散々穴掘って荒らし回った記憶がある」

「いやなんかそれとは違う気がするけど?」

「帝国ではそんな感じなんだな」

「クロウくんのところではどうだったの?」

「オレんところでいえば冒険譚っつたらやっぱ海の男だろ」

 

ジュライ。あおく輝く海と共に生きてきた土地。白い海鳥が鳴いて、港が重宝されたそこでは海都はもちろんノーザンブリアやレミフェリアとも国交を持つ。身近な海が冒険の場所というのはそりゃあもちろんそうなるだろう。

 

「ああ、確かにジュライならそう……だ、ね……」

 

そうして、ジュライで"思い出してしまった"あり得なかった記憶のことは脳裏に蘇る。私たちがかつて架空の幼馴染であったことを。クロウはあれを知っているんだろうか。

 

「どうした? 疲れたか?」

 

不安そうに紅い瞳が覗いてくる。でもこんなことで人前で言えるわけがないし、そもそも雑談しているだけで心配するのは過保護……とも言えないか、今の状態じゃ。事由が明白とはいえ数日前に気絶があったのは事実だものな。

 

「そうじゃないよ、ジュライに行った時のこと思い出してただけ」

「……は?」

「あ、そうだ。その時のこと詳しく聞かせて欲しいなぁ。聴きそびれちゃってるし」

「それじゃあ珈琲を淹れようか」

「いやっ、ま、待て。待て待て待て待て。何で当たり前のようにジュライ行ってんだよ!」

「私が何処に行こうと勝手じゃない? それともクロウの許可が要った?」

 

そりゃあ許可を出してくれるなら幽霊でも会いたかったけどさあ。ああでもそれは安らかに眠れていないと同義だから歓迎したいことではないや。難しいな感情。

 

「そう、いうわけじゃねえけど……」

 

むぐっと納得出来ないまま口を閉じるクロウがあんまりにも可愛くてくすくす笑ってしまう。

ああ、まるで本当に学院時代へ戻ったみたい。

ただ、そう思い込むには欠けているものも目を背けなければならないことも多すぎる。

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