1206/08/24(木)
「……RO538便……ルーレ発の定期飛行船?」
各地の様子から状況を確認するため、ちょっとメルカバの端末を借りてあらゆる公共交通機関の航行ルート・発信ポイントなどをアクセス偽装しながら見ていたらルートから逸れつつある船に気が付いた。暫く観察していたら唐突に追跡信号が消失。
ラクウェル北東付近のラングドック峡谷にて────ロスト。
事故か、事件か、とにかく異常事態だとブリッジの面々へ声をかける。
幸いにしてトワは今日オペレーターをこちらに任せてラウンジ隣にある資料室の端末でデータの解析作業を行なっているから、そちらに集中してくれていたらいい。定期船の事故だなんてご両親の死因を思い出させる可能性がありそうだ。
勿論必要だと判断をしたら手を借りに行くけれど、こっちでどうにかできるならどうにかしたいものだ、なんて考えるのとほぼ同時に緊急回線で私個人の端末へ通信が入ってきた。
秘匿回線による接続。非通知通信。訝しみながらサウンドオンリーで応答する。
『ご無沙汰しております、こちらセリ様の端末でよろしかったでしょうか』
「……セレスタンさん?」
全く想定していなかった方からの通信で思わず確認すると、仰る通りです、といつもの涼しい声が返ってきた。おお、本当にセレスタンさんだ……。
『隠密で動いていることは重々承知しておりますが、緊急で頼みたいことがありラクウェルの西街道までどなたか来ていただきたいのです』
「それはRO538便に関係することですか?」
私の問いに向こうで僅かに空気を飲む音が聞こえる。彼がこういった感情を露わにするということも珍しく、それだけのことが起きているのだと勝手に理解した。であるのならばハイアームズ侯爵閣下にまつわる何某かだ。
『さすが、ご慧眼が更に磨きがかっていらっしゃいますね』
「……付近にいるリィンくんたちに向かってもらう形でもよろしいですか? 現在私は単独行動が制限されているので」
北ラングドック街道にある例のハーキュリーズ05小隊が身を隠していた広場を利用しラクウェル入りを果たしているため、リィンくんたちの存在を捕捉できなかったのだと思われる。
以前アランドール殿がの姿を確認した場所でもあるけれど今は影も形もないので大丈夫だと判断した。広場から一回りぐらいは警戒区域にしているし。
『そちらで構いません。お待ちしております』
通信が途切れたと同時に全員に導力メールを書き始め、先ほどの奇妙な動きをする定期飛行船のロスト位置データを添付しつつセレスタンさんの言付けを送信する。一応通信の方でも連絡を取ると尋常ではないことを理解して貰えたようで直ぐに向かうとのことだ。
そうして暫くの後、セレスタンさんに協力することが決まったとリィンくんたちから連絡が入る。曰くハイアームズ侯爵閣下とイーグレット伯爵閣下が乗っていたルーレとオルディスを繋ぐ定期飛行船が行方不明となり、人手を借りたかったというものだ。
首謀者は衛士隊ではあるものの結社の人員や猟兵なども動員しており、また民間人も多く乗っているため死傷者ナシで救助するには何らかの陽動役も必要と。
『────ガイウスさん。船はお借り出来ますか?』
イーグレット伯のお孫さんであるミュゼさんが平素よりも固い声で問うたそれに対し、もちろんだ、とブリッジで指示を出していたガイウスくんが快諾した。
正面から切り結び囮も兼ねた役をリィンくんたちが、その隙に御身や民間人の安全を確保する役をセレスタンさんたち、そして結社の高速艇を引き剥がす役をメルカバが担うこととなり、慌ただしくも配置についていく。
時間が惜しいと詰める作戦に結局トワの手も借りることにはなったものの、特に気にした風情はないようで心のどこかが安堵してしまった。気を使いすぎていたのかもしれない。
「先輩、本当にやるの?」
「いいのいいの。久しぶりに本業やらせて欲しいなって」
フィーさんの言葉に笑いながら答え、メルカバの小さな甲板に立ち手すりをしっかと掴む。
今でこそ霊力ポンプであったり霊脈斥候化しているけれど、本来私の役割は単なる地上斥候であり囮前衛だ。飛行艇の操舵者に挑発をかけるなんてやったことはないけれどたぶん今の私ならそれすらも可能だろう。
「わかった、落ちないでね」
「うん」
VII組内で一番身軽で、だからこそ私のやろうとしていることの危険性を一番理解しているフィーさんが艦内へ戻っていく。さあ、作戦開始だ。
『光学迷彩一時解除、結社艇の目の前を突っ切ります!』
耳元に付けたヘッドセットから聴こえるロジーヌさんの声に合わせアンが、よし来た!、と楽しそうな声をあげる。赤に紫が混ざったような結社艇、その操縦席にいる人と────確かに目が合った。瞬間相手は私のことを追いかけざるを得なくなる。たとえ命令された持ち場を離れることになったとしても。
「……っ、容赦ないねえ!」
まんまと追いかけて来てはくれたものの、ガトリングの弾がばら撒かれ手すりに身を屈める。さすがにあの量の銃弾を捌くなんてのは人間業じゃない。いやいま私がやっていることも大概人間業ではないのだけれどそれはそれとしておこう。
けれど付かず離れず戦技の効果が切れる前にまた繋がなければならないのだが、とそんなことを考えていると甲板にアルティナさんが滑り込んできた。
「クラウ=ソラス」
艶やかな黒で太陽光を反射する戦術殻はアルティナさんの声に合わせ物理障壁を展開する。その青白い光は海上要塞で鉄機隊所属の人形兵器を私が爆発させてしまった時、咄嗟に彼女が張ってくれたフィールドバリアだ。ガトリング弾はそれに阻まれ霧散する。
「物凄く助かる! ありがとう!」
「地上でミュゼさんも戦っていますから、これくらいは」
いくらガトリング砲が秒間凄まじい弾を発射出来たとしても完全に絶え間なく撃ち続けるのは熱暴走の関係で出来はしない。弾の切れ目を縫いながら挑発し続け、結社艇とドッグファイトでもしたいのかというアンの操舵に振り回されながらも地上での事態収拾コールが響くまで私たちは結社艇と空でダンスをし続けた。
そうしてある瞬間、作戦終了の連絡が入ってきて結社艇への挑発戦技を解除する。そうなると途端にメルカバを追いかけるのを切り上げ、おそらく回収地点だろう場所へへろへろと向かっていくのが見えた。結社は今回の目的ではないので追撃はせずそのままにしておこう。藪をつついて蛇が出ても困るものだし。
「両閣下共に保護完了、民間人に死傷者ナシ。上出来かと」
通信を受けたアルティナさんから伝えられる情報に腰を落とすと、クラウ=ソラスの顕現を解除した彼女が隣に座ってくる。おや珍しい。
「お疲れ様でした」
静かな声に私も、お疲れさまでした、と頭を撫でた。それはまるでクロウやサラ教官が私にしてくれていたことを次代に渡して返していくかのように。
今回彼女は『この作戦に何が必要なのか、どこでどのような手が足りていないのか』というのにいち早く気が付いて、……おそらく自身の判断で甲板へ来てくれた。
パンタグリュエルの頃や、北方戦役でリィンくんについていた頃よりもずっと有機的総合判断であり、自我の芽生えに成長の速さを感じざるを得ない。彼女がどう私を助けてくれたのかと担当教官であるリィンくんに漏れなく伝え、彼からも言葉が降りるようにしておこう。きっとその方が彼女は喜ぶだろうし。
「……どうかされましたか?」
ぼんやりとしながらいろいろ考える私を案じたのか軽く顔を覗かれ、なんでもないよ、と言いながら立ち上がりアルティナさんに手を差し出した。
重ねられた小さな手は、昨日も今日も、そして明日もきっと誰かを守っている。
緊急案件を片付け、他にも人形を盗まれた女性という話だった(タチの悪い)依頼を片付けたりしながらメルカバでトワのデータ解析を手伝うリィンくんの姿を見ると、いやはや働きすぎじゃないかと思ってしまうほどだ。
トワとリィンくんは互いに互いをワーカホリックであるような表現をすることがあるけれど、外野から言わせて貰えばどっちもどっちなのだというのをいつ理解するのか不明である。
とりあえず私に出来ることなんて飲み物を入れる程度のことだけど、と労う意味でラウンジに降りてきたトワとアンに紅茶を淹れ休憩を促していく。ついでに訓練室から出てきたクロウにも。
それと教科書とノートを広げてこういう状況でもたびたび勉学を頑張ろうとしているユウナさんへサーブすると、そういえば、と顔が上がった。おっと、これは。
「先輩たちの出会いってどんな感じだったんですか? ある程度は前にセリさんから聞きましたけど、同級生……じゃないんですよね?」
「うん、そうだよ。私たちはARCUS──ユウナちゃんたちが使ってる戦術オーブメントの前身の、更にその前のβテスターとしてチームを組んだんだ」
学院の敷地の端っこに存在している旧校舎に呼び出されたかと思えばいきなり落とされた日のことを思い出し、いま考えてもアレはない気がするな、と内心で頷いてしまう。
「出会い、ねぇ。個人的に言えば私いなくてもいいんじゃない?って思いはしたかな」
「えっ、セリちゃんそんな風に思ってたの?」
「だってもう四人が既に友人同士だったでしょう? そこに何ら関わってない部外者一人入れるメリットデメリットを考えてみなよ」
たとえ私が居ようと居まいとクロウとアンのリンク破綻は免れず、斥候を担当する生徒がいた方が何かと都合がいいのは旧校舎地下である程度は理解しはしたけれども。
「私はカワイコちゃんが二人もいることに笑顔だったな」
「オレは隠れ蓑になるんだったら正直何でもよかった」
「……何というか、とんでもなくちぐはぐですね?」
旧VII組の更に先輩組ということで気になるのかクルトくんも会話に参戦してきた。
「いや~、だって……なぁ?」
「そもそも目的がお互い違いすぎたところはあるだろう。トワにしてもセリにしても、クロウやジョルジュにしても」
まぁ私は見聞を広める絶好の機会かとは思ったし、あの時点での私にしては珍しく、何となくやっていけそうだと思ったのもある意味で運命のようなものだったのかもしれない。良くも悪くも。
「それでも私たちはいろんなことに直面しながら帝国各地に行かせてもらったんだ」
「途中でクロウとアンのリンクが破綻し続けたり話題には事欠かなかったねえ」
「お前だって初っ端にゼリカとリンク繋がらなくなってたろーがよ」
「リンク破綻……ってなんですか?」
「文字通り戦術リンクが繋がらなくなることさ。連携をするにしてもまず一旦思考を通さなければならず格段に反応は遅くなる。接続の有無で戦場運びは大きく変わるね」
アンの説明にユウナさんがますます不思議そうな顔で首を傾げるので、あは、と笑ってしまう。
「ARCUSIIは適用者を増やすと共にその辺りの安定化には抜群の結果を残してくれたからね。興味があれば地上探索に出てるアリサさんに話振ってみなよ。あとは……ああ、マキアスくんやユーシスくんとかにね」
資料室から出てきた二人にそう声をかけると、何ですか?とどこか似たような表情で二人が寄ってくるのでもう先輩としてはちょっと面白いというか。
「リンク破綻がいまいちわかんねー新VII組に先輩として説明してやれやって話だな」
破綻のモデルケースとして扱われたということを理解した二人が、思うところがあるような表情になる。でも該当する実習が大した結果を残せず終わったのはひとえにこの二人の問題であったというのは否めないだろう。
「あれはコイツが悪いでしょう」
「な……っ。いや、まぁ、確かに突っかかっていたのは僕の方だが」
過去に己がやらかしていた出来事を認めつつ、はあ、とため息をついて眼鏡の位置を整えながらマキアスくんは口を開く。
「そもそも戦術リンクとは、自分の精神と結びついたARCUSを介し他者と繋がる、いわば全く新しい技術だったんだ。それには現実世界での関係も非常に関係していてね」
「感情による不破の影響をよく受けていたのだ。ラウラやフィー辺りでも起きていたか」
「なるほど、今でこそ仲がよく見える先輩たちにもいろいろなことがあったんですね」
二人の息が合った説明にクルトくんが頷くように呟き、そうだねと同意。
でも傷ついた筋肉が休養を経てより強くなるように、破綻前後では私たちのリンクは見た目こそ変わらずとも確実に結びつきの強さが違っていた。とはいえ、普通に関係性を深めていけばいいので別に破綻した組としてない組でした方がいいなんてのは全くないのだが。
「彼らが一年生の頃を知る身としては見違えるような成長だったよ」
「あら、君たちもそう変わりないわよ?」
一体どこから会話を聞いていたのか、私が先輩風を吹かせたところでサラ教官までもがラウンジにやってきた。
「クロウとアンゼリカに関しては殴り合いで教頭がアタシのところに怒鳴り込んできたこともあったしねえ。別に生活指導なんて担当してないのに」
「殴り合ったんですか!?」
「知ってると思うがこいつ功夫使いだからな。仕掛けてくんのも大体ぜリカだしよ」
「情報収集に二人で行ってもらったらボロボロになって帰ってきた時はびっくりしちゃった」
今思えばあそこから二人の殴り合いは始まったのかもしれない。あれから何かにつけて学院内でも殴り合いの喧嘩に発展したこともあったようで、トワとジョルジュの心労やいかばかりだっただろうか。
「どうにもあの空虚な笑いが我慢ならなくてね」
「まぁテロリストとして情報局の目を逸らすために潜入しただけだもんねぇ」
「セリ、お前な……まぁそういうこった。青春なんてもんは置いてきてたからな。若干投げやりだったのは認めるぜ」
12歳か13歳だか、まだ保護者の庇護下でいるべき時期に故郷を捨てたのだからその後の人生は壮絶だっただろう。だとしても野垂れ死ぬこともせず、公爵なんていう最強のパトロンまで見つけあんな事件を引き起こすまで走り抜いたのは執念の賜物だったと。
「そういう背景を知らなかったとしても二人が付き合い始めたのにはびっくりしたわね」
「ああ、クロウがセリを好いていたのは分かっていがまさか受けるとは思わなかった。……あろうことか一回はクロウがセリをフったみたいだが」
教官とアンが本当にしみじみと言い落とすので当事者たる私たちは、んぐ、と口を閉じざるを得ない。あの時はトワにもアンにも、直接的ではないとはいえグループ内のうっすらとしたぎくしゃくを持ち込んでしまったことでジョルジュにも迷惑をかけていたわけで。
「あっ、その辺の話聞きたいです! 二人とも全然話してくれなくて!」
はいはい、と元気よくユウナさんが手をあげるので内心で頭を抱えてしまった。
「あ、そうなの? それじゃあ私たちから話すのはちょっと駄目かな。ごめんね」
「そんなぁ」
「……そんなに他人の恋バナって聞きたいものなの?」
「お前一応新聞部だったんだしそういうのわかんねえのか?」
「他人のゴシップには興味がなくて」
学院の色恋関係に情報というカテゴリをつけてさえも興味が持てなかったので、もうずっとこうなんだろう。情報屋としては致命的かもしれないが、まぁ学院という狭い人間関係はともかく今は一応収集していたりするので大丈夫。だと思う。たぶん。
「あー、そう言えばそうだったな」
「……まぁ、その、前も言ったかもしれないけれど今のところ他人と共有したい思い出ではないんだよね。自分の中にしまっておきたいと言うか」
隠すようなことではないのかもしれない。だけど誰よりも何よりもこれは自分の感情を優先していいことだと思うし、それを許してくれる環境だと信じたい。
「いつか誰かに話したくなる日は来るかも知れなくても、とりあえず一人で愛でていたいというか……駄目だ! 恥ずかしいこと言ってるなこれ! 飲み物買ってくる!!」
じわじわ自分の言葉に体温が上がっていくのがわかり、居た堪れない空気に逃げ出すことにした。まるで子供みたいだと分かっていても。あの空気に耐えられるほど心臓強くない。
「……だって、クロウ君」
「言うな、トワ」
「おやおや、愛されてるねえ」
「ゼリカお前わざとだろ」
「あー、今のだけですんごく胸が一杯になりますね……」
「本当にお互いベタ惚れなんだよ、二人は」
「そういえば内戦時にも旗艦に連れて行ってたしな、クロウはセリ先輩を」
「えっ、あ……監禁ってそういう」
「話が終わりかけたところで爆弾落とすのやめねぇかリィン」
「なんだ、思い出話かと思って参加したのに」
「ちげぇよ、俺らの惚気暴露しろって話をされてんだよ空気読め」
「……あぁ、なるほど」
「お前の教え子だろなんとかするのも師の役目じゃねーのか」
「いや、無理だな。恋にまつわる女性には逆らわない方がいいって知ってる」
「薄情もん!!」
ラウンジから上がり、カフェオレのホット缶に口をつけながらブレイクルームのベンチに腰を落ち着けていると慣れ親しんだ足音も次いで上がってくる。
「よ、俺も抜け出してきたわ」
覗いた顔は当たり前のように私の隣に座って、すこしだけ笑った。
「まさかあんな風に思ってくれてたとはな」
「……悪いかよぅ」
「いやいや、嬉しいぜ」
声音に感情を滲ませながら言われたら、悪態をつきたくなる口もお休みだ。情報屋になっていろんな酒場だの盛場だのに出入りしなかなかに口が悪くなってしまったけど、こうしてみんなと一緒にいたら昔の自分に戻ってしまう。
ぽすん、と二の腕に頭を預けると頭が撫でられる。
「……悪いけどよ、どうか最期まで付き合ってくれや」
「元からそのつもりだよ」
「おう、あんがとな」
最期だなんて、そんな風に笑って言わないでほしい。
でも本当にこの争いとクロウの存在は密接に関わっていて、そもそもあの日に終わっているべきだったのに、ここまで死に長らえさせられて、相克をして存在が解体される寸前でヴァリマールが手を打ってくれて、どんどんお別れが遠くなる。
一度はあの島に至るまでに決心をしたって言うのに、鈍くなる。もっとずっと一緒にいたい。どうか健やかに生きていて欲しい。
けれどこの体温のない体がしっかと物語っている。いつか必ず近いうちに訪れる終わりの日を。
それでも私は愚かにも願ってしまうのだ。
女神さま、もうこの人を連れていかないでください、と。
頭を冷やしてブリッジへ行くと、ああちょうどよかった、と真剣な顔をしたリィンくんを中心にみんなが集まり始めていた。全員がブリッジへ姿を見せたところで、では本当なんですね?、とリィンくんの顔がトワへ向く。
「博士が第二分校に戻っているというのは」
G・シュミット博士。五十年ほど前に導力器を発明し、この世に技術革命を巻き起こしたエプスタイン博士の三高弟の一人。分校ではヴァリマールが在籍していることもあってか技術顧問を務めていた方でオーレリア閣下とはまた別の意味で傑物だ。
そしてティータさんのお祖父さまであるラッセル博士と兄弟弟子であり、だからこそ帝国留学が叶った彼女の表情はより一層不安に包まれている。
「でも……今の第二分校に戻ってるってことは」
「ミハイル少佐と同じく本校側についたみたいだな」
いろいろお世話になっているVII組……特に分校組は、どうして、という強い困惑が含まれているけれど、ジョルジュから聞いたり自分で情報を集めた限りあの人は『自分の好奇心・研究欲を満たせるのであれば陣営に頓着はない』のではなかろうかと思う。あの人が望む研究施設を提供出来る時点で陣営としてはそれなりの規模になってしまうというだけで。
だからつまり、本校の味方であるわけではなく、また分校の味方であったこともないのではないか、と。まぁ完全なる推測に過ぎないし、それはそれでこちらが困ることも多かろうが。
「加えて博士と同時期にリーヴス入りした方々というのが……」
「灰色の騎士の身内とエプスタイン財団の関係者、か」
内容を確認するように呟くエマさんの言葉をユーシスくんが継ぐ。おそらくどちらも彼らの知り合いであろうし、前者は特に、だ。
ユミル男爵領は先の内戦のこともあってか政府不干渉地域として扱われており、男爵夫妻である可能性はほぼゼロに等しいことから該当するのは一人になる。無論、今日あった侯爵閣下と伯爵閣下を亡き者にしようと愚かに愚かと呪いを重ねた行いのようなことに別の衛士隊が走らないとも限らないが。
「……不確定情報だけどどちらも思い当たっている人物の可能性は高そうね」
しかしどうにも情報が奇妙にも感じる。まるで『私たちが探している人物』であることがピンポイントで伝わっているのではないかと疑いたくなる。それこそ海上要塞で待ち受けていたクレイグ将軍やナイトハルト中佐に通じるものがある……ような。
ただそこまで悪意を感じないので放っておくことにした。
「分校への潜入となれば鍵となるのは私たち、ですね」
「ああ、分校への潜入なら間違いなく僕らが適任のはずだ」
「ハッ、本校のヤツらとの決着もある。気合を入れねえとな」
「頑張りましょう、教官、ユウナさん」
「……うんっ、そうだね!」
分校を学び舎とする特務科とティータさんが気合を入れ教官であるリィンくんを見やる。嬉しそうに破顔する表情は年齢相応のものだ。
トワも前線に出ることはないけれど、やることはたくさんあるし合間に何とかランディさんに連絡を取ってみるよ、とやる気を見せる。
となればトールズの卒業生である私たちも怠けてなどいられない。アンと目配せしながら全員が一丸となる作戦を構築していくことを心に決めた。
1206/08/25(金)
潜入、とは簡単に言うが難度の高さは全員の共通見解だった。
まずリーヴスは帝都近郊の街であり、多少離れているとはいえ隣街のグレンヴィルも徴兵事務所が存在していて軍用トラックがひっきりなしに出入りしていため危険度は跳ね上がっている。
帝都自体も上空は第三飛行艦隊が受け持っている上に250アージュ級飛行戦艦のガルガンチュアも配備されているときた。飛行艦隊が強い共和国軍の最大戦艦が200アージュ級のバテン=カイトスなのだからいかに大きいのかと。……まぁ全長だけで言えばパンタグリュエルと同程度ではあるが、速度と機動性を犠牲に火力と装甲を上げているためより戦艦らしい戦艦と言える。
私たちが乗っているメルカバは小型空挺であり機動力などはお墨付きとはいえ、空中母艦ともなる戦艦が出張っている以上そもそも警戒空域に入ることすら自殺行為だ。
故に、ラマール州東端エイボン丘陵から出発し、ミルサンテを掠めガラ湖北方からアクセスする形がいいだろうということになった。グレンヴィルは迂回し、東のトリスタ側ではなくある程度様子がわかっているミルサンテ側から。
「それじゃあ、ちゃんと寝ててね? 戦況把握しようとしたりとか絶対駄目だから」
「分かってる分かってる」
そうして私は情報収集をぎりぎりまでした後、トワに釘を刺されつつベッドへ移動となった。
使えるものは使う、ということから陽動作戦にオルディーネも参加することとなり、であるのならば気絶しかねない私はブリッジのお荷物になる。
一応作戦開始前にオルディーネと話し私の挑発戦技がオルディーネを介してクロウも使えるようになっていることは伝えておいたし、何とかしてくれるだろう。生身の人間相手が操縦していれば多少間に物があっても効果があることは昨日の高速艇を相手して証明済みだ。
確かめてみたいと言えばあとは……自立行動機、C・ユニット実装機相手にどうなるか、だ。思考回路に割り込めたなら優先順位を書き換えられるだろうか。人形兵器を直接この手で操作したことが活きてくるかもな、と思いながらリーヴス突入の旨がヘッドセットから告げられメルカバが航行開始で浮かび上がる。
遊撃士勢はギルド方面との連絡を受け持っているし、陽動で地上に降りているメンバーもいる中でこんな状態というのはとんでもなく申し訳ない気もするけれど、私が無理をしてオルディーネが活動限界を迎える方がよっぽど危ない。
どうかみんなが無事に、目的を果たして戻ってきますように。
私に出来ることなどもうあとそれだけだ。
慣れと相克や魔煌機兵相手ほどは騎神の機能を使わなかったおかげか、ふわふわと訪れる眠気と戦う程度で済み、医務室へ入ってきたアリサさんに起こされる前に作戦の完遂を告げられた。
衛士隊はどうしてメルカバや蒼の騎士人形が現れたのかも分かっていないため、追撃を振り切り分校のグラウンドに着陸している状態なのだとか。……衛士隊の追撃がリーヴスに伸びてきていないということは流された情報のピンポイントさは特に罠ではなかったのかな、と思い直しつつアリサさんの手を借りてベッドから降りる。
「突入組も陽動組もみんな怪我はない?」
「はい、今は校舎のブリーフィングルームに集まっているところです」
そう、よかった、と言いながらメルカバから降りて案内されるままに校舎へ入り大勢の気配がある部屋に入る。食堂らしき方にもたくさん気配があったけれど、分校生と本校生が交流しているのかもしれないな、と笑いがこぼれた。
そうして、アルフィン殿下とエリゼさんの再会が喜ばれたのち、本校の指揮下に入っていた分校は殆どが放棄される決定を聞く。
そもそもセドリック殿下とシャーリィが出かけた隙をついて情報を流し、本校I組と分校VII組が雌雄を決するために舞台を整え、殿下のお心についていくことだけが今の自分たちがすべきことではないと判断したのだと。
それはつまりTMPに所属しているミハイル特務少佐は出奔することになるが、それでも自分は出向という立場であっても間違いなく教官なのだと言い切った彼のことを信じたいと思った。
あと一時間で衛士隊もリーヴスの妙な静けさに気がつくだろうと退去を勧められるが、それでも久しぶりに会えた教官たちに挨拶ぐらいの時間は残されているとも。
「マカロフ教官、お久しぶりです」
「おう、どうやらそれなりにやんちゃしてるようじゃねえか」
「あ~、まぁ、その辺は……多めに見てくださいって」
煙草を咥えて笑う教官は私の記憶にあるよりずっと痩せこけていて、政府から降りてくる無茶なカリキュラムのためにどれだけ身体を張っているのかということを知らしめる。もちろんそんなことを指摘したって、これは俺が不摂生なだけだ、と隠されてしまうだけだろうけど。
不真面目さの中にある真面目なところを、学院生時代にたくさん迷惑をかけた私は知っている。
「セリさん」
「お久しぶりです、メアリー教官」
二年生の時に音楽の授業を担当してくださった教官は、ご実家であるアルトハイム伯爵から再三退任を勧められても自分の意志で本校教官であり続けることを選び、今は軍楽などを中心として美術全般を教えているのだとか。
入ってきた当初は随分とほやほやした貴族の女性だなとちらりと思っていた自分を叱りたい。
「一時期行方不明と聞いて心配していましたが、姿が見られてよかったです。元気……というには些か疲れているみたいですが」
「ご心労をおかけして申し訳ありません。顔色のことについてはほどほどにご容赦頂けると」
一気に霊力を使っているし、たとえ補充が完了していたとしてもポンプが摩耗していない証拠にはならないのだから教官の指摘も尤もだ。それでも私はこうやってクロウの隣にいることを許され、私自身もそれを是としたのだからそこに後悔などはない。
とはいえ心配されること自体は多少むず痒いとはいえ嬉しいとも思う。
「で、アイツからも挨拶が欲しいもんだな」
意地悪く笑うマカロフ教官が指し示している人物がわかり、クロウ、と声をかけると特務科の面々と話していた顔が向き、げえっ、とした表示になるのだから可愛らしいことこの上ない。
でも担任教官であったマカロフ教官をさすがに無視するつもりもないのか真っ直ぐに私たちの方へやってきた。
「ローランドもそうだが、お前さんもお前さんでいろいろあったよなぁ」
「……」
「お前のための補習問題も使われず仕舞いで残ってる俺の苦労を返して欲しいもんだ」
「捨てちまえそんなもん!」
「整理がめんどくせえんだよな」
がなり立てながら入ったツッコミにくすくすと笑ってしまう。
「ま、気が向いたら捨ててやるよ。でも、お前はそう易々と捨てられねえもんを抱えてるだろ」
その言葉に一瞬にして空気が引き締まる。
そう、クロウが生きてやがったのか、といった類の言葉をマカロフ教官は一度も言わない。どういう状態なのか具体的なことはわからなくても間接的に黒の工房────シュミット博士の一番弟子であるフランツ・ルーグマンと接してきた時間が長いからか何かを理解しているようだ。
「だから一番抱えておきたいもんは自覚しておけ。それが土壇場の力になってくれるだろうよ」
いかにも教官然とした言葉に二人でぽかんとしたものの、ちらりとクロウの視線が寄越されすこし困ってしまった。抱えておきたい想いが重荷にならなければいいのだけれど。
「……ま、覚えとくようにはするわ。珍しく教官らしい姿も見れたしよ」
「卒業前にお前いなくなったから俺が教官らしく贈る言葉を受け取れなかっただけだろ」
「いやぜってえそんなことしてないって100ミラくらい賭けてえわ」
「俺のグータラ教官生活のなかでもお前の不真面目さはピカイチぞ何とかしろよ」
「今更何とかするようなことかよ」
立板に水の如く応酬しケラケラと笑い合う二人をメアリー教官と眺め、何だかんだ似た物同士かもしれませんね、とこっそり言いつつ迫る刻限に向き合い、私たちはメルカバで空へ、希望を募った本校生徒の一部と駆けつけてくれた分校生はデアフリンガー号でリーヴスの離脱を果たした。
リーヴスで合流したエリゼさんはもちろん、オルランドさんとプラトーさんもメルカバに乗艦してくれ、一時的とはいえオペレーターや地上探索班として力を貸してくれる話でまとまったらしい。
後者二人に至ってはどうやら特務支援課時代にメルカバに乗ったこともあるようで、収集した情報以上にとんでもない課だな、と思ってしまった。
「そうだ、ティオさんもセリ先輩も会うのは初めてですよね」
「ああ、そういえば。ランディもそうだよな」
メルカバから乗り込みラウンジで一息ついたところでアリサさんが軽く手を叩き、リィンくんも乗ってくる。そういえばそうだ。私は彼らの存在を知っていたけれど、相手からしたら知らない相手だろう。
「初めまして、セリ・ローランドと申します。リィンくんたちの先輩で、トワの友人です」
「ティオ・プラトーです。ティオと呼んでいただければ。アリサさんからお噂はかねがね」
握手をしながら首を傾げてしまう。お噂。
「ランドルフ・オルランドだ。俺もトワちゃんから少しは聞いてるぜ。凄く頼りになるけど心配もかけてくれる親友がいるって」
小さな手を離してから今度は対照的な大きな手と握手をし、それに関してはさすがに思い当たることが多すぎるので口を噤んでしまった。いやまぁ同僚とそういう話が出来るようになっていたなら喜ばしいことではあるけれども。
「ふふ、ティオさんは技術的なことでRFと交流があって、ARCUSやARCUSIIでの優秀なテスターとして先輩のことを話してたんです」
「特にARCUSのレポートは私も興味深く読ませて頂きました」
「そ、その紹介は恥ずかしすぎますねえ」
もう二年も前の話だし、既に次世代機が実践配備されているというのに。学院生の頃のものだからレポートにしたって拙かっただろうに。あれがRF外にも回されているというのは初耳だ。いや提携している以上当たり前だけれども。
「先輩」
恥ずかしさに顔を片手で覆っていると、そっと空いている方の手をアリサさんに取られる。
「初代機の適性者を増やし得られた大量のデータを元にしてARCUSIIのリンク安定化に繋がったんですから、そこは誇ってくださらないと私たちも形無しです」
「ですね」
「……まぁ、そう、だね。うん。私のことを買ってくれてて嬉しいよ」
あまり私が自分の功績を否定することは彼女たちを愚弄することに他ならず、過度な謙遜は他者を貶めるという話に通じる。
「ティオすけがそう言うなら、やっぱトワちゃんの親友ってのも納得が行く話だな」
「えへへ、そうなんです。セリちゃんもアンちゃんも勿論クロウ君も凄いんですよ」
友人が褒められて嬉しそうにするトワは大変可愛いけれど、それはそれとして恥ずかしいのは変わらないんだなぁ、なんて思いながら照れ隠しで頭を掻くしかなかった。