[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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29 - 08/26 お墓参り

1206/08/26(土)

 

「皆さん──改めて本当にありがとうございました」

「わたしからも感謝を。本当に助かりました。まあ、博士のお手伝いはちょっとだけ楽しかったですが」

 

ブリッジはさすがに手狭ということでラウンジで朝のブリーフィングが始まり、昨日随分と歓待を受けたエリゼさんとティオさんが改めて面々に感謝を述べた。どうやら突入組を最後に待ち受けたのはアインヘル小要塞であり、分校にいた頃よりも難度がずっと引き上げられたレベルに挑戦させられたのだとか。

内部を組み替えられるという特性を存分に生かした高低差があり、オペレーターの助言がなければクリアは到底不可能とシュミット博士に言わしめさせた人工ダンジョン、あまりにも挑戦した過ぎる。

 

「まったく……ティオすけらしいというか。だがまあ、生徒たちも含めて肩の荷がちょいと降りた気分だ」

 

第二分校と分校宿舎、どちらも解放とは言い難いけれどあまり手付かずで変わっていなかったことは心の拠り所になっただろう。私もどこかでティルフィルに寄れたらとは思うけれど、いかんせんどこからも均等に遠すぎる。大変な田舎ともいう。

 

「本校生諸君が自分たちで選択してくれたというのは卒業生として誇らしくもあるね。ただセドリック殿下にとっては少々ショックな結果となったやもしれないが」

「ええ、ですが自業自得だと思います。エイダさんにフリッツさん──あの子を支えてくれた級友の離脱。……これを機に少しは目を覚ましてくれるといいんですけど」

 

とある夏を境に、人が変わってしまったようだと言われていたセドリック殿下は鉄血の子供の一員となり、宰相閣下の意に沿う形で行動している。それを憂う双子の姉君であるアルフィン殿下の悲しみは到底私では窺い切れはしない。

 

「旧都から世話んなってた俺としても一区切りついた気分だぜ。シェラザードの消息は分からねぇが一度エステルたちに連絡しねえとな」

 

遊撃士として大事である報告連絡相談が溜まっているのだろうクロスナー氏の言葉にティータさんも頷く。どうやら帝国東部にいるようだけれど、現状そちら側へ行くのは昨日のこともあって難しいだろう。

ランドルフさんとティオさんも同じく帝国東部──クロスベルに用があるようで、クロスベル出身であり二人とも懇意にしているユウナさんがガイウスくんに話を振ったけれど無情にも首は横に振られる。

 

「昨日の顛末で警戒網が強化されているようだ。東部とクロスベルは特に危険となっている。可能な限り航路を見出そうとはしてみるが難しいだろうな」

 

さもありなん。あれだけ前衛勢とメルカバに蒼の騎神まで出張って陽動したのだから逆に警戒をしてなければあほうというもので。それに唯一の足であるメルカバを危険に晒す緊急性も、申し訳ないながらない。

そのことを全員理解しているからか、合流や連絡は可能であれば、という結論に落ち着いた。

 

「しかし……活動するにしてもさすがに手狭だな」

 

クロスナー氏の言葉に全員が無言の同意をする。

ブリッジではブリーフィングすら出来なくなっている状態、それにラウンジも全員が座っていられるわけでもなく、そもそも教会の隠密行動用の機体に二十五人以上乗せているのがおかしいのだ。

さらにアリサさんによればゆうに3アージュはある鋼鉄の塊のオーバルギアも船倉に乗せられているとくれば、メルカバのエンジンを担う古代遺物がどれだけ化物なのかと思ってしまうほど。積載限界量を知りたい。

 

「昨日は乗せて頂いて嬉しかったですが、姫様は当然としても私までご厄介になるのは……」

 

申し訳なさそうに呟くエリゼさんを、アルフィン殿下が嗜め、艦長であるガイウスくんも気にしないでくれとハッキリ告げた。まぁ帝国のどこも安心安全とは言い切れないし、ここからわざわざユミルに行くというのもあまり現実的ではない。

……内戦の頃にリィンくんたちが使っていたとされる、ヴァリマールのような騎神が開くことのできる精霊の道とやらを使えば簡単なのだろうけれど、霊力を使うのも疲れるだろう。

 

「しかしこの大所帯、どこか安全な拠点などを捜して人を分ける必要があるかもしれぬな。レグラムは残念ながら衛士隊が入ってしまったようだが」

「バリアハートも駄目だな。ほぼ衛士隊に占拠されている」

 

一応大人数が入ることが想定されている我が家を提供するのはやぶさかではないけれど、騎神二体機甲兵四体それにメルカバが入る場所があるだろうか。お手伝いさんに月一の掃除はお願いしているとはいえ商品である森においそれと停泊は出来ないからなぁ。

ああ、いや、エリンの里から転位石を使って飛べばあるいは?でもそれだと結局ド田舎から各地に散っていく形になるのであまり適当ではないか。

 

「ルーレ市もそうみたい……東側を優先してるのかしら?」

「そだね、共和国との開戦前に師団も移動しているみたいだし」

 

遊撃士の情報網を持つフィーさんが頷き、ううん、と手詰まり顔になったところで、だったら丁度いいかもしれませんね、と今までずっと黙っていたミュゼさんがそう微笑んだ。

困惑が広がる中でスピーカーのノイズが走り始める。

 

『皆さん、お話し中の所を申し訳ありません。ミュゼさんと皆さん全員宛に通信が入っているのですが……』

「おいコラ……」

「ちょっとミュゼ……タイミング良すぎでしょう」

 

あまりのことに軽い咎めが入るのも無理からぬ話だけれど、偶然ですよ、と涼しい顔で彼女は言う。偶然、ねえ。それすらも彼女が描く盤上かもしれないと錯覚させられるのも、あらゆる可能性が見えるとされる彼女ならではかもしれない。

 

「ビックリされるとは思いますが、悪い話ではないかと。先ほど話していた案件を一気に解決できるかもしれませんし」

 

懸案事項。リベール組やクロスベル組の合流に、メルカバの大きさに対して大勢すぎる現状をどうするかという、場所と時間と距離全てが噛み合っていないそれらを解決できる一手とは。

 

「ロジーヌ、繋いでくれるか?」

『了解しました。モニターに出します』

 

ガイウスくんの要請で普段は壁の上にあるディスプレイが下がり電源が入ったところで────銀のうつくしい髪を持つ女性、オーレリア将軍の姿が映し出された。

 

『揃っているようだな。七日ぶりだ、シュバルツァーに新旧VII組。ハーシェルにラッセル、エリゼ嬢もご無沙汰している。アルフィン殿下にアンゼリカ嬢、よくぞご無事でいらっしゃいました。ローランドも仮面が取れたようで何より』

 

……そういえば工房から脱出する際にオーレリア将軍などが助けに来てくださっていたと言う話を聞いていたような気がしないでもない。まさかあんな無様な姿をよりにもよって将軍に見られていただなんて。

 

「ミュゼから話は聞いています。将軍こそご無事で何よりでした」

『勿体ないお言葉。さて、既にミルディーヌ様から話を聞いているやもしれませぬが、本日午後────"とある場"にいらっしゃるおつもりはありませんか?』

 

何やら含みある言葉に大多数が僅かながらも疑問符を飛ばす。

 

『シュバルツァーに新旧VII組、リベール組とクロスベル組もだ。それぞれ縁ある者たちとまたとない再会にもなるだろう』

 

……ここにいるだけで二十六人。さらにそこに人を足していくとなると大規模な数になる上、オーレリア将軍が単なる場所を指定するわけがない。私はじわじわと嫌な予感が背中を這い回り、将軍の言葉に驚く人たちの影に隠れそっと口元に手を当てる。大丈夫、大丈夫。耐えられる。

は、と呼吸を整え閣下とミュゼさんの話に耳を傾けることに集中した。

 

「ご招待される面々に関しては、今はまだご想像にお任せします。ですが多分、想像も付かないような出会いもあると思いますよ?」

「えっと、ヒントくらいは教えてもらえないのかな……?」

「……いくら何でも思わせぶりかと」

「まあ、いいだろう。察するに千の陽炎の全貌がようやく分かるみたいだからな」

 

リィンくんが発した言葉に全員が息を飲む。

千の陽炎────それこそが百万人を超える兵力を有する帝国軍主導の大地の竜に匹敵させた、大陸最大規模のカウンターアタックとなるもの。ずっと、今はまだその時ではない、と隠されていた話。

 

『返事はミルディーヌ様に。一応出迎えの準備はしておこう。それでは失礼する』

 

ヴァイスラント決起軍のフィクサーであるミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンから、オーレリア将軍を通しての招待。これで予感を覚えるなと言う方が無茶だろう。

 

「さて、どうされますか? 場の性質上、一切危険が無いとは言い切れないのも確かです。気が進まないのであれば、この話は無かった事にしますけど」

 

しかしそれでも、世界の趨勢を決めるであろう話に食い込めるのなら否を唱える者などここにはいない。自分たちはそのために走り回っているのだからと。

 

「分校長に伝えてくれ。ありがたくお招きにあずかると」

「それで、わたくしたちは何処へ向かえばいいの?」

 

アルフィン殿下の素朴な疑問に笑いながら彼女はARCUSIIを取り出し、通信が切られた艦内モニターに地図を表示する。

国境線が描かれたそれに、エレボニア帝国・カルバード共和国・リベール王国の三ヶ国が接する地の真上の印。位置としてはレグラムのほぼ真南だ。

 

「国境上空の緩衝空域。そちらに本日午後、決起軍旗艦パンタグリュエル号が到着します」

 

ああ、やっぱりあの白銀の戦艦が会場になるのだと、思った以上に暗澹たる気持ちを抱えてしまった自分の胸元をそっと押さえた。

 

 

 

 

「ロジーヌさん、医務室の薬って報告すれば持ち出してもいいものですか?」

 

ブリーフィングが終わり、朝の八時。まだまだ時間があるような気がしてくるが、国境空域に行くとなれば全速力でもそれなりの時間はかかってしまう。さっさと準備を整え、あまり迷惑をかけないようにしなければ。

可能ならエリンの里に行って温泉に浸かりたいところだったけれど、どうやら黄昏の余波で異常事態が起きているようで現状は叶わない。

 

「それなら私がお出しししましょうか」

 

ガイウスくんに艦長席を明け渡したロジーヌさんがそう提案してくれ、位置も効能も把握している彼女に任せるのが一番いいなと頷いた。ブリッジを出て直ぐ左手にある医務室に入り、薬棚に手をかけるロジーヌさん。

 

「どんなお薬が必要ですか?」

「頭痛鎮痛薬と吐き気止めを……二回分程度」

「……具合が悪いなら診た方がよろしいでしょうか?」

 

あまりの簡潔な言い方に即座に必要だと思われたのか心配そうな表情が私を見る。

……うん、七耀教会のシスターである彼女は病人を診るのも本業の一つだし、パンタグリュエルで私が具合を悪くする可能性が非常に高いということは伝えておくべき事柄だろう。

 

「今はそれほど悪くないですが、パンタグリュエルに乗ったら悪くなる可能性があって」

「……すみません、浅慮でした」

 

私が学院からクロウに連れ去られパンタグリュエルに一ヶ月以上も監禁されていたという話は具体的なところは一般学生に流出していないにせよ、教会側はある程度把握していたろう。だから謝られてしまったのに対し軽く手を振る。

 

「気にしないでください。きちんと話を引き出そうとしてくれるロジーヌさんが正しいです」

 

患者の言うことを間に受けて、碌に話も聞かずほいほいと言われるままに薬を出すような医者も世の中にはいると聞く。そうでない方が患者にとっては喜ばしいことに違いない。

 

「そう言っていただけるとありがたいです」

 

にこりと笑い、持ち出し用の救急箱を手にするロジーヌさん。おや?

 

「滅多に入らない場所で緊張される方も出てくるかもしれませんし、医療箱に少量ずつ詰めて持っていくことにしますね。セリさんも気軽に申し付けてください」

 

にこりと笑うロジーヌさんは箱に入れる薬を選別する作業に入ってしまい、結局私は咄嗟に飲める形の薬を手にすることは出来なかった。

……まあ、ロジーヌさんも来るだろうからいいか。いろいろな人が集まる場だし可能な限り元気な姿で話し回りたいけれどそれで体調を崩していたら世話ない。とりあえず作業に没頭し始めたロジーヌさんを置いて私は甲板へ出ることにした。

 

そよそよと風が頬を撫で駆け抜けていく。パンタグリュエルの時に出ていた甲板よりもそれは顕著で……というよりあの頃の艦にはクロチルダさんが結界をかけていたと認めていたし、中はともかく本来は寒いだろう甲板上でも快適に過ごせるようになっていた。

そうして、どれぐらいぼーっとしていただろう。メルカバが霧に包まれたところでエリンの里に降りるのだと理解し、着陸してハッチが開いたところで私も甲板からそのまま飛び降りる。

今日の地上探索班はお目付役のクルトさんにユウナさん、フィーさんにサラ教官、マキアスくんにエマさんのようだ。エマさんの負担が大きそうだけれどまぁそれほど大規模な戦闘もしないか、と勝手に納得しておく。

 

「先輩もエリンの里に用事ですか?」

「うん。察するに温泉のことをダリエさんに聞きに行くんでしょう? 用事が終わるまで里の近場で魔法料理の食材でも集めておこうかなって」

「ああ、なるほど。それじゃあ誰か一緒に……」

「いいのいいの。そんなに遠くまでは行かないから」

 

同行メンバーから私につけてくれようとしたリィンくんの厚意を断り、心配そうな面々の背中を押して妖精の湯の方へ見送る。それから軽くブリッジに通信を入れて私が降りてエリンの里にいることだけは伝えておいた。

 

宣言通り魔の森へ入り、マンドラゴラやルビーエッグなどライザさんから教えてもらった食材を集めていく。しかし人間の感性で言えば見た目がそんなによろしいわけではないこれらがあれほどまでに美味しくなるのだから料理というのは偉大だと思う。

 

────場の性質上、一切危険が無いとは言い切れないのも確かです。

 

採集をしながらふと朝の言葉が脳裏をよぎる。

ミュゼ・イーグレットとしてではなく次期カイエン公としてあの場を催したのだからトールズ組やリベール組にクロスベル組といった面々だけでは終わらないことは明白で、であるのならば三国国境空域を指定していることからかの国たちから重鎮を集めている可能性もある。

そうなれば帝国解放戦線は解散したとはいえ、共和国にいる反移民団体は未だ精力的に活動を続けているため嗅ぎつけられでもしたら面倒なことになりかねない。帝国政府もそこまで愚かなことをしないだろうとは思うが、それでもそうであって欲しいという私の願望に過ぎないのかもしれないとも。

 

まぁつまり、命を落とす危険性が普段よりもずっと高い。であれば今の内かな、と考えを巡らせた。

 

 

 

 

霊脈の活性化の影響もあるのかいつもより肥大化しているマンドラゴラなども見つけてしまいつつ、とりあえず必要だろう量の採集は終えられた。

ARCUSIIを開くとエリンの里から各地へ向かうといったリィンくんからの連絡が入っており、続報は入っていないのでまだ戻ってきていないのだろうと頷いて端末を仕舞う。

 

里へ戻り月影亭へ顔を出せばカウンター内に入っているトムソンさんと席に座っているライザさんがいた。

 

「おや、セリじゃないか。どうしたんだい」

「こちら森で取れたものをお裾分けに来ました」

 

黒の工房突入時やそれ以外でもずっとお世話になっている魔女の皆さんの霊力の足しにでもなればいいと、カウンターに素材を置いていく。

 

「おやおや、こいつはありがたいね。せっかくだし何か食べていくかい?」

 

ライザさんの魅力的なお言葉にどうしようかな、と悩みかけたところでARCUSIIが鳴り始める。発信者はリィンくんのようで断りを入れてから応答すると里にある温泉が復活したとの連絡だった。

 

「すみません、ライザさん」

「ああ、行っといで行っといで。湯に浸かるのもアンタに必要なもんさ」

 

そう送り出してくれたライザさんの月影亭を出て脱衣所の方へ向かう。近付いていくとリィンくんたちの気配があり、そりゃそうだよな、と鈍くなる足をパチンと結構強めに叩いて歩き出す。人のことを知るのなら、手を伸ばすのなら、人と関わることから目を背けてはいけないとマージョリーさんから言われたではないか。

それに、後ろのスケジュールが決まっている以上時間を無駄にはできないし、クロウに庇護されるばかりではいけないのだと心も叱咤し脱衣所へ入る。備え付けの湯着を手に身体を洗い、着用して温泉の方へ足を向けた。

 

「……あれ、セリ先輩?」

 

一番に気が付いたのはもちろん気配に聡いリィンくんで、慌てたように立ちあがろうとする者だから両手を前に出して押し留めた。

 

「人と入ることをね、いつまでも苦手としていては迷惑かけるので」

 

現にこうして気を使わせてしまっているし、それはそれで良くないことだと思うわけだ。いくらみんなが大丈夫と言ったとしても。

 

「ああ、それならアタシたちの間に入りなさいよ」

「先輩こっちこっち」

 

ぱしゃぱしゃとサラ教官とフィーさんが間を空けてくれたので感謝を述べながら肩まで浸かりゆるーっと二人の間へ入る。

せめて最初は女性ばかりの時にするべきだったかもしれないと思ったけれど、こんなもの勢いでなんとかする方がいいのではないかと、思い立った時に試すべきなのではと心が囁いたのだ。

 

「……やっぱここのお湯は段違いに効くねえ」

「先輩だと特にそうだと思いますよ。霊絡・霊力の回復効果が高いですから」

「各地の霊脈と繋がっているだけはある、ということですか」

 

今回の依頼でいろいろ回ったのだろうことを思い出してかクルトくんがそう頷く。

 

「そうでなくてもこのあたたかさはクセになるというか、リィンが温泉の話を熱く語ってくれたことを思い出して僕も視察先で温泉が目に入るようになってしまったな」

「ああ、興味の解像度が上がると途端に情報が目に入るようになるのあるよね」

 

今までスルーしていた文言や絵などが理解出来るようになるからなんだろうけれど、そういう意味でロゼ殿やシュミット博士、オーレリア将軍が見ている世界というのは一体どういうものなのだろうか、なんて。きっと私程度では理解出来ないレベルの深さで物事を把握していらっしゃる。

 

「それはいいことじゃないか」

「ホント温泉好きだよね、リィンって」

 

嬉しそうにするリィンくんに、呆れたように肩を竦めるフィーさんに笑ってしまう。

といったところで、じーっとこっちを見るユウナさんと目が合ってしまった。なんだか嫌な予感がする。

 

「……それにしても、セリ先輩って細い形でスタイルがいいっていうか」

 

あっ、やっぱり。エリンの里のお湯は透明度が高いので全てが見えてしまうのもあり咄嗟に教官の後ろへ隠れてしまう。これはこれで他人を差し出しているに他ならないけれど。

 

「あー、ユウナ。この子そういう言葉すごく苦手みたいだから勘弁してあげて?」

「えっ、あ、ご、ごめんなさい!」

 

私の行動に目を丸くしていた彼女が謝るので教官の後ろから顔を覗かせながら、こっちこそごめんね、と謝った。何も言っていないのに配慮をして欲しいだなんてわがままだとわかっている。わかっては、いる。悪気がないことも。

 

「……褒め言葉だってのはわかるし、それを拒否するのは傲慢なんだろうと思うけどね」

 

実際、学院時代にそういう嫌味を言われたこともある。美人だと言われるのが嫌だなんて、告白されるのが煩わしいだなんて何様のつもりだと。だけど私にとってそれは大好きな人でなければ意味などないのだ。……まぁ、クロウはかわいいとは使うけれど綺麗だなんて言葉を使われた記憶はないので、気を遣ってくれているのかもしれないが。

 

「いえ、苦手なものは苦手でいいと思いますし、ユウナも気を悪くはしてないだろう?」

「はい、大丈夫です。むしろ自分が褒め言葉だと思って言っても嫌なことはあるんだなって知るのは大事だと思います」

 

リィンくんの実に教官らしい言葉にユウナさんが力強く頷き、そういう素直さは彼女の掛け替えのない美徳だなと笑いがこぼれた。

 

 

 

 

のんびり雑談し上がると、他の面々も温泉に入るということでじゃあ暫く里に留まろうかという話にもなった。温泉の解決で各地を巡ると同時に他の要請もこなしたようでそれなりに時間はあるのだとか。じゃあやっぱりイストミアの南に行こう、と剣などを転位石の前で確かめているところへ里を回っていたらしいリィンくんが来た。

 

「セリ先輩、どこかへ行かれるんですか?」

「うん。事態が動きそうだし、次いつ行けるかわからないから」

「お一人で? クロウとか連れて行った方が」

「あー……クロウはちょっと連れて行けないんだ」

 

確かに基本的に一緒にいたい相手ではあるけれど今から行こうとしている場所は、さすがに連れていくにはお互いの精神力が試されすぎる。

 

「なら俺が付き合いますよ。今は特に一人は危ないですし、里周辺じゃないんですよね」

「……いや、うん、そうだね。お言葉に甘えようかな」

 

一人で送り出せないというリィンくんの意図はわかるし、私も自分の感情を抜きにしたら誰かと一緒に行くのが一番いいと理解している。トワなども国境空域へ行くためのルート選定で忙しい現状、今から誰かを見繕うよりはこのまま出立してしまおう。

 

頷いた私が転位石へ例のペンデュラムをかざすと景色は一瞬にして変わり、分岐路へ続く道に出た。それなりに便利に使っているのでもう慣れ親しんだ道を歩いていくと後ろからリィンくんも黙ってついてくる。

 

「……さっきはありがとうね」

「え? ああ、当然のことをしただけですよ」

 

そのリィンくんにとって当然のことを同じように出来る人間がどれだけいるのか。

 

「まさしく教官なんだなぁって」

「はは、教えられてばっかりですけどね」

「そんなの私もだよ。後輩である君たちにずっと教わってばっかり」

 

たまに先輩風を吹かせてしまうこともあるけれど、VII組の君たちと関わって知ったことはたくさんたくさんある。数えきれないほどのいろんなモノをもらっている。

 

「きっとそうやって続いていくんでしょうね。先達から教わっている時は自分たちが与えられるばかりだと思っていても、何かしら返せているというか」

「そうだね、そう思うよ」

 

そんな他愛のない話をしながら何度か転位石を経由したところで街に一番近い森の中に出た。この森は私の格好の遊び場だったというのに言われるまで転位石の存在に気が付かなかったというのは不徳の致すところだ。

まぁユークレスさんが言う通り不可視の結界が張られている場所で、素養がなければウロの存在すら認識出来ないので無理からぬ話だけれど。そう言った意味でも知っていると知らないは雲泥の差を生む。

 

「ここは……」

「私の故郷の裏手の森だね」

 

実家には後で寄るとして、まずは主目的の方をこなしておこうと街とは別の方向へ歩いていく。少し様子を窺ってみると街は今日も元気に回っているようで、よかったと心のどこかがほどけていくのがわかった。

 

「随分と活気がありますね」

「木工の街でね、今は夏至祭の作品を見た商人さんが新しい職人さんと出会って既存の物を仕入れ売り、そこから繋がる発注が相次ぐ時期だから特にかな」

 

街から少し離れているのに親しんだ喧騒が聴こえてくる。人の笑い声、槌がふるわれる音、台車が石畳を通っていくリズムに鐘の澄んだ時報など。この街が奏でるこれらを、こうして森の外から聞くのが私は好きで、きっと叔母叔父も好きだったろう。

 

暫く歩いたところで花が咲く広場に辿り着く。光差すそこは太陽光を抜きにしても輝いているように見えて、女神さまが笑っているようだとさえ。私は煉獄に落ちてもいい、否、落ちたい。だけど二人は、どうか女神さまのもとで楽しく過ごせていますようにと。

広場の前でそっと両膝をつき、手を祈りの形に絡め、そう願った。

 

 

 

 

立ち上がり、膝をぱたぱたとはたいたらリィンくんも祈ってくれていて心のどこかがあたたかくなる。私の動きを察知してか上げた瞼から覗く赤い、光が透き通るような瞳と視線が合った。クロウと似ている色合いなのにまったく違うそれ。

 

「その、もしかして、ここが」

「うん、叔母叔父のお墓。私たちティルフィルの民は遺体を焼いて、骨を砕いて、こうして森に還ることをよしとする。そういう精霊信仰の土地だから」

 

隠すことでもないと歩きはじめながら頷けばリィンくんの拳がぎゅっと握られた。

 

「だから、クロウに送ってもらおうとしなかったんですね」

「そう。クロウだけは、ここに連れてくるわけにはいかない。特に墓参りになんかにはね」

 

エッタさんもアルデさんも内戦に殺されたのには間違いなく、あんなことがなければ生き長らえていた人たちだと私は信じている。もちろん私の両親のように不運な事故で亡くなる可能性だってないわけじゃないけれど、それでも内戦が起きていたか起きていなかったで比べたら死亡率はぐんと低かったろうとは思うのだ。

 

「私は今でも……内戦の引き金を引いた存在のことを、真の意味で許せているわけじゃないと思う。たとえそれが強制力のあるこの地に根付く呪いが関与していたとしても関係ない。あの殺意は本物だったろうから」

 

普段ちゃらんぽらんを装ってはいるものの、その実すごく真っ直ぐなところがある。たとえ肉親が謀殺されたからといってその復讐心を忘れずに、裏の世界で泥を啜って生きることになっても手放さず、大国であるエレボニアを恐怖に陥れるテロリストにどれだけの人間が成れるというのか。だからこそクロウの根底にあるものは真面目さなのだ。

 

「逆にそれを否定するのは侮辱だとさえね。でも、だとしても、罪悪感を煽りたいわけじゃないし、そんな表情を見るのは私が辛いって理由でここに近付けさせたくない」

「先輩……」

 

どこまでいってもわがままでしかなく、だけどこのわがままだけは私に通す権利があるとわかっている。誰にも否定は出来ない。

 

「さ、それじゃあ実家に寄って帰ろうか。まぁ万が一があるなんて思われないだろうけど」

 

暗い空気を払拭するためにちょっとだけ冗談を言うと、あはは、とリィンくんが笑う。

 

「そうですね。先輩とクロウは本当に仲がいいですから」

 

その言葉を受け、仲がいいように見えているならよかった、と心の中で呟きを落とした。好きであることに変わりはないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────クロウ、いたんだろう?」

 

里に戻り転位石近くに置いていた食材をメルカバへ持っていく先輩を見送り、ちらりと里の転位石に目を向けて声をかけるとどうしてか里にいたはずのクロウが現れた。

 

「……聡い後輩を持つと苦労すんなぁ」

 

がしがしと頭の後ろをバツが悪そうに掻くその姿は怒られた子供そのもので、だけどそれで流していい事柄じゃないことだけは俺でもわかる。

 

「いいのか? 先輩も多分」

「アイツが、しかも森の中にいる状態で俺に気が付いてないなんてことあり得ねえわな」

 

それでも先輩は一切気づいたそぶりを見せなかったから、聴こえているならこの話題に金輪際触れるな、という警告まで含んでいたんだろう。残り少ない日数をせめて楽しく過ごすために。でもそれで本当にいいんだろうか。

 

「でもな、アイツが言ってた通り俺が触っていいこっちゃねえんだよ」

 

黒い手袋がはまった左手を見下ろし、握り締める。

 

「アイツの保護者を殺したのが俺じゃなくても内戦の引き金を引いたのは間違いなく俺で、それも黄昏を引き起こしたお前とは違って徹頭徹尾自分の意志で指を動かした」

 

決定的にお前と俺は違うんだとクロウは言う。結果に意志は見えなくとも、絶対的に本人の中について回るのは意志の有無だとも。……俺は、俺が黄昏を引き起こしたことを仕方がないなんて全く思わないが、それでもクロウの言っていることは多少なり理解出来る。

自分が責任を負うと決めた引き金。その誠意の表れが内戦を見届けるという選択だった。

 

「……実の子供であるお前の目の前で言うこっちゃないが、それが間違ってたとは今でも思わねえ」

 

目の前にした相手で自分の意見を曲げたように見せるのは簡単で、でもクロウはそれをしない。おちゃらけて世渡り上手であるように見せかけてはいるがそんなのは外側だけで内側は不器用なところばっかりだ。

 

「だから謝るのはおかしいし、アイツがそれを忘れないでいるにも関わらず俺と一緒にいるっていう、────それが歪つだけど嬉しいのも確かでな」

 

顔を片手で覆い隠しながらこぼれた笑いは、まるで助けを求めているようにも聴こえてしまって。

 

「クロウ……」

「謝るっていうのは時に暴力だ。相手に、許す・許さないの択を迫っちまう。だから俺はあの街の話をしないし、保護者の話も振らねえし、セリもしない。それでいいんだよ」

 

それでいいと──否、それがいいと、クロウもセリ先輩も二人とも同じことを言う。

そんな拒絶と欺瞞で固めたかなしい在り方でいいのかと疑問が生じつつも今の俺には上手い言葉が見つからず、ごめん、と謝るしか出来なかった。

 

「別に構わねえよ。そのお節介に助けられてるトコもあんだから。ま、もうちっと色々配慮したほうがいい側面もあるが今更だな」

「先輩と二人きりになったのは……その、悪かったよ」

「あー、そういうこっちゃねえんだが。ま、いいか」

 

呆れたように笑うクロウに促され、首を傾げながらメルカバへ戻ることにした。

 

 

 

 

────運命の分岐点まで、あと二時間。

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