[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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30 - 08/26 白銀の戦艦へ

1206/08/26(土) 午後

 

エリンの里を出てから光学迷彩を一切切らず高速で向かっていく。

迷彩を展開しているとはいえ黒の工房が関わっている以上それを上回るレーダーがないとも限らないため、巡回中の帝国機と出会わないよう細心の注意を払いながらメルカバ捌号機は指定された空域へ無事に到着した。

ランプによる特定のサインを互いに送り合い身元の確認をし、向こうから通信が入る。

 

『────こちらパンタグリュエル号。貴艦の入渠を許可する。ビーコンに従ってくれ』

「了解しました。自動接舷処理に入ります」

 

元々国境周辺は不干渉地帯であり、三ヶ国が集まっている頂点ともなればその度合いもより一層強まる。誰しも自分以外の二国へ同時に喧嘩を売る行為などしたくはない。……通常であれば。

しかし共和国への侵攻ルートからも外れているこの瞬間のこの場だからこそ叶うこともある会合というのが存在するのだろう。それこそ互いにそれを"許可"出来る立場であることが前提だが。

 

「……来たか」

「本命たちの登場みたいだね」

 

緊張で硬いガイウスくんの言葉に合わせ、フィーさんも鋭く窓の外を捉える。

前方、白銀の戦艦を基点とし北東と南から揚陸艇が姿を現し、貴賓扱いで私たちよりも先に戦艦内へ。そうした中で"東"から共和国ヴェルヌ社軍用型新式中型ガンシップVST110型・アヴィオールが堂々と登場した。艦内の緊張が一気に高まる。

 

「ミュゼ、もしかしていらっしゃる方々というのは」

 

アルフィン殿下がその物々しさに気が付き、微かに震える声で問いかける。泣き出されなかっただけでも大したものだと不遜ながら思う。

皇族とはいえ殿下は17歳の少女であらせられるし、そもそもユーゲントIII世陛下は御歳48であり未だ現役であると言ってもいい年齢で、このようなことがなければこれほどまでに────国の各トップというべき重要な役職の方々と直接やり合わなければならない場に駆り出されることなど本来なかった。

飲み込まれないなどというのは土台無理な話だ。

 

「南はリベール王国、北東はレミフェリア公国、そして東はカルバード共和国からとある方々を招待しました。遊撃士協会と特務支援課の方々にも立ち会っていただく予定です」

 

 

 

 

メルカバがパンタグリュエル前方船倉エリアに入渠し、山猫号IIの隣に停泊する。降りると同時にクロチルダさんの結界の気配を感じられたので、前回は全くわからなかったのに自分も成長したな、と自分を褒める。

 

「諸君、よく来てくれたな」

 

バルディアス准将が白い制服を着た部下二名を引き連れ現れる。オーレリア将軍の右腕たる准将の出迎えとはなんとも期待値が高いというか、いやこれは闘う人間の感覚か。

 

「ウォレス准将。ご無沙汰しています」

「将軍とクロチルダ殿から聞いている。息災そうで何よりだ、シュバルツァー。アルフィン殿下、アンゼリカ嬢もご無事で何よりでした。それにローランドも」

 

声をかけられ一礼する。そういえば海上要塞の一件後に行方不明になったんだったなと。それのせいで将軍にも准将にも要らぬ心労をかけてしまった。私のような単なる一般人のことなど捨て置いてくれて構わないのに……それが出来るような人たちであればこの場にいないのかもしれないが。

 

「ご存知かとは思われますが六月の海都の領邦会議からあまりに状況が変わりました。そして本日、ある意味において歴史が変わる日となるでしょう」

 

歴史の転換点。過去にそういったものがあったことは史実で知識として知ってはいる。1200年前の大崩壊、900年前の暗黒竜の顕現、800年前のヘクトル帝による暗黒竜の討伐、250年前の獅子戦役。どれも歴史の中では色濃く語られる。知らない帝国民はいない。

そして今日。七耀暦1206年08月26日。表に出ることはないかもしれないが、それでも運命の分岐路を見届ける役を私たちは背負ったのだと。

 

「案内しよう。皆、付いてきてくれ」

 

准将の言葉についていき、私は次第に見覚えのある区画に移動したことに呼吸を整える。

 

「……歩いても歩いても終わらないなんて、どれだけ大きいのよ……」

「出発が前方船倉ですし、案内されるところからは一番遠いところだと思います」

 

ユウナさんのぼやきにおおよそ船内の構造を理解しているアルティナさんが応答をすると、足腰の弱ェお偉い様がたに譲ってやるってわけか、とアッシュくんが笑いながら軽口を叩く。

 

「まぁ戦艦の破壊優先度的に艦橋から一番遠いところに造るよね。区画が目的だとしたら逆に艦橋から意識を逸らせるわけだし」

 

フィーさんが更なる解説を付け加えると、理解はしますけど、とそもそも到着した時も大きさに言及していたし大型建造物というものに対し何か思い入れがあるのかもしれない。なんせあの大陸最大と言われるオルキスタワーの建造を開始から最後まで見届けた市民の一人なのだから。

 

そうして、准将の足が止まり扉の脇に控えた部下の方々に言葉をかけ扉が開かれた。

金色の刺繍が施された荘厳な壁紙に、真ん中には曇りの一つもないうつくしいシャンデリアがあの頃と変わらず、そして透き通った水が閉じ込められた壁は涼やかな水音を広間に届けている。

貴族連合軍が四大名門の資金力にあかせ秘密裏に建造した250アージュ級飛行戦艦の貴賓区画。それは美術品などを飾ることが出来ない性質上、こうしたものでその影響力を示すのだ。

 

「ご、豪華なんてもんじゃ無い気がするんですけど……」

 

調度品などは大部分が入れ替えられているようだけれど、それでも大まかな変えようがないところは殆どそのまま、丁寧な手入れをされていたことがありありとわかる。貴族連合軍から政府に接収され皇室専用艦となり、そして今度は決起軍のものとなったパンタグリュエル号。主は直ぐに変わるもの、と思っているかもしれない。

 

そうしてユウナさんが、そういえばアルと教官って前にここで会ってるんだっけ?、とおそらくリィンくんにとっては要らないことに部類するだろう発言を落とし、アルティナさんが不埒なことをされかけたと同意する。

本人は否定しているし、まぁ下心を持ってそういうことをしたわけじゃないんだろうことは確かだが、下心がなければ許されるというわけでもないもので。アンによる一部の行動や言動は明らかに下心があるので容赦はしないが。

 

「セリさんとわたくしが初めて会ったのもここでしたよね」

 

あまりにイジられるリィンくんをかわいそうに思ったのか、横抱きのくだりをぶっ込んだアルフィン殿下の視線がこちらへ向いた。今はまだアストライア女学院の制服を着ていらっしゃるが、この後手配されたドレスに着替えられ会合に臨まれる手筈が整っている。

 

「ええ、あの時の殿下のお召し物も大層可愛らしくありましたが、本日予定されているドレスが似合う淑女に成られたことに帝国臣民として嬉しさを隠せません」

「まぁ」

 

二年前、アルフィン殿下は帝国を表す緋色を基調とし、裾にも袖にも白いフリルがたっぷりで胸元には薄い紫色の大きなリボンをつけ、金色の髪を一房赤いリボンでまとめているという、今よりはずっと活動的な衣装を纏っていた。

けれど今回されているのは緋色のドレスであることに変わりはないが、裾は長くなり華奢なヒールの着用、そして胸元のリボンの中心には双眸と同じ色合いの純度の高い蒼耀石が嵌め込まれている。あの頃よりも身長も高くなり体型も変わり、少女ではなく女性となった殿下のために練られたお召し物。

叶うならばあの時と同じように跪きたくはあったが、まぁあまり堅苦しいのもこれからのことを思えばよろしくない。ので言葉だけにとどめておくことにした。

 

「……下手な男よりも男前過ぎねえか?」

「いやー、俺の恋人がカッコよすぎてこまるもんだぜ」

 

そんな平和すぎる会話をしていたところで、既に到着していた組が奥の部屋から姿を現す。

 

一つは明るい茶髪を後ろの方で二つにくくっている女性に、丸い頭部に沿う黒髪を持った男性、菫色の綺麗な髪を黒のリボンで飾っている少女の組み合わせ。

もう一つは赤みがかった茶色で後ろを少し伸ばした写真の印象より肩幅がある男性に、腰まであるパールグレイの髪を持った理知的な女性、そして────金に緑がかった不思議な色合いの髪を持つ少女。一目見ただけでクロスベル騒動で至宝に纏わってしまった子なのだと理解する。

 

それぞれ遊撃士組やリベール出身の人たち、クロスベル組が嬉しそうに駆け寄っていく。

今や帝国は自国内であっても自由に移動することは難しく、更に戦争賛成の機運が高まっている中で指名手配をされている面々、あるいは未手配でも行動が制限される立場の人たちは更に合流が難しかったろう。下手をすればすべてが裏目に出てしまう可能性すらあるのだから。

 

知らない人たちではあるけれど、それでも本当に嬉しそうな和気藹々とした再会は見ているだけでずっと張り詰めていた精神がほぐされるようでほっとする。笑顔というのはそれだけの力を持つのだなと改めて。

 

それから話が一段落し、それぞれのリーダー格たる二人を筆頭に全員がリィンを見る。その視線に緊張を滲ませながらリィンくんが胸に手を当て言葉を。

 

「トールズ士官学院VII組所属、リィン・シュバルツァーです。初めまして、エリィさん。エステルさんにヨシュアさんも」

 

けれどリィンくんのはじめましての挨拶は、クロスベル組のリーダー──ロイド・バニングス捜査官を飛ばしたもので、ああもしかして臨時武官として政府から派遣されたクロスベル戦役絡みで面識があるのかと思い至ってしまった。あの頃はまだ18歳であった彼には酷く重かったろうに。無論今なら軽いというわけではないが。

 

「初めまして、アリサさんからお噂はかねがね」

 

エリィ・マクダエルさん────クロスベル元市長現州議長のお孫さんであり、クロスベル警察特務支援課に所属していた、今は衆議長殿の下で外交官のように各種交渉を担っている女性だ。……確か父母が共和国系と帝国系であり、その間に生まれた彼女がクロスベルを大切にしているというのは運命の悪戯なのかもしれない。

 

「よろしく、リィン。君のことは色々と聞いているよ。ティータの手紙やレン、……オリビエさんやトヴァルさんからも」

 

続いて黒髪の男性が前に出て挨拶をする。オリビエ──オリヴァルト殿下がお忍びで吟遊詩人をして放浪する時の名前という噂は聞いたことがあったけれど、リベール組からその名前が出るというのは帝国民としてくらくらするところがある。

おそらくヨシュア・ブライトさんではあるのだろうが、結社の元執行者以上の情報は私では追えなかった。加えて彼の後ろに控えているレン・ブライトさんも……結社の元執行者であるわけで、そしてブライトといえばリベール軍に在籍するカシウス・ブライト中将が思い浮かんでしまい、養子だとしてもとんでもない家族じゃないか?と思わざるを得ない。

 

「初めまして、リィン君。ようやく会えて嬉しいわ。そうそう、あたしたちは呼び捨てにしてよ? 歳だって一つしか違わないんだし」

 

ヨシュアさんの隣にいたVII組にはいないタイプの、太陽という形容詞が似合う女性が溌剌と挨拶をしリィンくんに握手を求め彼もそれぞれに応じる。

エステル・ブライトさん────リベール王国遊撃士協会所属、弱冠16歳で正遊撃士の資格を取得した人。私が知る彼女の情報としては数えきれないほどの苦難に満ち溢れていた道程だったろうに、その笑顔に翳りなどひとつも見えなかった。

 

「それから────お久しぶりです、ロイドさん」

 

緊張した声でバニングスさんに声をかける彼は、まるで何かを問いかけるかのよう。

 

「一年半ぶり……いや三ヶ月ぶりか。あの時は助かった。改めてよろしくしたいし、リィンと呼んでもいいかな? 代わりに俺のことも呼び捨てにしてくれると嬉しい」

 

けれどそれに対し意図的に気付かなかったフリをしたのか、バニングスさんはにこりと笑いながらエステルさんたちと同じように握手を求めるが────その手が直ぐに握り返されることはなかった。

広い貴賓区画に落ちる静寂。その理由は、工房側にいた面々はなんとなくわかってしまう。分からないはずがない。歴史から見ればただの一瞬であれど、私たちが世界の敵であったことは明白なのだから。

 

「……正直、その手を取る資格が俺にあるとは思えないんです。聞いているんでしょう? 俺がしでかしてしまった事も」

 

沈黙は肯定。それを理解しリィンくんは更に懺悔を続ける。

 

「そのせいで帝国は勿論、クロスベルにも呪いは広がった。いや、ノーザンブリアやジュライ、更には共和国との全面戦争まで……貴方たちには何とお詫びを」

 

クロスベルは言わずと知れた帝国と共和国の境にある国際金融都市であり、百年ほど前までは帝国が完全占領していたものの共和国が領有権を主張、その二大国を宗主と置いた自治州として発展してきた────が、1205年初頭のルーファス閣下による電撃作戦でまた完全なるエレボニア帝国クロスベル州となった。

黄昏の呪いは、帝国全土に広がる。つまり、クロスベルがあくまでまだ自治州であったなら呪いの侵蝕は遅く済み、また共和国軍との最前線ともならなかったのではないかと……しかし両国に挟まれている以上それは遅かれ早かれだったと私は思う。今回の作戦でクロスベル市民の血が流れることになるかどうかといった話だ。代わりに共和国民の血が流れていいと思っているわけでは全くないが、抵抗勢力の規模でいえば流れる血は比較すれば少ない。

 

リィンくんの言葉を受け、バニングスさんははっきりとかぶりをふる。

 

「俺は捜査官だ。起きた事件の表面だけを見たりはしない。恐ろしいまでに用意周到に仕組まれた計画は誰であっても絶望に値するモノだっただろう。それでも君は諦めなかった。帝国のみならず俺たちのクロスベル……いや、世界そのものに目を向けて足掻こうとしている」

 

人を安心させる笑みがあるとしたら、こういったものだろう、と思わせるような人懐こい表情を浮かべ、バニングスさんは改めて手を差し出す。先ほどよりも力強く。

 

「できれば俺たち支援課も、その歩みに仲間として入れて欲しい。帝国とクロスベルという垣根を越え、世界そのものを終わらせないために」

 

────これが、帝国が内戦で慌ただしくなっている時に現れたとされる女神の至宝に纏わる大樹の騒動を収めた人物の胆力なのかと思わされた。そしてあの悪魔を崇拝し夥しいほどの人体実験を繰り返していた邪教と噂されるD∴G教団の幹部司祭を追い込み、共和国に辛うじて存在してたロッジを壊滅させたという。

 

真っ直ぐな声、言葉、その瞳。それらを真正面から受け止めたリィンくんはがつりと差し出されたその手を掴む。もう迷いなんてないかのように。

 

「よろしく、ロイド。状況は絶望的で別の大きな流れも始まろうとしているようだが、諦めずに力を合わせて壁を乗り越えて行こう」

 

そうして見届け人と公女殿下から称されたグループのリーダーたちの邂逅が済み、見計らったように貴賓室へ新たに入ってくる気配。オーレリア・ルグィン将軍。その後ろに居る気配も尋常ではない。

 

「リベール遊撃士協会、ならびに特務支援課の諸君。オーレリア・ルグィンだ。お初にお目にかかる。それぞれじっくり話したい所だが早速会合を始めたいと思ってな」

 

退くように廊下の中央から居場所を移し、案内していた方々のお姿を私たちに見せてくれる。横にいたトワが、やっぱり、と小さく息を呑んだ。

 

現れたる招待者は壮年の男性二人。

一人は深い緑の軍服を身に纏った金髪に顎髭のある男性。レミフェリア公国元首、アルバート・フォン・バルトロメウス大公。

そしてもう一人は青のジャケットに緑のベスト、赤い蝶ネクタイをつけた男性────カルバード共和国元首、サミュエル・ロックスミス大統領。

 

そうして更にもう一組、ラウンジへ躍り込んできた。小柄な女性とそれに付き従う男性。

白と薄紫を基調としたドレスを身に纏った紫髪の少女はかの国の至宝と謳われる、リベール王国王太女、クローディア・フォン・アウスレーゼ殿下。

そして隣にいるリベールの軍礼服を着用した偉丈夫は、リベール王国軍総司令カシウス・ブライト中将。

 

国際問題になりかねないからあまり深く走査をすることはしないが、それでも彼らが影武者ではないことは私が保証出来る。出来てしまう。

非公式な会合というのは、嗚呼、まったくもって非常識な会合なのだ。

 

 

 

 

軽い顔合わせも済み、ブライト中将が言った通りにアルフィン皇女殿下、ロックスミス大統領、アルバート大公、クローディア王太女殿下、ブライト中将、ミルディーヌ公女殿下、オーレリア将軍が最奥の会議室へ進んでいく。

後でたくさん話しましょうね、とリベール組やクロスベル組はそれぞれにあてがわれた部屋へ一度戻っていき、大人数である私たちはすこしそこへ留まることにした。

 

「この会合について、アンゼリカさんやユーシスはある程度は知っていたんですよね?」

「帝国以外とも連動するのは当初からの彼女の提案ではあったね」

「だがこんな場を設けて各国の首脳まで呼ぶとはな……」

 

アリサさんから向けられた話題に対し帝国貴族である二人とも肯定はするが、それでもここまでの規模……言ってしまえば共和国まで巻き込むとは思ってもいなかったろう。しかし考えてもみれば元々軍事国家である帝国が保有する百万を超える兵力に対する、同程度のアタッカーを据えられるとなればそれは、同程度の大国というのは自明の理だろう。常識が思考の阻止をしていた例だ。

 

「そして最後に現れたカシウス・ブライト中将──かつて百日戦役で帝国軍の侵攻を食い止めた稀代の軍略家でしたか」

「うん、戦後に王国軍を退役し一遊撃士として働いていたという。……父上もアルゼイドとしてだけではなく、個人として懇意にしていたそうだ」

 

錚々たる面々にこの戦艦内の権力指数は平均化しても跳ね上がっているなぁと一般市民としては思ってしまう。いや本当に、リベール王国の女王の名代として遣わされているクローディア王太女殿下のように、せめて名代を寄越したりするべきじゃないか?どうしてご本人たちがやってきているのだと。

しかしもし私がテロリストなら逆にこの戦艦には傷ひとつでも付けたくないとおもってしまうかもしれない。あまりにも壊れるものが大きすぎるが故に。目的を果たしたとしても結局それは自国の滅亡と同義だ。

 

「しかし共和国の協力は必要不可欠としても、レミフェリアも巻き込んでいるんだねえ」

 

レミフェリア公国。ノルドの更に北にあり、僅かではあるが帝国と国境を接しており、その為に帝国軍の自国領通過を求められている小国だ。リベール王国も同様の圧力がかかっている。承諾すれば世界大戦の幇助、拒否をすれば皇族に仇なした共和国の味方と見做され滅ばされる。

たとえその皇族への殺人未遂が、帝国に蔓延する呪いによるものだったとしても罷り通っている事実とは異なっているがゆえに。

つまり現在、帝国と物理的な関係性がある全ての場所のトップが一堂に会しているのだ。ノルドは国でも自治州でもなく国家元首相当となる人物がいないため割愛されてはいるが。

 

「とんでもない会合によばれちまったもんだな、シュバルツァー」

「ああ。会合の見届けを俺たちや遊撃士協会、特務支援課に託そうとしているのか、彼女は」

 

百万と百万の勢力のぶつかり合い。

いうまでもなく大勢の人が亡くなる。あらゆる場所が戦火にまみれる。それでも、帝国に勝ちを譲れば人類は殆ど死に絶える未来を思えばとの決断だ。大崩壊の再演、暗黒時代への遡り。どれだけ人が死のうとも帝国を下さなければ人類に明日はない。

でもだからといって、そんな決断を16歳の少女に託していいものなのか。大人としての不甲斐なさを自覚しつつ────もう駄目かもしれない。

 

 

 

 

この得難い機会を無駄にせずいろいろ話して回ろう、というリィンくんの解散の言葉で散り散りとなったところ、ロジーヌさんやデュバリィさんが集まる政治事に我関せず的な部屋が形成された気配を感じ、周りに気付かれないよう私もそこに滑り込んだところで無様にもソファに倒れ込んでしまった。

 

「……よく頑張りましたわね」

 

そっと頭を撫でてくれたデュバリィさんが部屋の外へ出ていき、部屋の外に待機しているメイドの方に何かを頼んで戻ってくる。

いろんな情報を漏らさないようにとずうっと頭を回転させてはいたものの、それとは全く別軸のところで吐き気と頭痛と回転性の眩暈でぐるぐるぐるぐるしていたのだから本当にもう部屋にたどり着けただけでも十分だと思うのだ。思考を働かせるのに体調不良は悪。

しかし吐き気と言ってもパンタグリュエルに行くことが決まったことから朝食はあまり食べないようにしたため、吐くものもないので口からこぼれるとしたら胃液ぐらいのものだ。それでも貴賓区画の絨毯を汚したいとは全く思わない。

 

……しかし、よりにもよってなんでこの部屋なんだと馬鹿みたいに嘆きたくなってしまう。ここでなければどこでも良かったのに。だけどこの部屋が一番一般区画に近い、格の低い部屋だとは理解している。だから通気ダクトのようなものが存在していたし、そのおかげでリィンくんと皇女殿下を逃すことが出来たのだけれども。

二年前、私が過ごしていた部屋。ベッドや棚などは撤去され、いろいろ模様替えはされているけれど部屋の場所までは変わりようがない。

 

「セリさん、こちらを飲むことはできますか?」

 

視線だけ声の方にやると、そっと差し出された粉薬とグラスに入ったお水が見えた。ぐ、と座面に手をつき何とか体を起こして薬を口に入れ、水を一気に飲み干す。顎を上げるその動作でまたぐらりとなったけれど、コップを戻しつつ逆らわないで横になった。この体勢なら吐いた時対策にもなっているし一石二鳥の行動だ。

 

「一般区画にある医務室にでも行きますか? 貴方にとってこの部屋は少々辛いでしょう」

「……いえ、頭痛が治まったら、私も、話をしたいですし」

 

ため息と共に、そう、と掛けられた言葉でデュバリィさんは窓際の方へ行ってしまう。呆れられたかな。でも体調不良を薬で隠してでも、話さなければならない人たちはたくさんいるのだと私は思う。全くもって全然足りていない私は、特に。

キィ、と扉の開く音がしたところで、うわ、という声が聞こえる。

 

「セリーヌさん、どうかされましたか?」

「昼寝出来る場所を探してるだけよ。……ま、寝込んでるのがいるなら静かそうではあるわね」

 

ソファから落ちている私の足に、すり、と一瞬だけセリーヌさんが身体をこすりつけ、それが何らかの魔術なのか、単なる気休めなのかはわからなかったけれど、少しだけ気分が楽になったような気がする。

 

「白湯をお持ちしました」

 

今度はメイドさんが入ってきて、保温ポットに入ったそれが机の上に置かれる。

 

「……具合が悪いようでしたら、ベッドのご用意を致しましょうか?」

「ああ、いえ、彼女はこのままがいいそうなんです。でも必要になったら声をかけさせて頂きますね」

 

私の代わりにロジーヌさんが対応してくれて、ありがとうございますと伝えたかったのに、薬の影響か思考がとろりと溶けてきて、ああ、なんだか、ねむい、なぁ。

 

 

 

 

ふわふわふわふわ、まとまらない世界で誰かの足音が入ってくる。驚いたような声に、ちいさくそれを咎める声。ああ、そうだ、この声の主に言わなければいけないことがあったのに、午前中の私は自分のことでいっぱいいっぱいになっていてすっかりそれを忘れていた。起きろ、起きてくれ、今なら周囲に人もあまりいないし伝えるチャンスだろう、と体を起こす。

 

「────セリ先輩」

 

まだぐらつく頭を押さえながら霞む視界をクリアにし視線を向けたらそこにはやっぱりリィンくんがいた。

 

「先輩、やっぱり具合が? トワさん呼びましょうか」

「いい、いい。でもちょっと、耳寄越して」

 

あんまり動けない私のところへリィンくんが素直に膝をつき耳を寄せてくる。

 

「あのね、トワが最近元気ない理由、知ってる?」

 

私は私のことで手一杯になってしまっているけれど、この間……もっと具体的に言えば一昨日からどうも何かを考え込むような仕草が多くなっているように見える。もちろん思慮深い女性ではあるけれど、それはそれとして、普段と違う様子があるのだ。

私の言葉に、それは……、と言い淀むリィンくん。なるほど、君は理由を把握しているのか、と私はまたぞろソファに落ちる。

 

「じゃあ、いいかな、うん」

「その、別に先輩たちに相談出来ないとかじゃないと思うんですけど」

 

慌てたように言い募るリィンくんがあまりにも面白くて、私は場違いにも笑ってしまった。

 

「いいのいいの。友達じゃ言えないようなことも、あるだろうし、特に私はいま、自分のことで感情を溢れさせてしまっているから、相談出来る相手がいるなら、それで、いいんだ」

 

自分が相談相手じゃなかったことは特に問題じゃない。彼女が、私たちの中で誰よりも大人であろうとしてしゃんと立つことを選んでいる、そんな私の大事な大事な人が、寄りかかれる存在が誰か一人でもいるのであればそれで。

 

「先輩……」

「……でも、首を突っ込むなら、最後まで面倒をみて、ね?」

 

中途半端に差し出す手がどれだけ酷いものかというのを君は知らないかもしれないが、それでもトワの心の裡に踏み込むのであればそれ相応の覚悟をして欲しいと私は願う。トワを蔑ろにすることだけは、たとえ彼女自信が許しても私が決して許さない。

 

「……肝に銘じます」

「うん」

 

真剣な顔つきをしたリィンくんを見送り、ふう、とため息をつけばいつの間にかデュバリィさんが私を見下ろしていた。どうしたのだろう。

 

「……貴方って、本当に、馬鹿ですわね」

「起き抜けにいきなり文脈もわからず罵倒される経験は……したことなかったですねえ」

 

でも意味もなくデュバリィさんが罵倒するわけがないのだ。きっと今のリィンくんとの会話にヒントが隠されているのだろうけれど、働かない頭では結局見つけられることもなく、まぁいいかともう暫く横になっていることにした。

 

 

 

会合が終わり、会議室から人が出てくるのを感知して起き上がる。うん、さっきまでよりはずっと体調がいい。万全ではないけれどこれなら繕うぐらいは出来るだろう。

部屋に訪れたメイドさん曰く会食の用意が整うまで今暫く待機とのことで、その短い時間を何とか有意義に使おうと深呼吸をして部屋から出た。

 

眺めていると結構いろんな組み合わせで話し込んでいる姿が見えるので、大半が前半で挨拶をし終えているのだろう。とりあえず先ほど前にラクウェルで要請を上げていたカエラさん────共和国中央情報省のマクミラン少尉も気になるしそちらへ混ざろう。

入室すると少尉の他にエマさんやアルティナさん、カプア特急便のジョゼットさんがいた。

 

「……貴方は」

「こんにちは、マクミラン少尉。自己紹介は要りませんね?」

 

弟であったとはいえハーキュリーズ所属者の追跡という、一歩間違えれば面倒なことになりかねない話を単なる人探しの要請として上げたことを個人的にはどうかと思っていたので、少しばかりキツい物言いになってしまったかもしれない。

 

「構いません。セリ・ローランドさん」

 

けれど了承してくれる相手もそれは理解しているのだろう。

そしてあの時、一切の自己紹介をしておらず、また内戦注目された灰色の騎士であるリィン・シュバルツァーに与したわけでもない私の名を、少尉なら必ず知っていると思った。貴族連合側の重要参考人として。

 

「話は戻しますが、ハーキュリーズの皆さんの行方はまだ不明なんですね」

「ええ、RAMDAの隠匿機能に加えガンシップの機動力で容易には捕捉させてくれませんね」

 

エマさんの言葉に応じながらちらりと私を見るので、どうしたのだろう、と小首を傾げてしまう。もしや私がRAMDAの潜行機能に対抗できる何らかの対抗導力器でも持っていると思われたのだろうか。いやそうであればむしろ国際問題になる。

……一度この手に持たせてもらえればとは思うけれど。

 

「まぁさすがに私も帝国全土となると探しきれませんね」

 

人格崩壊と引き換えにしたら出来る可能性も1リジュ程度はあるかもしれないけれどやるつもりはないし、相手だってそんなものやられても困る。命を惜しまないことは美徳では決してない。

そんな話をしていたところでリィンくんが入ってくるなり面子を見てピンと来たのか、例の依頼の件ですか?、と。

 

「はい、皆さんと一緒に峡谷道で見失って以来、有力な情報も得られていない状態でして」

「ボクもギルドを通じて話は聞かせてもらったんだけど……さすがに最新鋭の諜報部隊だけあって全く尻尾を掴ませてくれないんだよね」

 

カプア特急便は小型飛行艇を持ってあちこちを回っているからか、情報筋として使えるというのは私も聞いたことがある。本人たちはあくまで特急便を名乗っているらしいけれど、こういう発言が出るのだからあまり信憑性はない。

 

「帝都地下道で追跡した時もそうでしたが、あの空間投影は相当厄介ですからね」

 

視覚だけで追うとなれば確かにあれは人の脳を惑わせる。そもそも『居る』とはっきり疑ってかからなければ認識すら出来ないというのは、空間投影と同時に人の認識に作用しているのではなかろうかと。何故ならたかが光学迷彩であれば生物が発する音などを消せはしない。あれはそういった技術とはまた別のものであり、ARCUSやENIGMAとは全く異なる設計思想をしている。

やっぱり一度直接触ってみたいな。マクミラン少尉が持っていたりしないだろうか。……いや持っていても軍事機密に触らせてくれるとは思えないが。

 

「大人しく投降してくれれば帝国との交渉の余地もありそうなものですが」

 

自国の損害を何とか少なくしたいという思いはもちろんあるのだろうけれど、それはそれとして弟さん、ひいてはハーキュリーズ05小隊自体をも案じていることがわかってしまう。

本当にあのCIDに勤めている人なのか疑わしい。……でも、感情を捨てたって非情に徹しきれるかといえば否だし、感情を捨てないでその職に就き続けることの難しさも込みでこの人は生きているのだろう。

 

「……彼らは一度は暗黒竜の眷族となった身です。その状態で黄昏の影響を受けたとなると既に夜の眷族になってしまった可能性も残念ながら……」

「帝国の伝承にある吸血鬼というヤツですね。……元通りにすることは?」

「眷族化して日が浅ければ可能です。数日中に見つけることができれば、きっと」

 

その辺りは魔女のエマさんもいるし、何なら聖痕を持ったガイウスくんもいるので対処人員としては遊撃士協会よりも当たりを引いている可能性すらある。

 

「カエラ少尉、状況が動いたらこちらにも連絡を頂けると。俺たちの方で力になれることもあるかもしれませんし」

 

その真っ直ぐな言葉に、ふふ、と少尉は多少表情を綻ばせながら頷いた。

そうしてこれから他のところにも顔を出すのだろうリィンくんを見送り、ジョゼットさんも他の人に呼ばれたためトールズ組と少尉という形になってしまう。私も他のところに行こうかな、と考え始めたところで少尉がじっと私を見ているのに気が付いた。

 

「……この面々なら大丈夫かと思い口に出しますが」

 

思ったよりも物々しい始まりで少尉が口を開き、何が飛び出てくるのかといった風情だ。

 

「ローランドさん、貴方はどうして────RAMDAを追跡出来たのですか?」

 

そういえば宿に寄って少尉を連れ出してから北ラングドック街道を北上した記憶がある。誰かを先行させていたわけでもなく、ただそこにいると"知って"いた行動だ。

別に私以外の功績の可能性もあろうと言い掛けて、いや案内するように走っていたのは私だし、それを東の人だとわかっていながら見せたのは自分のミスに違いない。甘んじて受け入れ……るわけがないんだよな。

 

「カエラ少尉、この方は……」

 

何かフォローをしてくれようとしたアルティナさんを手で制し首を振る。私のことを言わなくても大丈夫な方法が一つあるのだ。

 

「RAMDAには致命的な欠点があります。私はそれを突いただけですね」

「致命的……」

 

通常人間に備わっている感覚器官のみに特化しているRAMDAは結局私のような、人間が本来持ち得ない感覚を持つ相手にはとことん弱い。何故なら起動してしまえば導力の大半がそこへ全振りされるし、その際の戦術オーブメントとしての出力は一世代前のARCUSにすら劣る。

しかしそれは正しい。いつぶち当たるかもわからない、現時点で世界にどれだけいるかも把握出来ないような異能持ちに性能を合わせるなど国費の無駄遣いとしか言いようがない。

現実に存在する国家が敵対する相手は大半が人間であることに変わりはないのだし。

 

「ただ、これは帝国人だからとか、共和国人だからといった意味合いを完全に抜きにしますが、その欠点を埋める必要はほぼないでしょう。そんなものを開発する時間と費用があれば別のことをした方がよっぽど有意義です」

「……カエラさん、セリ先輩の言葉はとても強くはありますが、私も同意見です」

「なるほど、つまり帝国側にRAMDAを捕捉する技術があるわけではないのですね」

 

ああ、そうか。05小隊は帝国政府に一度捕縛された身だ。RAMDAなるものも最初に押収しているだろうし技術解析もされている。だから完全解析された可能性を危惧していたのだ。どう調べても一般人という過去しか出てこない私だからこそ、不気味だと思って。

 

「ええ、RAMDAは今でも変わらず脅威ですよ」

 

……不明瞭な技術といえば、シュミット博士は国に厚遇されているしもしかしたら触ったことが、いや解析を任されたことすらあるかもしれない。今度会ったら話を聞いてみないとな。

もしRAMDAの話を聞けるなら私のこの馬鹿馬鹿しい体質をお話ししても構わないし博士の力になることも吝かではないけれど、取得した情報の正確さを誰も調べられない以上興味が湧かない可能性が高そうだ。困ったな、次会う時までに取引材料を考えておこう。

 

そんなこんなで会食の用意がされたとの通達があり、饗応の間に向かっていく最中にトワと合流する。

 

「ロックスミス大統領に招かれたんだって?」

「うん……いろいろお話ししたけど、共和国に亡命したい人材がいたら教えてくれ、って言われて驚いちゃった」

 

亡命。随分とタイムリーな話題だなと心の中で笑ってしまった。

いずれトワやアンにもきちんと話しておかねばなるまい。今の私の危うさというものを。賢い彼女たちのことだから言わずとも思考がそこまで伸びている気もするけれど。

 

「なるほどねえ。ちなみに連絡先もらった?」

「……セリちゃん? 冗談にしては笑えないよ」

「あは、冗談でこんなこと言わないよ」

 

結構マジだ。

たとえ先日共和国で行われた選挙で与党が野党に敗北し、ロックスミス大統領が退陣することが決まっていようともロックスミス氏の影響力が皆無になるわけじゃない。それに未来を憂いて殺されるよりはまぁ、亡命して首輪をつけられながら生き長らえる選択肢もトワのことを思えばナシではない。トワが帝国に居続けることを選ぶならそう簡単に会える間柄ではなくなってしまうかもしれないが。

それでも、死ぬよりは。貴方を泣かせるよりは、ずっと。

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