[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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31 - 08/26 白き衣を血に染めて

1206/08/26(土)

 

饗応の間に着いたところでそれぞれ席が決められているようで、各々自分の名前がある席に着席する。私はトワとアンとサラ教官にデュバリィさんと一緒の中央一番後ろにある卓のようだ。

 

「……トールズ二年生とその他集めました、って感じだねえ」

「こら、そういうのは言わないのが礼儀よ」

 

でもそう言うってことはサラ教官もそう思ってるってことなわけで……だとするならクロウが当たり前のようにVII組に混ぜられてるのがちょ~~~っとだけ納得いかないなぁと思ってしまうのも仕方ないのではなかろうか。VII組として過ごした時間より、私たちと一緒にいた時間の方が長いのに。

 

「この席は女性陣たちを後ろから眺めることが出来てとてもグッドだね」

「アンちゃんはいつも通りだねえ」

「先ほど天使たちを抱きしめてきたから気力十分さ!」

「……つくづくわたくしがここにいる理由がわかりませんわね」

 

はぁ、とため息を吐くデュバリィさんの後ろからオーレリア将軍が近付いてきて、ならば私たちの卓にでも席を用意させようか、と机に手をついて提案を落とした。私たちの席……となれば首脳クラスの席となりそんなところで食べたらどれだけ美味しいものでも味がしなくなってしまいかねないな、と乾いた笑いになる。

 

「オーレリア将軍、お疲れさまでした」

 

さすがにデュバリィさんが気の毒なので将軍に声をかけると、薄い紫の透き通った意志の強い瞳が私を見遣る。

 

「ローランドも、本当に元気そうでよかった。報酬を振り込んだというのに確認したという連絡がなかったからな、何かあったのではと思っていたが」

「それは、その、ご心配をおかけしてすみません」

「何、上に立つ人間なんぞいつも何かを心配しているのだから気にするな。そなたが無事であったのなら構わん。そうは思わないか、バレスタイン殿」

 

上に立つ人間はいつも心配している……まぁそうかもしれない。

 

「ええ、そうですね。心配するのも仕事のうちというか性分というか」

 

サラ教官もサラ教官で笑いながら同意するので、つくづく私は人を育てるのに向いていなそうだなぁと思ってしまった。分校の教官にお誘い頂いたのを断っていてよかったかもしれない。分校が今までに関わってきた事件のことを思うと……リィンくんの過保護や無茶を咎められない気がする。心臓がいくつあっても足りなそうだ。

 

そんなことを考えつつ他の人ともお話をさせてもらい、千の陽炎については会食後の説明となった。まぁご飯を食べながら話す内容じゃないのは確実か。

一応は和やかに過ぎていく食事の時間も、しかしこの後何が控えているのか薄々とわかっており、そして背筋に這い寄る嫌な予感が増大していくのを少なからぬ人間が理解している状態で、心落ち着けるなど難しいことだ。

 

会合に続き食事も無事に終わり、卓から水の入ったグラス以外のすべての食器が下げられたところで前方に巨大モニターが下がってくる。合わせて立ち上がったのはミルディーヌ公女殿下。

静かな眼差しが、私たちを見据えていた。

 

 

 

 

帝国軍が走らせる《大地の竜》に対抗するべく提案された、《千の陽炎》。

 

まず、帝国兵力は現時点およそ百二十万。徴兵により開戦までにもう少し増える可能性が高い。

対して共和国軍は全兵力を集めて八十万。帝国のように徴兵を行うにも先の選挙で政権が不安定となり、反移民政策主義の一派によるテロも発生している現状では当てにしていいものではない。

そもそもエレボニア帝国は生粋の軍事大国であり、あらゆる物事が軍事に通じていると言っても過言ではない。技術力は兵器の性能さに繋がり、国土に広がる鉄道網は物資の輸送に適しており、何よりも世界を滅ぼすということは今までの積み重ねをこの戦争に投入出来るということに他ならない。後先を考えなくていいというのは、あまりに恐ろしい相手だ。

 

そんな相手だろうと黙って滅ぼされるわけにはいかないと、西ゼムリア大陸一同は今までの禍根を一度排除し手を合わせることにした。

あつめられたのは共和国軍八十万・リベール王国軍十二万・レミフェリア公国軍八万・ヴァイスラント決起軍十万・レマン並びにオレド自治州義勇軍合わせて二万・クロスベルノーザンブリア抵抗勢力合わせて一万、非公式でアルテリア法国僧兵庁筆頭に三万、大小様々な猟兵にわたりをつけ四万。合計────百二十万。

つまり今作戦はそれらすべてを連携させる対・帝国軍各個撃破作戦であり、発令されれば真の意味での世界大戦は免れない。

 

しかし、辛うじての同数ということは圧倒的に連携が取れる帝国軍が非常に有利であることに変わりはなく、また以前は敵対していた結社が帝国政府に肩入れをしているというのも頭が痛い話だ。

故に最高司令官に当代最高の軍略家と謳われしブライト中将が打診され、任を請け負った。

作戦が何をもたらすのか全て理解した上で中将は依頼を受けており、人類史上最大規模の戦争は莫大な数の戦死者、並びに相当数──数十、場合によっては数百万にも上る民間人の被害も考慮されている。夥しい数の人が、戦争の名の下にすり潰される未来。

そこまでしてようやく、帝国が一方的に勝つ展開だけは阻止出来る、というのだからどれだけ帝国が大陸を危機に陥れる怪物と化しているのかというものだ。

 

しかし、たとえ数百万の命を犠牲にしたとしても、西ゼムリア大陸で話が止まるのならまだマシだ。帝国が国力を温存したまま周辺諸国や共和国を飲み込めば、いま現在帝国を蝕んでいるとされる呪い────女神の至宝に纏わる力は、大陸全土に広がっていく。

 

それは大きな焔となるだろう。大きな薪となるだろう。

焔と薪を呑み込み、巨イナル一は完全な存在としてこの次元に顕現するだろう。

果てに、世界は終焉を迎える。

 

だからこそ、数百万の犠牲が出るとわかっていても、打たなければならない一手なのだと。

 

 

 

 

「以上が、今作戦の概要となります」

 

長い長い作戦、それでも概要に過ぎないそれを声を振るわせることなく公女殿下は喋り切り、饗応の間には沈黙が落ちた。

集められた顔ぶれから相当の規模になるとは理解していたし、そもそも帝国に対抗できるという時点でわかりきってはいたことだけれど、こうも具体的な数字を出されると嫌でも現実味を帯びてくる。

 

「……状況を鑑みれば作戦内容も理解はできます。────でも、本気なんですか?」

 

遊撃士協会を代表してこの場にいるブライト──エステルさんが見届け人としての口火を切った。

しかし、本気でなければこの面子は成り立たない。

 

「元より帝国に端を発する話です。賛成はとても出来ませんが、皇帝家の人間として了承しました」

 

追求に応えるはアルフィン皇女殿下。顔色がひどく悪いが、それでも今なお目を覚まさないユーゲント陛下と政府についているセドリック殿下のことを考えれば、帝国で今作戦を承認することが出来るのはかの方しかいらっしゃらない。

 

「これが今回の会合の結論であり、招集の理由も理解してもらえたのではないかね?」

「その上で諸君らに問いたい。本作戦に同意するか否か、更に協力してもらえるかを」

 

ロックスミス大統領とアルバート大公が続けて発言をしたことにより、この作戦は全ての国が了承の上で発令されることを裏付けている。

数百万の命を犠牲に数千万を生かす道を取ると、決められる方々。それでも帝国が止まる確証などどこにもないが世界の延命はさせられると踏んだ。

 

「当然、相談すべき相手が他にいるなどの事情もあるだろう。だが時間がない。この場をもって返答をもらいたい」

「遊撃士協会、特務支援課、そしてトールズ士官学院の三者にな」

 

バルディアス准将とオーレリア将軍の言葉に空気が重くなる。

けれど個人的な考えで言うなら、ここで戦乱の道を選ばず最後まで足掻き続けることを選択出来る人たちだからこそこの場に呼ばれたのではないかと思う。

 

数年前にあった国家を揺るがす異変の解決に関わっていたとされるエステルさん、クロスベルで起きた変事を次々と解決したが果ては指名手配に至ろうとも信念を貫こうと行動しているバニングスさん、そして世界終焉の引き金を引かされたというのに絶望せず歩み続けることを選ぶ精神力を持つリィンくん。

彼らは、此度の会合の結論を理解はせども支持することはない。

 

まず特務支援課代表、バニングスさんが立ち上がった。

自分たちはあくまで旧自治州警察の一部署であり政治的判断に反対出来る立場ではなく事態の深刻さも理解はしているが、と前置きした上で、作戦への同意をしないと宣言する。そもそも併合された自治州警察から出奔し、レジスタンス活動をしているような人物がここで阿るならとうに心が折れている。

 

「俺たちはいつかクロスベルが完全なる独立を果たし、自治権を取り戻す──いえ、本来の意味での自治権を手にするためにも、他の可能性を探っていく所存です」

 

だとしても、この空気の中で一番に発言するというのは大層気力のいることだろうかと思う。

続けてエステルさんも立ち上がり、遊撃士協会も作戦に同意は出来ないと高らかに宣言する。だが民間人の安全と保護を第一とするギルドとして、総本部に掛け合い民間人の避難準備を開始することを約束した。行動原理の違いによる決裂であり、敵対行動ではないという補足も兼ねているいい提案だと思う。

 

「そうした中で他の解決の糸口を探る。それが遊撃士協会の意志です」

 

晴れやかな表情を受け、最後にリィンくんが立ち上がった。随分と大きな背中になったものだ。

 

「行方不明者も多い現状、全体としてではありませんがトールズのVII組として意志表明を」

 

すう、と息を吸う音が聞こえる。

 

「世の礎たれ────ご存知の通り、大帝が残した言葉です。大戦の果てに呪いを制し、荒廃の中に礎を見出す道もあるでしょう。しかし自分たちは呪い自体に諍う道を模索することを選びます」

 

それがどれだけ青臭く無茶だと分かっていても、その道を探さずにはいられない。

内戦の頃、貴族連合軍と政府が争っていた時、彼はどちらにつくこともなく紅き翼────オリヴァルト殿下と共に別の道を歩むことで内戦を終わらせた。最終的に政府に祭り上げられることとなったとはいえ、彼らが選んだ道は間違いなく第三の道だった。

 

「しかし自分たちの行動が実を結ぶかは七の相克を経たとしても可能性すら未知数のものです。そのため世界にとっての保険はそちら、千の陽炎にお任せしたいと思います。それでも自分たちは人々の力を信じて一歩一歩踏みしめつつ、ひたすらに前へ」

 

その言葉を聞いて、嗚呼、と感嘆がひとつ心の中に落ちた。

彼は、諦めることを、諦めたひとなのだと。その強さが万分の一でも私にあれば……君を恨まずにいられたのだろうか。

 

「それが、亡きオリヴァルト殿下が目指していた道でもあるでしょうから」

 

リィンくんがそう発した、瞬間、嫌な気配が心臓を突き抜けていく。

 

「────」

 

寝ながらも霊力を張り巡らせ始めていたパンタグリュエルへの上空から落ちるような侵入者を感知し立ち上がる。唐突な音に全員の視線がこちらに向くがそんなものに臆してる暇はない。

 

「ミルディーヌ公女殿下! 今すぐ、私に艦橋へ入る許可をお与えください!」

「────ええ、わたくしの名において、セリ・ローランドが艦橋へ入ることを許します。行ってください!」

 

私は感知の異能を持ち、ミルディーヌ公女殿下は未来視と言っても過言ではない数千数万の先を見据え一手を打つ。だからこそこんな意味の通らないやり取りが成立するのだ。

命を受けた瞬間、警報が鳴り始め最高速を出して艦橋へ突っ走る。人間の道なんて悠長に使ってなどいられないと壁を伝い階段の柵を使い、途中でヘッドセットを着用しながら把握した最短距離で艦橋に辿り着いた。

突然の闖入者ではあるもののこの数十秒で連絡がいっていたのか艦橋で指揮を取る兵士の方は私を追い出そうとはしない。ここにきて将軍や准将が面倒をみた兵の練度を目の当たりにするだなんて、一体どれだけ人を惚れさせたら気がすむのだあの方たちは。

 

なんて暢気なことを言っている場合ではなく、両手を床について艦内すべてを把握する。上から下に霊力を流し、川の流れを作るように。

稼働するエンジン、入り込んだ人形兵器、稼働し始めた各砲に充填されたエネルギー量、周囲に展開している赤い飛行艇小さな飛行艇に巨大な飛行空母、慌ただしく侵入者と戦う決起軍の兵士たち。

まずは艦内に入り込んだ大型人形兵器へのアクセスを試みる。前に工房でアダルウォルファであった時に操作した経験から小型は近くにいる指揮機から行動計算をアップロードされており、ハックをするならその指揮機を掌握した方が手っ取り早い。

しかしそこは黒の工房、以前私が動かした時と根本のプログラムを弄っており解析に時間がかかるようにしていて抜け目がない。

 

────だがそれでも、私を締め出せたと思ったら大間違いだよジョルジュ!裏でも表でも君が組んだプログラムをどれだけ見たと思ってるんだ!

 

 

 

 

脳が焼き切れそうになりながらも艦内各所の熱暴走・部品の破損・明らかな設計ミスによる一瞬のロス発生区画など、可能な限り最小の霊力で補強し補填し潤滑に回していく。

 

「ローランド!」

 

艦橋へまず走り込んできたオーレリア将軍が膝をつき首を垂れているようにしか見えないだろう私に膝をつこう、とするので必死で手のひらでその行動を制した。

 

「私のことはお気になさらず! 単純に……艦内に気を回すことで手一杯なんです!」

「まさか道中にいた稼働停止した人形兵器は」

「私のせいですね!」

 

余裕がないせいで発言者を確認することも出来ず語気が荒くなる────が、そっと背中に手を当てられた瞬間頭の中を占めていたあらゆる物事が軽くなった。

 

「おねーさん、私にも手伝わせて」

 

要人護衛などを任されたのだろう面々と共にやってきた、金に緑がかった髪の少女────キーア・バニングスさんが私の隣に膝をついていた。

クロスベルで、まことしやかにささやかれていた、女神の至宝と繋がり碧の大樹をクロスベルに顕現させたとされる神子。聞いた当初はどうにも信じ難かったけれど、今ならわかる。彼女は本物だと。

 

「計算だよね、キーアそういうの得意だよ」

 

あどけない顔をしてエゲツない量の計算を私から持っていっているのだけれど、ああでもこれで少しは楽になる。

ぐ、と一瞬だけ拳を握ってから改めて開いた手を差し出すとキーアさんは私の手を何の疑問もなく取ってくれて、立ち上がると同時にいつの間にか流れ始めていた鼻血を荒く手の甲で拭くと、視線の下からハンカチが差し出された。ハンカチを視線で辿れば泣きそうな顔でトワが見える。

 

泣かせたくない人を私が泣かせていたら世話ないな、と心の中で懺悔しながらハンカチを受け取り霞む瞳で戦況を視ると、どうも、芳しくないように思えた。

帝国政府がこの会合を完膚なきまでに台無しにしようとするだなんて思わなかったのに。それほどまでこの国は愚かに成り下がってしまったと言うのか。

鼻血を抑えるハンカチを握りしめながら、艦内にいる人形兵器の回路を複数焼き切り物理的に稼働出来なくさせる。一応そのまま操って迎撃最終地点だろう甲板へ集合をさせてもいいけれど制御を取り返されたら目も当てられない。鹵獲するより破壊の方がこの状況ではマシだ。

 

「────右舷、閃光のガレス含む赤い星座が数名。左舷、巨大な質量兵器と共に結社の強化猟兵が待機。以上気をつけてください」

 

把握と発声に回す余裕が出来たのでヘッドセットに注ぎ込むと向こうから了解の旨が伝わってくる。咎めるようなトワの視線には肩を竦めておくしか出来ない。

とはいえ暫く脳を休めつつ、キーアさんの方へ視線を向けるとさほど疲れた様子は見せていないようで底がしれないなぁと感嘆した。

 

 

 

 

「甲板、右舷左舷出口直進共に三名ずつ、加えて中央高台に六名!」

 

けれどその十二名は甲板付近から動こうとはせず、まるで迎撃手たちのことを手ぐすね引いて待っているようにも感じられた。不気味さが背中をまた這い回り、ずきりずきりとここにきて頭が痛くなる。嫌だ、ここで気を失うなんて無様でお荷物な真似はしたくない。

 

「……おねーさん」

 

ぎゅっと掴まれたキーアさんの手から、彼女が"視た"イメージが流れ込んでくる。世界の因果律に干渉するが故に、見える、未来のようなそれ。

春から結社が実験をしていたとされる三体の神機が────こちらへ突っ込んでくる。

 

「────! オーレリア将軍! 今すぐこの空域から脱出しましょう!」

「……ローランド、何が見えた」

 

鋭い視線が私の方を向き、説明する時間が惜しいと血まみれのハンカチを手放し将軍と公女殿下の手を片手で一緒くたに取って一気にイメージを流し込む。それが何を意味するのか、私以上に戦場の解像度が高い将軍にわからないはずがないだろう。

 

「────そうか」

 

しかし将軍からこぼれたそれは、明らかに諦念を含んだ声だった。

 

「ミルディーヌ様」

「わかりました、将軍がそう判断をされるのなら、お付き合いいたします」

 

私の手から離れ、白い袖やフリルについた血はやけに赤く見える。

 

「決起軍主宰としての命令です。至急、本艦から脱出してください。残された揚陸艇が直下の船倉にあります。ですよね? セリ先輩」

「────はい、破壊もされず、残っては、います」

 

有無を言わさず真実を引き出され、心臓が握りつぶされるかと思ったほどだ。

 

「待って、ミュゼ、何をするつもりなの」

 

アルフィン殿下が縋り付くように問いかけて、だというのに公女殿下はふわりと、開花しきった花のように笑う。

それに呼応する形でバルディアス准将が前に出て、当艦を敵船空母・紅の箱舟に体当たりさせ轟沈させる手筈だ、と無情にも言い切った。

 

「旗艦とは引き換えになるが、相手も空戦が弱くなる一手とすれば悪くはない」

 

280アージュ級飛行空母、確かに結社といえどそんな代物を何隻も用意している筈がないと、思いたいが、もしそれが計算違いであったならそれはただの犬死だ。駄目だ、駄目だ、この人たちを逝かせては駄目だ!そう思って霊絡干渉を仕掛けようとしても完全に弾かれてしまう。

 

「どうして……? ミルディーヌ、ううんミュゼ! 逃げるなら貴女も一緒に!」

 

叫ぶエリゼさんが差し出した手を、公女殿下は取らなかった。触れもしない。それは拒絶と覚悟のお話。

 

「数百万の犠牲を強いる手を世界に強いてしまった身です。この状況に陥ってしまったのなら将軍達に付き合うと決めていました」

 

そうして、花は落ちる。

 

「……実はそれほどメンタルが強いタイプでもありませんから」

 

その言葉を境にしたわけではなかろうが、それでも事態は動き出す。窓にやった目線から紅の方舟より神機が飛び出してくるのを察知してしまい、それが何を意味するのか全員理解出来てしまう人たちだった。

 

「全クルーに通達! これよりプランDを実行します!」

 

血のついた袖をから除く華奢な指が、自爆特攻を宣言する。

あまりにもあまりにも悲しいおわり。

 

「さあ、脱出は昇降機で急ぐがよい。さもなくばこの場で斬る」

 

オーレリア将軍に剣を構えられ、太刀打ち出来る人間などこの場にはいない。この場で死ぬわけにはいかないけれど、それでも!

 

「────ううん。行く必要、無いんじゃないかな?」

 

葛藤のなか、キーアさんがぽつりと呟いた。

そうしてまた流れ込むイメージは、紅。勇敢なる者の────翼。

 

環境の目の前を光学迷彩を纏った大きな艦が衝突すれすれで通っていく。

しかし、ああ、結社側が転位でこちらに移ってこないのはクロチルダさんの結界があるからであり、先の光学迷彩艦はそれに"阻まれていない"。

 

「プランD、一時中断!」

 

将軍の声に応答し、艦橋はにわかにざわめきだつ。命令にではない、今しがた通っていたものに対してだ。

迷彩艦から接舷突入をしてきた三つの影、そして二つの影が艦のポールに転位してくる。甲板に降りた方はこちらからではうまく見えないけれど、ポールの方は────クロチルダさんと以前パンタグリュエルで見かけた結社の男性。転位してきているということは男性も味方なのだろうことは明らかで。

 

クロチルダさんがタイミングだと言わんばかりに扇子を振り上げた瞬間、乱入してきた戦艦は光学迷彩を解き、紅く輝く船体を蒼穹の空の下に晒した。

そうして空中に現れる魔術の通信陣。そこに姿を見せたのは────あの黒キ聖杯が顕現した日に爆散したカレイジャスに同乗し亡くなった筈の、オリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子殿下だった。

 

「お兄様……!」

 

艦橋モニターにも映される殿下は、薔薇の刻印がされた眼帯を左目につけてはいるものの、他は五体満足のようで元気なお姿を私たちにこれでもかと見せてくれる。

 

『兄上……ご無事で……本当によかった……』

 

同じように甲板にいるセドリック殿下の呟きをクロチルダさんのおかげか感知範囲を増幅された甲板スピーカーは拾ってしまい、その呟きにアルフィン殿下が戸惑いながらも嬉しそうな表情をこぼされた。

 

『出でよ────テスタ=ロッサ!』

 

しかし、自身の感情を振り切るかのようにセドリック殿下はご自身の騎神を呼び寄せ即座に乗り込む。艦橋からもよく見える、緋い……帝国の色を纏った騎神。アルノール家の血がなければ起動すら出来ないという生体認証機能を持つ機体。

 

『今更そのような艦を持ち出して何をしようというのです────兄上! もしや千の陽炎に参加されるおつもりですか!?』

 

涙の滲んだ声は隠れることもなく空の下に響き渡った。その切実な想いを破って出された咆哮はこの戦いを継続するという意志。

だというのに、オリヴァルト殿下は柔和に、あの九月の日に姿を見せた時と同じように、この場にいる全員へ語りかける。

 

自分がこの場に現れた理由。それは世界大戦という避けられぬ巨大な流れの狭間であっても諦めない心、その希望を見出す人々を助けようとする少なからぬ手、そして全く別に動いている大陸各地の動き────そのすべての想いを繋ぐ"翼"になると心に定めた。

 

『故にボクたちは名乗ろう! 内戦時に名乗った紅き翼でもなく、西部で名乗った自由への風でもなく────光まとう翼という、第三の名前を!』

 

オリヴァルト殿下のその言葉は、まさしく光あるもので、容易く私の心を突き刺していった。もしかしたら、願ってもいいのかもしれないと。諦めなければどこかで道が繋がるのかもしれないと。

クロウとも、ジョルジュとも。大好きな人たちと一緒にいられる……否、たとえ一緒にいられなくてもおなじ世界に存在している道が。女神を裏切ることを決めた私が、彼女たちと歩む世界線が。

 

ぎゅっ、と握ったままだった小さな手に強く力を籠められる。見下ろしてみれば私よりも深く世界と繋がっているかのような瞳が閉じてにこりと笑顔が見えた。

 

「もう、大丈夫だよ」

「────そっか」

 

その言葉とイメージに安堵し、緊張が抜け膝をつく。そうして肩から落ちる前に誰かに頭を抱き止められ、お疲れ様、という言葉が落ちると共に限界まで擦り切れた私の意識も深い眠りについてしまった。

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