[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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33 - 08/28 想いをあなたに

1206/08/28(月)未明

 

あの後、ハーキュリーズ05小隊の完全確保などを手伝ったり各地を回ったリィンくんたちが龍霊窟へ向かったところ、霊窟はアグリア旧道からハーメル村跡地に移動しており、更には相克を前倒しされたくない地精側の思惑から魔導障壁が展開され、霊窟に突入することは叶わなくなってしまった。

 

障壁が展開される際、RF会長のイリーナ殿、死線、シュミット博士────そしてジョルジュがわざわざ挨拶をしてくれたらしい。

一才の容赦も慈悲もなく、乗り込んでくるのなら覚悟をしろとご丁寧に。

 

「では、行ってくるよ」

 

この後、ヴァリマールたちが繋げる"道"で敵艦に乗り込む作戦が予定されている。作戦開始前、仮眠室近くにある待機場所である甲板へ出る扉付近でアンはそう言った。

 

今回、魔道障壁を展開する250アージュ級飛行戦艦ガルガンチュアに潜入し障壁発生装置を破壊するということから蒼の騎神が空中撹乱を行うことになった。よって私は今作戦も仮眠室の住人で、加えて障壁を破壊出来たら間髪入れずに龍霊窟へ行くことになると考えたら一日中そうなるだろう覚悟はしている。理解もしてる。してるんだ。

 

「そんな顔をしないでくれたまえよ、セリ。あの大馬鹿は私が殴って連れて帰るさ」

「……うん。でもアンたちが無事に帰ってきてくれなきゃ嫌なんだからね」

 

オルディーネのサポートだって立派な戦術員だとは分かっているけれど、心としてはガルガンチュア突入を私だってしたい。会って、話して、犯した罪から逃げることなんて許さないと突きつけなければならない。

 

「セリにだけは言われたくないが……わかってるさ」

 

ぎゅっとアンに抱き締められ、背中を軽く叩かれる。

こんな時、誰に何に祈ればいいのだろう。私はもうその道標を見失ってしまった。それでも、私は彼女と……彼の無事を願っている。どうしようもないほどに、心から。

私も強く抱き締め返し、身体を離して視線を繋げた。

 

「いってらっしゃい」

 

ぱしんとお互い掲げた片手を跳ね合わせ、まだ太陽が姿を現し切っていない空の下へ送り出す。

どうか、どうか。彼女の想いが届きますように。そう何かに祈りながら私は作戦予定時間だと仮眠室へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

『セリちゃん、体調はどう?』

「全然平気。慣れてきたおかげか戦技を貸すことも出来るし、囮には丁度いいね」

『おいおい、あんま無茶してくれんなよ。ゼクトール戦だって控えてんだからな』

「わかってるわかってる。……でも、通信は繋いだままにしといてね。邪魔ならごめんだけど」

『大丈夫だよ、邪魔だなんてこと絶対にないから』

 

 

 

 

仮眠室のベッドでヘッドセットをつけたまま仰向けに寝転び、ため息を吐く。

トワたちに言った通り本当に思ったよりも平気で、でも今後のことを考えるなら身体を休養させておかないと怖いのは理解している。相克となったら霊力の消費は通常戦闘の比じゃないことは明らかだし、そもそもオルディーネとクロウに霊力供給をするという意味では初めての相克だ。何が起きるかわからないし、私の身体がついていってくれるかも不明で。

私のポンプとしての機能が追いつかなければ彼らが消えてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。無茶をしない、先を見通す、それで守れる存在がある。

 

……リィンくんたちが突入してどれぐらい経っただろう。道中で第三飛行艦隊に所属したかつておなじトールズにいたテレジア嬢とエミリーが立ちはだかったようだけれど、それを突破してからそれなりに時間が空いている。

 

耳元から聞こえる外の戦闘の音はたまに途切れ、しかし終わりは迎えない。

250アージュ級飛行戦艦と90アージュ級高速巡洋艦。火力・装甲は無論ガルガンチュアが上回っているけれど、比較すれば小型ということもあって速度と機動性はカレイジャスに軍牌が上がる。加えて空中機動力が高いオルディーネも出ていることから戦艦同士で決着がつくことはあるまい。

 

『最終防衛ラインに到達します!』

『さあ、決着をつけてやろうじゃないか』

 

勇ましい声が聞こえ、ぎゅっと身体を覆うシーツを両手で握った。

 

アンたちが突貫し、直ぐにARCUSIIのスピーカーから激しい戦闘の音が聞こえてくる。鉄拳、剣戟、鉄線に槌の音。そうしてまるで泣き叫ぶような声が聞こえる。私たちの、大切な友人の声が。どうしてこうなってしまったのだろう。いつからこうなることが決定づけられていたんだろう。

 

私たちはもう友人でいられないのだろうか。

 

『しま……っ』

『甘い!』

 

アンの声が踏み込み、金属が弾かれる音が聴こえる。形は違えど幾度となく耳にしたことがあるそれは、確かな戦闘終了を告げるそれだった。どさりと膝をつくような音と共にARCUS端末が映像通信を起動し、ガルガンチュア内にある監視カメラをハックしたらしき映像が映し出される。

そこには銅と死線、突入メンバー、イリーナ会長とシュミット博士。おおよそ想定されていた面々が揃っていた。

 

『……どうして、僕は……』

『いい加減認めたらどうだい。自分でも分かっているんだろう?』

 

己が信じられないとでもいうかのように項垂れている相手へアンが歩を進め真っ向から言い放つ。

 

『君は"ジョルジュ・ノーム"を捨てきれない。事ここに至ってすら、なお。……いや、捨てられないんだ。生ぬるかった私たちとの友人ごっこが。ただの夢にしか過ぎなかった、他人事だと割り切ったあの学院生活が』

 

諭すようなやさしい声音。

あの日々を捨てられると思っていた男を私はもう一人知っている。けれどそいつはあの一年半を手放し切ることも出来ず、あろうことか生ぬるさの象徴だろう人間を傍において息絶えた。

人間の一生に比べたらなんてことのない長さだとは思う。だけど私たちの誰もがその二年間を捨てられず、割り切れることもなく、ただ苦しいほどに愛おしい日常を抱えてここまできた。

 

『────みんな、大丈夫!? 対空砲は半分無力化して突入準備もしてるから……!』

 

ガルガンチュアの基幹システムにすら介入完了し終えたようで、防衛側の内部システムを使い中空モニターに通信者が表示され、いの一番にトワが叫んだ。寝転がっているからみっともないだろうけれど、私も映像通信のカメラをオンに。

 

「久しぶり、でいいかな」

『よ、元気だったか? オルディーネから失礼するぜ』

『……トワ、セリ……クロウまで……』

 

トワに続いて通信に参加し、通信越しではあるけれど1203年組がようやく、本当の意味で顔を突き合わせられた。もう二度と来ないと思っていたのに。それだけで心が熱くなる。

 

『茶番はそこまでにしてもらおうか』

 

しかし黒のアルベリヒの声が割って入ってくると同時に警報音が鳴り響き、障壁発生装置の前へ巨大な……およそ15アージュほどの魔煌機兵。機甲兵の一タイプがモデルになっているとアルティナさんは叫ぶがそもそもこの質量を維持出来ている時点で別物だろう!

リィンくんが騎神を呼び、そのヴァリマールが機甲兵を連れて来る。250アージュ級戦艦といえどそのレベルの機体が複数戦って大丈夫なんだろうか。

機関部に近い場所での戦闘なんて到底許可出来るものではないのに、アルベリヒは戦艦にいるすべての命を切り捨てている。握り締めた両手が冷え切っていくような心地。

 

────でも、信じるって決めた。任せるって決めた。私がしていいのはそれだけだ。

 

 

 

 

『え、な、何……?』

 

ヴァリマールが致命的な一刀をかましてから数瞬、明らかに誤動作を起こしかけている姿にアリサさんが困惑の言葉を落とし一同の対応が止まり────そうして、機能停止するならいざ知らず双腕を振り回し始めあろうことかイリーナ会長とシュミット博士にその視線が向いた。自動制御の暴走。

今からでも通信網を遡ってぶち破れるかとベッドから身体を起こすもそれより速く、鋼糸が魔煌機兵の腕に絡みつく。シャロンさんが細腕でその暴走を食い止める一瞬の隙を縫い、ジョルジュの叫びと共に鈍い音が響き渡った。次いで金属音が立て続けにひしゃげる音まで。

戦術殻で懐に飛び込み、空中に躍り出ると同時に形態変化させた巨槌で胴体を強打し、後方──すなわち魔導障壁発生装置へと叩き込んだのだ。

 

『ゲオルグ、貴様ァ!』

 

バチバチと嫌な音を発てて煙が立ち込めはしているけれど、戦艦の内部損傷に関するアラートは鳴り響かない。瞬間、導力波を手繰ってその周囲の走査だけはしたけれど導力機関への致命的な損傷は入っていないように思えた。よ、かった。

 

『障壁の消失を確認!』

 

トワの通信が辺りに響き、ぐっと両手を握りしめる。

 

『……魔煌機兵の自動化、と言っていたが暴走するようでは話にならん。かつて貴様のノートにあった機甲兵の上位互換らしいがこんなもので有効評点が貰えるとでも思ったのか』

 

吐き捨てるようなシュミット博士の言葉にアルベリヒは苦虫を噛み潰したような表情で何かを叩くような音を立てた。

 

『……あの方を新世界の神へと導く崇高な計画を邪魔するなど……! ゲオルグ、貴様はもはや工房には不要、どこへなりとも失せるがいい! そこの出来損ないの執行者もだ!』

 

あの方。黒のアルベリヒがそう表現するのはギリアス・オズボーンに他ならず、やはりブリオニア島で第一相克の前にクロウやデュバリィさんと話していた『滅びた世界の神となる』ことを目的として動いているのだと確信する。

しかしそれでも女神の至宝を二つも使ってやることがその程度か?という気がしなくもないのだ。いやこの表現だと語弊がありそうだけれど、今の技術を以てすれば黄昏や呪いなんぞを使わなくたって帝国は大陸を焔で包むことなど容易であろうというのに、と。

列車砲はかつて帝国全土にある鉄路を使い50万人都市を二時間で壊滅させられる武器に機動性を持たせたことで恐れられた。しかし改良型は履帯をつけることにより鉄路以外での更なる機動性を確保させ、鉄道網よりも導力車での交通網が発達した共和国内でも扱えるものになっている今、わざわざそういったものに頼る必要が見受けられない。

未だ鉄血宰相殿の本心といったものは不明瞭だな、とため息をついた。

 

『ジョルジュ!?』

 

途端、サラ教官の悲痛な叫びがこだまする。それだけで何をしようとしているのか分かってしまい、安堵で意識を離してしまったと引き戻された思考を割くように────響き渡る銃声。

しかしそれは肉を穿たず、中空への発砲となった。自裁しかけたジョルジュの手をアンが掴み、驚いた故かこぼれ落ちた銃は流れるように蹴り飛ばされ遠くへ。

 

『────ようやく捕まえたよ、ジョルジュ。一人でどこに行くつもりだい?』

 

そこに憎悪など一つもない、曇りのない声を出せるというのがアンの強さを示している。

 

『……分かっているはずだ。僕はもう、後戻りはできない。地精として僕がしてきた事をまさか忘れたわけじゃないだろう?』

 

苦々しく、アンを見ることも出来ずにジョルジュが言い放った。

クロウの不死者化、アンと私の手駒化、カレイジャスの爆散。そしてこれから大戦に繋がり死に絶えるすべての人々のいのちの責任。その他にも、細々としながらも膨大な罪が存在している。それは私たちの誰もが認めるし、ないなんて到底言えるものじゃない。

 

『だからこそ、だろう。世界は滅びに向かいつつあり、クロウにも制限時間がある。そんな状況で君一人だけが舞台を降りるつもりなのかい?』

 

ぎり、とジョルジュを掴むアンの手に力が入り、もう銃を拾うことはないだろうと思ったのか手放し、作業着と手袋の間の肌にあかくはっきりとアンの指の痕が残っていた。

 

『……あたしも猟兵として過去に多くの命を奪ってきた。故郷のためだなんてただの言い訳で、罪は一生背負い続けなきゃならない。でもそれが君に出来ないとは思わないわ』

 

元猟兵であったサラ教官が言う。人の命を奪わなければいけない場所に生きていた、そうでなければ生かせない命があった、しかしたとえそうであっても命を奪ったことに変わりはないと言う。

 

『かつて《C》としてテロを主導した俺も同様だ。許されるためじゃない。たとえ石を投げられ続けようとも背負い続けるしかねぇ。そんでもって、こいつらだけはその隣に居てくれる』

 

背負い続けるしかないと、相克の果てに消える運命を持ったクロウが言うのはちょっとずるいのではないかなぁ、と思いながら、でもその通りだと頷いてしまう。誰から批難されようとも、世界から存在を許されなかろうとも、罪を罪だと認識している君なら傍にいられると思うのだ。

 

「大きなことをし続けた君に生きていて欲しいと願うのは酷だと分かってる。それでも私たちは生きていてほしい。────あの日々を駆け抜けた仲間として」

『罪から逃げようなんて絶対に許さない……たとえ無理矢理拘束してでも背負わせるよ。友達、だからこそ……!』

 

間接的にかもしれないけれど、多くの人々を殺した。たくさんの罪を犯した。しかしそれを己の命で精算しようなどと言うのは逆に烏滸がましいというものだ。

 

『私たちにとっても地精としての知識と情報は何より貴重です』

『はい、魔女とは違った視点から裏を見極める意味でも』

 

この判断に納得のいかない人もいるかもしれない。私が、本来の意味でクロウのことを許しきれていないように。けれど利用価値があるという助け舟をミュゼさんとエマさんが出してくれる。

 

『そうですね。全てが終わるまでその命──捨てられると思わないでください』

 

ジョルジュの心情を慮ってかリィンくんが珍しく強い言葉で、けれどやさしいことを告げた。

 

『その言い分であれば論理に破綻もないな。ではこの事態に無駄死にではなく、どう有益かつ実践的な貢献ができるか。それをもってお前の卒業試験としよう、三番弟子』

『────分かりました、博士』

 

なんだかんだ自分が弟子と認めた相手には甘い……わけではないのだろうけれど、巣立ちを見守ってやろうという意思は感じるシュミット博士の言葉にジョルジュは一瞬だけ目を伏せ、顔を上げる。さっきよりはずっとマシな表情だ。

片手を軽く掲げ、転位陣が起動する。誰も止めようとはしない。

 

『いずれまた連絡する。必ず力になるよ。地精の一人として、何よりもトールズの卒業生として。それと皇子殿下たちにも伝えておいてくれ……本当に申し訳なかった、と』

 

静かに転位していくその姿を見送ったのち、ガルガンチュア飛行実験艦は戦闘の意義を失い指揮を取る者もいなくなったため戦闘停止が向こうから打診された。

カレイジャス側も受けない理由がないため承諾し、乗り込んだリィンくんたちを迎えにいく名目で小型飛行艇にてガルガンチュア艦へかつての旧友たちへ会いにいくことに。

 

「……まさか、本当にまた話せるとは思わなかったわ」

「蒼い騎士人形の復活、噂には聞いていたけどね」

 

同期であるエミリーとテレジア嬢はしみじみとオルディーネで合流したクロウを見て言い放つ。彼女たちは蒼の騎神が私を迎えに来る前にとうに脱出していた組だから、特にその感情は強かろうと思う。

 

「いろいろありはしたけど、やっぱりそこが全員揃うかもしれないってのは嬉しいな」

 

にこりとエミリーが笑い、そういうものか?、と四人で首を傾げてしまう。まぁ学年全員の目の前で戦うこともあったし目立ってはいただろうけれど。

 

「あまり自覚はないかもしれないけど、最先端の戦術導力器ARCUSの試験運用に選ばれたエリートで……学院生の中では結構な羨望の的だったんだから、貴方たち五人は」

 

テレジア嬢の言葉にうっすらと渋面が浮かんでしまうのも無理からぬ話ではなかろうか。だってエリートというにはちょっと些か勉学の手を抜きすぎていた男が一人いたので。

 

「ああ、それもあってめちゃくちゃ『お前に相応しくない、彼女たちの隣に立つのは僕であるべきだ』って詰め寄ってくる男共が暫く後を絶たなかったんだよな」

「おや、災難だったね」

 

他人事のように相槌を打つアンに対して、お前絶対ェ欠片も思ってねえだろ、とクロウが項垂れる。

 

「いくらクロウが了承してもARCUSの適性がなければ意味ないのにね」

「そこは私たちが許さないくらい言ってもいいと思うよ、セリちゃん」

 

トワが慌てたようにツッコミを入れてくるけれどそれは大前提だろう。どの時点であってもクロウが抜けて誰かが入ってきて居座るなんてことを許す筈がない。私たち全員そうだったと断言出来る。

 

「あとは……あんたたちって憧れのカップルだったから、それも嬉しいわ」

 

あこがれのかっぷる。

該当するだろうお互いで顔を見合わせて、同時にまたもや首を傾げてしまう。

 

「成績も生活習慣もあれだけちぐはぐに見えるのに、熟年夫婦っぽさもありながら初々しさもあって、戦闘も息ぴったりでお似合いだって……思ってたのよ。あの時まで、本当に」

 

それは、私たちがクロウの狙撃を見せられた十月の末。すべての関係が破綻した瞬間まで……ううん、もしかしたらそれより後までも、蒼の騎士人形がトリスタの街道に降り立つまでは信じてくれていたのかもしれない。私が、そうであったように。たとえ現実逃避だったとしても。

 

「……ありがとう。皮肉でも何でもなく嬉しいよ」

「そうだな、いろいろ言いたいこともあんだろーが、コイツを好きだってのはあの頃から変わってねえし」

 

ぐい、と頭を引き寄せられてこつんとクロウの頭が当てられる。

……そういうはっきりといちゃつくの学院生時代は本当に全然やらなかったし、知人の前でされると反応に困るのだけれど!というか今更だけどさりげないボディタッチに見せて実は牽制だったのでは?と思う事例がざくざくと記憶から出てきたのだけれど!

 

「……でも、生き返ったわけじゃ、ない、のよね?」

 

テレジア嬢の言いづらそうな言葉に、うん、と何でもない風に返した。

ここで私まで躊躇ってしまったら気を遣わせるし、現実問題としてクロウの現状から目を逸らしていいことなど何一つない。オリヴァルト殿下のおかげで多少は光を胸に抱いてもいいかもしれないと、ほんの少しだけは思い始めてはいるとしても。

 

「でもね、クロウ君もジョルジュ君も……たくさん大変だけど、諦めてはいないんだ」

「ああ、トワの言う通り、諦めるにはまだ早い。たとえ何も変わらなくても足掻かない選択肢はないと言ってもいい」

「ま、死なない程度にお互い頑張ろうや」

「それデスジョークになってない?」

 

思わず入れたツッコミにテレジア嬢もエミリーも笑ってくれて、それから仔細は話せないとしてもお互いの近況や知っているトールズ生の行方などを少しばかり情報交換し、シャロンさんとシュミット博士を伴いカレイジャスIIへ戻ったのち本日の最重要施設へと駒を運ぶことに成功した。

 

 

 

 

「クロウ、ちゃんと帰ってきてね」

 

龍の霊場への出発準備をしている筈の人物が仮眠室へ顔を出しに来てくれたものだから思わずそんなことを言ってしまった。クロウが帰ってくるということはすなわちリィンくんに勝利を掴ませろという話で、それがどれだけ熾烈を極めているのか分かっているというのに。

しかしクロウは、ふっ、と笑って私の髪の毛をぐしゃぐしゃにしてくる。

 

「わかってるっつうの。なんだよ、信用ねえなぁ」

「君はあの日にそれを失っているわけだけれど?」

 

私と生きたいと言って帰ってこなかった男が言っていい文言ではないだろう。

 

「ぐうの音もでねえな」

「でもリィンくんのことになったらクロウはまた真っ先に命を張る。分かってる」

 

リィンくんのことを大事に思うことも、クロウ・アームブラストという人物を構成する大事な感情だ。彼にしかわからないこともあるだろうし、起動者としてクロウにしか寄り添えない話もあるのは必然で。────ただ、理解しているからこそという面もある。

ぎゅっと体にかけているシーツを握り込み、口を開く。

 

「だから、そうならない為に、先手先手を打って欲しい。君ならきっとそれが出来るから」

 

しっかり視線を合わせて言うと、肩を竦める姿が見えた。

 

「評価が高いねえ」

「返事は」

「仰せの通りに、俺だけのおひめさま」

 

言いながら膝をついて私の手を取り、甲にキスを落としてくる。

……大事な話をそうやって茶化すところ嫌い。でもそれを口に出せない自分が一番大っ嫌い。

 

 

 

 

1206/08/29(火)

 

昨日午後、ハーメル村に移動させた龍の霊場にてリィンくんとクラウゼル氏がぶつかり合い、第二相克を果たし────結果として灰の騎神は紫の騎神を取り込むこととなった。

無論リィンくんはクラウゼル氏をクロウと同じように現世へ留めようとしたらしいのだが、本人から直々に辞退されてしまっては無理にすることも出来なかったと。

加えて西風の面々も、紫を灰が継いだなら自分たちも最終局面で駆けつけよう、と約束をしてくれたのだとか。

大好きな人だったろうにフィーさんは直接別れを告げることが出来て良かった、これ以上泣いていたら団長に笑われてしまう、と言い切り、内情どうであれひとつの節目にはなったらしい。

 

であれば次は銀の騎神が飛んで行ったという目撃情報もあるクロスベル州南東湿地帯──星の霊場が目的地となり、しばらく帝国西側には戻れないかもしれないから各自心残りがないように、というトワの言葉を聞いて思うところがある面々はカレイジャスの機動性を使って方々へ出掛けて行った。

 

私はといえば灰を伴った蒼を勝手に見送り、人気のない後方甲板で寝転がっている。

広げた上着に頭を預け目元を腕で覆っているから空の青さなんててんでわからないけれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

「セリ先輩」

 

昨日から妙に風が澱んでいたのが気がかりとなり、ふらりと姿が見えず気配を追いかけてきてみたら後方甲板で横たわっているところに行き着いた。

 

「……ガイウスくん、どうしたの?」

 

オレに気が付いていなかったなんてことはないだろうに、それでも声をかけるまで先輩は微動だにせず、ようやく身体を起こしてこちらに視線が寄越される。はらりと落ちた髪の毛が疲れを強調しているようにも見えた。

 

「少し、風の澱みが気になり」

「……勘違いだ、と言っても聞いてもらえないやつかな?」

「そうですね」

 

先輩とオレは同属性同士だからか、それとも風に連なるからか、気配を読むというのは身体感覚の延長線上にある。オレがある種の核心を持って話題を切り出していることもお見通しだ。

すると先輩はちいさなため息をついてからずりりと場所を空ける形で移動し、甲板落下防止の壁のような柵に背中を預け正面位置を掌で示される。

 

「……じゃ、まあ、立ってるのもなんだしどうぞ」

「お邪魔します」

 

一礼して節度ある距離に座り、立てた片膝に腕と頭を乗せた先輩は気怠そうだ。だが霊力の巡りを視れば昨日の相克が響いているというわけでもない。無論気力はまた別のものだろうが。

 

「クロウと何かありましたか?」

 

とはいえ、先輩がこういった状態になっているとすれば関係者は自ずと導き出せる。先輩がこの世で最も愛する人物の一人であり、動いてはいるが死者のくくりになってしまう人物。今生の別れだと抱いていた覚悟と諦念は破壊され、今もなお引き伸ばされているというのは逆に辛いのではないかとも。

 

「何かあったというか、なんというか」

 

何かを飲み込むように眉間に皺を寄せ、ほんの僅かに口を引き縛る姿。

 

「……私の感情はクロウにとって重荷なんだろうなぁ、って反省してただけだよ」

「重荷であることはないと思いますが」

 

先輩がどれだけクロウのことを想っているのか、想い続けてきたのか。そしてクロウ自身もどれだけセリ先輩のことを大事にしたいと考えているのか。この数年間二人を見て来て痛感している身としては否定せざるを得ない。

しかし目の前の相手は「そうかな」と苦笑をこぼした。

 

「オレが聞いていいことなら聞きますよ」

 

言葉を告げると先輩は困ったような表情から次第に俯いていき、表情がまったく見えなくなる。

それにしても晴れた日の甲板で、気持ちのいい風が吹いているというのに不思議なほど誰も出て来ない。もしかしたら先輩が意図的に人避けの何かを構築していたのだろうか。

黙ったまま吹く風に身を任せていると、「昨日ね」と話が切り出された。

 

「霊場へ赴く前に仮眠室にクロウが来てくれたから心配を口にしたら茶化されちゃって、ああクロウにとってこれは何でもないことで、自分が勝手に感情を重くしてるだけなんだろうって」

「それは……」

 

事態が既に重いのだから強く心配するのも無理からぬ話でしょう、と言いかけたところで先輩の顔が上がり、凝った風に身を任せているような表情に思わず喉の奥に言葉が引っ込んでしまった。

 

「いいんだ。他の人がどうであれクロウにとっては茶化せることだった、私はそれが看過できなかったって話で、申し訳ないけれど同意が必要な話じゃない。そしてこれをクロウにぶつけるのもお門違いだから一人になってたの」

 

先輩は自身の問題だと言う。けれどそれこそが、二人で話し合うべき事柄なのではないかとオレは感じてしまうのだ。同時に、成せないとも思えない。

 

「クロウは煌魔城の後、先輩がどう過ごしていたのか知らないのではないでしょうか」

 

身寄りのない人物の恋人……つまり唯一の縁者として喪主を務めてもらう案もあったが、全員憔悴しきった先輩に何か頼むなんてことは出来ず成人であるサラ教官が主導する形でクロウの葬式は行われた。

あの期間のことを誰かから一度でも聞いていたら、クロウであっても茶化すことなど出来はしない。仮に知っていてそう振る舞っているのだとしたら────遠慮などしたくはないと思ってしまうほどだ。

 

「……それは、そう、だね。特に話すことでもないし」

 

どれだけ想っているのか、どれだけ寂しかったのか。どれほど悔いているのか。

そういった共に歩む上で大切なことを、この僅かばかりの逢瀬を台無しにしたくない、という感情からか蔑ろにしているのだろう。先輩も、そしてクロウも。

 

「話しましょう。クロウはきっとそれを甘く見ています。先輩がどれほど悲しみの淵にいたのか知り得ないからこそ、死地へ向かう際の心配を矮小化出来てしまう。クロウはフォローが上手い性質で周りがよく見えているとは思いますが、先輩に関しては若干視野狭窄になっているところがあるのではないかと」

 

思うところを言い切ったところで、ぽかん、としている先輩が見えてしまい、感情が先走って矢継ぎ早に喋ってしまっただろうか、と内省しかけた瞬間、軽い笑い声。

 

「ありがとう。ガイウスくんもそんなこと言うんだってちょっと驚いちゃった」

 

今まで何度も見てきた身の内で何かを滅したような表情ではなく、草原でそっと綻ぶ花のようなそれ。何年も見ていなかった色は、心臓を突き動かすのに十分な威力だった。

 

「────好きだった人のことですから、必死にもなります」

 

年単位越しの想いを告げると動作の一切合切が止まり、すこし視線が逸される。それからぎこちなく「自分のこと?」と言わんばかりに己を指差すもので、それが可愛くて笑いながら頷いた。

すると先輩は目を閉じて少しだけ考えるように、オレの言葉を咀嚼するようにゆっくり頷き、真っ直ぐとした視線と共に、

 

「ありがとう」

 

感謝の意が述べられる。

 

「私は今も昔も恋愛的な意味ではクロウだけが好きだし、ガイウスくんの想いには応えられないけれど、その気持ちは本当に嬉しいよ」

 

ゆっくり微笑みながら、差し出した感情に対して真剣に返答してくれるこの人が、人間として今でも好きだ。それは出会った時から変わらない。何があっても貴方の清廉さが、高潔さが失われることはなかった。リィンとも似ているが、決定的に異なっている。

 

「それに、"だった"んだよね」

「はい。それで間違いありません」

 

だからこそここでそう言い切ろう。貴方がどれだけクロウを深く愛しているのか知っているが故に、この青空の下で貴方へ続くこの想いを清算したい。

オレたちのことを真剣に考えてくれているからこその強い言葉も、先輩という矜持もあっただろうがそれでも躊躇なく手を差し出してくるその危うさも、クロウへ愛しそうに笑いかける横顔も、本当に────好きだった。間違いなくこの感情は恋だったと思う。

 

「恋愛感情を告げられて、こんな風に嬉しい気分になったのは初めてかも」

 

ふふ、と恥ずかしそうに先輩が笑うので、妙な表現だな、と思わず首を傾げた。

 

「……クロウは違ったんですか?」

「違ったねえ。クロウとのことは最初私からで断られたし、その後も、ま、いろいろね」

 

オレたちが入学した時には既に二人は恋人同士だった筈だから、前年の当時は簡単には語れないほど込み入っていたのだろう。まぁクロウは帝国解放戦線のリーダーとして学院にいたのだから表世界の住人であるセリ先輩の告白に応じないというのは理解出来る話でもあり、それでもなお先輩の強い光に魅せられてしまった理由もわかる。

 

「元々告白というものに対してあまりいい感情はなかったからそういう意味でも、ありがとう」

 

以前、実習で行き詰まっていた時に話をしてくれた『容姿についての過敏さ』にまつわることだろうか。もし誰かに無理やり迫られたということがあったなら、そうなるのも致し方のないことだと思う。その上で、嘘ではなく本心を返してくれている。

 

「そう言ってくれる先輩に出会うことが出来て、オレはしあわせ者ですね」

 

あなたがこの先も青い空の下で笑っていてくれるよう空の女神に願い、その未来を掴みたい。

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