[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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1206/08/29(火)

 

例のパンタグリュエル会合の際、貴族連合の中心であったカイエン家にルグィン家の連中と会ったこともあって、かつて俺の部屋に置いていた数少ない私物──アイツらの形見を渡された。

それはもう、たぶん他の人間からすればゴミにしか見えねえだろうし、俺がこうなると分かってたわけでもねえのに保管してくれてたってのには頭が下がるばかりだ。それが指揮官であったオーレリアによるせめてもの餞別だったのかもと思わんでもない。

 

そうして。

クロスベルで行われた西ゼムリア通商会議の場へ急襲し赤い星座によって命を落とした《G》────ミヒャエル・ギデオンの愛読書とスペアの眼鏡を旧都にいる祖母へ。

黒竜関での戦いで技術的には未完成であった巨大機甲兵に乗り導力機関の爆発によって内戦の焔へ身を捧げた《V》────猟兵団アルンガルム団長ヴァルカンの溶解しかけたドッグタグを鉄血の野郎による殲滅戦の際に急死に一生を得て生き残ってた団員の一人の元へ。

オーロックス砦にて《V》のことがトラウマになったリィンによって辛うじて一命を取り留めクロイツェン州の刑務所拘置となっていた《S》────スカーレットはジョルジュの協力を得て行方を探し出し、今は元鞘である星杯騎士団の一員として働いていると元気な声で激励を貰っちまった。

 

つまり帝国解放戦線のリーダーであった事実に対するけじめ、のようなものを付けに行ったわけだが、結局のところそれが生きてすらいない俺のエゴだってのはわかってる。

だとしても俺はアイツらとテロ活動に勤しんだことを後悔しちゃいないし、もしこの世で何か出来ることがあるんならそれが俺の意識が残ってるひとつの意味になってくれるんじゃねえかと想いを託すことにした。

 

「なぁ、リィン」

『どうした?』

 

カレイジャスIIへ戻る空の帰還路でリィンに話しかける。

二体の騎神を駆り出すなんつう贅沢な形見分けになっちまったが、帝国解放戦線の首魁的けじめというのならつけなきゃなんねえ相手が最後にもう一人いる。

 

「俺が死んだ後、セリがどんなだったか知ってるか?」

 

それは記憶が戻ってから無意識に誰もが避けていた話題だ。セリも弱った自分のことなんざ知られたくねえだろうし、どう考えても暗い話にしかなりやしねえからこの場にはそぐわねえと判断され続けたそれ。だけど俺だけは、否、俺こそがそれを知らなきゃならねえんだと。

 

『……ああ、まあ、一応な。でも俺に聞くより先輩たちに聞いた方がいいんじゃないか?』

「トワとゼリカに聞いたらそれだけで一日が終わるだろうがよ」

 

別にあの二人が俺の味方じゃねえとは全くもって思わないが、それでも俺が死んでぐちゃぐちゃになっただろうセリを支え続けてた面子の二人だ。水を向けたら話が尽きねえことは想像に容易い。

 

『つまりそれだけのことをしたっていう自覚はあるんだな』

「無かったら逆にもう俺からアイツを引き離してくれって言いたいレベルだろ」

 

傷付けると分かっていながらグランローズを手に告白返しをして、手酷く目の前で裏切りの宣言をして、それで終われると思ってたのに自分の裡に引き込んじまって。あげく目の前で死ぬだなんて手札が悪い方向に揃いすぎた。

 

押し黙る俺に対してか小さなため息が聞こえリィンが口を開く。

 

『憔悴してたよ。葬式の喪主も務められないくらいに。代理でやってくれたサラ教官から墓の管理証を引き受けようとしたのだって正直それとなく止めた。でも先輩は譲らなかったんだ』

 

俺の名前と墓の管理番号と二つの年月日が刻まれた銅板は今もなおあいつの胸元を飾る。

だけど俺はもうその墓には戻れねえと分かった。陽霊窟で結末を迎えかけたように摂理に反した存在として遺体も残さず中空に消える。それがこの世の理だと。

 

『その後は故郷が心配だからって一度帰省して……入れ違いで保護者の方の訃報が学院に入ったからトワ会長が追いかけたって』

 

セリの故郷──ティルフィルがトリスタからどんだけ遠いかなんて肌身で分かってて、だけどその時間も金も全部関係なく飛び出したってのはトワらしい。俺に置いて行かれて、両親だけじゃなく新しい保護者まで死んじまった、自分と似た友人を放っておけなくて。

ほんと、トワには未来永劫敵う気がしねえ。

 

『それで……俺も忙しくしてたけどいつの間にか左耳にピアスがひとつ開いてたな。三月には残されたお前の荷物をようやく片付け始めて、手紙を見つけて、やっぱり、泣いたんだと思う』

 

手紙。そういやそんなもん仕込んでたか。

それなりに帰って来ねえつもりもあったし、セリが許可なく俺の荷物を開けるとも思えなかった────つまり信頼関係があったからこそあんな手紙を紛れ込ませられてたってのは皮肉だなと内心で笑うしかねえ。

お前が俺を大事にしてくれてるってわかりながら裏切って、だってのに心を明かすような小っ恥ずかしい文面を書き記したのは俺も若かったつうか、あの青春を手放し難かったって今なら認められる。

 

『卒業後は12月31日にお前の墓の前で会った時にはピアスがもう三つ追加されてた。今年の夏至祭もオルディスの篝火流しに来たところで再会したんだ。……ずっと喪に服してるんだろうな』

 

「なるほどな」

 

喪に服してるってのは正直なところ今だってそうなんだろうと俺は思う。

だけどそれでもせめてもと俺に思い残しがないよう思いっきりやってこいと、走るのも戦うのも好きなヤツが自分の行動制限を受け入れてまで直接の支援をしようとしてくれてるってのに、心配をあんな風に茶化すべきじゃなかった。

 

『お前、まさか』

「あー、そうだよ要らねえこと言ったよ。心配される空気に耐えきれなくて馬鹿みてえに」

 

しかし前と違って「女神の加護を」と言わなくなったあいつには確実に心境……信仰に対する思考の変化が起きてるのは明白だ。信仰はすなわち心の寄る辺。それを喪った存在から開示される心の話を、俺が茶化したらそいつは一体どこへ向かうのか。

 

『……これはユウナたちから聞かされたんだけどな、第一相克で俺たちが寝かされた後、ずっと、着替えもせず青褪めたまま先輩はお前の手を握ってたって』

「ま、現状まだ生きてるお前と違って俺は眠っちまったら何の動作も反応もないからな」

 

訪れると思ってた別れは奪われて、だけど俺が目を覚ます確証なんざ何一つなく、故に実体があるということにただただ縋るってのは理に適ってる。それこそ死体のある場所が棺桶ん中かベッドの上かって程度の差でしかない。

 

『戻ったらもう少し時間あるだろうから、ちゃんと話しておけよ』

「おう……あんがとな」

 

相変わらずお人好しなリィンの言葉に頷きながら、クロスベルへ向かったら西にはおいそれと戻って来れねえとも言われてるし行くならこのタイミングしかねえか、と心を鼓舞した。

拒絶しないでくれなんてどの口が裂けても言えやしないし、清算なんざ出来ようもないと分かっちゃいるが、それでも。

 

────俺はお前と話がしたいんだ。たとえまた傷付けるとしても。

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