[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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終章 - そうして、つかんだ未来
40 - 09/01 空は蒼く


1206/09/01(金)

 

運命の時がやってきた。

 

「────」

 

もう肉眼で要塞の外殻内部が見えるほどの距離まで来たところで、中央基部に蒼と……黒のような灰が蹲っている。私の感覚としては最終相克は成して終わったというのに、どうも様子がおかしい。

 

「……ジョルジュ、あれは、何が起きているのかわかるかい……?」

 

震えるアンの声。それもその筈で見えるのは黒に侵食されつつある灰という、息を飲まざるを得ない異様な光景に辺り一帯の緊張がそこへ注ぎ込まれている。『自我を持った悪意』という表現がこれほどまでに似つかわしいこともそうあるまい。

 

「おそらく最終相克で黒を下した灰が……汚染されている、んだと思う」

 

結界で導力波が遮断されており、具体的な会話などは伝わってこない。

だけどたぶんジョルジュのその解説は的確で、千年以上の長きに亘ってこの帝国を、巨イナル一を狙っていた黒きイシュメルガは相克で下されようとも消えることなくその想念を灰に纏わり付かせている。

 

「ここまで来てそんな結末がありだとでも……!?」

「あやつが帝国にばら撒いた悪意は切っても切れぬ……霊脈に接続しているなら尚のこと」

 

ロゼ殿が悔しそうに杖を構えかけたところで、お待ちください、とシャロンさんの声。

 

「……あれは……フランツ様……!?」

 

驚愕の声と共に呟かれたその名前はアリサさんの父親であり、黒のアルベリヒという人格の苗床にされた方のもの。既にその人格は完全に上書きされ、もうこの世にはいないことが確定したからこそシャロンさんはアリサさんの元へ……ラインフォルト家に戻ってきた経緯があるというのに。

それでもシャロンさんが見間違えることなどないだろう。

 

「……っ」

 

ことを見守っているとヴァリマールが金色にかがやき、エマさんが杖を掲げると共にVII組の想念が流れ込んできて────!

 

「そういうことか!」

 

弾かれたように私とロゼ殿が顔を見合わせ、ロゼ殿が私に干渉し境界破毀の力を増幅させてくれる。おそらくついて行けていない三人──いや他の高速艇やカレイジャスIIのみんなへこの計画を一気に流し込む!

 

黄昏は複数の霊脈を束にしまとめあげ帝国全土を大きなひとつの霊脈に仕立て上げている。故にそれをエマさんを筆頭にし魔術法術に造詣のある方々が解析し、帝国全土の想念を巻き上げ────リィンくんが出会っていたかつて聖獣であった存在から受け取りし檻を使い『呪い』という概念を下位次元であるこの空間に顕現させる!

 

つまり、物理攻撃が効くようにして殴って倒す!

 

カレイジャスIIへ向けたそれは響きの貝殻を介し、更に大陸へ広がっていく。悪意をばら撒き恐怖を巻き上げていた黄昏という集合霊脈は、ああ、そうだ。黒の工房でもそうだった。乗っ取られることを想定していない!

 

「はは、まさに私たちらしい解決方法じゃないか!」

「そうだね、あの時より随分と難しそうだけどリィン君たちが作ったこの機会は……!」

 

アンとジョルジュもかつて私たちが霊体だとしてもぶっ飛ばせるなら問題ないと戦ってきたことを思い出したのか、籠手を結び直したりして意気揚々と戦闘準備を始める。

 

「トマス・ライサンダー! 現地に着いたら宜しく頼むぞ!」

「ええ、匣使いの名に賭けて!」

 

そうして、ヴァリマールから弾け飛んだ闇は一瞬消えたかと思えば眩い光と共にその質量を跳ね上げその姿を露わにした。

本体であった黒の騎神を元にしつつも、有機体を取り込んだかのような竜の頭の尾を持つ……名状し難きフォルム。あれこそが起動者と分離され実体化したイシュメルガの思念体────聖獣の檻に封じることで巨大な力が融合し、この次元で滅ぼせる唯一の形態に落とし込まれた。

 

自分が征服しようとした人間に、そして手に入れようとした力に、勝利確定盤面を覆されたイシュメルガは咆哮を上げ衝撃波が飛んでくる。しかし、それでも……内部と繋がった!黄昏と連動している偽杭は防衛機構を満足に動かすことも出来なくなり、完全な稼働停止に追い込まれ要塞の結界が完全に霧散する。

 

それを察知したクロチルダさんが精霊の道を各高速艇に繋ぎ、ロゼ殿が杖を掲げた。

 

────Ala ad eum locus!(翼よ、我らをあの地へ!)

 

「匣で足場を用意するので存分にやってきてください!」

 

トマス教官の激励と補助を受け、ロゼ殿の転位でイシュメルガ実体の前へ躍り出る。

各偽杭攻略面子に、カレイジャスII──そしてかつて敵として対峙したクレアさんとアランドール殿もへとへとだろうに駆けつけてきて遠隔戦術オーダーとして力を貸してくれることになった。

……そうか。鉄血の子供たちとして宰相殿に着いていた人たちではあるがそもそも、宰相殿の目的も黒の討伐であったのなら。

 

文字通りの総力戦に突入し、トマス教官の匣を足場とし目の前にしたイシュメルガ実体はあまりに巨きく、しかし怯んでなどいられないとこの場に展開されている霊力ネットワークを動員して実体の解析を行う。情報を制するものはすべてを制する道に至れる。

 

「イシュメルガ実体は左右の部位が戦技と魔法に対する完全耐性を付与してきます!」

「なんだその馬鹿げた能力!」

 

足場の向こうからクロスナーさんの叫びが聞こえ、いや私もそう思うけれど事実なんだから仕方がない!

 

「なるほど。将を射んと欲する者はまず馬を射よというわけか、道理だな!」

 

大剣を構えたオーレリア閣下が楽しそうに笑う。将軍である貴方がそれを言うと洒落にならないわけですが、しかしまさに的確な言葉だ。

匣に両手をつき私が取得した情報を全員に流し渡す。抵抗は何もない。全員が同じネットワークに接続し、私を信頼してくれていることがあたたかな希望として寄り添ってくれる感情からわかるほどで。

 

「さあ、訪れる筈だった物語の結末を書き換えましょう!」

「パァッと暴れて来るが良い!」

 

クロチルダさんが、ロゼ殿が、蒼紅の杖を掲げ武器を構える全員に魔術の身体強化をありったけ降り注ぐ。それは未来への灯火のようで、明日が光り輝いていると私たちの背中を押してくれた。

 

「こんなとんでもねえバックアップ貰っといてヘマ出来ねえなあリィン!」

「ああ、もちろんだ! 総員────イシュメルガ=ローゲを討伐するぞ!」

 

リィンくんの号令に合わせ全員の声が合わさる。

さあ、これが正真正銘最後の戦いだ!

 

 

 

 

「馬鹿ナァァァァァァァァ! 認メヌ……我ハ認メヌゾォォォォォォッ!」

 

激昂し体を崩壊させながらも叫びを上げるイシュメルガ=ローゲはしかし最後の気力を振り絞ってか時空間を破壊し、宙空に開いたひびわれへと飛び込んでいく。

 

「逃すか────!」

 

太刀を構えたリィンくんがそこへ飛び込み、思念体であるが故にそれについていけるミリアムさんも穴の中へ吸い込まれていった。

緊張が辺りを包むがしかしイシュメルガが復活する兆しはなく、ともかくとトマス教官が匣で作った足場を動かし、要塞中央の外郭内部にある床へみなを下ろしていく。

 

そうしてある瞬間、辺りの景色が一変した。

赤黒い空は一瞬にして晴れ渡り、要塞の外郭内部から仰ぐにしては似つかわしくないほどの透き通った青空。戦況を見ていた紅の方舟は遠くへ離脱し、カレイジャスIIが向かってくる。

 

「リィン君がやったみたいだね」

「うん……そうだ、VII組のみんなは」

 

アンの言葉に頷きながら見ると、中央で戦っていたVII組のみんなは縁部に降りていたようで蒼と灰の騎神と共にいるのが見えた。そうして、クロウの身体がうっすらと空間からブレていくのが見えてしまい────。

 

「……っ」

 

走り出す。身体はもう随分とへとへとで、黄昏が構築したネットワークを利用したといっても40人以上の人間に情報をインストールするなんて無茶だったとしても、もう泣かないって、別れは済ませたと言っても!それでも!

 

懸命に、気力だけで走り寄る道中でしかし脚ががくりと崩れる。やだ、いやだよ、言葉を交わす機会があるならそれを諦めたくない!自分の足を叩いて叱咤し、片膝を立てて再度立ちあがろうとしたところで後ろから迫ってきた二つの気配に脇から引っ張り上げられ起こされた。だけどそれが誰かだなんてもう確認しなくてもわかる二人で、そのまま背中を二つの手に思いっきり叩かれ前へつんのめるようにしてまた走り出す。

 

走って走って走って、心臓が破れそうなほど、あのトリスタで走った時よりもずっと、速く、迅く、君のもとへ。

 

 

 

 

「よお、最期に会えるなんざ思ってなかったが……大丈夫か?」

 

VII組のみんなへ挨拶をしていたクロウが走り込んできた私に向かっていつもと変わらない風情でそんなことを言う。大丈夫なわけない。こんなにがむしゃらに身一つで走ったのなんか本当にあの十月末以来だと思う!

 

「……私も、最期に顔が見られてよかった」

 

ばくばくする心臓を抑えるように胸に手を当てながら笑うと、ボクも嬉しいよ、とミリアムさんの思念体が──黄昏が終わったからか黒髪に戻った──リィンくんが携える剣から現れた。

そうしてその剣がユーシスくんへ渡され、彼が見送るのが一番いいという判断なのかもしれない。きっと私の知らないところでいろんな感情のやり取りがあったんだろう。

 

「前にも言ったように、今のボクは相克のために造られた剣だからね。実体のない概念兵器みたいなものだし、儀式が終わったら消えるってわけ」

 

黄昏の終わり。クロウやミリアムさん、騎神のみんなとの別れ。誰もがわかっていたし、きっともう覚悟していた。だけど直面するとやっぱり悲しくはある。

そっとクロウに近付きもう殆ど感覚の消えた袖を掴むと、困ったように頭に手が当てられ胸に抱き込まれた。鼓動のない身体。昔より随分と色の抜けた髪。どれだけ動いても紅潮しない頬。接触面積はそれなりにあるのに息苦しくもなくかかる力も朧げで。

 

────わかっていた。時間もたくさんもらった。それなのに……いやそれだからか、陽霊窟の時よりずっと苦しい。

 

「なに、そのように諦めよくする必要もなかろう」

 

イシュメルガ=ローゲの顕現体の錬成で膝をついていた灰と蒼が立ち上がり、困惑する私たちを見下ろす。

 

「来るが良い、我が同胞よ」

「最後の刹那、去りゆく前に集おうではないか」

 

ヴァリマールとオルディーネの呼びかけに応えるよう、周囲に残りの四騎が現れ壮観な景色になる。黒が滅された今これがすべての騎神であり、相克は敗者を取り込んでいく都合上闘争の果てであっても本来遂げられることはなかった逢瀬だ。

 

「巨イナル一を倒したことで元の姿へ……?」

 

ミュゼさんがこぼした疑問に紫の騎神が頷き、暗黒竜に侵され何百年も穢れていた緋の騎神は、長き夢を見ていたかのようだ、と評する。

 

「ですが七の相克は果たされ、巨イナル一の呪いも解けました」

「黒はあの末路を辿ったが……今はそれを寿ぐことにしよう」

 

元は一つであり、千年以上も続く縁を持っていることもあって黒の結末にいろいろ思うところもあるだろう。それでも世界が終わらなかったことを共に喜んでくれているみたいだった。

 

「条件は揃ったようだね」

 

落ち着いた男性の声に顔を向けると、クロウと同じように実体の向こうが透き通って見えるフランツ氏が現れる。

 

「やっぱり他の連中と同じく不死者の身だったのね……」

「ああ、それが長としての人格を完全に受け継ぐ条件だったからね」

 

本来であれば地精は長の人格を引き継いでいく形で不死身を実現していくが、イシュメルガの眷属となったことで黄昏に携わるものになり、イシュメルガとしては肉体の人格が発露する可能性を切り捨てる意味で新鮮な死体を人格の苗床にする手法を取ったのだろう。

それでも自身の肉体から離れなかった本来のフランツ氏の精神抵抗力は凄まじいものだ。

 

「すまない、アリサ。ようやくちゃんと話せたばかりなのに」

 

駆け寄るアリサさんを抱き締め、その背中を軽く叩く。愛し子にふれるよう、大切そうに。

 

「だが最後に二つばかり、研究者としての成果を示そう」

 

優しげな声音と眼差しで騎神たちを見回し、両手を広げ高らかなる宣言が響く。

 

「騎神たちよ。大地の眷属の長として要請する。大地の至宝・ロストゼウムの秘蹟プログラムをブート。残留エネルギーを生体素子に変換、合わせて概念空間の剣を実体化せよ!」

 

秘蹟──それは通常見える筈のない女神さまの恩寵をこの世界に具現化する儀式であり、単語すらおいそれを使われることはないものであるが、そもそも七の騎神が女神さまから人類に託された七の至宝の二つを撚り合わせたものの分割結果だ。

 

「まさか────」

「ええ、そのまさかね」

 

エマさんの感嘆の声に同意を唱えながらクロチルダさんと、その横にロゼ殿が現れる。

 

「暗黒時代の魔導師たちが追い求めて止まず、しかし成功することはなかった禁断の領域。でも、女神の二つの至宝の最後の力を掛け合わせれば多少の無理も通る……」

「こんな裏技が可能とは夢にも思わなんだぞ。やるな黒の──いや、フランツ・ラインフォルト」

 

……先ほどフランツ氏は『大地の眷属の長』として大地の至宝を起動した。ここにロゼ殿が現れたということは、その二至宝の力を稼働させる権限を持った人物が揃ったことに他ならない。

どくりどくりと心臓が別の意味で跳ね回る。期待をしてはいけないとあれほど心に誓って、諦めて、いたのに。

 

「騎神たちよ。焔の眷属が長として要請する。焔の至宝の秘蹟プログラムをブート。魂魄と修復されし肉体を馴染ませ、合わせて剣の魂魄を固定せよ!」

 

瞬間、騎神たちが応じ、六騎とミリアムさんの剣とクロウが眩く金色に輝き始めた。困惑の声が落ちてくると共にぎゅうっと抱き締められ────。

 

あまりの眩しさに目を瞑り光の収束を待っていると、ふと、とくりとくりと音が聞こえる。私のじゃない、誰かのそれ。

 

「な、なんだったんだ……?」

 

疑問を呟く声が頭の上から落ちてきた。

 

「……ったく、今度はスマートにあばよと行くつもりだっつーのに……おい、セリ?」

 

ぎゅうっ、と目の前の胸板に頭を押し付ける。どくりどくりと血液を巡回するいきもの特有の音が────クロウの内部から聴こえてくる。一切聞こえなくなっていた君の、心臓の音が。

 

「……っ」

 

どれほど聞きたかっただろう。どれほどこの瞬間を夢見てしまっていただろう。あり得ないと思っていた。別れが来ると覚悟していた。だってそうでなければ壊れてしまいそうだったから。

 

「クロウ、ほら────感じる?」

 

手袋を片方脱がせ、そっと自分の頬へ誘導するとひやりとしながらも人間の体温だと思えるレベルの温度が戻ってきている。きみ、生きてるんだよ。間違いなく。

 

「……あぁ、ほんとだ。あったけえ」

 

お互い泣きそうになりながら笑い合い、質量が戻った腕で強く強く抱き締められた。

ねえ、きっと君も私もたくさんたくさん大変だけど、それでも一緒にいられる道を探していこう。二人なら……ううん、みんなとならその未来を探していけるって信じてるから。

 

そうして、フランツ氏と騎神たちが薄れがかっていく。残されたすべてをクロウとミリアムさんに注いでくれたのだから、これも道理なんだろう。

 

「なにせ二至宝の残された奇蹟を合わせたのだからな」

「まあ、ただ一度きりの反則技とでも思うがよい」

 

今後の無茶は許されないとしっかり自分の起動者に最後の釘を刺すオルディーネが、まるで保護者のようで少し笑ってしまう。だけどそれを茶化すこともなくクロウも受け取り頷いた。

 

けれどすべての不死者がこの世に残留出来る形になるのではなく、フランツ氏の生還は絶望的だろうとこの方法を見出した本人が断言する。

自分がこの手法では還って来ることが出来ないとわかりつつも、僅かな自分の時間を作りこの研究を進めてくださっていたのだろう。何かあった時のために、自分にも何か出来ることがあるはずだと。……あのイリーナ会長が心底惚れてしまうのもわかるほどだ。

 

「愛しいアリサ、どうか元気で。イリーナとお義父さんによろしく」

「うん。私も愛してるわ、父様……!」

 

最後の父娘の邂逅、そしてリィンくんとヴァリマールの挨拶、最期にフランツ氏が意味深な助言を残してこの騒動は一旦の幕を閉じる。

 

 

 

 

こうして世界大戦──ヨルムンガンド戦役と呼ばれる戦いはたったの一日で終わりを迎えた。

多くの犠牲を払いながら、それでも世界は存続の意思を示したのだ。

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