[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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七耀暦1206年09月02日、ヨルムンガンド戦役の終結。

 

帝国を代表してヴァンダイク元帥、西ゼムリア連合軍の代表としてカシウスの間で停戦合意がなされた。

 

その後ユーゲントIII世陛下の手術成功の報道ののち国民の前で導力通信なども使い復帰を宣言、此度の戦争の直接の原因となった皇帝陛下暗殺未遂が共和国のものではなかったことを全世界に発表し、国内は大混乱に陥り、国外からは非常に強い非難が帝国へ向けられた。

 

そんな中で騒動の中心人物であった鉄血宰相殿が死亡したことにより機能不全となっていた帝国政府に代わり、帝都知事であるレーグニッツ氏が積極的に立ち回ってくれた。共和国や大陸各地に展開していた帝国軍は要請に従い即時撤退を開始、その撤退に関してどの部隊も────武力差による軍事判断もあったのか共和国軍でさえ深追いはしなかったらしい。

 

帝国軍の撤退──それはあのクロスベル州も例外ではなく、かの地は落ちた金の卵となった。

しかしリベール王国・レミフェリア公国・アルテリア法国など、此度の騒動で国として軍勢を出した各国が共同で共和国への強い自制を求め、共和国もその勧告を受け入れている。

 

当然ながら共和国側の帝国への激しい非難は続いたものの、大戦一日目にかかっていた地域の避難は宣戦布告から多少は日数があったことや遊撃士協会の助力も受けられたことで、最小限に留められていたのは不幸中の幸いだったと言える。

それすらもあの宣言に盛り込んだ理由だとさえ思うほどだ。

 

夏頃の選挙にて退任が決定しているロックスミス大統領もあのパンタグリュエルでの会合に参加して下さった人物であり、慎重に物事を進めていってくださるだろうと思う。

大統領就任期間の兼ね合いで次期大統領──グラムハート氏にも問題の解決が委ねられることとなり、帝国へ武力行使などの方向での解決は望まないことを了承したと裏のツテで聞いた。

だがその代わりに天文学的な賠償金の請求が為され、帝国政府の暫定首班として扱われるようになったレーグニッツ氏が四大名門と協力しながら政治交渉と賠償金の支払いしていく運びになっている。

 

 

 

 

1206/12/12(火)

 

「やー、久しぶりですねえ」

「……まさかお前さんから呼び出されるとは思わなかったがな」

 

秘匿回線で例のバーの個室にアランドール殿を呼び出し、人避けなどをしつつお互いソファに座った。アランドール殿は情報局が大戦に関与していた責任者として国内の混乱収集に尽力しているし、随分と疲れ切っているようだがまぁその辺りは勘弁してもらおう。

私が政府側に訪ねに行くわけにもいくまい。筋は通しておくほうが何かと便利だ。

 

「別に私自身オズボーン氏に何か思い入れがあるわけじゃないですし、それにアランドール殿のことは嫌いじゃないですよ」

「おいおい、あんまり滅多なこと言ってくれんなよ。そっちの恋人が怖えっつうの」

 

本当に嫌そうな顔をするので、この人相変わらずだなぁ、と逆に私の好感度を上げてしまうので可哀想だと思う。

 

「ま、そんな話は後々でも出来るので今日の本題に入りましょうか」

 

人払いに重ねがけて認識阻害を展開する。情報局がどれほどアランドール殿をチェックしていようともこの部屋の中の話が外へ漏れ出ることはない。

それを相手も感知したのかしっかりと話を聞く体勢を作ってくれた。

 

「以前、アランドール殿は言いましたね。『情報局にスカウトしに来た』と」

「……おい、まさか」

「そのまさかです。如何ですか、お買い得ですよ」

 

情報局は帝国政府直属という立場を失い再編を余儀なくされている。無論国内が混乱しているため再編の目処についてはまだ協議中……とはいえ既定路線とはなってしまったろう。加えて軍の収縮も決まっており、動くべき時に動けない状態に歯痒さを突きつけられている筈だ。

 

この日まで、クロウと一緒に魔女の里でお世話になりながら霊絡を修復するよう湯治を行って体調を万全にし、ガイウスくんの飛行艇に乗らせてもらいながら各地の霊脈を整える旅をして、いろいろなものにふれ、さまざまな人と関わった。

自分が逃げていたもの、そして成し遂げたいこと。それをまざまざと見るに至った。

 

「……教会や魔女、いわゆる治外法権となる勢力からお誘いはいただきました。正直、結社に入り執行者の役に就く自信も技術的には今ならあります」

 

選抜に何か他の適性が必要であればその限りではないけれど、実力主義であれば捩じ込める箇所はあるんじゃないかと思う。まぁ結局その道は今の自分は取らないだろうし、たらればに意味はない。

 

「────でも、私はこの国を嫌いにはなれませんでした。多くの犠牲を生み、また多くの人民を内包するエレボニア帝国。そして私が犯した罪も償いきれてはいません」

 

翠のアダルウォルファであった頃の話など、もう誰にしても気にするなと言う。けれど時空間を歪ませるプレロマ草の種を蒔き、根付くように各地の霊脈を荒らしながらも整え、帝国内部に悪魔と呼ばれる奇妙奇怪な敵性霊体を招いたのは私の責任だ。

 

「だから、学院卒業したての私に貴方が言ってくださった言葉がもし今でも有効でしたら、私を帝国軍情報局に迎え入れてはもらえませんか?」

 

鉄血宰相殿の懐刀扱いであったアランドール殿が難しい立場だというのは私もわかっている。

それでも、使われるならこの人がいいと思った。

九月一日の朝、情報局のアランドール班は班長である彼を除いて全員他部署に転属させられていたという不器用な優しさを知ってしまったから。

 

「帝国の明日を見据えるという意味でうってつけの場所、なんですよね」

「正直提案としちゃ願ったり叶ったりだが……ああ、そういうことか」

 

勘、という言葉で片付けるにはあまりにも鋭いその思考変遷はおそらくあらゆる物事が視えてしまい、それを無意識のうちに高速で計算するが故のものなのだろうと思う。

だから私が持つ事情なども"見通せて"しまったのだろう。ある程度は。難儀な方だ。

 

「わーった、局長に話は通しておいてやる。二週間以内には連絡が行くだろうよ」

「ありがとうございます。……どうか私を獅子心中の虫にしないで下さいね? レクターさん」

 

言うと、そいつはお前さん次第でもあるだろ、と返され、話が終わったため忙しい身の上であるレクターさんは早々にバーを後にしてしまった。私はマスターの珈琲が飲みたくてもう少しいることにして、ふう、とソファに座り直して深い息を吐く。

きっと人生の節々で、これでよかったのか、と自分に問いかけることが発生するんだろう。

 

旅の中、私は私自身をある程度制御してくれる存在を欲した。私の意志でこの力を振るうことへの恐れもあったからだ。

そしてそれはおそらく教会や魔女の里にいた方が自分の倫理に背かない率は高かったろうと思う。極論すれば現時点で帝国が消えていない以上、国が傾くことはあれど瓦解することはない時期だ。

だけど、かつて抱いた夢をもしかしたらこの力で叶えられるかもしれないと、そう。

 

────この国を誇らしく思える日を諦めたくない。

────胸を張って帝国臣民なんだって言えるように。

 

その為に祖国で軍属となることを己の意志で選んだ。

 

この話を情報局に持ち込む前、もちろん礼儀としてミヒュトさんへ挨拶しにいった。私の師匠筋で、本当に良くしてもらっていたから。

けれど一言だけ、そうか、と。別に突き放されている雰囲気があるわけでもなく、その道に進むことがあたかもわかっていたかのような返答だった。技術や素質はともかくとして気質はそっちが向いている、ということかもしれない。

 

この話を相談(という名の決意報告)をした時、クロウはかなり難しい顔をしていたし、トワには力になれることがあったら頼ってねと約束させられて、逆にアンはセリが決めたならなるようにさせるだろうと笑い、ジョルジュは僕が言うことじゃないけどそれが前向きに歩むための何かになったならよかったと言ってくれた。

 

難しいことは山積みで、考えることも多く、情報局の再編騒動に巻き込まれるかもしれない。

だけど愛するこの国で頑張っていきたいと私は強く願ったのだ。

 

 

 

 

1207/02/26(月)

 

クロスベルに帝国から派遣され駐留していた総督府治安維持部隊は命令された駐留軍撤退に対し十月末に反旗を翻し、武装蜂起し都市を占領した。目的は世界大戦の再開の要求。

帝国の直接介入は困難を極める情勢下、帝国臨時政府も衛士隊と根気強く交渉を続けていたがそもそもの目的からして妥協点など存在する筈もなく、三ヶ月半にも及ぶ占領となった。

だがそれも数々の協力者のもと占領されたクロスベルは今月十四日に解放され、それと並行しながら遊撃士協会の帝国支部復活があり国内の様々な問題に対処してくれたおかげである程度一区切り出来たと言えるまでに落ち着いた。

 

────落ち着いたら工房本拠地跡、生体研究棟を調べてみるといい。その剣を持ってね。

 

故に、騎神たちと共に消えたフランツ氏が残していった言葉を確かめる集いが行われることになった。数日後にとあるお祝い会が予定されているのもあって丁度いいだろうと。

 

そうしてジョルジュや、蒼・紅・翠の記憶がある私たち、そして魔術法術、偵察技術に優れた人員たちで言われるままに生体研究棟を調べると、見つかった隠し扉の向こうに人造人間用のベッド型保存容器が配置されていた。

にわかに走る緊張の中、ジョルジュが開放手順を踏み厳かに保存容器の蓋を開くと────。

 

「Oz73のバックアップ素体、だっけ」

 

見間違える筈もないほど私たちの後輩と同じ顔をした女の子が、すやすやと眠っていた。

黒のアルベリヒではなく、フランツ・ルーグマンの意識が戻る僅かな時間を使って用意してくれていたもののようだ。アルティナさんなどがないことから、元々あったのではなく、七月の件の後にこっそりと造ったのだろう。つくづくとんでもない精神力と技術の持ち主だ。

あのシュミット博士が一番弟子として認めたのだから当たり前かもしれないが。

 

「……大丈夫、霊気も安定しています」

「完全なる無垢の身体……魂魄の衝突なども起こさぬじゃろう」

「アタシたちがサポートするからさっそく始めるわよ」

 

着いてきてくれていたエリンの里の三名、エマさんにセリーヌさんにロゼ殿がユーシスくんとアルティナさんを促し、そっと剣をOz73バックアップ素体の上に掲げ励起していく。

 

「女神様……どうか……」

「ちゃんと安定している、大丈夫さ」

 

祈りの形に手を組むトワに、ジョルジュが語りかけるように、そして励起している二人の心が揺れないように優しい声で頷いた。

 

この場にいる誰もが固唾を飲んで作業を見守っていると次第に白い剣は実体が消えかかり、そうしてふわりと剣からほどけた光が横たわる素体に収束していく。

すると────胸元が動き始め、呼吸音が始まり、ぴくり、指先が。

 

「……ん、んん……」

 

碧髪の女の子────ミリアムさんは、琥耀石の瞳をぐしぐしとしながら起き上がり、ふあ、と大きなあくびをして辺りを見回した。

 

「……あれ、ここって……」

「────ミリアム!」「おねえちゃんっ!」

 

上手く状況を把握出来ないのかぼんやり首を傾げるミリアムさんに、ユーシスくんとアルティナさんが感慨無量といった声音で抱きつき、わあっ、と驚きの叫びをあげる彼女をみんなで笑いながら見守る。これで本当にVII組全員が、本当の意味で揃った。

 

「女神さまの至宝ってのはとんでもないねえ」

「同感だ。ま、そのおかげで帰ってこられたわけだが」

 

そうだ、今は忙しくしているクレアさんにも速報を送っておこう。ミリアムさんのことを可愛がっていたのは本心だったろうし、きっとそれがいい。

 

 

 

 

「えー! センパイ、情報局に入ったの!?」

「うん。ただちょっと事情があって存在が秘匿されてるから極秘事項扱いでお願いね?」

 

陸軍組織をもとに発足した帝国軍情報局は政府との交渉で再編を先送りにし、事実上の解体を現在は免れているがそれは表向きの話。現在の凝り固まった思想、そして局の膿を出すために組織が維持されているだけで裏では既に新情報局が発足しており、私はその設立に際して新たに所属するメンバーとして招集された。

一応トールズ卒業生ということで少尉の位をもらったが正直一兵卒あたりから始めた方がいいような気がする。

 

「それ本当に大丈夫なのか……? 就職詐欺とかじゃねえよな?」

「レクター少佐はそんな無駄なことしないよ」

 

クロウにも詳細は言えないため端的にばっさり疑問を斬り捨てると、むう、と唇をとんがらせるので大層に可愛い。

 

「……あれっ、それじゃあ三日にあるっていうやつには出られないの?」

「私もそれを覚悟してたんだけど、さすがにお前さんは出席者側だろ、って」

 

まぁ旧情報局が警護に入るのだとしたら逆に私の存在は邪魔っ気でしかなく、それなら出席側に紛れ込ませておく方がいいと判断されたのだろう。私もそう思う。

でも警護に入るのならせめて会場警備に回してもらえるよう交渉予定だったしよかったよかった。お祝いの言葉はせめて直接言いたいものな。

 

「ふふ、私が二人のために用意したパーティドレスが陽の目を見るようでよかったよ」

「アンちゃんが大陸東部で旅してた時に手配したものだから……随分かかっちゃったねえ」

「私はなんだか嫌な予感しかしないけど」

 

そう、パーティドレス。

今回みんなが一堂に会せる機会となったきっかけはオリヴァルト皇子殿下のご結婚であり、本来であれば皇室に所属する殿下の門出の日ともなれば大々的に行われるのが通例ではあるが、これをご本人が固辞したと聞いた。

曰く、自分は庶子であり皇位継承権を放棄している身であることに変わりはなく、故に皇室と一線を引いているのだから国の事業としてやるものではない、と。セドリック殿下がいなくなっても皇位継承する気はない、というスタンスを貫くという表明も兼ねていることが窺える。

 

全くなんとも殿下らしい言葉で、だからこそ私たちのような平民も殿下の結婚式にお呼ばれして直接祝福することが可能になったのだけれど。

 

……それにしてもアンが選んだパーティドレス、本当に嫌な予感しかしない。

 

 

 

 

1207/03/02(金)

 

皇子殿下の結婚式に招かれたということもあり、帝都にセーフハウスは用意しているけれど殿下のご厚意でホテルに宿泊させてもらっている。

明日は化粧やヘアアレンジのこともあって朝早くにアンが予約した美容師さんが二人ほど出張の形でホテルへ来る手筈だ。そういうわけで今日は完全に空いているのだけれども。さすがに情報局に顔出しに行くわけにもいくまいし、明日一緒にパーティへ出席する面子もこの時間は近辺にいない。

 

考えに耽りかけたところで客室の電話が鳴り、珍しいな、と受話器を取る。

 

『ローランド様、ラウンジにお客様がお目見えですが如何なさいましょう』

 

おきゃくさま。全く心当たりがないのでこれでもかというほどに首を傾げはしたが、まぁ暇だしな、と会うことを伝えそのままラウンジで待っていただけるよう伝え、急いで身支度を整えて外へ出た。

ラウンジへ向かうと相手が真っ先に気がついてくれたようで、濃紺のダークスーツを身に纏った男性。……たぶんたまに皇宮の方で見かけてた方だな。そんな方がどういった用事を持ってきたというのだろう。

 

「ローランド様ですね。急の訪問大変申し訳ないのですが、わたくしはこういう者です」

 

丁寧に渡されたそれに書いてあるのは、皇室専属秘書官という肩書きと名前で、ますます私に面会が来る理由がわからなくなってしまった。

 

「……大きな声では申せませんが、さるお方からお呼びするように、という命を仰せつかりました」

 

皇室専属秘書官殿がここまで大仰な言い回しをする相手はもうこの世で一人しかいないと理解が出来る。出来るからこそ、疑問符が強まっていく。でも確かに街頭モニターとかでそのお姿は見ていたけれど直接お会いしたことはないし、機会が与えられるのなら大事にしたい。

 

「一応確認しますが、それは出頭命令ですか?」

「いえ、ごく個人的なことであり、お願いと伺っております」

「────わかりました、このままの格好でよろしければ直ぐに向かえますが」

「ええ、大丈夫かと。気楽な状態で来ていただきたいとのことでしたので」

 

ホテルのラウンジに出るのだからとある程度小綺麗な格好にしておいてよかった、と内心でほっとしながら秘書官殿に着いていき車で皇宮への道を取るのだった。

万が一罠だったらすべて踏み潰して帰ろう。

 

 

 

 

バルフレイム宮に到着し通された部屋は、たぶん皇宮内ではこじんまりとした部屋なんだろうな、随分大きいけれど、と観察したくなるような部屋で、淹れられた紅茶を特に精査することもなく口にする。

うわ、美味しい。色は濃いけれど紅茶の香りが高く渋みも少ないからすいすいと飲めてしまうやつだ。添えられたマドレーヌとの合わせ技も素晴らしくこれはうっかりすると止まらなくなるパターンだな、とカップを置くことにした。

というところで扉の前に人の気配。立ち上がると入ってきたのは御二方で、侍従は下がらせているようだ。

 

「すまない、こちらが呼んだというのに待たせてしまった」

「退屈ではなかったかしら」

「ユーゲント皇帝陛下とプリシラ皇妃殿下に拝謁する栄誉は若輩に余りある幸せでございます」

 

膝をついて挨拶を述べると、今日は気を楽にしてほしい、と陛下に請われ、勧められるままにソファへ座ることとなった。

 

「これは例の黄昏の解決に尽力してくれた関係者全員に直接聞いていることだ」

「ただ、その……セリさんがどこにいるのか知ることが難しく、こうして殿下の結婚に際して訪れた機会にお呼びだてすることになってしまったのです」

「私が帝国内を飛び回っているのは事実ですから、お気になさらないでください」

 

あまり居場所が捕捉されないよう立ち回っているし、個人的な話と仰っていたから諜報部員を使うわけにもいかずにっちもさっちもいっていなかったということなのだろう。レクター少佐の耳に入っていたら一発だったろうにな。いや、知っててそのままにしていた可能性もありそうだけれど。まぁいいか。

 

「話というのは例の大戦──黄昏のことだ」

「────はい」

 

姿勢を崩したつもりはないがぴしりと更に背筋を正し、陛下の言葉に耳を傾ける。

 

「かの問題解決に尽力したそなたたちに非公式の褒章を渡したいと考え、こうして一人一人に話を聞いているのだ」

「そんな……陛下たちもお忙しいでしょうに」

「それでも、世界に知られることのない場所で懸命に戦ってくださった貴方たちに報いたいと」

 

皇帝陛下と皇妃殿下がそう仰っており、帝国臣民としてはその言葉だけで十分です、と述べるべき場面ではあるが、おそらく陛下たちはそんな言葉を望んでこの機会を設けてくださっているわけではない。ただの一臣下へ丁寧にお心を砕いて下さっているのであれば、その言葉に全力でぶつかるのが礼儀というもので。

 

「……本当に、何を願っても良いのでしょうか」

「あぁ、そなたらにはその権利がある。無論、余に出来ることに限らせては貰うがな」

 

むしろこの方にしか出来ない。だけどそんなチャンスが直ぐに訪れるだなんて思ってもいなかったから情報局に所属したし実績を積んで、なんとかそれこそ褒章を掴むチャンスをどうにかして手に入れようと、十何年単位での計画を立てていたぐらいだ。

そんな中降って湧いたこの機会を棒に振るわけにはいかない。

 

「であれば、私の戦功を返上することを代わりに……とうに失われたクロウ・アームブラストが持ち得ていた本来の戸籍を────再編しては頂けないでしょうか」

 

たとえあの時点で生きてはいたとしても(もっと言うのならとうに死んでいたとしても)、クロウが陛下直々に信任していた宰相を殺した男というのは間違いなく、またその男の戸籍を改めて存在させるというのは下手をすれば皇族へ弓引く行為だということは重々承知している。

けれど、それでも、叶うのであれば。私はクロウに真っ当に生きて欲しい。私の隣で生きたいと言ってくれたあの人と、私だって共に往く未来を掴みたい。

 

「それは────」

「……やはり、難しいことでしょうか」

 

言い澱む皇帝夫妻に、ぐ、と膝に置く拳に思わず力が入る。

1204年にあった皇太子殿下をクロウが命を賭してお助けした話を盾にはしたくないが、そちらを口にすればもう少しだけでも考えてもらえるかもしれないか……?

 

「いや、そなたらはまこと、既に家族であるのだなと、そう感じ入っただけだ」

「気を揉ませてしまったらごめんなさい。ただ、彼の戸籍は既に再編準備に入っているのです」

 

想定外の殿下たちのお言葉に、へ、と間抜けな声を出さなかっただけマシだと思う。

 

「無論彼にもこのような場を設け訊いたのだが、結婚するために戸籍が欲しい、と言われてな。これは盲点であったと」

 

そりゃまあテロリストで元々帝国戸籍ではなく、旧ジュライ市国地域からも失踪年数がそれなりに経過しているため登録は抹消されているし、学院へ入るための書類は偽造されたものだったろうというのと、そもそも死者が復活して戸籍が必要となるなんていうことが本来あり得ないのであって、陛下の落ち度では全くない。ないったらない。

 

「セドリック殿下を助けてもらいましたし、もちろん喜んで再編させてもらっている最中です」

 

しかし経済特区ジュライは世界大戦の影響や、クロスベルの準備が進んでいるということから独立の機運が高まっており、あちらで戸籍を作る……というより旧ジュライ市国から続く戸籍として復活させるというのなら多少は時間がかりそうというか多分かかっているのだろう。

 

……いや、その、結婚のために、というところで狼狽しているわけではなく。

 

「故に、そなたはそなた自身の望みを言うがよい」

 

とは言っても何にも考え付かん。いやクロウと一緒になれるなら本当に何にも望まないというか、他は自力で叶えられるなと思っていたからどうしようかと。

 

「でもセリさんにとって急な話で難しいですよね」

「い、いえ、そんなことは」

 

正直ある。

 

「もし決まりましたらこちらのレターセットで手紙を書いて頂ければ私たちに届きますから、どうかゆっくり考えてください」

 

皇室直通レターセットなんてそんな重いもの一般市民に渡さないで頂きたい!……あ、一応帝国軍情報局所属の少尉になったから一般人じゃないかいやでも木端兵には違いないので駄目だ思考がまとまらん。

 

「ええと、ではそうさせて頂ければ……」

 

すべてがもういっぱいいっぱいになってしまい、皇妃殿下のご配慮に甘える形で私は皇宮を後にすることになった。いやこれどうしようねえ。黙ってたら権利破棄されないかな!駄目か、だめだな。

断るにしてもきちんと自分の言葉でお断りするべきだし、放棄するならするできちんとその証拠は渡すべきだし、しかしそれはそれで陛下たちに気を遣わせてしまいそうだし。難しい。

 

 

 

 

1207/03/03(土)

 

「うん、やはり私の見立ては素晴らしい!」

 

アンが用意したパーティドレスへ三人一緒に着替えるなりアンがにこにこ顔で高らかに言う。

本人が着ているのは全体的に赤く、生地と同色の質感の違う糸で細かい刺繍が入り金色の縁取りがされている光沢のある長衣で、深いスリットが入っている東方風ドレスである。

その隣にいるトワは写真で見た東方の湖を思わせる美しい碧を基調とし、大ぶりな花の刺繍が白で入り、金糸雀色の縁取りがされたとてもタイトなミニスカートの東方風ドレス。

そして私に用意されていたのは、うっすらと青が透ける生地に植物を彷彿とさせる細かな刺繍が金色で裾から腰まで入ったスリットが深いドレス……に濃い青のボトムを合わせて着るものを選んだのだとか。

 

「最初見た時は嫌な予感が当たったと思ったけど前言撤回しておくよ。綺麗だね」

「はは、私が今更セリの逆鱗を踏むような真似するわけないだろう」

「それもそうだねえ」

「……アンちゃん今のツッコミ入れられると思ったのに頷かれてすこし恥ずかしくなったね?」

 

そういうところ若干クロウに似てきたよな、と思わないではないけれどさすがに口には出さないでおこう。武人の情けである。

まぁでもこれだけ影響の強い仲でいたなら似てくるのも仕方ないと思う。私もアンに似てきたって言われたし。誰か真面目なトワやジョルジュに似てくれてもいいんだけど。

 

「おーい、美容師来てるぜ……っと」

「わ、随分と綺麗だね三人とも」

 

コネクティングルームの方から男性陣が顔を覗かせて、ああそれは申し訳ない、と直ぐに来てもらった美容師の方々を部屋に招き顔や髪のメイクアップを施していってもらう。

髪の毛の多さから一番時間のかかるトワを先にやってもらいながら水を飲みつつ眺めているとそっとクロウが隣に来て、どうしたのか、と視線を送れば赤らんだ頬が見えた。

 

「その……すっげえ可愛い。めちゃくちゃ似合ってる」

 

思わずグラスを素手で破壊してしまいそうな表情でそんなことを言うのはやめていただきたい。可愛いのは君だろう。

 

「……クロウも似合ってるよ、スーツ。かわいいのに格好良くて」

 

全体的に青でまとめられていて、ボーダーの水色カラーシャツに蒼いネクタイ、中のベストは濃いめのグレーで中をまとめ上げている。しかしジャケットの上衿がチェック模様でしっかり遊び心もあるところが本当にクロウっぽい。

 

「はいはい、そこ二人いちゃつくのもいいが次はセリの番だろう」

「いちゃついてないです!」

「俺はイチャついてたつもりだぜ!」

 

単に世間話の範疇だろうと反論すると会話相手は堂々とそんなことを言うもので私は内心で頭を抱えるしかなかった。ちくしょう。好き。

 

 

 

 

そうして快晴の空の下、オリヴァルト殿下とシェラザードさんの挙式は目一杯のお祝いのなかで無事に終わった。

白い軍礼服のようなコートを着た殿下は格好いいのにしあわせが滲み出ており、その隣にいるシェラザードさんは褐色の肌に純白のウェディングドレスが非常によく映えていてとても綺麗で。身分など本人たちのどうにもならないところでの障害も多かったろうにそれでも二人で歩むことを決めた強さがぐっと胸に刺さる。

 

「オリヴァルト殿下、シェラザードさん、この度はご結婚おめでとうございます」

「本当にすごく綺麗なお式でした……!」

「ええ、仲睦まじい御二方に私たちの方が幸せを分けてもらったほどです」

「旅に出る前にいい報せを聞かせてもらって安心したぜ」

「僕の方からも僭越ながらお祝いをさせて頂ければ。おめでとうございます」

 

五人で本日の主役のお二人の元へ行くと、破顔しっぱなしの殿下にそれを嗜めるシェラザードさんという状況に当たってしまい、苦笑しながら挨拶をすることになった。

 

「こちらこそ来てくれてありがとう。この素晴らしい日に君たちが揃っていること、とても嬉しく思うよ」

「そうね。離れた縁をまた結ぶっていうのは並大抵の努力じゃ出来ないことだもの」

 

お祝いの言葉を捧げに来たのに逆にこちらがなんか、こう、嬉しがられてしまって恐縮してしまう。でもこういうお言葉をさらりと言える殿下だからこそいろんな方がついてきたのだろうなとも。

 

「そういえばブーケを受け取ったのはミリアム君だったが……そちらはもう決まっているのかな?」

 

殿下の言葉に私はトワを見たけれど他全員の視線は私とクロウに注がれており、まあそれはそうか、と心の中で頷いた。

 

「さて、どうでしょう。ただもしその時が来て式を上げるとなったら、ご夫妻をお誘いしても宜しいですか?」

「ああ、もちろん。何なら楽師として呼んでくれても構わないよ!」

「はい、絡むのはそのくらいにしておきなさい」

 

ぎゅっ、と頬をつねられた殿下がシェラザードさんに連れていかれ、ふふ、と笑ってしまう。そのまま五人で食事を取りながら卓へ戻り、そういえば、と口を開いた。

 

「みんな220期の同窓会出られるんだよね」

 

奇しくも数日後に帝都で行われるので、ここ最近はなかなかに忙しい。

まぁバイクを黒の工房でジョルジュが完全にメンテナンス……どころかバージョンアップまで施してくれていたので機動力はかなり上がっているし、私は職業と合わせて自由が利きやすいのだが。

 

「もちろん。そっちも楽しみだよねえ」

「私としてはクロウのことを知らないのもいるだろうからその反応を見るためにだな」

「おいっ。……まあ俺も出るつもりではあるがよ。セリが行くならなおさらだろ」

「クロウ、独占欲強いの隠さなくなったよね」

「……別に私に今更手を出そうなんて人いないと思うけどなぁ」

 

当時は根も葉もあったりなかったりないろいろ薄暗い噂が立てられて、いまだに就職した気配もない人間に魅力を覚えるなんてことあるだろうかと。いや実際は就職しているのだけれど公言できないので。

 

「「「「それはない(よ)」」」」

 

だというのに一斉に否定されて、むぐ、となる。

 

「これだから心配なんだっつう」

「ならとっとと自分の懐に入れて終えばいいのにぐだぐだしているのが悪いだろう」

「俺にも準備があるんだわ」

「僕に言われたくないだろうけど、クロウは結構念入りにことを進めようとするからね」

 

準備。準備をしているらしい。一応戸籍再編に関しては本人から聞いたわけではないので知らぬ存ぜぬをしているけれど、そういったものかな。まぁ私とクロウが結婚するには対外的な問題が多すぎるのでひとつひとつ解決していかねばならないだろう。

元テロリストと情報局局員だなんて戯曲のテーマじゃないんだし。

 

「まー、私たちはともかく、トワの方はどうなの?」

「ふえっ!?」

「おや、もしや私たちが気が付いていないとでも……?」

 

にこにこしながら私たちのやりとりを見ていたトワに水を向けると、本当に吃驚したような表情で平素大きな瞳がさらに大きく見開かれていて可愛い。

 

「……その、あの、一応……リィン君と健全なお付き合いをさせてもらって、ます……」

 

四人全員で顔を見合わせ、知ってる、という表情になってしまった。

 

「……これはもはや手すら繋いでいない可能性が……?」

「今日び日曜学校のガキでさえもう少し進んでるだろ」

「こらこら、下世話な話はよしなさい二人とも」

「まぁ二人らしくていいんじゃないかなあ。ちょっと我が身を省みたし……」

「もー! みんな聞こえてるんだからね!」

 

明るい空の下、まだまだこの縁は続きそうだと、誰も手放すつもりがないことを確認しながら私たちは大きく笑い合って未来へ歩んでいく。

掛け替えのない友人たちと一緒に。

 

 

 

 

True End

 

春の日、隣で

 

 

 




【あとがき】

閃の軌跡・クロウ×オリ主小説《わすれじの》読了ありがとうございます。

投稿開始が2021年4月なので二年半強といったところでしょうか。本編字数130万という自分が書いてきた中では一番の長編になりました。長い旅の終わりを無事に迎えることが出来て本当に良かったです。
(いま思えば年単位で区切らずに全部同じシリーズとして投稿していた方が良かったのかなと考えたりします。ハーメルン初心者なのでぱっと見「区切ったほうが読んでもらいやすいのかな?」と判断してのことでした。難しいですね。)

この話を書くに当たって「絶対にノーマルエンドを書く」と決めていました。これはもう確定事項で「何ならトゥルーが書けなくてもノーマルは書く」という意気込みで書いていました。
ノーマルは「女神様を信じているからこそ女神様に背くことを決意したが、しかし目標にしていた死ぬ意味さえも失ったオリ主」と「自分も大切な人を喪ったトワさん」が何とか二人でいのちを繋いで生きていく、というおわりで、正直こっちの方が強く見えていたエンドだったりもします。
でもだからこそトゥルーをえがけたら両方のエンドが輝くと信じてハッピーエンドまで持って行けたところもあり、オリ主が元々持っていた思いやいろんなものが回収出来たので綺麗にまとめられたかなと思います。
二人が結婚出来るといいですね。

◆これからについて
彼らの人生はまだまだ続きますが、続き物としては一旦ここで終わりになります。今後についてはあんまり考えていません。
創の軌跡とか黎の軌跡とかに関わる原作本編軸での短編は幾つか出したいですが、予定は未定です。
その辺りもゆっくりこねながら、今は封印していたゲームのプレイで忙しくなります。

◆最後に
たくさんの方に支えられてここへの到着が叶った次第です。
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