[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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08 - 11/01 心を定めた十一月

1205/11/01(火)

 

例の蒼い人影のこともさることながら、万が一クロスベルへ向かう正規道が封鎖された時に備えてエルム湖から北部へ流れる川沿いに道を探索し始めた。なんせクロスベルは西は険しい山脈で東は深い森と砂地の丘陵に囲まれているため、共和国からならまだともかく帝国方面からは特に侵入がしづらい。ガレリア要塞が断崖絶壁に建てられているというのも無茶をしたものだとしか言いようがない。

そして地図を見たところ直線で600セルジュほど北上しないと山脈が途切れないようだけれど、途中から山道に入ればそこはどうにかなる。

しかし川沿いというのは存外道がやわらかいので戦闘がしづらいったらない!

 

舗装どころか人の手が殆ど入っていない森を歩きながらノーザンブリアについて頭を巡らす。ラマールとサザーラントの領邦軍がルグィン将軍の指揮下に入ったという報せが入ってきた。北部戦線が構築されるのも時間の問題で、遊撃士協会もオレド自治州本部が動きレミフェリアからノーザンブリアへ入っているらしい。ということは遊撃士に復帰した地元民のサラ教官もいるだろうし……政府が主導ならリィンくんも、いるのだろう。

 

今はまだ学院生である彼を戦場へ駆り出すことの是非を、政府はクロスベル戦役で武功を上げることによってとても薄くした。とてもうつくしい灰色の騎士人形を駆り、自分達を守ってくれる高潔な騎士というのはそれだけでセンセーショナルだ。その彼が遠い地で活躍しているのなら安全圏から見たい、と熱に浮かされるのもわからないではない。

本当に、そういう人身掌握が上手い方だ。オズボーン宰相閣下は。ジュライの時もそれを遺憾なく発揮し、帝国帰属の風潮を作り上げたのだろう。相手に水面下で条件を飲ませるのにも長けている。おそろしいまでに政治家に向いたひと。

 

そんな人が貴族派を取り込み、クロスベルに続きノーザンブリアまで帝国領土にしたのならば、次はどこへ向かうのだろうか。

年末からずうっと不安が付き纏っているけれど、何があっても動けるようにはしておこう、と一人心の中で頷いて遅まっていた足を強く踏み出した。

 

 

 

 

1205/11/02(水) 昼前

 

なんとか個人での歩測と地図描きを終え、足元にまたぞろ妙な気配があるなあと嫌気がさしながら宿まで戻ってきたところで導力ネット経由でメールに気が付いた。さしものクロスベルといえどさすがに民家も軍事施設もない北部にネットは敷かれていないらしい。

差出人を確認して、おや、と首を傾げつつ返信をして、シャワーを浴びてまた出ることに。

 

 

 

 

「急な呼び出しすまないな」

「いえいえ」

「お前らここを待ち合わせ場所にすんな」

 

ジロンド武器商会でモックアップの銃器を見ていると暫くしてディンゴがやってきた。

どうでもいいけれどおそらく彼の方が歳上である筈とはいえ、ナンパかと思って舐められまいと敬体を外して喋っていたらそのままスルーされたのでまぁいいかとそのままだ。

 

「ジロンドにも確認して欲しいんだ」

 

その言葉にジロンドさんが心底嫌そうな顔をするものだから内心可笑しかったけれど、ディンゴの表情は茶化す雰囲気を許さない緊迫したのもだったので黙ったままカウンターに腰後ろを預けつつ二人で言葉を促した。

 

「北部戦線が動きそうなのは知っているな?」

 

ジロンドさんと顔を合わせて、もちろん、と頷く。ディンゴが来るまで話のネタといったらもっぱらそれだったし、仮にも情報屋を名乗っているのなら知らないではいられない案件だ。

 

「そこに合わせてなのか、行方不明者がゆるやかに増加している。……主に東通りを中心に」

「ああ、その話はオレも聞いてんぜ。だから素人が走り込んできて忙しねえ」

 

クロスベルの東通りといえば、東方人街とも呼ばれる通りで共和国が取り込んだ土地やその東にある民族の方々が主に住まう場所で、私の拠点もそこの一つだ。

行方不明者の増加。誘拐や人身売買の気配の言い換えとも言えるそれは、こと今のクロスベルでは起こり得る可能性が非常に高いといってもいい事柄だった。この地には元々二つの大きな闇組織が存在していたのだけれど、エレボニアンマフィアは特務支援課に潰され、カルバディッシュマフィアは昨今の時勢を受けてほぼ動いていない。裏社会の統制がなされていない、つまりある種の秩序がない状態ということで。

観光客で賑わう都市に、現状庇護を訴えにくい東方民。それらを拐かし、北部戦線が今に始まろうとしているこのタイミングでの行いは完全なる故意犯……なのだけれど、それを露呈させている辺りちょっと手落ち感は否めない。いや、一般市民としては油断してくれていて有難い限りか。

 

「ただ……今は共和国系の出稼ぎ者ばかりで公には捜査が動いていないんだ。それに、不法滞在者も少なからずいた」

 

これがクロスベル地元民や帝国の情報屋であるのなら総督府にまず言え、という話なのだが共和国系情報屋だという立場が非常に話を複雑にしているし、それに加え軍警に駆け込みづらい・駆け込まれづらい相手を選んでいるというのは賢い。

私が掛け合ってもいいけれど、行方不明者の立場が立場だし相手にしてくれる気がしないんだよなあ。そのまま消えてくれる方がいいとされそうで。

 

「ところが明日にはもう開戦しそうで国際中の視線が向こうに向いているときた?」

「ああ」

 

すると私が足下から感じた気配というのも関係している可能性がある。

……さすがにもう、自分の感覚に対して『間違いかもしれない』と疑心暗鬼になる段階は過ぎているだろう。もちろん過信は禁物だけれど、疑い過ぎても脚が鈍る。自分が今やるべきことは己の体質と向き合って、感覚を研ぎ澄まし、前へ進んでいくこと。

 

「まぁ、ただならぬことが進行しているというのは分かったけど、どうしてそれを貴方が憂慮するのかな」

 

誰が聞いているともわからない以上はっきりとしたことは口に出来ないけれど、相手の表情からして意図は過不足なく伝わった。共和国の情報屋が帝国の人攫いの話に首を突っ込む利益なんぞこれっぽっちもない……どころか、むしろ関わったことが露見すれば関係間者として処刑される道まであるとさえ言える。

すると彼は、一瞬だけ視線を落としてから私を見据える。

 

「俺は情報屋で、手段を問わず情報を引き出すことも、その果てに他人の人生を壊したことだってある。己の保身に走ることが悪ではないことも知っている。だが、無法者でも助けられた恩義を返すことだってあるさ」

 

助けられた恩義。それは、私が差し出した情報のことなどではなく、おそらく昔に東方人街に住む人たちにお世話になったことがあるのだということをやさしい声音が教えてくれた。

情報屋なんていつ死ぬかわからないような職業である以上、徹底的な利己主義であるべきなのに、ああ、その優しい色はかつてあったあまい喧騒を思い出させる。

 

「人情じゃ仕方がないか」

「ったく、しょうがねえなあ」

 

人間の感情は時にバグとしか言いようがない衝動を引き起こすことを私はよく知っている。つよく心を寄せてしまったら利己的・理性的ではない選択肢をとることもままある。それはもう立派な事由だ。

それにいつかその行いがまた自分へ返ってくる可能性も考慮すれば動かない選択肢を消すのも道理と言える。

 

「オッケー、じゃあ私の方からも情報を開示しよう」

 

クロスベル市の北の方、つまりミシュラムなど開発されている方面とは真反対の方向のメンテナンスアイルだと思しき地下道に、行きも帰りも人間……少なくとも七人ほどの気配が固まっていたことを話すと二人の表情が険しくなった。

さすがにそこまで離れていて特に気にするような気配でもなければ同一人物たちであるかの精査は出来ないしやろうとも思わなかったけれど、そも最初は作業員とも思っていたから気にしなかった、というのが一番の理由で。

 

「最低七人、か」

「そう。斥候前衛は任せてくれて構わないけど、さすがに手が足りなすぎるんだよねえ」

 

ジロンドさんを頭数に入れるわけにはいかないし、ディンゴは多少荒事に慣れていそうではあるけれど民間人の保護を完璧に出来るとは言わないだろう。それにパニックになった一般人ほど手のかかるものはこの場合殆どない。せめてあと一人。

遊撃士協会が動いていたらこの問題だって丸投げ出来ただろうに(そもそもそれらの介入を嫌って問題自体が起きなかったという可能性だって十分にある)。その点では総督府、ひいては帝国政府を恨みたい。治安維持ぐらいどうにかなる算段をつけておけと。

 

「確かな行方不明者が出始めてから何日経過してる?」

「……三ヶ月ほどだ」

「ならもうかなりの人は渡らされている可能性が高いね」

 

人身売買というのはその人の生殺与奪を他者に与え尊厳を踏み躙り続ける行為に他ならない。女神さまの下へ送られているならむしろ幸福な方で、奴隷として一生を終えたり、臓器を一部取り出されたり、スペアとして脳を破壊し身体だけ生かされたり、そういったことが起こり得る。

そして北部戦線が開始されそうなこのタイミングは絶好のチャンスといえるだろう。

 

「手口を探ると共に協力者の目処が立たないか各自ツテを当たろう。でもディンゴよりはジロンドさんの方が武器商会だしアテになるかな」

「おい、俺は手伝うなんて一っ言も言っちゃいねえぞ!」

「まあまあ、仲介料高くとっていいですから、ね?」

 

にこりと小首を傾げながら笑うと、大概相手は黙ってしまう。もちろん海千山千の相手だからそれだけで物事が運ぶとは思わないけれど、それでも一瞬意識の隙を作るには十分だ。その一瞬で相手はいろいろなことを考えてしまうから。

 

「……三カケすっからな」

「構いませんよ」

 

情報料の合意が為され、そのままディンゴと諸所の打ち合わせをしてから私も動き出した。まずは東通りでの聞き込みからはじめ、メンテナンスアイルに入る可能性があるのならば最終的に罪に問われないよう根回しもしておかなければならない。

残念なことに、私のARCUSIIにはそれにうってつけな人の番号が入っているというのは何の皮肉なのやらと思うわけで。

 

 

 

 

1205/11/04(金) 朝

 

おおよそ連中の手口が判明したところでジロンドさんから連絡が入った。

どうやら協力してくれそうな人材と引き合わせてくれるようで早速顔合わせに中央広場の方へと走っていく。珍しく朝から開いている薄暗い店内へ入りステップを数段、カウンターへ視線を向けると真っ先に目に入るのは長身の男性の背中。いい体躯だ。しっかり均整が取れている筋肉のつき方で妙なクセがない。共にいるのは小柄な女性、で────。

 

「あら?」

「ハハ、誰の依頼かと思えばお前か」

 

そこにいたのは私たちの学年で剣術の使い手として一、二を争っていたフェンシング部の部長フリーデル嬢に、副部長であり正規軍入隊を蹴って彼女の武者修行について行ったと噂されるロギンス、その二人だった。

 

「ここにいてその言葉は、二人が協力者ってことでいいのかな?」

「まあな。しかしお前が噛んでるとはねえ」

「ふふ、そうならむしろ依頼料なんていらないから貴女と闘う権利でもいいかもね?」

「そいつは……光栄かな」

 

私がすこし苦笑気味に返すと、冗談じゃないわよ?、と微笑まれてしまう。

確かにフリーデル嬢とは一度も手合わせすることなく卒業してしまった。貴族と平民であるが故に合同訓練なんてものはなく、また例のパトリックくんがいたということもあって内戦前は少しフェンシング部を避けていて、内戦後はばたばたしていて終ぞその機会を持つことは叶わなかった。

 

「んー、まあ、導力器ナシのルール無用なら受けて立つよ」

「あら、もしかしてルールに縛られなければ強くないと思ってる?」

「まさか」

 

鋭い視線には肩を竦めて対応するしかない。

私たちが一年の頃、入学試験の実技試験官として彼女も登用されていて、監督する姿をそう注視するわけにもいかなかったけれど剣筋が大層うつくしかった記憶がある。流麗な体捌きは真正面から攻略しようともなれば正直面倒くさいの一言に尽きるだろう。

 

「ま、その辺の話は成功してからにしよう。ジロンドさんにも仲介料払わないといけないし」

「ああ、俺は路銀にするから金で頼むわ」

「了解」

 

といっても彼女が依頼料を現物支給でというのであれば幾らになるのか。まぁその辺は相場通りでいいだろう。吹っかけられたらそれはそれとして戦うだけだ。

すこし昔話に花を咲かせかけてしまったけれど、直ぐにここ最近覚えた気配が商会に近づいて来たので会話を切って待つ。現れたのは想像通りディンゴだ。

 

「すまない、俺が最後か。そちらの二人が?」

 

ディンゴの視線が向けられたところで二人が自己紹介をする。特に偽名は使っていないようなので私も呼び方はそれに倣おう。

 

「奇しくも私の知り合いでね。人柄も技術も私が保証するよ」

「そいつは心強い」

 

そうして最後の情報共有が始まった。

 

 

 

 

「つまり、この騒ぎで帰りたいけれど自由には帰れなくなってしまった共和国系の出稼ぎの人に出国手段をちらつかせつつ、『お前たちの身を守るために他言無用で』と言い含めて口を塞ぎ、クロスベルの北で集合させてたみたいなんだよね」

「元々はそういった案件は黒月が担っていた筈だが……」

「今はさすがに大きく動けないみたいだね」

 

共和国人の残留許可の手続きなどの手助けはしてくれているようだけれど、さすがに現環境での不法滞在者の出国となると更に手続きが面倒になる。ここまで大きな事態となる前にさっさと国に帰ることを決めた方も多いようだったけれど、出稼ぎ場所としてクロスベルを捨てるには惜しいと残っていた人たちが長引く対立に音を上げ始めたと。

 

「その道のプロが現在行っていないものだというのに、ポッと出にでも務まるものだという信頼があるのが不思議ね」

「セリとディンゴが掴んだ情報的には、そういう相手を選んでるんだろうな」

「そうだね。それにどうしても共和国側からはクロスベル市民の情報は掴みづらい。捜索願いも受理され難いだろうし……人身販売をするなら、まあ、タイミングがいいよ。時流を読むのに長けてはいる」

 

帝国と共和国の紛争状態もそうだし、つい先日には北部戦線の開始が宣言された。

それにより諸外国の目はそちらへ向き、金融的要衝であるクロスベルも一時的に監視が緩くなる。その先見の明は利益を追求するという点でいえば正しいものだ。ただそれを是としない一派がいるというだけで。

 

「黒月の方もほぼ引き上げていて荒事に出せる人間が薄くなっているらしいな」

「だろうね」

 

やっぱりそっちの筋の情報はディンゴに任せて正解だった。私は基本的に民間人からの聞き込みに単独の調査に比重を傾けたけれど、お互い何が自分の領域かきちんと理解した上で行動出来ている。意思疎通に言語は必要だけれど、必要としない相手というのも心強い。

 

「どうする、夜に行くか?」

「いや、このまま叩く」

 

ロギンスに問われ首を振る。

民間人に夜の行動はさせたくない。何を見間違えるかわからないし、見通しの利かない森の中で一人逸れようものなら護衛が難しくなる。地下道に押し込められているのなら精神不覚の狂乱状態になっていてもおかしくはない。それに違法な"商品"を動かすのなら夜と相場が決まっている。ならば。

 

「勝算は」

「九割。救出対象がどういう状況かにもよるけれど、一人はレキュリアを唱えられるようにしておいて欲しい」

「そいつは俺が担当しよう」

 

頷いたディンゴが型の古い、ZCF製の戦術導力器に風属性のクオーツを嵌めていく。そういえば確か向こうのは属性値によって使用アーツが異なるのだったか。共和国製のものを使うわけにもいかないだけなんだろうけれど、帝国製だとクオーツ自体にアーツが封入されているからちょっと物珍しくある。あとでよく見せてもらえないだろうか、なんて。

 

「さて、それじゃあ斥候は私、前衛はロギンス、間にディンゴ、殿にフリーデル嬢。何かあれば全員、己の命と民間人の保護を最優先に。私のことは置いて行って構わない」

 

ふ、と息を吐いて拳を差し出し、拳をぶつけてくる全員を見据えて静かに宣言した。

 

「作戦開始。女神の加護を」

 

 

 

 

東クロスベル街道。

そこを北側へ道を外れしばらく行くと遺棄されたメンテナンスアイルへの扉が見えてくる。

 

「今更なんだが、これ不法侵入にならねえのか?」

「本来はなる……けど、そこは手を回したよ」

 

メンテナンスアイルはどれほど放置されていようとも現管理はクロスベル総督府預かりになっている。だが私ごときが総督閣下に許可を賜ることなど出来るわけもなく、となれば同僚殿から口を利いてもらうのが一番手っ取り早い。

ということで、アランドール殿に借りを作ることになってしまった。正直どの情報屋にツケるよりも恐ろしいことだと思うけれど背に腹はかえられない。金銭で解決出来ることはよっぽど簡単だと思う。

 

扉の10アージュ手前でステイのハンドサインを出し進入路へ近づいて行き静かにノブを回したけれど、最初に来た時よろしく鍵がしっかりとかかっている。仕方ない、とARCUSIIとの接続を切り、例の魔改造導力器と接続し出力を最大に上げる。

リィンくんのような東方剣術の達人であれば音もなく鍵部分のみを斬ることも叶うのだろうけれど、生憎私はそういった芸当が出来る人間じゃない。静かに途を切り開くだなんて、鍵を壊す以外ないのだ。ここが街中にあるようなカードキー認証でなくてよかったと心底思う。

両足を開き、扉の僅かな隙間に指をかけ、そうして少しずつ、少しずつ、鉄製の扉を曲げていけば鍵として開閉を阻む突起が意味をなさなくなるというもので。

 

「────ん」

 

完全なる力技で扉を開け直ぐさま戦術導力器を切り替えたところで後ろにいる三人へハンドサインを送ると、信じられないものを見るような目つきでロギンスに顔を歪められ、フリーデル嬢は嬉々とし、ディンゴはまじまじと捻じ曲がった扉を眺めている。

全員の言わんとしていることはわかるけれどそれを説明している暇はないし、手品のタネを説明するマジシャンはいない。

 

黙ったまま手筈通りにメンテナンスアイルへ突入し、入り組んだ道々に蔓延っている魔獣を蹴散らしていく。人間の通りがあるにしてはどうも魔獣が多いな、と違和感を覚えつつ救出対象者たちがいるところへ向かっていくと異様な気配が満ちる部屋に辿り着いた。

 

「おい、どうした」

「……全員、突入と同時に保護と撤退を」

 

腰のナイフを抜きながらも強張る声で事態のおかしさが伝わったのだろう。二人が構え、一人が導力器を駆動し始めたことで三者の同意を得たと認識し私はその扉を蹴破った。

 

「────!」

 

部屋へ走り込めば猿轡に手足を縛られそれでも懸命に這う人々────男性三名女性四名が9アージュはあろうスライム型の魔獣の前で恐怖に慄いているのが見える。視認から間髪入れずに構えていたナイフを投げ挑発戦技をぶち込み、人々の頭上を跳び越せば粘体で包まれる赤い核が私に気を逸らしたのが見えた。

 

「スタッド!」

「手筈通りに!」

 

ディンゴが叫ぶのを制して双剣を抜いて対峙する。全員がこの部屋から出る時間を稼いだら私の勝ちになる。あとは逃げるなりなんなりすればいい。

 

「スライムに斬撃が効かないってのは、いつの世も変わらないんだろうけどね」

 

しかし再生出来ないほど切り刻めるのならばそれでも構わないのだ。

 

 

 

 

巨体に似合わず鋭く素早く伸ばされた粘体を避けぶつ切りにし、固体性を維持するために弾力が増したところで部屋の隅に蹴っ飛ばす。

三人と七人は無事にメンテナンスアイルから脱出出来たようで気配はもう随分と遠くへ行った。しかし人身売買組織が定期的に出入りしているというのにやたらと魔獣が多かったのはこの個体のせいと見える。人間という餌が逐次運び込まれるこの部屋に目をつけ、腐臭はせども血臭はしなかったことから今日こそ喰らおうとしたその矢先だったのだろう。運がない。

私たちがあと一日、いや30分でも突入を遅らせていたら全員栄養に出来たというのに。

 

「仮にそういう感情があるのなら、恨んでくれて構わないよ」

 

人間に仇なす存在である、ただそれだけの理由で多くの魔獣を斬り捨ててきた。

女神さまの前ではすべての生きとし生けるものが平等とされているけれど、もしそれが怨恨を得る行為────呪いであるのなら、私は人生の果てに煉獄へと行けるかもしれないのだから。

 

 

 

 

1205/11/11(金) 朝

 

起きて何もスケジュールがない素晴らしさにベッドの上で少し喜んでしまった。

結局あの後は今回の件の事後処理に奔走し、出立するフリーデル嬢とロギンス、ディンゴをそれぞれ見送ったので依頼の全てが終わったと見ていいだろう。

結局二人を雇うお金は仲介料含め元々の依頼人であるディンゴが出してくれたし、脱出してから軽いアーツで仮留めした扉のことや、売買組織の元締め含めてアランドール殿経由で報告書を出した総督府からも何か言われることはなかったし、丸くことは収まった。と思う。今は不法滞在者や共和国系の方々の被害が多かったけれど、放置していればいつかは絶対帝国に牙を剥くと警告しておいたため全く動かないということはないだろう。

報酬として望まれたフリーデル嬢との立ち合いは結局決着はつかなかったので、また次の機会に持ち越されているのは楽しみの一つだ。

 

もう朝食の時間だけれど、このまま惰眠を貪っていてもいいかもしれない。

そんな考えがよぎったところで、そういえばいまだ挨拶をしていない方がいたことに気が付いた。お世話になった方だというのに不義理すぎやしないか。

今日の今日まで気が付かなかった愚かな自分を叱咤し、身支度をととのえ、まずは今日も美味しい香りのする龍老飯店の朝食にありつくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シスター・マーブル」

 

聖堂から出たところで通る声に名を呼ばれ振り向くと、軽い武装をした女性が立っていた。

コートの裾をはためかせ、青い紙紐を風に遊ばせながら太陽の下で笑うその人は、確か以前法術と古代遺物の術式衝突による体調不良でクロスベルを訪れていた方ではなかっただろうか。ええ、たぶんそう。

前に会ってから二年ほど経過しているせいかとても大人びた彼女は、「お久しぶりです」と笑いかけてくれる。

 

「といっても覚えているわけないですよね、すみません。私は」

「セリさん、よね。お元気だったかしら?」

「────はい。元気に旅をしている最中なのでお顔が見れたらなと思って」

 

えへ、とあどけなさが覗く表情で笑うものだから、その明るさに救われる自分の心にすこし喝を入れる。聖職者であり、彼女よりずっと大人である自分が今の笑顔をそう受け取ってしまうのは愚かしいことだ。

 

「お茶でも淹れましょうか」

「あ、いえ、何かご用事で出てこられたのでは」

 

私が聖堂から出てきたのを見てか直ぐにそう慮ってくれるセリさんはやっぱり本当にいい子で、くすりと笑って手招きをする。

 

「構わないの。こうして貴女に出会えたことも女神様のお導きでしょうから」

 

私の言葉にすこしだけ寂しげな表情を浮かべた彼女はそれでも、それではお言葉に甘えて、と応接室の方へ着いてきてくれた。

 

 

 

 

「お勉強の方はどうですか?」

「いろいろありましたが無事に卒業しまして、今は帝国を放浪中です」

 

お互い対面のソファに座りいつもストックしている薬膳茶を淹れて出すと、ふわり、彼女の表情がやわらいだ。最近は遊撃士の方に依頼を出すことも出来なくなり薬膳茶の材料を揃えるのも少し大変になってしまったけれど、こういう表情が見られたならよかったと思う。

 

「美味しい……これ薬膳茶ですよね?」

「気に入ってくれたかしら。それなら後でレシピをメモしておきましょう」

「いいんですか? ありがとうございます。……その、故郷の教区長さまに教えても?」

「もちろん」

 

他愛はないけれど、穏やかな時間が流れていく。

この一年でクロスベルは、帝国は、本当にいろいろなことがあった。IBC総裁の市長当選、それ付随するクロスベル市独立宣言、碧い障壁に包まれた異様な国家独立、それが崩れた末の帝国占領。私はしがないシスターだけれど、この風が未だ騒めいたまま終わっていないことをどうしても感じてしまう。

 

「故郷はどちらに?」

「帝都から南下した旧都セントアークの西南西にある、ティルフィルというちいさな街です」

 

ティルフィル。帝国の細かい地名に関してはまだ不勉強なところもありパッと思い出せる場所ではなかったけれど、彼女のわかりやすい端的な説明でどれだけ遠くから来たのかと理解した。

 

「ということは、イストミアの森が近くに」

「はい。小さい頃は恐れ知らずで、そこで遊んだりしていました」

 

吸血鬼と魔女の伝承が色濃く残る地。その近くからやってきたどこか不思議な雰囲気の女性。

覚えていることを喜ばれてしまったけれど、滅多にない術式衝突を解かせて頂いたこともさることながら、どこか忘れられない空気を身に纏っている。

そうして今日はそれに加えて大切な方を失ってしまった方特有の翳りも、すこし。それでも彼女は明るく笑い、何でもないことのように挨拶をしにきてくれた。そうであろうとしている心を暴く意味も、権利も、理由も、私にはない。

ただの和やかなお茶会に徹しよう。

 

「とても遠くからいらっしゃったのね。ひとときでしかないけれど、どうぞ休んでいって」

 

大陸横断鉄道を使っても随分と時間のかかる距離を、女性一人で旅する危険性をわからない筈はないだろう。それでもそう決めたことに並々ならぬ覚悟を感じ取ってしまうのは歳のせいにしておきたい。

 

 

 

 

「────あの、シスター・マーブル」

 

そうして、沈黙がわずかに落ちた次の時、硬い声が私の名を呼んだ。静かにその眼を見つめると、どこまでも真っ直ぐだというのに、どうしてだか迷いも見える色をたたえてそこにある。

 

「なんでしょう、セリさん」

「変な質問だったら申し訳ないのですが……」

「ええ、構いませんよ」

 

人よりすこし長く生きていれば、いろいろな話を聞くこともある。いろいろな話をすることもある。私の言葉が昏い道を歩くことになった若い方のひとつの道標になれるなら、言葉を交わせることを喜びましょう。それを女神様も見守っていてくださるから。

 

しかし前置きから分かる通り、とても言い出しにくいことなのか口を真っ直ぐ引き結ぶ彼女から視線を外し、お茶のカップとソーサーに手を伸ばしゆっくりと待つ。彼女が自分の意思で踏み出すことを。

そうして。

 

「女神さまを……女神さまのことを信じていない人の魂は、どこに向かうと思われますか?」

 

お茶の水面に落としていた視線を戻すと、茶化しているわけではなく真剣な──むしろ必死ともいえるような──表情でセリさんはそこにいる。

エイドスを信仰していない方の魂の行方。それは確かに経典に書かれているとはいえ、読む者によって解釈が様々であることも確かな質問だった。

 

「空の女神様は、この世の理と共におわす方です。信じていようと、いまいと、我々人間を含むすべてのものを見守ってくださっていると、私は考えています」

 

私と今日出会った時、彼女は墓所の方から来た。記憶は朧げだけれど確かあの日も、一度墓所の方へ参ってから一旦帰っていたような姿を見た記憶がある。そうして自身の街の教会のことを遠い地にいても考えられる。

そんな彼女が女神様を信じていないとは到底思えない。少なくとも、軸になる信仰がある方であるように見受けられる。だからこれは誰かのための祈りなのでしょう。

 

「善き魂は女神様が統べる楽園で安寧を、罪を犯した魂は煉獄に続く門前へと辿り着く……その教えは知っていますね?」

「はい」

「しかし私は、煉獄に落ちた魂も、いつかは女神様の楽園へ辿り着けると信じています。もちろん、どうあっても女神様の下へ向かうことを許されない方も、いらっしゃるでしょうが」

 

この地で行われていたとされる悪魔崇拝をしていた教団司祭などは、そういった人物になるだろう。それでも、罪を犯した魂がすべてどうしようもない悪だとは思わない。そうしなければ生きていけなかったと泣き崩れる方も私はたくさん見てきた。

生きている間に善行を積むことは出来なくとも、死後にも救いはあるのだと。

 

「そう、ですか……」

 

何か思いに耽るようにすこしだけ視線を伏せたセリさんは、「お話をありがとうございます」と深く深く頭を落とした。

 

「そういった疑問に答え、時には一緒に考えていくのも聖職者の務めですから」

「誠実に向き合ってくださるシスター・マーブルに出会えた私は、本当に幸せ者ですね」

 

何かすこしでも彼女の心を軽く安らかにできるものを渡せているのなら、動乱やまぬこの地と共に歳を重ねてきたのも無駄ではなかったのかもしれない。

そう思いながらまたお茶を軽く傾けた。

 

 

 

 

長居をしすぎたと恥ずかしそうに笑うセリさんを聖堂前まで送り、断りを入れてからそっと手に触れる。

 

「セリさん。どうか、生き続けてください。それを女神様もお望みでしょう」

 

私が祈りと共に言葉をかけると、先ほどとは打って変わって、まるで他人が心配するようなことなど何もないといったような明るい表情で微笑まれる。

 

「────はい、もちろんです」

 

声だけ聴けば力強いその肯定は、しかし何かを塗り潰すかのようだった。




去年の夏辺りに書いた話なので、黎軸の事件と微妙に被ってるのはマジの偶然。
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