[完結]わすれじの 1206年   作:高鹿

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09 - 12/31 友に告げる十二月

1205/12/31(土) 昼過ぎ

 

だいぶ冬も深まり、随分と寒い風が吹くようになった丘の上。ヒンメル霊園。

クロスベルでのことがあったので目当ての墓まわりを丁寧に丁寧に調べはしたけれど特に荒らされたり掘り起こされたといった形跡はなく、不審な足跡もないように思え、やっぱりあれは見間違いというか、あまりにも恋しくて似た背格好に君を当てはめてしまっただけなのだろうと結論付けられた。

まったく、自分の愚かさが恥ずかしい。

 

一度ティルフィルの方に戻って灰を撒いた場所に挨拶をしたのでもうそのままそこで年を越そうかと考えはしたものの、一瞬で脳内審議により却下されてしまった。加えて用事も出来てしまったし。まぁでも、この日にここへ来ないという選択肢があるなら自分がこうなってはいないという自信がある。

情けないことだけれど。

 

ため息をつきながら墓石を見やれば基本的に周辺の手入れは霊園管理の方に委託しているのでそこまで荒れていないとはいえ、今日ぐらいは、と借りたバケツと箒と普段バイクに積んでいる綺麗なウエスで磨くことにした。コートを脱ぎ畳み、簡単に土埃や枯れ葉を払い、ウエスを冷たい水で絞って隅から隅まできれいにしていく。

君は寒がりだったから嫌がるかもしれないけれどまぁ勘弁して欲しい。

 

 

 

 

しっかり拭き終わり、掃除用具も片付けて、汗ばんだからコートは軽くかける形であぐらをかき腰を落ち着けた。

 

────クロウが命を落としてから今日で一年が経つ。

 

もう一年か、まだ一年か。

どちらとも言えるような心境だなと内心で笑う。

 

さすがに君のことを思い出して枕を濡らすことは少なくなった。君の写真を見て涙が流れることも多くはなくなった。だけどいつか君のことをすっかりと忘れてしまう日が来てしまうのが嫌で、怖くて、私は今日もキンと冷えるピアスをつけたままここにいる。

忘れてほしいと綴った君の願いは叶えてあげられないけれど、それでも私はこれが不幸せだとは思わないんだよ。

 

白い息を吐きながら、帝国各地をのんびりと巡っていた今年のことを思い出す。

自分のこの感情は一過性のものだったのかもしれないとも考えたことがあった。恋人が犯罪者であったという精神への自己ケアであったり、監禁され寝食を共にすることによって相手への情が湧くといった自己防衛機能が働くこともあるという話も耳にしたことだってある。

それでも、どれだけ考えても、君が亡くなったことが解放だとは全然思わなかった。自分の選択が間違っていなかったと思い込みたいだけなのかもしれない。だけど、それでもいい。

クロウのことを本当に好きだったって、クロウも好いてくれていたって、自分だけは、そう。

 

すこし泣きそうになってしまい顔を上げると冬の風が穏やかに吹く。多少雲があるとはいえ晴れて本当によかった。雨だったら掃除に少し手間取るところだったろう。

布を巻かれ棺の中に入り土に埋められた亡骸。いつか棺が朽ち、死体は土壌に還っていくのだそう。それなら火葬をしてもよかったんじゃないかと思わないではなかったけれど、さすがに一地方の風習に合わせてもらうのは申し訳なくて土葬をしたといったところだ。

どんな弔い方であれ、魂が女神さまの下へ行くようにと願うのだから大した違いではないのかもしれないけれど。

 

「……といっても、君の魂はどこに行っているんだろうね」

 

人を謀り、人を殺し、一国の君主に牙を剥いたクロウは多くの罪を犯している。七耀教会の教えによればどう考えたって最初に辿り着くのは煉獄の門前で。

死後の世界で罪を償えば女神さまの下へ行くことが出来ると考えられているようだけれど、クロウがそれを望むのだろうかとも思ってしまう。罪があると理解しながら、自身の望みを叶えようと大それたことを為した叛逆者。後悔をしていないのだろうことも分かっている。

だからそもそも罪を償うという行為自体、是としないのでは、と。

 

無論、死後の世界を確かめられた存在はいない。

しかし、もし本当に教会の教えの通り楽園と煉獄があるのなら────私にはいつか煉獄を選ぶ日が来る。此岸にいる大切な友人たちを蔑ろにはしたくはないけれど、もし彼岸へ渡る日が来たのならその時にようやくまたあなたに会える機会を得られるのだから。

たとえ死後得られるかもしれない他のすべてを捨てることになったとしても。

 

女神様が生きとし生けるものものをお見守りになり、守ってくださっているのなら、その命を投げ出す行為は罪に他ならないだろう。だから、人生最後の時、死を待つのではなく死を迎えに行けば、あるいは。

このことは誰にも言えない。トワにも、アンにも、ジョルジュにも、VII組の人たちにだって。誰も彼もみんなわたしを止めてくれるだろうから、これだけは誰に告げてもならない願いとしてずうっと心に秘めておかなければならない。

もちろん、今すぐにというわけじゃなく、私がこの世界で為さねばならないことを為し終えた時や、どうしようもなくなった時の選択肢というだけだ。今はまだ、この世に留まる理由がある。だからその日まで精一杯生きよう。

 

……こんな考えはたぶん後ろ向きなんだと思う。一応前に向かって歩んでいるつもりではあるけれど死ぬために生きているのは生命に満ち溢れているとは言えない。

ガイウスくんに告げた、誰か別の人を好きになる日がくるかもしれない、というのも全くの嘘の心境というわけではないとはいえ、積極的にそうあろうという気はないのだし。

 

ふ、とすこし詰めていた息を軽く吐く。

 

一年で帝国の内外は大きく変わっていった。

クロスベル自治州がクロスベル州となったことを皮切りに、海上要塞にいたルグィン将軍も領邦軍の処遇に関して政府と合意し北方戦役を指揮、先月末にはノーザンブリア自治州の帝国への帰属が決定。つい一週間ほど前に帝国領ノーザンブリア州と名を改めた。

 

その報せを聞いて、国際的な影響云々より前に、あの内戦がようやく終わったのだと思った。

そしてある種仕方がないとはいえクロウが人生を捧げて始めたたたかいが、鉄血殿を宰相と据える帝国政府主導のもとで終わりを迎えるというのはなんという皮肉だろうとも。

 

木端な一般人である自分に何が出来たとも思わない。それでもそんな風に考えてしまうのは愚かだと自分でも感じるわけで。

内戦という、君がこの世界にいた残滓に縋るのは早々にやめるべきだ。わかっている。そんなことをしたって何にもならない。だっていうのに、自分の感情というのは昔からままならないもので、呆れて笑いも出ない。

これでも情報屋となって走り回っている間にまだマシになった方というのだから向いていないのではないかと、ミヒュトさんもアランドール殿も見る目がないと言いたいぐらいだけれど、その実そんなことはないとも理解している。情報に肉薄出来る体質というのが、その筋の人間にとってどれだけ喉から手が出るほど欲しいものなのか。

エマさんとローゼリア殿から告げられ、ミヒュトさんとシャック氏から使い道を教わり、この数ヶ月ずうっと意識していてそれを理解した。技術、直感、体質、容貌、それらすべてが『私』という個のなかで奇跡的なまでに噛み合っている。

これは時に非常に強い暴力となる。そのことをしっかと頭に叩き込み、使い道を誤らないよう細心の注意を払った上で私は帝国というおおきな怪物ともいえるような存在の中身を識っていくことを選んだ。だからまだ死んでいられない。

 

そう心に改めて刻んだところで、ふといつかの日にクロウと未来のことについて話しながら歩いたことを思い出す。

私がいずれティルフィルに戻るということ、その時に隣にクロウがいてくれたら嬉しいと告げたこと。いま考えたらだいぶクロウにとってはキツい言葉を投げかけていたものだと苦笑するしかない。限りなく安穏とした私の展望を君はどういう心情で聞いていたのだろうか。

一欠片でもその未来があったならと望んでくれていただろうか。あるいはそんなことありはしないと切り捨てていたのか。

 

まぁ、どちらにせよ君との思い出はもう増えない。

その事実は永遠に私の心に鈍く積もっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

北方戦役に携わったことによる殊勲式が終わり直ぐユミルへ戻ることも考えたけれど、そういえばもうすぐだったな、と日程を遅らせて赴いたそこには先客がいた。コートを羽織り、墓の前に座るのは見間違えようもないちいさな背中。後頭部で揺れる青い組紐がすこし珍しいくらいで。

俺が歩みを緩めると相手も気が付いたのかこちらを見る。立ち上がって軽く手を振られるのでどうしようかと逡巡したもののそのまま近付いていけば正面を譲られた。

 

「ごめんね、独り占めしちゃって。私は帰るから好きなだけお話ししていくといいよ」

「あ、いえ」

 

ぱたぱたと帰り支度をし始める先輩はあまりにも記憶にある姿と然程変わっていない様子だったけど、卒業前にひとつだけつけられていた左耳のピアスは今や四つになっていてだいぶ増えている。それでもそこから増えることはもうないんだろうとも。

そのことがひどく痛い。

 

「先輩も、いてください。きっとクロウもその方が喜びますから」

 

声をかけると一瞬きょとんとしたような表情で「そうかな」と笑われるから、「そうですよ」と力強く肯いた。クロウだって後輩の男がいるより、恋人の先輩の方がいいだろう。たぶん。

すると先輩はすこし逡巡してから俺が来た時とおなじように座り、見上げられる。まるで座らないのかと言われているような気分になったので俺も腰を落ち着けた。

 

「北方戦役、お疲れさま。殊勲式あったんだって?」

「……」

 

一応内々で行われたそれを先輩が知っているということは、おそらくある程度の事情に通じていると理解してもいい。もしかしたら俺が神気合一の制御を失って三日ほど昏睡していたことも知られているのかもしれないな、と内心でため息をつく。

 

「褒められるものじゃないです。あれは、到底戦と呼べるものじゃありませんでした」

「褒めたんじゃなくて労ったんだよ。君は君の領分内で、自分の正義を貫こうとしたんだ」

 

その言葉に思わず隣を見ると、すこし悪戯っ気のある瞳がこっちに向いている。

 

「先輩、もしかしてそれクロスベルのことまで含んでますか?」

「そうだね。それもある」

 

共和国軍の軍用艇に対しても墜落はさせずにソフトランディングをさせ続け、戦車に関してだって履帯と砲身まわりの損傷のみにとどめ、可能な限り死傷者を出さないよう気をつけ続けていた。どれだけあまちゃんなんだとレクターさんから散々弄られたけれど、それでも俺は俺の流儀を曲げるわけにはいかなかった。もちろん自己満足だなんてことは分かってる。

 

「先輩は、この一年何を?」

「んー? 前に言った通りずっと帝国を巡ってたよ。ジュライに行ったり、ノルドに行ったり、クロスベルに行ったり。VII組でいえばアリサさんとは結構高頻度で会ってた気がするし、ユーシスくんやガイウスくん、エマさんにも」

「ジュライに行ったんですか」

「……みんなそこに引っかかるねえ」

 

その苦笑から何度も言われたんだろうってことが伝わってきたけれど、それでもあいつのことを知っていて、先輩との関係を目の当たりにしてきた人間ならそうもなる。

旧ジュライ市国。クロウが捨てた故郷。クロウのお祖父さんが市長職をしていて、辞職したその日に帰属が決められたという。そしてそれを先導したのが、俺の、実の父親だなんて。

 

「綺麗な街だったよ。帝国の悪辣な部分がまるっと隠されててびっくりしちゃった」

 

棘のある言い方にぎょっとすると、笑い損なったような表情で視線が逸らされる。

 

「……市庁舎の地下にあった歴史展示にね、帰属締結時の写真があったんだけど……添えられた名前がアームブラスト氏じゃなかった。別の人物がたったその一瞬のためだけに擁立されて、歴史に名を残していたんだ」

 

それは、あくまで帝国とジュライ市国は国という立場で対等であるという意味合いを持たせるためだけのパフォーマンスに他ならない。実際のところは対等であったなら帰属……属州化なんてしないからだ。経済特区だなんて響きは聴こえがいいけれど。

 

「リィンくんにも思うところがあるだろうけど……私も、自分の国がそんなことをしたのかって、どうしようもない気持ちでいっぱいになった」

「……いえ、隠さないで話してくれてありがとうございます」

 

決して俺を責めたいわけじゃなく、ただ冷静に情報の共有をしてくれたことに感謝を。まさかそんなことが起きていただなんて知らなかった。軍に要請されて力をふるっている身で浅慮浅学は許されることじゃないとわかってるのに。

 

「ま、君が気に病むことじゃないよ。血が繋がっていようが、他人は他人だもの」

「それなら……血が繋がっていなくても家族は家族、ですかね」

「あは、そうだね。私たちちょっと似てるかな」

 

ご両親が亡くなって親戚のところに身を寄せていた先輩と、実の親は亡くなったと親の友人に育てられた俺。確かに言われてみれば境遇としてはすこし近しいかもしれないと今更、ながら、に……。

はたと今の先輩の状況を考えてみると、自ら命を落としていてもおかしくはないような気がしてしまった。ご両親が亡くなっていて、お世話になっていた方もあの内戦で亡くなって、恋人も目の前で息絶えている。それでも生き続けていることが、精神の強さを物語っているようで。

 

「……先輩は、もし己の命と引き換えにクロウを蘇らせることが出来るなら、しますか?」

 

だからかそんな問いかけをしてしまった。すると訝しげな表情と共に口が開かれる。

 

「しないよ? 私そんなに薄情に見えるかな」

「……?」

 

"する"ことと"薄情"なことがいまいち繋がらずに首を傾げると、「あはは」と声を上げて笑われてしまった。

 

「嘘嘘。冗談だよ。大切な人を蘇らせたいって考える人がいるのは理解するし、その感情自体は酷いモノじゃないとは思う」

 

蘇らせたいと思うことが、薄情。すこし不思議な考え方な気もしたけれど、俺は黙って先輩の言葉の続きを待つことにした。先輩は一頻り笑ったところでふわりと微笑む。耐性がなければ一瞬で恋に落ちてしまいそうな、そんな蠱惑的な表情。まるでクロチルダさんのような。

 

「でもね、私はクロウに生きていて欲しいんじゃないの」

「え?」

「クロウに、私の目の届くところで幸せになって欲しかったの」

 

その言葉がどれほど強欲なものなのか。おそらく先輩自身が一番わかっているんだろう。

 

「話はすこし逸れるけど、誰がなんと言おうと私はクロウに愛されていたし大切にされていたと思う。それを疑うのはクロウへの裏切りだと信じてるぐらい」

 

白銀の戦艦パンタグリュエルで鎖を繋がれていた時と似たような表情で先輩が言う。深い愛情をたたえたそれは年月が経ってもきっと色褪せない。

 

「それは、本当に、そうだと思います」

 

俺はクロウのあの行動が"正しかった"とは全く思わない。だけど、先輩を戦禍から遠ざけるという意味では、確かに想っていたが故の行動なんだろうとはわかるつもりだ。

肯定すると先輩は嬉しそうに「ありがとう」とまた微笑みを浮かべた。

 

「それに私があの戦艦に残ったのは、暗い夜にあの人を──ただの個人であるクロウ・アームブラストを抱きしめられる存在でいたかったから」

 

フェイクとして学院生活を送り、帝国解放戦線をリーダーとして主導し、パトロンの要望を聞きながら暗躍していたその男を、誰が対等な立場で以って慈愛の感情で抱きしめることが出来たのか。

そんな存在はいなかったと間接的に先輩は言う。そしてその世界そのものがおかしいと。あれだけ誰かを、どこかを愛した人が誰にも抱きしめられない世界は狂っていると。

 

「私が私の命と引き換えにクロウを蘇らせるのはそんな暗闇にクロウをまた引き戻すことに他ならないと思ってる。あんなに大切な存在すべてに置いていかれた人を、そんなところには置いていけないよ」

 

大切だからこそ、大事だからこそ、愛しているからこそ、蘇らせない。

 

「もちろん私がいなくなったって、いつかまた別の人を愛せるかもしれない。ううん、そうであって欲しいと思う。そんな未来があったら素敵だとも思う。だけど、それまでの間、誰がベッドの中でクロウの頭を撫でてあげられる? ……私は、そんな時間さえも赦せない」

 

視線を落とし硬い声で先輩は感情を吐露していく。

 

そんな先輩の髪を彩る青い組紐が風で揺れ、そういえばどこかで見たことあるような、と一瞬だけ気を逸らした瞬間気が付いた。昔エリゼにノルドの土産として買っていった組紐にとてもよく似ているということに。

丁寧に丁寧に心が籠められたモノはなんとなくそういう気配を纏うもので、御多分に洩れず青い組紐もどこか持ち主を守るように髪を飾っている。

もしかしてと思う。そういえば煌魔城からクロウを一人で抱きかかえて降りる先輩の横についていたのはあいつじゃなかったか、なんてことも記憶から掬い出してしまう始末で。身長の関係で双刃剣を抱えるのに適していたからあまり気にしていなかったけど。

つまり、『いつかまた別の人を愛せるかもしれない』というのは────先輩自身にも言えるのに。

 

だとしてもそれを今の先輩に迫るのはどう足掻いても暴力になる。だからこそこの組紐の贈り主も自身の想いを告げなかったんだろう。愛しているからといって愛して欲しいわけじゃなく、ただ静かに見守ることを選んだ。

とても"らしい"と言わざるを得ない選択だ。

 

「もし、私の命を使って蘇ったクロウから……ううん、世界のすべてから私のいた痕跡が消えて、その欠落が完全な形でなかったことにされた上でクロウの隣に誰か別のパートナーが据えられるなら……考えないでもないかな」

 

しかし言った瞬間に首を振り、「でも本当に果たされるかどうかを私は観測出来ないし、願いを叶えようと言ってきた相手が信頼に足るかもわからないから結局却下だね」なんてばっさりと切り捨てられた。

 

「リィンくんは蘇らせたいの? 自分の命と引き換えに」

「……いえ、俺もたぶん、しないと思います」

 

問い返されて自分でも考えてみたけれど、どうにもそんなことをされて喜ぶ姿が思い浮かばない。

 

「単純に怒りそうというか」

「あー、まぁ誰にされても怒るだろうねえ」

 

生き残ったやつからその人生を奪おうなんて考えちゃいねえよ、とかなんとか言って、結局その手段がまだ残っているのなら再度自分の命を使うことを厭わない気がする。

そういうハッキリしたところがなんだかんだ好ましくて、憎めなかった。

 

「ま、生きていて欲しかったっていうのも所詮こっちのわがままだからね。クロウはクロウの判断でああなったんだし、それを否定し続けるのは失礼に当たりそう」

「そうですね」

 

そんな風に他愛のない話に遷移していき、俺はさすがに途中で適当な理由で墓参りを終えたけれど、先輩はまだ居続けるらしい。帝都の方でトワ先輩と約束があるんだとか。

すこし話しただけだけれど来たばかりの時にあった妙な焦燥感はすっかり消えていて、先輩をこの場で一人にすることへの心配はもうなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

セリちゃんはきっと年の瀬になったら帝都近辺にいるって思っていたから、思い切って叔父さんと叔母さん、カイ君にも相談してセリちゃんを呼ぶことにした。

官庁その他から頂いたお誘いを断って非政府組織巡りで忙しくしていたけど、旅先から出されたみんなの手紙や絵葉書にはすごく励まされて頑張ってこられたと思う。セリちゃんから一番初めに来たジュライの海の絵葉書にはすこし息が詰まっちゃったけど、隠さないでいてくれたことが嬉しかった。

 

久しぶりの我が家だから料理とか手伝おうとしたらマーサ叔母さんから、友達が来るんだから部屋でも片しておきなさい、なんて言われちゃったので寝具の確認をしたりして。

するとARCUSの通信音。この時間となると……もしかして。

 

「はい、こちらトワ・ハーシェルです」

『セリ・ローランドです。いま大丈夫かな?』

 

予想通りセリちゃんで心が跳ねてしまう。

 

「大丈夫だよ。何かあった?」

『いや、今ヒンメル霊園を出るから一時間ぐらいでそっちに行けると思うって連絡』

「迎えに行こうか? 叔父さんもう今日は車使わないみたいだし」

 

一応座席の位置をズラしてクッションを配置すればブレーキその他に足が届くことは確認してるし、セリちゃんを迎えに行くくらいなら問題ない。自分の車を持っておいた方がいいのかなって思ったりもするけど……結構いろんなところ行くからなぁ。難しい。

 

『導力バイクだから迎えは要らないんだけど、そういえば置き場所あるかな』

「それなら前来た時に車回したガレージの方に来てくれたら置けると思うよ」

『オッケー、ありがとう』

 

通信を終了して、ほっと息を吐く。ちゃんと来てくれるみたい。

時期が時期だから正直なところ直前キャンセルも覚悟してたし、そもそもセリちゃんの気持ちが一番だから断りづらい形にならないよう極力軽く誘ったつもりだけど、大丈夫だったかな。

それでも今日という日をひとりにしたくなくて、だからといって二人だと暗く沈み切っちゃう懸念があったのも確かで。アンちゃんが掴まえられてたら三人でホテルのお泊まり会とかもあったかな。

 

いろいろ考えちゃうけど、とりあえず叔父さんに物置からベッドの横につけるよう運び入れてもらったソファベッドを平らにして上にシーツをかぶせて、枕も新しいカバーにして、準備万端。叔母さんの方は大丈夫かな、と台所を覗きに行った。

 

 

 

 

「セリちゃん!」

 

ダイニングで食器とかの準備をしていたらバイクの音がした気がして、ガレージ側の窓を開けるとちょうどそこにセリちゃんが来たところだった。手を振ってくれたから一瞬だけ振り返してぱたぱたと一階の裏へ降りる。

ガレージのシャッターをガララララと開ければ懐かしい顔がバイクを傍らに歩んできて。

 

「いらっしゃい」

「お誘いありがとう、トワ」

 

冬風と一緒にガレージに入ってきたセリちゃんの頬や鼻の頭はすっかり赤くなっていて、随分と外にいたんだろうなって思った。仕方がないだろうけど。

 

「あれ、そういえば導力バイクって一般発売まだだよね?」

「アリサさんからテスターどうですかってお誘いがあってね」

 

なるほど。ARCUSIIも動いてるって話だし、それ関連で呼ばれた時についでにって渡されたのかな。

後ろに積まれた旅荷物は、汚れているからこのままここに置いとくよ、なんて言われちゃったけど、じゃあ尚更ここで泥を落としたり洗っていかないと!、と力説したらセリちゃんは笑いながら重い荷物と共に私の部屋へ。

 

「あれ、ベッドがある」

「うん、叔父さんがそういえば、って言って出してきてくれたの」

 

入るなり一番変わっているところを指摘する言葉に返すと、お手数おかけしてしまって、とセリちゃんがちょっと申し訳なさそうな顔になる。

 

「道具は使われてこそだから」

「それはわかるけど」

 

それから二人で手を洗って、セリちゃんが持ってきてくれたおっきな贈答用の焼き菓子の箱を叔母さんに渡して、友達と遊んで帰ってきたカイ君を紹介して、早めにお店を閉めた叔父さんが戻ってきたところで晩御飯になった。

 

 

 

 

「年の瀬にすみません」

「あはは、いいのいいの。去年の春頃ぶりだから……すっごく久しぶりね?」

「また顔が見られて嬉しいよ」

「……セリさんだっけ? なんかトワねーちゃんに似てんね。身長は似てないけど」

「カーイーくーんー?」

 

 

「ねえ、そういえばセリさんはトワがいい関係になってる男性とか知らない?」

「えっ、ねーちゃんそんな相手いんの!?」

「トワもお年頃だからねえ。いても不思議じゃないというか」

「あー、プライベートなことなので私が勝手に言うわけには……」

「もー! そんな人いないってセリちゃん知ってるでしょ!」

 

 

「久々の湯船本当にありがとうございました……!」

「もっとゆっくり入っててもよかったのに」

「すこしは旅の疲れもほぐれたかな」

「はいっ」

 

 

 

 

ご飯を食べてお風呂に入って、先にカイ君は寝ちゃってたから二人に挨拶して飲み物とちょっとしたお菓子をお盆に乗せて私の部屋へ。

来客用に持ってきた机にお盆を置いて、二人で椅子に座って落ち着いたところでセリちゃんがすこし興味深そうに部屋を見回した。

 

「前に来た時から思ってたけど、"トワ"って感じの部屋だよねえ」

「そうかな?」

「うん。落ち着く感じ」

 

机に肘をついてにこりと笑うセリちゃんは、どこかいつもと違っていて何かが引っかかる。

なんだろう。新しく開いてるピアスのことは手紙に書いてあったし、そのクロウ君のピアスが寸分違わずセリちゃんの耳にあるのは見慣れないはずなのに当たり前のような気がするくらいだし。

 

「……セリちゃんもしかして大事な話があったりする?」

 

ティーカップに手を添えながら小首を傾げると、カップを傾けかけていたセリちゃんの手が止まる。そうして一口飲んでから、顔に出てた?、って。

顔。そういえば表情はいつもより明るく朗らかだったけど。

 

「表情っていうより、雰囲気、かなあ」

「まいった、トワには敵わないや」

 

ポーカーフェイスの練習してるんだけどなぁ、とセリちゃんは少し姿勢を崩して笑う。

 

「バレたから話すわけじゃなくて、顔を見て伝えたかったから今まで黙ってたんだけど……」

「うん」

「ミヒュトさんに弟子入りしてね、情報屋として動くことにしました。まぁ当分は何でも屋みたいな動き方してるだろうけど」

「………………えっ」

 

ミヒュトさん。言わずもがなトリスタにある古物屋の店主さんで、私もいろいろお世話になったことがある人だからもちろん知っているし、ただならぬ人だというのもわかっていたけれど。まさか。そんな。

 

「えっ、い、いつから?」

「えーと、帝都の夏至祭があった月だから……七月?」

 

思ったよりも前だった。

 

「……あぶないこと……は、ある、よね」

「そうだね。どうしてもきな臭いところに頭突っ込んだりすることは多くなるし、だから心配かけるだろうけど、こればっかりはもう性分だから」

 

その言葉は私たちが1203年ARCUS試験運用組として動いていた時に、いろんなトラブル・トラブルになり得るものを発見したセリちゃんだからこそのものだとわかった。それをセリちゃんの責任だとは誰も思っていなかっただろうけど、本質と紙一重なのは確かで。

ガレリア要塞見学の時も感じたそれ。やっぱりセリちゃんは根本的に『暴く』ひとだ。

世界を識ることに貪欲で、そして何よりその技術がある。危機に直面した際にその場から離脱して一人生き残るくらいなら大概の状況でワケないってわかってる。指揮をし続け背中を見てきた私が今はこの世の誰よりもそれを知ってる。

だから。

 

「セリちゃん」

「うん」

「生還の誓い、覚えてる?」

 

瞬間、空気が張り詰めた。

 

「……もちろん。『今後全員が生還する道を絶対に諦めない』、だっけ。それがどうかした?」

 

それは遠い日、私たちが五人になったばかりの頃。一番初めの特殊課外活動の時にセリちゃん自身が空の女神様に誓った言葉。

 

「ううん。覚えてるならいいんだ」

 

私も忘れてないからその誓いを蔑ろにしたら絶対に許さないよ、と暗に釘を刺したことは伝わったようですこし複雑な表情になったと思ったら、記憶力が良すぎるよ、なんて言葉がため息と共にぼやかれた。

でも正直こんなことになるだなんて全く考えていなかった時の言葉だから、誓いを破棄してもいいとは、思う。だけどセリちゃんは私の言葉に対して素直に対応してくれた。誤魔化すことをしなかった。そういうところがすごく好き。

そして本来前向きな誓いだった言葉はこのやりとりで呪いになったかもしれない。

 

それでも、わたしは、セリちゃんに生きていて欲しいと願ってる。ずっと。ずうっと。

そのためなら、なんでも使うから。

 

たとえセリちゃんがそれを望んでいなくても。

 

 

 

 

そうしてぽつぽつと他愛のない、お互いの近況や旅先の話に花を咲かせつつ、さすがに夜も遅くなってきたと就寝準備を整えてから明かりを消してベッドに潜り込んだ。布団を繋げた形じゃないから少し遠いけど、今はそれくらいでいいのかもしれないって。

 

「……トワ」

 

すると暗闇にちいさくセリちゃんの声が溶ける。どうしたの?って私もおんなじくらいちいさな声で、セリちゃんの方へ向くように左側を下にして転がって問いかけると、少し迷った気配。だからぽすぽすと相手の枕のそばを軽く左手の甲で叩いて置けば、遠慮がちに手が擦り寄ってきて、手のひらが合い、軽く指が絡む。あったかい。

 

「あのね、トワ。この一年……わたし、ずっと悲しかったんだ」

 

楽しげに旅先の風景の写真を見せてくれたり、絵葉書の場所がどんなところだったのか詳しく教えてくれたり、そういう明るい話をしてくれていたセリちゃんは水が滲んだような声でそうこぼし始めた。

 

大丈夫、わたしはここにいるよ。

絡む指を深くしてぎゅっと握れば、向こうからも少し返ってくる。

 

「……大切なひとをたくさん喪って、どうしようもなくなって、逃げるように帝国を旅してた。そして見たことのない景色をたくさん見て────嗚呼、ここにみんながいたらいいのにって何度も何度も思った」

 

みんな。四人じゃなくて、五人いたら。その願いはもう一生叶わない。

 

「それは既に一部どうしようもない感情だけど、それでも、さっきトワに言われてから試験運用活動のことを、頭の片隅で思い出していって、」

 

つよくつよく、手が握られる。握ってきた手を包むようにもう片手も合わせたら、ふっと笑われた。

 

「みんなと……クロウと一緒にいられたことを、幸せだったって、そう、考えたいと思い始めた」

 

愛しさがつよく滲みでる声。その声と言葉だけで、何だか私まで泣きそうになりそうなほど。

 

クロウ君はずっと前からいずれ別れが来るとわかっていただろうし、楽しさがあったからこそ傷が深くもなったのは明白な出来事だった。それでも、あの日々はセリちゃんにとって今でもかけがえのない宝物のように輝いていて、決して不幸への道じゃなかったって。

他でもないセリちゃん自身がそう思えるようになったなら、本当によかった。

 

「トワ、ありがとう」

 

真っ直ぐで、芯のある声。

 

「ずっと私のことを、すごく細やかに気にかけてくれて。トワがいてくれたから、今日この日を、こんな風に穏やかに過ごせた」

 

暗闇に表情が隠されているけど、だからこそ感情が浮き彫りになってわたしに届いた。

 

「そんなの当たり前だよ。友だちだもん」

「そのトワにとっての当たり前で、たくさん救われてるって話だよ」

 

くすりと笑う気配。だけど話はそこで終わらなかった。

 

「だからね、話しておこうと思う」

 

落ち着いた穏やかな声音。だけど、どうしてか、私は何を言われるのかわかってしまった。

 

「────セリちゃん」

「私はきっといつか、罪を犯すと思う。煉獄へ行くために、自分の命を捧げて」

「セリちゃんっ」

 

やだ、やめて。そんな風に何もかにも諦めたように言わないでよ。

思わず上体を起こせば、セリちゃんもゆっくりと起き上がって、手を握っていた両手のうち片方をもう片手に取られ、手のひらでそれぞれ温度を分け合うような体勢になる。

 

「とはいえまだまだ生きるつもりだし、時期は本当にわからないけど、女神さまの下ではたぶん会えない。……トワはよく教会に通っていたから、言うつもりは、なかったんだけど」

 

言わない方が裏切りかなって思った、なんて。もうすっかりと覚悟を決めたみたいに。

明かりを消してるから表情なんて全然見えないのに、なんでか目に見えるようで。

 

「……しなないで、セリちゃん」

「いや本当にまだ……あと数十年は生きるつもりだよ。その為にトワにライフアンカーをお願いしたいくらいだし」

 

ライフアンカー。ソロで旅をする人が旅先で意識不明や記憶喪失などの被害にあった際に備え、今現在どこにいるのか、という連絡を密にする相手だ。

 

「………………本当に?」

「ほんとほんと。というかここで騙す気なら、そもそも言わないって」

「……嘘をつく時のコツは、すこしだけ本当のことを混ぜることなんだよ」

「そこはもう、信頼関係があると思ってるけど?」

 

余裕が出てきたような悪戯っぽい声でそう言われてしまって、ずるいよ、とこぼしながらゆっくりとセリちゃんの胸に頭を預けた。とくりとくりと心臓の音がする。生きてる。こんなにも確かに生きているのに、セリちゃんは終わりに歩んでいくのだと笑う。

それは生命である以上本質的には他の人たちとなんら変わりはないのに、宣言をするというだけでどうしてこうも悲しくなるんだろう。

 

「まぁ生きてる間に気が変わるかもしれないし。クロウが霞むぐらい好きな人が出来るとかさ」

「セリちゃんそれ本当にあり得ると自分で思ってる?」

「5%ぐらいは」

 

……思ったより多かったから少し笑っちゃって、力がぬけたせいか握られていた手が離れ、丸めた背中に腕が回ってくる。

 

「ごめんね、私のわがままに巻き込んで」

「……言わないでいたクロウ君よりはちょっとだけマシかな」

「あは、そうだといいけど」

 

背中をゆるくゆるく撫でられながらそんな軽口を二人で叩いてまた横たわろうという時、セリちゃんの寝巻きの袖を引っ張った。すこし考えるようなそぶりを一瞬見せてから、ごそり、私のベッドに入ってきて、ぎゅっと抱き寄せられる。あったかい。

誰かに抱きしめられながら眠るだなんていつぶりだろう。規則的な鼓動ときもちいい体温にうとうと微睡みながら、こんな風になるセリちゃんを置いていったクロウ君は本当におばかさんなんだから、と心の中で悪態ひとつついて、私も最後まで眠気に身を委ねることにした。

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