器仗神殺の剣   作:てりのとりやき

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私が7歳の頃(あなたが20歳の頃)

 

 今日は、特別な日だ。

 今年で7歳になるチェシャはふんすと鼻息荒く握り拳を作った。

 冬のある朝。家の外に出れば、冷えた外気が頬を裂くようだった。少女は白い息を吐くのも堪えきれない様子で隣家の工房へと足早に飛び込む。

 まだ『CLOSE』の札が掛けられた玄関扉を合鍵で開けると、むわ、とわだかまる熱が鼻先にぶつかった。数度瞬きをしてしまう。同時に、なんだか嬉しくなった。

 ……今日もおしごと、がんばってる。

 売り場になっている区画を跨ぐと、そこから先はとある女の仕事場になっている。

 

「……」

 

 いつ見ても思う。女……ハサキは綺麗だ。

 背中を覆う長髪は清流を思わせるしなやかな黒。雪のような白い肌にうすらと浮かぶ珠の汗が眩しい。金床を前に腰掛ける背中は微動だにせず、ぴんと張り詰めた緊張の糸が女のまるい両肩を硬くさせていた。それだけ集中しているのだ。

 しばらくチェシャは女の仕事をじっと見つめた。やがて一息ついたのか、ハサキの肩がゆっくりと下りるのを認めたところでようやく口を開く。

 

「ハサキー」

 

 少し舌足らずな声音に、ハサキの腕がぴくりと揺れた。やがて背中を見せてばかりだった女は振り向く。

 目が合った。

 ――なんて眩い黄金だろう。

 

「チェシャ。おはよう」

 

 ハサキの両目は随分昔から金色に染まっていた。不思議な『オブジェクト』の影響だとかなんとか……。

 理外の瞳がこちらを見据えて、嬉し気に緩む瞬間がたまらなく好きだ。

 今日もハサキの瞳に見つめられてドキドキと高鳴る鼓動を抑えつけて、チェシャは近寄る。

 

「おしごと、じゅんちょー?」

「まあまあかな」

 

 言いつつハサキの視線は先ほどまで弄っていた物に落ちる。何の変哲もない鍋だった。取っ手部分の留め具が緩んでいるのを打ち直したらしい。

 

「ひとりで大変?」

「おかげさまで、今みたいに周りの人から料理道具の直しとか頼まれるし。仕事には困ってないかな」

 

 ハサキはもう20歳になる。つい数週間前、元々この工房を所持していた迷宮鍛冶師の老人が亡くなり、工房自体を弟子だったハサキが引き継いだ。唐突な独り立ちをすることになったハサキは今のところ仕事に困っていない様子だ。

 生まれた頃からハサキを――彼女が13歳の頃から知っているチェシャにとっては、ハサキが果たしてうまくやっていけるのか心配で心配で仕方がない。

 

「それに今度、師匠と元々付き合いのあった仲介業者が見学に来るんだ。私の打った迷宮武器を見たいんだって。それの質が良ければ、定期的な仕事が貰えるようになる」

「きっとハサキならうまくいくわ」

「なにその自信」

「だってハサキはすごいもの。りっぱな鍛冶師なのよー」

「これからだよ」

 

 くすぐったそうに笑うハサキが立ち上がる。朝の仕事は終わったらしい。となると、彼女の次の行動はもう読めている。

 女が鍛冶で荒れた手をそっと差し出した。

 

「そろそろ買い出しに行こうか」

「うん!」

 

 ハサキのごわごわとした手を躊躇いなく握りしめて、チェシャは満面の笑みを浮かべた。

 工房を出ると、市場の方ではいつもより騒々しさが増していた。地下迷宮を擁するこの街はそもそも人で賑わうが、今日は何時も以上に騒がしい、気がする。手を繋いで歩きながら、チェシャは隣のハサキに首を傾げてみせた。

 

「なんか……ざわざわしてる」

「もうすぐ王様が代わるんじゃないかって話があるんだ。今の王様は重い病とかでね」

「ふーん」

「王様が代わると、迷宮街への税制の見直しが良く起きるんだって。迷宮街は国の大事な資産だから……王様によっては重い税になる。今の王様はそこそこ重い税なんだ」

「『ぜい』が『重い』のは、よくないこと?」

「うーん。まあ私としては嬉しくないよね。あの工房も維持費がかかるわけだし。……だからさ、みんな騒いでるんだよ」

 

 難しい話だった。まだ7歳のチェシャには複雑で、今のハサキの言葉をすべて理解したわけではない。ただ何となくわかるのは、ハサキの生活にも関わる話だということ。

 

「いろいろ、たいへんなのね」

「先のことは何にもわからない。私にできるのは毎日槌を振るうくらいだよ」

 

 女の言葉は少しだけ暗い。気がする。

 チェシャはハサキと繋いでいる手を少し強めに引っ張った。女の腕を抱き寄せて視線を向けさせる。黄金色をした困惑の眼差しに、笑顔を映した。

 

「ハサキはそれでいいと思う。だって、ハサキが鍛冶をしてるとこ、かっこいいもの!」

「そうかな。……そうかな?」

「そーなの!」

 

 ありがとう、とハサキが笑った。

 そうとも。ハサキにとって『かっこいい』は誉め言葉なのだ。

 チェシャは知っている。年上の幼馴染が鍛冶の仕事を好いていると。どうにか、迷宮鍛冶師として生きていく術がないか、模索していることも。

 自分に出来ることはなんだろう?

 ハサキがただ目の前の仕事に打ち込める環境を作るには、何をすればいいのだろうか。

 幼い少女には出せない答えに悶々としながら、朝の買い出しはつつがなく終わった。

 

 

 ◇

 

 

 夜。

 夕食も済ませ、皿洗いも終えてしまったチェシャが工房の隅で鍛冶道具を磨いていると、包丁の研ぎ直しをしていたハサキが欠伸をした。

 

「ハサキ、ねむいー?」

「ん。そろそろ寝よっか」

 

 むにゃむにゃと眠そうに頷いたハサキが立ち上がる。二階の寝室へ向かうのだろう。チェシャはこの工房に住んでいる訳ではないので、寝る時間になると自宅である隣家に戻らなければならない。ハサキはいつもそう促す。

 

「へくちっ、へくちへくち」

 

 だからいつもいつも、チェシャはわざとくしゃみをする。

 するとハサキは、仕方ないなあと言外の言葉を込めた苦笑と共に、こう言ってくれるのだ。

 

「一緒に寝る?」

「ん!」

 

 計算高い女なのである。そう、計算高いので、ちゃんとその手にとある物(・・・・)を抱えるのも忘れない。

 ステップを刻むように階段を駆け上がると、チェシャはハサキより先に、女の寝室にあるベッドへと潜り込んだ。困ったように笑うハサキがすぐ隣で横になると、チェシャは鼻歌でも歌いたくなってしまう。

 

「なんだか機嫌がいいね」

「今日はとくべつな日なのよ?」

「そんなに機嫌がいいと眠れないんじゃない。絵本でも読もうか」

 

 むっ。

 つい横向きにこちらを見つめるハサキを睨めつけてしまう。

 

「いらない。わたしもう子供じゃないもの」

「そっかあ……」

 

 昔は好きだったのに……と瞳を伏せるハサキの様子に、慌ててチェシャは言い繕った。

 

「か、かわりにっ。おしゃべりしたいわ!」

「お喋り?」

「そう。えっと、」

 

 何を話せばいいんだろう。

 なんというかこう、いい雰囲気になれそうな話。

 

「……ハサキは鍛冶師になれてうれしかった?」

「そうだなあ」

 

 仰向きの姿勢になったハサキが考え込むように何度か瞬きをした。

 天井を見つめるだけのぼんやりした眼差しは、暗い室内で黄金に浮かび上がる。

 

「13歳でこの街に来て、師匠の工房に住み着いて、いつの間にか槌を握って……」

 

 チェシャはハサキという女が13歳の少女だった頃から知っている。だが逆に言うと、13歳以前のハサキを知らない。

 詳しく聞いたこともなかった。まだ存命だったハサキの師――老人曰く、彼女は『いつの間にか工房に居着いていた』そうだ。

 ハサキは……ハサキ・ノバクは、一体どのような人生を送ってきたのだろう。

 とても気になる。

 けれど同時にチェシャは、そう簡単に教えてくれる話でもないのだろうな、と悟ってもいた。

 

「すべては川の流れのようなものだった」

 

 ハサキの言葉はどこか硬い。普段、チェシャに向けて使う柔らかな口調が、過去を語る女には欠片もない。

 

「じゃあ……ハサキはもっと他のなにかになりたかったの?」

「まさか。チェシャがいるから不満はないよ」

「えへへー!」

 

 嘘でも良かった。ハサキの口から素敵な言葉が出るならそれだけで。

 ……そろそろいいかな? どうかな、どうだろう?

 

「は、ハサキ」

 

 上体を起こす。釣られてかハサキも同じように体を起こし、二人して向き合った。

 

「ん?」

「はい、これ」

 

 チェシャは予め用意していた物をハサキの胸元に押し付けた。

 それは頑丈な迷宮生物の皮で出来たグローブだ。耐火性があり、丈夫で、ハサキの手に合わせたサイズになっている。

 

「20歳のおたんじょうび、おめでとう!」

 

 そう。今日は特別な日。

 なにせハサキの誕生日だ。ハサキ・ノバクが20歳になった日。

 どのタイミングでプレゼントを渡そうか悩んだが、寝る前にサプライズがあるのは結構嬉しい出来事だと思う。自分ならそう。

 

「ありがとう」

 

 ……嬉しい出来事だと思うけど、ハサキはぱちぱちと目を瞬かせるばかりで、どう感じているのか分からない。

 

「……あんまりうれしくない?」

「そんなことないよ。忘れてたんだ。ずっと。……そうか、もう20歳なんだ」

 

 ――もう20年も生きてしまった。

 掠れるほど小さな呟きが、どうしてかチェシャの耳にこびりついて離れそうになかった。

 まるで、生きる事を罪だと思っているような、そんな響きで。だから。

 

「ハサキ。ハサキにはこれからも長い時間があるのよ。そんなハサキのそばには私がいるの。だから、これからも毎年お祝いあげるから、毎年楽しみにしててね」

「うん。うん……。ありがとう。ありがとう、チェシャ。本当に大事にするから」

 

 手袋ごとハサキがチェシャを抱き寄せる。女の身にわだかまる熱が、冷え冷えとした寝室と人肌の温もりが伝わり切っていない布団と共に、幼い体躯を溶かすようだった。

 

「君がいれば、それだけで……」

 

 言葉がくすぐったい。チェシャはぐりぐりとハサキの胸元に頭を擦りつけ、今日という日を心に刻んだ。

 

 

 ◇

 

 

 数日後。チェシャは露骨に落ち込んだ表情をして、ハサキと昼食を取っていた。

 

「そっか。ご両親、帰ってきてるんだ」

「うん……」

 

 工房で作業の休憩時間を使った昼食。丸椅子を並べて食べるサンドイッチは、ハサキと食べるから美味しいのだ。なのにチェシャはがっくりと肩を落として俯いた。

 

「ごめんなさい……」

「なんでさ。お母さんとお父さんにたくさん甘えるといい」

 

 両親が帰ってきているのだ。

 チェシャの親は二人ともが迷宮研究に人生を捧げる学者で、一度迷宮に潜ると数か月以上帰ってこない。誰もいない自宅。それはいつもチェシャが隣家の工房に入り浸る理由の一つでもあった。

 そんな二人が帰ってきていて、なんだか自分のために尽くしてくれようとしている。よくわからないが夕食は街中のレストランにでも行くつもりらしい。

 

「いいじゃん、レストラン。私は行ったことないなあ」

「これからハサキはたくさんお金稼ぐから、私と一緒に行けばいいの!」

「そりゃあいい。でも今日はご両親と行けばいいよ」

「……」

「一緒にいたくないの?」

「そうじゃ、ないけど」

 

 別に、父と母が嫌いとか、そういう訳ではない。ただただ、チェシャの中にある優先順位は親よりもハサキの方が高いだけだ。

 

「そうだ! せっかくだしハサキも一緒に行きましょう? きっとパパもママも喜ぶわ」

「それはごめんとしとく。……せっかく二十歳になったんだし、夜のお店にでも行ってみるよ」

「い、いかがわしいお店!?」

「そういうんじゃない。ただの酒場」

 

 そういえばそうだ。ハサキは20歳になったのだから、もうお酒が飲める歳なのだ。少しだけチェシャはつまらない。自分に出来ないことを、大人だからとハサキが出来てしまうのが。

 こうやってどんどん距離が開いていくのだろうか。だとしたら寂しい。

 

「私もお酒、のんでみたい!」

「まだ早いよ」

「私もつれてってー!」

「こらこら」

 

 楽しい時間。出来る限り長く続けばいいのにと願う。

 昼食を終え、ハサキが仕事を始めてしまって、やることがなくて自宅に戻って――夜。

 両親と久しぶりの時間を過ごし、久しぶりに自宅のベッドで眠りに就いたチェシャは、ふいに目を覚ましてしまった。

 何故だろうか。寝起きによくある眠気の残滓がまったくない。冬の夜中だというのに布団の温もりに後ろ髪を引かれることすらなく、チェシャは寝室を出ていた。

 ……なんだろう。

 何だかわからない。

 でも、会わ(・・)なく(・・)ては(・・)いけ(・・)ない(・・)気が(・・)した(・・)

 

「……」

 

 夜着の上から外套を着こみ、足音を忍ばせながら靴を履き、家を出る。ぼんやりした街灯だけが夜道を照らしている。チェシャの心に生まれた僅かな恐怖は、しかし怯む理由にはなり得なかった。

 そうして向かった先は隣家の工房。合鍵を使って屋内に入り、見た。

 

「ハサキ?」

 

 黄金色の瞳が泣いていた。――少なくともチェシャには、泣いているように見えた。

 暗い。どこまでも暗くて深い闇の中に、ただそこに在るだけで輝く双眸。女の眼は虚ろで、声をかけても身じろぎ一つしていない。

 ハサキは階段の側に座り込んでいた。二階と、地下室へ繋がる階段の側で。

 

「ハサ、キ……?」

 

 一歩近寄る。その足音にようやくハサキの視線が揺れ動く。少女の姿を認めて、途端、瞳には驚愕と恐怖が広がった。暗すぎて表情までは読み取れなかった。

 

「チェシャ、遅くに、どうしたの」

 

 頑なな声。

 確信した。

 なにか、良くない事が起きたのだ。そしてハサキが簡単に事情を話す人間でないことを少女は十分に理解している。

 

「泣いてるの?」

「まさか」

 

 ごまかす様な薄い笑い声。取って付けたような言葉。――大丈夫、気にしない、怒ったりしない。ハサキが、弱っている時は弱いばかりのどこにでもいる人間だって分かっているから。

 

「初めて飲んだ酒が、びっくりするくらい辛かったんだ。それだけだよ」

「お酒ってそんなにおいしくないのね」

 

 言いつつそっと、隣に座る。ハサキは拒んだりしない。

 真冬の、炉に火も入れていない工房は冷え冷えとしている。寒すぎて息が白い。それでも隣にハサキがいると、それだけで寒さも和らぐ。

 

「……」

「……」

 

 チェシャは考えた。きっと苦しんでいるハサキに自分が何をしてやれるのか。

 理由を聞く? 何があったのか問う?

 きっと教えてはくれない。ハサキは強がりだ。

 じゃあ、自分には何ができるんだろう?

 まだ7歳だ。重い物は持てない。難しい話にはついていけない。計算もそんなに得意じゃない。出来ることは、料理と掃除くらい。

 こんな自分がハサキに何を与えてやれるのだろう。

 

「あなたは……」

 

 全ては自分の中に眠っている。

 だから、呼び起こす。かつてハサキから貰った言葉を。何もかもの始まりを。

 そうとも。

 始まりは7年前。

 チェシャ・バイストィアが生まれて数か月の頃。

 私に(・・)はそ(・・)の記(・・)憶が(・・)ある(・・)

 これくらい暗い夜だった。違いがあるとすれば、月が美しかった。星は輝いていた。ハサキはまだ13歳だった。私は夜泣きしていた。喋っているのがハサキだった。

 それだけ。

 

「『君はなんにでもなれる』。だからここにいるのよ」

「――」

 

 沢山の言葉を並べる必要はなかった。

 ハサキには十分伝わっている。彼女の、見開かれた瞳を見れば分かる。

 

「チェシャ……」

 

 女の声は震えている。ただ、それまであった恐怖や困惑はどこか遠くへ行ってしまったとチェシャは思った。

 今、ハサキの中にあるのは、理解しきれない存在への驚愕だろう。

 

「君に。君に、もしもいつか、本当に欲しいものができたら真っ先に教えてね」

 

 叶えたい願いが出来たなら、私にだけは伝えて。

 

「どうやっても、届かない夢があるなら――――」

 

 瞬間。

 ぴたりと噤んだ女の口。息すらできないほどの金色が二つ。

 静寂は張り詰めた薄氷を割るようにして、形を失った。

 

「私が作る」

 

 チェシャが、どんなものにでも手を伸ばせるだけの何かを。

 

「私が、必ず作れるだけの存在になるから」

 

 だから、何も聞かないでほしい。

 そう言外に言葉を重ねるハサキに、チェシャは小さく頷いた。それ以上問うこともなく、ハサキの手をそっと握りしめた。

 

 

 ◇

 

 

 

 そしてハサキ・ノバクは槌典(スレイヴイレス)の名と共に、伝説となった。

 

 

 

 ◇

 

 

 二か月が経った。

 依然として冬の気配は濃く、春が来る様子もない。

 曇天の下、チェシャはハサキと共に広場のベンチに並んで座っていた。二人で眺めているのは、少し離れた位置で催されている人形劇だ。その周囲には子供たちが集まり、思い思いに歓声を上げている。

 

 

 ――あるところに、王様がいました

 ――王様は重い病に苦しんでいました

 ――誰にも助けられない病気だったので、

 ――誰もが諦めていました

 

 

 それは最近、この街で流行っている演目だった。

 

 

 ――そんな王様の前に、とある鍛冶師が現れました

 ――鍛冶師は王様に剣を捧げます

 ――するとたちまち、王様の病は治ってしまいました

 ――その剣には傷や病を癒す力があったのです

 

 

 白い息を吐きつつ、チェシャはこっそり、ハサキの横顔を盗み見た。

 1週間以上、不眠不休でとある剣を打ち続けた末、昏倒と共に『オブジェクト』を全身に浴び、美しかった黒髪は銀にも似た白へと変じた。血管が透けて見えるほどの白い肌は浅い黒へと変わってしまった。

 黄金の瞳。浅黒い肌。銀色の髪。

 ただそこにあるだけで異質な存在。それでも、美しい横顔だった。

 

「よう」

 

 二人に向けて声をかける者がいた。顔を上げると、そこにいたのはつい一か月ほど前、ハサキの工房にやって来た男だ。ハサキの師である老人と付き合いのあった仲介人で、今はハサキの作る武器を優先的に買い取っている。

 

「どうも」

 

 気のないハサキの返事にも仲介人が気にした様子はない。軽く肩を竦めて、二人が眺めている人形劇に目を映す。

 

「流行ってるな」

「こんな扱いをされる武器とは思わないけど」

「それだけ凄い仕事をしたってことだよ」

 

 

 

 ――王様は大いに喜び、鍛冶師に称号を与えました

 ――王様を治した剣の名を取り、槌典(スレイヴイレス)

 ――そして、鍛冶師の住む街にも褒美を与えました

 

 

「聞いたぜ。今度、税が軽くなるんだってな」

「らしいね」

「なんだよそっけない。あんたの仕事のおかげだろ」

「そうかな」

「……何にせよ、今後も良い商売をさせてもらえると助かる」

 

 男はそれだけ言い残すと去っていった。軽い挨拶のつもりだったのだろう。

 広場にあって、また二人だけの時間が始まる。喧騒の中でも穏やかな時の流れに身を浸らせて、幸せだな、と感じる。

 ハサキがとてつもなく凄いことをしたのを、チェシャも肌身に感じて理解していた。しばらくの間、ハサキの工房にはたくさんの人が出入りしていたし、ハサキ自身も王城へ呼ばれて工房に居ない時間も多かった。だからこそこうして、ゆっくりと二人でいられる時間がチェシャには貴重だった。

 だが、ハサキはどうなのだろう。

 もう一度盗み見た女の横顔。そこには、以前まであった何かが抜け落ちてしまっていた。温かみとか朗らかさとか、そういった言葉で繕える大事なものが。

 

「ハサキ。寒いからあっためて」

「わかった」

 

 言えば頼みを聞いてくれるところは変わっていない。そっと肩を抱き寄せてくれる手だって同じだ。

 ……まだ大丈夫。だと思う。

 ハサキは明確に変わった。けれど、変わらず自分を見てくれている。

 これでいいのだろうか。

 間違えたのかもしれない。

 けれど2か月前のあの日、確かにチェシャは引き寄せられるようにしてハサキの下へと向かったのだ。まるで、運命に手招きでもされるかのように。

 そんな自分の選択を、チェシャは間違いだとは思いたくない。

 あの日、ハサキの心が泣いていたのは間違いなく事実なのだから。

 

「ねえチェシャ」

「なあに?」

「欲しい武器があったら、なんでも言ってね」

「……」

「君が欲しいものを、今の私ならなんでも作れるから」

 

 冬。

 雪は降らないまでも、凍り付きそうな日だった。

 ハサキは白い息を吐くこともなく静かに佇んでいる。

 

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