器仗神殺の剣   作:てりのとりやき

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そこに坂があり、槌は坂を砕けない

 

 今日は鍛冶の仕事はないから、掃除をしようか。

 なんてことをハサキが言ったみたい。

 ――私がいない時にそんなことを!

 

 

 ◇

 

 

 セミロングの髪を後ろで一つに括っている少女、チェシャは今日も今日とて隣家の女――ハサキ・ノバクが営む鍛冶工房に入り浸っていた。

 探索者となって日が浅いチェシャにこなせる仕事量はまだまだ少なく、結果としてそれまでと変わらず暇さえあればハサキの工房に居ついている。

 そんな少女は、何故か工房の窓枠を熱心に見つめていた。

 と。

 

「むん!」

 

 おもむろに人差し指をピンと伸ばし、窓枠をそっと拭う。陽の光に当てられた木枠は暖かく、そして薄らと積もった埃を拭い去った跡をより濃くさせた。

 

「まっ! なに、これは!?」 

 

 なんとわざとらしい大仰な声だろう。声を発したチェシャ本人が第一にそう感じていた。そして、つい最近ハサキの工房に転がり込んであまつさえ寝泊まりまでしている領主の娘――サワグタリも、そう感じたに違いない。

 腰を越すほどに長い黒髪を頭頂部で大きな団子にまとめたサワグタリが、せっせと続けていた工房の掃除を止めて、こちらに視線を向ける。

 チェシャはぷるぷる震えながら怒り心頭を装い、サワグタリに埃の乗った人差し指を突きつけた。

 

「ちょっとサワグタリ! これはどういうことなの? 埃が積もってるじゃない!」

 

 勿論本気で言っているわけではない。チェシャがこうしてサワグタリに突っかかるのは今日に始まったことではなかった。

 単に、物心ついた頃から一緒にいる女……ハサキと自分より距離感を縮めようとしている年上の少女が許せないだけである。

 

「えー。そんなに埃積もってないですよう。というか、後で掃除するつもりだったんです」

「言い訳禁止ー!」

 

 幼稚な嫉妬心がむき出しな因縁の付け方に、サワグタリはええ~んと下手くそな泣き真似をしてみせた。

 

「チェシャちゃん厳しいです~」

「ちゃん付けすんな!」

 

 眦を吊り上げるチェシャは雑巾を掃除道具置き場からひったくると、自身も工房の掃除を始めだした。

 とにかく対抗心の塊になっているらしかった。

 

「あんたよりこの家に詳しいのよ私は。つまり私の方が偉い、私は凄い、アイアムスゴイー」

「こんなに可愛らしいのに……ちょっと小姑じみてます」

「頭撫でんな!」

 

 チェシャよりも背の高いサワグタリが少女の頭を撫でると、全力でその手を振り払うチェシャ。

 工房のカウンターで吊るし売りの武具を手入れしていたハサキが、二人のやり取りを眺めてぼんやり呟く。

 

「仲良しだなあ」

「どこがよっ」

 

 少女はガルルルと獣じみた唸りでも聞こえそうな形相だった。

 

「チェシャにも年ごろの近い友達が出来て私は嬉しいよ」

「母親みたいなこと言わないでくれる? 私、もう13歳なのよ!」

 

 チェシャ・バイストィアの価値観で測れば13歳は立派なレディである。胸を張る少女に、ハサキは少女が4歳の頃を思い出した。

 

「覚えてる? チェシャが寝泊まりしたとき毛布に作った大きな地図」

「そんなこと聞いてなーいー!」

「安心してくださいチェシャちゃん! 私は一度もそういうこと経験したことないですよ!」

「あんたさっきから私のこと舐めてるでしょ……」

 

 怒ったり震えたり、忙しない少女のことを、サワグタリは相当気に入っているらしい。険のある態度をされてもくすくすと目を線にした微笑みが崩れないでいる。

 こうして並んで眺めると、年の少し離れた姉妹みたいだ。

 二人のおかげで随分騒がしくなった工房内で、ハサキはぽんと手を叩く。

 

「そうだ。二人とも、買い出しをお願いしていいかな」

 

 チェシャとサワグタリが同時にこちらを振り向いた。

 

「私もですか?」

「ああ」

 

 サワグタリが念を押すように尋ねる。だからハサキも念を押して尋ね返す。

 

「何か、用事でも?」

「いえ。そういうわけではないです」

 

 俯くサワグタリに対し、チェシャは憮然としていた。

 

「別にいいけど。なんでサワグタリも一緒なのよ」

「客と打ち合わせがあるんだ」

「お客様ですか」

「なんか、この街で個展を開くことになったらしくてね」

「個展!?」

 

 チェシャがびっくりしている。目を丸くした少女に、ハサキは変わらぬ調子で続けた。

 

「チェシャが潜ってる間に、どうも私のパトロンはそんなことを決めたらしい」

「パトロンって、王様のことでしょ。すごいじゃないハサキ」

 

 迷宮鍛冶師の身分でありながら芸術家のような扱いを受けること自体が、異質なのだ。それだけハサキ・ノバク=槌典(スレイヴイレス)の名声は凄まじいということだろう。チェシャの心からの賞賛はもっともなもので、だというのにハサキの顔はどこか浮かない。

 

「苦手なんだ、人前に出るの」

「毎日槌ばっか振るってるからよ。たまには私以外の人とも喋らなくちゃ」

「あら。チェシャちゃんはハサキさんがいろんな人とお知り合いのほうが良いんですか?」

「ぐ、む……。……ハサキ、そこそこよ! そこそこ色んな人とお喋りするのよ! でもやっぱり一番は私よ!」

「……で、展示の仕方だとかを打ち合わせしたいそうだ」

 

 けれど買い出しに行かなければ今日の夕食の材料が家にない。他にも買い足したい道具や部材がある。

 そういうわけで、自分は個展の打ち合わせに。二人には買い出しを。役割分担というわけだ。

 この工房は無人になる。

 実にいい案だ。

 そうえていたハサキはしかし、チェシャとサワグタリのどこか――まるでそう、何か示し合わせたように同じ考えの下に困った様子に気づいて、首を傾げてしまう。

 

「ハサキ、今から出るつもりなの?」

 

 おずおずとチェシャがそう言った。

 

「うん。まあ。打ち合わせの時間、もうすぐだし」

「………………」

「………………」

 

 二人は見た。ハサキを。

 炉の熱でぼさぼさになったままほったらかしにされた銀髪。掃除中でどうせ汚れるからとまとめることすらしていない。

 化粧を知らない浅く焼けた黒い頬。

 染料や『オブジェクト』のせいで奇怪なパターンの染みに塗れた鍛冶用の衣服。

 工房内であれば実に迷宮鍛冶師らしく、決まった姿格好だ。事実ハサキが炉の前で黙々と槌を振るう背中はただそれだけで美しい。

 だが、だがしかし、である。

 ――チェシャとサワグタリの目線が交差する。二人は同時に頷いた。

 

「やりなさい、サワグタリ!」

「私、やります!」

「んっ?」

 

 サワグタリが猛烈な脚力で走り出した。唐突なことにハサキは目を白黒するばかりで、気付けば背後からサワグタリにがっちりと抑えられている。――なんて加速。本当に領主の娘か。

 

「対象を捕獲しました!」

「そのまま私の家へ連行するわ!」

「はっ!」

 

 気付けばハサキはチェシャの家に連れ込まれ、彼女の私室にある三面鏡の前に座らさせられていた。

 目の前には真剣な表情をしたチェシャ。背後にはうんうん唸って服を選んでいるサワグタリ。

 ハサキとて自分が今、何をされようとしているのかは見当がついていた。

 

「こんなコト、する意味ないと思うんだけど」

「こらっ、化粧中に動くなっ」

「む」

 

 ぴしゃりと言われて、ハサキはもごもご口を動かすしかなくなる。

 そんな女の頬をチェシャの握る化粧道具が柔らかく踊る。元来長いまつ毛を更に少女が際立たせる。眉を描き、口に淡い紅を塗る。髪を一度徹底的に梳かし、炉熱でやられた癖を抜いてから、てきぱきと編み込みを作っていく。

 

「自覚ないかもしれないけどね、ハサキは美人なのよ。それにお客さんと会うのに、髪がぼさぼさじゃダメじゃない」

「そういうもんかな」

「そーゆーもの!」

 

 衣装箪笥から服を選んでいるサワグタリが、鏡に映ったハサキを見てパチパチと拍手していた。

 

「おおー。チェシャちゃん、お化粧上手ですねー」

「ふふん。女の嗜みなのよこれが」

「私の方もハサキ様に似あいそうな服、選び終えましたよ!」

 

 どうやら自分は、年下の少女たちによって着せ替え人形にされているらしい。

 二人の姦しい素敵素敵という声を聞きながら、サワグタリの用意したパンツスタイルの服装に身を包む。いつものラフな仕事着とは違って服が自分の体を締め付けてくるようだ。

 ハサキは嫌そうな表情を隠そうともせず、鏡に映った自分を見てぼやく。

 

「動きづらい。きつい。歩きづらい。脱いでいい?」

「似合ってるから我慢しなさい!」

「なんかいつもよりゴテゴテしてる」

「タッパがあるからハサキ様にはこういう格好の方が似あいますよ」

「タッパ?」

 

 領主の娘が使うにしては随分粗野な俗語だった。

 

「あ。いえ、背丈背丈。筋肉もついていて背筋も綺麗ですし」

 

 ごまかし気味にサワグタリが褒めるのを、うんうんチェシャが頷いている。むふーと満足げに鼻息が荒い。

 

「ハサキは私の自慢なんだから。堂々とするのよ」

「……そこそこ頑張るよ。じゃ、行ってきます。買い出し、よろしくね」

 

 ハサキは念を押して言葉を重ねた。

「任せなさい!」とチェシャが胸を拳で叩くのを見、次いでサワグタリが小さく頷くのを確認してから、ハサキはチェシャの家を後にした。

 

 

 ◇

 

 

 世に、星より広き超巨大地下迷宮は十二も存在する。

 生まれた頃から誰もが知っているその事実。人は『オブジェクト』の特異さに惹かれ、そして広大な迷宮へと潜っていく――『探索者』。当然、彼らが持ち帰った『オブジェクト』を買い取る組織がそこには生まれ、人々が生活するための基盤が築かれ、結果としてどの迷宮上にも“迷宮街”と呼ばれる都市が自然発生した。

 “絢爛の地下迷宮”上に存在するこの街とて同じことだ。

 街の最も大きな通りは市場となっており、雑多な露天商や一等地に店を構える高級店、酒場に宿場……ありとあらゆるものが揃っていた。人の行き来は昼時ということもあって多い。

 盛況な市場をひょいひょいとチェシャは歩き慣れた様子で進んでいく。チェシャからすれば生まれ育った街だ。人の流れは手に取るように分かる。しかし少女の背後を追うサワグタリは、まったく様子が違った。

 

「ま、待ってくださいチェシャちゃーん……」

 

 気付けばサワグタリが人並みに揉まれて随分と後ろにいた。やれやれとチェシャが道の端に寄ってサワグタリを待つ。ひいひいと肩で息するサワグタリがたどり着くまでもうしばらくかかりそうだ。

 にしても、変なの。

 あの有名な、遊び歩いている『サワグタリ』なら、街中なんてよく歩いてるんじゃないの?

 という小さな疑問は、チェシャのすぐ隣で、今まさに男が壁に貼ろうとしているポスターによってかき消されてしまう。

 

「あ」

 

 ふと目端に映ったそのポスターを見て、チェシャは思わず口を開けていた。

 よくよく見れば同じようなポスターが街のあちこちに貼ってあった。道行く人の中には、チェシャと同じように羨望の眼差しと共に足を止める者も何名かいる。チェシャとて同じ気持ちになってしまう。

 なにもポスターのデザインが素晴らしいとかそういう訳ではない。

 ただ、そのポスターに移っているある物(・・・)が、あまりにも伝説的だったからだ。

 

「いいなあ」

「──何を見てるんですか?」

 

 心臓が飛び出るかと思った。

 唐突に耳元で囁かれた言葉に、チェシャは顔を真っ赤にしてしまう。

 

「いきなり後ろに立つんじゃないわよっ! びっくりするんだから……」

「抜き足差し足こそこそ足ですよ」

 

 無論、チェシャに話しかけたのはようやくチェシャの下へ来たサワグタリだ。領主の娘の癖して人混みを歩き慣れていなかったり、だというのにあまつさえ探索者であるチェシャの背後を簡単に取れるほど気配を消すのが上手かったり、よくわからない女だった。

 

「それで、一体何を見てたんですか?」

「……ん」

 

 先のポスターをあごで示すチェシャ。

 そのポスターには一振りの剣が最も目立つように配置されていた。

 目で追ったサワグタリは、ああ、と得心がいった様子で頷いている。

 

「丁度ハサキ様が仰っていた、個展の宣伝ポスターですか」

「まあハサキは有名人だもの。そんなハサキの武器で個展やるって話なら、そりゃ宣伝も立派なもんでしょうよ」

「なるほどそれで、ハサキ様が打った中で最も有名なものを宣材に選んだのですね」

 

 チェシャはポスターに映っている一振りの剣から目が離せない。

 きっと誰だってそうだ。

 昔は……まだハサキは、迷宮鍛冶師の弟子でしかなかった。不器用で自分以外の人間と親しくなろうとしない、年上だけど何故だか妹のように感じさせる危なっかしい女。

 だけどいつからだろう。

 ハサキ・ノバクの名は致命的なまでに伝説と化した。

 そうまでさせた剣があった。

 

「あれがハサキの名を一日で伝説的なものに押し上げた、異端の名剣。

 《スレイヴイレスシリーズ》一作目」

 

 それは、誰をも殺せない剣。

 刃は潰れ、切れ味など皆無の、実用性の欠片もない武器。

 しかし一つの特異性を備えていた。

 

「重量42kg。

 刃渡り82cm。

 1032億5986万47層の積層純粋フラクタル構造体。

 構造的永久機構――」

 

 98層階層守護植物“永年桜”は、その名の通り、永年を生きる樹木である。

 その秘密を解き明かした学者が発表した論文によれば、永年桜は純粋なフラクタル構造体であるという。

 再帰(フラクタル)

 いかな原理か、ただそう在るだけで永久の命を獲得せしめる『オブジェクト』の神秘性。

 それをハサキ・ノバクは人工的に完全再現してみせた。

 

突き(・・)刺し(・・)た対(・・)象を(・・)不老(・・)不死(・・)にす(・・)る剣(・・)

 

 数年前、この国の老いた王様は重い病に悩んでいたらしい。

 誰にも治せない不治の病。薬はもちろん、あらゆる『オブジェクト』さえ通用しない。

 余命幾ばくかというある日、女が仲介人を経由して一振りの剣を献上した。

 不老不死を叶えるというその剣を。

 『一生を剣に突き刺される激痛を負う覚悟はありますか』と、そう言葉を添えて。

 ――以後、現国王は齢100歳を超えても尚、壮健である。

 

 

 

 

儀仗神創の剣(スレイヴイレス)

 

 

 

 

 ハサキ・ノバクは神成りの手段をまず生み出した。

 王権神授の段取りを一つの剣で簡略化した女は、ただそれだけでありとあらゆる王侯貴族から高い評価を得、――そして伝説となれた。

 

「でもでも、すごいですよね。その剣が突き刺さっている限り、不老不死でいられる剣だなんて。とても現実のものとは思えません」

「凄すぎるのよ」

 

 人々が鳴らす足音は雑多で騒がしい。少女の、感情味のない呟きはそれこそサワグタリにしか届かない。

 

「あんたにはわからないかもしれないけど」

「……」

「ハサキはね、きっと何か隠してるのよ」

 

 サワグタリの瞳が一瞬、鋭い光を帯びた。しかしチェシャの目線はポスターに釘付けで、女の様子が変わったことに気づいていない。

 

「何か……とは?」

「……」

 

 思い出す。

 自分の両親は迷宮の研究に熱を上げすぎるあまり、数か月家を空けるなんてことが当たり前だった。だから物心つく頃からずっと側にいたのは隣家の、無愛想で不器用で槌を振るう事しか頭にない女だけだった。

 一時期、ハサキのことを母親だと勘違いしたことだってある。

 ハサキの髪がまだ黒かった頃を覚えている。まだその肌がうらやむような白さだった頃も。その体に筋肉が今ほど付いていなかった頃だって。

 寂しくなるとハサキの眠るベッドに忍び込んだこと。常に眠りの浅いハサキがベッドを占領する少女の存在に気づいても、面倒がらずに受け入れたこと。

 自分の人生のすべてにハサキが居る。

 だから、間違いなく言えるのは、チェシャにとってハサキ・ノバクは槌典(スレイヴイレス)などという名を得る前から自分自身の一部であり、単一の感情で観ることもできないほど深い存在だったという――それだけ。

 

「別に、罪を犯してるとか、そういうのじゃないの」

 

 そんなハサキはいつからか、何か隠しごとをするようになった気がする。

 具体的に何を隠しているのかは分からない。けれど、『わかる』。

 槌典(スレイヴイレス)の名を得てから? きっとその頃からだ。

 いつからだろう。

 ハサキの下に弟子入りを志願する大の男が何人もやって来るようになったのは。

 いつからだった?

 諸国の王や貴族に連なる家系の使者がたびたび、書簡を携えハサキの下を訪れるようになったのは。

 その度にハサキは孤独になっていった気がする。彼女の才能が認められるたびに、あまりに異質すぎる存在を誰もが理解できなくなっていった。元々、人付き合いの薄い彼女は、そうして独りであることを深めていった。

 今では自分だけだ。あの工房の周囲にあってハサキを訪ねる者は。

 ハサキはハサキ・ノバク=槌典となって遠い存在となり、もはや自分だけが知るハサキではなくなってしまった。チェシャにはそれがずっと悔しい。

 

「ただ、誰にも見せてくれないものを、隠している気がする……」

 

 だから探索者になるという選択は、チェシャにとって至極当然のものだった。

 大事な存在が遠くへ行ったというのなら、どれだけかかっても追い詰める。追い縋り隣に並ぶ。探索者になって名を上げれば、きっと到達できる。始めるのは早ければ早いほど、いいはずだ。

 

「私はね、ハサキの隣に並んでも文句ないくらいの凄い人になりたいの」

 

 かつてのハサキは反対した。危険だとか、そんなことする必要はないと何度も言ってきた。拗ねたように態度が素っ気ない時期すらあった。チェシャは諦めるつもりがなかった。

 死の危険よりもハサキに隠し事をされる方が怖いのだから。

 

「そしたらハサキはもっともっと私を見てくれるでしょ? いつか、ハサキ自身のことを沢山教えてくれるかも!」

 

 空元気に笑顔を見せるチェシャは、叶うはずのない夢を諦めそうになる子供そのもののように俯いてしまった。

 

「……そうなったらいいなって」

「チェシャちゃんは、ハサキ様のことが大好きなんですね」

「む。む……いやそんなんじゃないけどね?  別に好きとかそういうんじゃないし」

「あらあら。素直じゃないですねー」

「うっさい!」

 

 それまでのしおらしい態度はどこへやら。チェシャがいつもの調子で両手を突き上げると、サワグタリも同じようにいつもの調子でくすくす笑った。

 サワグタリは何てことのない、他愛ない雑談のような雰囲気で続ける。

 

「なれますよ。チェシャちゃんなら」

「ふ、ふん。テキトーなこと言って」

「嘘を言ったつもりはありませんよ? あなたには才能がありますから」

「才能って」

「探索者としての才能です。英雄になる才能ですよ」

 

 サワグタリは得意満面、断言した。何故だか力のある言葉のようにチェシャには思えた。

 女が少女の片手を唐突に握る。黒い瞳に宿る輝きがチェシャを一直線に射た。

 

「チェシャちゃん。あなたはきっと本当の意味で神話になれる逸材です。何故でしょうね、ハサキ様という偉大な太い道を歩むことができたから? 王道を往きながらも覇道をも歩むことができたから? 鏖殺(デッドセット)……修羅の道すらも重ね合わせてあなたは歩いたのですか? それとも――ハサキ様の愛故に?」

「は、はあ?」

 

 こいつ急に何を言ってるんだ。

 

「私はただの13歳なのよ。そもそもさっきから何言ってるの」

「濃すぎる才能を前にして、ただ息を呑み、だけど眩い輝きに手を伸ばさずにいられない。――チェシャちゃん、あなたもそうだったのでしょう?」

「……!」

 

 まるで、人の心を見透かしたかのように。しかし自身の心境を吐露するように。

 サワグタリはあまりにもきっぱりと、自信に満ちた笑顔をした。

 

「私には分かる。チェシャ・バイストィア、あなたは『オールエンドの大英雄』すら超えられると」

 

 この女はさっきから何を言っているんだろう。

 自分には理解できない言葉を使うこの女は、果たして。

 

「あんた、本当に領主の娘なの?」

「ええもちろん。私はサワグタリという名前なんです」

 

 迷宮街。

 その雑踏に埋もれるような秘めやかな微笑みで、サワグタリがそう言う。

 チェシャはその言葉を疑いこそすれ、彼女の本質を把握することは叶わなかった。

 だが彼女なりに励ましてくれているのだと。そういう理解の仕方をして、チェシャはふふんといつもの笑顔を浮かべる。

 

「よくわかんないけど。ま、いいわ。あんたなりの気遣いってことで嬉しく思うことにする」

 

 さあ買い出し行くわよ! とチェシャが張り切って声を上げるのを、サワグタリは美しい表情と共に眺めていた。

 まるで、孵る直前の卵でも見るような目つき……。

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