今日から個展らしい。
何のかと言えば、世界的に有名な迷宮鍛冶師ハサキ・ノバク=
初日ということで、開会のスピーチを頼まれている。
いつもの格好で会場に向かおうとしたら、隣家に住む13歳の少女――チェシャに凄まじい形相で止められた。
曰く、
「またそんな恰好で人に会おうとして!」
えー。
とついぼやいてしまう。
「そんなにだめかな、これ」
鍛冶の時に使うエプロンに生地の分厚いズボン。何がおかしいのか。
今日は暑かったのでエプロンの下は薄手の肌着だ。ぱたぱたと肌着の襟で扇ぐとチェシャが肩を怒らせた。
「そういう格好していいのは私の前でだけ!」
「でも他の服は洗濯中だし……」
「私の家にハサキ用の服たくさんあるからそれ着ていきなさい!」
なぜ、チェシャの家に自分用の服が用意されているのだろう……。
ハサキにはわからないことだらけだったが、ぐいぐいと少女が手を引っ張るので釣られてチェシャの自宅へと向かった。
前と同じように三面鏡の前に座らさせられ、少女に化粧を施されていく。自分の意思ではない刷毛が瞼の上で踊るのがこそばゆい。
目を瞑りながらぼやいた。
「毎回これするの大変じゃない?」
「なら今度から私が毎回化粧をしてあげるわ。それならハサキは大変じゃないでしょ?」
「チェシャは大変だと思うけど……」
「私はいいの! 着せ替え人形みたいで楽しいし」
着せ替え人形扱い……。一応、チェシャより13歳も年上なのに。
ハサキの感じたもやもやとした想いは、けれど目を開いて見据えた満面の笑みでかき消えた。少女が浮かべる、心の底から楽し気で嬉しそうな笑顔。
「こら。目を開けないの」
「ん……」
それは少女がまだ赤子であった頃から見てきたものだ。
いつか見飽きるのかと考えていたけれど、未だに慣れることもない。
きっとこれからもそう。
「──ハサキ、ハサキ」
気付けば化粧は終わったらしい。
そっとかけられた声に意識を向ければ、鏡の奥に立つチェシャが自前の髪をくるくると指先でいじっていた。本当にうれしい時にする癖だと知っている。
「おめでとう」
「?」
唐突にかけられた言葉に、鏡の中では琥珀色の瞳をした女が小首を傾げていた。
「だって今日は、ハサキの門出だもの。嬉しいから」
「そんなにすごいことしてるのかな」
「してるわ。よく考えてみて。ハサキの作った武器が凄いから、個展なんて開いてくれるのよ?」
ハサキの打った武具の数々――《スレイヴイレスシリーズ》を使った展示会を開こうと言い出したのは、当代国王らしい。
「こんなにすごいことってないわ」
ハサキには迷宮鍛冶師として積んだ“勘”がある。
組み合わせてはいけない『オブジェクト』を並べた時に心臓が歪に脈打つのだ。
今もそうだ。女の胸中でソレが囁いていた。
――何かがおかしい。
「そうかなあ」
チェシャが思うほど立派なことを成せているわけではない。けれど、チェシャは本当に、わが事のように誇らしげにしている。……だったらいいか、とハサキは考えることを意識して止めた。深く考えたところでどうしようもないことだからだ。
運命は止められない。
全ては坂道を転がるかの如く。ハサキは目の前に敷かれた道を漫然と行くだけだ。
「ほら、サワグタリはもう行ってるのよ」
サワグタリはこの迷宮街の領主、その末娘。
個展にも主催者側として参加するらしい――そんなことを言っていた気がする。
「ハサキも遅刻しちゃうわ」
「んん」
ぽんと背中を叩かれて、立ち上がる。
いつもより動きづらい服装。だけどチェシャが選んだものだから、きっと間違っていないのだろう。きっちり背筋は伸ばそう。せめてそれくらいは。
「いってきます。留守番、よろしく」
「任せなさい! 探索者の私がばっちり守ってあげるんだから!」
言い合って、工房の前で別れる。
会場への道を一人で歩きながら、ふと空を見上げた。
陽はまだ弱い。
地下迷宮を擁するこの街を、地に這うほどの低きから輝かせている。
◇
個展は思った以上に盛況だった。
街の競売会場を展示用に改造し、清潔な照度の明かりが包む大きな会場。適度な感覚で配置されるショーケース入りの武具たち。銘と簡単な説明を記載したプレートに人々の足が何度も止まる。
開会のスピーチを終え、そういった人垣から離れていると、周り中からちらちらと向けられる視線を感じた。誰もかれもが言葉にはしないで喋っている気がした。『あれが』、と。けれど誰も話しかけてはこない。つまりはそういう扱いなのだと悟ってしまう。
伝説は、人知の及ばぬ領域にあるから伝説と呼べるのだろう。――この場合は神話かな。
「……」
じろじろ見られることには慣れている。慣れてはいるが、好きではない。
チェシャの顔を今すぐにでも見たい気分。
もう帰ろうかな。
――そんなことを考えた時、ふと見知った人間を見つけた。
腰を越えるほど長い黒髪。日に透けるような白い頬と、人の多さにきょろきょろと所在なさげに揺れ動く黒い瞳。普段工房で見るのとは打って違ってどこか不安そうな雰囲気だったが、間違えようもない。
「サワグタリ」
近寄って、背後から声をかけると、少女――サワグタリの反応は一拍だけ遅れたものだった。普段ならばすぐに振り向くのに。
ゆっくりと振り返った少女はその黒い瞳を丸くしている。
「あ……」
「今日は随分大人しいね」
「ええと………………」
弱々しい反応。あごを引いて押し黙る少女は、困った様子で上目にこちらを見つめる。
「…………ハサキ様、ですよね」
「? 昨日も会ったろ。私の個展に出席してるとは聞いてたけど」
なにその、初めて会うみたいな反応。
サワグタリがしまったと表情だけで喋った。――なんだか今日のサワグタリは、変だな。
チェシャの話じゃ人混みが苦手だって話だし、人の多いところに慣れないのかもしれない。もしくは、仮にも領主の末娘が一介の迷宮鍛冶師の工房に入り浸っているのを秘密にしたくて、他人行儀な振りをしているとか?
そんな風に納得していると、サワグタリはそっと息をひとつ吐く。
「ハサキ様。少し、歩きませんか」
何かしらの覚悟を秘めたような言葉だ。断る理由もないので、頷く。
壁沿いに並ぶ剣や槍、盾を横目に眺めながら、サワグタリはゆっくりと歩く。隣に並ぶと、感嘆のため息で少女が呟いた。
「いつ見ても素晴らしい武器ですね」
「それはどうも」
「いえ、本当に。これら一つ一つが国を揺るがすほどの価値があるとは、とても思えないほど壮麗で……芸術品と呼ばれても納得できてしまう」
「やけに褒めるけど、これらは『オブジェクト』を加工したに過ぎないよ」
人知を超えた奇跡が生み出しているわけではない。すべて、人間の手から作り出されたものだ。
極論、誰にだって作れる。どこにも特別なものはない。
「『オブジェクト』。不思議な響きですね……」
「んー。そう?」
「ハサキ様。迷宮とはなんでしょうか?」
サワグタリは唐突に尋ねてきた。
「さあ。私は潜ったことがない」
「私もそうです。星の地下に、星より広い地下迷宮が存在する……。この矛盾を誰もが当たり前に受け入れている。これっておかしな話だと思いませんか?」
「……そういうものじゃないの?」
少女の抱える疑問が分からないわけではないが、そこまで深く考える必要のないことに思えた。
「どんなものであれ、ただそこにあるから、そうある」
「なんというか……超然としていますね」
「いつもこんな感じだけど」
「あ、そ、そうなんですね…………そうなんですか……」
ごまかすように両の人差し指の先端をとんとんと叩き合わせる少女。普段は見られない仕草に心が疑問を覚える。
「では……なぜ人は、奥へ、さらに奥深くへ、潜ろうとするんでしょうか」
「さあ? なんでだろうね」
それこそどうでもいい話だ。
どうでもいいくらい簡潔な答えしかないと思っている。
「迷宮神話は十二分割された真理の存在を示しているが、史実に残る迷宮攻略者は誰もその真理を語ろうとしない」
「かの大英雄、リーリェ・ヒプロメロォスもそうですね」
もうすぐこの街に、“絢爛の地下迷宮”攻略のためにやって来ると言われる『オールエンドの大英雄』リーリェ・ヒプロメロォス。かの者でさえも『十二分割された真理』を決して話さないらしい。
「……思うに、すべては坂道みたいなものなんだ」
「坂道?」
脳裏に、ぼんやりと思い浮かぶ情景があった。
小さなころ。まだ故郷の村で過ごしていた時に、無数の蟻がせっせと虫の死骸を運んでいるのをじっと眺めたことがある。
「坂に投げ込まれた石ころはただ転がり続けるだけだろう?」
生きるために死骸を啄むことも、生活の糧として槌を振るうのも、国を守り育むための武器を買った末に戦争をすることも、すべて変わらない原理があるはずだった。
つまりは、石が傾斜を下り続けるのは、ただそこに坂があったから。
『そこ』に現象を後押しする『何か』があって、誰もが衝き動かされている。少なくとも自分にとって世界はそういう形をしている。
「人も、世界も、迷宮も。そんな行動原理があるだけだ。私の作る武器は、そんな坂道の傾斜をちょっときつくしているのかもしれない」
こうして展示される、自分が打った武具を見ていると、どうしても思い出してしまう。
「――昔さ、いきなり石を投げられたことがあるんだ」
隣のサワグタリがぴくんと肩を跳ねさせた。
「あれは私の名が国外でも通るようになった頃かな。用事があって、この街を離れていたんだ」
別の迷宮街へ、資材の買い付けに赴いた時だった。市場に並ぶ『オブジェクト』を眺めていると突然、すぐ側で罵声の叫びが上がったのだ。
『人殺しの鍛冶師が』
『なぜこんなところにいる』
『何故生きている』
罵りが、自分に向けてのものだと気付いたのは、こめかみに幼児の拳ほどもある石がぶつけられてようやくだった。
激痛と共に声の主を見ると、そこにいたのはやつれた女だった。……やつれた、という簡単な言葉で片付けるのを躊躇うほどに病的な怒りに駆られた女の顔だった。すぐに駆けつけてきた衛兵に捕らえられた女は、詰め所へ連行されるまで、ずっと憎悪の篭った眼でハサキを射殺そうとしていた。
「なぜ、そんなことを……」
「私の作った武器はその多くがデチューンされ、戦争のために大量生産される」
ハサキ・ノバク=槌典とは、決して栄誉だけある名ではない。
優先売買契約を結んでいるこの国……『王国』は今も尚、周辺諸外国と戦争中であり、侵略と略奪を繰り返している。自身が生み出した武具は大量生産され兵士達の手に渡り、誰かを殺すための役に立っている。
「たくさん殺してたくさん奪うんだ」
誰もがそれを褒めるわけがない。
きっと、石を投げた女は、ハサキ・ノバク=槌典が生み出した武器によって親しい誰かを失ったのだろう。
「だから余計に分からない時がある」
こんな風に、誰かの取り計らいで個展を開かれることが、分からない感覚だった。
人殺しの武器を作っている。
果ては戦争で蹂躙するための兵器を。
――『器仗』の力を、まるで絵画でも飾るように展示して、それを目当てに人が集まるこの空間自体が理解不能だった。
「私も、私の作った《スレイヴイレスシリーズ》も、こんな評価を受けるべきものじゃないのに」
「ハサキ様の作るものは、夢を与えてくれるものだと思いますよ」
「……夢?」
「ええ」
サワグタリがゆっくりと会場を歩く。そうしてそっと指差す先のショーケースには、何の変哲もないインゴットが置かれている。
「例えばあの合金。構造的爆薬合金
あの合金が採掘現場で非常に役立っていることはご存知ですか? 軽く、扱いも簡単で、制御発破のしやすいことで有名なんですよ。他にも地質調査の震動目的にも重宝されると聞いています」
「……初耳だ」
「ほかにもありますよ」
少女は次のショーケースへ移り、目の前の手鏡を見つめる。
「この鏡。超遠距離を映す
これは通信という分野に革命を起こしました。わかりますか? それまで何日もかけて文書のやり取りをしていた遠方地にあっても、一瞬で情報のやり取りができるんです」
「それは戦争を加速させるだけだったって聞いてる」
「遠く離れた家族や恋人を繋げるために、民間にも卸されていることはご存知のはずですよ。まあ、高額ですが」
「……」
そして、最も人だかりの多い会場の中心。サワグタリが遠目に見つめるのは最も大きなショーケースだった。
誰も彼もの注目を集め、銘板には『展示品はレプリカです』と目立つ位置に記された一振りの剣がある。
「スレイヴイレス」
「あの剣は人を不老不死にする。いつかこの剣の特性が解明されて、誰もが手に出来る形になれたなら、世の苦しみがひとつ消えることになります」
「理想論だよそれは」
「それでも夢はありますよ」
だから誇ってくださいと、サワグタリが微笑んでいた。
誇り。
今この光景を、誇りと思えと。
「……」
ひっきりなしに入ってくる人。連れと共に興奮した様子で喋っている探索者風の青年たち。さっぱり理解できないとショーケースの前に立っては首を傾げる老人。自分が持っている《スレイヴイレスシリーズ》を掲げて自慢げにする男。
見渡して、――やはり人が多いな、とだけ感じる。
「やっぱり私には、これがいいものには見えない」
「捻くれた人ですね」
くすくすと少女が笑う。そのあどけない笑い方は初めて見るもので。
「なんていうか、今日のサワグタリは変わってるね」
「か、変わってる? ですか?」
「ああ。うまく言えないけど……」
時々見せる小動物じみた仕草。不安の入り混じる上目遣い。いつもは見る事の出来ない顔。
「可愛い、のかな」
「かっ、かわいい!?」
「年相応って言うか……」
ふとした言葉にサワグタリの表情がまた変わる。焦りの見える顔には『ぎくり』という擬音が似合いそうだった。何に焦っているのかまるでわからないけど。
「あーっと……用事を思い出しました。私はこれで失礼します」
「ああ、うん。じゃあまた」
「は、はい」
先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、そそくさと場を後にしようとするサワグタリを引き留める理由もない。ハサキが手を振ると、少女は名残惜しそうに呟いた。
「あの」
「?」
「また、お会いしてくれますか?」
何をそんな、当たり前のことを。
当然だと頷けば、サワグタリは本当に嬉しそうな笑顔になった。
年相応に幼い表情だった。
◇
同時刻。
ハサキ・ノバク=槌典の工房。
一人留守番を任されているチェシャはすぐに暇になってしまって、やる事もないので工房内の掃除をしていた。
「掃除、掃除っ、そうじーはーハサキの
ためー、なーのよー」
はたきを持って背の届かない棚の上をつま先立ちになって埃を落とそうとしていると、工房の扉が開く。
ん?
チェシャは疑問に思った。
出入口の扉はカギを閉めてある。単純だが、鍵の無い者が扉を開けたことになる。
固まって工房入り口付近に集中するチェシャの目に映ったのは。
「あら」
黒い長髪。いつもの穏やかな微笑み。すっきりと伸びた背筋。
年上の少女は相変わらず微笑みを絶やさない。読めない表情に、チェシャは尋ねた。
「サワグタリじゃない。どうしたの?」
この時間帯、サワグタリは領主の娘として個展に出席しているはずだった。本人が昨日そう言っていたのだ。
「そういうチェシャちゃんこそ。個展、見に行かないんですか?」
「ふん。私はお留守番よ。これも大事なお仕事なんだから!」
「なるほど~」
「サワグタリは個展帰り?」
「まあそんなところです。人、
「ふーん……」
「チェシャちゃん、行きたそうですね?」
「そ、そんなわけないじゃない。留守番任されてるの!」
「――私が代わりましょうか?」
一瞬、サワグタリの表情が見えなくなった。
チェシャはじっとサワグタリを見上げる。
いつもの微笑みだ。まるでそれ以外を知らないみたいな顔。だから余計に、『見えない』。
サワグタリは常に笑う。
偽の名と共に。本心を見せないで。
「だめ。これは私の大事な仕事だもの」
「そうですか」
「……」
「……」
敵意はない。
害意もない。
チェシャはこの女からそういった悪い感情を感じたことがない。
サワグタリは淡々と必要な処理でもこなすかのように言葉を並べている。
「これからでもいいから個展、行きませんか?」
ただし、ふいにチェシャの背筋が震える時がある。
それはチェシャの勘だ。直感が囁いているのだ。サワグタリは何かを隠していると。
「……あんた、なんかおかしくない? なんでそんなに私を個展に行かせようと……というか、
「……」
「そもそもあんた、今日は領主の娘として個展に出るって言ってたじゃない。まだ個展始まって数時間よ、そんな簡単に帰れるものなの? 突然どうしたのよ」
「ちょっと忘れ物しちゃって?」
「なんでハサキの家に忘れ物があるの?」
サワグタリは困ったように目を細める。あくまで
しばらく……目線だけが交じり合う時間が過ぎた。
「いやあ、まさかチェシャちゃんがいるとは思いませんでした。これも運命なのかもしれませんね」
「な、何の話よ」
「私が知ってる未来は断片的なんです。過程まで分かるわけじゃない」
サワグタリはそう言うと、チェシャの存在を無視するかのように歩きだした。――行く先は工房の隅にある階段。地下室へと続く唯一の道。慌てて後を追った。
「ちょっと! そこ入るの、ハサキがいっつも駄目って言ってるじゃない」
「その理由まで考えたことはありますか」
「え?」
一歩。これまでずっとハサキによって制止され続けていた階段に踏み入れて、一段下がったところからサワグタリが顔を上げる。
陽光も僅かしか届かない地下への下り道。曖昧な影が女の顔に奇妙なものを映し出す。――チェシャは見た。確かに、見えた。
「ねえチェシャちゃん」
いつも読めなかったはずの女の顔に浮かび上がった、確かなもの。
誰かの、何かの秘密を暴きたくて仕方がない、墓荒らしのような――情熱に浮かされ嬉々とした、楽し気なそれ。
知っている。未踏の冒険に憧れ、その道を選んだチェシャには分かる。
「ハサキ様の聖域、知りたくないですか?」
これは、探索者の顔だ。
◇
「よう」
付き合いで来たということだろう。暇な奴だ。
「盛況だな」
「おかげさまで?」
「なんで首を傾げるんだよ」
「こんな扱いされる武器を作った記憶がない」
「言うねえ」
いつものように浅く笑う男が、あまり情の乗っていない目でこちらをじろじろと見つめてきた。頭のてっぺんからつま先まで何度も上下する瞳。
「しかしなんだ、今日はえらく……」
「なんだよ」
「……なんつうか、見違えて見えるな」
「失礼だな」
炉の熱気で外跳ねが強くなった銀髪は丁寧に梳かされ、緩い三つ編みにして肩から流されている。日に焼けたような浅黒の肌を控えめな化粧で整え、服に至ってはこれ以上ないほどサイズの合ったジャケットとパンツだ。
「隣に住んでる子が選んでくれたんだ。私にはわからないけど、似合ってるだろ」
「なるほど通りで。あんた、背も高いし鍛えてるもんな。シンプルでもまともな格好すればそれだけで様になるよな」
「裏のありそうな言い方」
ため息交じりに言い返すと、男も苦笑する。
「と、ところで」
仲介人がきょろきょろと辺りを見回している。
「あー。その、あの方はまだ工房にいるのか?」
「あの方? って?」
「いや、その……」
「歯切れ悪いな」
「ファンなんだよ。というか、誰だってそうだろ。英雄譚に誰だって憧れるもんさ」
……さっきから誰の話をしてるんだ。
「ほら、髪がばかみたいに長くて綺麗な娘だよ」
「ああ。サワグタリね。さっき会ったよ。主催者側で参加してる」
にしても、サワグタリのファン?
サワグタリとは偽名で、本当は領主の末娘だ。そんなことはこの迷宮街に暮らしていたらほとんどの人間は知っている。お忍びで街中に出ていることが多いらしいが、言ってしまえばその程度だ。まあ、見てくれは同性からしてもかなり整っているとは思うけど――。
「おいおい」
などと考えていると、呆れたように仲介人が目を丸くしていた。
そして。
「お前、あれがサワグタリ嬢に見えたのか?」