器仗神殺の剣   作:てりのとりやき

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そこに坂があり、嘘をついてばかりの私達

 

「――実は私、本物のサワグタリさんじゃないんですよ」

 

 かつん、かつん、と足音が四つ重なって響く。

 チェシャがサワグタリを引き留めず、こうして地下室へ続く唯一の階段を共に降りているのは、女がいきなり自身の正体について語りだしたからだ。

 

「ほ……本物のサワグタリじゃない?」

「ええ。私は国に仕える身の上でして」

 

 あと、本当はお酒も飲める歳です。

 

「……でも、本物のサワグタリだってあんたと同じ特徴なんでしょ?」

「必要があれば顔を変えることすら仕事の一環だって言って、チェシャちゃんは信じてくれますか?」

「……」

 

 一段先を行くサワグタリ――偽サワグタリの言葉は朗々としていて、石造りの階段が余計に粗く感じられる。重く早打つ鼓動に手を震わせながらも、チェシャは下唇を噛んで女の後を追う。階段は短いようで、尚も続く。

 

「今回、ハサキ・ノバク氏に対して極秘での調査が行われました。私はその、諜報員というわけです」

「な、なんでハサキに。ハサキは犯罪とかそういうの、やる子じゃないわ!」

「子、ですか」

「なによ!」

「いえ。……まあ結局、私では立ち入ることのできない信頼関係でしたね、と」

 

 もはやチェシャは偽サワグタリの語る内容に喉を鳴らして聞き入る他ない。

 

「国は再三に渡ってハサキ・ノバク氏に対し、武具制作に必要な物資が多すぎるのではないかと疑義を突きつけています。チェシャちゃんも似たような話をハサキ様の周囲の人々から聞いたことはありませんか?」

「そういえば仲介人のおじさんがそんなこと、言ってた気も、する……けど」

「我々の所属する『王国』は巨大であり、列強国であり、戦争中毒です。戦費のこともありますし、何よりお国の予算というのは限られているものですから、やはり莫大な費用を消費してばかりの業務や部門というのは糾弾の対象となりがちなんです。そういう訳でずっと前からハサキ様へは国から明確な使用用途の報告要求がありました。それをのらりくらりと交わすハサキ・ノバク氏へ、ついに実行調査の結論が下されたのがつい半年ほど前のことです」

「そんなに前から……」

「とはいえ、稀代の天才“槌典(スレイヴイレス)”の生み出す武具は独創的で――かつ非常に有益です。ハサキ・ノバク氏にへそを曲げられて別の国に亡命などされてはたまりません」

 

 そういうわけで。

 と偽サワグタリはぴんと人差し指を立てた。

 

「国は極秘の内定調査を行うこととしました」

 

 つまり、その『極秘の内定調査』のために派遣されたのが、今目の前を歩く偽サワグタリ――女ということになる。

 チェシャは何を言えばいいのかもわからなくなった。

 ハサキは絶対に悪い事はしてない。そう信じている。けれど、(偽サワグタリの言う事が本当なら)ハサキは何かしらの悪事に手を染めている可能性が高い。ぶっきらぼうで、他人とあまり関わろうとしなくて、けれど自分だけは側に居させてくれた年上の同性の……大事な人が。

 ――横領。

 13歳の少女が思い浮かべるにしては重すぎる言葉が、現実感を伴って襲い掛かった。

 

「ハサキはそっそんな悪いことしないわ!」

「ハサキ・ノバク氏の周辺調査に4か月。この(・・)街の(・・)領主(・・)に協(・・)力を(・・)取り(・・)付け(・・)身分を偽り、本人に接近しての調査に1か月。……私の出した結論はこうです」

 

 偽サワグタリはもはやチェシャの言葉を聞いていないかのように続けた。

 

 

 

 

「ハサキ・ノバク氏は、伝説級(スレイブイ)迷宮武装(レスシリーズ)を複数製造・隠匿所持している。

 ――この地下室に」

 

 

 

 組織というのは、組織のお金を勝手に使われることが大嫌いなんですよ。

 階下。地下室の扉を前に足を止めた女が、振り向きざまにそう呟いた。張り付けたような微笑みは変えずに。

 

「じ、じゃあ、なんで分かっててハサキはあんたを側に置いてたのよ! 私でもあんたが時々おかしいこと――ばれないように地下室へ行こうとしてたの、わかったのよ! ハサキだって……ハサキだってあんたが一人で何をしてるかすっごく気にしてた! だけどあんたには問い詰めなかった!」

 

 それって……。

 

「あんたを信じてたからでしょ? あんたを疑ってても受け入れたからでしょ?」

「もしくは疑われるような悪いことはしていない……と自信を持っていたと?」

「そう! そうに決まってる。だってハサキは……ハサキは……!」

「では何故、この扉の奥にある地下室へ入ることを誰一人として許さなかったのですか?」

「――」

「13年来の付き合いであるチェシャちゃん、あなたでさえもハサキ様は許していなかったんですよ」

「――っ」

 

 思い出す。

 そう。そうだとも。ハサキは一度もチェシャを地下室へ招いたことがない。それとなく阻み、あるいは明確に制止したのだ。誰一(・・)人分(・・)け隔(・・)てなく(・・・)。戯れに地下室へ行こうと階段に足を向ければ慌て(・・)たよ(・・)うに(・・)大股に肩を掴んできて、それが、それが……楽しかった。鍛冶で忙しくて相手をしてくれなかった時もちゃんと構ってくれて嬉しかった。最初の頃は気になった地下室の中身も、徐々にどうでもよくなった。

 ハサキが――姉であり母であり隣人であり大事な人であるハサキ・ノバクが、自分を見てくれたから。

 たったそれだけでよかったのに。

 

「なんで? どうして、ハサキは……」

 

 いつの間にか、自身の足も動きを止めていた。見下ろしていた女を、あごを上げて睨むことしかできない。

 チェシャの目の前に自分よりも背の高い女がいた。ハサキを追い詰めるために整形し年齢も身分も偽るような女が。

 そしてその奥に、ハサキの秘密が、ある。

 

「私はハサキ様じゃないですから。あの人が何を考えているのかまではわかりかねます」

 

「でも、憶測ならば一つだけ」。女が扉の取っ手に触れる。

 そっと、力を込めていく。

 

「待っていたからでしょう」

 

 何を。

 

「――裁きを」

 

 そして、言葉と共に扉を開き。

 重苦しい軋みで地下室への道が、

 

 

 

「さあ、チェシャちゃん?

 ここが分岐点ですよ」

 

 

 

 女は、地下室の全貌をその背に隠し、チェシャの前に立ち塞がった。

 微笑みの質はずっと変わらない。読めない感情が、何者かも分からない『何か』が、チェシャを熱情で緩む瞳によって見下ろす。

 

「この先を覗き見るか。

 ハサキ・ノバクという人間の神域から目を逸らすか」

 

 何を、言っているのだろう。

 今さらになって。

 

「逃げればあなたはこれまでと変わらない日常を送れるでしょう。

 ハサキ様は変わらずあなたを愛し、あなたもそれに応えることができる。

 ですがあなたは鏖殺(みなごろし)に至らず大成は叶わないでしょう」

「あんた。あんたは……」

 

 もはやチェシャには理解できないことだらけだった。

 目の前の女も。ハサキの隠し続けることも。

 

「なに、なんなの……?」

 

 ――神域だと? 分岐点だと?

 

「私たちの前にいきなり現れて、地下室に何度も入ろうとして、こそこそ嗅ぎまわって胡散臭くて! おまけに本物のサワグタリじゃないとか言い出して!! なのにいきなり『選べ』なんて、――卑怯よ!」

 

 そんなもの要らない。必要なかった。

 ハサキとの間にあればいいのは二人きりの時間でよかった。それがハサキにとっての聖域なら、それで、不満なんてなかったのに。

 これまで続いてきた全てが、これからも続いてくれればいい。

 そんな願いはあっさりと破り捨てて、全てこの女が暴き立てようとしている。

 

「一つ助言を」

 

 許せなかった。

 憎みたかった。

 いっそ泣き叫んでみたかった。

 だけど、女が構うことなく言うのは。

 

「私の持つ“十二分割された真理”は、結末を幸福なものだと謳っていますよ」

「――」

 

 真理。

 十二分割された真理。

 チェシャとて探索者の端くれだ。知らないはずがない。

 

「あんた……まさか……!」

「今この時に、私が何者であるかなんて、どうでもよくないですか?」

 

 偽サワグタリは――いいや、偉大な伝説の一つは、何てことのないように言ってみせる。

 変わらぬ微笑みで。

 未踏の冒険を求めて衝き動かされる、探索者の眼差しで……!

 

「………………ハサキは」

「……」

「ハサキは、悪い人じゃないの。手先は器用なのに、鍛冶師としてとっても凄いのに、人付き合いが下手で」

 

 だけどね? 

 

「だけど私がまだ1歳にもなってない頃から世話をしてくれたのよ」

「承知しています」

「あんまり褒められた両親じゃないって自分でも思うの。だって、まだお乳を飲むくらいの赤ん坊を……自分たちの子供をね、ただ家が隣で親しいからってだけで、まだ13歳だったハサキに預けるのよ。託したの。そうしてまで地下迷宮の研究に没頭しているんだから、酷い親よね」

 

 だけどハサキは受け入れてくれた。

 寂しい時は一緒に寝てくれた。駄々をこねて泣いてばかりだったのに泣き止むまであやしてくれた。風邪を引いたときにずっと側に居てくれたことを未だに覚えている。母親だと勘違いして、本当の両親は自分よりも迷宮にばかり熱を上げていて、そんな現実を許せなくて誰彼構わず怒っていたときも素敵な言葉でささくれた心を溶かしてくれた。

 これから何が起きたとしても、これまでの何もかもが変わるのか? ――そんなはずはない。絶対にないと、チェシャは言い切れる。

 

「――ええ、そうね。あんたが何なのかなんて関係なかった」

 

 ハサキはハサキだ。自分にとっての彼女が何なのか、今更悩む必要はどこにもない。

 だから、チェシャは、知りたいと思った。ハサキが隠そうとする全てを。これまでの関係に終止符を打つほどの闇が潜んでいたとしても。

 

「あんたが何なのかもう聞く気はない。ただし忘れないことね」

 

 自惚るな。そういう意思を込めて、隣に立つ女を睨む。

 ――伝説がどうした。

 

「これは私の選択よ。私が選んだの。私が決めたのよ。ハサキと生まれた時からずっといる私が、ハサキの全てを知りたいから!」

 

 チェシャは地下室のさらに奥へと向かう。その後を、女も付いていく。

 そして、扉の先には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前が、いて。

 お前を殺したくて。

 殺したいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この6年間お前を殺すことだけずっと考えてた。

 ずっと考えてるだけだった。

 

「本当に、得意になれたらよかったのに」

 

 地下室の奥へと向かう二人の背を見て、声を上げずにはいられない自分に気づく。思わず口元に手をやって、笑っていることにも。

 ようやくだ。

 ようやく来た。

 避けようのない運命。

 変えようもない現実が。

 

 

 

 ――喉を取った。

 騒がれたくなかった。

 ――腕を取った。

 たぶん意味はなかった。

 ――足を取った。

 何も感じなかった。

 ――剣を突き刺した。

 そうして私の神が完成した。 

 芋虫に爪楊枝を突き刺すときっとあんな感じ。

 無様な神。

 いつか殺す神様だ。

 でも、いつなら殺せるのだろう。

 ……その内ただ眺めるだけになって6年が経った。

 

 

 

 ようやく、終われる。

 行き先を失って久しい罪は、こうして暴かれる時を待っていた。 

 

(おまえ)を殺すことは得意にならないといけなかったね」

 

 私は笑って地下室へと降りていく。

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