『救界』とかどうでもいいから彼女を推したい   作:シティー

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黎明

 

 

 

 

 

 

 

 【天球神】コイオスに召喚されたバーサーカー……クー・フーリン・オルタは紛うことなき大英雄である。ケルト神話随一の英雄にして、魔槍ゲイ・ボルクの使い手。

 必殺の因果を確定付ける一撃は並一通りの英雄では対処のできない代物だ。

 亜種聖杯戦争で召喚できれば、勝利は約束されたものだろう。

 端的に言えば、何者も敵わない化け物。

 その強さは、現時点のこの世界で最も強い【静寂】と【暴喰】を凌ぐ。

 そんな大英雄の彼はいま――――

 

 

「お前は、何者だ」

 

 

 ――防戦一方の状態を強いられている。

 

 彼が大英雄であれば、現れた()()は怪物である。

 その原因の一つは、怪物が前述したように、圧倒的な相性の悪さだった。

 

「ただの怪物だよ」

「攻撃が効かない……いや、俺の攻撃全て吸収されているだと……?」

「その通りだ」

「っ!」

 

 身を真っ黒に染めながら化け物と化した少年は英雄に特攻する。

 漆黒の光景に唯一光る鈍色の誓剣を防ぎながら、狂戦士は思考を回す。

 

 先程の戦闘がお遊びのように豹変した眼前の小僧。スピード、技能、魔術の全てが上昇しただけではない、傷を負うごとに()()()()()()

 一度槍で突き刺せば、這い寄る闇は濃くなり。

 二度槍で切り裂けば、獣の如く荒々しさを増し。

 三度槍で貫けば、実力差を更に埋めてくる。

 実際、最初は防御の必要がなかった攻撃も、今や回避を取らねば戦闘続行に関わる。

 

「考えている暇があるのか?」

「な――ッ!」

 

 彼我の距離を一瞬で埋めた少年が、袈裟状に狂戦士の胴体を浅く斬り裂く。

 

「貴様……!」

「……く、くははははは! 通った、通ったぞ、クー・フーリン! 罠魔術(搦手)などではない、正真正銘の怪物(おれ)の一撃が、英雄(おまえ)に!!」

 

 浅く、致命傷とはお世辞にも言えない傷。

 

 されど、かの大英雄が初めて僅かな血を流した。

 オラリオの英傑たちは歯が立たなかった英雄に、小さくも大きい一閃を下した。

 少年は歓喜に震え、英雄は赫怒に燃える。

 たかが子供に攻撃を与えられたという事実が、英雄のプライドに大きな傷をつけた。

 

(マスター、俺に第二宝具の使用許可を寄越せ! あの小僧はここで殺す!)

 

 そう、彼はまだ本気ではない。

 コイオス(マスター)に縛られ、バーサーカーの霊基になった最上の力を出せずにいるのだ。

 故に念話の魔術で言葉を叩きつける。

 獲物から敵に変わった少年を抹殺するために。

 しかし、返ってきたのは驚愕のものだった。

 

(だめだよ! もっと戦いを引き伸ばしてくれ!)

 

(おい、何を言っている? 俺たちの邪魔をするやつなら殺すべきだろう)

 

(せっかくの“呪厄”のサンプルが取れそうなんだ! こんな千載一遇の機会を逃すわけにはいかないよ!)

 

(ふざけるな! 俺の直感が言っている、あいつはここで殺さねばならない!)

 

(やったー! 僕の研究がまた一歩進むぞぉ!)

 

「あのクソ野郎が……!」

 

 召喚当時から気に入っていない主人に、思わず本音が漏れる。

 己の趣味に没頭してしまえば、あとは此方の言うことなんぞ聞くわけがない。

 如何にも“らしい“魔術師に狂戦士は舌打ちをする。相対すれば分かる、ケルトの地で殺してきた魔獣よりも目の前の()()は異常であった。

 

「調子に乗るなよ――【蠢動しろ、死棘の魔槍】」

 

 故に、今出せる最大限で怪物を殺す。

 今の英雄に油断も驕りも無かった。

 狙いは心臓、たとえ防護魔術(アイギス)で防がれたとしても俊足をもって心臓を抉る。

 必殺の信念を込めて、彼は宝具を放つ。

 

「【抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)】!」

 

 影の女王から賜った魔槍は寸分違わず少年の心臓は向かい、

 

「我が呪に御されよ――【呪縁招来(エレンホス)】」

「なん、だと……?」

 

 少年の手前で停止した。

 必中の命令を強制的に排除された呪槍は機敏さを失い、重力のなすがままに地面に落下する。

 

「貴様……俺の呪いを、完全に手中に置いているのか!?」

「だから言っただろう? 俺とお前の相性は最悪だ、と」

 

 生物の頂点に立つ竜種が、下位生物を呑み込むように。

 神代の術式が、現代の神秘の薄れた魔術を打ち砕くように。

 英雄の呪と怪物の呪は格が違った。

 神話の怪物、紅海の魔獣クリードごときでは敵わない、神代以上の呪い。

 少なくともバーサーカーは生前そのレベルに会ったことは無かった。

 

「俺はエルフの罪の証で、千年間も熟成された呪いだ。とくと味わってくれよ」

「……なるほどな。確かにお前はこの霊基の俺にとって天敵のようだ」

 

 認めよう。

 戦闘以前に、相性では確実に負けていると。

 

「俺は以前の記録で【狂王】を名乗っていた」

「……」

「そして、今のお前に相応しき称号――【呪王】を贈ろう」

 

 狂戦士にとって、眼前の怪物は『王』を名乗るに値するほどの脅威であった。

 マスターからの許可がおりなければ、敗北することはないが勝利することもない。

 

「だが」

 

 しかしだ。

 仮にも神代の魔獣を軽々く超える呪い。

 

「その状態はいつまで続くんだ?」

「っ……!」

 

 その一言を呟いた瞬間、少年の身体の至る所から血が噴き出した。

 狂戦士はそれを見て、やはりなと納得した顔を浮かべた。

 

「おいおい……まだ3分も経ってないだろ……」

「神代以上の呪いを人の身で受けられるはずがあるまい。何らかのサーヴァントが混ざっているようだが、神性も持たぬ分際では無意味だ」

「……」

「お前が呪いそのものと化している間、一体どれだけの寿命が削られているのだろうな」

 

 押し黙った少年は下唇を噛む。

 暗に狂戦士の指摘を認めているようなものだ。

 しかし、同時に薄い笑みも浮かべた。

 

「貴様、何を笑っている?」

 

 狂戦士は勘違いしている。

 この戦闘の彼の目的は狂戦士に勝利することではない。

 確かに彼は英雄の名に恥じない強さを持ち、オラリオの英雄たちが束になっても敵わないだろう。

 だが、それでも彼は――

 

「――お前はサーヴァントだ」

「……っ、まさか……」

「やっちまえ! アリーゼ、ガレス!!」

 

 裏路地に少年がどれだけ傷つこうと身を潜めていた二人が、向かって左の廃屋に突撃する。

 そこは一般人にとって、何の変哲もない廃屋だ……()()()()()()()()()()()ことを除けば。

 そして、その廃屋はバーサーカーにとって見え覚えのありすぎる場所であった。

 

「戦士ならば戦場に出てこんか!!」

「ひぃぃぃぃ!! 隠蔽してたはずなのに何で分かったんだ!?」

 

 軽く強化されていた廃屋を、歴戦のドワーフは膂力のみで吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたそこには、学者風の神が顔を青くしながら頭を抱えていた。

 

「うちのハイエルフの索敵を舐めた結果じゃ。そして、」

「私の仲間をよくも痛めつけてくれたわね!」

「なっ、アリーゼ・ローヴェル!?」

 

 灼熱に燃ゆるエンチャントは、彼女の怒りの現れか。

 一番の歳下を殺そうとする者への怒りに加え、何も出来ない無力な自分への怒り。

 橙赤色に輝く細剣は、コイオスの左手を切り飛ばした。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!!」

「あなたは、此処で倒す!」

 

 切り口をも火傷させる業火が再びコイオスに迫る。

 援護に加わるドワーフと共に、確実に彼を無力化させようとする。

 

 彼女たちの奇襲は完璧だった。

 少年の願い……『何処かに隠れている学者風の神を倒してほしい』に応えるために、ガレス、リヴェリア、アリーゼは尽力した。

 リヴェリアが狂戦士と天球神の微弱な繋がりを探し、ガレスがレベル5の力をもって顕にさせ、アリーゼが死なない程度に無力化する。

 

 ……ただ一つ。

 ただ一つ過ちを挙げるとすれば。

 少女は、先程の少年を彷彿させる左手ではなく、赤き紋章が刻まれている右手を切り落とすべきだった。

 

「来い、バーサーカー!!」

「はぁっ!」

「きゃあ!」

「ぬおお!!!」

 

 神の右手が赤く輝いたのち、瞬間移動した狂戦士が英雄たる力を持って二人を弾き飛ばした。

 令呪のバックアップもあり、二人はゴミのように吹っ飛ぶ。奇しくも飛ばされた先は、苦痛に喘ぐ少年の元だった。

 

「令呪の瞬間移動、一画を使ったか……!」

「その通りさ! バーサーカー、離脱するよ!」

「っ、待て!」

 

 追いかけようにも、呪いの代償と戦闘の疲労で少年の足は踏み出すことが出来ない。

 バーサーカーは舌打ちをしながら、コイオスを抱えて走り去っていく。

 先が無くなった左手の付け根を抑えながら、コイオスは笑顔で言い放つ。

 

「抑止の使徒よ、初戦は痛み分けだ! 次会う時は更なる絶望を約束しよう!」

「くそが……!」

「君の奮闘に敬意を称して僕らの名前を教えてあげる!」

 

 高らかに、誇りを持って、残忍に。

 バーサーカーに抱えられるコイオスは声高く叫ぶ。

 

「僕たちは『黎明の神代史』! この世界を終わらせるためにやって来た、君たちの敵だ!」

 

 それが、永い対抗関係となる『黎明の神代史』との最初の戦いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「がはっ!」

「ラクス!!」

 

 倒し損ねた神が完全に見えなくなった瞬間、ラクスは私の隣で大量の血を吐き出した。

 膝をつくラクスにすぐさま駆け寄る。

 既にあの禍々しい闇は晴れており、血の赤で服を染めている以外はいつものラクスだった。

 赤のカーペットを作った彼は、肩で呼吸しながら意識を朦朧とさせている。その惨状に胸が締め付けられるけど、感傷や反省は後だ。

 私は手持ちのポーチからポーションを取り出す。

 

「ラクス、ポーションよ、飲める?」

「がふっ……いや、ポーションは要らない」

「こんな時に何言って……!」

 

 こんな状態でも強がる彼を見ていられない。

 彼の左腕が抉られたときだって、一目散に駆け出したかった。

 踏み止まれたのは、彼からの初めてのお願いがあったから。

 

「いいから! 早くポーションを飲んで、」

「本当に、大丈夫なんだ」

「だから強がらないで……えっ?」

 

 こうなったら無理やり飲ませてやると意気込んで、言葉を失った。

 ()()()()()()()()()()()()

 夥しい刺し傷は塞がり、美しい顔に付いていた切り傷も治ってゆく。

 

「これは……」

「俺の、スキルのようなものだ。あと数分もすれば外見は取り繕えるだろう」

 

 傷は治っているというのに、彼の顔色は一向に良くならない。

 今にも死んでしまいそうな、病弱な死人の顔。

 そんな彼の様子にどうしても胸の締め付けが強くなって、両手で思わず彼の左手を握った。

 

「なっ、何をして!」

「お願いだから、もっと私を頼って!」

 

 彼の身体が、硬直したのを肌で感じる。

 

「何を言っている。どれだけ俺がお前に頼っていると思って、」

「嘘よ! 私は何も出来なくて、ようやくしてくれたお願いだって聞き届けられなかった!」

 

 そうだ。

 彼があの槍兵を食い止めてくれたのに、私はコイオスという神を倒せなかった。

 ガレスのおじさまも【九魔姫(ナイン・ヘル)】も手伝ってくれたのに、私がしたことと言えば左手を切り落としただけ。

 

「肝心の二人に逃げられて、ラクスは一番傷ついて!」

 

 何と無能なんだろう。

 最初の時点でつまらない意趣返しなど考えず、首を狙えば良かったんだ。

 神殺しの大罪に怯えたせいで、何の成果も得られず彼の願いも遂行出来なかった。

 無力さに、瞳から涙が溢れる。

 

「はぁ……令呪を一つ使わせた時点でほぼ勝利なのだが、それで納得はしてくれないよな」

「え……?」

 

 涙を拭われて、初めて彼の顔を直視する。

 申し訳なさそうに、それでいて困ったように笑みを浮かべるラクス。

 仮面のない、ほのかに赤みがかった頬は、かっこいい顔と相まって一種の絵画のようだった。

 

「左手を狙ったのだって、俺が左腕を断たれたからだろう?」

「……うん」

「俺のためにしてくれた行いを無駄と思うな。俺はその事実だけで嬉しいんだ」

 

 まるで人格が変わったように、いつもは発さない言葉を私に向けた話す。

 不自然さに私を元気つけるための嘘かとも思ったけど、恥ずかしそうな顔を浮かべる彼を見て本音だと気づいた。

 

「ただ、どうしても自分を許せないなら、一つ願いを聞いてくれ」

「私にできることなら、何でもする」

 

 私の言葉に、彼は一瞬物凄く顔を紅潮させたけど、直ぐに平常に戻る。

 目をウロウロさせながら、彼は意を決したように言い放った。

 

「俺の身体が完全に回復するまで、手を握っていてくれないか?」

「え……、そんなことで、いいの?」

「ああ。俺にとっては千金に値する」

 

 そう言われて、私は握る力をさらに強くし、ラクスを引っ張って私にもたれ掛からせる。

 疲労の極みに達している彼は抗いようもなく私の胸にポス、と身体を預けた。

 

「……………………………………ふぁっ?」

「これくらいは、させてちょうだい」

えちょっと待ってこれは流石にやばいってというかこの柔らかさは反則で

 

 変な声が聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだ。

 彼はピクリと身体を硬直させて、何かぶつぶつと呟いていたけど、私に退く気が無いと分かると観念したように身を預けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっほっほっ、あの様子なら小僧は大丈夫そうじゃのぅ」

「完全に入るタイミングを失ってしまいましたねぇ」

 

 微笑ましそうに斧を担ぐガレスとラクスに細い目を向ける輝夜。

 二人の視線の先には、抗うことを止め今は安らかな寝息を立てているラクスと、頬を緩ませてその頭を撫でているアリーゼ。

 輝夜は以前とはまた別種の警戒を帯びた視線をラクスにぶつける。

 

(まさか団長が知らぬ間に落とされていたとは、我々もラクスに関する認識を改めねばならないな)

 

 少年と少女が作り出す雰囲気はまさに男女の()()だ。

 少女の方に自覚は無いだろうが、少年は仮面を外し表情が見えたことで聡い輝夜には一目で好意を見抜かれている。

 現状を把握して、大きなため息をつき、民衆の避難に向かった青二才に今だけは感謝をする。

 

「これは大変なことになるな」

 

 言葉とは裏腹に輝夜は小さく笑みを浮かべていた。

 今回の戦闘でラクスに対する疑念や忌避感はほぼ無くなったと言っていいだろう。

 あれだけ身を賭して戦う子供を見て、今まで避けていた自分たちが恥ずかしくなるほどだ。

 他の【アストレア・ファミリア】の誤解を解き、近いうちに暴走するであろう百合エルフを止める。

 課題はたくさんある。

 

 ……ただ、目下の一番の問題は――

 

 

「して、ハイエルフ様。いい加減戦闘態勢を解いてもらってもよろしくて?」

 

 

 ――未だに魔法の杖をラクスに向けているリヴェリア・リヨス・アールヴだった。

 

「その通りじゃ。フィンに言われた事は分かるが、あやつは味方、これは揺るぎない事実じゃよ」

「わたくしが言えたことではございませんが、まるで宿敵に向けるかのような表情、やめていただけますか?」

 

 ガレスがやんわりと休戦を促し、輝夜が自分を棚に上げて毒づく。

 二方向からの指摘に、リヴェリアは苦い表情で杖を下げた。

 

「【大和竜胆】、ギルド本部で行われる明日の派閥会議にあのエルフも連れて来い」

「随分と偉そうな物言いですね。一番尽力した彼は安静にさせてあげたいのですが」

 

 輝夜は本心の言葉だった。

 繋がったとはいえ、左腕を抉り飛ばされているのだ。たかが一日で疲労が回復するとも思えない。

 戦う者としては当たり前の指摘に、ハイエルフは首を横に振った。

 

「ダメだ。私は()()()()()()()あいつに問いかけねばならないことがある」

「……ラクスの体調を優先させてもらうぞ」

「ああ、それで構わない。行くぞ、ガレス。団員たちが次の指示を待っている」

 

 言いたいことは言い終わったと彼女は足を早めて戦場から離脱した。

 ガレスは奇怪な視線を向けながらも、軽く輝夜に謝罪の意を伝えリヴェリアの後を追うのであった。

 

(アールヴとして、か。一体ラクスは何を背負っているんだ)

 

 思考の沼にハマろうとして、すぐさま断ち切った。

 今すべき事はラクスを治療院に運ぶこと、民衆の避難は【ロキ・ファミリア】と青二才に任せる。

 戦闘を全て押し付けてしまったのだから、後のことくらいは完璧に行わねば、正義の派閥の名が廃る。

 思考を停止し、輝夜は陰鬱な様子で未だお熱い雰囲気に割り込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか、アストレア」

「……ええ、話って何かしら、ミアハ」

 

 其処は寂れた酒屋。

 店主は強面の大男で、他に人の類い、ましてや神なんぞ居るはずがない。

 そんな秘密話をするにぴったりの場所に、アストレアは呼び出されていた。

 時刻は夕暮れ時、医神ミアハは暗黒期という時期にも関わらず、酒屋で人を呼び出した。

 彼の生真面目な性格からは考えられない。

 

「ここは私の秘密基地のようなものだ。店主の口は硬く、ここで話したことは闇派閥(イヴィルス)どころかロキ達だって伝わらないよ」

「……そうなのね。貴方がお酒なんて祝い事でしか飲まないと思っていたわ」

 

 先に来ていたミアハの机には度数の高いボトルが三つ開けてあり、かなり酔っている様子だった。

 

「ああ、私は普段祝い事でしか飲まない。だが、飲まないとやってられない、という時もあるんだ」

「……ラクスのことかしら?」

 

 ラクスという単語を聞いた瞬間、ミアハは目をこれでもかと開き、唇を噛み締める。

 店主に頼んでオラリオでも有数の神酒(ソーマ)にも劣らないお酒を、ミアハは一気に飲み干しジョッキを机に叩きつける。

 彼らしくない状態に、アストレアはただ眉を顰めた。

 

「私は、何人もの子たちを見てきた、医者だ。それなりの腕があると自負している」

「ええ……貴方ほどの医者は見たことがないわ」

 

 人間どころか神ディアンケヒトも敵わない医療の腕、それがミアハという神。

 そんな彼が、悔しそうに、または恐れるように、身を震わせている。

 

「――だが、私はまだまだ半人前だった」

 

 ぽつりと、本音が漏れる。

 

「あの子を診療したとき、何らかの呪いに侵されているのかと思った。暗黒期ゆえに、呪詛(カース)でも喰らってしまったのかと」

 

 アストレアは想起した。

 件の少年と初めて会った、彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あの日のことを。

 

「それは間違えだったッ!!」

「……っ!」

 

 弾かれたように顔を上げたアストレアは、苦痛に歪む男を見た。

 

「呪いに侵されているのではないッ!! アレこそが呪いに他ならなかったのだ――――ッ!!!!」

「何を、言って……」

 

 男は感情が昂るままに、机の上に拳を叩きつける。

 衝撃でボトルが数本割れ、破片が男の手を汚すが、男は一瞥も与えずに話を続ける。

 

「私はアレを断じて子供とは認めんッ! 神さえも殺しかねないッ、人の身に過ぎたアレを私は愛さない!!」

 

 再び、度数の高いアルコールを煽る。

 焼き尽くすような高揚は男の喉を突き抜け、脳に微かな安らぎを与えた。

 文字通り、飲まないとやっていられないのだ。

 

「私は、正気だ」

「ミアハ……」

「私は、子供たちが大好きだ。悩んでいれば共に悩み、傷ついていれば癒やす。それが私の信念だ」

「…………」

「そして共に歩んで、子供たちの成長を見守りたい」

 

 彼ほどの善神は片手で数えられる程度であろう。

 実際、歴史が通常通り紡がれれば、彼は一人の眷属のために膨大な借金を背負うことになる。

 神の矜持も、子供のためならドブに捨てる、そんな男神なのだ。

 

「だが、アレだけは違うッ! アレは愛しい子供たちじゃない――――ッ!!」

 

 怯えた声で神は言葉を紡ぐ。

 

「呪いというのも烏滸がましい……アレは、まさに――――」

 

 

 

 ――――――呪王だ。

 

 

 

 奇しくも、狂王が少年に贈った称号と一致していた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、私が何故こんなことを……」

 

 故郷の小太刀を携えながら神ミアハが展開した治療院に向かうのは、【アストレア・ファミリア】副団長、ゴジョウノ・輝夜に他ならない。

 本来ならば団長と主神が末っ子の見舞いに行くはずだった。

 しかし、団長は末っ子を治療院に送った途端、我に返ったように顔を赤くして部屋に篭った。

 おおかた、自分がしていた行動を客観視してしまったのだろう、少年を自分の胸に抱き寄せたという事実は彼女の羞恥心を現在進行形で抉っている。

 

「アストレア様も神ミアハに連れ添ってしまったからといって、私が行くことになるとはな」

 

 主神も医神からの伝言でどこかに行ってしまった。

 神ミアハの善寄りの性質から変なことはされないだろうが、伝言を聞いた主神の青白い顔を思い出すと背筋が凍る。

 そして残った者のうち、副団長たる輝夜に白羽の矢が立ったというわけだ。

 

「おい、ラクス。居るか?」

 

 回想をしているうちに、彼女は犬人に教えられたラクスが居る部屋に着いていた。

 軽くノックをするのだが、返答は来ない。

 寝ているのか、と当たりをつけるが直後の声でその予想は裏切られる。

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

「悲鳴っ、ラクス、入るぞ!」

 

 中から悲鳴が聞こえて、ドアを吹き飛ばす。

 

 ……思えば、アリーゼでもなく、アストレアでもなく、輝夜が来たのは正解だった。

 ドアを開けた先にいた少年は……

 

「うわぁぁ! 俺は、俺は何てキザなセリフを!? 何が手を握っていて欲しいだ! 推しを汚すなこのクソ雑魚童貞!! しかも、あの感触のまま眠りについただと!?」

「……………………………………へ?」

「誰か、誰か俺を殺してくれぇぇぇぇ!!!」

 

 ……枕を抱きしめながら、足をジタバタさせる、今までの印象とは540度違う様子だったのだから。

 

 

 

 

 

 




 シリアスは一旦お休みで、ギャグに戻ります。
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