ナーヴギアで焼き芋作ったら日本を救えたらしい 作:エヴォルヴ
キリトーマスの秘密
実は多言語を話せる。キリトは日本語、英語、ドイツ語、ギリシャ語など。トーマスは日本語、英語、フランス語、チェコ語、古ノルド語など。
これを習得するまでに二年程度しか使っていないと言えば、変態具合が伝わるだろうか。
寒空が広がる今日この頃、俺はぼんやりと注文したエスプレッソを眺めていた。
「おーい、瑞理ー? 聞こえてるかー?」
「んあ? ……ああ、聞こえてるよ。なんだっけ、ストーカー抹殺法が作られたことについて?」
「んな法律ねぇよ!?」
冗談だって。しっかり聞いてたよ。
俺と和人は、ハングドマン────焦園寺大獅さんに誘われて、ちょっとお高い喫茶店に来ている。完全個室で、仕事にも使うと言っていた場所に来ている理由は、今回の事件の顛末を聞くためだ。
「焦園寺さん、それで……ことの顛末は?」
「ああ……
へー……その人がどんな人なのかはさておき、殺人集団って、中々末法の世界じゃない? 日本って修羅の国なの?
「しかし、もう一人の主犯、
「ほーん……山寺さんってのは?」
「霞さんが潰した男さ」
ああ、あの強姦魔か。隣に座っていたルナさんの表情が強ばるのを感じながらも、俺は目の前の胡散臭いながらも筋を通す専務に続きを促した。
「彼が言うには、復讐、だそうだ。重要参考人として事情聴取を受けたという新川恭二氏の兄、新川昌一氏が言うには……歪んだ恋慕……らしい」
「恋慕ォ?」
「ああ。彼はバルバストルさん、あなたに想いを告げた。それを断ったのは記憶にありますか?」
「……はい。最初はやんわりと断ったんですけど、あまりにもしつこかったので、タイプじゃないことや、彼が好きじゃないとはっきり断りました」
一回断られたんだから、引き下がればよかったのに、と思ってしまうのは俺がそういう経験をしてきていないから、なのだろうか。でもなぁ……さっぱり切り替えられる男の方がカッコいいと思うんだ。
「しかし、彼は諦めようとしなかった。外側では引き下がったように見せかけ、あなたを狙っていたわけだね」
「ん? じゃあどうしてルナさんを殺そうとしたんだ?」
自分のものにしたいという恋慕があったなら、殺す必要もないだろうに。
疑問符を浮かべる俺に、今まで黙っていたシノンさん────朝田詩乃先輩が口を開く。
「誰かに奪われるくらいなら、ってことじゃないかしら」
「? どういうことです?」
「誰かに奪われるくらいなら、殺して、自分も死ぬ。そうすれば
「うへぇ……歪んでるなぁ……」
死んだら皆骨だけなんだよ? 心を通わせてもいない人が、死んだ後、一つになれるわけないのに。
「じゃあその人、ネクロフィリアだったのかな? 特殊性癖詰め合わせかよ」
「そうじゃないと思う、けど……」
違うんだ……なら、ただの犯罪者かぁ。……強姦魔に人権もくそもねぇや。
「とにかく、彼は事情聴取が続き、檻の中に入るそうだ」
「へー……そう……まぁ、それはいいや。結局死銃は何がしたかったのさ」
「狂人の考えは理解に苦しむが……まぁ、力を示したかったそうだ」
力を、ねぇ……あんな仮初の力を示して何が楽しいのやら。現実は現実、ゲームはゲーム。そうやって分けておくからこそ、ゲームというのは楽しいものだってのにさ。
「というか昌一氏ってどなた?」
「獣医学部の先輩ね。時折早退はするけど、優秀だって噂の」
へー……あ、もしかしてザザさんかな? あの人前に獣医を目指すとか何とか言ってたような気がする。VRゲームをやる余裕もないくらい勉強して、大学に入ったって聞いてたけど……人って本気になったらなんでもできるんだな。
「親の呪縛から解放されて、獣医の道を歩み出した昌一氏は次第に、VRゲームから離れ、弟とも疎遠になりかけていたらしい。だが、それでも兄として何かしてやれないかと考え、自分のアカウントを譲ったそうだ」
「それが……ステルベンだったのか」
「ああ。ステルベン……ドイツ語で死を意味する名前を使ったのは、己の弱さからの訣別の意味もあったらしい」
弱い自分は死んで、新しい自分へと生まれ変わる。だからこその、ステルベン。ザザさんなりの新川恭二氏への手向けだったのだ。……その結果がこれなのだから、報われない。
「昌一氏は聴取で、もっと弟を見てやるべきだったと後悔の念を露にしていたらしい。弟に手を差し伸べてやれば、こんなことにはならなかった、と」
「……」
俺は、恭二氏のことも、昌一氏のことも知らない。ましてや強姦魔のことも、ステルベンを操作していたであろう男のことも、何も。だから、何も言えないし、何も言わない。朝田さんは何かを知っているようだが、俺が詮索するような話でもないだろう。
「道は常に存在している。けど、それを見つけるのは難しい。特に、雁字搦めになっている時は」
「難しいこと言うね、和人」
「お前が言ってたことの受け売りだぞ、瑞理」
「そんなこと言った?」
「言ってた」
うーん、そんなこと言ってたかなぁ……俺ってその場の勢いで物を言うタイプだから、自分の言ったこと覚えてなかったりするんだよね。
あ、もちろん全部本気で言ってるし、嘘は得意じゃないから本当のことしか言わないんだけどさ。
「だから、迷っていることに気付いてやれる人が必要なんだ。じゃないと、何かも台無しにしてしまう。身近な人ほど、それは難しいんだけどな」
「俺は?」
「お前は暴走して壁建てようがぶち抜いてくるだろうが」
失敬な。
「ちゃんと壁登るための線路を造るぞ」
「それフェイクだろ」
「正解」
「ほらな」
「「ふははは」」
和人と肩を組んで笑うと、俺達を挟むように座っていたルナさんと朝田さんが呆れたような、ジトっとしているような目で見てきた。これが男の友情ってやつなんです。
「男ってよく分かんないわ」
「ねぇ瑞理? どうして桐ヶ谷君とは肩が組めるのに、私とは手を繋ぐだけなの?」
ヘタレだからです。(正直者)
だって、ルナさんって美人すぎて……手を繋ぐくらいしかできない。それ以上のことをしたら心臓が持たないもの……ミ゜って言うぞ、ミ゜って。
「プラトニックなお付き合いをしていきたいと思っています」
「じゃあ、今はこれだけで我慢するわ」
今は? 今はって何? やめてください、俺の覚悟が決まるまで攻めてくるのはやめてください。あと三ヶ月は待ってください……
「イチャイチャしてるところ申し訳ないけど、そろそろ俺は行くよ。道理君がピリピリし始めてるころだろうからね」
「あ、はい。じゃあ、また遊びましょうね、焦園寺さん」
「ああ。機会があれば、ね」
伝票を取って去っていった彼は、まさにできる大人って感じだった。なるほど、ああいうのが色男というやつなんだな。
「さて……と。和人」
「ああ。補足の時間だな」
持ってきていたAR眼鏡とプロトオーグマーを起動、集めてきた情報を広げていく時間である。眼鏡をクイクイ動かして、光らせる。
「ターニングポイントってのがどこだったのか。さぁ、分かる人!」
「……ステルベンのデータを手に入れた時?」
「私もそうだと思う」
なるほど、それも正解だろう。だが、俺達の予想では違う。
「多分ね、ステルベンだけじゃないんだよ。あの透明マントをゲットしてからだ」
「GGOにはリアルマネー取引……RMTがあるだろ? それで手に入れて、全てが歪み始めたんだ」
「RMT……」
「ああ、ピトフーイがよく使ってるわね……」
へー……リアルマネーに物を言わせてるのはGGOでもだったんだねぇ……
「カタログ探してたら、見つけたよ。朝田さん、朝田さんの銃……何円だと思います?」
「え? …………確か、二十万円、だったはずよ」
「透明マント────《メタマテリアル光歪曲迷彩》とサイレント・アサシン、だっけ? あれの合計で、なんと五十万円」
「ごじゅっ────!?」
そんな莫大な金がどこにあったというのか。新川恭二氏のアカウント、シュピーゲルや強姦魔のアカウントの合計であっても購入はできない────と思っていたのだが……買えるくらいのお金が入ったみたいなんだよねぇ。
「ちょっと女の子に話すのは気が引けるんだけど……あの強姦魔、大学や高校の女性を標的に集団で色々してたみたい。新川昌一氏は知らなかったみたいだけど……」
「ちょーっと調べたら証拠が出てきたんだな、これが」
いわゆる出会い系サイトなどで女性を騙し、お金を巻き上げたり、違法薬物を売ったりして金を稼いでいた強姦魔は、五十万円など簡単に支払えたのだろう。新川恭二氏とどうやって会ったのかは疑問だが、まぁこの情報社会で会えない人はいない。何かのサイトで会ったのだろうと推測できる。
「暴行動画を使っての脅し、違法薬物の仲介人、ストーキングや盗撮、盗聴……いやー、他にもヤバイものが出るわ出るわ。笑えてくるね」
「で、そんなことで稼いだお金を使って透明マントを購入した死銃はある日、総督府に向かうプレイヤーをストーキングした。ゲーム内にある端末を操作しているのを見て、双眼鏡で覗いてみたら……」
「そのプレイヤーの個人情報が見えた、ってこと?」
「そそ。情報を集めるために透明マントをゲットしたんじゃなくて、マントありきでの話だったんだよ」
溜め息混じりに吐き捨てた俺達は、柔らかいソファに背中を深く預けた。
「昔から、どんなMMOでも《
「定番、なんだけどね……VRMMOの隠れ身は悪用の余地が大きい。少なくとも街中での使用を禁止した方がいいと思う」
まぁ、個人の感想なんだけどね。
「で。死銃が生まれたわけ」
「んで……強姦魔は盗み見た個人情報をメモ……その時点では犯罪に使うつもりはなかったみたいだけど……朝田さん、バルバストルさんの個人情報を手に入れた時、変わった」
「薬を手に入れたのは新川恭二氏がやったみたいだね。新川といえばお医者様。大型病院の院長もやってる」
ちょっと調べただけでこんなにも情報が集まる。これが今の時代だ。悪いことできないねぇ。やるつもりもないけど。
とにかく、色んなことが絡み合って、こんなにも変な事件が生まれたということだ。仮想世界と現実世界、どちらにいる時も、自分にとって都合の悪いことを現実として見ない。そう考えると、VRMMOのダークサイドというのもあながち間違いではないのだろう。
「現実が薄くなっていけばいくほど、仮想世界との境目が分からなくなればなるほど、その人の在り方は変わってしまう」
「……キリトとトーマスはどうなの?」
「「全部同じで、全部違う」」
「「はい?」」
現実の世界も、仮想の世界も、全部同じだ。プレイヤーが世界ごとに分割されてるわけじゃない。それと同時に、ルールも空気も、姿も違う。けど、けれどね、変わらないで巡り続けるものもあるんだよ。
「だからこそ、俺達は自分が見ているものから目を背けずに伝えていきたい」
「俺達にとって、今、この瞬間、全身全霊で存在しているここが……俺達の魂の場所だと思う。唯一の現実ってのは、そういうことなんだと思う」
いつもシニカルに笑っているか、馬鹿みたいに笑っている俺達が真面目ながら楽しそうに笑ってみせると、ルナさんと朝田さんは苦笑する。
「いっつも真面目にしてればカッコいいのに」
「瑞理はもう少し背筋を伸ばせばいいと思うんだけどなぁ」
「やだね。疲れる」
「別にモテたいわけじゃないしねぇ……」
にへら、と笑ってエスプレッソを一口。うーん、苦い。
「とにかく、この事件はもうこれでおしまい! ちゃんちゃんってね」
「あ、待って。新川君────恭二君には、いつから面会ができるとか、分かる?」
む? そんなことか。
「細かいことは分からないけど……鑑別所に運ばれてからじゃない? 多分……何ヵ月かかかる、と思う」
「そう……────うん、決めた。私、彼に会いに行くわ。会って、私が考えてきたこと、今考えていること、全部話したい」
「……それが遅すぎたとしても?」
「ええ」
「言葉が、伝わらなくても?」
「それが、私がやらなくちゃいけないこと、だから」
俺と和人が問いかけても、覚悟は変わらないようだ。二人同時に溜め息を吐いて、小さく拍手を送る。
「強いなぁ、朝田さんは」
「なら、言葉は不要か」
本当に、カッコいいぜ、朝田詩乃さん。あんたは強い人だ。俺達が保証する。
「あ、そういや……お礼、言わないとね」
「お礼?」
「うん、お礼。俺達、実は何年か前に会ったことあるんだよ」
今まで忘れていた、五年前の記憶。何を思ったのか東北へ和人と一緒に行った時の記憶。郵便局で両親に手紙を出す準備をしていた時の出来事である。
「五年前、郵便局で……まぁ、面識はないに等しいんだけどな」
「郵便、局……まさか……!?」
「ああ。東北地方の……■□市◯◯町三丁目の郵便局で、俺達は強盗に狙われた。瑞理が狙われたんだ」
「あ………………」
朝田さんの口から声が漏れる。あれはさすがにヤバかったね。死ぬかと思ったぜ……!
「瑞理が撃たれる瞬間、一人の女の子が強盗に飛びかかった。銃弾は放たれたけど……」
「左腕に直撃。だけど、その頃の俺、まだ義手が届いてなくて、隻腕だったんだ。お陰様でピンピンしてる」
狙いだけはよかったんだよな、あの強盗。
「あの時、朝田さんがあの強盗に飛びかからなかったら、俺はここにいない。和人も殺されていたかもしれない」
「だから……お礼を言いたいんだ」
「「助けてくれて、ありがとうございました!」」
朝田さんが微動だにしない中、ルナさんもなぜか頭を下げた。……俺とお付き合いしてるから、なのかな?
「私が……救った……?」
「そうだ。救ってくれたんだ。俺と、親友の瑞理を、あの時助けてくれた」
「その次の年、俺はルナさんと会った。だから、間接的にルナさんも助けてくれたことになるね」
義手が届いてから動画でも言ったが、すぐに運営対応されて非公開にされてしまった。だから、朝田さんが知らないのも無理はないのかもしれない。
「……で、まだ話は終わってないんだ。特別ゲストを連れてきています」
「お入りください」
……さて、ここからは俺達の出る幕はない。音もなく立ち上がり、セミロングで薄化粧の女性と、その後ろをついてきた小さな女の子とすれ違うように個室から出ていく。
「じゃあ、朝田さん。その二人とちゃんと話してね。……あなたが救った人なんだから」
「え……キリト、トーマス、X……!」
不安そうな顔を見せたが、それを見なかったことにして喫茶店を出ていく。頼んでおいたケーキは朝田さんと先ほど入ってきた女性と女の子の分だ。
支払いを済ませて、喫茶店を出ると、ルナさんが口を開く。
「あの二人は誰なの?」
「朝田さんが助けた人ですよ。探すのはそこまで苦労しなかった」
「ああ。まさか母さんのママ友だとは思ってなかったぜ」
女性の名前は大澤祥恵さん。女の子は大澤瑞恵ちゃん。あの時、朝田さんが救った人達だ。
「五年前……瑞恵ちゃんは四歳みたいだけど……生まれてないわよ?」
「あの日、瑞恵ちゃんは大澤さんのお腹の中にいた。強盗が大澤さんを狙っていたら……」
「どちらかの命、またはどちらの命も助からなかった」
あの日、あの時、郵便局で朝田さんは少なくとも四人の命を救っている。俺と和人、そして大澤親子。
「シノンさんには、朝田さんには、朝田詩乃さんには……救った命があることを知る権利と義務がある」
自分を赦し、前に進むために、この出会いは必要だった。
「過去を受け入れるのは、長い時間がかかるだろうね。でも……それでも────」
世界は美しいものだし、道はどこまでも続いている。それも、無限に続く線路みたいに、真っ直ぐだったり、ぐちゃぐちゃのぐにゃぐにゃだったり、色んな道があるんだよ。
「どれだけ苦しくても歩き続ければ、それ相応のゴールってのが見えてくる」
「で、そのゴールの先にも道がある。どこまでも、俺達は進むんだ」
長々と言ったが、人間ってのは凄い可能性を秘めてる。だからこそ、人は進んでいけるんだろう。偉い人が言っていた。人だけが可能性という名の神様を信じるって。
「さーて、次はどんな動画を撮ろうかな!」
「うーん……できればゆったりしたやつがいいな」
「あ、私あれ見たい。耐久ダンス」
「「地獄かな?」」
サディスティックなところあるよなぁ、ルナさんって。