ナーヴギアで焼き芋作ったら日本を救えたらしい 作:エヴォルヴ
入学式が迫る春休み中盤の三月、海辺の家で、俺はぼんやりと海を眺めていた。
この海にはモンスターが現れず、素材もないことからプレイヤーも現れないという、いわゆるハズレエリア。だからこそ、俺はここに拠点を置いている。静かで、常に穏やかな気候のエリアだから、ぼんやりしたい時はずっとここにいたりするくらいには気に入っているのだ。
「どうやって攻略しようかなァ」
クエストランク、レジェンダリー『世界を喰らう蛇』。当初はキリト達を含めて攻略するつもりだったのだが、まさかの事態が発生した。『俺以外のメンバー全員修練不足』である。
よくあるMMORPGの面倒なクエスト条件ってやつだ。他のプレイヤーもそうなのだが、戦闘しかしないと戦闘スキルしか取らなくなるし、生産しかしないと生産スキルしか取らない……なんてことはよくある。俺みたいに色んなスキルを取る人は少ないのだ。
ニーズヘッグに挑むには、最低でもスキルを四つカンストさせないといけない。この条件を満たすことで、スルーズの神殿での修練を受けられるためだ。俺の場合、ルーン解読、ルーン刻印、短剣スキル、刀スキル、槍スキル、鞭スキル、裁縫スキルをカンストさせていたので、スルーズの神殿でのクエストが発生した……らしい。
まぁ、つまり……スルーズの神殿でクエストをクリアした人が俺しかいないので困っている。
「ルナさん────Xもいないしなァ……」
銃士Xは新学期の準備のあれこれで、借りていた部屋を去る準備をしている。ご両親が帰ってきたらしいので、そっちに移るそうだ。あれだけのことがあったわけだし、当然である。
「かといってソロは難しいだろうな……死んだし」
ニーズヘッグの攻撃パターンはブレス、尻尾での薙ぎ払い、噛み付き、引っ掻き、ボディプレス、突進……ぐらい。ぐらい、なんだけど……その威力と範囲がエグいのだ。あんなのどうやって躱せと。
「……もしかして全種族必須?」
そうだとしたら、どう足掻いても戦えない。運営側の悪意と一握りの善意を感じる。
「どうしよっかな……」
ルナさんのところ、行ったら迷惑……だよね。引っ越しって大変だって聞くし……ルナさんのことだから泊まっていいとか言いそうだし……ちょっと貞操の危険を感じるからダメ。明日入学式だから寝坊したくないのだ。ルナさんと一緒に寝ると絶対に寝坊する。……入学式の次の日、土日だけど。
「暇だなぁ……向こうもメンテでログインできないし……戻って寝ようかな────ん?」
ログアウトボタンが、ない? ……致命的なバグを検知。運営に報告して……確か、アミュスフィアにはそういったバグが起きた時に使えるシステムがあったはず。
「ログアウトシステム、起動。IDトーマス」
バチッ、という嫌な音が響いた瞬間────────
「っぅ!?」
現実世界へと弾き出された。ただ、死ぬほど気持ち悪い強制ログアウトなので、できるだけやりたくない。……でも、どうしてログアウトができなかったんだろう? ALOって、そういうバグに厳しいゲームのはずなんだけど。ハッキングとか? そんなことして得なんて一つもないはず────────って、ちょっと待て……!!
「なんで俺のアミュスフィアがクラッキングされてる!?」
こういう時の対処方法なんて知らないから、どうすればいいのか分からない。分からないのだが、俺は俺なりに対処してやる!
「勿体ないけど────ゼェイッ!!」
バチバチバチッ!! と、音を立ててアミュスフィアの情報保管媒体が砕けた。畜生、俺の大事なセーブデータ……! 和人に復元してもらえるかなぁ……!
「瑞理! なんか凄い音が聞こえたぞ!? 何が────ってアミュスフィア壊してどうした!?」
窓越しからやってきた和人が目を見開いていた。
「和人ォ……アミュスフィアクラッキングされた」
「はぁ? アミュスフィアのセキュリティガチガチだよな?」
「うん」
「それをクラッキングできるとか、何者だ……?」
そのクラッキングも俺の行動で水の泡になったわけだけど……誰の仕業なのか。あの謎のメールのこともあるし、しばらくはネットから離れた方がいいかも。アミュスフィアの在庫もないだろうから、オーグマーが帰ってくるまで……はぁ。
「和人、俺呪われてるのかな?」
「いや、リア充な時点で呪われてはいない」
「それもそっか」
切り替えていこう。ルナさんと付き合ってる時点でとんでもなく幸福だからね。……それよりも。
「さて、和人」
「ん?」
和人には相談したいことがある。
「明日は入学式です」
「おう」
「俺達は高校生になります」
「おう」
よし、ここまではいい。俺も和人も明日から高校生になるので、その準備はできている。楽しみだな、帰宅部。楽しみだな、昼休みの昼寝。楽しみだな、放課後呼び止めも聞かずに帰って宿題とゲーム開発。俺と和人はもう十分人と接してるから、高校生の友達は少なくていい。
「大学生と中学生だと?」
「ちょっと犯罪臭がするかもしれない」
「大学生と高校生は?」
「アリでは?」
「性的な接触」
「うーん…………まぁ、責任取るならいいんじゃないかな!」
「ぶん投げやがったなお前ェ!!」
いや、他人事なんだから当然だけど、もっとこう……あるじゃん。もっとカマソッソとか、煙る鏡みたいな助言が欲しいと思うワケ。最近のルナさんちょっと怖いんだよ? 俺を見る目が、草食動物を見る空腹の肉食動物みたいな感じで。舌舐りしてたの忘れてないからな。
「案ずるなよ親友。死にはしないだろ」
「死ぬ!」
「根拠は!」
「二箱買ってた! 徳用のやつ!」
それを聞いた和人の動きが固まり、目が死んだ。
「あれに徳用とかあるのか?」
「あるよ。二十八個入りのやつ」
「「……」」
お互い彼女がいる身として、そんなものを買っている彼女を見たらどう思うかを考え、結論を弾き出す。
「死ぬのでは?」
「干からびるかもしれない」
「「……」」
またもや沈黙。
「……やめようぜ、この話」
「……うん」
「お前が生きてたら、特製パスタとバーガー作ってやる。牡丹アラビアータとナマズバーガー」
親友の優しさが染みる……やはり持つべきものは親友だ。親友さえいればいい、なんて言うつもりはないけど、和人がいるだけでなんとでもなることは結構ある。
「話は変わって、動画の話なんだけど……」
「ん、何かあった?」
編集とかは俺がやってるけど、登録者とかメンバーシップとか連絡とかは全部和人がやってくれているため、和人が何か言うのは企業企画とか色々面倒なことが多い。だから、ちょっと警戒していると────
「金ぴかの盾が贈られるらしい」
「い、いらねェ!?」
「だよなぁ」
満場一致でいらない。どこに片付けろと? あんなの貰ってもあんまり嬉しくないなァ。くれるならお金とか、そういう俗物的なものをくださいって思う。ちょっと難しいのかもしれないけどさ。
「表彰式あるらしいぞ、面倒だな?」
「行きたくない」
「Vとかどうしてるんだろうな、表彰式的なやつ」
諸事情よく分からないから、調べてみようか。調べて三日で忘れそうだけど。
「参加不参加は自由らしいから、不参加でもいいらしいぜ。行った方が印象良さそうだけど……」
「待った、和人、この日はACBONWの新しい機体実装だぞ?」
「なら不参加だな!」
タワー産の機体が実装されるらしいのだ。換金アイテムしかドロップしなかったタワーが、宝の山に生まれ変わる瞬間を是非見たい。……あ、アミュスフィア買わないといけないじゃん。お金はあるけど、免許取った後に買いたいものがあるので無駄遣いはできないのだ。
「俺の予備使うか?」
「予備あるの?」
「初期生産版と後期生産版。俺のは初期生産版」
あと十年もすればプレミアが付きそうな話を聞きながら、俺は部屋で育てているハーブを摘み取る。よしよし、いい感じに育っている。これだけあれば、色んな料理に利用できるぞ……
「とりあえずあとで持ってくるよ」
「うん、お願い」
「おう。……ところで……」
「ん?」
「お前の家庭菜園、さらに進化してないか?」
ほほう、そこに気付くとはさすが和人だ。
「最近バラとベリー系も育て始めたんだ!」
「そりゃまた……なんで?」
「エナドリを作るため」
父さん達の本を読んでいたら、気になるものを見つけたのだ。なんでも、中世の頃に飲まれていた強壮薬だそうで、活力を得られるらしい。材料は……バラ、卵、ワイン、ハチミツ、シナモン、お好みでラズベリー、というカクテルっぽい材料だ。
「エナドリかぁ。最近高いもんな……」
「そうそう。だから作ろうかなって。これから作るけど、和人も飲む?」
「お、マジか。飲む飲む」
そうと決まれば話は早い。早速作っていこうじゃないか。……動画にしようかな。
「手順は?」
「あ、手伝ってくれる感じ?」
「ああ。飲むからには、な」
なら手伝ってもらおう。結構簡単に作れるんだけどね、これ。
「バラを弱火で煮ます」
「ほうほう」
鍋にたくさんのバラの花びらを入れて、水を入れる。ヒタヒタになったら着火して、弱火でコトコト煮詰めていく。
「沸騰するまでに時間がかかるから、他の材料準備。和人、卵黄用意して」
「了解。レシピ的にはシナモンをここに入れるのか?」
「そうなるね。溶けにくいからハチミツに練り込むつもりだけど」
ハチミツとシナモンを練り合わせている間に、冷蔵庫からワインも取り出す。父さんも母さんもワイン飲むし、ルナさんもホットワインにして飲むから、ワインの消費が意外と早い。ウイスキーも飲んでくれ、両親。……あ、ルナさんの家に持っていこうかな、進級祝いみたいな感じで。
「ワイン、アルコール飛ばしとくぞ」
「うん、お願い」
「にしても、こういうのやってると、魔女の薬作ってるみたいで楽しいな?」
「分かる。今度霊薬とか作ろうよ。薬草あるし」
「いいね。動画にしてやろう」
葦名で摘んできた薬草を使って、文献にしか残っていない霊薬を作ってみたい。虫下しとか、竜丹とか、桜宿しとか色々。ただ、夜叉戮の飴とかは美味しそうじゃないから作るつもりはない。
「そういやさ、瑞理ー」
「んー?」
「お前の家の家宝ってあるだろ?」
ああ、拝涙と楔丸ね。刀身を見たことがない拝涙はともかく、楔丸は滅茶苦茶綺麗だけど、たくさんの血を吸った名刀だって知っている。
「あれについて、刀剣系動画投稿者さんがコラボしたいって」
「えー……」
「貸し出すのは無理だろ?」
「うん。大婆様から、うちでしっかり保管しとけって言われてるから」
それなら仙峯寺でもいいと思うのだが、大婆様が言うには、俺達の家で保管することが、拝涙や楔丸にとって一番……らしい。付喪神にでもなってるのかねェ。
「コラボするんなら伝えとくぞ?」
「うーん……別にいいけど……詳しいことは話せないよ? 知らないし」
「ああ、それも伝えとくよ」
拝涙なんて滅茶苦茶念入りに封がされてて、抜けやしないし、抜こうとすると体に痛みが生じるから、本当に危ない大太刀なんだと思う。昔の人は何を思ってあんな代物を作ったのか……理解に苦しむ。
……お、そうこうしてる間に沸騰した。これを火から上げて、常温で十分から十五分冷やすらしい。多分、エキスを抽出するためだろう。
「この後は?」
「濾してからワインとハチミツ入れて……また二分煮る」
「ほー……これ、カフェイン入ってないけど、エナドリになるのか?」
「オロ◯ミンC的な感じじゃないの?」
「ちなみに出典は?」
「世界の薬の歴史」
著者は俺の母さん。下手な本よりも信用できるから、俺の最近の愛読書でもある。
「どれどれ……おお、強壮作用があるのか。確かにエナドリだわ」
「でしょ?」
「これは期待できそうだな」
これで美味しくなかったら、美味しく飲めるようになるまで研究してやるからな、覚悟しろ中世のエナドリ。俺に見つかったからには美味しくなるまで研究されると知れ。ちなみに、マーマイトは無理だった。
「……和人、圧力鍋使おうぜ」
「天才か?」
エキスの抽出が目的なら、圧力鍋で一気に引き出してあげればいいじゃないか。
思い立ったら即座に行動。圧力鍋に移して、加圧&加熱! エキス抽出くらいなら、すぐにできる。
「はーい、ご開帳────ほわぁっ……!」
「すっげぇバラの匂い……!」
いやぁ、これは期待できるぞ。とりあえず、これにハチミツとワインを入れて煮込んで……んで、溶いた卵黄と一緒に飲むのかァ……美味しいのか?
「というわけで、ちょっと冷まして実食!」
「「いただきます! ────────??????」」
……どういう、味?