「―――よし。今日のレベリングはここまでにしよう、ご苦労さん」
「ぜぇ、ああ。ぜぇ、お疲れ・・・」
「しかし大分仕上がったな。これも共同レベリングの為せる技だ」
「ぜぇ、そうだな・・・。ぜぇ、いい感じだと、僕も思うよ」
肩を喘がせ息をするノーチラス。むぅ、少々強行軍過ぎたかな?
「おいおい。ここはゲームの中、脳内だぞ?俺達の肉体が息切れだの疲れるだのする訳ないだろう」
「そうは、言っても。疲労を感じるんだから仕方、ないだろう・・・」
「ふーん」
「君は、疲れないのか?ゴドフリー」
「肉体労働したわけじゃないからな。もっと動けるし何なら一生戦っていられる」
だって敵は無限にいるし。俺は周囲を眺めながら言った。
こちらを襲ってこないモブエネミーは知らん顔で、自分達の生活を営んでいる。無限湧きするので、どれをどんなに潰しても大丈夫。楽しみはまだこれから、ずっと続く。
「信じられないな・・・。そこまでして戦いたいっていう精神が」
「? そうか?」
「ああ。正直正気を疑う時が多々あるよ」
「・・・・」
ノーチラス。いや、エーくんは守る為に戦っている。俺のように戦いが好きってわけではないのだろう。
しかし往々にして、そういった人間こそ狂ってしまう事を俺は知っていた。
だから少し。俺は手札を晒すことにする。
「なあノーチラス。君は狂い火、指痕のヴァイクの悲劇を聞いた事があるか?」
「・・・・。いや?」
「そうだろうな。これはひどく昔のマイナーなゲームの中に出てくる話。騎士の伝説だ。
――指痕のヴァイクは、かつて『王』に最も近づいた戦士の一人だった。凄まじい力と偉大な使命に満ちていた彼は愛する巫女と二人旅をしていて、しかしある時、自身が『王』となるには巫女を犠牲にしなければならない事を知った。
それを拒否した彼は狂った指に魅入られ、巫女を、犠牲という名の死から救った。巫女を護る事が彼にとって全てであり『王』となる事以上に大切な存在になっていたんだ。偉大な騎士は、誰も犠牲にする事無くハッピーエンドを迎える筈だった」
「・・・筈だった? それで、彼はどうなったんだ?」
俺は薄く笑った。
「指を選び己の巫女を救ったヴァイクが、恐れる事は只一つ。巫女に否定される事。事実、そうなった。
不幸なことには、彼の巫女は自身よりも彼と世界の方が大切だった。何故なら指に魅入られるとはヴァイクがヴァイクでなくなり、世界を黄色い狂い火で燃やし尽くすという事。
――ヴァイクはそれでもと巫女の為に。――巫女はそれでもと彼と世界の為に、自ら命を絶った。皮肉にもな」
「・・・・・」
「使命も巫女も何もかも失ったヴァイクは狂った指に掴まれ、何処かへと姿を消したという。果たして彼は何処に行ったのか。そこには指痕にまみれた彼の装備だけが残っていた」
「・・・・。まさかその狂い火が、このアインクラッドにあると?」
「無いとも言えるし、有るとも言えるだろう。俺は色々な事を知っているが、このゲームをクリアした事はない。だが製作者である茅場晶彦がその伝説を知らないわけが無い。だってこんなデスゲームを作ったんだ、有り得ないなんて事は有り得ない」
「―――、ユナを。自分も誰も犠牲になんてさせない『力』は手に入るのか?ゴドフリー」
「このゲームからは無理だ」
だが俺がいる。そう言って、俺は片手直剣をストレージから取り出してエーくんに見せつけた。
彼にえるでの『力』を教えよう。俺の勘がそう言っている。
◇
「このアインクラッドは一見ソードスキルが全てなゲームだと思うが、個人の能力(スキル)もまた重要なファクターだ。今からソードスキルではなく俺の戦技をノーチラス。君に教える」
「それも・・・昔取った杵柄ってやつか?」
「まあそうだな。片手直剣なんて久しぶりだけど、脳がバッチリ憶えてるから安心しろ」
「で、さっきから取っているその構えは何だ?」
「これがそうだ」
「?これが?」
頷く。俺はエーくんに対して一重身になり、左手を右肩まで上げた。左足を前、右足は後ろ。両手で持っている片手剣の切っ先は彼に向ける。
「『構え』(Square Off)という。このまま右足を踏み込みながら剣で下から掬い上げて敵の防御を崩すのも良し。大きく踏み込んで突き込んでも良し。欠点はこの時両手で持つ事になるので盾が使えないという点だが、ほぼ万能の戦技だ。君に向いてる」
「ソードスキルでもないヘンテコなこの動きが、『力』だっていうのか?」
「ああ勿論。試してみようか? ちょうどあそこにモブモンスター・トーラスが居る。中々怯みづらい奴だが―――」
俺は構えを取る。『えるでのわ』をプレイしていた初期はよくこれを使っていた。脳が憶えているのでよく馴染む。
――構えR2。
そう思って、俺はこちらに敵意を向けるモンスターに直剣の切っ先を突き入れた。・・・勿論ここはSAOで、あのゲームの中ではない。全く効かなかったら正直にエーくんに謝ろう。
「マジかよ」
「マジかよ」
果たして。戦技を喰らったモンスターは両膝を突いて蹲り動かなくなった。俺はそのまま直剣をブンブン振って止めを刺し、経験値が入る。
「おい。今マジかよって言ったなゴドフリー」
「言ってねえよ?何にも。しかしどうだい、これが戦技『構え』の力さ」
何でもやってみるもんだなあ。でも上等だよ、そうこなくっちゃさ、このカヤバーンの世界に俺のルールは創れねえからな。よし!これからも俺の勘を適度に信じていってみよう。
「成る程、たしかに強力だな。・・・・ソードスキルでもない只の攻撃がこんなに。でもこれ、思い出したけど雄牛(オックス)の構えだろう?西洋剣術の」
「・・・・」
――え?そうなの?
「茅場晶彦は例に盛れず洋の東西を問わず剣に関わるものを取り入れてるって事だな。まあこれで取れる選択肢が増えたわけだ、凌いでいこうぜノーチラス」
「・・・了解だ。『力』を授けてくれてありがとう、ゴドフリー。でなきゃ誰も試さないしやってみようとも思わないだろう」
「良いって事よ。全てはこのクソゲームをクリアする為にだ」
そう言って、今度こそ俺とエーくんは別れた。また明日と、互いに言って。
◇
「とは言ったもののレベリングがしたりねえなぁ。もう夜中だが夜分遅くにスイマセーン死ね!!ってな感じでモンスタ―共をぶん殴りにいこう」
ルンルン気分が狂熱で高揚していく最中、俺は拠点である街の門をくぐり、フィールドに出る。だって敵に逢いたい。もっと逢いたい。
考えが同じなのか、幾人かのプレイヤーが俺と一緒にフィールドに出てはモンスターの品定めをし始めた。一人、また一人と駆け出して行く。
走ってんなー、俺も負けてらんねえなあ!
――さあやろう。と、やる気を出したその時。
「ラーソーラーミーソーラーラー」
「―――ん?」
Do you remember love.
・・・歌が聞こえてくる。
「ラーソーラードシソーラーミ↓ー」The heartbreak of love?
物悲しい旋律に対して、その人物は笑顔で歌っていた。
「ドーシ↓ードーラーソーラーミ↓ー」Nothing now but music of the night.
それはきっとこの歌が、とても前向きな歌詞である事を心から理解しているからだろう。
「ラード↑ーシ↓ードシラーラシミ↓ー」I am forever in love.
「ラード↑ーシ↓ードシラーラシミ↓ー」A lover with a fault.
「ラード↑ーシ↓ードシラーラシミ↓ー」A lover with a fault.
「ラーシドー、ドレミレドシラーソ」Allow it and you will have it.
「ラーーシドー、ドレミーレードーシー、ラーソーラー」Allow it and love will be.
パチリと。眼が合う。歌手は楽器から片手を離し、俺に向かって手を振った。俺はそれをボーっと眺める事しか出来なかった。
――激励、そしてどうか無事に帰ってきてほしい。彼女の瞳と歌には、そんな願いが込められていた。
「・・・あの、」
「?はい?」
「サイン下さい。・・・ファンです」
「ええぇえ!!??」
歌手・ユナはひどく仰天し、しかし楽器を落とす事無く叫んだのだった。