「キュキュイ?(おや?誰だい、君は)」
「失敬。話し掛けてはいけなかったですかね?」
何において、屈辱とは忘れがたい物である。しかもその始まりが敗北となれば。
「キュイキュ。キュイ?(構わないけど。何?もしかしてボクに用事?)」
「用事というかお願いというか命令というか。単刀直入に言いますと、私に従ってくれませんかね?これから先ずっと」
「キュイキュキュキュ(寝言は寝て言え)」
殺意の宣言と共に翼を広げ、ボクは糸目の森エルフを見詰めた。なめた口を叩く輩は殺していい種族だ。丁度こいつみたいに。
「勿論無償(タダ)とは言いません。血沸き羽躍る戦い、それを生涯堪能させてご覧にいれましょう。如何です?」
「キューイキュ(もし断ったら?)」
「今ここでその戦いを体感して頂きましょうか。最初で最後のお代は貴女の命という事で」
「キューキュキュー、キュー!(アハハ。フォレスト・エルフというのは自信過剰な者が多いようだね!)」
―――さてこんな感じで。
翼を斬られこっぴどく戦いに負けた自信過剰なボクは、参った降参。このエルフをご主人と認める事となったのである。
「ああそうだ、最初の命令です。自分の事をボクと言うのは止めなさい。『私』と言うのがスマートですよ?」
―――鷹。空を風を切り取り翔ける鳥。我々は同胞こそ少なかったが、中でもボクは空を飛ぶ事と戦う事が好きで、それだけが生きがいだった。他には何も要らなかった。
―――戦いは良い。ボクにはそれが必要なんだ。
敵の直上から急降下して爪で切り裂く瞬間。彼我の距離全てが一瞬に凝集されるあの体感時間が、ボクという存在を世界に映しているようでとても好みだった。楽しかった。
……誰にも理解はされなかったが。
「奴らの手と腕をもぎなさい。狩りの時間ですよ?」
「キュ(了解)」
―――ご主人が狩りと称する戦いは、まあ退屈と断言していい。動かない的に物を投げつけるような遊びは気晴らしにはなるが、誰の為にもならない。それ以外の言葉が思い浮かばない。
ただ連携が上手くいかないとご主人は私の首だったり嘴を捻るので、それには困った。
―――痛いのが嫌いなのではない。戦い以外に受ける痛みは痛みではなく屈辱。私は、屈辱だけが嫌なのだ。まるで何かが音もなく色褪せるみたいで。
「聞いていますか?」
「キキュキュ(聞いているよ)」
「よかった。耳が遠くなったのかと思いました。勘違いで何より」
「キュキュ、キュイ?(本題をお願いしてもいいかい?次の獲物が決まったのかな)」
「ええ。次は黒エルフが標的です。大物ですよ?」
「キュー?(エルフ?同胞狩りって事?)」
「あんな変なのと私を一緒にしないでもらいたいですねえ」
―――首を捻られる。とても痛い。
「キュキュイっ(ごめん、ごめんよ。ご主人)」
―――それを敗者の定めと受け入れる。私は戦士ではなく、狩人なのだと。
「ヤツらを狩り、翡翠の秘鍵を我が物にすれば後はトントン拍子、どうとでもなります。フォールン共よりも先に我々が、私こそが手に入れる事が出来るんです。
朽ちる事無き永遠を。カレス・オーとリュースラの起源をね」
「キュキュイ?(永遠?ご主人はそれを欲しているの?)」
「変な事を聞きますねぇ。力を手にした者が次に手に入れたい物は誰しも同じですよ。更なる力を。それは貴女も、でしょう?」
「…キュイ(…まあ、ね)」
―――ご主人は飽くなき闘争心、いや野心を持っている。私に勝って私を従えているのだから当然だろう。そうでなければならないのだ。
そうでなければ、困るのだ。
「力を手に入れられるなら使えるモノは何でも使いますよ。同胞だろうと人族だろうと、何だろうとね」
・・・・・。
「?…キュイ?キュイ(…ん?ご主人、近くに誰かいる。多分人族。一人だけ)」
「あぁそう。まあ今は、会議もありますし騎士様たちの顔でも立てておきましょうかねえ。狩らなくて結構ですよ?」
「キュ(了解)」
―――ご主人が森エルフの騎士長に何事もなく話しかける。しかし細い目端はしっかりと捉えていた。
―――草むら。気配感じる草むら。果たしてそこから出てきた人族は、武器も何も持っていないヘンテコな出で立ちの者だった。
…なんだコイツ。それが私の第一印象だった。
「こいつはお前に任せる。いいな?鷹使い(ファルコナー)」
「邪魔だけはしないで下さいね?人族サン」
「はい!!」
『え、鷹?ディーネでもいんのここ?』
―――声が聞こえる。はて誰のだろうと思って油断してしまったのか、私は声に出して聞いてしまっていた。
「キュイキュイ?(ディーネ?それは、貴公のつがい?)」
「・・・うん?」
『違うけども。強いて言えば親友だけども。
って、おお!すんごいデカイ鷹だ!思わず殺意と一緒に身構えちゃった。鷹には良い思い出がないからね。ディーネ以外は』
―――変なの、コイツ。私は久々に笑ってしまっていた。
好奇心が羽と嘴を交互に揺らす。無論ご主人には隠して。
しかしまあそれにしたってコイツが奇妙である事には変わらないので、洞察がてら私は人族に話し掛け続けた。
「キュキュイ~?(鷹に逢った事があるの?どの辺りで?)」
「お、聞きたいかい?そう、あれは俺が狭間の地を初探検していた時だった。
そこは城の屋上みたいな所でな、奴らはあろうことか俺にタルを投げつけてきやがったんだ。何だそれ?みたいな感じでさ、ドソキーユングかよって余裕しゃくしゃくだったんだけどそれこそが罠で何が起こったと思う? 爆発させやがったんだよクソッタレがよぉ!」
―――ベッラベラと喋る人族。それに私は聞き入っていた。
…余りにも荒唐無稽な話だ。信じられない。にもかかわらず確実に理解できるのは、その世界・狭間の地に吹く風はとても気持ち良いだろうなという事だった。
理由はきっと、この人族の眼に宿る色褪せない光のせいだろう。
「ふと見上げれば黄金の導きが俺の行く手を誘って、沢山の戦いがそこにはあった。親友、相棒、好敵手、王、そして―――メリナも」
―――待ちわびているのだ。今も尚、彼は待っている。忘れられない消えない何かを。まるで恋焦がれるように。
―――それは光を灯すに足る炎か、薪か、狩りか? 風か。嵐か。痛みも孤独も屈辱すらも楽しみに変える何かか。その何かにどっぷりと浸かっている彼なら、敗者の私に示してくれるのかもしれないと。
『すまないね。話はまた今度。今度があれば、だけど』
「キュイ(約束っ)」
―――それは恐らく狩りなどという卑俗ではない何か。
そして今、私に必要な何かであり、まるで祝福のように導くように。好きなように生きて、好きなように死ぬ。誰のためでもなく。
理不尽な、王の故を。
―――これは私の始まりと終わりの追憶。
この人に逢ったあの日から、戦いが、ボクを待っていたのだった。