グラーティは病弱であったが、婚約を交わした伯爵の子息や屋敷の者達と幸せに過ごしていた。

 ある朝、彼女は目を覚ますとベッドの上で冷たくなっている自分を見た。迎えの時が来たかと思っていたが、彼女の魂を連れて行く為に現れた存在は言う。

『お前は寿命で死ぬにはまだ早い。生き返る為には、現世の者から生気を与えて貰え』

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病弱令嬢は全ての人達に感謝する

 

 キン、キン、キン。と、私はティースプーンでカップを3回打ち鳴らしました。周囲に待機している待女の方達も見て見ぬフリをくれています。はしたない行為だとは理解していますが、期待をしながら彼の方を見ました。

 気品漂う佇まいと怜悧な雰囲気もあり、存在だけで場が引き締まる程です。そう言った方だからこそ、私の子供じみた粗相に溜息を吐く姿を見るのが楽しみでもあるのです。

 

「グラーティ。その行為に、意味はあるのか?」

「はい。グラド様はどういった意味があると思いますか?」

 

 他の使用人の方達は苦笑いをして誤魔化していくのですが、グラド様は顎に手を当て暫し考え込む素振りを見せてくれます。

 

「何かの合図。戦における軍器の様な物だろうか?」

「合図と言うのは、少し硬い表現ですね。おまじないの様な物です」

「呪いか。お前が持つ『祝福』とも、何か関係が?」

「祝福は全く関係がございません。私の趣味の様な物です」

 

 2人で、中庭にあるエリク神の像を見上げます。

 この国の加護を受けた者達の中で、一部の乙女達のみが授かると言う寵愛を、私達は『祝福』と呼んでおります。

 ある者は豊饒な大地を作り、ある者は病魔を駆逐し、また、私の様に幸運を呼び込んだり、と。多大なる恩恵をもたらします。

 

「ゴホッ」

「大丈夫か?」

 

 グラド様が駆け寄り、周囲の方達に動揺が走ります。

 祝福を受けた者達には共通することがもう一つ。エリク神に気に入られた彼女達は、奇跡の代償として長生きが出来ないのです。

 かく言う私も、健康とは程遠い状態です。今日は調子が良いので油断していましたが、病は何時襲って来るのか分かった物ではありません。

 

「すみません。今日は調子が良かったので、つい」

「あまり無理はするな。お前に、もしも何かがあれば。両家は深い悲しみに包まれることになる」

「そう。でしたわね」

 

 グラド様は侯爵家の御子息であり、私は伯爵家の息女。

 私の祝福により一族は繁栄し、金銭や爵位など。互いの両親の思惑もありつつ、私達は交際を始めて今に至ります。

 

「ですが、退屈過ぎると一層体調が悪くなってしまいます。こうして、グラド様と話すことは大変有意義なことなのです」

「そうなのか。私は詰まらない男ではあるが」

「そんなことはありません。いつも、私の話を真剣に聞いて下さるではありませんか。この間はですね、妹が……」

 

 使用人の方達もお話を聞いて下さりますが、どうしても立場の違いと言う物もあって、相手の遠慮が伝わってしまうのです。その点、グラド様には一切、そう言った物がありません。

 

「お前の妹も、この茶会に呼べば良いのに」

「何度か誘ってはいるんですけれどね。恐れ多いとのことで」

 

 もしくは、私に遠慮してくれているのでしょう。今も、ひょっとして何処か遠くから見ているのかもしれません。

 

「私は気にしないのだがな」

「あの子が気にしてしまうのでしょう。他にはですね、流行の小説を真似て、私も小説を書き初めまして……」

 

 こうして他愛が無くても大切な時間が過ぎて行き、いずれは嫁いでいく。

 私が長生きできないにしても、エリク神に至るまでの時間が幸せであるのなら、素晴らしい物だと思います。時間が許す限り、こういった日々が続くのだと思いました。

 

~~

 

 しかし、終わりは呆気なく訪れました。

 ある朝、目を覚ました私は体の軽さに気付きました。胸の苦しみもありません。これ程までに調子が良い日は初めてで、何が起きたか分からず辺りを見回します。すると、そこにはベッドの上で寝ている私がいました。

 

「え?」

 

 訳が分からず、ポカンと口を開けてしまいました。

 程なくして使用人の方が入って来て、私の方へと近づいて、いつもの様に体調を見ようとして、顔面を真っ青にして慌てて部屋から飛び出していきました。

 呼吸が荒くなります。まだ、何が起きているかを把握した訳ではありませんが、強烈に嫌な予感が胸を過ります。

 

「お前は死んだのだ」

 

 口に出すのも憚られる予想を言い放ったのは、白髪の壮年の男性でした。

 こんな方を屋敷に招いた覚えはありません。ひょっとしたら、夢を見ているのかと思い頬を抓ってみますが、痛みはありませんでした。

 

「これは夢ではない。現実だ」

「貴方は?」

「お前達がエリクと呼んでいる存在だ。この国に伝わっている話は、お前も知っているだろう?」

 

 祝福を持った少女達は、若くしてエリク神の元へと召される。私にも、その時が来たと言うのでしょうか。ですが、余りにも唐突です。

 

「どうして、私の元へ?」

「先ほども言っただろう。お前が死んだから迎えに来たのだ」

 

 現実を認めることが出来なくて、答えの分かり切った質問をしていました。

 私が寝ているベッドには使用人の方達が次々と駆け付けて来て、救命行為が行われています。

 

「姉様を死なせたら、絶対に許しませんから!!」

 

 治療に当たっている方達に悲鳴にも近い叫びを上げているのは、妹のモーリスでした。酷く憔悴した様子で何かを叫んでいますが、私には何処か遠い出来事の様に思えました。彼女らの賢明さに縋る様に、頼る様に、私は恐る恐る。エリク様に尋ねます。

 

「助かること。って、あるんですか?」

「無い。と言いたいが、今回はどうも事情が違うようだ」

「え?」

「お前の魂が満ちていない。本来の寿命ではないにも関わらず、死んでいるということなのだ」

「それって。つまり……」

「端的に言うと、お前は殺されたのだ」

 

 ズシリと動いているはずの無い心臓に重さを感じました。この屋敷の中に、私を殺した人が居ると?

 

「一体、誰が?」

「私にも分からん。だが、まだ満ちていない者の魂を連れて行くのは気の毒だとは思っている。故に、お前にチャンスを与えよう」

「チャンス。ですか」

「そうだ。お前の魂が離れるまでの間に、現世の者から生気を分け与えて貰えれば、お前を再び現世に戻そう」

 

 一縷の望みが見えました。まだ、私には生き返るチャンスがあるのだと。ですが、生気を分け与えて貰うということの意味が分かりません。

 

「生気を分け与えて貰うとは?」

「難しいことではない。生者の気を分けて貰えば良いのだ。具体的に言えば、口付けなどを交わしてな」

「え!?」

 

 口づけ!? と言いかけましたが、生き返る為に必要な事であるのなら、恥じらいはひとまず置いておくべきかと思いました。私は叫びます。

 

「モーリス! 皆! 誰か、私にくちづ……キ……接吻を!」

「無駄だ。我々の声は誰にも聞こえておらん」

 

 そもそも、聞こえていれば誰かしらが不審に思っているはずです。

 一切気付かないということは、彼女らに私達は見えてないということでしょう。彼女らに触れてみようとしますが、すり抜けるだけで触れもしません。

 

「そんな。なにか、方法は」

 

 部屋内の物を動かして気付いて貰えないか。小説を書くときに使っていたペンを使えれば、と思って手を伸ばしました。私の動きに呼応する様に少しだけ揺れましたが、持ち上げることは敵いませんでした。ですが、光明が見えました。

 

「少しでも揺らせて、動かせるなら。ペンを持っている人を見つければ!」

 

 居ても立っても居られず、私は部屋から出ました。不思議なことに、死んだ後の方が体は軽く、かつてない程に自由に屋敷内を動き回る事が出来ました。

 鍵の掛かっている部屋を通り抜けたり、壁をすり抜けたり。奇妙な話ですが、ちょっとした冒険をしている様な気分でした。

 

「楽しそうだな」

「……こんな風に、普段から動き回る事が出来たら。と」

 

 その普段を取り戻す為に奔走をしている訳ですが。

 屋敷内は騒然としていて、使用人の方達がバタバタと騒がしくしています。誰かが筆を執る、という雰囲気でも無さそうです。

 

「暫くは、お前の目論みも通じそうにないな」

 

 誰もが忙しくしている中。人目に付かない場所で、休憩を取っている方達も居ました。いわゆる、職務怠慢と言う物でしょう。普段は真面目だと思っていた彼女達にも、この様な一面があるということにビックリしました。

 

「グラーティ御嬢様が死んだなんて、信じられない」

「グラド様との婚約はどうなるんだ」

「モーリス様と結婚することになるのでしょうか?」

 

 数人の使用人達が事態を把握しきれないまま語っていました。

 私が死んだ場合、侯爵家との縁談はどうなるのでしょうか? 既に両家で話が進んでいる手前、破談となることは避けたいはずです。妹のモーリスが代わりに嫁ぐことになるのでしょうか。

 

「でも、正直。ちょっとだけホッとしている所もあるんですよね」

「お前、なんてことを!」

 

 一瞬ビクッとしましたが、使用人の一人が怒った事よりも。私が居なくなってホッとした、という言葉に引っ掛かったのです。

 

「ここだけの話です。だって、グラーティ御嬢様は何時亡くなるか分からないという状態だったじゃないですか。もしも、私達が彼女の付き添いを担当しているときに亡くなったら、どの様に責められるかと思うと……」

 

 先程まで、怒っていた方もグッと言葉を呑み込んでいました。ふと、先ほどの妹が怒っていた光景を思い出しました。

 

「そう言った事情も、旦那様は把握しておられるはずです」

「本当にそうでしょうか? 先程のモーリス様の慌てぶりを見るに、きっと理屈では納得できないと思います。やるせない怒りを私達に向けることは十分にあり得ると思います」

「じゃあ、私達が誰も関与していない間になくなったことは喜ばしいとでも?」

「亡くなったことが喜ばしいなどとは思いませんが、皆さんにもホッとした所はあったんじゃ?」

 

 誰も彼女の言葉を否定しませんでした。私が生きているだけで、誰かに負担をかけ、不安にさせていた。等とは、考えたこともありませんでした。

 『幸運』と言う祝福を授かった身として、全ての人々を幸せにしていると思っていましたが、それは私の思い上がりでしかなかったのでしょうか? 無性に不安になって、私はエリク様の方を見ました。

 

「何故、私の方を見る?」

「いえ、特に理由は無いですが……」

 

 居た堪れなくなり、私はこの場を移動することにしました。

 自分の存在が否定されたようで、ずっしりと重くなった心を引きずりながら、向かったのは妹のモーリスの部屋でした。

 私の部屋で声を荒げてくれた彼女なら、普段から私に優しくしてくれる可愛い妹が悲しんでいる姿を見れば、私が必要とされていたと思えます。人の不幸を喜んでいる様な後ろめたさはありますが、それだけ不安でした。

 

「姉様……」

 

 部屋に入ると、モーリスが机に顔を伏せていました。小刻みに震えている姿を見るに、悲しんでくれているのかと思い安堵したのも束の間。漏れていた声は嗚咽ではなく、くぐもった笑い声でした。

 

「クゥッ…フフフ…死んだ。死んだのね」

 

 まるで、私の死を喜んでいる様ではないですか。

 使用人の方達は安堵でしかありませんでした、モーリスの表情を見れば喜色と興奮で、見た事も無い表情をしていました。手の中で小瓶を転がしている彼女は、何処までも上機嫌でした。

 

「毒薬だな」

「あの、小瓶の中身ですか?」

「そうだ。つまり、お前を殺したのは妹だった。ということになるな」

 

 どうして? という疑問が真っ先に浮かびました。恨みでも怒りでもなく、何故妹が私を殺したのでしょうか。理由がまるで分りません。

 ただ、先ほどの出来事もあって、私の心から生き返ろうとする気力の様な物が失われて行きます。死んで安堵される存在、信じていた妹に殺される。ひょっとして、私はこの屋敷において邪魔者でしかなかったのではないか。

 

「……私、生き返っても良いんでしょうか?」

 

 これらの真実を知った上で、生き返ったとしても。私はこの屋敷の人達の善意を疑い続けて行かねばなりません。人にばかり清廉潔白を求めるのも酷な話ですが、見てしまった以上は疑念が纏わりつきます。

 

「ならば、少し早いが。私が魂を連れて行こうか?」

「それも悪くないかもしれませんね」

 

 呆然自失のまま、私は行くアテも無く部屋に戻ってきました。すると、部屋の前ではグラド様が声を荒げていました。

 

「中に入れろと言っている」

「ですが、グラド様。今、グラーティ様は……」

「私の言うことが聞けないのか」

 

 普段は見せることのない高圧な言い方に、使用人の方達も通す他ありませんでした。部屋に入った彼は、私の肉体があるベッドに腰掛けました。

 ひょっとして、彼もまた。妹の様に不満を口にするのでしょうか。あるいは何か良からぬことを企んでいるのでしょうか。先程までの件で、私は猜疑心に囚われていました。

 

「おい、今日は歓迎が無いではないか」

 

 寝ている私の頬を触ります。本当に寝ているだけの様に見えますが、やはり死んでしまっているのでしょう。

 

「それとも。話し疲れたのか? 良いだろう、今日は私が話を持って来た」

 

 グラド様が自分から話すこと等、滅多にないのですが話をしてくれました。

 内容は、私が読んでいた小説を読んだとか、私以外の聖女がどの様に生きて来たのかという話でした。先程までの沈んでいたのが嘘の様に、私は彼の話に耳を傾けていました。

 何時も穏やかな笑みを浮かべながら聞いていた彼にも沢山話したいことがあったんだと、こんなにも楽しい話を沢山知っている方だったのだと思うと、思わず心が弾んでしまいました。

 

「少し話疲れた。今度はお前の話をしてくれないか。妹の話でも、今書いている小説の話でもいい」

 

 気品すら漂う彼の表情に一筋の涙が流れました。胸がキュッと締め付けられた様な気がしました。私は、こんな素敵な人を疑っていたのかと。

 

「何時もの様に、私を困らせて欲しい」

 

 不意にガチャリと扉が開きました。見れば、紅茶の入ったティーカップを持ったモーリスが居ました。

 

「グラド様。お越しになられていたのですね。申し訳ありません、気が利かず」

「いや、私が一方的に入って来ただけだ」

 

 彼女から差し出された紅茶を手に取りましたが、飲もうとはしませんでした。

 私の胸中は複雑な物でした。もしも、何も知らなければ二人が私の死を悼んでくれている光景でしたが、私は妹にどの様な思惑があったかという片鱗を見てしまっていたのですから。

 

「こんなことになってしまうなんて。両家はどうなるのでしょうか」

「分からない。ただ、お互いがお互いを必要としていた」

「そうですよね。両者の結びつきは必須です。姉様が亡くなった今、私が代わりに成れたら」

「代わりと言うな。グラーティから、お前のことも聞いている」

「姉様は、私のことをどの様に話されていましたか?」

 

 顔を赤らめながらグラド様と話すモーリスを見て、何とも言えない感情が沸き上がります。貴方がいる場所は、本来は私の物だと言うのに。

 

「随分、恐ろしい形相をしている」

 

 エリク様に言われて、我に返りました。先程まで、私は恐ろしいことを考えていました。これも、妹が何をしたかを知ってしまった為です。

 暫く話し合っていた2人でしたが、使用人の方に呼ばれて、モーリスは名残惜しそうに部屋から出て行きました。

 

「普段の歓談の中に、彼女が居れば。もっと楽しいのだろうな」

 

 彼に僅かながらの笑顔が戻って来たのは嬉しく思いますが、彼女が原因でこの様な事になっているので、素直に喜べません。

 すっかり冷めてしまった紅茶に砂糖を入れて、溶かす為にティースプーンを入れたのを見て、私は動きました。妹に、グラド様を取られて堪るか。と。

 

「……うん?」

 

 私がティースプーンを振動させるので、紅茶が零れてしまいました。不審に思ったグラド様は手を放してみますが、私が動かしているのでカタカタと揺れます。そして、私はいつも通りのことをします。

 僅かに動かせるティースプーンを使って小さく、キン、キン、キンとカップを3回打ち鳴らしました。これを何度か繰り返すと、流石にグラド様も偶然ではないことに気付いたようです。

 

「グラーティ、居るのか?」

 

 慌てて、グラド様は部屋内を探し回ります。気づいてくれた! 後、もう一歩。どうにかして生気を分け与えて貰えればと考えますが、方法を示す術がありません。ここまで来て、と悔やんでいると。グラド様は棚に納められている本を手に取りました。思わず『あ』と声に出てしまいました。

 

「どうした。あの本に何か書かれているのか?」

「いや、あのそれは」

 

 グラド様は興味深そうに頁を捲っていました。あの本は、私の日記帳兼小説なのです。

 一緒に紅茶を飲みながら話したこと、面白かった小説を真似て書いてみたりと。屋敷内ですら自由に動き回る事の出来ない私の手慰みを微笑みと共に読み込んでいました。

 

「そうか。お前も楽しんでくれていたのなら、私も嬉しい」

 

 数冊はある本の全てに目を通した彼は、私が眠るベッドに腰掛けました。

 すると、書いていた小説の王子様(誰をモチーフにしたかは言うまでもない)の様に、互いの顔の距離が近づいて行きます。やがて、距離が0になったとき。パァっと私の体から光が放たれました。

 

「ふむ。どうやら、迎えは先送りになったようだ」

「では」

「その魂を満たしてから、私の元へと来ると良い」

 

 エリク様の姿が遠のいて行き、風景も意識も何もかもが遠のいて行きます。

 次に意識を取り戻した時、体は重く、意気も苦しかったですが。この痛みこそ、生きている証なのだと思いました。ベッドに腰掛けていたグラド様が驚愕に目を見開いています。

 

「グラーティ」

「グラド様。私を、見つけて下さったこと。感謝します」

 

 もしも、起き上がれるのなら。その手を握り締めたい、抱き着きたい。色々な欲求に駆られましたが、上体を起こすのでも手一杯でした。

 私が目を覚ましたことを知ると、再び屋敷内は大騒動となり、使用人や家族の皆から労わりの言葉を頂きながら、その日は安静にしていました。

 

~~

 

 数日後、比較的。体調がマシになった頃を見計らって、私はモーリスの部屋を訪れていました。使用人の方は、私を運んでいる最中もずっと労わりの言葉を掛け続けてくれていました。

 

「姉様。お体の方は大丈夫なのですか?」

「えぇ。大分マシになったわ。すみません、二人だけで話したいことがあるので席を外して貰えないでしょうか?」

 

 一礼をすると、使用人の方は部屋から出て行きました。他愛のない話をして誤魔化すことも出来ましたが、やはり心に蟠りを抱えたまま過ごしていくのは難しいと思いました。

 

「私にお話とは?」

「私の食事に毒を入れたのは、貴方ですよね?」

 

 一瞬、緊張が走りましたが、モーリスは直ぐに表情をいつも通りの物へと切り替えていました。

 

「お姉様。まだ、本調子ではないのですね?」

「貴方も、グラド様のことをお慕いしているのですか?」

 

 取り繕った表情を一変させ、彼女は私に詰め寄って来ました。今まで、見ることの無かった剣幕に圧されました。

 

「だったら、何だと言うのですか? 結婚するのは貴方ですよね?」

「はい。この家に繁栄をもたらした『祝福』を持っている私ですから、彼と結婚するのです」

「……姉様は良いですよね。屋敷の皆からも好かれて、祝福なんて奇跡も持っていて。グラド様からも愛されて」

 

 彼女の目尻には涙が浮かんでいました。私も彼女のことを羨んだことがあります。どうして、私は普通ではないのかと。

 もしも、出来ることならば野を駆け巡り、グラド様と共に走り回ってみたいと思ったこともあります。ですが、私には叶わないのです。

 

「私が憎いですか?」

「憎いし、羨ましい。私のしたことを知ってどうするんですか? 報復でもしようって言うんですか?」

 

 既に、彼女は自棄になっていました。ですが、私は彼女を糾弾したい訳でも無ければ、断罪したい訳でもありません。私は彼女を抱きしめていました。

 

「ごめんなさい。私、今まで皆がどれだけ我慢してくれているのか。全然知らなかった。優しさはあって、当たり前の物だと思っていた」

 

 先程まで、私に労わりの言葉を掛け続けてくれていた使用人の方は、人目の付かない場所で私の死に安堵していた方でした。ですが、抱いていた不満を表にも出さずに、優しい言葉を掛け続けてくれました。

 それは、モーリスも一緒でしょう。きっと、普段から私に対して妬みや嫉みもあったはずだと言うのに、彼女は優しい妹でいてくれたのです。

 

「止めて下さいませ。私は、貴方を……」

「良いの。私はこうして生きているんだから。さぁ、そろそろグラド様がお越しになられるんですから、貴方も一緒に茶会に出てくれませんか?」

「そんな、私は」

 

 彼女の手を引きました。非力な私の手など、幾らでも振り払えるでしょうが、彼女は付いて来てくれました。

 中庭に移動した私達は、先に席へと座りました。ほんの少しの時間を置いて、グラド様もお越しになられたので、私はキン、キン、キンと3回。カップを打ち鳴らしました。

 

「ようこそ、グラド様。今日はモーリスも御一緒させて貰っています」

 

 私の粗相に、彼はいつも通り溜息を吐いた後。席へと座りました。初めて同席する妹の戸惑っている姿も、これまた可愛らしくて思わず笑みが零れました。

 

「グラーティ。今日は何の話をしてくれるんだ?」

「そうですね。今日は、グラド様の話を聞いてみたいです」

「私の? そうだな……」

 

 私が死んでいる間に、話してしまったネタは話さない様にと思案しているのでしょうか。私の方へと視線をやって、彼は口を開きました。

 

「前回は聞きそびれてしまったが、お前がカップを打ち鳴らす理由を聞きたい」

「コレですか? そうですね。これの答えは……私達が結婚式を挙げる当日に分かると思いますよ」

「結婚式……。あぁ、そういうこと」

「私にも分かる様に教えてくれないか?」

 

 モーリスは直ぐに意味を把握してくれたようですが、グラド様は首を傾げていました。色々な人に支えられて、私は生きていられる。

 鐘の音で鳴らすことに意味があるのですが、あいにく。この中庭にその様な物は無いので、私は代わりにカップを打ち鳴らしました。

 



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