それでは、どうぞ
ひた ひた
「………………痛い。」
暗い石造りの部屋、幼い子供の声が響く。それはひどく弱々しく、生気が感じられない。そこへ隠していた雲が離れた月の光が僅かに差し込み、部屋の一部を照らし出す。
ぽた ぽた
「あぁ………………。」
壁に体を預けてぼんやりと宙を見る少年は、床を照らす月明かりへと視線を向ける。ひどく虚ろで伽藍土な
「死にたくないなぁ…。」
そう寂しそうに呟く少年。やがて、月の光は彼の姿をぼんやりと見えるぐらいにまで増した。
「…………出来損ない、か……。」
無気力に座る狐の耳と尻尾を生やした薄い金色の少年の姿は、着ているものこそ上質な物だが見るからに健康とは程遠い。やせ形と言うには筋肉が付いてなさすぎる腕、身体中にある治療の形跡の無い傷跡、乾いたばかりらしい血。余程悪い扱いを受けてきたのが見て取れる。
「勝手に期待して、勝手に失望して…………何様なんだろ。」
『さあね、少なくとも君よりも上だとは思っているんじゃないかな。』
吐き出すような呟きだったが、それに答える声が一つ。少年は自分以外の存在がこの空間に居る事が信じられない様子で、ビクリと体を震わせて恐れながら声がした方向へと問いかける。
「だ、誰かいるんですか?」
『ふぅむ、いると言えばいるが居ないと言えば居ないかもしれないな。まぁいずれにせよ今は別にどうでも良い事柄だね。それよりも君に一つ聞きたいことがあるんだ。』
恐怖で声が震える少年とは対照的に闇の中の声の主は怪しいぐらいに優しげである。
『あの舞を見せてくれないかい?』
「舞?……僕はまだ出来ないんです、不完全なんです。あの人達にも」
『心配いらない、私は君の舞が見たいんだ。』
「でも、あの神器が無ければ……。」
『これの事かい?』ポイッ
軽い感じで闇の中から投げ出されたのは、血にも負けないほどに赤い真っ直ぐな刃を持った刀だった。それを認識した途端、少年は目を見開いた。
「っ!?どうやってそれを!?」
『管理が杜撰だったから直ぐに潜り込めたよ。まぁこの程度なら転移するのとあんまり変わんないからどうでも良いけどね。さぁ準備はしたんだ、やってくれるだろう?』
「は、はい。」
恐る恐ると言った様子で床に突き刺さった刀に触れる。一瞬、バチンッと音を立て電気のようなものが舞い、少年は咄嗟に目を強く閉じて痛みに備える。
「………?」
しかし、身構えていても予想していたいつもの痛みが来ない。不思議に思った少年が目を開けると、自らが柄を握る直刀は妖しく赤色に光輝いていた。
「何で……僕に適合してる?」
『ん?あぁ、生意気にも私を消そうとしてきたものでね、ちょちょいと弄くったんだよ。別にいらないし、君に従順になるように改変しといたよ。』
「神器を?」
『それと、神の名を冠するにしてはちっぽけだったからそれに見合った力を刻んでおいたから。いいもんでしょ?』
「……………………ます。」
『ん?』
「ありがとう……ございます。」
『……あっはっは!まさかこの程度でお礼を言われるとはね!礼儀正しいのは嫌いじゃない。これで君がちゃんとした格好なら満足なんだがなぁ……まぁその姿も趣があるね。さぁ、君の舞を見せてくれ。』
「はい………。」
シャリンッ
痛む体に鞭を打ち、刀を構える。初めて痛め付けられる事なく「お願い」といった形で舞を行う少年の心は、喜びの感情が少しばかり渦巻いていた。いつものような重苦しさも、失敗に対する罰への恐怖もなく舞うその表情は妖艶で、儚げな姿は人の目を引き付けて離さない魅力を孕んでいる。やがて刀から吹き出した黒い炎を伴い、部屋を妖しく照らし始める。
『あぁ………美しいな、自由気ままに異世界を観測していたらこんな掘り出し物があるとは。これが高々数万人殺した程度の獣畜生の為に捧げられるとはね………うん、勿体無いな。どうせならこの子自身にやらせるか。』
その呟きは舞に集中する少年まで届かなかった。それどころか今この状況の明らかにおかしい違和感にさえ気付いていない。暫くの間舞い続けた少年は黒い炎を掻き消しながら舞を締めると、肩で息をし始めた。
「はぁっ………はぁっ………。」
『素晴らしい!今まで見てきた物の中でも上位に入る見世物だったよ!』パチパチパチパチ
「あ、ありがとうございます。」
褒められた事に対し恥ずかしげに答える少年の表情は久しぶりに浮かんだ笑みだった。
『君にご褒美の一つでもあげなくちゃね………そうだ、君は自由になりたいかい?』
「……ど、どうやって!?」
『はは、その様子だと肯定のようだね。じゃあ君に力を授けてあげるよ、代償は高く付くけど。』
「え?」
少年が言葉の意味を理解する前に、声の主は事を起こす。
「がぁっ!?」
『うわぁ、苦悶の表情も色っぽいしかわいいなこの子、欲しい。もっと見たくなる。』
突如体内を駆け巡る激痛。少年は異物感と痛みに思わず地面に踞りえずきだした。血を吐き出し、苦悶の表情を浮かべている。
「がほっ!?ゴホッ!?……いぎゃあっ。」
『ほらー頑張れ頑張れ、男の子なら我慢だぞー。』
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいッ!?」
軽いノリで話しかけてくる声の主は目の前の光景を楽しんでいるようで、救いを求めて叫ぶ少年を観察し続ける。が、まだ満足はしていないようだった。
『少し物足りないから追加しちゃえ。代償は………うん、
左耳でいっか。』
ブチッ
「あ?あ、あ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あッ!?」
『あぁ、あぁ!美しい!痛みに悶えるその姿、かき鳴らされる絶叫!舞も良かったがなんとも心踊る!』
呆気なく体の一部が潰れ、血が飛び散る。少しだけ空白が生まれるが脳が痛みを理解した瞬間、倒れたままのたうち回り辺りに新しく血を撒き散らす。一向に引くことの無い体内の激痛と耳の喪失感、突如襲ってきたそれらへの困惑が思考を埋めていき、やがてキャパシティを越えたのか意識も朦朧としていく。
「あ、ぁがっ……コヒュッ……。」
『あーらら、気絶しちゃった。まだ説明もしてないってのに。ほら、起きて~。』パンッ
「ぎッ!?」ビクンッ!
声の主が再び手をたたくと、それに呼応するように少年の体が跳ねる。一際大きい痛みによって意識が覚醒した少年は震える体を押さえつけ、耐えるように虚空を見つめる。
「はぁッ……はぁッ………はぁッ……はぁッ!」
未だに引く様子の無い全身の痛みで呼吸も覚束ない様子だが、原因がこの何処からか聞こえていた声の主だということは本能で理解したのか、必死の表情で部屋の外へ続く扉へと体を引きずる。向こうはひたすらに観察し続けており、今の所手を出す様子はない。少年は普段鍵がかけられている筈の扉がいとも簡単に開いたことにも気付かず助けを求めて這いずっていく。廊下に出た所で麻痺してきたのか痛みによろめきながらも壁を伝って立ち上がると、そのまま嫌に静かな屋敷の中を進みだした。
「いたい……いたいよ。なんで、なんで?」
『全く…まだ話しは終わってないんだけどなぁ。』
「ひぃッ!?」
逃げた筈なのに何でもないかのように声の主は追い付いている。そこでようやく、少年は声の主の姿が何処なもない事を理解する。
「どこ、どこに。」
『私はこの次元にいないから見えないよ。まぁ逃げたいのなら逃げれば良いさ。』
「ひぅッ……。」トボ トボ
急いで逃げたしたくても体がゆっくりとしか動かない。何処からともなく降り注ぐ視線に恐怖しながら、助けを求めて屋敷を彷徨う少年はやがて人が居る筈の部屋の前まで辿り着いた。今まで自分を拷問紛いの教育をしてきた相手でも、現在進行形の恐怖を解消する為ならば頼ろうとしているようだ。もたれ掛かるように部屋の中へ転がり込んだ。
「た、助けてくだ……………あ。」
顔を上げ、口を開くが出てきた声は次第に萎れていき、表情を絶望一色に染め上げる。
「「「………。」」」
そこにあったのは物言わぬ骸ばかりであった。苦しみながら死んだようで目を見開いたまま絶命している。呆然と膝を付き、腰をおろした少年へ、声の主は愉しげに話しかけた。
『びっくりしたかな?望んだ通り、自由になれるよう
「ぇ……おとうさんは?おかあさんは?」
『ん?勿論死んでるよ。君を生け贄にする計画に賛同してたみたいだし、どうやら君に対する愛なんて無かったみたいだね。』
「あ……………あ………。」
『ちなみに吸いとった力は全部私から君への
心底愉しげに語る声の主は興奮冷めやらぬといった様子だった。
「おまえは……だれ?」
『私は………うーん、まぁ強いて言うなら這い寄る混沌だなんて呼ばれてる別世界の神様かな?多分この世界にも似たようなのが居ると思うけど………あ、そろそろ仕事の時間だ、多分またこの世界を探すのは面倒だからもう会えないと思うけどまたねー。』
その言葉を最後に、声の主………這い寄る混沌は一切少年に語りかけることは無かった。一晩にして辛い環境から解放され、対価として自分の中に常に激痛が走る
「…………。」
パサッ
絶望にうちひしがれていた少年の前に一束の資料が落ちてきた。落下の衝撃で広がったそれには、自分の境遇の理由が綴られていた。その中でも一際目を引いたのは最終目的である。
「九、尾。」
幼いながらも死ぬ程の教育を受けたことが皮肉にも幸いし、文字の読み書きに不自由は無かった。やがて全てを読み解いた少年は、自分がただの器としてしか見られていなかったこと、拷問紛いの教育も九尾の復活の礎にするための物だったということをも知ってしまった。未だに体には激痛が走るが、それよりも心は目的を欲していた。
「僕が、苦しんだ、原因。」
少年の手には意図せず不本意に手に入れた力があった。それを振るう事が何よりも一番分かりやすい。少年は光を失って虚無が漂う目に強い憎しみを宿す。呼応するように身体に渦巻く力はより一層激しく暴れ始めるが、それに伴う痛みを抑えつけながら少年は立ち上がり、部屋を出る。向かうのは自分が閉じ込められていた場所だった。
ぺた ぺた
一部が無くなった事によりバランスが取りにくくなった身体を無理矢理動かし、耳から垂れ流されていた血を辿って最初の部屋へと入る。中には主の元から離れてもなお未だに妖しく光る刀が存在を主張している。
「ころす。」
側に膝を付いて拾い上げ、柄を壊してしまいそうなほどの力で握り締める。視線の先には、這い寄る混沌からの手紙らしきものが置かれていた。
「ころしてやる。」
「まずは九尾からだ。」
「それが終われば絶対にお前もころしてやる。」
少年は執念とも言えるような覚悟を胸に抱き、歩き出した。その道が困難極まりない事も彼にとっては些事なのだろう。
「そのあとは………どうしよう?」
グラブルの男の子って可愛いですよね。