それでは、どうぞ。
「………ということは、今回は目的の物は無かった訳ですね~。」
「まぁそういうことになりますね。」
「むむむ~……申し訳ありません、もう少し信憑性のある情報がお渡しできれば良いのですが~。」
「気にしないでください、シェロカルテさんには調査依頼という形で仕事を斡旋していただいてますし、実際一つは見つけられたんですから。」
とある昼下がり、人で賑わう街の一角の店前で背丈が100cmにも満たないような少女……シェロカルテが申し訳なさそうに頭を下げ、肌を隠すような服とシルクハットのような帽子を被るこれまた幼げな少年がそれを押し留めている。会話の内容から、依頼の仲介を行っているようだがその関係に険悪そうな気配は一切無い。落ち着いた所で少年は話を続けた。
「それに、報告する場所をアウギュステにしたのも理由が有るのでしょう?」
「えぇ、お察しの通りです~。何でも最近、海の一部が汚染されているらしいんですよね~。地元の漁師の皆さんも対処のしようが無く、ほとほと困っているとの事です~。」
「公害等ではないんですか?」
「それも考えたのですが、この周辺ではバルツのように金属加工等が盛んでは無いのでその可能性は低いと思われます~……あ、ですが一つ気になることが~。」
「ほう?」
ふと思い出したかのような仕草に少年は首をかしげる。
「エルステ帝国はご存知でしょうか~?」
「えぇ、行ったことはありませんがこの空域の中でもかなり強大な国だと伺ってます。」
「はい~、実は今現在アウギュステとエルステ帝国は戦争状態でして~。」
「あぁ、通りで警備が厳重だったんですか。一応不法侵入に該当する方法ですし、少し手間がかかりました。そんな状態の場所を指定しないでください。」
「ガッチガチの警戒体制を少し手間がかかったの一言で済ませる君も相当だと思います~。」
気の抜けるような話し方のシェロカルテと穏やかな口調の少年だが、内容は中々に物騒である。そんな会話の最中、一人の男がそこへ声を掛けてきた。
「おーう、来たぞシェロの嬢ちゃん。」
「あ、オイゲンさん丁度良い所に~。」
マスケット銃を担いだダンディな男……オイゲンは男らしい笑みを浮かべながら手を振りながら歩み寄り、二人の前で立ち止まる。少年よりも二回りも大きく筋肉質のがっしりとしているため、必然的に見上げる形である。
「こちらが今回依頼を受けてくださる方です~。」
「ほぉ……っておいおい、まだガキじゃねぇか。流石に多分10も行ってねぇ子供を危険な場所に連れてくわけにゃ行かねぇぞ?」
そう言ってオイゲンは怪訝な顔をする。しかし、シェロカルテはふんわりとした笑顔のまま
「ご心配はいりません、彼の実力は私が保証させていただきます~。」
「コウと申します。若輩者ではありますが、依頼はしっかりと取り組ませていただきますのでどうかよろしくお願いします。」
「お、おうオイゲンだ……坊主、ガキにしちゃ随分と礼儀正しいな。どっか良いとこの出だったりすんのか?」
「いえ、そんなことは無いですよ。暫くの間旅をしてるんですから、外面を良くしておくべきというのは学んでいます。」
精神年齢が幼い見た目とは噛み合わないほどに大人びているコウと名乗った少年に、若干のやりにくさを感じるのか微妙な表情を浮かべているが一先ずシェロカルテを信用することにしたのか話を仕切り直す。
「まぁなんだ、仕事が出来んなら問題ねぇな。じゃ早速、ここから西の方角にある海岸辺りの調査を頼めるか?俺は一旦傭兵仲間にお前の事を知らせに行って来るからよ。」
「承知しました、情報が集まり次第報告致します。では。」
ボウッ!
「うぉっ!?」
ペコリとお辞儀をしたコウは黒い炎に包まれたかと思うと、そのまま姿を消してしまった。突然の出来事に後退ったオイゲンが目を見開いて驚いていると、シェロカルテは笑いを堪えながら口を開いた。
「うぷぷ~、驚かれましたか~?実は彼、とても優秀な魔導師さんなんですよ~。数年前から依頼をよくこなしてくださるので助かってます~。」
「……最近の魔術師ってのは子供でも瞬間移動も軽々と出来んのか?なんともまぁ末恐ろしい時代になったもんだな。」
「さぁ~、どうなんでしょうね~?それだったら騎空艇いらずなんですが~。」
曖昧だが、暗にコウが例外なのだと冗談混じりに答えられ更に問い掛けようとしたが、そこへオイゲンを呼ぶ声が聞こえてきた。
「隊長、港に不審な騎空艇を発見しました!現在近場の傭兵を動員して包囲しています!」
「おぉ了解、直ぐに行く。じゃあまたなシェロの嬢ちゃん。」
「はい~、次回のご用命もシェロちゃんにお任せあれ~。」
ボウッ!
「さて、ここ辺りですか。」
人気の無い海岸に突如渦巻いた黒い炎が消えると代わりにコウが現れ、砂浜を足で踏みしめた。降りしきる太陽の光を反射し輝いており、景色だけ見るととても美しい物であった。しかし、それを台無しにする要因が一つ。
「……酷い腐敗臭、あの洞窟でしょうか?」
そう言いながら鼻と口を袖で覆い、顔を僅かにしかめる。若干漂う程度ではあるものの、コウの嗅覚は何かが腐敗したような臭いを捉えていた。早速掴んだ調査対象の手がかりではある為、仕方なしにコウは洞窟へと歩く。
「いや本当にきつい…………っと。」タッ
更に強くなった腐敗臭にげんなりとしながら洞窟に向かう最中、コウは軽く後ろに下がる。直後、先程まで立っていた場所に牙を持った魚が噛みついた。
「キシャァッ!」
「……こちらを喰らおうと、そうですか。衣服が破れるのは勘弁ですね。」
攻撃をはずしても直ぐに鋭い牙をならして威嚇する魚の魔物だが、それを前にしたコウは特に気にしていない様子で再び歩き出した。それを隙だと感じたのか即座に躍りかかる魔物だったが、
「邪魔です。」ガシッ
グチャッ!
口の上辺りを掴まれ、そのまま握り潰される。声を上げる暇もなく絶命した魔物を手にしたコウは、それの肉を少しだけ千切ると口元へ運び入れた。
「…………。」モグモグ
ゴクン
「…………大した魔力もありませんが、まぁ腹の足しにはなるでしょう。朝から何も食べて無いので丁度良かった。」
魔物を調理どころか処理も無しに食べ進めながら探索するコウ。道中、先程のような魚に加え蟹、海月の魔物等も遅いかかって来たがその殆どを片手一本で仕留めている。残骸は黒い炎で跡形も無く燃やされており、一部は他の魔物の餌になるように遠くへ放り投げていた。やがて一匹を骨や牙ごと丸々食べ終え、指をハンカチで拭っていると洞窟の中に広間のようになっている明るく開けた空間を見つける。中に入り上を見上げると青い空が視界に映った。
「深呼吸の一つでもしたいんですがね……一先ず、報告だけでもしておきますか。」
本来であれば神秘的な風景が見られるような雰囲気だが、辺りに放置された機械類や金属の残骸がその景観を無惨な物へと仕立て上げている。するとコウは徐に何処からか取り出した紙に走り書きをしそれを丸めて紐で括り、徐に指を鳴らす。
ボウッ!
『ふにゃーん』
すると、指先から黒い炎が吹き出し一瞬で黒猫の形をとり、俗にいうお座りの姿勢となって主の命令を今か今かと待ち静かに佇んでいた。使い魔を形成したコウは括った紙を咥えさせる。
「これを依頼主の元まで……よし、行きなさい。」
『ーーーーー』コクッ ダッ!
命令を受けた使い魔は即座に駆け出し、外へ一直線に走って行った。それを見送ったコウは腰に差していた杖を抜くとそれをだらんと構えながら振り返る。
ガシャン ガシャン
「………………。」
突如辺りに金属同士がぶつかる音が鳴り響く。音の源を見れば、明らかに人工物らしき巨人のような機械人形がコウへと近付いて来ていた。
「ここにこんな機械じみた物があると違和感がありますね……目的はこの警護ですか。」
「………………………。」ガシャンガシャン
呆れを隠さず顔に出すコウだったが、感情等を持たない機械がそれを知る由もなくただ自分に刻まれたプログラムに従い目の前の侵入者を排除しようと駆け出した。
暫くして、コウが瞬間移動で飛んできた海岸へオイゲンが哨戒の為に訪れていた。しかし先程と違い、若い男女の一団を引き連れている。その内の一匹である赤い蜥蜴のような生物……ビィは一向と同じ速度で飛びながらオイゲンに尋ねた。
「それで?その調査をしてる魔導師ってのはどんな奴なんだ?」
「詳しくは俺も知らねぇよラカム、調査の人手が足りなかったからよろず屋の嬢ちゃん経由で雇っただけだからな。」
「んあ?よろず屋?」
「もしかして、シェロカルテさんですか?」
綺麗な水色髪を持つ少女……ルリアはオイゲンの言った人物に思い当たる節があったようで、ポツリと言葉を漏らした。
「なんだ、知り合いだったか。」
「ポート・ブリーズで少しばかり世話になったものでな、ここにも彼女の拠点があるのか。」
そう答えるのは凛とした佇まいの女騎士……カタリナだった。納得する彼女を他所に褐色肌の活発そうな少女……イオは率直に話の続きが聞きたいようだった。
「ねーねーその魔導師の人、どんな魔法使えるの?」
「さぁな。少なくともシェロの嬢ちゃんが腕が立つつってた事は確かだ。分かることがあるといえば………あぁ、そういやお前さんも魔導師だったな。一応一つ聞きてぇ事があるんだ。」
「なにを?」
「目的地まで瞬間移動する魔法ってのは今はなんの準備も無しに軽ーく使えるもんなのか?」
「そんなわけ無いじゃない、姿を隠すだけとかそういう特殊な道具があるとかなら兎も角自力でワープするっていうのはかなり難しいのよ?私だって出来ないし。」
「成る程な、じゃあやっぱりあのガキが特殊なのか。」
一人で納得していると、訝しげな顔をする煙草を咥えた男……ラカムが続けざまに問いかける。
「その言い方からすると、そいつは瞬間移動みたいな事が出来るのか?」
「多分な、俺の話を聞いてお辞儀したかと思ったら黒い炎に包まれて消えちまった。イオの嬢ちゃんよか年下ぽいヒューマンだったんだがそれにしちゃ随分と礼儀正しかったな。」
「え、ウソ!?私より年下!?」
イオが驚きの声を上げる。カタリナやラカムもそこまで若いとは思って居なかったようで少しばかり目を見開いていた。そんな会話繰り広げているとそれを興味深そうに聞きながら辺りを見回していた兄妹二人……グランとジータが何かの違和感を感じとった。
「……ジータ、何かおかしくないか?」
「言われてみれば……オイゲンさん、ここら辺ってこんなに魔物いなかったりするの?」
「いや、普段ならもっとわんさか居る筈だが………これもあのガキの仕業かねぇ。」
『ーーーーー』
「「「!」」」
会話の最中、何処からともなく一匹の黒猫が現れる。普通であれば気にしない所だが、その姿が陽炎のように揺れている所を見て認識を切り替える。その直後、その猫もどきはその場から駆け出した。
「ッ!魔物かッ!」パンッ!
『ーーーーー』ボウッ!
「うぇ!?今当たっただろ!?」
「せあッ!」ブォンッ!
『ーーーーー』ヒョイッ
「へ?うわぁっ!?」
ラカムの放った銃弾は眉間に当たりそのまま貫通したが、何事もなかったかのように元に戻り、グランの一閃も軽く避けて足場にした黒い猫のような何かは勢い良くオイゲンめがけて飛び込んだ。
「俺が狙いがッ!?」モフッ
「は、はわわ~!猫さんみたいな魔物がオイゲンさんの顔に張り付きました~!?」
「な、なんて羨ま……いや、大丈夫か!?」
黒猫もどきに飛び付かれたオイゲンは急いで首元を掴み自分の顔から引き剥がす。黒猫もどきは特に抵抗する事なくぶら下がっているが、むしろそれが逆に不気味に感じる。
「全く一体何がしてぇんだこの猫……。」
「ねぇ、コイツなんか咥えてない?」
『ーーーーー』ペッ
怪訝な顔のオイゲンに掴まれてぶら下がっている猫もどきを注視していたイオが丸められた紙に気付くと同時に、猫もどきはそれを吐き出した。丁度直線上にいたジータがそれを受け止めるとそのまま紙を開き始める。
『にゃーお』
「これ、何か書かれてる。」
「何々………?《研究設備の形跡、汚染の原因らしき物体を発見しました。案内はこの黒猫に。》だって。もしかして、さっき言ってた魔術師からの連絡じゃないか?」
「おいおい、調査頼んで一時間位しか経ってねぇぞ?随分と速いじゃねぇか。」
『ふにゃー』バタバタ
「うわ、ちょ、待て待て放してやるから落ち着け。」
オイゲンの手から逃れた猫もどきは砂浜に着地すると少し離れたところで立ち止まり、オイゲンを真っ直ぐ見つめ始めた。
「着いてこいって事か?」
「……………?」
「ルリア~、どうかしたのか?」
「お腹空いた?」
「い、いえ、さっきジータと一緒におやつを食べたので大丈夫です!ただ、何かがぶつかり合う音が聞こえたような気がして……。」
「ぶつかり合う音?」
ガキンッ! バキッ!
「な、何なのこの音。」
「取り敢えず良くないものが暴れているっぽいな。気ぃ引き締めろよお前ら。」
「言われなくとも分かってるわよ!」
耳を澄ませると金属同士がぶつかり合うような音と、固いものが砕けるような音が入って来る。そちらに意識が向いた瞬間、猫もどきはその場から駆け出した。
『みゃーん』ダッ!
「あ、猫ちゃんが音が鳴っている方向に!」
「この先で件の魔術師が帝国の兵と交戦している可能性がある、急ぐぞ!」
「オイゲンさん、この先に何かある?」
「確か結構でかい洞窟がある筈だが……成る程、隠れ家にするには丁度良いな。」
猫もどきを先頭に走る一行は砂浜を駆け抜ける。次第に足元がゴツゴツとした岩になり始めた頃、前方に目を凝らしていたビィが口を開く。
「おーい、あそこじゃねぇか?」
ビィがそう言った直後だった。
ガシャンッ!!!
洞窟から巨大な機械人形が共に出てきた黒い炎に吹き飛ばされ、仰向けに砂浜へ沈む。脚部はぐずぐずに熔解し、頭部は原型が留めていない程に歪み四肢部は無惨にも強い力でネジ切られたような形で失われ、胸部にクレーターのような跡が残っていた。まだ動力源が壊れきっていないのかギギギギギと音を鳴らしながら起き上がろうと動く機械人形だが、既に四肢の部分はその機能を停止させている為、微妙に蠢く程度しか出来ない。やがて完全に停止した機械を前に、一行は驚きの表情を浮かべて固まった。
「帝国の所有する戦闘用機械兵……の筈なんだが。」
「でももうボロボロだぜ?動けねぇみてぇだし、何があったんだ?」
「オイゲンさん、早いお着きですね。お待ちしてました。」
壊れきった機械兵を囲んでいたうちの一人であるオイゲンに、洞窟から手をはたきながらコウが現れた。
「やっぱお前さんか、あの猫もどきもっと大人しくさせられねぇのか?」
「猫は気まぐれなので……所でそちらの皆様は?」
不思議そうにグラン達の方を見るコウにオイゲンは頭を掻きながら答えた。
「俺の顔見知りとその仲間の騎空団だ、気にするこたぁねぇよ。それよりさっき受け取った伝言の事を詳しく聞きたい。」
「まぁそうですね。この周辺の海水を汚染する魔石を使用した装置とそれを守るように機械人形が5体ほど配置されていまして、人は居ませんでした。一先ず原因となっていた装置は粉砕して、魔石は何かの参考になればと思い取っておいてあります。これですね。」
そう言ってコウは懐から一つの布の塊を取り出す。徐にその布を解くとその中身、毒々しい紫色の石が姿を現した。
「カタリナ、コイツに見覚えは?」
「……確か、帝国の技術部が魔石を使用した兵器の開発に取りかかっていると聞いたことはある。あくまでも噂だから実物を見た訳じゃないが、恐らくそれに関連する事だろうな。」
「海水汚染ねぇ、海を使った事業が盛んなアウギュステにとっちゃ大打撃だろうな。」
「確認しに向かわれますか?」
「いや大丈夫だ。お前さんが確認した限りだともう汚染の原因は無いんだろ?そんなら時間をかけりゃリヴァイアサンが浄化してくれる。取り敢えずあんたの依頼は達成だな、いやぁ楽が出来て助かった。」
「そうですか、では僕はお暇させていただきますね。」
「あ!ちょっと待ってください!」
オイゲンに頭を下げ、そのまま踵を返そうとするコウをルリアは呼び止めた。
「はい?なんでしょうか。」
「え、えと、あの、ちょっとお話しませんか?」
「…?僕はただ皆様の邪魔にならぬよう退散させていただこうかと思っていたのですが……何か失礼な事でもしてしまいましたか?」
「そ、そうじゃなくて………。」
「純粋に君のことが知りたいだけだよ。」
止められた理由がわからないといった様子のコウとまだ世界に触れたばかりでまごまごしているルリアのやり取りに、グランが入って来る。その瞳の輝きは純粋に興味があると物語っていた。
「初めまして、俺はグラン。こっちは妹と相棒の……。」
「ジータでーす!よろしくね!」
「オイラはビィだ!」
「俺達、最近旅を始めたばかりで知らないことも多いんだ。もし良かったら君の話を聞かせてもらえないかな?」
元気の良い二人と一匹にキョトンとした顔をするコウであったがその後の言葉で納得したのか、グラン達の方へと向き直る。
「そういうことですか、この後の予定も無いですし僕は構いませんよ。
改めまして、コウと申します。短い間ですがどうぞお見知り置きを。」
礼をして顔を上げた10歳にも満たないような見た目の少年は、クスリと幼げかつ妖艶に笑うのであった。
この小説の主人公はコウ君ですが、経歴や能力がかなり複雑となっています。一つ言えるのは、確実に曇るキャラクターが何人もいるということですかね。