それでは、どうぞ。
「ふぁ~あ………。」
「気を抜くな、魔物が襲ってきたらどうする。」
「昨日の時点でここらの魔物の排除は終わってるだろ。一部は飼い慣らしてるわけだし、少しぐらい休んでも良いんじゃないか?」
「なんのための哨戒だと思っているんだお前は。」
「へいへい……というかアイツどこ行きやがった。一番張り切ってた癖にサボりか?」
森の中、二人の帝国兵が辺りを散策しながら歩いている。やる気なくあくびをした兵士はもう片方からの苦言を流しながらこの場にいない同僚への文句を垂れ流している。
「……もしかしたら何かトラブルに遭遇したかもしれん、探しに行くぞ。」
「…………………。」
「おい、何とか言ったらどう………。」
ドサッ
「っ!?おい!」
声も上げずに倒れ伏した同僚に駆け寄り、揺すり起こそうとする帝国兵。しかし死んではいないが完全に気絶している為、反応がない。こうなった原因を探る為に立ち上がろうとしたその時だった。
シュルッ ギヂッ!
「かはッ!?」
突如として現れた機械染みた模様が青白く光る帯が帝国兵の首に巻き付き、そのまま絞め始めた。何とか抜け出そうと帯に指を掛けようにも鎧の隙間から入ってしまっているため手を出すことが出来ない。その後も逃れようともがく帝国兵だったが、抵抗しきれずそのまま意識を落とし、膝から崩れ落ちて倒れた。
「…………よし、っと。」
そのすぐ背後に手に先程まで帝国兵の首を絞めていた帯と繋がっている杖を持っているコウが姿を現す。光る帯はシュルシュルと杖のシャフト部分へ溶け込むように戻っていき、最後には完全に一体化した。後に残った気絶した帝国兵達を獣道から外れた茂みの中に放り投げると彼らが歩いてきた方向へと向かう。
(さて………まず聞き出した将軍が居るかですね。かなりの癇癪持ちらしいので居るのであればすぐに見つけられそうですが。)
杖を握り直し森を進んでいると、やがて開けた場所が視界に入る。その広場を囲むように設置された白い幕を見つけたコウは近くの木の上に飛び乗って様子を伺い始めた。
「…………どうやらガセネタを掴まされてはいなかったようですね、良かった良かった。」
そう言ったコウの目には、野営地で何やら忙しそうにしている帝国兵達が映っている。
(ここでやろうとしてることだけでも分かれば十分。本音を言えば僕の望む情報があれば良いんですが………あの魔石関連が出てくればラッキー程度に考えますか。)
一通り観察と思考を終えたコウは木の上で呪文を唱え、
「なぁ聞いたか?そろそろ計画を進めるらしいぞ。」
「聞いたも何もさっきフュリアス将軍が作戦テントで高笑いしながら話してたの聞こえたぞ。開発したばかりの新兵器を使うつってたな。」
(本当に戦争中……いや、帝国がちょっかいかけてる形ですかね。シェロカルテさんも人が悪い……最悪どちらかに捕まる可能性もありましたよ。まぁ今堂々と潜入してる自分が言えた義理では無いですが。)
真っ正面から陣地の中に入ったコウは姿を消したまま細心の注意を払って移動していた。心の中で自分をアウギュステに招いたシェロカルテに文句を溢しながらも周りの帝国兵達の会話に耳を傾ける。誰も近くに部外者が潜んでいるとは思っていないのか、機密事項であろう事を会話の話題として出しており、コウはそれと先程の拷問で手に入れた情報とを照らし合わせながら隠密行動を続けていると、。
「そこの君達、与えられた仕事はどうなったのですかネェ?」
「ポ、ポンメルン大尉!」
「は!戦闘の準備は滞りなく進んでおります!一時間もあれば完全に終了するかと!」
「ふむ、よろしい。適度に休息を挟みながら作業を進めるように。いいですネェ?」
「「了解しました!」」
ポンメルンと呼ばれたちょび髭の男が兵士達と言葉を交わしているのを見届け、コウはそのままその場を離れて動き出す。途中、帝国兵と接触しそうになった場面はあるが姿を消している為気付かれない。暫く散策し続けて、最終的にたどり着いた他よりも一際大きいテントへとふらりと入る。丁度無人となったそこは話にあった作戦テントだったようで机の上には資料が散乱していた。
「おっと………件の新兵器とやらの資料ですかね。さて、何が書かれているのやら………。」
目的からは逸れているものの、興味本位で資料を手に取り目を通す。自分にかけた隠蔽の魔法を解き、代わりにテント入り口に人避けの結界を張ったコウは資料の内容に眉をひそめる。
「星晶兵器『アドウェルサ』、島をも滅ぼす大砲…………なんともまぁ仰々しいですね。本当にそんな威力があるのでしょうか?」
新兵器と称されたそれのカタログスペックに疑問を持って首をかしげるコウはテントの前まで近づいて来た足音に気が付き、ゆっくりと振り向く。そこには、物々しい黒い鎧を身に纏う存在が佇んでいた。その事に少しだけ同様しながらもコウはごく自然に話しかけた。
「どうも、初めまして。」
「……妙な薄い気配がすると思っていたが、ネズミが一匹入り込んでいたか。兵士の錬度も落ちたものだな。」
にこやかな挨拶を無視して部下である筈の兵士に呆れ気味の黒騎士にコウは警戒しながらも話を続ける。
「突然で失礼ですがこの資料に載っている魔晶という物を詳しく教えていただけませんか?」
「答える義理などない。」
「おや、そうですか……残念です。」
とりつく島もない態度に、目を伏せて首を横に振るコウ。その様子に今度は黒騎士が引っ掛かりを覚えたようで、威圧的な声で問いかけた。
「随分と余裕だな、貴様がここで私に殺される事は想定していないのか?子供といえど敵であるなら容赦するつもりは微塵も無いが。」
「まぁ正直、軽い人避けの呪文が効果を成してない時点で相当な実力者だってことは分かってますよ。勝てるかどうかも怪しいですし。」ガシッ
そう言うとコウはおもむろに机の端に置いてあった分厚い本を手に取り
「なのでこうします。」ブォンッ!
紫の炎を纏わせて黒騎士の頭に向けて投げつけた。黒騎士は難なくそれを叩き斬るが、一瞬だけ視界が埋まってしまいコウの姿が捉えられなくなる。斬り裂かれた本が完全に燃え尽きる頃には既に気配すらも感じ取れなくなっていた。
「………チッ、逃げたか。」
ほんの少しだけ残った紫色の火の粉が舞い散って消えていくのを視界の端で捉えた黒騎士は腹立たしげに舌打ちをするとそのまま踵を返して去っていった。
「ふぅ、危ない危ない。流石に駆り立てる恐怖を軽く超えそうな実力者とやり合うのは遠慮願いたい……直接聞き出せはしませんでしたが、これだけでも十分な成果でしょう。」
黒騎士から逃げるために陣地の外へ転移し、安全を確保したコウは一先ず物色した物を確認するためにその場から離れた。森の中を暫く進み、太い木を見つけるとそれに寄りかかる。久々に出会う実力者に内心少々焦っていたコウであったが、追われてはない事を察すると一息ついて持ってきた資料に改めて目を向けた。
「魔晶魔晶……………なんだ、星晶獣関係でしたか。海岸の兵器製造所にあったのは出涸らしですかね。」
どうやら期待していた物ではなかったようで肩を落とす。それでも扱えれば有益になりそうな情報ではあるため再び資料を見るととある場所に目が留まる。
「………『被験体 ルリア』?」
昼前、依頼の帰りに言葉を交わした一団の中にいた少女の名前が資料の中に見つける。
(あの人らは帝国の関係者………いや、それだとアウギュステ側に雇われているオイゲンさんとは敵対関係になる筈。スパイも考えられますが一番可能性があるのは………)
「………帝国からの離反、ですかね。」
思考をめぐらせ、至った結論を口に出す。誰にも聞かせる物でもなくただ考えを纏める為だけに吐き出された言葉であったが、妙な納得感をもたらした。
「いや、単純に同じ名前なだけ……まぁ僕が気にすることでも無いですね。これ渡したら追加報酬貰えたりするんでしょうか。」
そのまま没頭しようかというところで頭を振って背中を預けていた木から離れる。空腹感を感じながらも取り敢えず街を目指そうとした時、不意に誰かの声が聞こえてきた。
「ふぅん、こいつだけ?」
「は、周辺の魔物と競わせた結果、一部の個体が他を凌駕するように成長しまして……数は少ないですが、それでも強さは十分かと。」
息を殺し声のする方へと静かに向かうと、青い軍服のような物を身に纏った短気そうなハーヴィンの男が帝国兵と共に一体の魔物の前で言葉を交わしていた。鱗が岩になっている蜥蜴のような魔物は少しばかり様子がおかしく、まるで何かが欠けているかのようだった。
「チッ、そこまでやるんだったらもっと数を増やしなよ、役に立たないな。調教は済んでるんだろうな?」
「滞りなく、フュリアス将軍に従うようにしております!」
「ならいいんだよ……いいか?お前はポチだ!僕の言うことは絶対だからな!」
「グルルルルルッ。」ガシャガシャッ
「あっはっは!いいねぇ、いかにも凶暴そうだ!こいつをけしかけたらどんな風に死んでくれるんだろう!」
鎖に繋がれた魔物が唸るその姿をみてケラケラと笑うフュリアスと呼ばれた男はそのまま満足そうに踵を返して行った。後に残った魔物は今にも暴れだしそうな程に興奮しているようで拘束具をガチャガチャとかき鳴らして動こうとしているが、紫色に怪しく光る石が繋がれた鎖は何かの干渉を受けているのか壊れる様子はない。その様子を木の後ろから覗いていたコウは残念そうな顔でそこから動いた。
「あれが例の少将ですか………話が通じそうにありませんね。仕方ない、諦めましょう。」
「グルルルルラァッ!」ガシャガシャッ!
コウの存在に気が付いた魔物が威嚇をしているがそれを意にも介さずフュリアスと帝国兵が帰って行った方向を見つめる。情報を聞き出すために捕えることも考えてはいたが想像以上に問題のある人物であることを察したコウが今後の予定を立て始めたところで
グ~
と、腹の虫が鳴き始めた。音の主であるコウは腹をさすりながら今日食べたのが海岸にいた小さな魚型の魔物のみであることを思い出す。辺りに店などあるわけもなく、街まで行こうにもあまり魔法をひけらかしたくない為目立つところに転移することも出来ない。もう帝国軍の備蓄を拝借してしまおうかと考えいたその時、ふと近くの魔物と目が合った。
「…………………。」
「…………………。」
「…………………。」ニコッ
「ッ!!」ビクッ
暫く見つめ合い、不意にコウが笑うと魔物は体を跳ねさせる。本能的に危険が迫っていることを察したのか脱兎の如くその場から逃げ出そうとするが、体に掛かった鎖がほどけることはなくその場に縫い止められた。コツコツと、靴の音が近づいて来る。ゆっくりと振り返った魔物が最後に見たのは
ブォンッ!
笑顔のままのコウが何処からか取り出した青白く光る大斧を小さい体を器用に使って振りかぶり、自分の頭をかち割ろうとしている姿だった。
グチャッ!
「グラン、ジータ……やっぱり、あの人何か変です。星晶に似た不気味な力を感じる………。」
数時間後、アウギュステのザニス高原の一角にて、グランとジータ達一行は、帝国兵を率いる黒騎士とフュリアスと対峙していた。支離滅裂な癇癪を繰り広げるフュリアスに困惑となんとも言えない怖さを感じ取ったルリアは少し震えており、カタリナはルリアを庇うように前に出た。他の面々も武器を構えて戦闘に備え、黒騎士は傍観を続ける中、フュリアスは腹立たしげに口を開いた。
「ああクソっ、うるさいんだよ……もういいや、いい加減うざったいし。さぁおいでポチ!こいつらを餌にしてやれ!」
声高らかに帝国が飼い慣らした魔物を呼ぶ。しかし、応答して出てくる存在は居らず、声は空しく周辺へと響き渡って消えていった。
「…………………?」
「なによ、何も出てこないじゃない。」
「はぁ?おい、何してるんだよポチ!さっさと出てこい!」
腹立たしげに引き続き呼び掛けるフュリアス以外は頭に疑問符を浮かべている。しかし、いくら周りを見ようとポチらしき生物の影は無い。グランとジータがもう気にせず戦おうとしたその時、フュリアスが呼び掛けた方向の木の影からコウが出てきた。何故か手には骨付き肉が握られており、それを食べながらなんでもないかのように挨拶してくる。
「あ、どうも今朝方ぶりですね。」モグモグ
「………えーっと、コウくん?」
「はい、コウです。」モグモグ
「あー……一応聞いとくが、お前さん今ここで何やってんだ?」
「旅のための保存食作りです。一応魚の干物とか缶詰もありますけど、それだけだと心許ないので。今は休憩がてら遅めの昼食を食べてます。」モグモグ
「食べるか話すかどっちかにしなさいよ。」
「……………………。」モグモグ
「って、食べる方を選ぶんじゃ無いわよ!」
イオにツッコまれるが、それでも
「おいそこのガキ、何で死んでないんだよ!そっちにはポチがいた筈だろ!」
「何を仰ってるんですか?貴方の仰るポチならここにいるじゃないですか。」
首をかしげなから手に持った
「はぁ?目が腐ってんの?どこにあのでっかい魔物がいるって言うんだよ。馬鹿にしてるなら殺すぞ!」
「だからここに。」
「……それもしかして魔物の肉?」
「はい、丁度拘束されていたので遠慮無く。何やらけしかけるとか言ってましたが人を食べた個体を食べたくないので先に仕留めて加工してます。あ、お一ついりますか?」
「え!いいんですか!?」
「要らないわよ!ルリアも受け取ろうとしないの!」
一瞬目を輝かせるルリアをイオが抑えているなか、ずっと静観を貫いてきた黒騎士が口を開く。
「茶番劇は終わったか?」
「ああ、黒騎士さん。先程はどうも。」
「またこうして私の前にノコノコと出てくるとは……いや、帝国の陣地に単独で侵入した時点で命知らずではあったか。取り敢えず、貴様は捕えておくべきだな。」
「もしかしてこれですか?」
そう言ってコウはテントで手に入れた資料の束を見せるように顔の横に掲げた。
「やはり持ち逃げしていたか。」
「目的の情報は載ってなかったので僕としてはどうでもいい事柄なんですが………まぁ機密情報を漏らされてはそちら側としてはたまったものじゃないですよね。」
「話が速いな、では大人しく捕えられろ。」
「遠慮します、『ーーーーー』。」
ボフッ!
「「「きゃあっ!?」」」
「「「うおっ!?」」」
「こ、これはッ!?」
「な、なんdグエッ!?」
黒騎士が剣を引き抜いたと同時にコウの足元を起点に突如として濃霧が現れる。あっという間に辺りを包み込んだ霧は近くに人がいるのかすらも曖昧にする。
ブォンッ!
「……チッ、また逃がしたか。逃げ足が速いというのは厄介なものだな。」
即座に前方を一閃し邪魔な霧を払うと共にコウを叩き斬ろうとした黒騎士であったが、既にそこに対象は居らずそれどころかグランとジータ、ルリア達も跡形もなく消えていた。
「おい!何やってるんだよ、さっさと追いかけろ!」
「今追っても面倒なだけだ。アウギュステ軍もすぐそこまで迫っているだろう、優先順位もわからないか?」
「あ"ぁ?………チッ!」
ドサドサッ!
「よっと。」シュタッ
「おい!いきなり掴むんじゃねぇ!ビックリすんじゃねぇかよぉ!」
「すいませんビィさん、貴方だけ飛んでいたのでこうでもしないと置いていってしまったかと。」
地面に咄嗟に『門』を開いたコウは周りにいた者達ごと先程の場所から少しはなれた地点へと転移していた。繋いだ先が少し高い場所だったこともあってか、ビィを抱えたコウ以外は着地し損ねている。
「皆さんご無事ですか?」
「う、うん……。」
「お、おいグラン、ジータ、早く降りてくれッ……。」
「「あ、ごめんラカム。」」
ラカムが団長副団長に下敷きにされているなか、立ち上がったオイゲンは腰をさすりながら口を開く。
「いってて………おい坊主、もう少しどうにかなんなかったのか?ちと高すぎて腰打っちまった。」
「まぁまぁ、助かったから良いじゃないかオイゲン殿。君もすまないな、一人であの場から逃れることも出来ただろうに。」
「流石に危機が迫っている顔見知りを放っておくほど薄情じゃないですよ。ですが、まぁ……。」ヨロッ
「はわわっ!?大丈夫ですか!?」
一瞬だけ力が抜けたように倒れかけるが何とか踏み留まる。
「印も書かず魔力が回復しきっていない状態で『門』の強行はッ……ちょっと、疲れますね……朝の調査の際にもっと貯めておけば良かった………。」
「おいおい、そんな状態であの黒騎士に真っ正面から話しかけたのかよ………。」
「堂々としてれば、案外相手は隙を晒してくれるものですよ。特に黒騎士さんみたいな人は相手が弱っていても油断せず確実に仕留めに来るタイプでしょうし、もう一人の………フュリアスでしたっけ、あの人は弱った相手をいたぶって殺そうとしてくると踏んだので、最善だとは思ってますよ。」
そう言いながら肩掛け鞄に手を突っ込むと何かを掴んでそれを躊躇い無く飲み込む。少しばかり青かった顔色が元に戻った。
「ふぅ………それより、皆さん帝国とはどういったご関係で?最高顧問と少将から追われるなんてただ事では無いと思うのですが。」
「……詳しい事は伏せるが向こうから追われる身ではある。私に関しては特にな……。」
「で、でも、カタリナは私を助ける為に「あぁ、カタリナさんがルリアさんを連れて帝国軍から離反したんですね。そして……グランさんとジータさんの騎空団に身を寄せているといった感じですか。」ふぇ!?」
「違いました?」
「い、いや、概ねその通りなんだが……何故君はその事を知っている?ルリアが帝国にいたなんて事、早々に知り得ないだろう?」
「僕の旅の目的に関する情報が無いかと思って帝国軍の拠点に入り込んで盗った資料に被験者としてルリアさんの名前が入っていたので。ほら、ここに。」
差し出された紙の束をグランとジータが覗き込む。開かれていたのは魔晶のページで、その一角にルリアの名前が書かれている。
「あっほんとだ。」
「うーん……でも名前だけか。」
「いやもっと突っ込むべきところがあるでしょ!?帝国軍の拠点に入り込むって何やってんのよあんた!」
「黒騎士さんには効きませんでしたがそれ以外の兵士の方々は隠蔽魔術に気付いていませんでしたし、大丈夫ですよ。」
「そういう問題じゃなーい!」
斜め上の答えにイオは声を上げてツッコミを入れる。しかし、コウはそれを意に介さず話題を変える。
「まぁまぁ、今は僕の事はどうでもいいじゃないですか、言ってしまえば僕は完全なる部外者ですし。それよりはオイゲンさんや皆さんの事情の方が大切なのでは?」
「……坊主、どっから聞いてた?」
「最初から隠れながら、五感を鋭くする方法はいくらでもあるんですよ。」
ニコッと微笑むがオイゲンは訝しげな目線を返している。
「確かに、知り合いっぽい感じだったよね。オイゲンも何か帝国と因縁が?」
「そうなのか?オイゲン。」
「……すまねぇが、オレにゃ言えねぇ事が多すぎる……ホントに悪ぃな。というか、グラン達も何かしら関係があんのか?坊主が出てきたからターゲットをそっちに変えたとは言え、黒騎士のやつはルリアの嬢ちゃんだけじゃなくオメェらも捕えようとしてただろ。」
「あぁ、その事についてはね…………。」
そうしてジータの口から今までの旅路の事が語られる。故郷のザンクティンゼル、ポート・ブリーズ、バルツで起きた帝国とのいざこざ、そしてきっかけとなったルリアの能力を聞いたオイゲンは納得の表情を見せた。
「なる程なぁ、それが坊主が言ってたように被験体として囚われていた理由ってわけか。」
「え、エヘヘ……。」
「そんな怯えきった顔をすんじゃねぇや、別取って食いやしねぇからよ。」
「へぇ、驚かねぇんだなおっさん。」
「バカ言うんじゃねぇ、テメェらよかよっぽど長生きしてんだ。ちょっと大食いの小娘じゃあ驚いたりしねぇよ。それに素手で鉄捻切ったり、いきなり目の前で燃えて消えたりする奴に比べりゃ可愛いもんだろ。」
「僕の事言ってます?」
「そりゃあオメェ、少なくとも普通じゃねぇだろ。」
「……………まぁそうですね。」
ビィの言葉を否定出来ない辺り、自分が普通とはかけはなれているのは自覚しているようで口を挟まないように大人しく静観を続ける。
(ここから先は僕はお邪魔ですかね。)
深刻そうな話に差し掛かった辺りでコウは意識を周囲に向ける。既に帝国が拠点にしていた場所からは外れているため、魔物の気配がちらほらと感じ取れる。そのうちの一つがこちらにゆっくりと近付いている事に気が付くと、コウはそのまま気配を消してそちらの方向へ向かうのであった。
コウくんが介入したのはあくまでも「顔見知りが死んだら目覚めが悪い」程度の理由なので騎空団に入るとかは本人は考えてなかったりします。
今回から後書きにコウくんの使う呪文や道具の詳細を書いていこうと思います。クトゥルフ神話TRPGルールブック等を参考にしているのでご了承下さい。
◯精神衝撃(マインド・ブラスト)
対象の精神に恐ろしい衝撃を与え、正気を失わせ一時的狂気に陥らせる魔術。狂気と言えどその症状は様々であり、気絶や硬直、金切り声など多岐にわたる。精神が弱かったり本能が強い相手ほど効きやすいが、逆にメンタルが強かったり元から狂っていたりする相手には効果が薄い。
◯ニョグタのわしづかみ(別名:不浄の締め付け)
対象の心臓をわしづかみにし、痛みを与え続ける魔術。強さの調整が可能であり、最大まで魔力を込めると心臓を握り潰せるが、基本的に拷問に使われる事が多い。