【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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汝、隣人の陰キャを愛せよ

 それは、柊木(ひいらぎ) (あかね)が中学一年生の頃の話。

 

「──あっ、あ、ああっ、茜、くん」

「……どうした?」

 

 隣人であり幼馴染である後藤ひとりが、ギターケースと数冊の本を手に自宅へ訪れていた。聞きなれた(ども)りを流しつつ招き入れると、彼女は柊木家の二階にある茜の自室に通される。

 

「あ、あっ、あのね、実は、その、ぎ、ギター……始め、よう、と、思って」

「それはまた、突発的な」

 

 視線を手元に向けて、茜は本のタイトルを脳裏で読み上げる。それは初心者用のギター講座が殆どで、ひとりの本気が伺えた。

 

「だ、だから、その……茜くんに、ギター、教えて、ほしくて……」

「んん、あー……まあ、そうだなあ」

「ぎ、ぎぎギター、詳しい、し、他に頼れる、人が、い、いなくて」

 

 ちら、と茜の視線が一瞬部屋の隅に向き、ひとりに向け直すと小さくため息を漏らす。

 

「こういうのは、単純な練習量が重要だぞ? というか俺はもう弾けないし」

「うっ、う……」

「それでもやりたいって言うなら、基礎的な部分だけは教えてあげられるけど」

「──! い、いい、の?」

「別に駄目な理由もないし」

 

 なぜ断られるだろうと想定しながらギターを引っ提げてきたのか。と呆れながら、茜は机の引き出しから黒と金の傷まみれのギターピックを取り出して、指でピンと弾いて飛ばす。

 

「あ、わわ」

「それあげる」

「あっ、あ、ありがとう」

「──じゃ、早速弾いてみるか。いやその前にチューニング……というかひとりのギターってなんなんだ? 買ってきたのか?」

「あっ、これはお父さんから借りたやつ……」

「ふうん────え゛」

「?」

 

 ずるりと取り出されたギターを見て、茜がぎょっとしながら絶句する。

 ──それかなり高いやつだぞ!? と叫びそうになり、慌てて口をつぐんだ。

 

「な、なに?」

「……なんでもない」

 

 誤魔化すようにかぶりを振って、それから改めてひとりに握り方から順に教えて行く。

 茜が数回弾いては調節したギターを受け取り、ひとりは貰ったピックで先ずは一度ジャララッと弾く。自分の手で奏でた音が部屋に響き、ひとりは喜びと驚きをない交ぜにした表情をした。

 

「──! ……っ、あ、う……ぅへへ」

 

 ジャカジャカと、演奏もクソもない、技術もへったくれもない、雑音に等しいひとりのギター。それが、茜にはひどく眩しく見えている。

 

「…………いいなあ」

 

 その光景を、部屋の隅にまるで墓標のように置かれている、古いギターだけが見ていた。

 

「そういえば、何で急にギターなんか始めようと思ったんだ?」

「あっ、えっ、あ、いや、その……えっと…………せ、世界平和? を伝えたくて?」

「意識高いな……」

 

 

 

 

 

 

 

 ──後藤ひとりは、柊木茜以外に親しい人間が居ない。コミュニケーション能力が壊滅していて、自己評価が低く、けれども『凄い人だとちやほやされたい』という欲求でギターを始めた。

 

 長続きはしないだろうと思っていた茜にとって、誤算だったことは二つ。

 一つは彼女が3年間毎日()()6時間も練習をするほどのめり込んでいたこと。

 そしてもう一つは──ひとりの根底にあるギターへの憧れの切っ掛けは、記憶の奥底に沈んでいる、数年前に一度だけ動画サイトで見た、とある天才ギタリスト少年の演奏であったこと。

 

 ただがむしゃらに練習を重ね、腕を磨き、ギターヒーローを名乗り動画を上げた彼女は、無意識のうちにあの日見た演奏に追い縋るために努力を重ねていた。()()()()()()()()()()()()()ことを、誰からも指摘されないまま。

 

 

 

 そんなひとりがある時、ギターと音楽関連のグッズを携えた重装備で登校する姿を見て、茜は深く聞き込むことはせずに隣を歩く。

 うつむきながらもニヤついた顔に嫌な予感を覚えつつ、返事だと言えるかも怪しい吃りを聞き流し、廊下で別れてから数時間後の放課後。

 

 ──今頃誰からも話しかけられずにうなだれているだろうな。と、確信に近いことを考えながら、茜はクラスで小さくため息をついた。

 

「はぁ」

「柊木くん、どうしたの?」

 

 ふと、茜の傍に赤髪の少女が歩み寄る。接近に気づいた茜は、机から顔を上げてクラスメートの顔を見るや、彼女の名字を呼んだ。

 

「ん? ああ、喜多か」

「廊下の方になにか?」

「廊下というか……2組の方というか」

「???」

 

 キョトンとした顔で小首を傾げる赤髪の少女──喜多は、茜の返答に疑問符を浮かべる。

 

「……まあ、気にするな」

「そ、そっか。あっそうだ! よかったら今度の休み、皆でカラオケに行かない?」

「悪い、パス」

「ふうん。もう、じゃあまた今度ねっ」

 

 残念そうな表情を取り、それから朗らかな笑みを浮かべて喜多は自分の席に戻る。

 友人らと流行りの話題で盛り上がっているのだろう喜多を見て、茜は呟く。

 

「……喜多のやつ、誰にでもあんな顔するから変な勘違いされるんだろうに」

 

 茜から見た喜多は、誰に対しても分け隔てなく接する、俗な言い方をすればいわゆる『陽キャ』の類いであった。

『もしかしたら、あいつ俺のこと好きなんじゃ?』という勘違いを生むこともあり、時おり彼女に告白しては玉砕する生徒を見る。

 

 喜多は誰にでも優しい。しかしそれは、裏を返せば誰か一人を特別扱いすることはないということになる。茜は彼女と仲がいいが、自分が多数のうちの誰かに過ぎないことは理解していた。

 

「……?」

「────」

 

 そうして観察していると、喜多が茜の視線に気が付いて顔を向ける。不思議そうにしながらも、彼女は口角を緩めて小さく手を振り、茜もまた眉を上げて反応してから席を立つ。

 バッグを肩に提げて廊下に出た茜は、2組の方に向かい、おもむろに扉を開けた。

 

「…………うわぁ」

 

 視線の先では、重装備のバンドグッズを外して机に突っ伏しているひとりの姿があった。目敏く茜の気配に勘付くと、ひとりは誰にも気づかれないように静かに荷物をまとめて部屋を出る。

 

「…………」

「────」

 

 高校を出るまで、二人の会話は無かった。

 

 

 

 

 

 ──普段よりも更にうつむき暗い雰囲気を醸し出しながら歩くひとりに、茜は同情的な目を向けながらも隣で口を開いた。

 

「もういっそのこと、自分がギターヒーローだって明かしたらどうだ?」

「む、むむむ無理無理無理! 私みたいな根暗陰キャが急にそんな事言ったら『ギターヒーローを騙ったで賞』で磔にされちゃう!」

「ここは中世じゃないぞ」

 

 物騒な思考回路のひとりにそう返して、茜はならと背中のギターケースに視線を向ける。

 

「なんで今日はギター持ってきたんだ?」

「あっ、いや、その…………ギターとグッズを持っていけば……クラスの誰かが話しかけてくれるだろうなあと思いまして……はい」

「そこまで出来るのに土壇場で自分から話しかけには行けない辺りがな」

「う゛」

 

 バッサリと言い切られ、ひとりは呻き声をあげる。そのままよろよろと公園まで歩くひとりを連れ、茜はブランコに座りキイキイと動かす。

 

「べ、べべつに、友達は茜くんがいればいいもん……無理に作る必要なんて無いよ……」

「後半はその通りだけど前半はダメだろう。俺が違う用事で居ないときはどうするんだ?」

「うっう……あ、登録者数3万超えた」

「そりゃ凄い。でも誤魔化さない」

「うぶぶぶ」

 

 スマホを眺めて現実逃避するひとりの頬をつつく茜は、まったくと呟いて再びため息をこぼす。茜から見れば、ひとりの行動は歪だった。

 誉められたい、でも人と関わりたくない。なのにギターの練習を怠ることはなく、今ではプロとも遜色ない腕前を得てしまっている。

 

 言動と行動の噛み合わなさが、後藤ひとりの生きづらさになっているのではないか、と。そんな風に考えて、視線をひとりから前に戻し、公園の出入口に向け────

 

「…………」

 

 不意に、金髪をサイドテールにしている少女と顔が合った。なんとなく会釈をし、それに返した少女が顔を歩道に戻し、直後にもう一度茜たちを勢いよく見返す。

 

「……あっ! ギタ────!!」

 

 綺麗な二度見をした少女は、茜とひとり──ではなく、背負われたギターを見て公園の中に入り、二人目掛けて駆け寄ってくる。

 

「ひっ、ひぃぃぃぃっ!?」

「ねえそれギターだよね? 弾けるの!?」

 

 か細い悲鳴をあげながら反射的に茜の後ろに隠れるひとりに、少女は詰め寄りながら問いかける。ブランコに座る茜は、後ろからしがみつくひとりと詰め寄る少女に挟まれる形で口を開いた。

 

「俺を通して喋るのやめてもらえるか」

「おっとと、いきなりごめんねー。あたし、下北沢高校2年の伊地知(いじち)虹夏(にじか)!」

「あっ、後藤ひとり……秀華高校1年です」

「柊木茜です、同じく秀華高校1年」

「よろしく! ちなみにひとりちゃんはさ、ギターどのくらい弾ける?」

「!?!? ──あっ、そこそこかと

 

 さらりと名前で呼ばれて驚愕しながらも質問に答えるひとり。少女──虹夏は、その返答を聞いて、気まずそうにモジモジとする。

 

「実は今困ってて……無理だったら大丈夫なんだけど…………お願い! あたしのバンドで今日だけサポートギターしてくれないかな!」

「えっ」

「これからライブなのにギターの子が突然辞めちゃったの! お願い!」

「えっ」

「ありがとう! 早速ライブハウスにGO! ほらほら茜くんも行くよっ!」

「えっ!?」

「はいはい」

 

 会話と呼べるかも怪しい会話が終わり、虹夏は強引にひとりを連れ出す。困惑した顔で引っ張られながら虹夏と自分を交互に見るひとりの後ろを歩く茜は、無言でSOSを無視した。

 

「本人が自主的に友人を作れないなら外から強引に……か、意外と有効だな」

 

 ──今度、喜多でもぶつけてみるか。と思案しながら、茜は二人と共に下北沢に向かった。

 

 

 

 

 

 ──下北沢を歩いて十数分、茜とひとりは、虹夏の案内でライブハウスに通される。STARRY(スターリー)と書かれた看板を一瞥してから中に入ると、薄暗く雰囲気のある店内が視界に広がった。

 

「ひとりちゃん、大丈夫?」

「うへ……私の家」

「違うよ?」

「あの人たちは他のバンドか」

「う、うん、そう」

 

 薄暗く圧迫感のある空間に居心地のよさを見出だすひとりの突拍子もない発言にツッコミつつ、虹夏は茜の問いに律儀に答える。それから店内を案内されPA(音響担当)などに挨拶していると、三人に声をかける人物が現れた。

 

「やっと帰ってきた」

「リョウ」

 

 声の方向に意識を向けると、青い髪を短く揃えた泣きぼくろの少女が歩いてくる。

 

「この子は後藤ひとりちゃん、奇跡的に見つかったギタリストだよ! こっちは柊木茜くん。……えっと……付き添い? でいいの?」

「それでいいです」

「へー」

「……」

「…………」

「………………」

「なに睨み合ってるの?」

 

 中性的(ユニセックス)な雰囲気の顔を無表情から崩さずに、リョウと呼ばれた少女は二人を見る。

 ハシビロコウもかくやと言わんばかりにじっと見てくるリョウとにらめっこのような状況になった茜は、虹夏の紹介でようやく顔をそらせた。

 

「この子は山田リョウ。ベース担当で、変人って言うと喜ぶよ~」

「てれ」

「なんで……?」

 

 無表情のまま器用に照れるリョウに当然の疑問が浮かぶ茜。そんなリョウは、そういえばと顔色を切り替えて虹夏に言った。

 

「──店長が時間までに練習しとけって。あと虹夏が勝手にライブハウス抜け出したから、怒りながら買い出しに行った」

「えっ嘘!? 帰ってくる前に早くスタジオ行こっ! ひとりちゃんも!」

「は、はい!」

「俺を盾にするな」

 

 ずっと無言だったひとりが、しれっと茜の後ろに隠れていたのか彼の背中から声を出す。ひとりを引きずる形でスタジオに入った茜は、虹夏から渡されたセットリストを斜め読みする。

 

「バンドメンバーは三人だけなのか」

「そうだよ、今回は楽器だけ(インストバンド)だから」

「へえ……ひとり、調子はどうだ?」

「う、うん、だ、大丈夫、これは、弾ける曲」

「いやそっちじゃなくて──」

 

 受け取った書類に目を通すひとりに、彼女の問題点を告げようとしたが、茜は少し考えるそぶりを見せてから口をつぐむ。

 

「──まあ、嫌でも気づくか」

 

 意気揚々とギターをセッティングするひとりを尻目に、部屋の隅の椅子を借りて座る茜。

 ベースとドラムを用意したリョウたちを一瞥し、どこか自信ありげなひとりに視線を戻すと、茜はひとまず演奏を聞こうと意識を集中する。

 

 無意識に右腕を握る彼の様子など露知らず、三人は、合図を挟んで早速と演奏した。

 

 

 

 防音のスタジオに響く外に逃げない音を浴びて、茜は思わず顔を覆った。

 

「…………ひでぇ」

「ド下手だ……」

「へたっぴ」

「!?!?!?!?」

 

 三者三様の罵倒に、ひとりは驚き戸惑い困惑する。それもそうだろう、ひとりの演奏の上手さは、()()()()()という前提条件が付く。

 

「ひとり、お前、突っ走りすぎ」

「えっ、あっ、うっ」

「顔を見ないで自分勝手に演奏してたら、リョウも虹夏も調子を崩されるだろ。端から見てたら誰でも下手だって言うぞ」

 

 人と人との呼吸を合わせることが重要なバンドでのチームプレイともなれば、ネットで大人気のギターヒーローといえどその実力は下の下。事実として、今だけであれば、恐らく茜の方がよっぽど上手く演奏を合わせられるだろう。

 

「わっ、わた、私は……ミジンコ……以下」

「そこまでは言ってない──またイマジナリーフレンドと会話してるのか」

「今『また』って言った?」

「いつものことだ」

「ヤバくない?」

 

 虹夏の疑問に、茜は答えなかった。人間としての形状を保てているなら、イマジナリーフレンドとの会話くらいは許容する。それが、茜が学んだひとりの扱い方であった。

 

「どうも……プランクトン後藤です……」

「売れないお笑い芸人みたいな人出てきた!?」

 

 例え登録者数3万人の凄腕ソロギタリストであっても、呼吸を合わせられないのならその実力は発揮されず、バンドの中では一番下。

 そんな事実を突きつけられ、後藤ひとりは灰となり、二度とギターを持つことはなかった。

 

 

 

 

 

 おさななじみ・ざ・ろっく! 

『完』




※続きます。

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