放課後、クラスで帰りの支度をしている茜は、額に青筋を浮かべながら喜多に言った。
「次またロメロスペシャルなんかしてみろ、お前の自撮りの全てに微妙に写り込んでイソスタを彼氏匂わせアカウントにさせるからな」
「微妙かつ最悪の嫌がらせね…………いえその、あれは勢いというか」
「勢いというには完璧な動きだったがな。リョウのSNSのアレごときで荒ぶりおって」
まだ少し軋んでいるような気がする体に違和感を覚えつつ、茜は席を立つ。
その後ろをギターケースを背負って付いてくる喜多を見て、廊下を歩きながら呟く。
「なあ喜多、今後は俺と一緒に教室出るの、やめた方がいいと思うぞ」
「え」
ぴたりと足を止めた喜多に振り返ると、彼女はサアーッと顔を青ざめさせている。
「え、え、あ…………嫌いになったの?」
「ついこの間嫌い度が30%ほど溜まるようなことはされたがそうじゃない」
いきなり知り合いから自分に全くの非が無いSNS周りのトラブルとその誤解により追い回されたあげく、プロレス技を決められた場合、嫌いにならない方がおかしいレベルではあるが、茜が言いたいのはそういうことではない。
「放課後に男女が同じタイミングで教室を出る様を見られたら、どう誤解されると思う」
「────。あっ」
「気がついたか」
「……まあ、私は構わないけど……」
「俺は構うから相容れないな」
顔色を青から赤くする喜多を勝手に付いてくるだろうと放置して、ひとりの居る教室に向かう。誰かが開けたままの扉から覗き込むと、寝ている振りをしていたひとりが茜と喜多の気配に気付き、音もなくその場を離れ近づいてくる。
「あ、あ、あっ茜くん、き、喜多さん」
「気配を消す技術が高まってきたな、いいぞ」
「……後藤さんって忍者の末裔だったりする?」
「えっ、ふ、普通の家だと思いますけど……」
まるで最初から教室になど居なかったかのように誰にも悟られずに出てきたひとりを見て、喜多は口角をひくつかせていた。
──STARRYに集まり五人でテーブルを囲み、自然とひとりとリョウの間に収まった茜。
おもむろにリョウに視線を向けると、じっと自分を見ている彼女と目が合った。
「……お前、あの写真消したんだろうな」
「うん。SNSに上げたのは消した。なんかクラスでめちゃくちゃ質問責めされたし」
「だろうな。──保存してる方も消せ」
「やだ。まだ使うかも」
携帯を懐に隠すように仕舞うリョウを横目に、パンパンと手を叩いて虹夏が注目させる。
「はいそこイチャつかない。そんじゃさっそくバンドミーティング始めるよ! はい拍手!」
スケッチブックを手にそう言った虹夏は、ひとりと喜多のまばらな拍手を受けながら続けた。
「本日のテーマはずばり! 『より一層バンドらしくなるには?』」
「ザックリしている」
「いいかね茜くん、せっかくメンバーが四人になったわけだし、更にバンドらしいことがしたいわけさ。練習ばかりじゃ息も詰まるしね」
「……ああ、なるほど」
一瞬喜多を見た虹夏の視線を辿り、茜はそう言って合点が行くように返す。
実力を含め完全に周回遅れの喜多は、普通以上に努力を重ねなければならないが、ただ練習量を増やせばいいというわけでもない。
「というわけで、グッズ作ってきたよ!」
「さては建前を良いことに浮かれてるな?」
じゃん、と見せてくるそれは、腕に巻かれた結束バンドだった。リストバンドになるものを探してきたのか、通常のものよりも幅がある。
「それただ結束バンド巻いただけじゃ……」
「可愛くない? いろんな色取り揃えてるよ」
喜多に問われるも各色の結束バンドを取り出す虹夏。そのうちの青色を手に取ったリョウは、油性ペンで名前を書きながら呟いた。
「物販で500円で出そう」
「ひでえボッタクリだ……いや意外と適当か?」
「サイン付きは650円」
「買います!」
「買うな」
「あげる」
「要らん。──勝手に巻くな」
茜の否定を無視してサイン付きの結束バンドを腕に巻き付けるリョウは、ついでに喜多の分を書いて渡す。
それから話は進み、バンドらしさを追求する流れはひとりに焦点が当たった。
「そういえば、以前にひとりが曲を作るって話になってなかったか」
「えっ」
「あ~そうだった! ぼっちちゃんにはね、オリジナル曲の作詞という重要任務があるんだよ」
「えっ?」
「あれ? 前に話したよね、リョウが作曲! ぼっちちゃんが作詞! って」
「…………あ、茜くん?」
すっ、とひとりは茜を見る。──嘘だと言ってくれ。という期待の眼差しを前にして、茜はそっと彼女の手を包むように握ると言った。
「お前なら歌詞を書けると信じている」
「うっ、あっ、あっ、あっ」
「ひとりはきっと、凄いことに挑戦するんだろう。俺には作詞なんて出来ないからな」
「あ、え、うっ…………」
みるみるうちに白い顔を真っ赤にするひとりは、口角をにやにやと緩めながら分かりやすいほどに上機嫌になり言葉を返す。
「ま、まっ、まぁ~? 作詞なんて、朝飯前のちょちょいのちょいですよ~?」
「後藤ひとりはこうやって扱うんだ」
「ぼっちちゃんチョロいな……」
「大ヒット間違いなしの、バンドらしい歌詞書いちゃいますから~」
「──らしい?」
うへへへ、と笑いながら言うひとりを見ながら、リョウは誰に言うでもなく小声で囁く。
普段の雰囲気とはまた違った様子を、虹夏と茜だけが認識していた。
──時は経ち一週間後、外出先で電話を受けた茜は、ひとりのSOSを耳にした。
『あっあっ茜くん! か、歌詞が書けない!』
「大変だな」
『いっいい今どこに居るの? 家にきて……』
「ごめん、お前の家には行けない。俺は今シンガポ──じゃなくて書店に居るから」
茜は新刊のコーナーにあるお目当てを手に取り、店内を歩きながら小声で会話を交わす。
「Iri§先生の『星屑のインテンツィオーネ(完全版)』がよりにもよって今日発売なんだ……許せひとり、さっき手にしたのがラスト一冊だから今すぐ帰るのは無理だ」
『あっ……それなら、し、仕方ない……よね……はい──あ、ロインに通知が』
「うん? ……俺の方にも来たな。ひとりー、そろそろ会計もしたいし電話切るぞ」
『あっうん』
プツ、と通話が切れ、茜はレジ前の列に並びながらロインに入ったメッセージの確認をする。
「サイン会抽選には落ちたのが痛かったな……と、虹夏からか。【下北に集合】……?」
先の会話を思いだし、恐らくひとりにも同じメッセージが行っているのだろうと察する。
会計を済ませた際にカバーを付けてもらった本を鞄に仕舞い、茜は一抹の不安を抱えながら、呼び出し通りに下北沢へと向かった。
駅の改札を通り、見覚えのある信号機カラーの頭を見かけ、茜がそちらに歩み寄る。
そこで見たのは──虹夏たち三人に土下座をしているピンク色の姿だった。
「……うわ」
「ん? ────あ! 茜くん! こら、見なかったことにして逃げるな!」
「気配を消しきれなかったか……」
風景に同化して人混みに紛れようとした茜だったが、二度見してきた虹夏に見つかり仕方なく合流する。顔を上げたひとりは胸元に看板を垂らしており、そこには『私は約束通りに歌詞をかき上げられませんでした』と書かれていた。
「あ、あの、これは、調子に乗ったくせに全然歌詞を書きあげてこられなかった私を呼び出して吊し上げる会なのでは……?」
「そんな外道なことしないよ!? ……ていうか茜くんはなにしてたの?」
「書店巡り」
「もー、バンドメンバーが大変なときなんだから手伝ってよねっ!」
「ナチュラルに俺をメンバーに加えるな」
バイト仲間以上バンドメンバー以下。これが今の関係であるため、茜は虹夏の認識を改めさせる。彼女もまた、首をかしげて問いかけた。
「茜くんは……メンバーだよね?」
「全然違いますけど」
「でもほら、色々と手伝ってくれてるし、喜多ちゃんに指導もしてるし、実質結束バンドの幻の五人目と言っても過言ではないよ?」
「過言だと思いますけど」
ひとりを立たせながらそう返し、脚の埃を払ってあげながら口を開く。
「それで、わざわざ全員集めて何がしたいんだ」
「──ふふん、それはね……まだやってなかったバンドらしいことがあるからだよっ」
両手の親指と人差し指だけを立て、それらの指を左右対称にくっつけて四角を作り、枠の中に目をあてがいながら虹夏は続けて言った。
「すなわち……アー写を撮ろう!」
「なるほど。なるほど……」
「どしたの?」
考え込むように口許に手のひらを当てて、うつ向きながら唸るように悩む茜。虹夏の言葉を噛み砕いて理解し、それからおもむろに顔を上げると、彼はおずおずと問い掛けた。
「……心霊写真もアー写に使えるのか?」
「今ぼっちちゃん見ながら言ったよね?」
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