【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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その信頼は甘い毒のように

 ひとりの部屋の写真を全て剥がし、呪いの浄化を終えた日からしばらく。STARRYで集まる五人は、店長の一声に意識を向けた。

 

「えー諸君。お待ちかねの給料だぞ」

 

 そう言って扇のように広げた茶封筒を見せ、一人ずつ名指しで呼んでそれを手渡す。

 最後に呼ばれた茜が受け取った封筒を掴むと、その厚みに眉を潜める。

 

「はい茜くんの分。力仕事とかしてくれてたし、ちょっと色付けとくから」

「どうも」

 

 一礼をして離れた茜は、背中を向けて封筒を開ける。中には万札と千円札が入っていた。

 

「一万と……三千円か」

 

 横目でライブ代徴収で一ヶ月の働き分を取り上げられたひとりを見つつ、茜は一万円札だけを抜いて残りを封筒ごと懐にしまった。

 

「虹夏、俺の分だ」

「……今さらだけどホントにいいの?」

「貰えるものは貰っておけ」

 

 特に金が欲しくて働いたわけではないため、全額渡してもよかったが、店長の厚意を無下にすることになるのではと思案して留まった。

 

 

 

 それから曲が完成したからと四人でリョウの携帯を囲む様を眺めていると、テーブルを挟んだ向かいに座るPAがふと口を開いた。

 

「青春してますねぇ」

「そうですね」

「混ざらないんですか?」

「いえ。メンバーではないですし」

「別に良いのでは?」

 

 PAにそう言われるも、茜の返しは肩を竦めるだけに終わった。少しの間を置いて横でカウンターに置いたパソコンを弄る店長に目を向けてから、小さい声で続ける。

 

「──あいつらの問題はここからなんで、()()()に付くか悩み中……と言いますか」

「…………、ああ~~」

 

 なるほどとでも言いたげに声を伸ばすPAは、チャリチャリと耳元の大量のピアスを指で弄る。茜が言ったその直後に近づいてきた虹夏は、さも当然であるかのように店長に問いかけていた。

 

「ねえお姉ちゃん、次も出ていいんだよね?」

「──あ? 出す気ないけど」

 

 ピシリと、虹夏は固まった。

 

 茜とPAは『だろうな』と言わずとも同じ事を思い、顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

 

「えっなんで? オリジナル曲も出来たのに」

「それはこっちには関係ない」

「ああ……ちゃんと集客出来なかったときのノルマなら払えるよ?」

「問題なのはお金じゃなくて実力」

 

 淡々と、それでいて虹夏たちをライブに出せない理由を端的に述べる店長。

 真横で繰り広げられる剣呑とした雰囲気に、居心地悪そうに茜は頬を指で掻いた。

 

「この前は出してくれたじゃん」

「あれは思い出作りのために特別。普段はデモ音源審査とかしてんの知ってんだろ」

「そう……だけど……」

 

 茜の脳裏に()()()()でなぜライブに出られたのかという疑問が過り、そういうことだったのかと合点が行く。

 

「悪いけど、5月のライブみたいなクオリティなら出せないから」

「出せないって、じゃああたしたちは」

「一生仲間内で仲良しクラブやっとけ」

「店──」

 

 それ以上は不味い──と席を立とうとした茜は、肩を震わせる虹夏を視界に捉える。

 

「まだ何かあんの?」

「っ──! 三十路にもなって未だにぬいぐるみ抱いてないと寝れない癖にー!!」

 

 虹夏は続けてそう捨て台詞を吐き、そのままSTARRYを慌ただしく出ていった。

 バタン! と閉められた扉を見て、唐突に年齢を弄られた店長は声を荒らげる。

 

「まだ29だ! ……ったく、なんだ今のは」

「ぬいぐるみって、このヨレヨレのうさぎとパンダのこと?」

「ほう……これはまた」

「あら可愛らしい」

 

 すすす、と近寄ってきて携帯の画面を見せるリョウの横からPAと共に顔を覗き込ませた茜は、ソファでぬいぐるみを抱きながら眠っている店長の姿を写した写真を見る。

 

「その画像今すぐ消せ!」

「……はーい」

「何してるんですか! 追いかけますよ!」

「えー」

「面倒そうにしないで!」

 

 携帯の画面をタップするリョウは、その姿勢のまま喜多に引きずられて行く。

 

「ほら後藤さんと柊木くんも!」

「えっあっはい!」

「ひとり、ちょっと待て」

「あっえ、えっ?」

 

 リョウを連れて出ていった喜多を追いかけようとしたひとりは、『バックアップ』というメッセージと共にリョウから送られてきた()()()()()を保存しながら呼び止めてきた茜に振り返る。

 

「な、な、なっ、なに?」

「虹夏の早とちりの訂正だ。店長はなにも、意地悪で出さないと言ったんじゃない」

「あいつらに伝えてほしいんだよ。『ライブに出たいならまずオーディション、一週間後の土曜に演奏見てから決める』って」

「えっ、あっ、その、それならあっ、茜くんも、来てくれたほうが……」

 

 伝言を聞きながら、ひとりはしどろもどろで茜を見る。彼もまたひとりを見ると言った。

 

()()は、俺の仕事じゃない」

「────、えっ」

「早く行かないと見失うぞ」

「あっ、あっ……う、うん」

 

 扉の方を指差す茜に急かされて、ひとりは後ろ髪を引かれるように一度だけ振り返り、それから改めて三人を追いかけていった。残った茜はため息をつきながら席につき、短く店長と呼ぶ。

 

「……なに?」

「焚き付けるために悪役が必要とはいえ、言い過ぎだったのでは」

「別に。かといって茜くんとかPA(こいつ)にやらせるわけにもいかないだろ」

 

 ふい、と顔を逸らす店長を見て、茜は小さく笑う。今度は逆に店長が問いかけてきた。

 

「ていうか、あんたは追いかけなくてよかったの? 虹夏たち励ましてやんなよ」

「……いえ。やたらと甘えられても困るので、ほどほどに突き放さないと。困ったら俺に相談すればいい、なんて慢心されても嫌ですし」

「パパがやる類いの悩みですね~」

「まだ16ですが……」

 

 袖で口を隠してクスクスと上品に笑うPAは、ジト目を向ける茜にあっけらかんと続ける。

 

「あの子達の力になるのが嫌なんですか?」

「──いえ。決してそういうわけでは」

「今まであんなに親身だったのに、今回に限って突き放すのは、理由があるからでしょう?」

「…………」

 

 ピクリと目尻が痙攣する茜が、顔を上げた先にあるPAの目を視界に収める。

 ちらりと横目で店長を見ると、彼女もまた話を聞く体勢でこちらを見ており、茜は諦めたように深呼吸してから口を開いた。

 

「…………俺はかつて、ギター経験者でした。腕を怪我して、今はもうやってませんが」

「へぇ、そうだったんだ」

()()()ですよ。俺は単なるギター経験者。バンドなんてやったことはないし、その経験は今後も積めない。──そして、いずれは、俺の知識や経験なんて役に立たなくなる」

 

 昔からストレスを感じると無意識に右腕を掴む癖が治らず、茜は左手に力が加わるのを他人事のように感じ取りながら眉間にシワを寄せる。

 

「改めて色々と考えるようになったら、どんどん頭の中が悩みでぐちゃぐちゃになって……今はただ、ちょっと、余裕がない」

「そうでしたか」

「頼られることは、嫌じゃないんですがね」

 

 ため息混じりにそう言った茜を見て、ぽすっと店長がPAの肩を叩き、かぶりを振る。二人はそれ以上の追求はせず、ただ一言「今日は帰れ」と告げるのだった。

 

 茜が帰るのを見届けた二人は、そのままポツポツと会話を交わす。

 

「柊木くん、たぶん、あの子達に好かれてるのが……信頼されてるのが怖いんですよ」

「──ああ。なんつーか、『もう終わった自分』が絶賛活動中のバンドに関わって、万が一にも失敗させたくない……って考えてる感じか。心が中途半端に大人になっちまってんだな」

「悩ましいですねぇ……結束バンドのみんなの音楽がいい刺激になるといいんですけど」

 

 

 

 

 

 ──その日の夜、なんとなく携帯を手に近所の散歩をしていた茜は夜風を浴びていた。

 

「……自分が嫌になるな」

 

 自虐するようにそう言って、おもむろに公園のブランコに座る。その直後、マナーモードの携帯が電話の着信を知らせてきた。誰からかと確認をして、茜は何度目かのため息をこぼす。

 

「タイミングが良いんだか悪いんだか」

 

 画面をタップして耳に当てると、茜は懐かしむように口角を緩めて声を出した。

 

「──久しぶり、母さん」

『まだ起きているかしら』

「起きてるよ。そっち(アメリカ)は……朝か?」

『ええ。そっちは夜よね、今は大丈夫?』

「ああ。それで、なんか用?」

『用は無いけど、一年も帰れていないのよ。声を聞いておかないとそろそろ忘れてしまうじゃない。顔は写真があるから問題ないわ』

「そうかもな」

 

 淡々とした声色に安心感を覚えつつ、茜は久しぶりの会話に集中する。

 

『ところで、彼女は出来たのね』

「いいや? ……なんで断定口調で言うんだ」

『──何故って、貴方のことを、貴方の代わりに愛してくれる人が必要だからよ』

 

 女性──母親は、電話口の向こうでそう言った。茜が真顔になっていることも恐らく理解しているのだろう声が、さらりと告げる。

 

 

 

『だって貴方、自分のことが嫌いでしょ』




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