【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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バンドの為に弦は鳴る

 柊木弥生(やよい)。彼女は海外のERを転々とする医者であり、その腕は非常に優れていた。

 性格は真面目で堅物。たとえ相手が子供でも正論と理詰めで叱るため、茜の幼少期に小学校で『子供の嫌いなものランキング』があれば、生野菜の次に弥生がランクインしていることだろう。

 

 そんな弥生を、茜はこう評価していた。

 

 ──大人としてなら優れているが、『親』をやるのには向いていない人間である。……と。

 

 

 

 

 

 ──柊木弥生にとって茜とは、不必要に泣かず、喚かず、怒らない、一切手の掛からない子供だった。彼はまるで命令が無ければ動かないロボットのように自我が薄く、ぼんやりと絵本を読み、ぼんやりと隣人の少女と共に大人しく日向ぼっこをする人生を過ごしていた。

 

 そんな幼い茜が、ある時ギターと出会い、その表情を今まで一度も見たこともない感情に変えた光景を、弥生と夫はいつまでも覚えている。

 

 だからこそ、事故で右手を──ギターを奪われた茜が()()()表情をしていたことを、いつまでも、いつまでも、忘れられないでいる。

 

 

 

 

 

『だって貴方、自分のことが嫌いでしょ』

「────ああ、そうだな」

 

 実の親から放たれた無慈悲な発言を、茜は否定せずに受け入れる。

 

『自分のことが嫌いだから、人からの好意や信頼に意識を向けたくない。友愛でも恋愛でも関係なく、人を好きになるのが怖いのよね。相手の想いを裏切る未来ばかり考えてしまうから』

 

 そう言って茜の内心をえぐる弥生は、一転して声色を僅かに明るくした。

 

『まあそんな些末な問題はどうでもいいのよ』

「些末って言ったか」

『私は精神科医じゃないもの。それに──無理に治せばいいというわけでもない。今一番重要なのは、貴方が悩みを抱えているということ』

「……母さんでもそういうのは分かるんだな」

 

 ブランコに腰かけたままの茜は意外そうに言葉を返し、弥生もまた淡々とした口調で言う。

 

『声のトーンが気分が落ち込んでいる人の()()だから、聞けば誰にでもわかるわよ。悪かったわね、『母親』がやるような耳障りの良い返しが出来なくて』

「そもそも期待はしてない。……最近人生相談してばかりだな、ちょっと聞いてもらえるか」

『ええ。ついでに近況報告も含めてもらえる?』

 

 ため息を一つ。その後に茜は、少しずつここ数ヵ月の出来事を語った。

 

 ひとりがバンドを組んだこと、その手伝いをしていること、クラスメートとバンドの確執を解したこと。そして、バンドメンバーに信頼を寄せられていることを苦しく感じていること。

 

 その原因が、過去の短い栄光を引きずっている自分であることまで、包み隠さず。それら全てを聞いて、弥生は────ため息をついた。

 

『はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~』

「長っが……」

『小さい頃はロボットか何かかと思うくらい自我の薄い子供だったからわからなかったけど、今なら貴方のことがよく分かるわね』

 

 弥生はようやく合点が行ったようにそう言うと、一呼吸挟んでから茜に言う。

 

『──貴方は私に似て凄く賢いのに、お父さんにも似ているからとてつもなく馬鹿』

「親父に似てるは言い過ぎだろ」

『そうね、流石に言い過ぎたわ』

 

 一拍。

 

『貴方にも分かるようにハッキリ言うけど、茜は悩みすぎているのよ。だって、誰も()()()()()()()には期待なんかしてないんだもの』

「……悩みすぎ、か」

『もっと普通に、同年代の友人として、力になってあげればいいじゃない』

「…………」

 

 弥生の言葉に、茜は考えるように黙り込む。ズバズバとした物言いは意外にもすっと胸の奥に浸透し、なるほどと言わずとも納得する。

 

「……そうだな。もう少し、気楽になってもバチは当たらないか」

『そうしなさい。貴方はお父さんの優しいところも受け継いでいるのだから、私と違って交遊関係を損得勘定で決めなくて良いのよ』

「確かに。よくよく考えたら、母さんもひとりのご両親以外に友人居なかったし」

『こうなりたくなかったら人の好意は素直に受け取ったほうがいいわね』

「説得力あるな……」

 

 ──なんて悲しい青春を過ごしたんだ……と続けようとし、流石の茜でもそれだけは言えなかった。それから、一呼吸空けて弥生に言う。

 

「……なあ、今年は帰れないんだろ」

『そうね。今年は無理──だけど、来年は時間を作って帰るわ。ひとりちゃんの顔も見たいし、妹さんとはまだ会ってないから』

「スケジュールを組むなら、数日分纏めておいてくれ。()()()()()()()()を紹介したい」

『……ふ、分かったわ。ああそうだ、茜』

「ん?」

 

 言うだけ言って電話を切ろうとした茜は、耳から離した携帯からまだ弥生の声が聞こえてきて、それを耳に当て直す。直後、茜はその通話を容赦なく切って終わらせた。

 

『──ところで彼女は出来たの? 私は構わないわよ、4~5人居ても。もしかしてそのバンドの子達とは既にそうい「はいサヨウナラ」

 

 公園を出て帰路を歩きながら、茜は重苦しいため息をついて独りごちる。

 

「『母親』をやれない分、外部に俺への愛情を求めるのはわかるが……俺の恋愛事情の話になった瞬間に倫理観がバグるのは欠点か」

 

 彼女、というワードを聞いて、なんとなくひとりが、そしてきくりやリョウの顔が過ったが──茜の顔が苦々しく歪んでいた。

 

「……どう取り繕っても、介護は恋愛ではないよな。普通に考えてリョウは論外」

 

 ──やはり収入だよな……と呟く茜は、一転、どことなく軽い足取りで歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──数日経ち、オーディションを前日に控えた夜。後藤家二階の部屋で寝巻きのパジャマに着替えるひとりの衣擦れの音を耳にしながら背中を向けていた茜は、おもむろに口を開いた彼女の言葉を大人しく聞き入れていた。

 

「あ、茜くん。あのね、虹夏ちゃん、ゆ、夢が、あるんだって」

「そうか」

「まだ、秘密だって言ってたけど……か、叶えて、あげられたらって、思った」

「そうか」

 

 座ったまま体の向きを反転させ、着替え終えたひとりを見上げると、目の前に座るようにと茜は畳を叩いてジェスチャーする。

 

「それで?」

「で、でもね、まだ成長とか、そういうのが、実感が無くて……ど、どうすれば、いいのかなって、ずっと悩んでて」

 

 文字通り膝を突き合わせ、項垂れるひとりの頭が茜の胸にぼすっと当たる。

 胡座をかいている茜は下を向いた先にある後頭部に顔をうずめると、ひとりに言葉を返した。

 

「なあ、ひとり。お前は結束バンドに入って、何がしたいんだ」

「えっ?」

「お前は、結束バンドと一緒に何がしたい? ──店長たちがオーディションで見たいのは、なにもライブのクオリティだけじゃない」

 

 姿勢を正した茜はひとりの肩を押し、顔を見合わせて更に続ける。

 

「お前たちが、結束バンドが、どういうバンドか。それが見たいんだよ。簡単に言えば……演奏はひとりたちの感情表現ってことだ」

「……感情」

「バンド組んでバイト始めてメンバー集めて、お前も成長はしてるよな。じゃあバンドメンバーとしてはどうだ。何か目標は出来たか?」

「────」

 

 視線が左右に揺れるひとりの顔を見て、茜はふっと笑い両手で頬をもみくちゃにした。

 

「うぅあうあぁ……」

「意地悪だったな。──わざわざ言葉にする必要は無いんだよ、ひとり」

 

 それから、トンと指で胸元を押して、染み込ませるように優しく続ける。

 

「答えは、ちゃんとお前の中にある筈だ」

「……私の、なか……」

「虹夏の夢も、お前の本当にやりたいことも、こんな通過点で立ち止まってちゃ叶えられないだろう。敢えて圧を掛けるが……期待してるぞ」

 

 そこまで言った茜の眼前で、うつむいていたひとりは、胸元に押し当てられた指を握って顔を見上げる。その顔に、不安は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──当日、楽器の準備を進める四人を、店長とPAから離れた位置で座る茜が見ていた。

 

「……結束バンドです! じゃあ、ギターと孤独と蒼い惑星(ほし)って曲……やりまーす!」

 

 静かな空間に虹夏たちの心音が聞こえてきそうなほどの緊張が伝わり、それから演奏が始まる。初めてSTARRYで聴いた頃とは雲泥の差と言ってもいいクオリティになり、喜多の歌声が響く。

 

【──突然降る夕立 ああ傘もないや嫌

 ──空のご機嫌なんか知らない】

 

 ひとりの歌詞はネガティブな言葉で構成され、リョウの作曲にコーティングされている。

 

【──息も出来ない 情報の圧力

 ──眩暈の螺旋だ 私は何処に居る】

 

 茜の耳でもわかるほどに虹夏のドラムを叩く手には力が入りすぎている。リョウは自分の世界に入りすぎて、ギター二人の喜多とひとりは下ばかりを見すぎている。

 

【──こんなに こんなに 息の音がするのに】

 

 けれども、茜の目には、それがひどく、眩しく──羨ましいとさえ思えた。

 

【変だね 世界の音が──】

「────!」

 

 ダン、という踏み込み。刹那、ひとりの顔が見えなくなり、ぶわりと茜の肌が粟立った。

 

【──しない】

 

 部屋で自分だけで演奏をする、ひとりの、ネット越しでしか見られない()()動き。横目で見れば店長たちの表情も僅かに動いている。

 

 

【──足りない 足りない 誰にも気づかれない】

 

 それは、後藤ひとりの叫びなのだろう。世界に自分しかいないという感覚と、自分の全てを誰になら見せられるのかという悲鳴。

 

【──ありのままなんて 誰に見せるんだ】

 

 ただ上手ければいいわけではない。感情を揺さぶってこその音楽。

 それを、茜はきちんと理解している。──だからこそ。どう演奏すれば相手の魂に音を響かせられるかをわかっているからこそ。

 

【──馬鹿な私は 歌うだけ

 ──ぶちまけちゃおうか 星に】

 

 自然と溢れた涙を、茜は止めなかった。

 

 

 

「…………」

 

 演奏が終わり、それとなく目尻の水気を拭う。店長のダメ出しと言葉足らずな合格の報せを受けて喜ぶ四人を見ると、茜は掃除用具を入れたロッカーに向かい、中からバケツを取り出す。

 

「後藤さん、やっぱりすごかったわ!」

「うっ……き、喜多さん、すいません」

「えっ?」

「ひとり、ほら、ここに出せ」

 

 口許を押さえて喜多から離れたひとりに近づき、茜はうずくまる彼女の顔の下にバケツを置く。その直後、ひとりは胃の中身をぶちまけた。

 

「うう゛ぉ゜ろ゜」

「後藤さ────ん!!??」

 

 

 

 

 

 ──ザアアアと水道の水が流れ、バケツの汚れが洗われて行く。醜態を晒したひとりは、洗い終えた茜の隣でずんと沈んでいた。

 

「私は……恥さらし後藤です……」

「合格できたんだからいいだろ。口と喉、大丈夫か? 胃液で焼けてないか」

「だ、大丈夫……水飲んだから…………?」

「どうした」

 

 手をタオルで拭いている茜の顔を見たひとりは、困惑したように眉をひそめて目尻に指を伸ばすと、涙の跡を見つけて口を開く。

 

「あっ、え、な、泣いて──んむ」

「内緒。バラすなよ」

 

 茜は人差し指をひとりの唇に当てて、何も言うなと暗に伝える。こくりと頷いたひとりを先に虹夏たちの方に向かわせ、店長の言葉に何か驚愕している光景を眺めて、それから呟いた。

 

「──お前はやっぱり、ヒーローだよ」

 

 

 

 遅れて合流した茜が、四人が合格記念の自撮りを終えるのを待ってから歩み寄ると、話題は次のライブのためのチケットノルマに移る。

 

「じゃあ、チケットノルマ1500円を20枚だから……一人5枚ずつね」

「茜にも手伝わせなよ」

「楽したいからって俺を巻き込むな」

 

 ノルマを一人4枚に減らそうとするリョウに返しつつ、茜の視線はノルマ5枚を言い渡されたひとりに向かった。彼女にチケットを売れるだけの相手は居ないが、ここで甘やかすのは違うだろうと思案して小さくため息をつく。

 

「ひとりたちがノルマを売り捌けたら、そのあと客として別に1枚買ってやるさ」

「1枚と言わず3枚ぐらい買ってよ」

「余分な売上がお前の懐に行かないように店長に言っておいても良いならな」

「けち」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてリョウの浅知恵を受け流す茜は、喜多たちが指を何度も曲げたり開いたりしているひとりを見ていることに気づく。

 

「あ、柊木くん! 後藤さんもライブをやれるのが泣くほど嬉しいみたいよ?」

「絶対みんなでいいライブにしないとね~」

「……そうだな」

 

 ノルマを捌けるか怪しい事実に泣いているだけだが、心優しい喜多と虹夏にはどうやらプラスに勘違いされているひとり。彼女の顔を見て呆れながら、茜もまた独りごちていた。

 

「……まあ、なんとかなるだろ。たぶん」




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