【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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伊地知クッキング

 結束バンドがオーディションに合格した日からしばらく経過した次の休日。

 チケットノルマを捌かなくてはならないひとりを尻目に暇を持て余す茜は、朝というには遅く、昼というには早い時間に、手持ち無沙汰のまま下北沢に訪れていた。

 

「およ、茜くん」

「……虹夏」

「どしたの? こんな早い時間から」

 

 自然と足がSTARRYに向かい、まだ誰もいないからと立ち往生していたとき、ふいに聞き慣れた声が聞こえてきてそちらに振り向く。

 階下の看板を覗き込むように見下ろしていた茜は虹夏の姿を捉え、休日ゆえに私服姿だった彼女の小首を傾げている様を一瞥する。

 

「あはは、お店ならまだ開いてないよ」

「わかってる。やることがなかったから、リョウと喜多が来るまでうろついてようと思ってな」

「ふぅん……ぼっちちゃんは?」

「ご両親に売ったのを除いたチケットの残り3枚を捌けずに悶え苦しんでいる」

「えぇ……」

 

 手作りのチラシまで用意する努力はしているが、あれではな……と思案する茜は、何か考えるような動きの虹夏に問いかけられた。

 

「ねえねえ茜くん、今暇だよね?」

「そうなるな」

「じゃあさ~、ちょっと付き合ってよ」

 

 それから、はい、と言って渡された折り畳まれた紙を広げる。そこに書かれていたのは──商品と値段が描かれたセールのチラシだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──ただいま~」

「お邪魔します」

 

 ガチャ、と音を立てて開けられた扉を潜り、虹夏と茜は部屋に入る。

 STARRYの上にあるアパートの3階。そこは、虹夏たち姉妹の暮らす家でもあった。

 

「いやー大漁大漁。ごめんね~、スーパーのセールに付き合わせちゃって」

「構わんよ。構わんが……」

 

 部屋の中に通され、ずしりと重いビニール袋を冷蔵庫の近くに置きながら茜が続ける。

 

「卵10個入りが2パックで100円だからって、俺とお前で4パックも買うのはどうかと思うぞ」

「だよねー。しばらくは3食卵料理になりそう……あ、お茶出すからそこ座ってて~」

 

 つい、と指を向けられた位置に視線を向け、そこにある椅子に腰掛ける。

 虹夏は手慣れた動きで買ってきた物を冷蔵庫に詰め込み、ドア側に収納していたパックの麦茶をコップに注いで手元に置いてきた。

 

「どうも。……ところで店長は?」

「まだ寝てる。お昼頃に起きてくるから、先にお米炊いちゃおっか。茜くんもお昼食べていきなよ、荷物持ってくれたお礼」

「その辺で外食する予定だったから願ったり叶ったりの提案だが、いいのか?」

「もちろんっ! 今日は多めに炊かなきゃね」

 

 そう言って台所に向かい、米櫃(こめびつ)を下の戸棚から引っ張り出す虹夏。

 有無を言わさずさっさと行動に移す彼女の背中を見ながら、茜はそれとなく携帯を点け、ロインを開いてひとりにメッセージを飛ばす。

 

「『進捗はどうだ』……と」

 

 眼前の虹夏を眺めて返信を待つ茜は、暇潰しがてらにじゃっじゃっと米を洗う彼女を見る。

 

 数分その動きを見ていた茜だったが、米を研ぎ終わり炊飯器にセットしスイッチを入れるところまでの動きが終わってもなお、携帯にひとりからの返信は来なかった。

 

「お米が炊けたら~~~オムライスにしよっか、卵いっぱいあるし」

「そっちは、手伝わせてくれないか」

「うーん、茜くんはお客さんだしなあ」

「タダ飯食らいになる気は無い」

「そう? じゃあ──」

 

 ──お願いしようかな。と続けようとした虹夏は、後ろでドアが開かれる音を耳にする。

 

「……ぉふぁよう……」

「おはよーお姉ちゃん」

「おはようございます、店長」

「おーう……」

 

 のそのそと部屋から出てきた寝ぼけまなこの店長は、目をしょぼしょぼとさせながらトイレへと歩いて行く。数分後に出てくると、眉を潜めながらリビングにやってきて茜に視線を向けた。

 

「いや、なんでいんの?」

「下で拾った!」

「誰が捨て犬だ。……暇を持て余していたので、買い物を手伝ったんですよ」

「ああ、そう。つか家でも店長って呼ばれるの流石に嫌なんだけど」

 

 虹夏の隣の椅子に座る店長は、結んで前に垂らした髪の毛先を指で弄る。茜もまた、少し考えてから彼女の顔を見て口を開く。

 

「…………名前なんでしたっけ」

「……あー、あー。そういや名乗ったことなかったか。星歌(せいか)だ、伊地知星歌」

「そうでしたか」

 

 店長──星歌の自己紹介に頷く茜は、ふと彼女に質問を投げ掛けた。

 

「星歌さんはこの時間帯に起きるんですか」

「いつもって程じゃないけど、まあ休日はこんな感じだな。職場が真下だし」

「お姉ちゃんはズボラなんだよねぇ~、ご飯作れないし朝弱いし」

「うるせーな」

「それに洗濯だって──あ、予約してたの忘れてた。そろそろ終わるかも。茜くん! なんかいい感じに会話を弾ませといて!」

「酷い無茶振りだな……」

 

 タイミング良く遠くから聞こえてきたアラームを聞いて、虹夏は素早くその場を離れる。

 残った茜と星歌は、向かい合って座ったまま、無言で顔を見ていた。

 

「そ、そういえば……STARRYっていつ頃に設立したんですか?」

「ん? わりとつい最近」

「そうなんですか」

「ああ。──私の方からも一つ聞いていい? ……茜くんさ、こないだ余裕がないって、苦しい顔してたじゃん。今は大丈夫なの?」

「──もう、大丈夫ですよ。あのあと母親と電話で話して、色々と納得したので」

 

 心配するような声色で問い掛けた星歌に、茜は小さいため息混じりに答える。

 すると、茜の返しに疑問が出た星歌はそのまま更に問い返してきた。

 

「電話? 出張してるとか?」

「ああ、はい、両親とも医者やってまして。二人とも海外で働いてるので、家に居ない時間の方が長くて…………まあ親父の方は生きてるのか死んでるのかよく分からないんですけど」

「なんで???」

 

 当然の疑問によるすっとんきょうな声をあげた星歌に、茜は一拍置いて渋い顔で続ける。

 

「親父は神経科の医者なんですけどね、小さい頃の俺が腕の筋肉と神経に酷い怪我を負ったあと、今の現代医学じゃ完璧に治せないと知って、『世界中を見て回ってなにがなんでも治療法を見つけてみせる!』とかなんとか言った半年後くらいに消息を絶ちました」

「えぇ……」

「腕は確かだし人に慕われてるし俺も尊敬できる大人だとは思ってるんですよ。とんでもなく馬鹿なだけで。一応、手紙が来るのでどこで何をやってるかはわかるんですが……最後に届いたのは一年半前なんですよね」

「もうちょい心配してやれよ」

 

 茜の話に、星歌は分かりやすくドン引きしていた。されるだろうな、とは想定していた茜もまた、自分で解説しながら内心で引いた。

 

「俺も母親も親父は寿命以外では死なないだろうなと確信してるので大丈夫ですよ。分かりやすく言うと、銀行強盗の人質にされたら2時間後には犯人を改心させて自首させるタイプ」

「なるほどな、底抜けに善人なタイプか。……茜くんとは似ても似つかないな」

「俺が善人ではないと仰る」

「少なくとも断言出来ないだろ」

「確かに」

 

 あっはっは、と乾いた笑い声を互いに上げて、それから茜も同じように質問する。

 

「ここでは、星歌さんと虹夏の二人暮らしなんですか? ご両親はどちらに?」

「父さんは仕事でいつも居ないよ。………………母さんは……」

 

 たっぷりと間を空けて、星歌は開いた口を閉じる。茜は心情を察して、苦々しく言った。

 

「──すみません、軽率でした」

「いや、いいよ。ごめん、こっちが親のこと聞かなきゃこうはならなかった」

「いえ……本当に、今一瞬、聞いた相手が虹夏じゃなくて良かったと安堵しました」

「……ふっ、それは私も思った」

 

 小さく笑いながら、星歌は頬杖をつく。茜は無意識に、右腕を強く握り締める。

 

「……8年前だ、玉突き事故だったらしい。当時バンド一筋だった私は、音楽に逃げて母さんが死んだことから目を逸らして……下手したら虹夏は引きこもりになってたかもしれなかった」

「────」

「でも母さんに頼まれたからさ、世界一仲の良い姉妹になってほしいって。二人で支え合おうって決めて……それで、色々あってバンド辞めてライブハウス開いたんだ」

「そう、だったんですか……」

 

 頬杖を突いたまま、星歌は思いを馳せるようにして口角を緩める。

 

「愛されていたんですね。お母様が立派な方だったから、星歌さんも虹夏も、今こうして真っ直ぐ歩めている。俺にはそれが、凄く眩しい」

「よせよ……そういう茜くんは? お母さんのこと、どう思ってんのさ」

 

 もうここまで来たのなら、と。家庭の内情をさらけ出した星歌は、あえてもう一度、茜の心の同じ部分に踏み込む。大人を相手にしているような気さえしてくる彼女は、茜の言葉を待った。

 

「俺は──どうなんでしょう、大人としては尊敬してるんですよ。ただ……あの人は、『親』であって『お母さん』ではないんです」

「他人に見える、ってこと?」

「まあ、これに関しては俺も悪いんですが」

 

 そこまで言った茜は、玄関の方から戻ってきた虹夏の声と、炊飯器の炊き上がったことを知らせる音をほぼ同時に耳にした。

 

「──お待たせ~! お、ご飯も炊き上がったし、お昼用意しよっか」

「おう。今日の飯なに?」

「今日は……あっ、そうだ。ねえ茜くん」

「なに」

「折角だからさ──お姉ちゃんに料理教えてあげてくれないかなっ」

「は?」

「えー……」

 

 にやにやと口角を歪めて、虹夏はそんなことを提案する。眉を潜めた星歌と面倒なことを提案された茜は、互いに顔を見合わせた。

 

「星歌さん、料理できないんですね」

「でき……なかったら悪いかよ」

「いやいや悪いでしょ。料理も洗濯も掃除もやってるのあたしだし、せめて何か一つは負担を減らしてあげようという心は無いのかね!」

「ねーよ」

「即答!? ……でもさあ~、将来困るよ?」

「あ?」

 

 あっけらかんと否定する星歌に負けじと言い返す虹夏は、ちらりと茜を見てから続ける。

 

「お姉ちゃんは29……いやもうすぐ30になるんだよ? いつか結婚したとき家事が出来なかったら困るのはお姉ちゃんなんだよ?」

「うっ……それはまあ、確かに」

「──ね、茜くん!! 結婚するなら! 家事できる人の方が! 良いよね!?」

俺に振るなよ……恋愛なんぞに興味はないが……そりゃあ結婚するなら家事は出来た方が良いとは思うぞ。あとは収入とか」

「こいつはこいつですげぇ現実的だな……」

 

 チラチラと露骨に茜を見ながら星歌と会話を交わす虹夏に、彼は訝しむような視線を送る。

 

「そんなわけで、お姉ちゃんには茜くんと一緒に今日のお昼ご飯……オムライスを作ってもらいます。私も……サポートするからさ!」

「じゃあお前らで作れよ……私の料理修行は今度で良いだろ……」

「星歌さん、そう言いながらなあなあで先延ばしにするタイプですよね」

「うぐっ」

 

 茜に図星を突かれて胸を押さえる星歌。彼女を見ながら、茜は続けて言った。

 

「なにか作為的なモノを感じるが……どうです? これを機に、一つ料理を覚えてみるというのは。いいんですよ、失敗したって。貴女の失敗を笑う奴はここには居ません」

「……茜くん、詐欺師の才能あるんじゃないか?」

「失礼な」

 

 仕方ない、と言わんばかりに重いため息をついて、星歌はガタリと席を立つ。気恥ずかしそうに頬を染めて、二人に言葉を投げ掛けた。

 

「──ったく、失敗作になったらお前らに食わせるからな。さっさとやるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「星歌さん、猫の手ですよ。猫の手」

「わかっ、てるっ、つうの……!」

「ほら、力入れすぎ。軽く……こう、わかります? 押し付けるんじゃなくて──そう、斜めにスライドさせる感じ……」

「ね、猫ぉおぉぉ……!」

「その気合いの入れ方は初めて見たな」

 

 台所に立つ星歌と、その後ろから腕を回してサポートしている茜。彼等を後ろで眺めながら、虹夏は携帯を点けて写真アプリを起動する。

 

 

 

「──新婚夫婦なう。ふふ、なんちゃって」

 

 パシャリと撮影したそれを、リョウとは違い、そっとアルバムに仕舞い込むのだった。




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