【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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例えそれが義務だとしても

「俺にとっての母は、他人なんです」

 

 茜は星歌作の焼きすぎて固い卵をスプーンで切り崩しながら、小さく切られた鶏肉と玉ねぎの混ざったケチャップライスを口に入れる。

 

「子供らしい感情表現が出来なかった俺に、あの人は母親らしい行動が出来なかった。簡単に言えば、互いに初動を間違えたんですかねえ」

 

 星歌と虹夏は、それぞれが焦げたモノと半生のモノで包んだオムライスを食べ進めながら、固い卵の食感に顔を顰める茜の言葉を聞く。

 

「俺はずっと両親を『尊敬できる大人』だと認識していたし、今もそうです。──本当はちゃんと愛されているのだと、つい最近ようやく気がつけても、もう遅い。今から親子らしいことをしましょうとするには些か遠すぎる」

 

 心の距離は遠く離れ、物理的にも遥か遠くに居る両親に、改まって仲良し家族になりましょうと、そんなことが出来るわけもなく。

 けれども茜の内心は、合点が行ったように穏やかに凪いでいた。

 

「でも、この普通じゃない親子関係こそが、俺たちにとっての普通だって。こんな簡単なことに……もっと早く気づくべきだったんですよね。例えそれが義務だとしても、そこにはちゃんと愛があったんだって、胸を張るべきだった」

 

 例え母にもう会えないとしても、眼前の少女たちは愛されていたことを知っている。

 会えないから、愛もない。そんなことは断じて無い。普通でも普通でなくとも、親と子の間には──見えないが、確かに(つながり)があるのだ。

 

 ──きっと、伊地知家に来なければこの結論に辿り着くまでに時間がかかった事だろう。他人事のように、茜はそう結論付ける。

 

「じゃ、皿洗っちゃいましょうか。……フライパンの焦げも落とさないとなあ」

「うっ……すまん」

「星歌さんはアレですね、弱火で2分なら強火で30秒だと雑に計算するタイプ」

 

 

 

 

 

 ──茜が洗った皿を1枚ずつ拭きながら、虹夏は隣でコンロのフライパンに張った水を加熱している彼の横顔を見て口を開いた。

 

「……茜くん、恋愛に興味はないって言ってたけど……もしかして原因って」

「ああ、両親……いや、俺か。自分が()()()だから、ふと考えてしまう。いつか自分の子供に同じ思いをさせてしまったらどうしよう──と」

「考えすぎじゃない?」

「そうだな、考えすぎだ。親譲りの頭で、ずっと……嫌なことを考えすぎていた」

 

 水がお湯に変わり、ボコボコと沸騰している光景を眺めながら、茜は虹夏に言う。

 

「虹夏と星歌さんのお陰で、少し、救われた気分ではある。でもまだ、恋愛がどうとかはよくわからんからな……興味がないのは本当だ」

「うーん……じゃあ、例えば将来、どういう事を相手とやりたいか……とか考えてみたら?」

「どういう事を、と言われてもな。なら虹夏はどういう事を誰とやりたいんだ」

「あたし!? あたしは~そうだなあ」

 

 キュッキュッと皿を磨きながら、首をかしげる。虹夏はそれから「あっ」と口にして、隣に立っている茜を見上げて言葉を返した。

 

「今みたいにこうして、一緒に台所に立ったり……みたいな? 感じ?」

「なるほど。主夫……兼、在宅勤務か。それもまた、選択肢としてはアリだな」

「──ああいや、茜くんの将来はこれ! って言ってるわけじゃないからね?」

「わかっている」

 

 慌てた様子で弁解する虹夏を横目で見ながら、茜はふっと笑う。すると、直後に背中に星歌の声が投げ掛けられ意識を向ける。

 

「ちょっ……ねえ茜くん、電話!」

「はい? すみません手が離せなくて。電話は誰からです? ひとり?」

「えーっと──柊木、弥生? って人」

 

 ブー、ブー、と鳴る携帯の画面を見ながら答えた星歌に、ああ……とため息をこぼす。

 

「例の母親です。たぶん用があるのは俺じゃなくて星歌さんですね、出てもらえますか」

「え゛っ、なに、クレーム?」

「そんなわけないでしょう。虹夏、たわしくれ。スチールのやつ」

「はーい」

 

 作業中で台所から離れられない茜の背からは、『今は話したくない』というオーラがひしひしと伝わってきていた。

 仕方がないと言わんばかりに、星歌は薄く笑ってから電話に出る。

 

 

 

「──はい、もしもし」

『……どなた?』

「あー、えっと、あか……息子さんのバイト先で店長をやってる伊地知と申します」

『…………ああ、茜が言っていたライブハウスの……。どうして、ライブハウスの店長さんが、当の本人の電話に出ているのかしら』

 

 淡々とした声色に、問い詰められているような気がしてくる星歌は、じっとりとした嫌な汗が流れるのを肌で感じていた。

 

「その……訳あって私の家に上がってもらってまして……色々とあって昼食を……」

『──ふうん、なるほど。完全に理解したわ』

「それ理解してない人のセリフですよね?」

 

 どことなく声色が明るくなったような気がしてくる電話の向こうで、弥生は星歌に言う。

 

『彼のこと、よろしくお願いします。今年は忙しくて帰れないから、声だけでごめんなさいね。彼にも言ったけど、来年は必ず一度帰るので、その時にそちらに伺います』

「あ、はい……その時は是非」

『それと、伊地知さん』

「……なんですか?」

 

 弥生の神妙な声が耳に入り、思わず星歌も姿勢を正す。眼前でフライパンの焦げと格闘している茜をなんとなく一瞥し────

 

『貴女、今おいくつかしら』

「はい? ……あー、29ですけど」

『そう。…………時に伊地知さん、13歳差は許容範囲か聞いてもいい?』

「息子さんには折り返し電話させますね」

『え』

 

 ──ぶち、と。星歌は本能に従って、失礼と分かっていながらも電話を切った。

 ちょうどよく焦げを落とし終えた茜が戻ってくると、携帯をテーブルに置いた星歌に問う。

 

「どうしました」

「……茜くん、私は一つ分かったことがある」

「はい?」

「あんたの母さん、どちらかというと変人だ」

 

 ──それも、超大真面目な変人だ。そう言って重苦しいため息をついた星歌は、たった数分の会話で、柊木弥生の本質を見抜いていた。

 

 

 

 それから数十分。そろそろリョウや喜多が練習をしにSTARRYに来る頃だろうということで、茜は一旦この場から離れることにする。

 玄関で靴を履いて、改めて星歌と虹夏に向き直り、おもむろに口を開く。

 

「じゃあ、二人が来るまでその辺を歩いてますね。虹夏、来たらメッセージ入れてくれ」

「りょーかーい」

「なんで浮気のアリバイ工作みたいなことやろうとしてんの?」

「なんででしょうね」

 

 ──なんとなく気まずい。というだけの理由だが、事実としてリョウにバレたらからかわれ、喜多にバレたら質問攻めになるだろう。

 そんな風に思案する茜に、ふいに星歌が仄かに染めた頬を指で掻きながら言った。

 

「なあ、茜くん」

「はい?」

「また来なよ。まだまだ料理の練習したいし」

「虹夏に頼ってくださいよ」

「それは癪だからやだ」

「にゃにぃ!?」

 

 声を荒らげる虹夏を無視し、星歌は続ける。

 

「……茜くん、理由なんて、なんだっていいんだよ。ここに来る理由も、STARRYに入り浸る理由も、バンドの手伝いをする理由も。──なんだっていいんだよ、それこそ、親との関係をどんな言葉で言い表せばいいのかも」

「…………」

「柊木親子は、これでいいんだ。ごちゃごちゃ悩むくらいなら、いっそでけえ声で言ってみなよ、『普通じゃなくてなにが悪い?』ってさ」

 

 ポカンとした表情の茜を見て、星歌はそう言いって笑いかけた。

 

「そんじゃ、また後で、店でな」

「────はい」

 

 茜は深くお辞儀をすると、そのまま踵を返して扉を開けて部屋から出て行く。

 

 

 

 その後、にやにやと笑みを浮かべる虹夏を鬱陶しそうに一瞥しながら舌を打った。

 

「ちっ、んだよ」

「んふふ、べっつにぃ?」

「……つーか、お前マジでなんだったんだよ。ずっと私と茜くんをくっつけようとしやがって。恋のキューピッド気取んなよウゼェから」

「それは『自分でやる』っていう意味?」

「……うるせーなどつくぞ」

 

 店を開けるためにも着替えるべく部屋に向かう星歌の背中を追いかけて、虹夏は返す。

 

「だってほら、茜くん精神年齢高いし、これからはお姉ちゃんも料理を教われるし、接近しつつ花嫁修行……WIN-WINじゃない?」

「…………ふん。()()()の花嫁修行なんだか

「なに?」

「なんでもねーよ」

 

 相手が妹だからと開け放ったままの自室の中で着替える星歌は、部屋と廊下の間に寄りかかる虹夏の言葉に耳を傾けていた。

 

「そう、これはすなわち茜くんでお姉ちゃんを育てる──名付けて逆光源氏計画なんだよ!」

「一気に犯罪臭くなったな…………」

 

 ──どちらにせよ捕まるの私じゃねえか? 星歌はただ、そんなことを呟くのだった。

 この日以降、茜がバイト中に星歌から向けられる視線が、どこかねっとりとしたモノに変わったのは──全くの余談である。

 

 

 

 

 

 ──数時間後、虹夏とリョウ、喜多の居るスタジオで練習風景を眺めていた茜は、ふと休憩がてらに喜多と共にあることを問いかけられた。

 

「──学校での後藤さんですか?」

「そう、ちょっと気になって。まあ想像できるっちゃ想像できるんだけど……」

「やっぱりぼっちなの?」

「もう少しオブラートに包め」

 

 容赦なく結論を聞いてくるリョウに眉を潜めつつ、茜は喜多と顔を見合わせる。

 

「そうですね……私と柊木くんはクラスが違うから教室の様子はわからないんですけど、誰かと居るところは見たことないですね」

「あいつ、人に話しかけられたいとは思ってるのに人が近くに居ると気配を消すからな」

「忍者かなんか?」

「違うと思うが……」

 

 虹夏の疑問に、茜も首を傾げた。

 

「後藤さん、引っ込み思案だから……周りもどう接したらいいかわからないみたいで」

「そうなんだ……」

「ぼっち、面白いのに」

「ここでの虹夏たちみたいに接してくれるなら、に限られるのがな」

 

 そう言った茜が、ゆったりとした動作で立ち上がると扉に近づく。

 

「どうしたの?」

「……お花を摘みに」

「女子しか居ないからってお上品にならなくてもいいんだよ。行ってらっしゃい」

 

 ひらひらと手を振って茜の背中を見送った虹夏は、それからリョウと顔を見合わせ、喜多に顔を向けると質問を投げ掛けた。

 

「──ねえねえ喜多ちゃ~ん、喜多ちゃんって茜くんのことどう思ってるの?」

「……えっ!? いや、あの、その……」

「その顔は分かりやすい」

「り、リョウ先輩まで……」

 

 喜多が質問に対して顔を赤くしてブンブンと誤魔化すように振る様を見て、二人は手を休めるついでに彼女と会話を交わす。

 

「ほら、二人ってクラスメートなんでしょ? バンドメンバー探し以前からの知り合いなんだし、話とかしたことあるんじゃない?」

「それは……そうなんですけど、柊木くんってあんまり人とは話したがらなくて」

「そうなんだ」

「はい、なんというか、『関わるなオーラ』と言いますか、あんまり交遊関係を広めようとはしない人なんです。話しかけられたら対応はするので、いちおう孤立はしてないんですが……」

 

 喜多はその脳裏に、小説を読んでいて人と関わろうとしない茜の姿を思い浮かべる。

 

「そんな茜のどこに気に入る要素が?」

「…………えっと、その……前に一回、声をかけられたことがあって──」

 

 それは、クラスに通い始めた頃の話。いわゆる陽キャの振る舞いをしている喜多は、女子グループに話を合わせる為だけに、度々中身の無い会話をすることがあった。

 

 休み時間に疲れた顔をしていた喜多に、茜はなんとなく声をかけたことがあったのだ。

 

 

 

『お前、確か■■だったか』

『えっと、ひいらぎ……くん?』

『疲れないのか? あんな中身の無い会話にいい加減な返答をして頷いてるだけで』

『…………それは』

 

 その時の喜多が、茜に初めて声をかけられた内容がよりによってダメ出しだったことに、腹が立たなかったと言えば嘘になるだろう。

 しかし、続けて言われた言葉に、彼女は確かに救われていた。

 

『あんまり疲れるようなら、逆に自分から話題を振るか、いっそ離れたらどうだ』

『────』

『どうしてもあの輪の中に居なきゃいけないなら、その()()()()()という苦痛は飲み込まないといけない。でもそれは、疲れたときに離れてはいけないという意味ではないと思う』

 

 パタン、とわざと音を立てて小説を閉じた茜は、横目で喜多を見ると口を開いた。

 

『休み時間に、誰もいない時。もしお前が辛くなったら──愚痴くらいは聞いてやる』

『…………!』

『まあ、そういうことだ。……お前の名前、■■で合ってたよな?』

『あ、うん……ねえ、柊木くん』

『うん?』

『名字で、呼んでくれない? ……名前、あんまり好きじゃなくて』

『良い名前だと思うが、まあ本人に言われてはな。じゃあ今後ともよろしく、喜多』

 

 

 

「ということがありまして」

「少女マンガから引用した?」

「リアルですけど!? ……たぶん、柊木くんは覚えてないと思いますけどね。あの言葉で助けられて以来、会話も減っちゃいましたし」

「ははあん……」

 

 ──あの茜くんがねえ……。と訝しむように続ける虹夏は、突然携帯に届いたメッセージを確認し、内容に目を丸くした。

 

 

 

 

 

「『チケット全部売れました』……茜くん博士! この発言は……!」

「うむ。──100%虚偽じゃ」

「やっぱり……」

 

 虹夏はひとりから届いたチケットを全て捌けたという旨のメッセージに、目頭を押さえる。

 

「プレッシャー掛けすぎちゃったか……」

「今度顔合わせたときは優しくしませんとね」

 

 その会話を見ながら、茜はメッセージの内容を読み返して呟く。

 

「……見栄を張って動画の概要欄を盛ることはあるが、結束バンド(こいつら)に嘘をつくとは思えないし、事実だろうな。帰ったら褒めてやるか」

 

 幼馴染の成長と頑張りに、茜はそっと、微笑を浮かべて静かに喜ぶのだった。




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