【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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嵐の前の静けさ

 ふたりがデザイン案会議の邪魔にならないようにと一階に降りた茜は、しばらくして玄関のドアが開けられる音を耳にした。

 ただいま~という気の抜けた声が続けて聞こえ、じゃれつくふたりを脇に置いて対応する。

 

「お帰りなさいませ、お二方」

「ただいま、茜くん。すまないね、留守番させてたみたいで……ひとりは二階?」

「はい。バンド仲間が来てるので」

「────!?」

 

 茜の言葉に、ひとりの父──後藤直樹が荷物を両手に分かりやすく驚愕する。

 同じく玄関でそれを聞いていた母──後藤美智代もまた、足元にある見覚えのない2足の靴と茜を交互に見て驚いていた。

 

「あ、茜くん、それは……その……ひとりの中にしか存在しない架空のお友だち、というわけでは……ないんだよね?」

「もう少し娘を信じてあげましょうよ」

「だって、ねえ? ひとりちゃんならわざわざ靴を用意する可能性もあるし……」

「……もう少し娘を信じてあげましょうよ」

 

 ──日頃の行いか。

 茜は口に出さずに、動画の概要を嘘で盛る虚言癖なひとりの顔を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 ──ピザのデリバリーを受け取り中身をテーブルに広げ、茜は胡座を掻いて座り、定位置のように足の中に収まるふたりの頭を撫でる。

 

「いや~感動だなー! 茜くん以外にひとりの友達が遊びに来る日が来るなんて」

「たくさん食べてね~」

「はいっ!」

「ありがとうございます」

 

 台所で調理中の直樹が、ジュウジュウと油で鶏肉を揚げながらそんなことを言う。背中越しにソファに座る虹夏たちへと言葉を続けた。

 

「ひとりとバンド組んでくれてるんだよね」

「はい。くれてる、っていうか……私が頼んでメンバーになってもらったというか」

「ほらな! 音楽は人と人を繋ぐんだよ! なっ、ジミヘン!」

 

 菜箸で肉を鍋から取り上げながら、直樹は心底嬉しそうな声をあげる。それを見て、虹夏が気になったように呟き茜が答えた。

 

「凄い嬉しそうだ……」

「ひとりのお父様は元バンドマンだからな」

「そうなんだ──お父様て」

「直樹さんは目上だぞ」

「あたしとか初手からタメ口だったよね?」

「1歳年上なだけで目上だなどというナイーブな考え方は捨てろ」

 

 すーっと音を立てずに器用にお茶を啜る茜は、物凄い顔をしている虹夏を横目にいう。チーズが伸びるピザを取り分けたふたりが、体をよじって熱々のそれを後ろの彼の口に差し出した。

 

「はいっ、お兄ちゃん。あーん!」

「ん? ああ、あ──……づづづづづづっ」

 

 焼きたてを保温していたがゆえに湯気が上っていたそれを口にねじ込まれ、熱が痛みとなるが、吐き出すわけにもいかないためふたりの手からピザを受け取ってなんとか租借する。

 

「あっつ……いいかふたり、せめて少し冷ますか皿に乗せてから渡してくれ……」

「はーい」

 

 口内の熱が引き、改めてシンプルなマルガリータを味わっていると、揚がったばかりの唐揚げを手に美智代が自分の世界に入り込んでいるひとりにそれを見せた。

 

「唐揚げ揚げたてで~す、茜くんの分はちょっと待っててね~」

「はい。ゆっくりでいいですよ」

「? ……柊木くんの分は別なの?」

「あっ、茜くん、レモン掛ける派なので」

「へぇー、そうなんだ」

 

 喜多の疑問に意識が現実に戻ってきたひとりが答え、虹夏が興味深そうに口を開く。

 

「やっぱりお店で食べるときもレモン掛けて怒られるタイプだったの?」

「いや、前にひとりと共有してる大皿でやって悲痛な顔をされただけだ」

「ああ……なるほどね」

 

 合点が行ったようにする虹夏は、ちらりと横目で唐揚げを頬張るひとりを見る。

 それから少しして自分の分も用意された唐揚げを手元に置いて、レモンを絞りながら、茜は直樹が向ける視線に気づいて問いかけた。

 

「どうかしましたか」

「……うーん…………」

「──断言するけど違いますよ」

「そうなのかい?」

「まったく違います」

 

 何を聞こうとしたのかを察した茜は、かぶりを振って先んじて否定した。それを見て、何事かと思い喜多と虹夏が質問を投げ掛ける。

 

「な、なに今の会話は」

「いやあ、茜くんの友達でもあるんだし、てっきりこう──()()()()関係なのかとね」

「不名誉な誤解だ」

 

 ──ふ、不名誉……。と呟き地味なダメージを受けている喜多を他所に、直樹は続ける。

 

「ごめんごめん。無月(むつき)の息子だし、なんかこう、あんまり違和感ないもんだから」

「無月って?」

「俺の親父。神代(かじろ)……は旧姓か、柊木無月って言ってな。医者だったが今は世界中を旅していて、消息を絶ってて連絡が取れん」

「めちゃくちゃヤバいじゃん!!??」

 

 常識のある虹夏が代表して驚愕の声を出すが、茜と直樹と美智代は慣れきった顔で言う。

 

「まあ、無月だし……」

「無月くんだしねぇ~」

「親父だしな」

「こんな……知り合いと実の息子に心配されないお父さんって居るんだ……」

「ところで、柊木くんのお父さんとお母さんって、どんな方なんですか?」

「──喜多には言ってなかったか」

 

 ひょいと唐揚げを口に放り込んで、ザクザクと噛み砕く茜は、考えるように視線を斜めに上げてから飲み込んで、一息ついて続けた。

 

「誰に俺の事情を話していて誰に話していないかがあやふやだな……。とてつもなくザックリ言うと、親父は医者で消息不明、母さんは海外のあちこちでERの医者をやってる」

「そうなのね~……ご両親が二人ともお医者様なんてすご──ごめんなさいお父さんが消息不明のインパクトがあまりにも大きすぎるわ」

「そこは引っ掛からなくて良い」

 

 喜多は一切心配していない茜にそう言われ、改めて直樹たちは当時の思い出を振り返る。

 

「茜くんのご両親……無月くんと弥生ちゃんは同じ高校のクラスメートでね~、私と弥生ちゃんは入学して早々にナンパされたわね」

「なにやってんだか……」

「無月は異様にモテるタイプでねぇ、出掛けた先の店員やら高校の先輩やら同級生に週一でラブレター貰ってたくらいだよ」

「異様に、モテる…………」

「なるほどね~~~~~?」

「俺を見て納得したような顔をするのはやめてもらえないか」

 

 渋い顔をする茜に喜多はしみじみと言い、虹夏もまた全てを理解したように口角を緩めた。

 

「まあ私はついで、って感じだったのよ。無月くん、ず──っと無愛想な弥生ちゃんにお熱になっちゃったみたいで、締め上げられたりしても懲りずに延々と口説き続けてたのよね……」

「母さん、柔術習ってたらしいからな。親父のことだ、何十回と投げられたんでしょう」

「そうねぇ……それから色々あって、根負けした弥生ちゃんが1回だけデートすることになったんだけど、彼女の転機はそこだったの」

 

 美智代の言葉に、茜たちは疑問符を浮かべ、彼女は思い出を楽しむように言う。

 

「堅物だった弥生ちゃんがデート1回であっという間に絆されちゃって、卒業したらあっという間に婚姻して、大学出て医者になって、子供を産んで──それが貴方だったのよ、茜くん」

「──恋愛結婚だったとは聞かされたことはあったけど、それで産まれたのが俺なんだから不思議なものではありますね」

「あら、そう? 茜くんは結構、弥生ちゃんと無月くんに似てるわよ?」

「……はあ、さいですか」

 

 いまいちピンと来ていない茜は小首を傾げ、眉を潜めながら言葉を返す。

 思い出が無いことが思い出と言っても過言ではない茜にとって、似ているところを探す方法自体が無いため、どうにも何もわからない。

 

 今、初めて、茜はなんとなく、両親が居ない事実に寂しさを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──食事も終え、二階に戻った茜たちは、テーブルを囲うように四方に座っている。

 

「結局、映画見てゲームもやってしまった」

「楽しかったですね! 特にツイスターゲームなんて……壮絶でした」

「胴体を軸に下半身を180°回転できる人間トランスフォーマー相手に勝てるわけもなかったな。ひとり……今回はお前が勝者だ」

「あんなシーン、マスク2にあったよね?」

「こいつならたぶん首も伸ばせるぞ」

「こわ~~……」

 

 リビングで皆で見た喜多持参の恋愛映画にダメージをもらったひとりを尻目に、今回は茜もライブTシャツデザインに参加していた。

 リョウのデザイン案を使った夕食の質問を雑に流しつつ、千切ってもらったスケッチブックの1ページに鉛筆を向けて悩んでいた茜は、思い出したように声を出したひとりを見る。

 

「あ、あっ、あの」

「お、ぼっちちゃん戻ってきた」

「私のデザイン、み、見てください……」

 

 ぺらりとスケッチブックを広げて見せてきたデザインは──赤を基調に裾が破れ、ファスナーが幾つも付き、鎖が伸びた、謎のフォントの文字が描かれたTシャツだった。

 

「だっ……だせぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

「中学生男子の服によくある謎フォントだわ」

「ドラゴン裁縫セットかよ」

 

 自信満々で出してきたのが、よりにもよって想像を絶するセンスだったために、三人はかなり引き気味に声を出す。代表して続けて問いかけた茜は、ひとりの服のデザインに指摘をする。

 

「ださ──アレな文字と何故か破けてる裾は置いておくとしてだな、この……よくわからん鎖とかファスナーはなんなんだ」

「あっ、ファスナーはピック入れで、鎖はギターストラップになります」

「そうか」

「こ、これは私の案が採用ということでよろしいんですよね……?」

「なんでこういう時だけやたらと強気なんだ?」

 

 くねくねと動くひとりと呆れた様子の茜を見て、虹夏はおもむろに問う。

 

「ねえ、まさかとは思うけど、ぼっちちゃんって私服のセンスもこんななの?」

「えっ、あっ、いえ、お母さんが買ってくるので……外には着ていかないけど……」

「じゃあ、家では着るのよね?」

「あっ、はい、茜くんが居るときとかは」

 

 喜多にも聞かれてそう答えると、彼女は虹夏共々ぎゅるんと勢いよく視線を茜に向ける。

 

「うおっ」

「後藤さんの私服、見たことあるのね」

「まあ、俺が泊まるときは必ず着てるな」

「へぇ~~~……ねえぼっちちゃん! ぼっちちゃんの私服! 見てみたいなぁ!!」

「私も見たいわっ! お願い後藤さん! ジャージ以外の服も見てみたいの!」

「えっ、あっうっ……い、いいですけど」

 

 ぐい、と目の前まで来てお願いされて、押し切られたように頷くひとり。了承されて喜ぶ二人は、一拍置いて茜を見る。

 

「うん? ──ああそうか、部屋から出るから、着替えたら言ってくれ」

「あっ、うん。……いつもは背中向けるだけなのに、今日は部屋を出るの?」

「虹夏と喜多からの視線に殺されそうだからそれ以上はなにも言うな」

 

 

 

 

 

 数分後に呼ばれた茜が襖を開けると、中では見慣れた私服に着替えたひとりとその姿を連写している喜多が視界に入った。

 

「か、可愛い~~~~~!!」

「そうだよ、ぼっちちゃんは可愛いんだよ!」

「普段の奇行で忘れるところでしたねっ!」

「あう……あ、茜くん」

 

 部屋に入ってきた茜を見て、ひとりは撮影から逃れるように背中に隠れる。

 

「あ、あの、もう脱いでも……」

「わー待って待って! そうだ! ぼっちちゃん前髪も上げてみたら?」

「え、いや、その」

「伸ばしてるの?」

「び、美容室に行けないから伸びてるだけで」

 

 しどろもどろになりながら答えるひとりに、虹夏はヘアブラシとヘアピンを手に近づく。

 

「じゃああたしがセットしてあげよう!」

「気を付けろよ虹夏、急にひとりの顔面を外気に晒すと体が萎びて毒性の粉をばら撒くぞ」

「──今人間の生態を説明されたんだよね?」

「コツがあるんだよ、ヘアピン貸してみろ」

 

 虹夏の手からヘアピンを受け取り、振り返って背中を盾にしていたひとりに向き合い、茜は手のひらでぐにぐにと頬を弄る。

 

「ぅあ、ぁぅ」

「よーしよし、大丈夫だ。顔出すぞー……ほら、大丈夫……よしよし」

「うっ、ぅ……ま、まぶしい」

 

 手のひらを頬からこめかみに移し、指先で目尻を撫でて安心させるように。じんわりと熱を伝えるようにして優しく触れて、それとなくヘアピンで前髪を分けて固定して顔を晒す。

 

「はい完成」

「おお……おおぉ~~~……!」

「す、凄いわ……まるでダイヤの原石」

「だとさ」

「…………も、もう無理……恥ずかしい」

 

 想定外の美貌に目を奪われた二人を他所に、再度茜の背中に隠れてヘアピンを取るひとり。それを受け取り、茜は虹夏に返却した。

 

「茜くん……こんな……こんな可愛い子が今まで近くにいたのに無反応ってなに!?」

「柊木くんもしかして修行僧なの?」

「散々な言いようだな」

 

 背中にしがみつくひとりを連れて座る茜にそんな言葉を投げ掛ける虹夏と喜多。

 ため息をついた茜は、少しの間を空けてからあっけらかんと理由を言葉にする。

 

「いいか、可愛いにも種類がある。お前たちはPretty、こいつはCute。そういうことだ」

「ぼっちちゃんのポジションはパンダみたいなもの……ってこと!?」

「間違ってはないだろう」

「どうも……アニマル後藤です」

「よくしがみつくし、コアラが適当か?」

 

 くつくつと笑い、後ろ手にひとりの頭を軽く揺するように撫でる茜。

 それに対して居心地良さそうに表情を緩めるひとりを見て、虹夏と喜多は顔を見合わせた。

 

 兄妹のようで、恋人のようで、けれどもそのいずれにも該当しない、二人だけの適切な距離感が()()なのだろうと、納得したような顔をする。

 

 果たして時間も迫り結局Tシャツのデザインが決まらなかった結果、虹夏のデザインしたシンプルなTシャツが通ったのは、別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 ──それから数日、ライブを控えた前日の夜に、自宅のソファでリハビリをしていた茜は苛立たしげに眉間に皺を寄せて呟く。

 

「…………明日は荒れるな」

 

 天気が崩れる際に必ず皮が引き攣る古傷まみれの右腕が、慣れた不快な痛みを訴える。

 台風の接近が文字通り手に取るようにわかる茜は、不安を誤魔化すように、目で見て音を聴き覚えた結束バンドの曲を()()()()()演奏する動きを、何度も何度も繰り返すのだった。




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