おさななじみ・ざ・ろっく!
『完』
「いや『完』じゃなくてだな」
「ちょちょちょっ、ねえ出て来てー! 本番始まっちゃうよ!」
「ややややっぱりできません!」
ゴミ箱に逃げ込んだひとりを追いかけ、三人はカタツムリと化した彼女を囲む。
「しょうがないよ~即席バンドなんだし、あたしだってそんな上手くないし」
「私は上手い」
「張り合うなよ」
ドヤ顔のリョウを横目に、茜は屈んでゴミ箱をノックしながらひとりに声をかける。
「もうここまで来たんだから腹括れー、俺は弾けないんだからお前がやるしかないんだぞ」
「うっ、う、うう、どど、どうせ
「ロック過ぎるだろ……」
──そんなに嫌か。と思案した茜の後ろで、ふとリョウが提案した。
「大丈夫、ひとりがヤジられたら茜が客にアルゼンチンバックブリーカーするから」
「しないが?」
「プロレス技を仕掛けるのもロックだよ」
「違うが……?」
茜は妙な提案をするリョウから顔を逸らし、この日何度目かも忘れたため息をつく。
「だーいじょうぶだよ! どうせライブ見に来るのなんてあたしの友達だけだし、素人に演奏の良し悪しなんてわかりっこないって!」
「お前それ外で言うなよ」
「炎上しそうな発言……」
かなりの問題発言を笑顔で言い放つ虹夏は、あっけらかんとした顔で続けて言う。
「だから安心せい!」
「と言われても……う、う、ごめんなさい」
「けど──」
「虹夏、ちょっと待ってほしい」
「茜くん?」
茜は虹夏にストップを掛け、手で制してひとりと向き合う。彼女が心優しい人物であることは分かるが、この接し方は逆効果であった。
「ひとり、お前は別に、ライブに出たくないわけではないんだろう?」
「…………うん。ほ、本当は、嬉しかった……んです、声、かけられて。バンドはやりたいと思ってたけど、メンバー集まらないし、友達すらできないし……」
「えっ、茜くんは?」
「小学校以来ずっとクラス違うから」
「あぁ…………」
茜の返答に、さしもの虹夏でも、ひとりの境遇に同情の目を向けた。
「ふ、普段はネットにカバー曲上げたり……」
「いつもは何弾いてるの?」
「あっ、結成したらすぐ対応できるようにここ数年の売れ線バンドの曲はだいたい」
「すごっ! ……売れ線ばかり、って、なんだかギターヒーローさんみたいだね」
「──!!!??」
自身の活動名を口にされ、ひとりはわかりやすく反応する。茜は虹夏に話題を向けられ、ひとりの顔をちらりと見てからすっとぼけた。
「茜くんは知ってる?」
「──う~ん、さあ?」
「知らないならあとでURL送るよ~、もう最高だから聴いてみて!」
「うんうん聴いとく聴いとく」
「リョウも聴いてみてね」
「おすすめに上がってくるから見たことはあるよ。でも私はアレが好きだったな」
「なになに?」
ぼんやりと立っていたリョウは、そう言って虹夏に言葉を返す。
「8年前くらいなんだけど、小学生がギターを弾いた動画が一本だけ投稿されたことがあって……アレは凄かった。でもその数ヶ月後にアカウントごと消えちゃったんだよね」
「へぇ~、そんな動画あったんだ」
「年頃は同じだったから今は高校生かな。案外どっかに普通に居たりして」
リョウの言葉に、虹夏がからからと笑い、それから茜に顔を向ける。
「あはは、だといいね…………茜くん?」
「────。なに?」
「ああ、いや、なんか怖い顔してたから」
一瞬だが、茜の顔に影が差し、その奥の表情が恐ろしく見えた。そんな気がした虹夏が心配そうに問うと、茜はかぶりを振る。
「なんでもない。ただちょっと……ひとりをどうやってライブに出すかを考えてただけ」
「ひいっ」
「あ! そうだった、話題が逸れたけど問題はそこだよ! もう時間無いんだってば!」
大慌てで手をまごつかせる虹夏は、それとなく脇に避けた茜に代わってひとりに言う。
「ひとりちゃん、つまり何が言いたいかって言うと……例え話題の人でも、あたしたちの見てないところで沢山ギターを弾いてきたんだろうなってこと! ね、あとで見てみて? そういう努力って、きっと伝わると思うんだっ」
「────」
ふわりと笑う虹夏に、ひとりは反応を示す。
ネットのコメントだけを見てきたひとりにとって、現実に
これだけは、幼馴染のような距離の近しい人間では出来ないことだと、茜は感嘆した。
「あっ、私、そ、その……」
「──! もしかして出てくれるとか?」
「う、うっ、うぅ」
「……やっぱり人前に出るのは無理か。せめてなにかで顔でも隠せればな」
お面でも買ってくるか……と独りごちる茜を見て、ひとりはまるで、名案が湧いたかのようにゴミ箱から出ながら呟く。
「そ、そうだ、あ、茜くんが、私の前でギター持って立ってくれれば……私が後ろから腕を回して弾くことが出来るかと…………」
「最悪のいっこく堂、目指すか?」
「面白そうじゃん」
「黒歴史になるからやめよう!?」
ベース、ドラム、ギター支え係、ギター演奏係の四人でライブをやる光景を思い浮かべるも、そのイメージを消し去る虹夏に却下された。
「じゃあこれ被れば?」
すると、リョウが『完熟マンゴー』と書かれた段ボールを持ってきてひとりに被せる。
防音の都合で普段から押し入れで練習しているひとりにとっては、その狭い空間は自室と言っても過言ではなかった。
「おおお落ち着く……! 普段の環境とほとんど同じ状態です……!」
「いつもどこで演奏してるの?」
「押し入れ」
「あぁ……あ、そういえばライブでなんて紹介すればいい? 本名? ひとりちゃん?」
「あっ、そ、それはちょっと」
パカッと段ボールの前面を開けて顔を覗かせるひとりは、流石にと否定する。
「アダ名とかは?」
「あっ、あ、えっと、中学では……『あのー』とか『おい』とか」
「それアダ名じゃなくない!?」
「あああアダ名で呼び合うほど親しい交遊関係は持ったことなくて……」
「おおう……ちなみに茜くんは?」
「────、俺もアダ名は無かったな」
ふい、と顔を逸らしてそう答える茜。しかし三人は知らなかった。小学校時代の茜のアダ名が6年通して『後藤係』だったことを。
「ひとり……ひとり、ぼっち…………あ、ぼっちちゃんはどう?」
「よくこの流れでデリケートのど真ん中をぶち抜こうと思ったな」
ひとりの名誉のためにも何も言わなかった茜だが、その眼前でリョウは直球のアダ名を考える。ひとりもまた、そのアダ名に大層喜び表情を明るくしていた。
「ぼっ、ぼぼ、ぼっちです!」
「でも喜んでるよ?」
「『アダ名を付けてくれた』、の方が重要だから、どんなアダ名でも喜ぶぞ」
「いやそれは……ないよね?」
さらりと答える茜に、虹夏は苦笑を浮かべた。──まさかね。と考えることをやめた虹夏に、茜は段ボールをコンコン叩きながら聞き返す。
「ずっと聞きそびれていたが、バンド名は何て言うんだ?」
「────」
「虹夏?」
「────」
不意打ちのように聞かれた言葉に、虹夏は黙りを決め込む。ちらりとリョウを見れば、彼女の無言の眼差しが、『面白いから本人に聞いて』と暗に語っている。それから茜の三度目の問いに、虹夏はようやく口を開いた。
「バンド名、何て言うんだ?」
「──。笑わないでよ?」
──そもそもバンドメンバーでもなんでもないため、茜は客としてワンドリンク注文して椅子に腰かける。リョウ、虹夏、段ボールが並ぶ異色のライブを見ながら、小さく笑った。
「結束バンド、いいネーミングだな。スーパーウルトラ酒呑童子EXよりはマシだ」
ジンジャーエールをストローで飲む茜がそう言うと、早速と始まった演奏に耳を傾ける。
──お世辞にも、優れた演奏とは呼べない音。けれどもその音は、不思議と心地よく。
「……ひっどいギターだな」
そう呟く顔は穏やかで、しかしスピーカーの轟音がビリビリと全身を叩く傍ら、左手は右前腕にある
ザラザラとした感触に、茜の心にはドロリとした激情が渦巻き、『それ』を、ひとりのギターの音色が溶かして行く。
「どうせ弾くなら、楽しく弾くに限るよな。──ひとり、お前ならそれが出来る」
誰にも明かさない、明かせない本音が、暗いライブ会場の音色に紛れて消える。──自分はもう出来ないことをひとりならやれる。けれどもそれに、負の感情を抱いてはいけないのだ。
「……うん、
上手いに越したことはないが、必ずしも上手ければ良いというわけではない。
少なくとも、今は。今だけは、後藤ひとりには、このライブが必要なのだろう。
所々で音程を外し、ミスを連発した曲を演奏し終えた三人を追って、茜は無言で席を立った。
「ミスりまくった~!」
「MCも滑ってたね」
三人の元に訪れた茜は、軽い反省会をしていた虹夏たちと──無惨な姿となった段ボールもとい床に倒れ伏すひとりを一瞥する。
「お疲れ、まあまあ酷かったな」
「直球! ま、変に誉められるよりはいいか」
「ひとりも……チームでの演奏は要練習だな」
呆れたような顔の茜にそう言われたひとりは、おもむろに起き上がると、残骸と化した段ボールを脱ぎ捨てながらにじり寄る。
「あ、あの!」
「な、なに?」
「つっ、つ、つつ、つ、つつつ」
「なに!? なになになに!!?」
ひとりのホラー映画の幽霊もかくやと言わんばかりの動きに、虹夏は茜の後ろに隠れ、リョウですらも思わず後退りする。
奇行に慣れている茜がひとりの動きを見守ると、彼女は顔を上げて宣言した。
「つつつ次のライブまでにはクラスメイトに挨拶できるくらいにはなっておきます!!」
「なんの宣言……? でも次か、そっかー、うん。じゃあ今からぼっちちゃんと茜くん歓迎会兼ライブの反省会だーっ!」
「たぶん無理だぞ」
「えっ?」
「あっ、今日は人と話しすぎて疲れたので帰りまーす…………」
「えっ?」
「眠いからやめよ」
「えっ?」
しれっと言う茜に疑問符を浮かべた虹夏は、歓迎会という単語を聞いた瞬間動きを止めたひとりに参加を断られる。そのまます──っと部屋から出ていった彼女を見届けて、立ちながら鼻提灯を膨らませるリョウを見て、虹夏は絶句した。
「こんなことある?」
「『こんなことある?』は結束力が無い三人に俺が言いたい台詞だが?」
「ごもっともです……」
頬をひくつかせる虹夏を尻目に、茜は懐から取り出した手帳に何かを書き込み、そのページを千切って彼女に手渡す。
「それと虹夏、これ」
「……? なにこれ」
「俺とひとりの電話番号。下のIDは俺のロインアカウントの奴だ、ひとりのは今度また来たときに聞いて登録してやってくれ」
「あ、そうか。忘れてた……」
「──じゃあまたそのうち」
そう言ってひとりを追いかけようと背中を向けた茜に、虹夏は待ったを掛ける。振り返った茜へと、ふと気になったことを質問した。
「ねえ茜くん、さっき、『俺は弾けないんだから』って言ってたよね」
「…………そうだったか?」
「もしかして、前までは弾いてたの?」
「────」
虹夏にそう問い掛けられ、茜は何かを言おうとした口を閉じる。逡巡するように目を左右に揺らし、それから観念したように答えた。
「昔、事故で腕をな。そういうことだ」
「あっ……そう、なんだ。ごめん、なんか嫌なこと聞いちゃったよね」
「気にしなくていい、終わった話だ」
「……うん、じゃあ、またね」
改めて踵を返した茜を見送って、虹夏は渡された紙の番号を登録する。
リョウを起こして同じように登録させてその日はお開きとなったが、その胸に、一抹──どころではない不安を携えるのだった。
──夜、一軒家の居間で、青年はハンカチを口に咥えて古いギターを掻き鳴らす。
ソファに座り傍らにタイマーを起動したスマホを置きながら鬼の形相で演奏する彼は、鬼気迫る雰囲気で腕をスナップさせていたが、その動きを唐突に止め、右腕を震わせる。
「──づ、ぐ、っ……!」
指が曲がったまま硬直し、腕は痙攣し、前腕から指先までが激痛を訴えて演奏を止めざるを得ない状況に陥る。ギターを立て掛けて、左手でタイマーを止めた青年──茜は、秒数を見てハンカチを吐き捨てながら呟いた。
「……26秒か。調子が良かったときの2分36秒にはほど遠いな」
腕の不調が治まり始めた頃に、茜は両腕をだらりと垂らして天井を見上げる。
「……使えない右腕め。ギターも弾けない
卑屈な笑みを浮かべて自虐する茜。彼は数分の間を置いて、再度ギターを掴む。
──果たしていつ痛みを訴えて演奏を中断させるかもわからない右腕。『弾かない』ではなく『弾けない』と言った言葉の意味を、茜以外の誰もが知り得ない。
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