【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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茜色と星の歌

 後藤ひとりのピック破壊事件からしばらく、夏休みも半ばまで過ぎた頃、STARRYの掃除も一段落ついた茜はいつものようにだらけているPAの対面に腰かけていた。

 

「お疲れ様で~す」

「少しは手伝ってくれてもいいんですが」

「箸より重いものは持てなくて……」

「それは超軽量スマホだって言いたいんですか」

 

 おほほほ、と誤魔化すPAが画面を操作している動きを眺めて茜は問いかける。

 

「普段から携帯でなにやってるんですか? たまに百面相してますよね」

「…………してました?」

「周りにはバレてないかと」

 

 余る袖で口許を隠す癖を出しながら、PAは目尻を細めておうむ返しする。

 

「ええまあ、その……エゴサを少々」

「はあ。程々にした方がいいですよ、ところで何に対してのエゴサを?」

「それは配し────えっと、個人的な趣味なので詮索はちょっと」

「なるほど」

 

 ──配信か。と口に出さずに脳裏で思案し、PAが話題を切り替えるように口を開いた。

 

「そ、そういえば、柊木くんは最近どんなことをしてるんです?」

「最近……ああ、星歌さんに料理を教えてます。なんか色々あって泊まることが多いですが」

「なんで?????」

 

 思わず聞き返したPAに、茜もまた「なんででしょうね」と首をかしげる。

 本当にただ気づいたらそうなっていた、としか言い様の無い事実を茜は説明した。

 

「夏休みが始まってすぐの頃から料理教室的な日を設けていたんですけど、そのまま教えた料理を出した夕食の厄介になったりを繰り返していたら、そのうちに星歌さんに『泊まってけば?』と誘われるようになりまして……」

「囲い込もうとしている…………」

「今では俺のお泊まりセットが部屋の隅に置いてありますよ。流石にソファで寝てますが」

「たぶん近い内に男用のお皿とか小間物とか布団が増える頃ですねぇ」

「その前に夏休みが終わりますよ」

 

 ──終わるといいですねえ。と、PAは意味深な言葉を茜に呟いた。

 

「……ということは今日もですか」

「そうですね」

「柊木くん、そろそろ背中を刺されるのでは?」

「そうならないように見ない振りを続けているんですよ。甲斐性が無いのはわかってます」

 

 ため息混じりにそう言った茜を見て、PAもまた呆れ気味に言葉を返す。

 

「いやあ、無理でしょう。だって今の柊木くんってほぼオタサーの姫と同じじゃないですか」

「誰がサークルクラッシャーだ」

「じゃあ、ガールズバンドサーの王子?」

「……いや性別の問題ではなくて」

「まあでも、いいんじゃないですか? モテて悪いこともないでしょう。ほら、ハーレムって全男子の夢みたいなとこありますよね?」

「何事にも例外ってものがあるんですよ」

 

 あっけらかんと問題発言を言い放つPA。そんな彼女に面倒くさそうな表情を向ける茜は、顔を机に突っ伏しながら声を出した。

 

「まず第一に、俺自身が自分のことで忙しいんですよ。学業にひとりの介護にバンドの様子見にバイトにきくりちゃんの介護、おまけにまだまだリハビリも終わってませんし」

「半分が他人の世話に費やされてますね」

「そんなわけで、俺の方から誰か個人だけを愛するということはないですね。……自分で言っててなんだけど、かなり度し難い奴だな」

 

 ふっと顔を上げた茜は背もたれに体を預け、視線を天井に向けてため息をつく。

 

「ちゃんと自分なりに考えているのなら、もう私の方からとやかく言いませんけど……もし店長さんとかから本心を告げられたらどうするんです? 応えるんですか?」

「……そうならないように、必死に目を逸らしてるんですがね」

「ふうん?」

 

 PAは、そのわりには──と続けようとした口を閉じる。それから茜の懐の携帯が着信を知らせ、内容を確認して立ち上がった。

 

「なんです?」

「星歌さんが、店を開ける前に買い物に行くから付き合えと」

「虹夏ちゃんは?」

「今日は自主練の日ですので、なんかリョウの家に泊まり掛けで遊びに行ったとか。バイトも休みですよ、そも強制ではないですし」

「あっ…………」

 

 置いておいたバッグを肩に提げた茜は、出入口に踵を返して、全てを察したPAに続ける。

 

「じゃあちょっと行ってくるので、留守番頼みますね。買い出しに行って上に置きに行ってここに戻るまでで……4~50分か」

「はーい、お気をつけて~」

 

 ひらひらと手を振って見送った背中に、PAは心配するように小さく言葉を投げ掛けた。

 

「……これはもはや、鴨がネギと白菜と椎茸と豆腐と出汁の入った土鍋を抱えて猟師の家に行ってるようなものなのでは……?」

 

 ここ最近、何度か「13歳……13歳差か……」と呟いている星歌を見てきたPAは、茜の行き着く先を邪推して体を伸ばしてだらける。

 

「──ま、色々と抱えてる女性が欲しい言葉を欲しいときに与えてしまうあの子にも、責任はありますよね~。私はなにも見てませーん」

 

 そう言って、暇潰しも兼ねてエゴサを再開するPA。彼女に出来るのは、茜の名字が柊木から伊地知に変わらないようにと祈る事だけである。

 

 

 

 

 

 ──夜、STARRYも閉められ、茜と星歌は店の上にある伊地知家に帰っていた。

 

「あ゛~~~疲れた」

「お疲れ様です」

「今日は…………なに作るんだったか」

「豚汁を作るんでしたよね」

「ああ、そうだったな」

 

 手を洗って手拭いで拭いた茜は、気だるげにエプロンを着込む星歌に続いて予備を着ると、冷蔵庫から材料を取り出して台所に広げる。

 

「俺の家ではじゃがいもを入れるんですけど、こっちではどうします? なにかこだわりの材料があるならそっちを優先しますけど」

「いや、好きなの入れていいよ」

「さいですか」

 

 野菜をビニールから出して汚れを洗い、二人でしゅるしゅると皮を剥いていると、おもむろに星歌が一拍空けてから茜に言った。

 

「大変だな、これ」

「そうですよ」

「虹夏はこれを、学校に行ってバイトしてバンドやりながら続けてるんだよな」

「……そうですよ」

 

 さっさと野菜を剥き終えて、茜は鍋に水を張って粉末のだしの素を溶かしながら返す。

 

「忙しさに優劣はありませんが、()()()()()()()()()()を虹夏に任せっきりだったのは事実ですからね。これからは、恩を返してあげましょう」

「……ああ、そうだな」

「というか、俺がこうして教えたり手伝ったりしない時は星歌さんが一人でやるんだから、面倒くささは今以上に増えますよ」

「うげ……そうだった」

 

 星歌はザクザクと皮を剥いた野菜を切りながら、疲れの溜まった体から吐き出すような重いため息をついて、ぽろっと本音をこぼした。

 

「茜くんがずっと居てくれたらな」

「────」

「あー、いや、ほら、茜くんも音楽やってた人間だし、ライブハウスで本格的に働くのも悪くないだろ? 男手は無限に募集中だからさ」

 

 誤魔化すように言った星歌に、順次切られた材料を投下しながら、茜が間を空けて呟く。

 

「考えておきますよ。卒業するまでは、まだ時間がありますから」

「…………おう」

 

 無自覚に、無意識に、茜もまたぽろりと言葉を紡ぐ。『欲しい言葉を欲しいときに与えてしまう』という、届かなかったPAの忠告が今まさに茜の首を絞めていることを、本人は気づいてない。

 

 

 

 

 

 ──遅い時間になった夕食の場で、二人は白米まで食べるのはカロリーの心配があるからと完成した豚汁だけを食べている。

 湯気の立つそれを下品にならない程度に音を立ててすすると、星歌は熱い息を吐いた。

 

「────はぁ~~~っ」

「具沢山だから、汁物一品だけだとしてもそこそこ腹が膨れますね」

「やっぱりさ、茜くんうちに居てくんない?」

「……じゃあ、俺の将来は伊地知家に婿入りということになりますね」

「それは……()()()の?」

()()()がいいですか?」

 

 からかうようにそう返されて、星歌はしてやられたとばかりに黙って豚汁を食べる。これは旨い。旨いが──と、物足りなさに顔を伏せた。

 

「う──ん。これは……」

「それは酒が欲しい顔ですね」

「…………いい?」

「いいですよ」

 

 ちら、と上目遣いで問う星歌に許可を出すと、そそくさと日本酒の瓶を持ってくる。

 さらりと受け取って蓋を開けて、茜は彼女の手にあるコップに中身を注いだ。

 

「おっとっとっとっとっと」

「まあまあまあまあまあ……これ逆じゃね?」

「どっちでもいいでしょう」

 

 そう言われながらコップになみなみと注がれたそれを、星歌は一息で呷る。

 

「……っかァ。茜くんはさあ、酒飲んだことある? いやないか。流石にあったらビビるわ」

「ん? ありますよ」

「え゛っ」

「前に、腕のこととか海外から帰ってこられない両親のこととかで無性にむしゃくしゃして、勢いで親父が趣味で集めてた酒瓶を一本空けたことがあったんですよ。まあ翌日が地獄でしたね」

「よく生きてたな……」

 

 豚汁の具材をつまみに飲み進める星歌が茜の()()()()エピソードにドン引きしつつ、程よく酔いが回った彼女は頬をほんのりと赤くして、口角を緩めながら口を開いた。

 

「酒は飲んでも呑まれるなっつってなあ……身近に例文の擬人化が居るからわかってるか。あいつもあんな酒浸りのアホじゃなかったんだが、何でああなったんだか」

「あれ、心配なんですよね。わりと本気で27クラブ入りしそうと言いますか」

「それとなく気い遣ってあげてよ、なんか茜くんのこと気に入ってるみたいだから」

 

 頬杖をついて、どことなく()()()()()()、星歌はそう言うと豚汁の残りを食べ終えて時計をちらりと見る。

 

「腹落ち着かせたら、もう寝ちゃうか」

「そうですね」

「茜くん、今日は私のベッド使いなよ。私は虹夏の部屋で寝るから」

「いえ、俺は枕が変わると寝られないタイプなので遠慮しておきます」

「ソファではぐーすか寝てんじゃねえか」

「ぐう」

 

 ジトッとした目を向けられて、つい視線を逸らす。反論できずにベッドに放り込まれた茜は、暗い部屋でまぶたを閉じると鼻を通して何とも言えない女性の香りに意識が向いてしまい、眉を潜めて早く寝てしまおうと考え込む。

 

 時間が掛かったがなんとか意識が暗闇に落ちた茜は──部屋に星歌が入ってくる物音に気づくことが出来ないまま寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

「……無防備すぎんだろ」

 

 ぎし、と。ベッドのスプリングが軋む音が、茜の寝息と混ざって消える。

 据わった目で見下ろす星歌は、(ふち)に腰かけて茜の首筋に指を這わせる。ゆっくりと顔を近づけて、そうして唇が触れると、彼女は強く吸い付いて痕を付けた。

 

「──ガキ相手に、馬鹿みてえ」

 

 ()()になっている自分を自虐するように、星歌は薄く笑って、茜の頬を指で撫でてから部屋を出て行くのだった。




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