「お、おかえり、茜くん」
「ただいま。……自宅ではないからただいまはおかしいか? まあいいか」
夏休み中、頻繁に伊地知家とSTARRYと後藤家を往復する生活を送っていた茜は、ある時帰ってくるとひとりに出迎えられていた。
「…………?」
「なんだ、どうした」
「……………………」
すると、眉を八の字にひそめたひとりが怪訝そうに近づいてくる。そのまま玄関で靴を脱いで廊下に上がった茜の周囲をぐるぐる周り、すんすんと臭いを嗅ぐ。
自分の中の言語化できない、そういう感情をあまり抱いたことが無いがゆえの
「おい、犬かお前は」
「…………んー、うー……」
「何がしたいんだ?」
「……茜くんから女の人の匂いがする」
「そりゃあまあ、料理を教えてる相手は女性だし、その人の家に行ってるからな」
余計な不和を避けるために料理を教えている相手が星歌であることや、泊まっている家が伊地知家であることは、ひとりや喜多、リョウには知らせていないため、彼女からすれば幼馴染が女の匂いを漂わせて朝帰りしてきたのだ。
「わかったわかった、汗流したいし風呂入ってくるよ。……数年ぶりに一緒に入るか?」
「────は、入……る、ら、らない、よ。もう、高校生だし……」
「ふ、それは残念」
からかい半分でそう言って、茜はひとりの部屋に当然のように収納されている着替えを取りに行ってから風呂に向かう。そして熱いシャワーで汗を洗い流しながら、思い出したように言った。
「そろそろ夏休みも終わるけど、あいつ虹夏たちに誘われたことあったか……?」
──数日後、夏休み最終日にSTARRYに集まった茜は、神妙な面持ちで口を開いた。
「最近ひとりの様子がおかしい」
「いつものことじゃない?」
「それはそうだが、普段の五割増しでおかしいんだから相当だぞ」
リョウのどうしようもない返しに肯定しつつ、ちらりと喜多を見ると彼女もまた頷いて、茜に続いて虹夏たちにひとりの状態を語る。
「そ、そうなんです、ここ数日目も虚ろで会話もままならくて……」
「いつものぼっちじゃない?」
「いや~そんなことは……あるか?」
「ないです!」
言われてみれば確かに……と首をかしげる虹夏に強く否定する喜多だったが、ふと辺りを見回した茜が疑問符を浮かべて言った。
「そういやあいつどこ行った」
「えっ? ……あ、ほんとだ。茜くんぼっちちゃんと一緒に来たんだよね?」
「──おーい、ちょっとあんたら、ぼっちちゃんにアレやめさせてくんない?」
「おや星歌さん」
すると、ガチャリとSTARRYに入ってきた星歌が、茜たちを見てそう言った。何事かと全員で外に出ると、階段上の花壇の前でひとりが負のオーラを漂わせながらなにかをしていた。
「さっきからずっとライブハウスの前でセミの墓作り続けてるんだけど」
「限界過ぎる!? なんでいつも以上に変になってんの!?」
「今日で夏休みが終わるからでしょうか……」
「新学期は私もイヤ」
「……………………。あっ」
──さようなら……さようなら……と呟きながら土を被せているひとりを眺めて、原因を思い付いたのか茜が口を開く。それからおもむろに、後ろの虹夏たち三人に質問を投げ掛けた。
「お前ら、ひとりを遊びに誘ったか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「おい信号機トリオ」
すっ、すっ、すっ。と順に視線を逸らす三人が、一拍置いてから言い訳をする。
「誘おうとはしたのよ? でも、ここに来る日以外は全部予定が埋まってるし、知らない子が居たら後藤さんも萎縮しちゃうかなって……」
「あたしも練習の日以外は家事したり部屋片付けたりバイトしてるから……」
「二人が誘ってると思ってた。ていうか茜こそなんで遊んであげてないの?」
無表情でそう言ったリョウは、気になった疑問を茜にぶつける。茜も同じように間を置いて、苦い表情でため息を付いた。
「あいつからしたら、俺は最も警戒する相手だぞ。外出に誘おうものならその雰囲気を感じ取って家の中だろうと姿を消すんだよ」
「保護されたばかりの野良猫かなんか? ──あれ、ってことはもしかして……誰もぼっちちゃんを遊びに誘ってない……ってコト!?」
「こんな結束感ゼロのバンドあるか?」
「お前らもうバンド名変えろよ」
虹夏の声に、茜と星歌は至極真っ当な辛辣な言葉を投げつけていた。
──後藤ひとり夏の思い出計画を敢行するべく意識を失った彼女を引きずって電車に乗り込んで暫く、ブラックホール……とうわ言を呟くひとりを横目に、虹夏たちは会話を交わした。
「こんなになるなんて……よっぽど学校がイヤなんだねぇ……」
「校則厳しいとか?」
「いえそんなことは。比較的自由な校風だと思いますよ、文化祭とかも盛り上がりますし」
「いいなー。あたしらの学校結構厳しめだから、文化祭とかもお堅い感じなんだよー。ポスターとかなんて研究の展示とかばっか」
虹夏のぼやきに、横で聞いていた茜がああと言って言葉を続ける。
「下北沢高校、確か進学校だったか。二人とも意外と頭いいんだな」
「いや~、あたしは普通だよ。リョウも……まあ……別に……ねぇ?」
「……そんなことだろうとは思った」
言葉に困ったように詰まらせる虹夏と事の重大さを認識していないリョウを見て、茜は顔を覆って重く息を吐く。
「あの、いったいどういう……」
「リョウはね、下北沢高校を選んだのは家から近いからってだけで、テストも一夜漬けタイプだから勉強からっきしなんだよね~」
「えっ……?」
「受験前は相当頑張ってたけど、もう全部忘れちゃったみたい」
「勉強頑張るとベースの弾き方忘れる」
あっけらかんと呟くリョウの発言を聞いて、喜多は驚愕一色の顔で問いかける。
「じ、じゃあ、まさかリョウ先輩ってミステリアスで思慮深いわけではなく……」
「こいつはおそらく、単なるアホだ」
茜の言葉を皮切りに、虹夏はおもむろにリョウの頭を揺らす。あまりにも小さい脳が中でカラコロと転がる音が聞こえ、彼女に抱いていたイメージが全て幻想だったと知り喜多が取り乱した。
「この音なんかの曲に使えないかな」
「いや──!? 私の中の先輩のイメージが壊れていく──!!」
「喜多、あんまり騒ぐな」
「柊木くん……ちょっと確認もかねて、あなたの頭も揺らしてもいい?」
「ちゃんと詰まってるから安心しろ」
すがり付くようにしがみつく喜多を面倒くさいものを見る顔で一瞥し、茜はため息混じりに端に座る自分の反対側で気絶しているひとりに視線を移す。緑の液体を口から垂らしているひとりを見て、心底不思議そうにリョウが言った。
「ぼっちが学校でぼっちなのが意外。こんなに面白いのに」
「うん。ぼっちちゃんが本当は凄い子って、みんなにわかってもらえるといいのにね」
「クラスが同じなら気にかけてやれるんだがな……流石に別のクラスにいちいち首を突っ込むわけにもいかないから頑張ってほしいものだ」
「新学期が始まったら、私の方からちょくちょく会いに行ってみます」
それぞれが言葉を紡ぎ、いまだに意識が明後日の方向を向いているひとりをよそに、ふとリョウは茜の方を見て問いかける。
「そういえば、茜って夏休み中、バイトとバンド練習の観察以外でなにしてたの」
「ん? ああ、ひとりのピックを買い直してあげた以外は…………知り合いの家に泊まり掛けで料理を教えたり……とかだな」
「ふーん、それって誰?」
「誰だっていいだろ……」
一瞬虹夏を見て、黙っているようにアイコンタクトしつつ、茜はそう言ってリョウに言葉を投げ返す。彼女は目尻を細めて、訝しむような声色で更に続けて言った。
「なんか隠してる。やらしー」
「俺にもプライベートってものがあるんだよ。ひとりと違って、俺にはお前たち以外にも友人と呼べるやつは居るからな」
「ヴ」
「あっ、ぼっちちゃんが痙攣してる」
「こいつ、もしかして気絶しながらも特定のワードだけは聞こえてるのか……?」
何気ない発言が地雷を踏み抜いたのか、電車の揺れに反抗するようにガタガタと痙攣し始めたひとり。それを見て、茜はかぶりを振って呆れ気味にそう呟いている。
果たしてこの調子で思い出作りは上手くいくのか。そんな心配が脳裏を駆け抜けた茜は、目的地である片瀬江ノ島駅に到着し、ひとりを担ぎ上げて三人と共に電車を降りるのだった。
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