ひとりを米俵のように肩に担いでしばらく、海が見えるところまで訪れた茜は、彼女を降ろして気付けの平手打ちをぺちぺちと行う。
「おーい、起きろー」
「ヴッ、ヴッ、ヴッ…………はっ!? こ、ここはいったい……」
「江ノ島だ」
「え、江ノ島!?!?」
ようやく自分の足で立ち上がったひとりが茜の言葉に驚愕し、辺りを見回す。
いつのまにか来ていた江ノ島の風景を眺め、なんだかんだでいい光景だと思い、ここに連れてこられたからには楽しもうと思案したが──
「ウェーイお姉ちゃんたち! 暇ならうちの海の家で食べていきなYO!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!?」
「ぼっちちゃんが破裂した!?」
──突然現れたパリピに驚き、パン! と風船のように膨らんで破裂した。
「ってあれ、もしかしてデート中? じゃあやめた方がいいか! 海の家じゃ華もないし!」
「マジ!? 四人とも彼女ぉ!?」
「す、すげぇ……」
「なんで畏敬の念を抱かれてるんだ…………広義の意味では合ってると思うので否定はしませんが」
三人のパリピはまずひとりたちを見て誘おうとしたが、茜を視界に入れて改めた。
それからなぜか謎の尊敬の視線を向けられ、興味が彼女等から茜に移る。
「ところで彼女ちゃん爆発したけど」
「そのうち戻るので大丈夫ですよ」
「やっぱさぁ、彼女いっぱい作るのって男の夢だよな! 俺も目指そっかなあ」
「やめた方がいいのでは」
「そうそうやめとけって、こないだもあの地雷系の彼女に勝手に合鍵作られてただろ」
「ドアノブ換えましょうよ……」
やいのやいのと盛り上がる男四人を眺める喜多は、破裂したペラペラのひとりを回収してきた虹夏とリョウの二人に呆れたように言う。
「みんな彼女、ですって」
「あー、喜多ちゃん的には自分だけを選んでほしかったって感じ?」
「それは…………まあ……」
「私たちも彼女みたいだし、あとで全員分のお昼ご飯奢ってもらえるんじゃない?」
「はいはいリョウは黙ってて~」
「いででで」
面白くないものを見る表情の喜多の内心を言い当て、リョウの頬を指でつねりつつ、虹夏はようやく戻ってきた茜に言葉を投げ掛ける。
「お帰り~、なんか大変だったね」
「どうやら彼らの中では俺は恋人が四人も居る恋愛マスターらしい。勘弁してくれ」
「ダーリ~ン、ご飯食べたいにゃん」
「やかましい」
茜は背後に回って肩に顎を乗せすり寄ってくるリョウに面倒くさそうに対応し、とりあえずと歩きながら考えるそぶりを見せると、思い付いたように口を開いた。
「──そういえば、STARRYの前で虹夏がしらす丼を食べたいとか言ってたな。どうせ昼飯を食べるならいい店でも探すか」
「えっ、ああ……でも、いいの?」
「理由が要るのか? ちょうど俺も食いたかった。……これでいいだろ、さっさと行くぞ」
些細な会話を拾い、相手の要望にさらりと応える。しらす丼というワードによだれを垂らすリョウを引きずりながら歩く茜と追いかける喜多の背中を見て、虹夏は頬を緩めた。
「茜くん、そういうとこだよ」
「──ん?」
「なんでもなーい。ところでこのペラペラぼっちちゃんどうしよっか」
「どこかで空気入れでも借りて、口から空気を注入すればほどよく膨らむぞ」
「カートゥーンみたいな体質してるね……」
──腹ごしらえも済み、日が高くなってきた頃、茜たちは長い階段を見上げていた。
「さあ、ここを上りますよ!」
「なんで?」
びしっ、と指を指す喜多に、さしもの茜も反射的に問いかける。彼女はキョトンとした顔をすると、当然かのように返答した。
「なんでって、自力で上がって見る景色ほど素敵なものはないと思いませんか?」
「いやそんなのはいい」
「頑張りましょう!」
「嫌だ!」
力強く否定するリョウの言葉も耳に入っていない喜多は、ひとりと虹夏にも言葉を向ける。
「ほら、後藤さんも!」
「えっ、あっ、いや、あの」
「伊地知先輩は行けますよね?」
「いやあ……あたしもそんなに乗り気では──うっ!? 喜多ちゃんがいつになく眩しい!」
「普段は抑えられている"陽"の気が、日の光と場の雰囲気に中てられて溢れているな」
体育会系もかくやと言わんばかりに気合いの入っている喜多が放つオーラにたじろぐ虹夏たち。サングラスで光を遮る茜は、自分を盾にしている三人に解説した。
「さあ行きましょう! 私たちは登り始めたばかりですよ、この果てしなく長い青春坂を!」
「喜多ちゃん、自分からもう『果てしなく長い』って言っちゃってるじゃん……」
「……とりあえず、やるだけやるか」
元気よく階段を上がっていった喜多を見て、茜がそう言いながら続いて行く。
虹夏とリョウもまた同じように続き、ひとりも遅れて階段を上がるが──数十段上がった辺りでダウンしたひとりを茜が担ぐ羽目になったのは言うまでもない。
「──俺は……ここに……筋トレしに……来たわけじゃ……ないぞ……」
「ご、ごめんね茜くん、大丈夫?」
「もう無理~~!」
「景色とか知らん、どうでもいい……」
ひとりを担いで階段を上っていた茜が肩で息をして、虹夏とリョウが傍らに座り込む。
早々にリタイアしたひとりと喜多だけが元気な状態で、三人は死屍累々と化していた。
「もう! しっかりしてください! まだ始まったばかりじゃないですか!」
「お前の体力はどこから来てるんだ……光合成でもできるのか……?」
「茜……だっこ……」
「流石に無理だ……」
疲れきって甘えてくるリョウを流して息を整える茜は、体を反らすように伸ばして腰を叩く。すると、おもむろにひとりが声を荒らげた。
「────! あ、あ、あの! え、エエ、エスカレーターがあります!」
「でかした、行くぞ」
「階段で行きましょうよー!」
「郁代……これ以上なにか言うようなら物理的な手段に出るぞ」
「もうっ!」
ごねる喜多を連れて早速と受付に向かう茜たちは、リョウの金欠という一悶着を交えつつ各自でチケットを買い、エスカレーターで楽に頂上へと向かう。財布を懐に仕舞う茜は、リョウを横目で一瞥してため息混じりに口を開いた。
「飯は奢るが、これはちゃんと返せよ」
「安心して、私は約束を破らない」
「あの……前に貸した分はまだ返してもらってないです……」
「そうか。──来月返せなかったらお前の両親に請求するからな」
「ちゃんと返すからそれだけはやめて」
自信満々で言葉を返すリョウは、ひとりの密告で据わった目を向ける茜に早口で弁明する。
それからエスカレーターで上ったとはいえ疲れた体を動かす茜たちは、ここまで来たからにはと、流れで展望台へと向かうことにした。
「わ~! 綺麗な眺め! この絶景は目に焼き付けないといけませんね……」
「クーラー……最高……」
「…………はあ、疲れた」
「――――っ」
展望台に到着し、なおも余る体力で元気に振る舞う喜多を眩しいものを見るようにまぶたを細める茜。その横でクーラーの冷気で体を癒すリョウたちは、疲れきってだらけている。
その様子を見て、喜多は展望台の中を歩き回り辺りを眺めている茜に近づくと袖を引いた。
「なんだ」
「あ、あのね柊木くん」
「ん?」
「その…………」
茜を見上げる喜多は、何かを言おうとして口ごもる。申し訳なさそうな表情を取る彼女に、茜は何度目かのため息をついて額を小突いた。
「あう」
「無理やり引きずり回して、申し訳ないとか思ってるんだろうが、あいつらもなんだかんだで楽しかっただろうから気にするな」
「っ……!」
「特にひとりなんかは、こうやって無理に引っ張らないとなにもしない」
中を歩く茜は横を追従する喜多にそう言って、窓の外の景色に視線を移す。
「今日この日、江ノ島に来て、こうやって歩いて食べて疲れた記憶はちゃんとみんなの思い出になる。だから申し訳なさとかは考えるな」
「……柊木くん……ごめんなさい」
「俺は謝罪が聞きたかったわけじゃないぞ」
「そう、ね。──ありがとう」
ふっと笑う茜に、喜多も笑みを浮かべる。それから少し考えると、自撮り棒を取り出してイタズラっぽい笑みに切り替えて提案した。
「あと、折角だから、ふ……二人で、写真、撮らない? 景色をバックに……ね?」
「…………別に構わんが、絶対にイソスタには乗せるなよ」
「ええ、わかってるわ」
「────」
ふふふ、と楽しそうに笑う喜多が携帯をセットする動きを見て、茜はふと考える。
──それはそれとして少しムカついた、と思案するのは当然であり、ちょっとやり返してやろうと考えるのもまた、当然であった。
「じゃあ撮りましょうっ」
「ああ」
自撮り棒を持ち窓の外の風景を背に角度を調節する喜多に合わせてわずかに屈む。
いざ撮影しようと携帯と接続したスイッチに指を重ねた──瞬間、茜はぐっと喜多の腰に手を回してやや強引に引き寄せ、彼女の頭に頬を寄せて強く密着した。
「はいチー……ひゃあぁいっ!?」
喜多のすっとんきょうな声と共にパシャリとシャッター音が鳴り、携帯は二人を枠に納めた一枚を撮影する。その画面には、驚きながら顔を真っ赤にする喜多と、自分のものだと誇示するように抱き寄せている茜の姿があった。
「っ、っ──!?」
「……その写真、誰にも見せるなよ」
お返しのようにイタズラっぽく笑い、茜は喜多に背を向ける。驚愕と恥じらいの混ざった声にならない悲鳴を聞いて、微妙に耳を赤くしながら口許を手で覆って呟いた。
「──適度にお灸を据えないといけないとはいえ、流石にキザだったか……?」
誰にもバレないように、静かにかぶりを振って、茜は休憩中の三人の元に向かう。
「休憩が終わったら、そろそろ帰るか」
「そうだね~、疲れちゃったし、体力残ってるうちに下に戻ろっか」
「──あの!」
わずかばかりの顔の熱さをクーラーで誤魔化すなか、時間を確認して帰ろうかと提案しようとした茜たちに、表情を取り繕った喜多が最後にと提案をしてきた。
「最後に、行きたいところがあるんです」
──喜多の提案に乗って向かった先は、とある神社だった。茜はああと言って口を開く。
「確か妙音弁財天……だったか、音楽の神の」
「柊木くん、知ってたのね」
「名前だけ、どこかで聞いたことがあってな」
「みんなで江ノ島に来れたら、是非ともお参りをしたいと思ってたの」
「じゃあ、私たちのバンドの今後の活躍をお願いしないとねっ」
「俺もついでに成功を願っておくか」
「五人で願えばもう確実だよ!」
あははっと笑う虹夏を見て、茜は口角を緩める。5円を弾いて賽銭箱に放り込み、一応はと思案して二礼二拍手一礼の動きをした。
「…………」
頭を下げ、茜は結束バンドの成功を願う。その傍らで、どうしても──もしも願いが叶うならと、そう願わずにはいられなかった。
「……あ、茜くん?」
「なんだ」
「いや、その……ち、違うお願いも、したのかなって、思っただけで」
「────」
顔を上げた茜を見て、あっけらかんとひとりがそう言って問いかけた。妙なところで鋭い幼馴染に、茜もまた、視線を斜めに逸らして言い返そうとした口をつぐむ。
──もしも自分の右腕を治せたら。
──もしも普通にギターを弾けたなら。
──もしも、一緒にバンドを組めたなら。
叶う可能性が限りなく低い、口に出すまでもないワガママ。
余計な言葉で周りの気を落ち込ませないように、自分の中だけに暗い感情を押し留めて、茜は人差し指を唇に当てて一言だけ言った。
「……内緒だ」
お気に入りと感想と高評価ください。