【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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ワタシダケユウレイ

 新宿駅の人混みを見てダウンしたひとりを喜多と一緒に担架のように運びながら十数分。

 到着したライブハウスの外観を見上げて、茜は渋い顔をしていた。

 

「……ああ、ここか」

「知ってるの?」

「何度か見たことはある。なぜか生存本能が行かない方がいいと告げるから避けていたが」

「えぇ……」

 

 茜の言葉に、ひとりの両足を抱えている喜多が軽く引く。すると先導していたきくりが振り返り、目尻を細めて蛇のような眼差しで言う。

 

「なんだよぉ、別に取って食ったりは………………しないから安心しなよ」

「じゃあ今の間はなんだ」

「ほらさっさと中入ろ~」

「おいこら。……まったく」

 

 踵を返して足早に中に向かうきくりに眉間の皺を深くする茜は、かぶりを振って追いかけていった。階段を上がる前にひとりの意識を呼び覚まし、五人でぞろぞろと上がって行くと、件のライブハウス──新宿FOLTに到着する。

 

「ここが私のホーム、新宿FOLTで~す。ささ入って入って~」

「STARRYとは雰囲気違いますね……」

「大丈夫、うちとそんな変わらないって!」

 

 おずおずと追従する喜多にそう言った虹夏を尻目に、茜はFOLTの店内を一通り見渡す。

 薄暗さや場の雰囲気で言えばSTARRYとあまり変わらないと、背中に引っ付くひとりを連れて歩いていたところ、ふとテーブルを囲んで座っていた女性のうち、焦げ茶の髪をツインテールにしている一人と目が合いそのまま睨まれた。

 

「……そういう目付きってだけか

「ん?」

「いやなんでもない」

 

 疑問符を浮かべるきくりに短く返し、それから彼女は売上を数えている男に近づく。

 

「おぉ~い、銀ちゃんおはよー」

「──あ?」

 

 瞬間、男はドスの効いた声で反応してきくりを睨み付ける。声の低さとピアスを幾つも開けている見た目の厳つさに、ビクリと跳ねた虹夏は茜の背中にひとりと同じように隠れた。

 

「お、お姉ちゃんに会いたい……」

「どいつもこいつも俺を盾にするのをやめろ」

「この人ね~、店長の銀ちゃん」

「……こんにちは」

 

 睨まれた本人がさほど気にした様子もなく紹介し、自然と代表にさせられている茜が挨拶しつつ会釈をする。視線をこちらに向けてきた男は、学生であることを理解すると表情を和らげ──

 

「──やだぁ~驚かせちゃった? 随分と可愛くてピチピチなお友達を連れてきたのね~! アタシ吉田(よしだ)銀次郎(ぎんじろう)37歳で~す♡ 好きなジャンルはパンクロックよ~」

「?????」

 

 その言動に脳が思考を停止させた。

 

「見た目とのギャップで頭バグるよねぇ。銀ちゃんは心が乙女なだけのおっさんだよ」

「──なるほど。魂の形状が女性のタイプ」

「気軽に銀ちゃんでいいわよ~」

「銀ちゃん氏……」

 

 困惑しながらも対応した茜を筆頭に後ろの四人にも挨拶をし、銀次郎は楽しんでね~♡と言い残して店の奥へと引っ込む。すると、入れ替わるようにして女性が二人こちらに向かってくる。

 

「世の中色んな人が居るな…………ん」

「おい廣井、遅刻するなっていつも言ってるよな。これで何回目だよ」

「もーリハーサル終わっちゃいましたよ!」

「ごめんごめ~ん」

 

 黒髪を短く揃えた真面目そうな女性と、着物をはだけさせて肩を露出させた金髪の外国人女性がきくりにそう言って謝罪させる。

 ふと茜たちに視線を移した女性は、一拍悩むそぶりを見せてから口を開いた。

 

「もしかして、結束バンドの人達ですか?」

「ああいや、俺はオマケ。結束バンドはこっちの四人です」

「え? あっ、はい。えっと──」

「ドラムの志麻(しま)です、よろしく。最近うちのが迷惑をかけてるみたいで……」

「それは、まあ、一番迷惑かけられてるのは茜くんなんですけど……」

「茜? ……ってのは、オマケのキミ?」

「はい。オマケの茜です」

「ふうん…………んん?」

 

 後ろ手に首根っこを掴まれ前に出された虹夏が対応すると、志麻は思うところがあるのか茜を見て眉を上げる。続けて志麻の横に居た外国人女性が、朗らかに自己紹介を始めた。

 

「私イライザ! 18歳までイギリスにいましたー。いま日本3年目、仲良くしてネ~!」

「日本に来てまでバンドやるなんて、邦ロック好きなんですか?」

NO(ノウ)、コミケ参加したくて日本来たの。本当はアニソンコピーバンドしたいデス~」

「欲に忠実な人だな」

 

 じゃらりと携帯に吊るしたアニメキャラのストラップを見せるイライザと、真面目な志麻。

 そして酔っぱらいリーダーのきくりでバランスは取れているのだろう。

 そう思案する茜たちは、少しずつ増えて行く客足を見て、ライブがもうすぐ始まることを察して彼女らと一旦別れることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──リョウの早口解説を聞き流して数分、大雑把に目測して200人は詰め込まれ暗くなった店内の後ろの方に立つ茜は、閉じられたシャッターが上がり演奏の開幕を耳にする。

 

「────」

 

 刹那、当然だが結束バンドのモノとは全く違う毛色の演奏に、茜の腕が粟立った。

 

 

【──間違い探しの 夜更かし あら楽しい

 ──迷い子が手招く 夢の国へ】

 

 ねっとりとしながらも耳に入り込む声色。酒で焼けた喉から絞り出すような歌声。

 

【──アッチハソッチ? コッチハドッチ? 

 ──電池切れ人生 たちまちLet's Party!】

 

 まさしくまるで酔っぱらいのようなベースを支える生真面目なドラムと、基礎を疎かにしないからこその感情表現豊かなギター。

 

【──博愛主義の 皆々様 ご立派なことです】

 

 そしてそこに照明の光が合わさり、なるほどサイケデリックとは──と、言葉の意味をようやく理解した茜の脳が、ぐわんと揺れた。

 

【──ぐるぐるぐる 踊りましょう

 ──べたべたべた 蔓延るの

 ──嘘だらけ塗ったトーストお一ついかが?】

 

 いかに才能があろうとも、()()は出来ない。そう断言してしまえるほどの技術と歌が合わさった演奏を前に、茜は本心から素直にきくりという女性に尊敬の念を抱く。

 

 そんなきくりと狙い澄ましたかのようにバチリと視線がかち合い、ドロリとした感情がぶつかり、渦巻いた瞳が捉えて離さない。

 ──凄いだろう。私を見ろ。自信に溢れた想いがこぼれ、彼女の口角が愉快そうに歪む。

 

【──ワタシダケユウレイ】

 

 今この瞬間、廣井きくりは、間違いなくこのライブハウスを支配していた。

 

 

 

 

 

「どぉだぁ~、惚れ直しただろ~」

「ああ、本当に凄かった。惚れ直したよ」

「…………お、おぉ……おう」

 

 あっという間にライブも終了し、休憩室に集まった茜たち。まさか素直に返されるとは思っていなかったのか、汗を拭きながら問いかけてきたきくりは、そのタオルで口許を隠した。

 

「俺にはああいう演奏は出来ん」

「そりゃキミのはギターだし」

「それもあるが……まあいいか。きくりちゃん、ひとりの相談に乗ってやってくれるか」

「うん? いいよ~ん」

 

 脳と魂では揺さぶり方が違う、と言っても理解はされまい。茜はそう思案して言い終わると、唐突に両脇を志麻とイライザに掴まれて休憩室から引っ張り出された。

 

「はい茜くん確保」

「ちょっと来てくださ~い!」

「は? いやなんですか────」

 

 有無を言わさずずるずると引きずられていった茜を見て、リョウがポツリと呟いた。

 

「……茜がキャトられた」

「ちょっと違くない?」

 

 

 

 ──誰もいないホールの椅子に座らされた茜は、気まずそうに眉を潜める。

 志麻とイライザは、そんな茜の前に膝を突き合わすように座ると問いかけた。

 

「まだ罪は犯してませんが」

「いやいやいや、そうじゃくて」

「実はデスね、聞きたいことがあるんです」

「なんです?」

 

 聞き返す茜に、二人は顔を見合わせてから言葉を選ぶようにして口を開く。

 

「最近さ、あいつ──廣井の酒飲む量が減ったんだよ。ついに酒を買う金すら無くなったのかと思ったけどそうじゃなくてね」

「理由を聞いても『約束したから』の一点張りだったんデスけどね、キミの顔を見て……ビビっ! と来たんですヨ!」

「…………」

 

 確認するように問い詰める志麻と楽しそうなイライザに挟まれ、茜の頬に冷や汗が垂れる。

 

「廣井が前からちょくちょく話題に出してる男の子の話と、キミを実際に見て確信したから聞くけど、あいつと減酒の約束したのって茜くんで間違いないよね?」

「…………ええ、まあ、はい」

「やっぱり! あの人がやたらと可愛らしい顔で自慢するから、そうだと思ったんデスよっ」

「そういうのは聞きたくなかった」

 

 ため息混じりに片手で顔を覆う茜。そんな茜の肩に志麻はポンと手を添えると、心底心配するような口調で彼に提案をしてきた。

 

「廣井に関わるのはやめた方がいい」

「ごもっともですね」

「まだ高校生の身で、どうしようもない酔っぱらいの相手をするなんてどうかしてるぞ」

「ごもっともですね。昔、初対面でいきなり服に吐瀉物ぶちまけられましたし」

「その件はあとであいつとお話しておく」

「……おっと」

 

 ──余計な一言だったか。茜はそう独りごちると、仕方ないとばかりに天井を見上げて、重苦しく息を吐いてから二人に答える。

 

「俺は──まあ、その、きくりちゃんから好意を向けられていることには気づいていて、それを利用して減酒を約束させたんです。だからどうしようもないのは俺も一緒なんですよ」

「──へえ?」

「大人になったら、きくりちゃんと美味しい酒を飲んで楽しく酔う。知り合った人に長生きしてほしいからそんな提案をしましたが……俺が居ないところでもちゃんと約束を守ってることがわかって、少しホッとしました」

 

 たかが口約束を律儀に守ってくれていた。茜はそれを知って、きくりへの評価を改める。

 

「だから、俺は今後もきくりちゃんと付き合っていくつもりだし、その結果が碌でもないモノだったとしても、それは覚悟の上です」

「…………キミは」

「関わらない方がいい。正しいアドバイスですが──2年ほど遅かったですね」

 

 ふっと笑みを浮かべる茜は、席を立って二人の間を通り休憩室に戻る。

 それを見送るしかなかったイライザは、前屈みにうつ向いた志麻に声を掛けた。

 

「大丈夫デスか?」

「……駄目だな。完全に考えが甘かった」

「……?」

「やぶ蛇だ、危なっかしいのは廣井じゃなくて茜くんの方だった」

「そう見えましたか?」

「──自分を好いている相手の健康を気遣うことに申し訳なさを感じて『好意を利用している』なんて、あの歳で考えるもんじゃねえだろ」

 

 ほんの数十分の関わりで、志麻は茜の危うさを察して背もたれに体を預けて言う。

 

「……周りのためなら自分を削るのが一番手っ取り早い、なんて考え方と生き方を続けてたら、いつか破綻するぞ……茜くん」

 

 

 

 

 

 

 

 ──その日の夜、ハンカチを咥えて痛みに耐えながらのリハビリを行っていた茜は、携帯の着信を耳にしてギターを傍らに置いた。

 

「──郁代、どうした?」

『あ、柊木くん。今大丈夫?』

 

 家に一人だけだからと名前で呼んだ少女──喜多に対応すると、電話の向こうからの返事がわずかに遅れる。何か聞きたいことがあるのだろうと察して、ハンカチを畳みながら言葉を続けた。

 

「リョウたちには言いづらいことか」

『──ええ、そうなの。あのね、後藤さんにはもう謝ったんだけど……学校で結束バンドとしてライブをするあの申込用紙、後藤さんが捨てたのを知っててわざと提出したの』

「そうか」

『……後藤さんは本当は凄いって、みんなにも知ってほしかった。だけどそのためにはもっともっと私自身も上手くならないといけない』

「──ああ」

 

 そこまで聞いて、茜は喜多の決意を理解する。その視線は、無意識にギターへと向いた。

 

『お願い! もっと上手くなる練習をする手伝いをしてほしいの!』

「それは、具体的に何をしろと」

『…………それは……考え中』

「────はあ」

 

 とにかく勢いで提案したのだろうと独りごちて、茜は口角を吊り上げて笑みを作る。

 

「……こんな腕になっても、やれることはあるか

『なにか言った?』

「……お前の実力を高める方法が一つだけある」

『──! そうなの!?』

「でもそれは、ひとりが居ないときにしかやれない。そしてこの事をあいつには絶対に言うな。これが約束できるなら手伝ってやる」

『? ……ええ、構わないけど』

 

 不思議そうな顔をしているのだろう喜多の顔を脳裏に浮かべて、一言二言交わしてから電話を切る茜。彼は自虐気味に笑って、何度も弦やパーツを取り換えてきたギターを見て言った。

 

「──30秒だ、30秒であいつの力量を向上させる。簡単なスパルタ教育のお時間だ」

 

 

 

 

 

 後日、STARRYにて、喜多はスタジオで虹夏の疑問に答えていた。

 

「あれ、ぼっちちゃんと茜くんは?」

「後藤さんは補習で……柊木くんは──あとから店に来るって言ってたんですけど」

「──すまん、遅れた」

「お、噂をすれば茜くん」

 

 がちゃりと扉を開けた茜を見て、虹夏は声をかける。いつものように見学者として招こうとして視線を向けて──その背後に背負っている見慣れない物体を見つける。

 

「……あ、茜くん? なにその()()()()()()

「喜多の要望で、今日は俺が練習相手だ」

「えっ!? そ、そうなの!?」

「いえ私はいい方法があるって言われただけで……柊木くん……ギター弾けるの?」

「それは今からわかることだ」

 

 中に入って、ギターケースからギターを取り出す茜は、てきぱきと準備を整えると──虹夏とリョウ、喜多を一瞥してピックをつまんだ。

 

 

 

「──今から俺は、『ひとりが100%の実力を発揮できたら』を仮定した演奏をする。全員まとめて引きずり回すから、死ぬ気で付いてこい」




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